極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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唐突に現代編の時系列が過去へカッ飛びます。許せ。
因みに、私は英語版のルドウィークのセリフの方が好みです。
日本語版もいいけど英語版のあの音感が好きなの……


さて、数話ぶりに言いましょう


好 き 勝 手 や り ま し た !


side another 百合園セイア、又は月光(1)

 

 

立ち上る煙

 

焼け付いた瓦礫

 

燻り続ける火種

 

今にも零れそうなほどの灰色に覆われた空色。

 

 

灰燼の舞い散るその中で、小柄な人影が瓦礫の影に隠されるように寝かされた少女のことをじっと見つめていた。

 

 

「……そう、これでよかった。これは必要なことだった。

これは乗り越えねばならぬ道、来るべき試練」

 

 

小柄な人影は、百合園セイアはそう、自身に言い聞かせるように呟く。

彼女が纏う服は灰にまみれ、所々が裂け、血が滲んでいる。

しかし、不思議なことにその身体には一切の傷がなかった。

対して、目の前の亜麻色の髪の少女は意識を失い、頭から血を流している。

 

「……ナギサ、すまない」

 

セイアはぽつりとそう言うと、ゆっくりとその場から立ち上がった。

……瞬間、

 

 

「目標確認」

 

 

そんな声が背後から響いたかと思うと、

彼女目掛けて無数の四角い物体が投擲された。

それについた簡素な液晶に映るデジタル数字が、今まさに0になろうとしている……瞬間、

 

 

ヒュオッ

 

 

風切り音を立てて辺り一帯を何かが薙いだ。

瞬間、セイアに向けて飛んできていたそれら全てが真っ二つに両断された。

 

「……なるほどね。生徒の持つ神秘に直接働きかけ、それを破壊する兵器……白洲アズサが持っていたものと同じものだ」

 

あくまで穏やかにそう告げるセイア。

その制服のゆったりとした右袖からは、奇妙な水色の触腕が覗いていたものの、それはすぐに幻のように消える。

彼女はゆっくりと振り返った。

そこには、ガスマスクをつけた無数の少女達がセイアに己の武器の銃口を向けていた。

 

「ベアトリーチェは随分と私を買いかぶっているようだね。

流石の私でもヘイロー破壊爆弾に耐えうるほど強くはないよ。

気絶すらせず、一瞬で絶命するだろうね」

「……勘違いしているのはお前の方だ、百合園セイア。

マダムは儀式の材料は揃ったと言っていた。要するに、もうお前は不要だ」

 

先頭にいるグレネードランチャーを持った少女がセイアに鋭く答える。

その言葉を聞いて、セイアはなるほどと頷いた。

 

「なるほど……となれば、私は彼女にとってただの邪魔者というわけだ」

 

そうセイアが呟いた瞬間、

 

 

ズチャッ

 

 

何かが跳ねるように動く物音がした。

音源はセイアの袖の中から放たれた水色の触腕。

それはさきほど少女の首に巻き付くと、その身体を一瞬で持ち上げる。

 

「それと、戦場では常に警戒を怠らないことだ。

おしゃべりはもっての他だよ、名も知らぬアリウスの生徒さん?」

「か、ひ……?」

 

少女はわけもわからずそんな吐息をこぼした。

声を発しようとした瞬間、その触腕が少女の首を一気に締め上げる。

その頭上のヘイローが明滅したかと思うと、消える。

それと同時に、触腕から解放された少女の身体が地面に力なく落下した。

 

「……隊、長?」

「……やはり、神秘の加護を持つといえど締め落としてしまえばこんなものか」

「っ!!!」

 

その言葉で漸く我に帰ったガスマスクの少女らは、

反射的に目の前の敵に向けて武器の引き金を引こうとした。

が、

 

「なっ」

 

セイアの姿が一瞬で掻き消えたかと思うと、

次の瞬間には別の少女の前に現れる。

そして、その腕をいつの間にか取り出した二振りの刀が貫く。

激痛のあまり悲鳴を上げて武器をとり落とす少女だったが、

次の瞬間、瞬時にそれらを連結したセイアが、その首筋にそれの峰を打ち込んだ。

少女は一瞬左右に揺れると、悲鳴を最後まで発することもできずその場に倒れ込んだ。

セイアはそれを見届けると、

まだ(・・)無事な少女達の方を向いた。

 

 

「悪いが、近くにはナギサがいるのでね。手早く終わらせてもらうことにするよ」

 

 

……数分後、彼女の周囲に展開していたアリウスの部隊は、壊滅した。

 

 

「……ひとまずはこれで終わりかな」

 

 

セイアは自分の背後に死屍累々と転がるアリウスの生徒を一瞥すると、

落葉についた血を払う。一応殺しはしていない。一応

……とはいえ、このままだと未だ意識を失ったままのナギサが

比較的怪我の少ない敵に襲われないとも限らない。

セイアは今一度、ナギサを背負いなおした。

 

「……せめて正義実現委員会と合流できればいいのだがね」

 

そうポツリと呟くと、セイアは再び黒煙の燻る瓦礫の中を歩き始めた。

……しかし、その歩みもすぐに止まることとなる。

不意にセイアの意識に、不定形でとりとめのない、

しかし、確かにそれとわかる殺気が突き刺さった。

 

 

「っ!」

 

 

反射的にセイアは左手を突き出すと、

そこにいつの間にか握られていたライフル銃のような獣狩りの銃器、

貫通銃の引き金を引く。

 

 

轟音

 

 

放たれた特殊な水銀弾が、

殺気の根源である青白い何かの身体を一瞬でえぐり飛ばした。

……が、

 

「……これは」

 

その消し飛ばされたはずの青白い何かは、

セイアを取り囲むように次々と姿を現す……いや、文字通り無から顕現した。

青白い肢体、身体にぴったりと張り付くレオタードのような服、

修道女のつける頭巾、そして、顔の前面を覆い隠すガスマスク……

まるで幽霊のような実体のないそれに、セイアは確かに見覚えがあった。

 

「……条約の守護者でありシスターフッドの前身……ユスティナ聖徒会。

なるほどね、その亡霊か、はたまた複製か。

……どちらにせよ、これは嘗ての講和会議の再現、ということかな?」

 

そうポツリと呟くと、

セイアは背中にいる少女の身体をそっと、足元の瓦礫のくぼみに横たえた。

 

「……うっ」

 

その時、横たえられたナギサが小さく呻いた。

傷が痛むのか、何かをこらえるように苦悶の声を小さく上げると、

薄く、その眼を開いた。

 

「……セイ、ア……さん?」

「……どうやら、起こしてしまったようだね」

 

セイアはそんな彼女を見てたった一言声をかけると、そのまま立ち上がった。

その手の中には、貫通銃でも、落葉でも、ましてや触腕でもなく。

彼女の身の丈ほどもある古びた銀の大剣が握られていた。

どこか異質な雰囲気を纏った彼女の姿を見て

意識が覚醒してきたのか、辺りを軽く見渡したナギサの表情が、焦りに歪む。

 

「セイア、さん……まだ事情を把握していませんが、危険、です。

あなたの場合は、特に。一刻も、早く……」

「……残念だけど、君を見捨てるという選択肢は私の中にはないよ。ナギサ」

 

そう言うと、セイアは彼女を安心させるように、小さく、柔らかく微笑んだ。

 

「大丈夫、今から起こる出来事は全てひと時の夢のようなものだから」

「……!」

 

……その後、掠れた声が聞こえた気がしたが、

既にセイアには届いていなかった。

彼女は大剣を構えると、

うつろにこちらを見つめるユスティナ信徒を見つめ返す。

 

「……過去に英雄たろうとも、象徴たろうとも、

所詮君たちは過去の残滓であり、もうここにある必要のない守護の証。

せめて同じ、今は亡き英雄の導きによって、私が君たちを弔うとしよう」

 

セイアは目の前に浮かぶ過去の遺志にそう、静かに言の葉を紡ぐ。

そして、眼前に古びた大剣を掲げ持つと、そっと目を閉じた。

 

 

「……Aah,the late great hero(あぁ、今は亡き彼の英雄よ。),Please lend me your help(どうか、私に力を)

 

 

ただ、静かに、歌うような言葉がセイアからこぼれる。

そして、その言葉に応えるように大剣から翠緑の奔流が溢れ出す。

 

 

Your true guiding(貴方の導きを)……」

 

 

溢れ出した奔流が、織り込まれるように融け合い、1つの刀身を生み出してゆく。

 

 

Your guiding moonlight(導きの月光を)……」

 

 

……そこに、古びた銀の大剣の姿はもうなかった。

翠緑の神秘を、静かな月光を放つ聖剣が、そこにはあった。

 

________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うぅ」

 

セイアは小さな呻き声をもらした。

……また、あの廃屋で目覚めたのだろうか?

そう思い目を開けるも、そこはすっかり見慣れてしまったあの廃屋ではなかった。

そこは、血の川が流れる薄暗い洞窟だった。

その隅の比較的乾いて、滑らかな石面に寝かされていたようだ。

光源は彼女の近くに置かれた小さなランタンしかなく、

それすらも頼りない光量しか持っていない。

 

「……ここは」

 

……あの時、自分は確かにあの青白いノミの化け物に殺されたはずだった。けれど、実際は全く知らない何処かにいる。

わけもわからず、セイアが呟いたその時、

 

 

「気がついたか?」

 

 

こんな声が、唐突に暗闇の中から響いた。

……声、自分以外の何者かの声。

それを聞いたセイアの脳裏に、

今までの死ぬ間際の景色がフラッシュバックする。

 

「ひ、あ、ぁあっ……ぐ」

 

反射的にその声の主から必死で遠ざかろうとしたところで、

寝かされていた場所から落ちた拍子に

セイアの身体の中から鈍い痛みが走った。

……腹の奥底から、凄まじい激痛が走る。

セイアは思わずその場に蹲った。

 

……身体が、動かない。逃げられない。

 

……人に殺されるのは嫌だ。

いつもそれは苦痛を伴っていて、痛み無く死ねたことは全くない。

 

パシャ、パシャ、パシャと水音を立てて相手が近づいてくる。

 

その足が、セイアの視界の端に映る。

セイアは、死の痛みに備えキュッと目を閉じた。

そして……

 

「血は入れたが完治していない。余り動くと傷に障るぞ」

 

そんな声が、セイアの耳朶を打った。

 

「……ぅえ?」

 

セイアが掠れ声を零す中、

声の主はセイアの身体を抱き上げると先程の場所にそっと寝かせた。

その時、声の主と自然と目が合った。

目深に被った黒いフード。酷く煤けた特徴的なコート。

……背中には、刃の大きなノコギリと、それより更に大型のガトリングガンを装備していた。

セイアの常識からすれば異質な装いであることには変わりない。

……けれど、彼には今まで会ってきた人々のような狂い切った異常さはなかった。

呆然とその顔を見つめていたセイアに、相手は暫し考え込んだ。

 

「……やはり言葉は通じないか。

ヤーナムでも見たことがない装いであったから

まさかとは思っていたが……」

「あ、ああ……いや、通じていると、うぐっ」

 

そんな相手の言葉に、セイアは慌ててそう言ったものの、

また腹に刺すような痛みが走って呻く。

痛みに喘ぐ少女を見て、相手は慌てた。

 

「す、すまない。傷が深いのにしゃべらせてしまって……

そうだな、一先ず、私の言葉がわかるなら頷くか、首を振るかしてくれ。

言葉を話すのは、どうしてもという時だけでいい」

 

その言葉を聞いたセイアは、息が落ち着いた後ゆっくりと頷いた。

それを見て、男はほっとした様子だった。

 

「さて、何から話したものか……

一先ず、私に君を傷つけるつもりはない。

そして、血舐めの大群に襲われていた君を助け、応急処置をしたのも私だ……少し、恩着せがましくなってしまったかな?」

 

どう言ったものか迷ったのか、

そんな言葉を紡いだ末、申し訳なさそうな表情になる男。

そんな彼に、セイアは大丈夫だ、というように優しく首を振った。

幾度でも生き返るとはいえ、相手は命の恩人だ。

見知らぬ人である自分をあの化け物の大群から救い出し、そして応急処置までしてくれたのだ。

 

……ん?

 

そこまで思考を巡らせたところで、セイアがフリーズする。

……応急処置。そう、応急処置。

相手の口ぶりからするに、自分には腹にかなりの傷がある。

つまり、それを見たということで、

そういえば、自分の着ているものに違和感があるような……

そうしてセイアは自分の身体を見た。

……見てしまった。

 

「……!?!?」

 

身体が冷えないようにだろうか?

男のものと思しき短い煤けたマントが自分の小柄な身体の大部分を覆っている、それはいい。

しかし、本来あるはずの制服のスカート部分が極端に短くなって

素足が剥き出し……というか下着が見え隠れするほどになっており

じゃあ、切り取られた部分はというと包帯代わりと言わんばかりに血の滲んだそれが傷の部分に巻き付いているのがちらりと映る。

そして服にも第三者が四苦八苦して着せたような違和感があり、

……つまるところ、完全ではないだろうが

裸に近いものを見られたのは先ず間違いないと言うことで……

 

 

……ぽんっ

 

 

結果、羞恥で真っ赤になったセイアが小さな爆発を起こした。

……無論、爆発したというのは比喩であるが。

彼女の奇妙な行動にしばらく首を傾げていた男だったが、

やがてその行動の意味がわかったのか大慌てで彼女に呼びかけた。

 

「う、ぅぅ……」

「い、いや、あくまで傷の処置をしただけで君に不埒なことは何もしていない!本当だ、信じてくれ!!」

 

その言葉に、セイアはただ顔を袖で覆ったまま、こくこくと顔を振った。

 

________________________

 

その後セイアが落ち着いたのち、男は彼女にいくつかの質問をした。

 

曰く、「君はヤーナムという場所を全く知らないか?」

 

曰く、「君は獣の病というものに聞き覚えはないか?」

 

曰く、「その獣の耳と尾、そして光輪は生まれつきのものか」

 

一例として挙げたように、

あくまでセイアが首を振るだけで十分こたえられる質問にそれは限定されていた。

そのほとんどの返答でセイアは首を横に振ることとなったが……

恐らく、今セイアがいる場所であり、

そこで起こっていることを指し示しているであろう言葉。

しかし生憎、セイアがそれを知るわけもない。

自分の身体的な特徴に関するもの以外で

唯一彼女が頷くことのできた質問、それは、彼が行った最後の質問だけであった。

 

「……ふむ。今までの答えから察するに、

君はヤーナムを一切知らない異国の少女で、この場所に巻き込まれ……

いやしかし、ヤーナムを知らない者がよりにもよってこの場所に来るなどとは……」

 

今までの質問を受けて男はそう呟いてしばらくの間考え込む。

そして、何か思い当たることがあったのか、

ふと顔を上げるとセイアの方を見た。

 

「……今から言うことは私の妄言かもしれないのだが、

君は、夢に干渉するような異能を持ってはいないか?」

「!!」

 

その言葉に、セイアは思わずその目を見開いた。

 

「……その表情から察するに、私の言葉は合っているのか」

 

男の方もまさか自分の予想が合っているとは思わなかったのか、

驚いたような表情になる。

セイアは思わず声を出しそうになったものの、

ギリギリでそれを押しとどめてその代わりにこくこくと頷いた。

そんな彼女を見た彼は、またしばらく考え込む。

どうやら、次に何を言うべきか考え込んでいるようだ。

 

「……そうだな、

いい加減に私の方から君にここについて説明する必要があるだろう。

何か質問があれば身振り手振りで教えてくれ」

 

男のその言葉に、セイアは小さく頷いた。

 

そんな彼の口から発せられたのは、どれもセイアの常識からかけ離れた……

けれど、確かに垣間見たものと一致するものばかりだった。

 

医療の街ヤーナム。そこで広がる人が獣となる病。それを狩る狩人……

その場所ですら、常人ならば気が狂ってしまうだろう。

そう、男は自嘲した。

 

「……だが、この場所はそことはまた違う、

特別な……いや、忌々しい、現世の写し鏡のような場所だ」

 

 

曰く、[狩人の悪夢]

 

 

ヤーナムに巣食う上位者と呼ばれる存在が作り出した夢と通称される領域の中でも、

特に呪いに満ちている場所。

ヤーナムを歪に模したこの場所では、

数多の狩人が囚われ、獣性に飲まれるという末路をたどりながら

ただひたすらに獣を狩っているのだという。

……セイア自身もその幾度となく正気を失った狩人に殺されてきた。

 

「……私も何の因果かここに囚われてしまってね。

それで、それっきりこの洞窟に籠って暮らしているというわけだ」

「……」

 

一通りの説明を終えた男はそう言って諦めたようにため息をつく。

そんな彼のことを、セイアはじっと見つめた。

その視線に、男が気が付く。

 

「……私がどうして血に酔っていないか、気になるのかな?」

 

その言葉に、セイアは恐る恐る頷いた。

男の口ぶりは、

まるでここにいる全て狩人が気が狂っているかのような感じだった。

だからこそ自分を助け、

あまつさえ応急処置も施してくれた男のことがセイアは気になった。

ともすれば、怒りを買ってもおかしくはない質問であったが、

男はただ、それに対し、困ったように笑った。

 

「一応、強い意志さえあれば血に飲まれることはない。

……といっても、私の方は別の要因によるものが大きいけれどね」

「……?」

 

言葉の意味が分からず首をかしげるセイア。

そんな彼女に、男はしばらくの間そのことを言うべきか迷っていたようだった。

……けれど、自分に嘘をつけぬ性格なのであろう。

結局そのことを説明し始めた。

 

「いずれ説明しようとは思っていたんだがね。

私は狩人ではない。正確にいうなれば、狩人であることをもう捨てたんだ」

 

どこか、懐かしそうに男が語り始めた。

 

「……獣の病について説明しただろう?

人を獣に変える奇病……当然、獣となった人間は他の人間を食い殺す。

だからこそ、獣に転じている者を……転じかけの者をも私達は狩らねばならない」

「……!」

 

それだけの言葉さえあれば、

聡明なセイアは、何を思って彼が獣狩りを捨てたのか十二分に想像できてしまった。

男は言葉を続ける。

 

「私達は獣など狩ってはいない。あれは……やはり、人だ。

……私の盟友の言葉だ。私はその言葉に共感し……狩人をやめた」

 

そこで一度言葉を区切ると、男は洞窟の奥へと視線を向けた。

……耳を澄ませてみれば、時折そちらの方向から小さく、

獣の声と何かが闊歩する足音が聞こえてくる。

 

「……普通なら、私とてこの悪夢から逃れる術を探していただろう。

だが、この場所の獣達が、

ただ狩りに酔って人の形を辛うじて保っているだけの者たちに狩られ続けられることを

私は許容することができなかった。

それが例え自己満足であろうと、私はここにいる人々を守ると決めた」

「……」

 

セイアは、ただ静かに男の語る言葉を聞いていた。

……その言葉に籠る諦観が……

しかし、それを押さえつけるだけの信念が感じ取れた。

それに、何か声をかけることが、セイアにはできなかった。

一通りそのことを語ると、男ははっと気が付いたようにセイアの方を見た。

 

「……すまない、思わず話し過ぎてしまったな。

いずれここから出て行くにしろ、先ずはその傷を治してから。

私はすぐ傍の岩場で見ているから入用があれば腕を軽く上げてくれると助かる」

 

そう言って、男は立ち上がるとセイアに背を向けた。

……その姿に、気がつけばセイアは小さく言葉をかけていた。

 

 

「ひとつ、君に聞きたい」

 

 

……ずきり、と痛みが走る。

男が突然声を発した少女に慌てて振り返ると、即座にその傍に屈みこむ。

 

「あまり声を出してはいけない、先ほども言ったようにまだ君の傷は……」

 

……まだ出会ってさほど経っていないだろうに、

そんな言葉を男はかけてくれる。

けれど、セイアは、自分としてこれだけは聞いておきたかった。

彼女はゆっくりと首を振る。

その彼女の反応に、男は息を呑むと、少しの間考え込む。

 

「……できるだけ、手早く終わるならその方がいい」

 

……やがて、不承不承といった様子で男はセイアにそう言った。

そんな彼にセイアはフッと小さく微笑んでこくりと頷くと、

それを語り始めた。

 

「……私の元居た場所では、とある古くからの言い伝えがある。

私はその中の一文についての問いかけが好きでね、

よく友人にそれについての話をしている。

……っ、だから今から君にするのは、私のある種の趣味のようなものだ」

 

……どうにも、自分は元来の癖で長々と話をしてしまう。

気を付けているつもりなのに、それでも腹の傷を刺激してしまう。

所々で言葉を詰まらせるセイアに、

男は何か言いたげではあったが、それでもなお静かにその言葉に耳を傾ける。

 

「楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。

説明するなれば、楽園にたどり着いたものは至上の快楽を得る故に、

楽園から出てくることはない……

逆説的に、楽園にたどり着いたとする者の答えは、

そこが楽園でなかったことを意味する。

……即ち、証明できぬものを如何に証明するか。そんな問いかけだよ」

 

そこで一度言葉を区切ると、

セイアは素顔を黒いフードの奥に隠した、男のことを見上げた。

 

「……君は、どう答える?」

「……すごいな。私が君程の年代の時、

そんな哲学じみたことは一度も考えたことはなかったよ。

ただ毎日、生きてゆくことに必死だった。

……というか、申し訳ないが今の君の話を聞いてもよく理解できていない部分もある」

 

男は純粋に感心したようにそう言って、笑った。

けれど、間もなくしてその表情に影が落ちる。

 

「だが、その命題に対する私なりの解釈は至極簡単だよ」

 

そう言うなり、男は一拍息をつくと、その答えを告げた。

 

 

「楽園は存在しえない。

例えそれを目指し、信じ続けたとしても結局は全て暗い血に帰る……とね」

 

 

……それは、獣狩りの夜の中で尚、()を救おうとした

1人の狩人のどこか奥底に抱いた暗い絶望だった。

セイアは、やはり何も言うことができず、

ただ男のことをしばらく見つめた後、そっと視線を落とした。

 

「……うまく答えられていなかったならすまないね」

「……!」

 

そう声をかける男に、セイアは慌てて首を振った。

あくまでもこれは1つの命題に対する答え。

その一例に過ぎないのだから。

そんな彼女のことを見て、男はそっと微笑むと今度こそ立ち上がった。

 

「……じゃあ、今度こそ安静にしておいてくれ。先程も言った通り……」

 

 

しかし、その男の言葉が最後まで紡がれることは終ぞなかった。

 

 

パシャリ

 

 

洞窟の入り口の方から、小さな水音が反響する。

ほとんど反射的に、男の視線がそちらに向けられた。

……その表情が、見たこともないほど険しいものへと変わる。

 

「……?」

 

不安そうに、セイアが首をかしげる中、

男はセイアの傍にもう一度屈みこむと

近くのランタンを血の川の中につけ、すぐに消す。

 

「……敵が来た。足音からして狩人だ」

「……!」

 

暗闇の中、小さく告げられた言葉にセイアは息を呑んだ。

フラッシュバックする死に際の光景で、

口から悲鳴が漏れそうになるのを彼女は必死で堪える。

 

「今から私は敵を迎撃する。君はここで隠れていてくれ」

 

男はそう言った後、

どこかともなく懐から細長いもの取り出すとセイアの目の前にそっと置いた。

 

「獣狩りの銃器……要は飛び道具だ。

弾倉はすでに入っている、いざという時に使ってくれ」

 

そう言うが早いか、男は素早く腰を上げると足音を殺して、

尚も近づいてくる水音に向けて接近していった。

……セイアは、恐る恐る目の前のそれを手に取る。

スナイパーライフルのような外見のそれは、

セイアにとっては非常に大きく、そして重たい。

 

辛うじて扱えるかどうか、といったところか……

 

 

その時、

 

 

ガガガガガガッ

 

 

発砲音が連続したかと思うと、岩陰の向こう側をまばゆい光が照らしだす。

男が背負っていたガトリングガンを発砲したのだ。

岩にそれらがはじかれる音、そしてその中に交じる肉を砕く嫌な音。

 

「……っ!」

 

それに、セイアはびくりと身を震わせると受け取った銃を抱え込むように

その場に小さく蹲った。

ガトリングの銃声が止むと、次は何か金属がこすれる音と、

足元の血を激しく跳ね上げながら誰かが動き回る音がする。

そして、血肉を大きく切り裂く不快な音。

 

「……はぁ、はぁっ……う、うぅ……!」

 

息が乱れる。幾度となく、自分から聞こえて来たその音を聞いてきたセイア。

そのトラウマのせいで正常に呼吸ができず、荒い息をつく。

聞こえない、聞こえない、聞こえないように

自分の大きなケモ耳を深く押さえつける。

けれど、その戦闘音は嫌でもその耳朶を打つ。

 

 

銃声、それが止めば金属音と切断音、そしてまた銃声……

 

 

……その裏で何が行われているかは、窺い知れない。

けれど、目を閉じてしまえばその音から、

嫌でも何が行われているか鮮明に思い描けてしまう。

抱え込んだ銃の影と、その冷たい質感だけがセイアの心を正常に保っていた。

……その時、

 

 

「……っ、く、そ……!」

 

 

恩人である男の苦しそうな呻き声がセイアの耳に届いた。

そして聞こえるステップを踏む水音、そして、連続する肉を引き裂く音。

 

 

……彼が、押されている?

 

 

聴覚から得られた情報で、セイアは嫌でもそう、想像できてしまった。

 

 

「はな、れろ……!」

 

 

ガガガガガガッ

 

 

聞こえてくる、幾度目かの発砲音。

そこに何者かがステップでそれを回避しながら後退してくる……

こちらに近づいてくる音がセイアに聞こえてくる。

瞬間、

 

 

バシャッ!!

 

 

目の前で川のそれを跳ね上げたことによる血しぶきが上がったかと思うと、

目の前に何者かの背後が飛び込んできた。

暗闇故に、その姿は細かくは伺い知れない。

右手には小ぶりなノコギリの刃を、左手には短銃を握っている。

けれど、あの血に酔った狩人のように狂った様子は一切なく、

ただ冷静に、相手の次の動きを探っていた。

 

「ひっ」

 

セイアが小さく息を呑む。

けれど、幸いというべきかガトリングの銃声と着弾音により

狩人はそれに気が付かなかったようだ。

そして、銃声が止む。

 

 

パシャ、パシャ、パシャ、パシャ、

 

 

代わりに、岩陰で身をひそめる狩人に向けて彼が近づいてくる音がする。

 

「……!」

 

このままでは、不味い。

もしかすれば、彼がこのまま奇襲され死んでしまうかもしれない。

そう思った瞬間、セイアの手は自然と抱きしめていた銃をそれらしく、握りしめていた。

……重量により、照準がふらつく。

けれど、この距離ならば外しはしない。

 

「……私とて、銃の扱いは一通り学んだんだ」

 

セイアがごく小さく、小さく自身を励ますように呟く。

けれど、その言葉尻はどこか震えていた。

 

……今から、自分は人を撃つ。ヘイローを持っていない人間を、

ヘイローを持っている自分を容易く殺せるほどの威力を持った銃器で、撃つ。

 

その事が、どうしてもセイアの心を苛む。

けれど同時に、セイアはその心を必死で押さえつける。

 

 

……まだ、まだ、まだ。

 

 

……彼が近づく音が大きくなる、

その時、それに合わせて狩人が右手に持った武器を振り上げた。

 

 

「そこっ!!」

 

 

ガァンッ!!!

 

 

ガトリング砲とは全く異質な、大口径の弾丸が放たれる音が洞窟内に響き渡る。

その反動でセイアは思わず体勢を崩した。

けれど、その銃口から放たれた特殊弾頭は、

寸分の狂いもなく、その狩人の方に突き刺さると、

その肉を抉り出すように貫通した。

 

「っ!!」

 

狩人が大きく、確かに体勢を崩す。

そのことを、セイアの視界は確かにとらえた。

 

 

「……!やっ」

 

 

 

 

セイアが思わず歓喜の声を上げ、ようとした。

 

けれど、その言葉が最後まで言い終わることはなかった。

態勢を崩すのも一瞬、ほとんど反射的に太股に輸血液を突き立てた狩人が

一瞬で回復。

強敵より、それを支援する第3者の処理が先決と判断した相手が

素早くその眼前に接近し、ノコギリ鉈を振りかぶる。

その一瞬の出来事に、

セイアは声を出すこともできず呆けたようにそれを見ていた。

 

 

そして……

 

 

ズシャッ

 

 

目の前に滑り込んだ人影が、背後からその力を込めた切断を受けた。

 

 

「……えっ?」

 

 

セイアから、漸くそんな、呆けたような声が零れる。

血が舞い散り、セイアの全身を濡らす。

訳も分からぬままそれを見つめる彼女に、

体勢を大きく崩しながら、しかし、少女を守るように男が覆いかぶさる。

……が、

 

 

ドチャッ

 

 

その丁度腹あたりから、何者かの腕が生えた。

そこからあふれだしたぐちゃぐちゃの生暖かい塊が、溢れ出す鮮血と

共に彼女に降りかかる。

 

「え……あ?」

 

セイアは、訳も分からぬまま男の顔を見た。

……暗がりと、黒いフードに隠れたそれは、

しかし……だが確かに、口から血をこぼしながらも、笑っていた。

 

 

「……すま、な

 

 

ズシャアッッ!!

 

 

しかし、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。

男の内臓を貫通した相手の腕が、一息に引き抜かれる。

服越しにも明確に感じられる程の夥しい量の鮮血が、セイアに雨となって降り注ぐ。

 

倒れ込む男の身体の確かな重みを感じるのも一瞬、

その姿はまるで最初から存在そのものが夢であったかのように薄れると、

立ち消えた。

 

 

「……君?」

 

 

そこに残るのは、

全身が血とぐちゃぐちゃの内臓で汚れた少女の微かな声。

 

そんな彼女に、襲撃者は今度こそノコギリ鉈を振り上げた。

 

 




どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?


月光とは書いているものの、
実質ガトリング狩人ことデュラの盟友さん回でした。
セイアちゃんよかったね、
こんな血みどろの悪夢の中でも正気を失っていないいい人に出会えて。
でも、その人も目の前で殺されちゃったね、君を守るためだけに。
一体誰がこんなひどいことを……

ヤーナム観光短編、どれがいい?

  • 脳に瞳を得かけたナギサ様
  • メンシス学派、柚鳥ナツ
  • 聖職者の獣、伊落マリー
  • 狩人の悪夢に囚われたセイア
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