極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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side another 百合園セイア、又は月光(2)

 

……エデン条約。

 

それは、トリニティとゲヘナが結ぶ平和条約。

しかし、今現在その会場は火に包まれ、銃声と怨嗟の声が響いていた。

 

ゲヘナ側がミサイル攻撃を仕掛けた。

 

トリニティの特殊部隊が襲撃してきた。

 

憶測が飛び交い、戦火は拡大してゆく。

……そして、その中で蒼白い影が揺れる。

 

「な、何だあれ……」

「援軍……?いや、あんな部隊トリニティの何処にも」

 

 

「トリニティの増援かっ!?」

「すぐに部隊の一部を敵の増援に!!委員長を、一刻も早く……!」

 

突如現れた不気味なそれに、両陣営は混乱する。

……だからこそ、彼女らに静かに銃口を向けたそれらへの対応が遅れた。

 

 

戦場に、第三陣営のものによる銃声が響き渡る。

 

「撃ってきた!?」

「どうして!?こっちの味方じゃ……キャアッ!?」

「くそっくそっ!!こいつら、撃っても撃っても次から次に」

 

蒼白い条約の守護者は、定められた条約に従い、

敵対者たるゲヘナとトリニティの両者を蹂躙する。

銃声は変わらず響き渡り、怨嗟の代わりに悲鳴が響き渡る。

決して殲滅できぬ不死の軍勢に、疲弊していた両者は為すすべもなく1人、また1人と倒れてゆく。

 

 

……瓦礫の中に倒れ伏した、とある少女もその1人だった。

その制服はボロボロで、髪も、硝煙で汚れている。

 

……・・・が攻撃してきた。

そんな報告を聞き、仲間に連れられるまま……

いや、自らも激情に動かされ、つい先程まで銃を手に戦い続けていた。

……けれど、だと言うのに今は身体がこれ程に重く、痛い。

今も仲間達が応戦しているのだろう。

銃声や爆発音が聞こえてくるもののそれもどんどん小さくなってゆく。 

 

……逃げなきゃ

 

空っぽの頭の中で、そんな言葉が浮かび、渦巻く。

 

でも、何処に……?

 

その言葉を、別の言葉がかき消す。

 

……その言葉に答えるものはいない。

ふと、ゆるゆると視線を動かせば気絶した仲間の身体がちらりと映る。 

そのことを意識すると、何故か痛みがひどくなってくる。

それと同時に、自分の心の中に眠っていた恐怖が、

酷く強くなってくる。

 

「……だれ、か……!」

 

気がつけば、少女はそんな声を上げていた。

その掠れた声に、普通なら応えるものなどいないだろう。

……けれど、

 

カツ、カツ……

 

足音が聞こえてくる。

少女の声を聞き届けた何者かが、少しずつ近づいてくる。

 

「……!」

 

それを聞いた少女の表情が、

傷だらけながらもパッと明るくなる。

……この際、トリニティか、ゲヘナかなどどうでも良かった。

ただ、この底なしの恐怖から救って欲しかった。

そして……

 

 

カツン

 

 

「……ぁ、ぇ?」

 

 

……その表情が、固まる。

少女の目の前に立つのは、ガスマスクをつけた蒼白い何か。

彼女の声を聞き届けたのは救いの手ではなく、

恐怖の象徴だった。

 

「ひっ……や、嫌っ……!」

 

小さな悲鳴を上げて、少女が這いずってでも逃げようと瓦礫に手をかける。

けれど、ボロボロの身体はどんなに力を込めても動いてくれない。

蒼白いそれは、目の前で藻掻くそれを確認すると、ただ何の感動もなく、

命令たる条約に従い無情に銃を向ける。そして……

 

 

 

 

翠緑が駆け抜ける。

 

 

少女の目の前で恐怖の象徴が両断され、掻き消える。

 

 

「……え?」

 

 

突然の出来事に、少女はただ呆然とする。

 

先程まで蒼白いそれがいた場所には、キツネ耳の少女が一人、立っていた。

……その小柄で、特徴的な制服はどこかで見たような気がする。

けれど、混乱していて思い出すことができない。

少女の身体はあちらこちらが煤け、服もボロボロだ。

だというのに、その白い肌には傷一つない。

そして、彼女の手に握られるのは、身の丈ほどもある翠緑の燐光を放つ大剣。

その光が、まるで暗い絶望の闇の中を照らす導きの月の光のように静かに輝く。

 

 

その姿は、まるで御伽噺に出てくる英雄のようで……

 

 

「……あっ」

 

 

気がつけば、不思議な少女の姿は翠緑の燐光を残して消えていた。

彼女に救われた1人の少女は、ただ、静かに、その姿を見送った。

 

 

……その後、彼女は救護騎士団と救急医療部の緊急医療部隊に救助されることとなる。

この際、彼女の所属がどこかはどうでもいいだろう。

ただ、自分の身に何が起こったかを尋ねられた時、少女はよどみなく答えた。

即ち、

 

 

 

英雄が、救ってくれた……と

 

 

 

________________________________________

 

 

 

「……あれは、ゲヘナ風紀委員会とトリニティの」

 

加速の業で戦場を駆け巡りながら、

セイアは周囲の状況を判断してゆく。

……大方、先程の襲撃に伴う情報混乱のせいでお互いに疑心暗鬼となり、戦闘が勃発。

その隙をユスティナ聖徒会に刺されたといったところか……

 

 

「っ!」

 

 

セイアが反射的にすぐ横へと加速した瞬間、

先程までいた場所を銃弾が掠める。

……何か共通の意識体でも持っているのだろうか?

顕現しているほとんどの相手がこちらに狙いを定めているようだ。

 

「……だが、だからといって諦めるわけにはいかないのでね」

 

セイアは短くそう言うと、敵の死角に向けて加速。

そのまま月光の聖剣に神秘を込める。

 

 

コオォォ……

 

 

静かな神秘の音が、辺りに響き渡る。

その音に相手が反応した時には、すべてが遅かった。

 

 

ヒュオッ

 

 

袈裟斬り、逆袈裟斬りと振るわれた月光の大剣から、

翠緑の光波が2発放たれる。

 

それは、一撃で銃口を向けようとしていたユスティナ信徒を切り裂き、

蒼白に帰しただけでなく背後にいたそれらも同じ運命を辿る。

先程までのことも忘れ、必死でユスティナ聖徒会へ応戦していた

トリニティとゲヘナの幾人かがその光波に気がつき、

あるものはその奥に見える一人の少女の存在にも気が付く。

けれど、セイアは最早姿を見られること一切考慮に入れていなかった。

 

 

「……月光よ」

 

 

……そう呟くことに特に意味はない。ある種の精神統一のようなものだ。

それと同時、翠緑の輝きと共にセイアの身体は加速する。

先ず、加速を連続で行使して敵の懐まで接近すると、

先頭の一体を袈裟斬りに両断。返す刀で更に一人を切り裂く。

ここで安易に追撃はせず一時的に加速により物陰に退避。

敵の弾幕をやり過ごしたのち、大剣に神秘を込める。

 

 

翠緑の月光が迸る。

 

 

大きく薙ぎ払われた大剣はセイアが隠れていた障害物を砕き、

それにより開けた射線の上で水平の光波が飛ぶ。

その一撃で更にユスティナ信徒が大きく数を減らす。

そこでできた隙にセイアは加速で斬り込んでゆく。

 

 

「ゆ、百合園セイアっ!?何故……病弱という話は嘘だったんですかっ!?」

「で、でもこちらに敵意はない様子です!

トリニティ側も戦闘活動を停止している様子ですし、これは……」

 

 

ゲヘナ側は、セイアの姿に混乱している様子だった。

敵対者と認識していたトリニティのはずなのに、

突然現れた蒼白い襲撃者を、たった1人で蹂躙してゆく。

その姿に、ある者は畏怖を、ある者はいつかの黒い少女の姿を幻視する。

 

 

「セイア、様……?」

「あのお姿は……」

 

 

対するトリニティ側は、その姿にただ茫然としていた。

……やがて、ある者は膝から崩れ落ち、ある者はその姿に祈った。

クーデターの襲撃から逃れ、そして生還した病弱な少女。

そして今、その少女が翠緑に光る大剣を持ち、

神の如き力で自分達を襲撃してきた存在を圧倒……いや、殲滅している。

その姿に、心奪われぬものはいなかった。

 

そうしている間にも、

セイアは次々とユスティナ聖徒会の部隊を顕現する間も与えず葬ってゆく。

だが、相手とてただ狩られるばかりではない。

遂にこの敵を撃破することのみを目標に据えたのか、

幾人かの味方を犠牲に、セイアを取り囲むように部隊を展開する。

 

「……なるほどね」

 

自身を確実に撃破せんと銃口を向けるそれらに、

セイアは短く呟いた。

……その次にセイアが取った行動は至極単純だった。

月光の聖剣を眼前に掲げ、まるで祈るように神秘を込める。

 

 

「……月光よ、私を導き給え」

 

その燐光がまるで満月の月のように辺り一帯を照らし出す。

神秘の音が、響き続ける

ユスティナ信徒からの集中砲火がセイアの身体を撃つが、

彼女は少しも動じることはない。

 

 

「……せあっ!」

 

 

瞬間、セイアは月光の大剣を地面に思い切り突き立てた。

そこから迸る燐光が、地面一帯を駆け巡る。

 

 

ゴォッ!!

 

 

地面から溢れ出した翠緑の光が、

周囲に展開していたユスティナ信徒を薙ぎ払った。

……舞い散る蒼白と翠緑の燐光の中、

セイアは月光の大剣を流麗な動作で地面から抜き取る。

 

……ユスティナ信徒は殲滅した。

ならば、次なる一手は……

 

 

「ゲヘナ学園、そしてトリニティ総合学園両陣営に告げる。

私はトリニティ総合学園のティーパーティー所属、百合園セイア」

 

 

セイアは、燐光の園の中でそう名乗る。

 

「どうか、私の話を聞いてもらいたい」

 

 

…………

 

 

……

 

 

 

 

 

 

________________________________________

 

……時は過去にさかのぼる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁはぁはぁ……!」

 

 

……ねじれた街の中を、セイアはひたすらに走り続けた。

元々あまり運動したことのない彼女の息は絶え絶えで、

幾度となく転び……そして、道行く先で肌を切り裂かれ、

決して少なくない量の血を流している。

けれど、それでも尚セイアは止まらない。

ただ、ただひたすらに、時折苦しそうに血を滲ませて咳き込みながらも、

胸に身の丈ほどもある銃を抱きしめたまま、走り続ける。

 

その時、

 

「ガウッ!!」

 

セイアの姿を偶々捉えたのだろう。

何処か狂ったような見てくれの猟犬が2匹、

路地の角から飛び出してきたかと思うとセイアの目の前に立ち塞がる。

 

「っ!!」

 

 

……けれど、彼に会う前、何度も経験した死に戻り。

そして、元々記憶力の良い彼女の頭脳が合わさり、セイアは辛うじてそれに対応した。

獣狩りの銃器の先端を握り締めると、勢い良くその銃床を振りかぶる。

正しい姿勢も何もない付け焼刃の動作だったが、奇跡的にそれはうまくいった。

 

 

「てぁっ!!」

「ギャアッ!?」

 

 

大きく横なぎに振るわれた銃床が飛び掛かってきた一匹の側頭部を強打。

その身体を吹き飛ばす。

しかし、セイアの方もその重量につられ、大きく体勢を崩す。

つんのめりながらも体勢を無理矢理立て直し、

再び銃を抱えて走り出そうとするセイア。

……しかし、

 

 

「ガアッ!!」

「あぐっ!」

 

もう1匹の猟犬がセイアの小さな右手に噛みついた。

それは恐ろしい咬合力で肉をかみ砕きながら、

腕ごとセイアの身体をぐいぐいと引っ張る。

それに引きずられそうになるセイアだったが、何とか踏みとどまると、

無理矢理前へ前へと足を踏み出す。

……普段の非力な彼女なら無駄なあがきだっただろう。

けれど、絶え間なく発されるアドレナリンにより、

限界以上まで軋みを上げる身体が、それを可能にする。

 

 

「はぁ、あ、ああ、うぁああああっ!!!」

 

 

……何かが引きちぎれる嫌な感触がした。

急に拘束が途切れたことにより、セイアは再びつんのめるが、

また体勢を立て直してその場から走り去った。

銃を抱き寄せるその手には、何故か何かあるはずの物が無いような違和感がある。

それでも尚、セイアは走り続けた。

 

 

……どうして、自分は急いでいるのだろうか。

 

 

流れる景色。けれど、段々と少しずつ、だが確実に掠れてゆく視界。

限界以上に酷使され続ける肺により酸素がうまく行き渡らず、

ぼんやりとする思考の中、セイアの脳裏にふとそんな言葉が浮かんだ。

 

 

……そうだ。これは悪夢の中。

だから、先ほどのことも……

未だ互いに名前も知らぬ彼が目の前で、

自分を庇って死んでしまったこともただの悪い夢。

 

 

……荒い息を吐き続けるセイアの頬を、切り傷から溢れた鮮血以外のものが伝う。

 

 

……きっと再びあの洞窟に行けばあの時と同じように彼がいて、

お互いに殺されてしまって大変だった。

と、困ったような表情で言ってくれるはずなのだ。

 

 

背後からこちらを視認した血に酔った狩人の歓喜の笑いが聞こえてくるが、セイアは振り返ることなく近くの階段を駆け下りる……が、

 

「あっ」

 

疲労の蓄積した脚が、ここにきて縺れた。

浮遊感が少女を襲う。

そして……

 

「がはっ!?」

 

その身体が、血の川に叩きつけられ、血飛沫を辺りに撒き散らす。

川は浅く、岩ばかりであるが故、セイアも決して少なくないダメージを受けた。

更に、その激突音により血をなみなみと啜ったノミの化け物が、おいしい生き血を垂れ流す少女の姿を視認する。

 

けれど、セイアはよろめきながらも立ち上がると、

再びボロボロの身体に鞭打って走り出す。

 

 

だから急ぐ必要なんてない。

それに、まだこの銃だって返せていないのだ。

だから……この胸騒ぎは、嘘なのだ。

死に際の彼の遺言のような言葉も、全部全部嘘なのだ。

 

 

洞窟に向けてかけるセイアに、無数のノミの化け物が追いすがる。

そのうち一匹の飛びかかりが、セイアの背中に直撃した。

 

 

血が飛び散る。

 

 

小柄なセイアの身体が毬のように跳ね飛ぶ。

何度も何度もその身体が血の川に打ち付けられ、全身が赤く赤く濡れてゆく。

けれど、その中でもセイアは、その獣狩りの銃器だけは

抱きしめたまま決して放そうとしなかった。

……そして、幸いというべきか。

セイアは吹き飛ばされた先は洞窟の入り口の奥まった場所であり、

図体の大きい化け物は底に入ってくることはできなかった。

 

……洞窟の入り口のすぐ近くでは、

今も化け物が何とかセイアという獲物にありつこうと悍ましい叫びを上げながら

がりがりとその細長い腕を伸ばしている。

けれど、よろめきながら立ち上がったセイアには、

もはやその音すら碌に聞こえていなかった。

 

 

「っぷ、ごほっ、ごぼっ……!」

 

 

咄嗟に口元に手を当てたセイアだったが、

その手の隙間や、本来指があるべきだった場所から、

ぼたぼたと夥しい量の血液が零れる。

……己の出せる全力を遥かに超え身体を酷使したこと、

更には先程の強烈な衝撃が追い打ちをかけたことにより、

セイアの身体はボロボロだった。

 

「……かはっ、かひゅ……はぁ、はぁ……」

 

だが、それでも尚。

息を無理矢理整えたセイアは、長い銃を杖のように使いながらも、

洞窟の奥を目指して歩き始める。

もはや自分の本来の目的すら忘れ、ただ彼にもう一度会うために洞窟の奥へと進む。

……洞窟の道のりは思った以上に遠く、光源がなければほとんど何も見えない。

しかし、ある場所まで進んできたとき、

セイアの記憶に訴えかけてくる光景が広がってきた。

 

「……!!」

 

……あの暗闇でもわかる大岩の影は、確かあの裏に自分が寝かしつけられていたはずだ。

 

 

「……だれ、か……!」

 

 

セイアは精一杯声を張り上げて、いるはずの彼に声をかける。

……けれど、洞窟の中は不気味に静まり変えるばかりで、

誰もその声に答える者はいない。

 

……そうだ。考えてみれば当たり前ではないか。

あの時彼は、酷い傷を負っていた。

だから、きっとあの岩場の陰で休んでいるはずなのだ。

 

まるで誰もいないかのような反応に底知れぬ恐怖を覚えたセイアだったが、

すぐにそう思いなおした。

 

 

そうだ……それが普通なのだ。自分が失念していただけなのだ。

だから、だから……

 

 

セイアはゆっくり、ゆっくりと岩場の陰に移動する……その時、

 

 

カツン

 

 

彼女の足先に、何かが当たった。

……その感覚がなぜか気になったセイアは、

ゆっくりと膝をつくと先程蹴飛ばしたものを拾い上げる。そこには……

 

 

「……ぁえ?」

 

 

自分の手の中にあったのは、彼が使っていた小さな携帯用のランタンだった。

胸騒ぎを覚えたセイアは反射的に正面を見た。そこには……

 

 

「……あ、ぁあ」

 

 

誰もいなかった。

 

 

ただ、誰かの痕跡はあった。

 

 

それは、自分が寝かされていた平たい岩場の上に落ちた、ぶよぶよとした彼の肉片で、

襲撃者から、無駄と知りながら、それでもセイアを身を挺して守った痕跡で……

……そのことをセイアは理解した。理解してしまった。

 

 

「……みとめ、ない……そんな、なぜ、なぜ……あ、ぁああっ」

 

 

嗚咽が零れるたびに、身体中に激痛が走る。

だというのに、この瞳からは次々と涙がこぼれてくる。

 

 

「いやだ……いや、だ……うぅ、ううぅ……」

 

 

……暗闇の洞窟の中で、少女の声が響き渡り、やがてそれは消えていった。

 

 

 

……気がつけば、またあの暗い廃屋の中だった。

けれど、セイアは身体が元通りになって尚、動くことができずにいた。

 

……人が、死んだ。

 

優しい誰かが、私という存在を庇ったがために死んだ。

予知でそのような光景は、何度も見て……見慣れてきたつもりだった。

けれど、それは所詮、予知で見た偽りに過ぎなかった。

 

「……」

 

……悲哀、後悔、苦痛。

ぐちゃぐちゃの感情の奔流が、セイアの心をただひたすらに、かき乱す。

動けない……動きたくない……

 

けれど、そんな彼女をも、

時折入ってくる獣が、狩人が、容赦なくその身体を切り刻み、喰らう。

その死の苦痛が、まるでセイアを早く進めと言っているように彼女には感じられた。

 

 

……34回目

 

 

「……進まな、ければ」

 

 

ずっと廃屋の中でうずくまっていたセイアは、ゆっくりと立ち上がった。

 

……涙はとうに枯れ果てた。

 

ただただ表情は空っぽで、諦観に満ちている。

 

……あぁ、

 

 

「……全ては、無為だ」

 

 

……廃屋の入り口を抜ければ、全く変わらぬ歪んだ景色が広がっていた。

 

 

 

________________________________________

 

歪んだ街並みの中を、セイアはただ歩き続ける。

記憶を頼りに、敵を避けながら。

危なげなく、少しづつ進んでゆく。

 

時折道端の死体から何か見つけては、それを懐に入れる。

それは火炎瓶であったり、

水銀で満たされたシリンジであったり、

輸血液と書かれた小瓶であったり、

……あるいはドロリとした死血の塊だった。

何故、自分でも取ろうと思ったのかよく分からないものも多くある。

それに、何故か懐に物を入れても入れても、

それが溢れてくることはない。

 

……夢だから、だろうか?

……考えても無駄なことだ。

 

最早、何の為に進んでいるかもセイアにはよく分かっていなかった。

ただ、感性の赴くままに。

血の川の上流へ、上流へと進み続ける。

段々と、あれほどいたはずの獣や血に酔った狩人の数も少なくなり、見ているだけでどこか不安になる姿をした大男が時折現れるのみ。

一度見つかりはしたものの、

彼らが入ってこれない物陰に隠れてしまえば対処は容易だった。

そして、大男のいる場所を通り過ぎて、セイアが改めて正面を見たその時だった。

 

「……?」

 

大きな傾いた鉄の門が、そこにそびえ立っていた。

……門の奥は肉が剥き出しとなった赤黒い死体で満たされており、

そこから絶えず血が流れ出し、それが川を形成してる。

……さながら、ここが源泉といったところか。

幸いなことに目の前の門の奥へと周りこめる横道がある。

 

……血の源泉に行き着けば、何かあるかもしれない。

この道筋に何か意味を見出せる、何かが。

 

何となくそう思ったセイアは、その横道に向かって進み始めた。

 

________________

 

血の源泉は、

奥のレンガ造りの建物から流れ出しているようだった。

 

入口でたむろしていた醜いでっぷりと太ったカラスを銃で撃ち抜きながら、セイアはそう思案する。

貫通する弾丸はそれの身体をグチャグチャに削り飛ばし、肉塊に変える。

……生き物を初めて殺めたというのに、

存外自分が何の感情も抱かなかった事に、セイアは少しだけ驚いた。

 

……この悪夢の世界では獣も人も所詮変わらず、

いつか死に絶えるものであるからだろうか?

 

「……まあ、どうでも良いことか」

 

セイアはそう呟くと、レンガ造りの建物の中へと入った。

 

「……」

 

……あるのは、死体ばかりだった。

先程見かけたものとは比べ物にならない量の死体が乱雑に積み上げられており、出入り口が小さいこともあってそこで浅い池のようなものを形成していた。

……だが、その奥に建物の上層へと続く階段が見える。

セイアはしばらくの間その場に立ち竦んでいたが、

やがてゆっくりとその階段に向けて歩き始めた。

 

……その足が、遂に階段へと到達しようとした、その時だった。

 

 

「……奇妙な少女よ、何処へ行くのだ」

 

 

声が聞こえた。

 

深く、落ち着いた。自分と同じ様に何処か諦観に満ちた男性の声。

けれど、あの人の声ではない。

 

セイアは一度、

そのままこの場を立ち去ろうか思案したものの、

結局声のした方へと視線を向けた。

 

「……獣?」

 

……そこには獣がいた。

けれど、それはセイアが警戒するようなものではなかった。

グチャグチャの、辛うじて形を保っている醜い獣……

その大きな頭部だけが、血の池の中に転がっていた。

 

「……そう、私は獣だ。導きを失った、ただの醜い獣だよ」

 

その獣の口元が、僅かに、だが確かに動く。

……どうも、このような状態になって尚、それは生きているらしかった。

セイアはその獣の頭部に近づくと、白い制服が、長い自分の髪が血に浸かることも厭わず、獣の眼前に屈み込む。

 

「獣と言う割には、君は正気を保っているように私には見えるがね」

「……ヒヒッ。そうか、君には私が正気に見えるか」

 

セイアの言葉に対し、獣は奇妙な笑い声を零した。

そんな相手の様子を、セイアはただ静かに見つめる。

 

「そう言う君こそ、獣の特徴を有していながらこの悪夢にいながら正気ではないのか?」

「……そう見えるなら、君はやはり君の言う通り、正気ではないのだろうね」

 

セイアは獣の言葉にポツリとそう呟いた。

その歳不相応の暗い諦観に満ちた瞳が、獣の蕩けた瞳をじっと見つめる。

しばらくの間、両者の間に沈黙が流れる。

……再び口を開いたのは、獣の方だった。

 

「……少女よ。君は、この醒めぬ悪夢に、何を見た?」

「……何も」

 

獣の言葉に、セイアはただ一言、こう答える。

 

「何故ここへ来たのかも、何故ここへいるのかももう分からない。嘗て私がいた場所に帰る……それだけが私の縁だと言うのに、もうそれすらも……はっきりと、見えない」

 

……セイアの声が震える。

冷たい獣狩りの銃器の感触を、ぎゅっとぎゅっと抱きしめる。

 

「……知っているなら、教えてくれ。私は、この悪夢で何を見ればいい?何度傷つき、繰り返せばいい?最早何の力も持たぬ私に、この夢の主は何を求めている?」

 

ポロポロと、その瞳から涙が溢れる。

そんな彼女のことを獣はしばらくの間見つめた後、蕩けた瞳を閉じる。

そして、静かに言葉を紡いだ。

 

 

「……少女よ、君は導きを知っているか?」

 

 

……抽象的で、曖昧な言葉。

 

最早彼にとって何の意味も持たぬ、それでいて意味のあった言葉。

 

セイアの顔が僅かに上がる。

 

「……とても細く、儚い。

けれど、暗い夜でそれは確かに、私を導いた縁だった」

 

……再び瞼を開いた獣の蕩けた瞳が、セイアを射抜く。

けれど、そこには嘗て彼が人であった頃の、何かが宿っているようだった。

 

「……もし、君が導きを望むなら、私はそれを授けよう。

その導く先が何であれ、君の力になるのなら」

「……それ、は」

 

……セイアが言い淀む。

導きの意味は、それが何であるかはよく分からない。

けれど、それは目の前にいる彼にとって大切な物のはずだ。

躊躇う彼女に、獣は僅かに口元を動かした。

……歪な形を作ったそれは、けれど、確かに優しく少女に微笑んでいるようで……

 

「今でこそこのような見てくれだが、

昔、私も英雄と呼ばれていた頃があったのだ。

……これは、醜い獣にとなった英雄の成れ果てが、

過去に縋って最後に人助けをしようとしているに過ぎない」

 

……それっきり、またしばらくの間、

壊れかけの少女と醜く歪んだ過去の英雄の間に、沈黙が流れる。

……次に相手に話しかけたのは、セイアの方だった。

 

 

「……1つ、君に聞きたい」

 

 

ポツリ、と。セイアが彼に話しかける。

 

「……楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか。

……真に楽園にたどり着いた者は至上の喜びを抱く故に、楽園から帰ることはない。ならば、その証明できぬ楽園の存在を、君は肯定するか、否か……君は、どう答える?」

「……楽園、か」

 

その言葉に、嘗ての英雄は懐かしそうに、

そして悲しげにその言葉を噛み締める。

何かに思い馳せるように、

少しの間考え込んだ後、彼はセイアの問いに答える。

 

「……楽園。それが証明できぬと言うなら、自らの手で切り開く。暗い夜の中に月光があるように、血塗られた狩りの先には、楽園が確かにある。

証明できぬと言うなら、それを信じ、進み続けるのみ……

嘗ての私なら、そう答えるであろう」

 

……それは、血塗られた狩りに生き、

それでも尚、英雄たろうとした1人の人の、暗い絶望だった。

 

「……けれど今は、私には何も見えない。楽園も、確かな導きも、何も……」

「……そうか」

 

……そう、悲しげに呟く英雄。

そんな彼に、セイアはそっと手を伸ばすと、

その血塗れの肌を優しく撫でた。

……今にも崩れてしまいそうなその質感には、だが確かに温かさがある。

 

「でも、私からすれば、君はまだ英雄だよ。

このような姿になって尚、せめて救う者たろうとしている。

……それを、人は英雄と呼ぶのではないかい?」

「……君はまだ、私を英雄と呼ぶか」

 

セイアの言葉に、彼は少し驚いたようにそう呟くと、

また少し微笑んだ。

 

「……ありがとう。この醒めぬ悪夢の中で、最後に少しだけ救われた気がする」

「……礼などいらないよ。私はただの非力な少女に過ぎない」

 

彼の言葉に、セイアはそう言葉を返した。

……その言葉とは裏腹に、

セイアもほんの少しだけ、微笑んでいた。

そんな彼女を少しの間見つめた後、英雄が口を動かす。

 

「……聖剣のルドウイーク。私は嘗て、そう呼ばれていた」

「……聖剣の、ルドウイーク」

 

その言葉を、セイアは反芻した。

 

……聖剣

 

正に英雄そのものを示しているような、そんな名前だった。

……その名前を、セイアは深く胸に刻む。

もう、忘れることのないように。

 

「……私は百合園セイアという」

「セイア、か……良い名前だな」

 

ルドウイークは、セイアの名前に対し、そう言って微笑んだ。

……その瞳が、揺れる。

 

「……セイア、最後に君に会えてよかった」

 

その蕩けた頭部が、少しずつ崩れてゆく。

その姿を、セイアはただ、静かに見送る。

 

 

「……セイア、君に月光の導きがあらんことを」

 

 

……それっきり、ルドウイークから言葉が発されることはなかった。

崩れきった頭部は、もう既に何の力も残していない。

……セイアはしばらくの間、静かに、目を閉じて彼の英雄の為に祈った。

そして、瞼を開く。

 

「……?」

 

その時、セイアはいつの間にか自分の目の前に何かが転がっていることに気がついた。

……古びた銀の大剣だった。

そっと手に取ると、その刀身は冷たく、そして重い。

よろめきながらもそれをセイアは持ち上げ、それを眼前に掲げた。

 

……つい先程まで血の中に沈んでいたはずなのに、その刀身には血の一滴もついていない。

そして、その中には何かが眠っているように、セイアは感じた。

 

「……」

 

セイアは、やがてそっと微笑むと、その剣をそれらしく背中に背負う。

何の留め金もついていないはずなのに、

それは確かに、セイアの背で留まった。

 

 

「……ありがとう」

 

 

セイアは最後に、ルドウイークに向けてそう言うと、今度こそその場を後にして、振り返ることはなかった。

 

 

 




どもー、時空未知です。
ということで今回の作品は如何だったでしょうか?

ルドウイークの英雄である故が、上手く描写できていれば幸いです。
さて、セイアちゃんもなんとか立ち直ることができました。
……本当にきれいさっぱり立ち直れたかはさておき、
少なくとも壊れかけから少し壊れそうぐらいにはなりましたね。
え、あんまり大丈夫じゃない?それはそう。



さて、作品内で説明するのが難しいので言ってしまいますが、
襲撃者はルドウイーク撃破後、一旦ヤーナムに帰っています。
奴が聖杯狂いで助かりましたね。

とは言えこれが何を意味するかと言うと、
この先の皆さん全然ご顕在です。
セイアちゃんはこの先で様々なものを見るでしょう。
その末に、楽園の命題に彼女が何を見出すか、果たして導きはきちんと導いてくれるのか、お楽しみに!

ヤーナム観光短編、どれがいい?

  • 脳に瞳を得かけたナギサ様
  • メンシス学派、柚鳥ナツ
  • 聖職者の獣、伊落マリー
  • 狩人の悪夢に囚われたセイア
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