極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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……ワカモ、セイア、ごめん。
俺は……引くよ(アイドルマリー全ブッパ)



side past 黒見セリカ、又は旧市街(2)

 

「うっ……ごめんね、リリーちゃん。

ちょっと施しの反動が今来たみたい」

 

セリカが旧市街へと出発して

しばらく時間が経った頃のオドン教会。

リリーはアリアンナとしばらく会話をしていたが、

その時、ふとアリアンナがうめき声を漏らしてこめかみを押さえた。

 

「あ、アリアンナさん大丈夫……?」

「いつものことだから慣れてるわ……でも、少し休んでもいいかしら?」

 

アリアンナの言葉にこくこくと頷くリリー。

そんな彼女にアリアンナは一言礼を言うと、

背もたれにもたれかかってそのまま仮眠を取り始めた。

……そうなると、1人取り残されたリリーは暇になってきた。

1人遊びは慣れてはいるものの、

生憎それに必要なおもちゃも本も家に置いてきてしまった。

赤ローブの人はいい人ではあるが、絶望的に会話が続かないので選択肢から除外。

というか、会話している時お互いに気を使いまくって疲れるのである。

 

「……アイリーンさん、まだいるかな?」

 

となるとリリーに残る選択肢はアイリーンのみとなる。

しかし、近いうちに彼女はここを立つといっていた。

付き合いはほんの短いものだが、

あの不思議な鴉の狩人はいつの間にかいなくなってもおかしくないだろう。

リリーはなんとなくそう思った。

とはいえ行ってみないことにはわからない。

ということでリリーはオドン教会の出口を目指して歩き始めた

……その時、

 

「あんた、どこに行くつもりだい」

 

階段を降りてすぐに、横の方から声がかかった。

その聞き覚えのある声にリリーはびくりと身体を震わせると、

恐る恐るそちらの方を見た。

その視界の先には、やはりあの老婆がいて、じっとリリーのことを見ていた。

怯えるリリーを見て老婆は一瞬気まずそうに視線を逸らしたものの、

すぐにそれを戻すと、リリーに吐き捨てるように言葉をかける。

 

「わざわざ外に行く必要なんてないじゃないか、ええ?

狩人の真似事をしているわけでもないだろうにね」

「……え、えと、あ、アイリーンさんとお話したいから……」

「ふん、そうかい」

 

オドオドと答えたリリーに対する老婆の返答は、実にそっけないものだった。

それっきり会話は途切れ、2人の間に沈黙が流れる。

 

「……なんだいこっちばかり見て。とっととあの狩人のところに行っちまいな!」

「ひうっ!?」

 

突然発せられた老婆の大きな声にリリーは小さな悲鳴を漏らして後ずさりする。

その眼に涙が浮かんでいるのを見て、

老婆は再び決まりが悪そうな表情になった。

……早くアイリーンさんのところに行ってしまおう。

そう思いリリーが老婆に背を向けたその時だった。

 

「……やっぱり、少し待ちな」

 

背後からまた、声がかかった。

リリーはそのまま走り去ってしまおうとしたが、

どうにも足がすくんでしまい動けない。

後ろから物音が聞こえたかと思うと、老婆が近寄ってくる足音が聞こえる。

リリーはきゅっと目をつむる。

そして……

 

「さっさと受け取りな」

 

そんな声が、すぐ前から聞こえた。

……リリーは恐る恐る目を開けるとそこには、

 

「……ふぇ?」

 

しわしわの骨ばった手の上に、飾り気のない包装紙に包まれた

焼き菓子が2つ、乗っていた。

 

「……余所者の行商人から買ったはいいが、あたしの口に合わなくてね。

どうせなら食いな」

 

あまりにも突然のこと、

更には先程までとは正反対ともとれる老婆の反応にリリーは

しばらくの間老婆と、手の上の焼き菓子との間で視線を行き来させていたが、

やがて恐る恐る差し出されたそれに手を伸ばした。

手が突然引っ込められたり、怒声が飛んでくるといったこともなく、

それはリリーの手に収まった。

焼き菓子自体も出来立てというわけではないが、

何度か母親が焼いてくれたような、素朴なクッキーだった。

 

「……今の今まで、怖がらせて悪かったね」

「え?」

 

端的に告げられた言葉に、

クッキーに目を落としていたリリーが慌てて顔を上げるも、

その頃には老婆はゆっくりと自分の椅子のところへ戻っている最中だった。

 

「あ、あの!」

 

その後姿に、リリーは思わず声をかけた。

老婆は動きを止めると、緩慢な動作で彼女の方へと振り向く。

 

「もう用はないだろう。だったらとっとと狩人のところに行っちまいな。

どうせ、あたしといるよりずっといいだろう?」

「あ……う、うん」

 

老婆から発せられたのはいつもと変わらない嫌味交じりの言葉。

けれど、最初のころとはどこか声色の印象が違う。リリーはそう思った。

ともかく、老婆の言葉通り、

リリーは今度こそ彼女から背を向けようとしたその時、

 

「……あと、あの獣モドキが帰ってきたら、

狩人の真似事なんざやめちまえって言ってやりな」

「え?」

 

老婆が突然そんなことを言った。

訳も分からずきょとんとするリリーに、老婆は言う。

 

「あたしが言ってもどうせ無駄だろうからね。

ガキはガキらしく、ここに閉じこもっておけばいいんだよってね」

「……獣モドキでもガキでもない。セリカお姉さん」

「……ああ、そうかい」

 

老婆はリリーの言葉に一瞬わけがわからない、といった表情をしていたが、

やがてそうとだけ答えると椅子に腰を下ろした。

 

「じゃあ、そのお姉さんにそう言ってやりな」

「……同じようなことはもう言ったよ。

でも、絶対戻ってくるからって。だから私もお姉さんを待つの」

 

リリーのその言葉に、老婆は僅かに表情を歪めたものの、

やがて溜息をついて背もたれにもたれかかった。

そして、少しの時間が流れる……

 

「……はぁ、どうしてまだここにいるんだい?」

 

老婆が呆れたようにそう言う。その視線の先には、未だにリリーがいた。

……というより、先ほどより距離が近くなっている、

リリーはその問いには答えず、逆に老婆に聞き返す。

 

「えっと……私たちのこと、嫌いじゃないの?」

 

その言葉に、老婆はもう一度顔をしかめた。

……けれど、やはりため息をつくと、ぽつぽつと話し始めた。

 

「……最初は気に食わなかったさ。

特に、あんたの言うお姉さんとやらは特にね。

とっととここからいなくなればいいと思ったよ」

 

「でもね」……老婆はそう言葉を続ける。

その横顔に浮かぶのは、哀愁と、わずかな懐かしさだろうか。

 

「遠くからあんたたちが楽しそうに話すのを聞くうち、

昔のことを思い出したんだよ……って、あたしは子供に何を言ってるんだろうね」

 

老婆はそう言って自嘲すると、遠くを思い出すように天井を見上げた。

 

「あぁ、私の可愛い子……あの頃はよかったねぇ。

今もいてくれれば、お似合いのお嫁さんもいて……可愛い孫も……」

 

か細い、悲しい、独り言だった。

……話からして、その子供はもういないのだろう。

何となく、聞いてはいけないことを聞いているような気がして、

リリーはその場から離れようとした……その時、

 

 

「それが、あぁ……何で、何でこんなことになっちまったんだい」

 

 

老婆の声色が、明らかに変わった。

見れば、先程まで天井を見上げていたのが嘘のように、

自分の頭を強く強く締め付けていた。

 

「えっ……おばあさん!?」

「あ、ああ、あの頃は、あの頃は楽しかったねぇ!ひ、ひひ、ひひひっ!」

 

リリーが駆け寄るも、老婆はそう壊れたように笑い、繰り返し続けるばかり。

 

「おばあさん、おばあさんしっかりして!」

 

けれど、それでもなお、リリーは老婆に必死で声をかけ続けた。

 

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瓦礫に隠れながら進む。

 

僅かな隙間に射線を通されて、脳漿をぶちまけて死亡。

 

 

銃撃に細心の注意を払って進む。

 

接近する獣に気が付かず、全身を切り裂かれる激痛と遅効毒の苦痛に苛まれながら死亡。

 

 

狭い室内から獣を振り切って飛び出す。

 

仕掛けてあった爆薬に吹き飛ばされて、痛みで動けないところを獣に貪り食われ死亡。

 

 

時計台の麓まで何とかたどり着く。

 

息を整えている最中、背後から狩人に内臓を抜かれて死亡。

 

 

……その際に何か驚愕するような声が聞こえた気がするが、

正直なところ、現在進行形で惨たらしく死にまくっているセリカにはどうでもよい話であった。

 

 

「はあ、はあ……また、殺された」

 

 

本日幾度目かの死にセリカはしばらく荒い息をついていたが、

直ぐに立ち上がって旧市街に入る。

その顔に、アリアンナに塗ってもらった化粧の痕跡はもうどこにもない。

……殺された最初の方こそ死ぬ瞬間の記憶と激痛に

発狂寸前まで精神を削っていたセリカだったが、

幾度となく死ぬうちにもはやそんなことはどうでもよくなりつつあった。

重要なのは死んでもいいからここの突破方法を探ること。

その一点である。

 

「……下には広場があって、そこには狩人が1人。

私の実力だと勝てるかどうか、それに砲台の射線も通ってるから無視が安定。

問題はどうやって時計塔に上るか……」

 

セリカはぶつぶつとつぶやきながら橋の向こうを見据える。

見たところ登れる場所はない。

……けれど、あそこに人がいるということはなんだかの昇る手段は確実にある。

そして、もし昇れたら……

 

「ぜっっったいに文句言って一発ぶん殴ってやる……!」

 

……現在のセリカの原動力は、

全くこちらの話を聞こうとしない狙撃手への怒りのみでできていた。

とはいえ報復の内容について普通の狩人がその言葉を聞けば

絶妙に首をかしげるところだが、セリカはやさしい少女であった。

更に、ヤーナムに来てから

セリカの心が他人の死に敏感になる中、

自分の死に対する価値はだだ下がりしているのもそれに拍車をかけていた。

そうこうしているうちに向こうの方からセリカに気が付いた獣が走ってくる。

それを適当に松明であしらいながらセリカは、

先程まで突破してきた箇所の地形を今一度脳裏に描いてゆく。

 

橋を突破したらちょっとした広場があって、

そこの階段を下ると敵の狙撃手の射程圏内。

本当に機銃を撃っているのか不思議になる精度で攻撃してくる。

更に、そこは獣がたむろしているのでさっさと走り抜けるに限る。

その下の廃屋は射線が通っていたり通っていなかったりするので十分注意。

そこを抜けると爆薬が仕掛けられているので強行突破。

その先は足場が不安定なので滑り落ちないこと。

その次は……

 

そうして、セリカの思考がつい先ほど敵の狩人に殺された所まで至ったときだった。

 

「……そう言えば、あそこのすぐ上って……」

 

相手の狩人がいるであろう広場の上は、

確かかなり初めの方に通りかかる廃屋だったはずだ。

そこに思い至ったとき、セリカの頭の中で何かが組み合わさるような感じがした。

高さは……かなりあるが飛び降りれないほどでもない。

それに、もしもそこを突破できたとしたら時計台麓への大幅なショートカットになる。

 

「……よし」

 

セリカはそう呟くと、獣を無視して一気に駆け出した。

獣はそんなセリカを慌てて追いかけるも、全く追いつけない。

あっという間に橋を走り抜けると、遠方からマズルフラッシュ。

 

 

「……ふっ!」

 

 

セリカはその弾幕をすり抜けると、

そのまま階段を下り、大量の石像を飛び越えるように突破する。

いくら狙いが正確でも、相手の砲塔は旋回が遅い。

その為、初弾さえ避けてしまえば後は楽だ。

1分と立たぬうちにセリカは件の広場の上までやってきた。

いざ立ってみると高さがかなりあり、地面は当然、硬い石畳だ。

けれど、セリカはそれを一度確認しただけで、躊躇なく宙に身を躍らせた。

一瞬の浮遊感ののち、全身に鈍い衝撃が走る。

 

「いっ……!」

 

その痛みに思わずうめき声が漏れるが、

それに向けて上の方から機銃の弾幕が迫る。

 

「っ!!」

 

その弾丸が壁に次々と着弾する音を聞き、

セリカは痛みをこらえて、再び正面に弾かれたように駆け出す。

視界の先では、何かが着地する音を聞き取ったのか、

先ほどセリカに奇襲を仕掛けた狩人がこちらの方に振り返るところだった。

 

「やはり、子供……!?」

 

得物はノコギリ鉈を少し大きくしたものといつもの短銃。

何かいったような気がするがそんなことはどうでもいい。

相手はなぜか戦闘態勢も取らず隙だらけ、セリカはレイテルパラッシュをしまい、

右手を握り締める。

 

 

先ずはお前からだ……!

 

 

「邪、魔っ……!」

 

 

瞬間、凄まじい勢いと恨みが乗った右こぶしが相手の顔面に突き刺さった。

大柄な体躯大砲の弾丸が直撃したとでも言うかのように吹っ飛ぶ。

とはいえ、どうせこれ一発程度では死んだり気絶したりするわけがないので

セリカは相手の状態を一切確認せずそのまま広場を走り抜ける。

広場を抜けた先は石畳のそこそこ広い道だった。

その視界のすぐそばに、あまりにも都合よく時計台へと続いていそうな梯子が見えた。

 

「そこねっ!」

 

セリカはそれに飛びつくようにしがみつくと、

一気に梯子を駆け上り始めた。

 

 

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……つい先ほど、遠方から並の狩人を遥かに上回る速度で駆けてきた小柄な狩人に、

盟友が殴り飛ばされたのが見えた。

デュラにはその意味が、一切理解できなかった。

件の狩人は、先ほどから幾度となくデュラ達が退けているにも関わらず、

諦めることなく挑み続けて来ている相手だ。

……獣をあまり積極的に狩らず、つい先ほども盟友を殴り飛ばすに留めたが、

少なくともこちらに対する敵対意識は確かにある。

現に、急ぎすぎて疲労しているのか速度がかなり落ちたものの、

今もなお金属製の梯子を昇る音が響いてくる。

ここからでは旋回角度の都合上射角が取れない。

 

「……貴公、まだ諦めぬか」

 

デュラはそう言って小さく息をつくと、

傍に置いてあった獣狩りの散弾銃を手に取ると、背後にある梯子の方へと振り返った。

頂上近くまで上り詰めたのか、微かに相手の息遣いも聞こえてくる。

そして……

 

 

「はあ、はあ……やっと、やっとついた……なんで、こんなに長いのよ……」

「……は?」

 

 

デュラも久しく聞いていない、年頃の少女の声が彼の耳朶を打った。

呆然とするデュラの視線の先で、梯子の先から黒い手袋に包まれた腕が現れた。

次に、そこから這い出すように疲れ果てた様子の狩人が現れた。

その姿に、デュラは今度こそ硬直した。

 

大きな古傷があるものの、あどけなさが残る顔立ち……

少しだけずれた帽子からは、獣の耳が生えていたり、

奇妙な光輪が浮かんでいるものの、その狩人は間違いなく歳幾ばくも無い少女だった。

 

何もできず、ただ立ちすくむデュラ。

それに、対し、少女はしばらく息を整えていた様子だったが、

やがてデュラの存在に気が付くと、その表情に怒りを充てんする。

 

「やっと、やっと着いた……!」

「……っ!」

 

デュラは反射的に己の武器を構える。

……しかし、相手の正体を知って尚、武器を向けることはできるだろうか?

彼がそう自問自答する中、

右手にレイテルパラッシュを、左手に見たこともない銃を持った少女は、

その切っ先をデュラへと向けた。

 

 

「さっきはよくもさんざん人のことを蜂の巣にしてくれたわねっ!!!」

 

 

少女がそう、吠えるように言い放った。

そして……

 

 

…………

 

 

 

……………………

 

 

何も起こらない。

切りかかってくるのかと思ったがそんなことはない。

こちらにレイテルパラッシュを向けたまま直立不動。

銃を撃ってくるかと思えどそうでもない。

新手の攻撃か何かかとデュラが思い始めた時、少女がようやく動いた。

 

「ねえ、ちょっとは謝るとかなんとかしたらどうなのよ!!」

「……え、は?」

 

だが、その動きはどちらかと言うと、じだんだを踏んでいるといった方がいい動作で、

何なら先程までこちらを向いていた剣の切っ先が下がった。

しかし、少女の怒りは止まらない。というかよく見れば目尻に涙が浮かんでいる。

 

「碌に話もせずに散々散々攻撃して……少しはこっちの話も聞きなさいよ!!」

「え、あ、ううむ……すま、ない?」

 

デュラは取り敢えず謝ってみることにした。

ただし、状況があまりにも理解できず疑問符がついていた。

少女はなおも荒い息をついていたが、少しづつだが落ち着いてきたようだ。

 

「……まあ、いいわ。本当だったら一発ぶん殴ろうと思ってたけど、

疲れててできそうにないし……」

「そ、そうか……?」

「なにそっちがわけわかんないみたいな顔してんのよ!!ハッ倒すわよっ!!」

 

よくわからないが怒られた……

 

ますます混乱するデュラ。

その時、

 

 

カツン、カツン、カツン……

 

 

梯子の方から再び音が聞こえ始めた。と同時、

 

「デュラ、無事か!!」

 

聞きなれた盟友の声が響いてきた。

……その声を聴いて、少女はようやく今の状況を理解したらしい。

 

「え、あれ?ひょっとして……多勢に無勢?」

 

先程の様子がどこへやら、

明らかに動揺して梯子とデュラの方を交互に見ながら時計台の隅に後退る少女。

そんな彼女をデュラはしばらく見ていたが、

やがて少女のことはいったんおいておき、梯子の下へ声をかける。

 

「私のことなら心配ない。

……それに、彼女はこちらと話がしたいらしい」

「……わかった」

 

デュラの言葉に、すぐ傍まで登ってきていた盟友はこくりと頷くと、

そのまま再び梯子を下って行った。

それを見届けると、デュラは隅で縮こまる少女の方へと向き直った。

 

「……改めて先程までの非礼を詫びよう」

 

そう言ってデュラは静かに頭を下げた。

そのしぐさに、少女は毒気を抜かれたようだった。

 

「え、いや。もういいのよ、さっき許したし……

それに、私もあなた達の警告を無視したのには変わりないから」

「……そうか」

 

そう、正直に自分の非を少女は認める。

その声にデュラは一言だけ言葉を返すと、顔を上げた。

……改めて、異端の狩人と、異端の古狩人が向かい合う。

はじめに口を開いたのはデュラの方だった。

 

「……さて、貴公。旧市街に何の用だ?」

 

それは、その言葉から始まった。

 

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目の前にいる、煤けているような狩装束を身にまとい、大型の銃と

右手に直接装着する杭のような仕掛け武器を装備した狩人が、

セリカにそう尋ねる。

 

「えっと……私のほかにも先輩狩人がいて、

その人からここを探索してくれって言われて来たの」

「……ふむ」

 

そう言えば、少女が姿を現す前、

別の狩人が旧市街の扉を開けるだけ開けて去っていった事があった。

それが少女の言う狩人か……

デュラは心の中でそう結論付ける。

 

「じゃあ、次は私の質問。なんで狩人は来ちゃダメなの?

あなたも一応狩人……だよね?」

 

そんな彼に今度はセリカが質問を返した。

その言葉にデュラは少しだけ考えこむと、話し始めた。

 

「貴公、旧市街についてはどれほど知っている?」

「え?えっと、だいぶ前に獣の病が流行って、焼き棄てられたことぐらいは……」

「そうだ、間違っていない」

 

デュラはセリカの言葉に、そう言って頷くと、言葉を続ける。

 

「……私は、その焼き討ちに参加した狩人の1人だった。

既に手遅れと判断された市街の状況に、

教会は獣も、そしてまだ理性の残る罹患者であっても獣の病につながるものは

全て狩れと我らに言った」

「それは……!」

 

セリカの目が、息を呑む音共に大きく見開かれる。

そんな彼女に、デュラは静かに頷いた。

 

「貴公も知っているだろう。

獣はやはり、あれは人だよ。私も……私の盟友も狩ることができなかった。

それで、こうして焼けた街に閉じこもり、ただ静かに生きているのだ」

「そう、だったんだ……」

 

そう答えるセリカの声は、先ほどと比べて沈んでいるように聞こえた。

 

「……私も少しだけわかるかも。

今も、人に近い相手だとちょっと抵抗があるから」

「……では何故、君は狩りをする?」

 

その言葉に、セリカは少しの間考える。

……その脳裏に浮かぶのは、陽だまりのように笑う少女の姿……

 

「……ある意味、あなたと同じ。守りたい人がいるの。絶対にね」

「そうか……」

 

そのまま、しばらくの間2人の間に沈黙が流れる。

その末に、デュラとセリカはふっと笑った。

 

「……なんだか、話してみたら案外、私達似たもの同士かもね」

「そうかもしれないな……であれば、もう行くといい。

貴公には貴公の守るべき人がいるのだろう?」

「そうする。いい加減に心配してるだろうし……」

 

セリカそう言うと、梯子へと視線を向け……

ようとしたところでふと何か思い出したのかデュラの方をもう一度見た。

 

「そう言えば、名前まだ聞いてなかったわね。私はセリカ、あなたは?」

 

突然の言葉にデュラは虚を突かれた様子だったが、

少し考えたのちに口を開く。

 

「……デュラだ。今はもう夢を見ることもない古き狩人。

もう会うこともないだろうが、その名は覚えておこう」

「うん、わかった。じゃあね、デュラさん」

 

セリカはそう言ってデュラに手を振ると、

階段の方に向か……おうとしたところでやはり動きがぎくりと止まった。

 

「……どうした?セリカ」

「あ、ああ、いや……帰り道どうしようって」

 

冷や汗を垂らしてそう言うセリカの言葉にデュラは合点がいった。

確かにセリカは道中の獣をすべて無視してこちらに一直線で来た。

その為道中の獣は健在……その中を帰るのはいささか厳しいだろう。

 

「だったら丁度いいものがある。私にはもう必要っ!!?」

 

瞬間、デュラの身体が神速で動いた。

目の前にはまるでそれが当然というかのように

時計台から奈落へ身を投げようとしているセリカの姿。

その腕を辛うじてデュラは掴んだ。

 

「えちょっ!?デュラさんどうしたの急に!?」

「貴公こそ何をしている!?急に身を投げようなどと……」

 

必死そうなデュラの言葉に、セリカはきょとんとして言った。

 

「え、だって帰るには一番これが一番早いでしょ?

血の遺志はもったいないかもだけどそもそも今は持ってないし……」

「……わかった、わかったセリカ。私はこれでも元狩人だ。

より手っ取り早く都合の良い帰還方法を伝授するからしばし待て、心臓に悪い!」

 

 

……その後、しばらくの間デュラ先生による狩人常識講座にセリカは拘束された。

 

________________________________________

 

 

「……ホントに帰れた」

 

 

しばらく時間が経ち狩人の夢にて、

セリカは呆然としながら狩人の夢に帰還していた。

その手には紋様が書かれた何枚かの黄色の紙が握られている。

 

狩人の確かな徴

 

狩人ならだれでも刻まれている徴を思い出すことによって

目覚めを繰り返すとかなんとか。

セリカはいまいちよくわからなかったが取り敢えずこの紙に書かれた徴を

うんうん言いながら思い浮かべると帰れたので良しとする。

結局よくわからないが。

 

何ともまあ都合のいいものだ……

 

そう思いながらセリカはオドン教会に帰るべく、一歩足を踏み出した。

 

 

むぎゅ

 

 

その瞬間、セリカの足が何やら踏みつけた。

……それは、ヤーナムで時折ある、死体を踏みつけた時の感触に似ていた。

セリカが恐る恐る見やるとそこには……

 

「……先輩っ!?」

 

辺り一帯に泡立った血晶散らばらせて、先輩が倒れていた。

 

「……ああ……セリカか」

 

……辛うじて生きてはいたようで、

先輩はセリカの声に反応してよろよろと起き上がった。

そして、辺り一面に散らばるそれを見渡して、

暗い笑みを浮かべる。

 

「……ふふ、見たまえ。辺り一面に理論値ステ愚者だったものが、

散らばっているだろう……?ふ、ふふ、全て全マイだよ、ふふふふ……」

「……うわぁ」

 

人間が変な壊れ方をしているのを見て、セリカは純粋に引いた。

言っていることが全く理解できないので尚の事引いた。

しばらく不気味に笑い続けていた先輩だったが、

そこでようやくセリカがいることを思い出したのか、コホンと咳ばらいをした。

 

「……それでセリカ、旧市街の探索はどうだったかな?」

「あ、そのことなんだけど……ちょっと不思議なことになっちゃって」

 

セリカはそう前置きして、旧市街で何があったかを話し始めた。

……彼女自身はてっきり怒られるかと思っていたが、

不思議なことに先輩は何も言わなかった。

 

「……そうか、和解した、と……そうか」

 

セリカの話を聞いた先輩は、しばらくの間ぶつぶつとつぶやいていたが、

やがて顔を上げてセリカの方を見た。

 

「わかった。君の選択を尊重しよう」

「え、いいの?」

「ああ、構わないとも」

 

……ヤハグルから向かえば面倒ごとを避けて聖堂に棲む獣を狩れるだろう。

 

先輩は基本的に見敵必殺を心掛けているが、

流石にここぞという時はできる限り自重する程度の精神性は持ち合わせていた。

そんな先輩の思考はつゆ知らず、嬉しそうにしていたセリカは

ふと何か思い出したのか懐に手を入れた。

 

「あ、そういえば先輩。デュラさんからこんなのもらったんだけど……何か知らない?」

「む?」

 

そう言ってセリカが見せてきたのは、

自分が相対した時は、

死闘の末に良い狩人こそが獣だと言いながら死んでいった男の遺品だった。

 

「……ああ、それは工房の証だな。

それがあることで、水盆の使者から新たな品がいくらか買える」

「え、本当!?」

「ああ、確認してみるといいだろう。

……と言っても品は私が既に買って件の収納にしまってあるがな」

 

その言葉に嬉しそうだったセリカはがくりとずっこけた。

……せっかくのもらい物に円滑とは言えあんまり価値がないといわれれば

そうもなるだろう。

 

「……時にセリカ、早く教会に向かわなくていいのか?」

「え……?あ、そうだった!!」

 

先輩に改めてそう言われ、

本来の目的を思い出したようでセリカは慌てて弾かれたように顔を上げると

墓石の方へ向かう。

 

「それじゃ先輩、また後でね!!」

「……ああ、また後で」

 

セリカがそう言うが早いか、その姿は霧に呑まれあっという間に掻き消えた。

……その輪郭が消え去るのを見届けてから、先輩はぽつりと呟く。

 

「……セリカ。その君の甘さが、まともさが。

君を狂わせないことを祈る」

 

その小さなつぶやきは、誰にも聞かれることなく解けて消えた。

 

 

________________________________________

 

 

「……ふう」

 

さて、セリカはいつぶりかにオドン教会へと帰ってきた。

……幾度となく死んでいたせいでマヒしているが、

かなり長い時間空けていた気がする。

 

「あ……セリカさん、だね?」

「うん、ただいま。今戻ったわよ、この通り五体満足」

 

そう言って笑うセリカだが、声をかけてきた赤ローブの男はというと

そのこと以上に何かに慌てている様子だった。

 

「そ、それはよかった……よかったけど、ちょっと問題があってさ」

「……え?」

 

その言葉にきょとんとするセリカ。その時、

 

 

「お姉さん!!」

 

 

……よく聞きなれた声が聞こえた。

見ると、階段の手前辺りにリリーがいるのが見えた。

彼女はぱたぱたと走り寄ってくると、セリカに抱きついた。

 

「よかった……帰ってきてくれた」

「……ふふ、当然。リリーちゃんがいるのに帰ってこないわけないわよ」

「えへへ……」

 

しばらくの間、そうしてセリカに頭を撫でられていたリリーだったが、突然何かを思い出したかのように顔を上げると、

セリカに話しかけた。

 

「そ、そうだ、セリカお姉さん!おばあさんが変になっちゃったの」

「え?おばあさん……おばあさんってあの?」

 

その言葉にセリカの表情が訝しげなものに変わる。

セリカ個人のイメージもそうだが、

リリーもあの老婆のことを怖がっていたはず……

 

「こっち!早く早く……!」

「え、ちょ、待って!?」

 

グイグイと自分を引っ張るリリーに引きずられるように、

セリカは老婆の座っている場所まで連れて行かれる。

老婆はと言うと、変わらずあの椅子に腰掛けていた。

何処となくボンヤリとしている様子だった目が、

セリカらが来るのを見ると……

 

「ああ、来てくれたのかい。私の可愛い孫達や」

 

そう、不気味なほど柔らかな笑みでそう言った。

 

「え……?」

 

セリカが呆然とする中、老婆は続ける。

 

「何か辛いことはないかい?

あったらおばあちゃんがすぐになんとかしてあげるからね……」

「ちょ、ちょっと何言ってるの!?

しっかりしなさいよ、私はあなたの孫でも何でもないしそれに……!」

 

セリカがそう言って肩を揺するも、

老婆が正気に戻ることはなく、ただ、笑顔を浮かべ続けていた。

 

 




どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

……なんかうちのヤーナム住民あんまりヤーナムしてねえな(?)
とはいえ今回の件でセリカちゃんがマイルドではありますが
また壊れましたね。生き返るなら何度死んでもモーマンタイ、そういうことです。

次回はブラックマーケット編……
これが終わればその次は……ふ、ふふ、ふふふ(何かを企む笑み)

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