赤い光刃と青い光刃が交差する。
真下に広がる広大な地球を背景にしながら、二人の妖精は剣を交えていた。
【フェアリー】と【彼】
数億年も共に戦ってきた歴戦の二人が、互いに違う答えに辿り着いた。
終わりの無い永遠とも呼べる苦行の果て。
どの戦場でも生き残ってきたが故に、彼らは苦悩し、終わりを願った。
終わらせようとしているのが【彼】。
そして、自分が死ぬまで戦うことを胸に秘めていた【フェアリー】。
互いの答えはすれ違い、永らくの戦友だった二人は、もはや雌雄を決する時を迎えていた。
「まだ苦しみたいのかフェアリー? お前がここで頑張っても、人間は同じことを繰り返す。また奪われるだけだぞ?」
彼から【12枚の翼】を展開され、赤い光線が放たれる。
その無数の弾雨を剣で弾きながら、フェアリーは彼に肉薄し鍔迫り合いになった。
「そんなことは百も承知だ! 分かった上で私はここにいる!」
「愚かな……そうやってお前は奪われ続けて、文句を垂れて、永遠に生きていくことしかできないんだ。惨めだなフェアリー」
「見たいものだけを見て、すべてを否定するだけなら誰にでも出来る!」
「見るに耐えんものばかりなら、こうもなろうさ!」
声高らかに振るわれた赤い光刃が、フェアリーの右腕を吹き飛ばした。
「ぐあああっ!」
最後の腕もついに切り落とされた。
周囲には味方もいない。
全滅している。
ここまでか、とフェアリーは歯を食いしばった。
リズの顔が走馬灯のように脳裏に浮かび、また会いたかったなと、内心で悔やむ。
彼女と交わしたキスを思い出し、その唇をなぞる事さえ今はできない。
「ふん……本気を出すまでもない。終わりだフェアリー!」
白銀の竜人となった【彼】が、片腕を上げた。
赤い血のような光刃が、フェアリーの頭を目掛けて振り下ろされる。
それが何故か、妙に遅く見えた。
ゆっくりと死の鎌が迫ってくる。
数億年生きて来たが、これが本当に私の最後か。
リズという、やっと守りたい人間に巡り会えたのに。
人間もまだ、捨てたものではないと、やっと分かったのに。
希望も、絶望も、全ては心の持ちよう一つ。
そうだと決めつけ、知らぬと逃げれば、その価値にも気づかない。
永く生き過ぎて、そんな単純なことも分からなくなっていた。
世界樹がなぜ地球を滅ぼす人間に罰を与えなかったのかも、ようやく分かった。
人間も地球も、終わりがあるというだけの話なんだろう。
種の繁栄という点でも同じだ。
やっていることが同じなら、終わりも等しくあるということ。
それに文句を言っていた自分。
あまりに単純明快な答えに、苦笑してしまう。
これは自然の摂理に異を唱えた自分への罰なのだろうと、振り下ろされる光刃を、フェアリーは……
「だあああああああああああああああっ!」
刹那に響いたリズの叫び!
刹那にハンマーで吹き飛ばされる彼!
今度こそ終わりだと思っていたフェアリーの前に、金髪のツインテールになったリズがいた。
黄金色のドレスアーマーを着たリズが、こちらに振り向いてくる。
「フェアリー!」
「リ……リズ!? どうしてここに!?」
いるはずのないこんな宇宙のど真ん中に、人間のリズが来た。
おそらく精霊たちが手助けしたのは想像に難くない。
「助けに来たに決まってるでしょう!」
ハッキリと迷いなくリズはそう言った。
正直動揺もあったが、本当は嬉しかった。
会いたかったと思っていたから。
もう会えないと、会わないと誓ってここへ来たから、涙が出そうになる。
こんなところまで追いかけてくれたことが、何よりも嬉しい。
「また……またお前か! 俺からフェアリーを奪った人間!」
吹き飛ばされた彼が態勢を立て直してこちらへやって来る。
リズはすぐにフェアリーに寄り添った。
「フェアリー! アタシに憑依して!」
「は!? なにを……!?」
「あっちが【世界樹の力】なら、こっちは【全精霊の力】で対抗するわ! それしかもう勝てる手段はないでしょう!」
全精霊の力……
確かにリズの肉体を介して全精霊の力を得ることは可能だ。
憑依による力の増幅も重なれば、確かに彼に勝てるかもしれない。
リズがわざわざここへ着た理由が、ようやく分かった。
「く、はっはっはっはっ! 何を言い出すかと思えば! 全精霊の力ぁ? そんなもので俺に対抗できると? 笑わせるな!」
「勝手に笑ってなさいよ! さぁ! フェアリー!」
「……出来ません! あなたが死んでしまう!」
憑依は妖精の最後の道連れ技。
戦える時間はそう長くない。
使えば憑依したフェアリーも死ぬし、憑依された本体も死ぬ。
つまりリズもフェアリーも死ぬのだ。
「……うん。フェアリーも死んじゃうね。この作戦」
「私はどうでもいいんです! あなたに死んでほしくない!」
「言うと思った。アタシだってフェアリーに死んでほしくないよ。大好きだもん!」
「リズ……」
「大好きだからこんなところまで追いかけて来たよ! ずっと側に居たいよ! フェアリーと添い遂げたいよ……アタシだって……」
最後だからと、リズは想いのすべてを吐き出してくる。
それが彼女の覚悟だと、フェアリーは分かってしまった。
もうここで、リズは死ぬつもりなんだ。
「でもこのままじゃ負けるじゃない! 負けたら結局死ぬ! みんな死んじゃう! だったら勝って死にたい!」
……同じことを、フェアリーも思っていた。
どうせ負けても死ぬなら、せめて【彼】を止めてから死にたい。
でも、リズが死んだら、私は……
「だからフェアリーお願い! アタシに憑依して!」
「くくくっ! 面白い。やれよフェアリー。最終ラウンドと行こうぜ?」
余裕の笑みを浮かべる彼は無視して、フェアリーはリズを見た。
「リズ……私は……あなたがいるから……」
「うん。分かってる。分かってるよ。ごめんね……でも、どうせ死ぬなら、フェアリーの力になって死にたいの」
「リズ……」
「愛してるよ……フェアリー」
そっと寄り添い、二人は……別れの口づけを交わした。
そして光に包まれた二人は、一つの光となって……その姿を露わにする。
銀髪のツインテール。
青い瞳。
妖精の黒衣。
虹色の翼。
リズの色をそのままフェアリーのものにした新たなる力の姿。
その名は【ラストフェアリー】
「私も、愛してますよリズ……ありがとう」
胸に手を当て、本来の身体の持ち主にそう告げたフェアリーは、目前の彼を見る。
「くっくっ! ついに成ったか。少しは本気が出せそうかな?」
「いいえ。もう終わりです」
「なんだと?」
彼の言葉には返さず、フェアリーは目を閉じた。
リズの身体から溢れ出る力。
それは全精霊たちのものだけではない。
温かい、ぬくもりのような力が加わっている。
心が満たされていくような、全身を包まれるような母性にも似たそのぬくもりが、フェアリーにさらなる力を与えていく。
それはフェアリーにとっても予想外の力だった。
本来、憑依は敵に使うためのもの。
仲間に使うものではない。
だからこうして、愛し合った相手に憑依することなどなかった。
まして愛という曖昧なものを妖精が知るはずもない。
だがそれを知ったフェアリーと、そのフェアリーを【愛してる】と告げて身を捧げたリズの間には、確かに【愛】が存在していた。
このぬくもりのような温かい力の正体は、きっとそれ。
全精霊の力では、世界樹には及んでいなかった。
憑依の増幅を持ってしても、世界樹の半分の力にもなっていなかった。
なのに、いま目の前にいる【彼】は、フェアリーよりも遥かに弱く、圧倒的に凌駕していた。
たった1人の人間の力。
いや、妖精と人間という本来ならば有り得ない二人の心の力によって。
「何が終わっているのか教えてくれよ!」
彼が翼を広げて、フェアリーに向かってくる!
「存外、鈍いのですね。あなたは」
「なに?」
【彼】は、今になって自分の身体が前進していないことに気づいた。
「な……!?」
【彼】は……今になって、自分が顔だけになっていることに気づいた。
いつ斬られたのかすら分からぬまま、彼はゆっくりと光になっていく。
「は…………はは、なんだよそれ……」
「あなたは大馬鹿者です。彼」
「……そうかい。勝手にやってろよ。永遠にな」
それを最後に【彼】は光の粒子となって消えた。
次いでフェアリーは全精霊の力を溢れ出る【心の力】で増幅し、世界樹を再生させた。
黄金の光と共に巨大な星樹が生まれ、地球にまた光をもたらす。
さらに地球の周囲にいる全てのドラゴンを瞬きの間に殲滅し、傷を負った妖精や、死んだ妖精たちを回復させる。
それらに歓喜する仲間たち。
全能なるラストフェアリーの力は、全てをあるべき姿に戻していった。
……それでも戻らないものはある。
リズ・リンド。
この身体の持ち主。
これほどの力を持ってしても、一番取り戻したいものは、戻らない。
なんと皮肉なことか。
フェアリーは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
目の奥も熱くなる。
こんな感覚は生まれて初めてだ。
『フェアリー……』
復活した世界樹に呼ばれ、フェアリーは振り向いた。
『君のおかげで、地球は救われた』
………………
…………
……
「違う」
『?』
「私じゃない。リズのおかげなんです。全部……っ」
熱い雫が目から溢れ落ちた。
妖精は涙など流さないのに。
「私が……本当に護りたかったのは、もう…………――――」
憑依の限界が訪れたフェアリーは、ゆっくりと光となって消えていった。
眼下に広がる地球と、世界樹と、勝利を祝う妖精たちの前で、リズとフェアリーの命は、ついに消えた。
『フェアリー……君は本当によく戦ってくれた。しばらく休みなさい………………ありがとう』
雲が上へ通り過ぎていく。
地上に落ちていくそれは、次第に光に包まれた。
その光は落下速度を軽減し、それを草原へと寝かせた。
黒いツインテールの少女――リズ。
草原に寝かされたリズの隣には、フェアリーも落ちて来た。
「フェアリー。ただいま〜」
「おかりえなさいリズ。ご飯とお風呂。両方できてますよ」
エタンセルで築いたリズとフェアリーの新築にて、二人は一緒に暮らしていた。
ちょうど今リズが仕事から帰ってきたところだ。
「ご飯先にする。冷めちゃうと勿体ないし」
「では食事にしましょうか」
最初は料理なんかできなかったフェアリーだが、あっという間に覚えて、今ではリズより遥かに上手になってしまった。
家事も完璧で、着ているメイド服がやたら様になっている。
「でさ〜、今日イルセラ様に婚姻届出したのよ。そしたらあんまりビックリしてなかった」
食事をしながら今日あったことを語るリズ。
「それは面白くありませんね。しかし受領されたのですか?」
「うん。女同士でも結婚は大丈夫だって」
「そうですか。なら私は今日からフェアリー・リンドですね」
「ふふ、全然似合ってない〜」
「ふふ、私もそう思います」
女同士の婚姻も認められて、幸せだった。
実際は女同士というより、
人間と妖精の結婚という有り得ないレベルの話なのだが。
そんなこんな楽しく幸せに雑談し、お風呂も共にし、そして屋根の上でリズとフェアリーは肩を寄せ合い、夜空を見上げた。
「綺麗……」
「そうですね。でもあの空の向こうでは、きっと今も仲間たちが仕事をしています」
「うん。アタシも見たしね宇宙。凄い体験だったよ。今でも夢だったんじゃないかって思うくらいだもん」
……正直、今でもなぜ自分たちが生き返ったのかは分からない。
気がつけば地球にいたのだから。
本当に宇宙に居たのかと思うくらい記憶が飛んでいる。
……でも、フェアリーと憑依したのは鮮明に覚えている。
「夢なんかじゃありません。あなたのおかげで世界樹さまも、仲間も、地球も救われました。改めてお礼を言いますリズ。ありがとう」
「えへへ……改めて言われると照れるな」
「ほらリズ。もっとこっちに」
「あ……」
フェアリーはリズの肩を抱いて密着した。
お互いのぬくもりを感じ合いながら見つめる夜空は、とてつもなく美しかった。
こう出来る今の時間が、とても愛しい。
「……ねぇフェアリー」
「なんです?」
「呼んでみただけ」
「そうですか」
もう慣れっこであるこのやりとり。
こんな他愛のない時間が、いつまでも続けば良いと二人は思った。
「……ねぇフェアリー。甘えていい?」
「良いですよ。ほら」
リズの言う甘えは、膝枕である。
夜空を見ながら寝るのはとても気持ちがいいらしい。
「ありがとうフェアリー。おやすみ」
「おやすみ」
慣れた動作でキスをし、リズはフェアリーの膝枕で横になる。
完全に寝たらベッドへ運ぼうと、フェアリーはリズの頭を優しく撫でながら思った。
仕事で疲れていたのだろうリズは、思いのほか早く寝静まった。
可愛いその寝顔を見つめ、フェアリーは思う。
『人間は守る価値が無いと思います!』
……人間は本当に、守る価値があるのだろうか?
リズが隣で笑ってくれる。
それだけでも価値はある。
永らくのご愛読ありがとうございました!
【世界樹のフェアリー】完結です!