極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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高評価、コメント、ここすき、いいね、誤字報告ありがとうございます!


遂にマリーさん編でも言うことになりましたね……好き勝手やりました!


side another 伊落マリー、又は聖職者の獣(3)

 

 

……よし、この区画一帯の掃討も終わったかな?

それにしても酷いものだ。魚だと思っていたものは神秘の軟体、人はほとんど魚のような獣になり、意思疎通も碌にできないとは……

 

 

……、……!

 

 

……?どうしたんだい?マリー。

……私達が行うのは治療のはず?

 

 

…………!

 

 

……何を言っているんだいマリー?医療の道に犠牲はつきものだよ?

 

 

……、……、……?

 

 

マリー、私達は何も、虐殺をしているのではない。

獣の病の根源、その由来がないかどうか探しているんだ。

これも医療者たるには避けられないことで……

 

 

そ、そこのアンタ達、た、助けてくれっ、!!

妙な奴らが病人もそうでない奴も皆殺して回ってる。

お願い、お願いだ……!

 

 

…………!

 

 

……おや、ここにも残っていたか。じゃあ、頼んだよ。

 

 

え、あ、やめ、やめてくれっ!!

ああっ、子供、せめて子供だけでも見逃してくれっ!?

 

 

…………

 

 

……あ、?

 

 

……マリー、何をしているんだい?

 

 

…………!!

 

 

……間違っている?何を言っているんだい、マリー。

私達は何も間違っていない。

言っているだろう?これは必要な事、だとね。

 

 

あ、アンタ、アンタはまともな……ぎゃっ!?

 

 

…………!?

 

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い

あ、あっあぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああああぁあああああ!?!?あ、

 

 

……?……?

 

 

ローレ■ス様、子供の方は屋内に隠れていたので、

先んじて処理しています。これでこの区画の掃討は完了です。

 

 

……?……??

 

 

そうか、ご苦労だったね。

では、彼の脳に瞳が無いか探しておこうか。

 

 

承知いたしました。では、

 

 

……!、!!!、!!!!

 

 

……ふむ。頭蓋を割り開いても見えないか。

念の為脳も掻き出しておこう。

 

 

……、……、、、

 

 

……やはり、瞳は見つからないね。

となると、先生の言う思考の瞳というものは、概念的なものなのか……

 

 

……………………

 

 

どうしたんだい?マリー。そんなに泣いて……

……いや、そうか。慈悲深い君のことだ。

きっと彼らの為に泣いてくれているんだね。

 

 

……………………

 

 

それでは、私も祈ろう。

せめて彼らが、獣の病を克服するための確かな糧となってくれることを祈って。彼らの死が、無駄死でないことを祈って……

 

 

……どうか、彼ら父子に、血の加護があらんこと。

 

 

…………嫌だ

 

 

……嫌だ

 

 

…嫌だ

 

 

嫌だ

 

 

 

「いやぁああああぁぁあああああああああっ!!!?」

 

 

誰もが寝静まる深夜。寮の一室で少女の悲鳴が響き渡った。

ベッドの上では、寝間着姿のマリーが跳ね起きると同時、

布団を強く、強く抱きかかえて震えていた。

 

 

……あれは、あの夢はなんだ?

 

 

薄暗い、決して大きくない漁村の中。

そこら中で聞こえる悲鳴、断末魔。

道行く患者を殺して殺して殺して殺して殺して殺して、

家の中で震える人も殺して殺して殺して殺して殺して、

家族を殺された怒りで立ち向かってくる人も殺して、

僅かに残る理性をかき集めて命乞いをする患者も殺して、

老人も、子供も、男性も、女性もみんなみんな殺して、

 

 

……そして、血をだくだくと流す死体の、

まだ僅かに息がある人の、

頭を、頭蓋を、割り開いて、貫いて、割り砕いて、

 

 

中身を、ピンク色を、大切なものを、

 

 

生々しい音を立てて、断末魔も気にせず、

 

 

掻き出して、掻き出して、

 

掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して掻き出して

 

 

その飛び散った破片が、ひたりと肌に触れて……

 

 

「うぷっ……」

 

 

その瞬間が浮かぶと同時、胃から何かがせり上がってくる。

マリーは辛うじて残った理性で洗面所へと向かうと、そこに内容物を吐き出した。

夕食として食べた生肉の溶けかかりの破片がびちゃびちゃと音を立ててぶちまけられる。

何度も何度も何度も嘔吐いて、

遂に苦い胃液しか吐き出されなくなって漸く、それは収まった。

 

「はぁ、はぁ、う、うぅうう……」

 

マリーはそのまま、床にペタリと膝をついた。

今も尚、脳裏では漁村で行われた惨劇の一面が、フラッシュバックし続けている。

 

「夢、夢……これは悪い夢……

我が主よ……そう、ですよね?そうですよね??」

 

今にも消えてしまいそうな声で、

痙攣するように震える手を組んで、マリーは祈りを捧げる。

……けれど、そのフラッシュバックは消えることはなく、

何度も何度も繰り返され続ける。

 

同じ人の口から発せられるとは思えない断末魔。

辺り一面に、水に浸かりながら、

血と、こぼれるピンク色を垂れ流しながら転がる住民らの死体。

村の広場で見覚えのある狩人の女性が、立ち尽くしている。

自分と同じぐらいの年頃の子供が、血塗れになって弱々しく手を伸ばし、事切れる。

……その血が、自分に触れる。

 

……悪夢と呼ぶには、夢だと思い込むには、それは、余りにも鮮明で……

 

「答えてください……お願いします……お願いします……」

 

それでも尚、マリーは神へひたすら祈り続ける。

……けれど、彼女の身に起こる異変はこれだけにとどまらなかった。

 

 

ドクン

 

 

マリーの意識の奥底で、何かが胎動する。

 

 

……い

 

 

「あ、ぇ……?」

 

 

その胎動に気が付いたマリーは、訳も分からずそんな声を溢す。

けれど、その間にもその胎動は強くなってゆく。

 

 

……欲しい

 

 

「……!」

 

 

それは、渇望。

肉を、生肉を、ただひたすらに求め続けてきた渇望が、

より強く、明確に、マリーの理性を焼き焦がすように響く。

 

ダメだ。それはダメだ。

それを思ってしまってはダメだ。

抑えつけろ、忘れろ、見なかったことにしろ。

 

ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメ

 

ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌

 

 

 

 

 

 

血が、欲しい

 

 

「……あ」

 

 

 

……マリーの渇望は、それを欲した。

 

 

血が欲しい

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 

血肉が欲しい

 

 

「いや、ぃやぁ……」

 

 

柔らかく、体温が残る暖かで新鮮な肉が食べたい。

その生き血を口に含めば、一体どれほど満たされるだろうか?

 

血肉が欲しい……血肉が欲しい……

 

自分の中の何かが、変質してゆく。

自分を人たらしめている何かが、変質してゆく。

 

どうして、どうして?

 

あの悪夢が原因なのだろうか?

 

それとも……

 

 

「……血」

 

 

その時、マリーの脳裏にひらめくものがあった。

 

そう、血……血だ。

 

何故それに思い至ったのかは自分でもわからない。

けれど、自分の身体を変質させてゆくそれは、

自分の身体に入り込んだ悪い血のせい……不思議と、そんな確信があった。

マリーはふらふらと立ち上がると、一度洗面所から部屋へと戻る。

そのまま勉強机へと向かうと棚から何かを取り出す。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

マリーはそれを胸元に抱きかかえるようにして持つと、洗面へと戻る。

 

「……あ」

 

ふと、洗面所の鏡の中に映る自分と目が合った。

汗をひどくかいていて、髪型もぐしゃぐしゃ。

そして、涙があふれ続ける空色の瞳は、グズグズに蕩けていて……

 

……この蕩けた瞳は自分もよく知っている。

夢の中で医療活動をする時、症状がかなり進行した患者が、こんな瞳をしていた。

 

「……っ」

 

マリーは変わり果てた自分から、視線を外すと、

胸元に抱え込んだそれをゆっくりと目の前まで移動させる。

……それは、小ぶりなカッターナイフだった。

なんてことはない、ごく普通の市販品。

今までにちょっとした紙やダンボールしか切ったことがなく、

刃もほとんど新品同然だ。

 

 

キチキチキチキチ

 

 

軋むような音を立てて、刃がケースから露出してゆく。

月明かりに照らされ、それは鈍く光る。

マリーはそれをしばらく見つめていたが、

やがてその先端を自分の白い腕へと向ける。

 

 

「……大丈夫、大丈夫。これは悪い血を抜くため、悪い血を抜くため……!」

 

 

……一瞬の静寂。

 

 

「……!」

 

 

血が舞った。

 

 

 

 

 

……次の日の朝、マリーは学校のどこにも姿を見せなかった。

彼女のモモトークにはただ一言

 

 

[体調が悪いので今日は休ませていただきます]

 

 

とだけ綴られていた。

 

 

________________________________________

 

 

 

 

……マリー

 

 

…………!!

 

 

いや、その……驚かせるつもりはなかった。すまない。

 

 

…………?

 

 

……マリー、貴公の方こそ酷い表情だぞ。休んだ方がいい。

 

 

…………

 

 

……だからといって、患者たちを捨て置く理由にはならない、か。

……貴公、ここが上層部から何と呼ばれているのか知っているのだろう?

 

 

…………

 

 

……それでも自分にとってはここはあくまで医療棟、か……

強いな、貴公は。

 

 

…………

 

 

……自分を卑下しないでくれ。

その理論で言うなら、直接彼らの命を刈り取った私の方が罪人だ。

 

 

……、……!

 

 

いや、これはまごう事なき私の……

狩人の暗い側面を知ろうともしなかった私の罪だ。

 

 

…………

 

 

……そうだね、今日は別れを言いに来た。

 

 

…………!

 

 

……私は狩人たることを、あの漁村で捨ててしまった。

もう、私はこの狩りの中に何も見えない。

 

 

…………

 

 

……余計なことかもしれないが、マリー。

貴公もここにいるべきではない。

貴公のような人は……こんな場所にいるべきではない。

このような血塗られた場所に……

 

 

…………

 

 

……そう、か。

ではマリー……もう会うこともないだろうが、またいつか。

 

 

…………

 

 

…………

 

 

……さようなら、マリアさん。

 

 

…………

 

 

…………

 

 

……おや、マリー。こんなところにいたのかい?

 

 

……!!!!

 

 

酷い顔じゃないか……まだあの日のことが堪えているのだろう?

患者の診療はいいから、もう部屋に戻って休みなさい。

 

 

……っ……!!

 

 

……?どうしてそんなに怖がっているんだい?

私だよ、ローレ■スだ。

 

 

…………!?

 

 

……はは、随分と嫌われてしまったね。

君のように優しい人に嫌われてしまうと、さすがの私でも堪えるね……

 

でも分かってほしい、あれは必要なことだった。

そのおかげで彼の者の骸も見つけることができた。

これで、獣の病を克服する足掛かりを我々は得たんだ。

やっと、この病で苦しむ数多の人を救える光明が見えた……喜ばしいことだろう?

 

 

…………

 

 

……間違っている、か。

マリー、やはり君は優しいね。けれど優しすぎる。

……賢い君のことだ。

いつか漁村でのことがわかってくれる日が来ると、私は信じているよ。

 

 

 

…………

 

 

…………

 

 

…………狂ってる

 

 

……狂ってる

 

 

…どうして

 

 

どうして

 

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

夜の闇の中を歩く。

 

 

気配に気を配る。

 

 

……誰もいない。

 

 

深夜のトリニティ。

その中を全身黒ずくめの人影が歩く。

向かう先は噴水のあるちょっとした広場の端。

人影はそのうち、小高い木の前に立ち止まった。

 

 

「……」

 

 

その生い茂る葉と枝の間に、人影はじっと視線を凝らす。

そして……

 

 

「……!」

 

 

……見つけた。

一匹の小鳥が、枝に止まって眠っているのが見える。

人影はそれに視線を合わせると、

そのままそろりそろりと足音を殺したままその真下まで移動する。

 

そして……

 

 

タンッ

 

 

その身体がとても微かな足音だけを残して軽やかに飛んだ。

小鳥が目を開いたときには、既に何もかもが遅かった。

 

 

「ピィ!?」

 

 

人影の手にさらわれた小鳥から、小さな悲鳴が上がる。

その声を聞いた他の仲間が一斉に起きると、その寝床から逃げるべく飛び立つ。

無数の鳥が一斉には飛び立つ羽音が静寂に満ちた広場に響き渡る中、

人影もまた、建物の影へと逃げるように駆け出していた。

 

「ピィ、ピィーッ!!」

 

手の中では、小鳥が捕縛者の手から逃れようと羽ばたき、もがき続けている。

 

「……ごめん、なさい」

 

……黒いフードの奥から、今にも泣きそうな少女の声が聞こえた。

黒ずくめの少女は建物の奥へと滑り込むと、手の中の小鳥をそっと見る。

……瞬間、

 

「痛っ……!」

 

少女からそんな悲鳴が上がる。

小鳥が少女から何とか逃れようと手を啄んだのだ。

……避けた皮膚の間から、つうっと細く血が流れる。

少女は、それをしばらく見ていたが、やがて意を決したように息を呑むと、

小鳥の首辺りを押さえつけた。

 

「ピッ!?」

 

小鳥から奇妙な悲鳴が上がる。

それに少女は体を震わせるも、同じように暴れる小さな足を押さえつけた。

彼女の眼前には、小鳥の柔らかな胴体が曝け出されている。

 

 

「……はぁ、はぁ」

 

 

少女の息が荒くなってゆく。

ぽたぽたと、小鳥に液体が垂れる。

……それは、半開きになり、鋭い八重歯がのぞいた口から。

そして、ぐずぐずに蕩けた空色の瞳からこぼれてゆく。

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

少女が、もう一度小鳥に、懇願するように謝った。

……未だ藻掻き続ける小鳥の上気する胴体が、少しずつ少女の口へと近づいてゆく。

 

「痛いのは、一瞬だけですから。

すぐに何も感じなくなりますから……

だから、お願いです。これ以上暴れないでください……」

 

……小鳥に人の言葉などわかるはずもないだろうに。

それでも少女はそう呼びかける。

小鳥は、自身に死が近づいていることを感じたのか、一層強く藻掻く。

その感触が、生きているという感触が手を通じて少女に伝わってくる。

彼女の手が震える。

 

……けれど、その抵抗はあまりにも無力で、渇望を押しとどめるにも至らなかった。

 

 

「……いただきます」

 

 

そう言うが早いか、少女は小鳥の腹を口に含む。そして……

 

 

「んむっ」

 

 

「                              」

 

 

……その小さな身体のどこに、

これほど大きな鋭い悲鳴を発せられるだけの力が残っていたのだろう。

 

生きているが故の暖かな肉の感触をかみしめながら、

手を、口元を絶えず濡らすあふれんばかりの血を飲みながら、

少女はぼんやりとそんなことを考えながらも

大きく腹が裂けた小鳥に更にかぶりつく。

 

 

「……はむっ」

 

 

パキッ

 

 

少女の口の中で、小鳥の何かがへし折れる音がした。

また悲鳴が上がる。

けれど、その末後の叫びは先ほどに比べとても弱々しいものだった。

少女は臓物と共に小鳥の肉を噛み千切り、咀嚼する。

ぬるりとした臓物の感触に浸れば、自分の中の渇望が見る見るうちに満たされてゆく。

 

 

「……けぷっ」

 

 

少女は一度息をつくと、もう見る影もなくボロボロになった小鳥のことを見る。

……手の中から、暗闇でも容易にわかるほどの鮮血が滴り落ちる。

 

 

「……おいしい、です」

 

 

少女はポツリとそう呟くと、また小鳥の身体に噛みついた。

それは既に末後の痙攣を繰り返すのみで、あの劈くような悲鳴はもう聞こえない。

けれど未だ血は暖かで、生きていた痕跡が口の中で跳ね、消えてゆく。

 

 

「……とっても、おいしいです」

 

 

嗚咽交じりの声で少女が何か呟く。

そして、もう一度小鳥へ噛みつこうとした。

 

 

……瞬間、

 

 

「そこの人!こんな夜に一体何してるのっ!」

「!!」

 

 

背後から人の声。

驚愕のあまり少女は小鳥の身体を取りこぼす。

地面に臓物をぶちまけて転がるそれの姿に逡巡するも一瞬、

少女は振り返る時間も惜しいと夜の暗がりの中に凄まじい速さで駆け出していた。

 

 

「あ、こらまてっ!門限過ぎてるから校則違反だぞー!!」

「ま、待って……!さ、さっきの人がいた場所……」

 

 

背後からそんな声が聞こえてくる。

それが聞こえないように、ただがむしゃらに、

鮮血に染まった少女は夜の闇に溶けて行った。

 

 

________________________________________

 

 

「……はぁ」

 

 

次の日。

トリニティ校内を歩いていたハナコは、一人ため息をついた。

 

視界の端では、今も聖園ミカへの処罰を求めるデモが続いている。

 

……ヒフミたちのお陰でこの学校に残るという決断を下せたものの、

ああいうところを見るとどうしようもなく浮かない気持ちになるのは変わらない。

 

そんな気持ちを抱えたまま、丁度噴水広場の近くに差し掛かったころだった。

 

 

「あ、すいませんハナコさん。今はここ、立ち入り禁止になってるっす」

「あら?」

 

特徴的な言葉と共にハナコはそう呼び止められた。

声がした方を見れば、糸目の正義実現委員会の少女がこちらの方を見ていた。

 

「すいません、少々上の空気味で……

というより、私達って、どこかでお会い(・・・)したことありましたっけ?」

「……あはは、そのどことなくいやらしい言い方。

間違いなくうわさに聞くハナコさんっすね。

一時期あなたが正義実現委員会にたくさんお世話になってたし、

話し方が特徴的だから仲間内でも有名なんすよ」

「あら、そうでしたか」

 

そう言われれば納得だ。補習授業部に入る前、

幾度となく校則違反で牢屋に入れられていたことは事実だし……

そう思いながら、ハナコは事件現場であろう立ち入り禁止区域の方をちらりとみる。

……正義実現委員会に交じってヴァルキューレの生徒たちもちらほら見える辺り、

ただ事ではない。

 

「……そう言えば、何があったんですか?」

「あー、例のあれっすよ、人狼事件。今度はここで起こったみたいで」

 

ハナコの問いかけに、意外にもイチカはすんなりと答えてくれた。

けれど、その事件の名を聞いてハナコも納得した。

 

……人狼事件。

最近トリニティをにぎわせている奇妙な事件の通称だ。

1週間、一人の生徒が路地裏で大きな血だまりを発見したことが

その始まりだった。

その日以来、ぽつぽつと謎の血だまりが発見されるようになり、

それと同時に野鳥が事件が起こった一帯でぱたりといなくなったり、

路地裏でかわいがられていた野生動物が突然いなくなったりした。

犯人と目される人物は決まって夜に行動。

監視カメラに映ったその姿は全身黒ずくめではあるものの、

フードの盛り上がり方からして猫耳、

もしくは犬系の耳の生徒であることだけが確定しているため、そう呼ばれている。

 

……動物とはいえ、それが何匹も連続して殺され続けている。

犯人は神出鬼没で場所に一貫性がなく、

更に回数を重ねるごとに監視カメラに映る頻度も少なくなっており未だ捕まっていない。

トリニティ……いや、キヴォトスにおいても余りにも異質なその事件に、

学園側はかなり神経をとがらせていた。

 

「……そうだったんですね」

 

……どこの誰だか知らないが、

残酷な事件を、それもこんな時期に起こすとは……。

ハナコはまた、自分の気持ちが重くなるのを感じた。

あまり表に出さないようにはしているのだろうが、

明らかに沈んだ様子のハナコを見てイチカは今回の事件についての情報を思い出す。

 

……今回は、今までの人狼事件とは状況が全く異なる。

見回りをしていた正義実現委員会の生徒が実際に犯行現場に遭遇したのだ。

犯人確保には至らなかったものの、犯人はある重要なものを落としていった。

 

……食べかけの、見るも無残な小鳥の死体だ。

 

犯行現場に血だまりしか残っていないことから

冗談めかしに人狼事件といわれていたが、それが何の因果か現実になったのだ。

現在小鳥の遺体はヴァルキューレの手も借りて鑑識に回されている。

……そこから唾液が検出されれば、それが確定する。

唾液から遺伝子を特定することで犯人逮捕への道のりが明確になるとはいえ、

イチカ個人としてはそのようなことがあってほしくないという思いもあった。

状況から見て、小鳥は生きたまま貪り食われたのだ。

そのような残酷なこと、あっていいはずがない。

 

「……まあ、この件に関しては私たちとヴァルキューレが合同で当たってるっすから。

それに、先生も今度駆けつけてくれるって言ってくれてるらしいっす。

きっと、この事件ももうすぐ解決するっす」

「……そうですか。ありがとうございます」

 

……イチカの言葉にハナコはそう言って一礼すると、今度こそその場を後にした。

 

 

________________________

 

 

事件現場付近を通っているからか、

時折正義実現委員会やヴァルキューレの生徒が

慌ただしく動いている状況も見受けられる。

その姿を横目に立ち入り禁止の場所を迂回するように、ハナコは道を進んでゆく。

……そして、それが丁度広場の終わり際に差し掛かったときだった。

 

 

「……あら?」

 

 

あまり目立たない場所にぽつんと置かれたベンチ。

そこに見覚えのある誰かが座っているのが見える。

……シスターフッドの制服を着たその少女、マリーは事件現場の方へ俯き、

何か祈りをささげているようだった。

 

……マリー。

あの時食堂で会って以来、めっきり会う機会がなかった。

何か悩んでいる様子だったのでダメもとでセイアにそのことを言ってみたところ、

どうも独自に動いて彼女に何か変りないか聞いてくれたらしい。

けれど、逃げられてしまったと聞いた。

しかもその出来事がきっかけとなり、

情勢的にセイア自身も自分一人で動くことが難しくなってしまった。

 

……ともあれ、ハナコはマリーに先の件のことを謝るつもりでいた。

理由はどうであれ、恐らく自分は心配のあまり

彼女が触れてほしくない場所に触れてしまったのだから……

 

未だ祈り続けるマリーに、ハナコはそっと近づく。

 

「……マリーちゃん?」

「ひゃうっ!?」

 

突然のことだったため驚かせてしまったようだ。

マリーは跳ね起きるように頭を上げると慌てて辺りを見回す。

……彼女らしいといえば彼女らしい反応。

けれど、ハナコはそんなマリーの顔のある一点にくぎ付けになっていた。

 

「あ、は、ハナコさん、でしたか……こんにちは」

「……マリー、ちゃん?どうしたんですか、その目元の……包帯?」

 

……そう、本来彼女の目があるべき場所は、薄い包帯で覆い隠されていたのだ。

明らかに異質な様相……それをハナコに指摘されたマリーはびくりと身体を震わせた。

 

「い、いえ。ちょっとした怪我をしてしまっただけなので、それでは」

「あ、えっ??」

 

そう言うが早いか、マリーはハナコが呼び止めるも一切動きを止めることなく

まるでその場から逃げるように立ち上がるとそのまま走り去ってしまった。

ベンチの前にぽつんと一人取り残されたハナコはただただ呆然とするばかりだ。

 

……もしかすると、嫌われてしまったのだろうか?

 

そんな言葉がハナコの脳裏を駆ける。

そのことが、どうしようもなく自分の心を締め上げる。

 

「……マリーちゃん」

 

ハナコがただ一人、ポツリと呟いたその時だった。

 

 

「あっ、ハナコさん!」

 

 

今度は自身の背後から、誰かの声が聞こえた。

ハナコが振り向くとそこには……

 

「……ヒナタさん?」

 

彼女の方に向けて知り合いの大柄なシスター……ヒナタが走ってきているところだった。

息を切らせてきた様子の彼女はハナコの前でしばらく息を整えると、

改めて彼女の方を見た。

 

「ハナコさん、この辺りでシスターマリーを見かけませんでしたか?

人づてにここまで来たのですがどうしても見つからなくて……」

「……つい先ほどあっちの方向に。

私も話そうとしたんですけどその前にどこかに行ってしまって」

 

どこか自嘲するようにハナコがヒナタの問いに答える。

……けれど、目を瞬かせたヒナタが発した言葉は、

ハナコが予想だにしない言葉だった。

 

「ハナコさんも、ですか?」

「……え?」

 

その言葉に呆然とするハナコにヒナタは少し迷った様子だったが、

やがて説明をし始めた。

 

「実は、つい1週間より少し前にマリーさんが体調が悪いといって休んでて……

それ以来、ずっと目元に包帯を巻いて

私含めて他の人との交流を極端に避けるようになってしまったんです。

今日はシスターフッドのメンバーでちょっとした会合があったんですけど、

それにも来なくて心配で……」

「…………」

 

ヒナタの言葉を受け、ハナコはもう一度マリーが走り去っていった方向を見た。

……彼女の様子は明らかにおかしい。

けれど、原因は全く……いや、

 

 

……一週間と少し前、マリーが学校を休んだとヒナタは言っていた。

それは、何の因果か人狼事件が始まった時期と重なる……

 

 

「……そんなまさか、ですよね」

 

 

けれど、ハナコはその思考をすぐに打ち払った。

気が滅入りすぎて突拍子もないことを思いついてしまった。

そのようなことがあるはずがないのに。

 

 

……マリーが一連の事件の犯人である、なんて。

 

 

 




どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

……いよいよ獣の病の進行状態が取り返しのつかないところまでやってきました。完全に獣性に飲まれるのも完全に秒読みです。
取り返しのつかないところまで後少し、後少し……

因みに、今作のローレンスは目的の為なら手段を選ばないLV100の狂人として描いています。ブルアカともブラボとも関係ないですけど精神性はボ卿を参考にしてます。


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