「さて……お前がフェアリーを変えた元凶だな? 名前は確か、リズと呼んでいたか?」
「!」
「よくもまぁ、あの堅物を変えてくれたもんだ。お前さえ居なければ、アイツは俺のもとに来ていただろうにな」
「な!?」
「アイツと俺は永きに渡る戦友だ。億年の付き合いさ。それがこんな……たった一ヶ月かそこらの人間に取られるとは、な!」
彼の怒りを表すように、リズの首を絞める手に力が込められた。
リズは彼の手を掴んで必死に抵抗する。
「っ……っか、は!」
アクアメイデンの姿なのに簡単に首を絞められていく。
やはり彼も妖精なのだと再確認させられるほどに凶悪な力だった。
彼の姿が竜人なのもあり、怖さに拍車を掛けている。
「俺もアイツも人間を憎んでいる。世界樹もだ。護るものなどあるから縛られるんだ。だから全て消滅させればいい。そうすればアイツも俺も、この虚無にも等しい永遠の呪縛から解き放たれ、自由になれる」
首をへし折られるかと思ったが、語り終えた彼は手の力を緩めてきた。
「ごほっ! げほっ! は、はぁ、はぁ……なによそれ……あんた、億年の付き合いとか言いながら、フェアリーのこと、全然分かってないじゃない!」
「なんだと?」
正直、こんなことを反論している場合ではないのに、リズは行ってしまっていた。
早くフェアリーたちを救助に向かわないと行けないのに。
「フェアリーは……口では人間が嫌いだって言うのに……ドラゴンが来たら必ず人間を護るの。どんなに嫌いでも、世界樹が決めたことだからって、それが妖精として生まれた自分の役目だからって!」
「そうだ。だから矛盾しているんだ。アイツは」
「それがフェアリーなのよ!」
「はぁ?」
彼が怪訝な顔を浮かべた。
確かにフェアリーは矛盾している。
人間なんて滅べば良いと言いながら数億年も世界樹に従って、人間と地球を護ってきた。
そしていつまで経っても戦場で死ねないフェアリーは、いつ自分の順番が来るか考える時もあると言っていた。
フェアリーは……死のうと思えばいつでも死ねたはずだ。
戦場で動かなければ、あっという間にドラゴンに焼かれて死ねたはずだ。
人間だって、殺そうと思えばいつだって殺せたはずだ。
フェアリーほどの実力ならば、赤子を泣かすより簡単に人を消せるだろう。
でもフェアリーはそれらを絶対にしなかった。
世界樹の目があったから?
本当にそうだろうか?
違う。
「矛盾してるよフェアリーは。言ってる事とやってる事。全部矛盾してる。でもそれはフェアリーが妖精として負うべき責任をまっとうしようとしてるから生じている矛盾なだけ」
フェアリーが死ねないのは、たくさん看取ってきた仲間たちの事もあるのだろう。
フェアリーほどの長生きならば、いったいどれほどの仲間たちの屍の上で生きているのか、リズには想像もつかない。
でもフェアリーは、それから逃げていないんだ。
全部背負って今も生きている。
それでも不満というのは溜まる。
その溜まった不満が限界を超えて、妖精にあるまじき言動を重ねた結果、人間にされて、地球に降ろされた。
そこで能力を封印され、まともにドラゴンを倒せなくなっても、フェアリーは人間を見捨てずに戦った。
これがリズの知るフェアリーという個人の生き様だ。
言ってる事とやってる事は矛盾している。
でも、フェアリーの生き様は一貫しているのだ。
「妖精として負うべき責任か。くだらん。それが俺達を拘束する呪縛そのものだ。いつか必ず滅ぶもののために、なぜ我々は戦い続けねばならぬのか……」
この【彼】という妖精もまた、人間に奪われ続けてきた妖精なのだろう。
その人間たるリズに言えることは、あるはずもない。
それがリズを冷静にさせ、我に返させる。
早くフェアリーたちを救助しないと。
「……お願い、もう離して、早くフェアリーを助けに行かないと。フェアリーは泳げないの……」
フェアリーだけじゃない。
船ごと沈んだタスティエラたちも救助せねばならない。
それが出来るのはアクアメイデンで水中でも呼吸ができるリズだけ。
「くっく、そうか。フェアリーは泳げないのか。まぁ泳げたとしてもどのみち、あの片腕ではまともに泳げぬだろうがな」
「お願い、離して……」
「お前は俺から戦友を奪った。報いは受けてもらう」
彼の爪が光り、それはリズの腹部を貫いた。
「ぁ……――――」
鮮血が舞い、血に塗れた爪がリズの背から突き出る。
一瞬熱く、そして冷たくなっていく。
ゴプッと血を吐くリズ。
暗く、遠のく意識と視野の先では、彼が不敵に嗤っていた。
「せいぜいあの世で愛し合うがいい。そして二人で見ていてくれよ。この地球が終わるその時を」
暗転する意識は海に飲まれ、リズの身体が沈んでいった。
貫かれた腹部から大量の血を流しながら、やがてリズの意識は完全に途絶えた。