今回も今回とてグロ注意&フロム脳マシマシです。あと若干長いかもです。
……レイテルパラッシュ早く入手しなきゃ(使命感)
夕刻のヤーナム市街。
その一画にある橋の近くには、大きな下水道があった。
薄暗く、不衛生なその場所にいるもの好きは死肉に飢えたネズミやカラス、
そして助かる見込みがないと下水道に捨てられ、腐り果てながら獣と化した哀れな患者がたむろしており、
その危険性からほとんどの人が近づかない場所である。
そんな下水道の奥底に向けて伸びる梯子。
そこからカツン、カツンと何者かが昇る音が響いていた。それも2人分も。
梯子が恐ろしく長いためか足音は時折止まりながら、ゆっくりゆっくりと昇ってくる。
そして、最初に梯子の先から覗いたのは少しばかりヘドロで汚れた金髪だった。
ヴィオラは地上に上がって軽く息をつくと、すぐに梯子の下に手を伸ばす。
「セリカさん、もう少しよ……!」
「はあ、はあ。やっと……やっと地上に出た……」
そこから手を引かれながら倒れ伏すようにセリカが這い出てきてそのまま石畳にうつぶせになる。
足元が下水道の水をかぶっておりかなり酷いことになっているが、
そのことまで頭が回らないほど疲れ果てていた。
そんな彼女の頭をヴィオラが撫でる。
「ごめんなさいね。セリカさんに比べて体力がないからお世話になってしまって……」
「ほ、本当にひどい目に、あったんだからね……ぜえ、はあ、感謝、しなさい……」
ヴィオラにそう言いながらセリカは先ほどまでのこの世のものとは思えない逃走劇を思い返していた。
本来通ろうとしていたルートが使えず、仕方なく遠回りすることになったセリカたち。
……そのルートがあの惨状の下水道だとわかっていたなら、全力で拒否していた。
少し進んだ時点で襲い掛かってくる大ネズミ。
持ち前の足の速さとネズミゆえの物量を伴って襲い掛かってくるそれの前に、
シンシアリティの銃弾を使うより、
ロングスカートでどうしても早く移動できないヴィオラを抱えて走った方が
明らかに早いとセリカ気が付くのにそう時間はかからなかった。
かくして始まったヤーナム下水道主催、逃走者2名、鬼は大量とかいう
比率のバグった命がけ鬼ごっこ大会。
濁点の混ざったちっともかわいくないチュウチュウをBGMに
ヴィオラの指示だけを頼りに下水道を突き進む。
人食いカラスは降ってくる、
生理的嫌悪を呼び起こす腐乱死体は長い腕でこちらをひっかけようとしてくる、
ところどころに余計な段差はあるしヘドロで滑るし勘違いした市民が銃をぶっ放してくる、
しまいに巨大な人食い豚に追いかけられた時、
セリカがキヴォトス人式火事場脚力を発揮しなければ
まず間違いなく2人ともども仲良く豚のお腹に収まっていたことだろう。
……それもこれも、
「あのエレベーターを封鎖したのはどこのどいつなのよ、ばかぁ……」
セリカはすぐ横にあるエレベーターを見て力なくそう文句を言った。
そう、ヤーナム市街の奥にある聖堂街という場所に獣が侵入することを抑えるため、
この場所まで行くのに欠かせないエレベーターが停止していたのである。
あれが動いていれば地獄の鬼ごっこ大会に参加する必要はなかった、確実に。
そんなセリカにつられてヴィオラさん一言、
「……ここまで封鎖が進んでいるとなると、
オドン教会への道ももしかしたら封鎖されているかもしれないわね」
「えっ……嘘」
ヴィオラの衝撃的な言葉にセリカの表情が絶望に染まる。
その様子を見て慌てて彼女は補足説明をした。
「で、でも教会へ続く道の扉は主人が管理してるから。
大丈夫、いざとなれば主人を探せば問題ないわ」
「……あんまり解決してない気がするけど」
セリカはそう文句を言ったものの、完全に八方ふさがりでないことだけは理解したのか、
幾分か表情が晴れる。
その後、ある程度息が整ったのか、ふぅ、と息をつくとセリカはようやく立ち上がった。
「よし、それじゃあ行きましょうか」
「えぇ。ここからこの橋を渡ればもうすぐよ」
そう言って2人は笑いあうと、再びオドン教会に向けて歩き始めた
……まあ、その歩みもすぐ止まることになったのだが。
「……!」
橋の上に上がる階段を上ったところでセリカは歩みを止めた。
……橋の上で無数の群衆がたむろしている。殺気だっていることが遠目からでも十分にわかる。
かつてのトラウマが無理やり閉じていた記憶の中から掘り起こされる。
身体が震える、目の焦点が合わない、体中から嫌な汗が噴き出る。
「……?セリカさん?」
気がつけば、セリカはヴィオラの腕をぎゅっと抱きしめていた。
何かが抱きついた感触に振り返ってみれば、目下には恐怖に震えている少女の姿があった。
……少し前に治療した傷といい、何かあったことは想像に難くない。
そんなセリカに対し、ヴィオラはやさしく微笑むとあの時と同じように頭を優しくなでた。
「大丈夫。ここは私に任せておいて」
「……え?」
ヴィオラはそう言うと、セリカが何か言うよりも早く群衆に近づき始めた。
「おーい、みなさーん!」
「え、あっ、ヴィオラさん、何し、て……」
セリカが動揺するももう遅い。殺気立った市民らの視線が、一斉にこちらを向く。
……逃げなきゃ
その言葉がセリカの脳裏をかける。
……けれど、恐怖で身体がすくんで動かない。
そして……
「……おい、待て」
先頭の、斧と松明を持った男がふと、そう言って他の市民を制した。
……様子がおかしい。先程まで近づくものを全て殺すと言わんばかりの様子だったのに、
今はその視線が困惑したような、戸惑ったようなものへと変わっている。
先頭の男はしきりに目を瞬かせていたが、やがて思い出したかのように懐に手を入れた。
取り出したのは輸血液の小瓶。
男はそれを、慣れた手つきで自分の太ももに突き刺し、投げ捨てた。
……その表情が変わる。
「誰かと思ったら。お前さん、神父の狩人さんのとこのヴィオラさんじゃないか。
おーい、お前ら。武器を下せ。獣じゃねえ」
そう声をかけられたことで市民の表情が変わる。
こちらに近づいてくることは変わらないが、その表情に殺気はもうなかった。
「お前さん、何でまた獣狩りの夜に……」
「はい、いつもなら主人が帰ってくるはずなのに中々姿が見えなかったもので……
探すついでにオドン教会の方の様子を訪ねようかと」
「なるほどねぇ。確かに、今はあそこの方が安全だ。だが、生憎お宅の旦那は見かけてないねぇ」
「わしの方もここに来る最中、あの人の姿は見んかったなあ
……ってちょっと待て、誰か大岩の方の奴に声かけたか?」
「大丈夫だ。アモンの奴がもう行っとる」
ヴィオラと市民たちは慣れ親しんだ様子で会話する。
その様子を、セリカはただ茫然と見つめていた。
その時、市民の一人の視線がセリカの方を見た。一瞬目が合い、彼女はびくりと肩を震わせる。
けれど、男は特に何かするでもなく、ヴィオラの方へと向き直った
「……ヴィオラさん、その、横にいる人は?」
「あぁ、この子ですか?……えぇと、余所から来たみたいで。
丁度、獣狩りの夜に巻き込まれてしまったみたいなのでそのまま一緒に……」
少し難しそうな顔でそう言うヴィオラ。
余所から来た。その言葉に男たちは一瞬顔をしかめたものの、やがて諦めたような表情になった。
「まー、今の状態でよそ者だなんだといってもしょうがないわな。
それにヴィオラさんがついさっきまで獣に見えた辺り、わしらも手遅れかの……」
「んだ。この際よそ者だなんだは関係ないな……はあ、もう手遅れ、か……」
幾人かが自嘲気味に笑い、幾人かは何かをこらえるように天を仰ぐ。
セリカはふと、ヴィオラの横顔を見た。
その顔は相変わらず微笑んでいたが、その瞳に何かがうるんでいるのが見えた。
……獣の病……手遅れ。
断片的な情報だが、そこからそのことを推察できないセリカではない。
しばらく市民たちは物思いにふけっている様子だったが、やがてヴィオラとセリカの方を見た。
「ま、わしらのことは気にせず先に行きなさい」
「あんたがもう一回行って娘さんを連れてくるまでは意地でも正気を保って見せるさ!」
「こちとら身寄りがない男の集まりだ。
せめてものオドン教会への道は、どんな獣も一匹たりとも通さん!」
そう言って男たちが、力強く自分たちの武器を掲げる。
その後、最初に話しかけてきた男が武器をいったん仲間に預け、
ヴィオラとセリカの肩を力強くポンと叩いた。
その腕は見た目こそ病のせいか変色し、毛深くなっていたが、不思議とそんな心地はしなかった。
「せめて、あんたら家族とそこの人だけでも無事生き残ってくれ。
そうすれば、天国の家内に俺も自慢話を持って帰れる」
男はそう言って、誠意いっぱい彼女たちに笑いかけた。
「……本当に、ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
ヴィオラが一礼するのを見たセリカも、慌ててそうお礼を言った。
その後、彼女たちの姿が路地裏に消えるまで、彼らは手を振り続けていた。
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しばらく石畳の道を歩いたのち、セリカはヴィオラに声をかける。
「ねぇ、さっきの人達って……知り合い?」
「……えぇ、ご近所さんよ。と言っても会ったときに挨拶するぐらいの間柄だけどね」
そう言ってヴィオラはかすかに笑った。
……見えないようにしていたものの、その声には確かに悲哀が混じっていた。
セリカは何も言うこととができず、正面へと視線を戻した。
……私が殺した人達も、元はごく普通の人間だった。
その事実が、ひしひしと押し寄せてくる。
「……どうして、こんなことになっちゃったのかな?」
ポツリと、セリカが小さく、そう呟く。
誰に問うでもなく、気づかずこぼした純粋な感情の吐露。
それにヴィオラは答える。
「ここで暮らしてる私たちも分からないわ。
ただ、生まれた時からこうして夜が来て、その度に人が消えてゆく」
「でもね。」ヴィオラは、はっきりとそう、続けて言う。
「いつか夜は明ける……今までだってそうだった。
だからそれまで、じっと耐え忍ぶの。……夜明けにまず何をするか、考えながらね」
……そう言うヴィオラの表情は、やはり悲哀があった。
けれど、それを塗りつぶさんとする、希望も、確かにあった。
「……そっか」
ヴィオラの言葉を受けて、セリカも空想する。
……この夜が終わってキヴォトスに帰ることができたら、
絶対にみんなに会おう。そして、うんと甘えよう。
離れ離れになった分、いっぱいに……
そう思えば、また幾分か胸のつかえがとれた気がした。
「さて、そろそろね。ここを抜ければ、もうオドン教会はすぐそこよ」
そんなヴィオラの言葉が、セリカを空想から引き戻した。
彼女の言葉につられて正面に目を向けると、そこにはたくさんの墓石が規則性なく、
バラバラに立っている広場だった。
墓地ということを除いても、周囲が建物で囲まれて薄暗く、全体的に不気味な場所だ。
その奥の階段の上に、大きな鉄の門が見える。
「……なんか、ちょっと怖いかも」
「……そうね。私もここは少し苦手。
さ、幽霊が出ないうちに一気に抜けてしまいましょうか」
セリカの正直な感想にヴィオラは同意すると、
スカートを軽く持ち上げ、パタパタと走り始めた。
「あ、ちょっと!ここ暗いし、あんまり急ぐとこけるわよ!!」
そんな彼女をセリカはそう呼びかけながら慌てて追いかけた。
門まではそこまで距離が離れているわけでもなく、
幸いなことに墓地には獣も、人ひとり潜んでいなかったためすぐにたどり着くことができた。
精々門の近くに、死骸が一つあるぐらいか。
セリカとヴィオラはお互い、軽く一息ついてから目の前の門をそっと押した。
……が、
「……あれ」
セリカは思わずそんな声を漏らした。
門がびくともしない。重すぎて動かないというわけではなく、
単純に何かが引っかかったように動かない。
こちらの立て付けが悪いだけかと思いヴィオラの方を見たものの、そちらも動かないらしかった。
……これは、
「……あらら。うちの主人、鍵を閉めちゃったみたいね」
「あららって言ってる場合じゃないでしょっ!!」
あちゃー、といわんばかりのヴィオラの反応に、セリカは思わずツッコミを入れた。
当然といえば当然の反応である。
それに対し、ヴィオラは困ったように首をかしげる。
「どうしようかしら……ご近所さんとあんな別れ方をした手前、
すぐに戻るのもなんだか気まずいし……」
「そんなこといってる場合じゃないでしょ!早く旦那さん探しに行かないと大変なことに……」
あまりにもなヴィオラの言葉にセリカが文句を言おうとしたその時、
「ヴィオラっ!!」
背後から突然、渋い、低めの声を精いっぱい張り上げた大声が聞こえた。
……その声に、セリカも、そしてヴィオラも確かに聞き覚えがあった。
「どこにいるんだ、返事をしてくれっ!!」
「う、噂をすればとはこのことね……」
……セリカの言葉通り、声の主は件のヴィオラの夫の狩人だった。
どうも、先程の市民たちから彼女らのことを聞いたため急いで追いかけてきたのだろうか?
聞こえる声には明らかに余裕がない。
そのことに気が付いたセリカは慌ててヴィオラに声をかける。
「ヴィオラさん、」
「ええ、わかってるわ」
セリカにそう答えるが早いか、ヴィオラは門からいったん離れ、
墓地から一段高くなっている踊り場の上から身体を乗り出すようにして下にいる夫に手を振る。
「あなたー!私はここよー!!」
その同じ精いっぱいの声は、確かに彼女の夫の元へ届いた。
「ヴィオラ……!」
神父がヴィオラの方を見る。その声には、確かな安堵が宿っていた。
「……何でおまえはこんなところにいるんだ。家で待っていてくれればそれで……!」
「ごめんなさい。いつまでも帰ってこないからどうしても心配で……。
でも、私の方は無事よ!あなたの方も、よくここまで……!」
お互いを案ずる言葉には、微かに何かをこらえるような声も混じっていた。
……そんな2人の再会を、少し離れた場所からセリカは見ていた。
「……よかった、本当に」
セリカは誰にも聞こえないほど小さくそう呟いた。
2人のことはあったばかりで、まだよく知らない。
でも、この悪夢の中、どちらも無事に再会できたということは、
どれほどすばらしい出来事だろう。
今の私は部外者だ……ただ静かに見守ろう。
セリカがそう考えたその時だった。
視界の端で、何かがうごめく。
……死体。ずっとそう思っていた、先ほどまで地面に転がっていたそれが急に起き上がる。
手にはカギ爪が生え、瞳は金色。おおよそ人の形を保っていないそれは、
うめき声一つ上げずにヴィオラめがけて突進した。
夫と話すのに夢中な彼女は、それに気が付いていない。
「……っ!!ヴィオラさん!!」
セリカの鋭い声が飛ぶ。
その声に、え?と声を上げて彼女は振り返る。しかし、あまりにも遅い。
完全に振り向く頃には、獣になりかけたそれが彼女の首を嚙み砕くだろう。
セリカはほとんど反射的に、己の愛銃に手を伸ばし、正面に構えスコープに顔を当てる。
その拡大鏡は、高速で動く相手の頭部を確実にとらえた。
その時、
……獣の病は、人を獣に変える。
ずきり。セリカの引き金を引き絞る指に、そんな言葉と共に幻肢痛が走る。
セリカには時間の流れがとてもゆっくりに見えた。
振り向こうとするヴィオラ、それに迫る凶刃。そのすべてがとても、ゆっくりと。
セリカの脳裏を、自身が殺した市民が、先ほど出会ったヴィオラの近所の人の笑う光景が瞬く。
……それが、正気を失い、人へ凶刃を伸ばす罹患者へと重なった。
引き金を引く指が、一瞬、鈍る。
……が、
……何を、ためらってるの。
自分の心を、偽善を……殺人への抵抗を、セリカは理性で無理やり押さえつける。
ヴィオラさんが殺される。なのに、どうしてそんなことでためらってるの……!
セリカの引き金引き絞る指に、敵を見つめる瞳に、決意の力が籠る。
うご、け。うご、け……!
「動けっっ!!!!」
セリカの咆哮。
それとほぼ同時に響き渡る軽快な音と墓地を照らすマズルフラッシュ。
そして……
ヴィオラへと迫っていた罹患者は間一髪で着弾の衝撃により吹き飛ばされ、
頭蓋を撃ち砕かれ絶命した。
カラン、カラン、カラン……
排出された数十発分の空薬莢が地面に落ち、甲高い金属音を反響させる。
「はあ、はあ、はあ……」
その中で、セリカは荒い息をついていた。
……人を、殺したのだ。今度こそ間違いなく、自分の意思を持って。
でも、不思議と後悔はなかった。
だって、間違いなく一人の命を、救えたのだから。
「セリカさん!」
セリカの元に、相手から吹き出した血を被ったことを意にも介さずヴィオラが駆け寄る。
ただならぬ様子の彼女の肩を、必死にゆする。
「セリカさん、大丈夫っ!?しっかり……!」
「……はは、大丈夫よ」
今にも泣きだしそうな様子の彼女に、セリカはぎこちなく笑いかけた。
その時、階段の方から足音が聞こえてきた。
「ヴィオラ、一体何が……」
ヴィオラの夫だ。斧と銃を構えたまま全力でここまで駆けてきたようだった。
その言葉が途切れ、その視線が妻に抱きしめられたセリカへと移る。
「貴様は……!」
「!!待って!」
その声に何かを感じ取ったのかヴィオラがセリカをかばうように立ちふさがった。
「……お願い。少しだけでもいいから話を聞いて」
ヴィオラは夫を見て、そう言った。
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「……そうだったのか」
そこから少し時間がたち、場所は墓地の中心。
そこで神父はヴィオラの言葉を聞いて小さく頷くと、すぐ近くに立つセリカの方を向いた。
「早とちりして済まなかったな。君は、私と妻の恩人だ」
そう言ってヴィオラと共に頭を下げる相手に、セリカは慌てて手を振った。
「い、いや。いいのよ別に!私だって、いきなり変な人が出たら混乱するし……」
「だが、そうはいっても。俺は君に苦痛を強いたのは確かだ」
「ほんとに大丈夫よ!あなたがくれた輸血液と鎮静剤、役に立ったし
……あれがなかったら私、ここまで来れたかわからないもの」
セリカの言葉に、ようやく神父はゆっくりとだが頭を上げた。
……こうして改めてみても神父の背はとても高い。
ヴィオラも女性にしては背が高いが、それ以上である。
「……そう言えば紹介がまだだったわね。この人が私の夫、ガスコインよ」
「改めて、ガスコインだ。妻が世話になったな」
そう言うと、ガスコインはセリカに手を差し出した。
自分と比べて一回り大きいその手に少し驚いたものの、
セリカは恐る恐るであるがその手を握り返した。
分厚い手袋に包まれていたが、不思議とその手は暖かい。
「セリカよ。私の方こそ、ヴィオラさんには何度も助けてもらって……ありがとう」
セリカはそう言って微笑んだ。
ガスコイン神父の顔の半分は白い布に覆われて見えないが、その口元が小さく笑みの形を作った。
そんな2人の様子を見て、ヴィオラの方も嬉しそうだった。
その時、ふとセリカはガスコイン神父の武器がどこにもないことに気が付いた。
「あれ、そう言えばさっきまで持ってた武器。持ってないけど一体どうしたの?」
「ん?あぁ、あれはだな」
神父はそう言うと、一旦セリカと手を放してから背中辺りに軽く手を入れた。
そこから大ぶりな斧と短銃を……
「え、いやいやいや入らないって!?どうなってるのそれっ!??」
マジシャンもかくやという早業に思わずセリカがツッコミを入れた。
しかし、神父もヴィオラもそれに困ったように首をかしげる。
「……どうなってるといわれてもだな。こうなってるとしか……」
「そう言えば、あんまり気にしてなかったけどどうなってるのかしらね?」
「え、えぇ……」
その摩訶不思議現象を今まで考えたこともなかった、
といわんばかりの2人にセリカはドン引きする。
そんな彼女に、今度は神父の方が話しかけた。
「そう言う君も、おかしな武器を持っているじゃあないか。
見たところ銃のようだが、俺たちの使っている獣狩りの銃器とは根本的に構造が異なっている」
「え、あー。確かにそうかも……」
神父たちが使っているのは明らかに旧世代の火薬銃に近いものだ。
それにしてはやけに威力が高い気もするが……
ともあれ、そんな彼らにとって自動小銃というものは明らかに異質だろう。
「えっと、アサルトライフルっていう銃で、ここをこうして……」
「ほう……」
そう言いながらセーフティをかけて一通り銃の操作をするセリカ。
その様子を神父は興味深そうに見ていた。
「なるほど、噂に聞く連射砲を小型化したような銃だったのか……
実弾故に完全な獣の相手は難しいが、今は亡き火薬庫に見せたら飛びつきそうな代物だな」
「火薬庫?」
聞きなれない単語にセリカが首をかしげると、神父はどう説明をしたものか……と腕を組んだ。
「……狩人の武器はいくつかの工房がそれぞれ作っていてな。
その中でも特に火薬に取りつかれた気ぐる……いや、異端者の集まりだったと聞いている」
「いや、あんまりフォローになってない気がするけど、それ」
どこからどう聞いてもあんまりな言い方をした神父にセリカはツッコミを入れた。
気狂いはさすがに言い過ぎだろう。
……しかし、セリカは知らない。今後の旅でその気狂いの傑作達に出会い、
冗談抜きに気がふれそうになることを。
それはさておき、武器談議で盛り上がる2人に、ヴィオラが声をかける。
「はいはいそこまで。今はこれからのことについて話しましょう?」
「む……そうだな」
「確かに、今はこんなことしてる場合じゃなかったわね」
ヴィオラの言葉にガスコイン神父とセリカはいったん話を取りやめる。
始めに口を開いたのは神父だ。
「では、これから俺は娘を迎えに行ってくる。
墓地の鍵を一時的に開ける。その間にセリカとお前はオドン教会に行ってくれ」
「大丈夫なの、あなた?」
ヴィオラの言葉に神父は少し言いよどんだが、やがて口を開いた。
「いつもなら娘を送り届けた後、すぐにでも狩りに出るところだが……
身体の限界が近い。今夜はお前たちと一緒にいるさ」
「……そう」
自分の夫の言葉に、ヴィオラは安堵の微笑みを浮かべた。
そんな彼女につられて、神父も笑う。
……よかった。あの時勇気を出して。
そんな2人の様子を見て、セリカはそう想い、柔らかく笑った。
その時、
「グオオオオオッ!!」
背後の暗がりから、大きな黒い獣が飛び出してきた。
獣は無防備なヴィオラの胴体を狙う。
一番最初に気が付いたのはセリカだった。
いつの間に入り込んだのか、どうして今まで気が付かなかったのか……
いや、そんなことはどうでもいい。
セリカは先ほどと同じようにアサルトライフルを構え、セーフティを素早く外して引き金を引く。
そして……
獣を的確にとらえた弾丸は、その分厚い毛皮と皮膚に阻まれ、
獣をわずかに傷つけるにとどまった。
セリカの瞳がただ、驚愕で見開かれる。
……通常、獣狩りに運用される銃弾は、通常のものと大きく異なる。
水銀弾。
キヴォトスにおいても理論上最強であり、実現は不可能と判断された幻の弾丸。
しかし、ここヤーナムでは存在する。
……水銀弾でなければ、強靭な獣は傷つけることができない。
ただ、それだけだ。
パッ
視界の中で真っ赤な花が咲いた。
その花を咲かせたヴィオラの背中が、毬のように弾み、視界の外へ飛んで行く。
その大輪の花から散った花弁が、セリカの頬を濡らした。
次の瞬間、人の喉から漏れるとは思えない慟哭が辺りを満たしたかと思うと、
視界から今度は獣と神父の姿が消えた。
セリカは、動くことができなかった。
何が起こったかわからない。
ただ、目の前で少し離れた場所にある墓石を背に、
うつむくヴィオラの背が、赤く、赤く染まってゆく。
「ぁ、あ、あぁ……」
セリカの口から、嗚咽がこぼれる。
わからない。わからない。わかりたくない。
だというのに、セリカの視界は、脳は、容赦なくそれを告げる。
「……かふっ」
奇妙な音を立てて、ヴィオラの口から血がこぼれた。
「あ、あああああああっ!??!!?」
悲痛な叫びが、墓地に響き渡る。
セリカはキヴォトス人故の身体能力を生かし、ヴィオラに駆け寄る。
「ヴィオラさん、ヴィオラさんっ!?」
力なく墓石に寄りかかる彼女を、セリカが抱き起す。
瞬間、その口から小さなうめき声が漏れたかと思うと、
彼女の下半身が不自然なほど力なく落ち窪んだ。
それと同時にセリカの手を濡らす血の感触が一層ひどくなる。
彼女は知りえぬことだったが、彼女の背骨は脊髄や、付近を通る血管ごと真っ二つに切り裂かれていた。
……助かる見込みは。しかし、セリカにそれは分からない。
「あ、ぁ、しけつ、止血しなきゃ……!」
セリカは自分のブレザーのボタンを引きちぎるように脱ぐと、
それをヴィオラの背に当てる。しかし、一向に血が止まる様子はない。
なんで、どうして。そんな言葉が脳裏を渦巻く。
その時、セリカの脳裏をある薬の存在が駆け抜けた。
「そうだ……輸血液!」
あの薬なら、ヴィオラさんが助かる。きっと助かる……!
そう思ったセリカが反射的に立ち上がろうとした瞬間、その身体を何者かが力なく握った。
セリカが反射的に自分の手元に目をやると、ヴィオラの瞳がうっすらと開いていた。
「ぁ、ぇ……?せリゕさ、ん……?」
「ヴィオラさんっ……!」
生きている……!そのことにセリカが声を上げる。
しかし、彼女はすでに虫の息だった。今もなお、血は絶えず口から零れ落ちている。
呼吸もほとんど感じられない。
……自分でもそれを感じ取ったのだろうか、ヴィオラはせめて精いっぱい笑った。
その笑顔が、セリカの心を何よりかき乱す。
「ま、待って、待って……しっかりして……!」
「セりヵ……さん」
「しゃべらないでっ!!待って、今ガスコインさんから輸血液を……!」
「セリカ、さん」
はっきりと、ヴィオラがセリカの名を口にした。セリカの動きが止まる。
ヴィオラは、ゆっくり、ゆっくりと口を動かす。
「ふたりを、よろし、く……おねがい……します」
「……おねがいって、そんな、そんな……!」
遺言のような……いや、まさしく遺言であろう言葉。
セリカの瞳から、涙があふれる。
けれど、どれほど願っても、どれほどあがいても、残酷な運命は変わることはなかった。
ヴィオラの笑顔が、少しだけ。物悲し気なものに変わった。
最後の力を振り絞って、彼女の右腕が持ち上がる。
そして、その手が辛うじて、セリカの頬を優しくなでた。
「……ごめん、ね」
かすれた声がヴィオラからこぼれた。瞬間、彼女の腕が力なく垂れさがる。
目は薄く開かれたまま、その身体は動かなくなった。
「……ヴィオラさん?ヴィオラ、さん……?」
セリカが嗚咽交じりの声でそう呼びかけ、身体をゆする。
しかし、その声に答える人はもういなかった。
「う、そ……嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘」
セリカの口から、絶え間なく声があふれだす。
……心の中でまた何かが崩れる。あの時とはまた違う、何かが崩れてゆく。
「……そう、よ。輸血液……輸血液をもらわなきゃ」
その末、呆然とセリカは呟いた。
静かに、優しくヴィオラの身体を横たえるとセリカは立ち上がる。
そうだ、輸血液。輸血液がいるんだった。
ヴィオラさんは大量出血で気絶して意識がない。
だから早く輸血液を打てば、まだ助かる、助かる……
「助かる、から……」
セリカはポツリとそう、今も壊れ続けている自分に言い聞かせるように呟くと、
ガスコイン神父に輸血液をもらうために振り返った。
視線を向ければ、神父は既に獣を狩り終えていたらしい。
切り刻まれたそれの前で立ちすくんでいる。そんな彼に、セリカは声をかける。
「ガスコイン、さん。輸血液……輸血液を、」
輸血液をください。そう言おうとしたその時、
すっと、彼が右手に持った手斧が持ち上がった。
明らかに、様子がおかしかった。異様な雰囲気を纏った彼を、セリカは何もできず見つめる。
瞬間、
ドチャッ
獣の死体に、大きく振りかぶられたそれが振り下ろされた。水っぽい音と共に鮮血が跳ねる。
神父は肉に深々とめり込んだそれを引いて切り裂くように取り出すと、
もう一度斧を振りかぶった。
ドチャッ
また、獣の死体に斧が振り下ろされた。死体が衝撃ではねる。
けれど、神父は止まらない。もう一度……
「ガスコインさんっ!!」
振り下ろそうとしたところで、左腕に縋りついた人影によりその動作が止まる。
……セリカだ。
ガスコイン神父は、涙にぬれる彼女の顔をちらりと見ると、すぐに正面の死体に目を戻した。
「まっ、」
ドチャッ
死体が跳ね、辺りにどす黒い死血が飛び散る。その一部が、セリカの顔にかかった。
少女は、神父の顔を見た。相変わらずその瞳は隠れて見えない。
けれど、そこからは、
今まで感じたこともないようなどうしようもない、どす黒い殺意があふれていた。
セリカの息が詰まる。
また、神父が斧を死体に向けて振り下ろした。
ドチャッ
「や、やめて……それより、ヴィオラさんが、ヴィオラさんが……!」
その死体を裂く音でなんとか我に返ったセリカが、かすれた声で神父にそう呼びかける。
今度こそ、神父の斧を振り下ろす手が止まった。
神父は自身に縋りつく少女を見ると、小さく言った。
「輸血液は、もうない」
「……え?」
端的な言葉だった。けれど、セリカの心に更なる衝撃を加えるには十分すぎる言葉だった。
「え、あ?」
何を言われているのか、わからなかった。
けれど、その言葉をかみ砕くにつれ、その意味がひしひしと自分に押し寄せてくる。
セリカはその場に崩れ落ちると、顔を押さえる。
「嫌、そんな、嫌、いや、いやよ……」
嗚咽交じりの声がこぼれる。頭がぐちゃぐちゃにかき乱される。
そんなはずがない。あっていいはずがない。
さっきまで一緒にいた人が。さっきまで笑いあっていた人が。
何の前触れもなく、死ぬなど。
そんなこと、そんなこと……
「いや、いやぁ……」
少女は泣きじゃくりながら壊れた機械のようにしきりにそう繰り返す。
信じたくない。考えたくない。何も、何も……
……その時、
チャリン
目の前で小さな金属音が鳴った。何かがセリカのすぐ目と鼻の先に落ちたのだ。
セリカがゆるゆると顔を上げる。そこにあったのは……
「……かぎ?」
「持っていけ」
セリカがそう呟き、古びた鍵を拾い上げると同時、
ガスコイン神父はポツリと言った。彼女は、思わず彼を見上げた。
その顔張り付いていたのは先ほどと同じ憎悪。
そして、それを塗りつぶしてしまいそうなほどの狂気。
……もう、神父は正常ではいられなくなろうとしていた。
辛うじて繋ぎ止めた理性で、神父は知り合ったばかりの心優しい少女に呼びかける。
「……俺はもう、だめらしい。セリカ、お前はオドン教会に行ってそこでじっとしていろ」
しかし、今の状態のセリカにその言葉は到底理解し難いものだったらしい、
何度か鍵と、彼の顔の間で視線を行き来させると、力なくそのコートを引っ張る。
「……ま、まって。だめ、ガスコインさん、へん、だよ。
いっしょ、いっしょにいこう?ねぇ、いっしょに……」
「早く行けと言っているっ!!!!」
セリカの声は、神父の怒号に近い叫びにかき消された。
その圧に押され、セリカは思わずしりもちをつく。
その後も、セリカは何度も何度も鍵と、神父との間で視線を行き来させていたが、
やがてよろよろと立ち上がると階段の方へとかけていった。
「……それで、いい」
ガスコイン神父は走り去るセリカの足音を聞いてかすかな笑みを漏らすと、
もう一度手斧を振り上げた。
どもー、時空未知です。
筆が乗りすぎて20000字超えそうだったんで分割しました。
ヴィオラさん、助かったと思うじゃないですか?残念ながらそうは問屋が卸しません。
良かったねセリカちゃん。守るために人を殺す覚悟が出来て。
でも、その代わり色々失っちゃったね。
いやー……地獄ですね。
正常な人いなくなっちゃった。
それはさておき、何回、次回ガスコイン神父死ぬ死ぬ詐欺やってるんですかね。
で、でも大丈夫です!次回、次回こそはやります。
というかセリカの過去編終わらせて一旦狩人セリカちゃんの
ブルーアーカイブ(青ざめた学園生活)書きたい!何とかする!!
……そういえばこの作品の狩人様どうしよ。うちの狩人を出すかどうするか……
セイアちゃんの仕掛け武器はどれがいい?(上位2種)
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獣肉断ち
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教会の杭
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ゴースの寄生虫
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瀉血の槌
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月光の聖剣
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爆発金槌