ということでようやく書きたいところが書けました……
久々にセリカちゃんを曇らせることができて満足。
それはさておき今回も独自解釈モリモリなのであしからず。
「……よし」
少しの時間が経ち、セリカは収納ボックスから適当な服を見繕っていた。
因みに、汗臭い服以外にも見た目がマシなものが探してみれば結構あったので
そっちを持っていくことにした。
最初はあれを洗って持っていこうと思っていたのだがよく考えれば洗う手段がない。
使者たちの水盆で洗えなくもないかもしれないが最近かわいく見えてきたため気が引ける。
さて、そうして服を懐に(?)入れたセリカはいつも通り墓石へと触れ、
オドン教会の風景を思い描く。
僅かに身体が浮くような感覚、そして目を開ければいつものオドン教会……
「……あれ?」
その時、セリカはある違和感に気がついた。
いつも教会の入口近くにいたはずの偏屈な男がいないのだ。
曲がりなりにもヤーナムの住民、
獣狩りの夜に出歩く危険性はよくわかっているはずだが……
「?セリカさん、何か気になることでもあったかしら?」
「あぁ、いや、あの……男の人がいないのよ。
確か、アリアンナさんの向かいに住んでるんだっけ?」
「えぇ?」
方向的にアリアンナがこちらを見ていると勘違いしたのかそう話しかけてきた。
そんな彼女にセリカが状況説明をすると、
彼女の方もそれには困惑した様子だった。
「……あの人なら、多分入り口近くに出ることすら嫌がると思うけど」
「そうよね……ねえ、そっちは足音とか聞かなかった?」
「あのご老人だろう?確か……俺もさっき少し足音を聞いたけどそれっきりなんだ。
だから、心配で……」
もう一人、
状況を知っていそうな赤ローブの男にも話を聞いてみるが、情報は芳しくない。
後、セリカが会話できるうちで知っているとすれば……リリーと包帯頭の男だろう。
「……わかった、ありがとう」
「いえ、大丈夫よ。私もなかなかできることは少ないしね」
「俺も……役に立てたかどうかは、わからないけど」
セリカは軽く2人にお礼を言うと、そのまま出口の方へ急いだ。
……セリカとてできれば関わりたくない相手ではある。
けれど、狩人としてここを守っている以上、
少なくともいなくなった理由は知る必要があると判断したためである。
「あっ、セリカお姉さん……?」
セリカが外に出ると、荷馬車の奥の方で座っていたのか、
リリーがひょこりと物陰から飛び出して駆け寄ってきた。
嬉しそうにしていたものの、セリカの表情を見てそれが心配そうなものに変わる。
「どうしたの?なんだか難しいお顔だけど……」
「あー……あの、入り口近くの嫌なおじさんいたでしょ?
あの人が何処か行っちゃったみたいで。
一応、探そうと思ってるんだけど何か知らない?」
「……別に、あんな人お姉さんが探さなくていいと思うけど」
セリカの言葉にリリーは少しムッとした表情になってそう言った。
リリーから見ても偏屈な男の印象は悪いらしい。
けれど、セリカを困らせたくないのか、そうは言いつつも質問には答えてくれた。
「私もあの人はどこに行ったかわからないの。
おじさんとずっと話してたし、
おじさんが……お、お花を摘みに行ってからずっとここの後ろで待ってたから」
「そ、そっか……」
最後の言葉だけ少し顔を赤くするリリーに、
セリカは少し詰まりつつ言葉を返した。
てっきり荷馬車の後ろにいると思っていたが、確かに包帯頭の男がいない。
何か知らないか聞いてみようとは思っていたがこの分では望み薄か……
セリカがそう考えていたその時、
「お、セリカ。戻ったのかい?」
背後からそんな声がかかった。
見れば、今まさに話題に上っていた包帯頭の男が後ろにいた。
「えぇ……まあね。服もこの通り」
「おぉ!何から何まですまないね」
セリカが取り出したのは少し古びているものの清潔なブレザーだった。
それを嬉しそうに受け取る包帯頭の男だったが、そんな彼にセリカは話しかける。
「ところでなんだけど、頭に帽子をかぶった男の人って見なかった?」
「帽子をかぶった……あぁ、あいつか。それがどうかしたか?」
意外なことに、包帯頭の男はその姿を見ていたらしい。
セリカはこれ幸いと言葉を重ねる。
「いや……それがいきなりいなくなったみたいで。
万が一、何かあってもいけないし一応聞いとこうと思って」
「……あいつなら家に何か忘れたとか言ってたな。
止めはしたが聞く耳を持たないどころか罵声を浴びせてきたから
俺もそれ以上は何も言わなかったよ」
「うわぁ……」
包帯頭の男の説明した事柄にセリカはドン引きした。
正直あの男ならやりかねない内容ではあったがそれはそれである。
……こうなるとセリカとしても好きにしろ、といいたいところだ。
「……まあ、それならいいわ。
その分だと誰かに操られてるみたいな感じでもなさそうだし。
ここの市民だから土地勘もあるからそのうち帰ってくるでしょ」
「それが一番いい対応だろうさ」
セリカの言葉に、包帯頭のどこか安心したように笑って頷いた。
そこで、ふと思いついたようにセリカに尋ねる。
「そういえば、セリカってここの外から来たんだったな」
「一応ね。っていっても私はいつの間にかここにいたんだけど……」
そう言って遠い目になるセリカ。
そんな彼女の言葉に男は何とも言えない表情になった。
「それは……何というか、災難だったな」
「いや、それに関しては今はもういいのよ。
こうしてリリーちゃんにも、あなたにも、他にもいろんな人に会えたわけだし」
男の言葉に、セリカは微かにほほ笑んでそう言うと、
そばにいたリリーの頭を軽くなでた。リリーも嬉しそうにそれに応じる。
それを見て、男の方もほっとした表情になった。
「はは、そいつはうれしいね……まあ、それはさておきだ。
ちょっとその、外の世界について聞いてみたいと思ってね」
「あっ、それ私も聞いてみたい!」
男だけでなく、言葉を聞いたリリーも嬉々としてその提案に乗っかった。
そんな2人を見て、セリカは改めてキヴォトスを……
そしてアビドスを思い返して、少し苦笑いした。
「2人がいいならいいけど……あんまりおもしろいことはないわよ」
セリカはそう前置きすると、時間が経つにつれ、
もう懐かしくなってきてすらある故郷について、ぽつりぽつりと話し始めた。
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あんな前置きをしたものの、
久々に思い返してみれば次から次へと話したいことがあふれてきて。
キヴォトスのこと、アビドスのこと、
学校のこと、仲間のこと、
生活、そして食べ物。
気がつけば時がたつのも忘れて、
セリカはずっと、楽しそうに、懐かしそうに語っていた。
リリーは語られるヤーナムとは何一つ違うその出来事に
目を輝かせ、憧れるように頬を弛緩させ、
包帯頭の男の方もセリカの語る事柄を興味深そうに聞いていた。
「……そっかぁ、そんなにいろんなお菓子があるんだ。
チョコレートは一回だけ飲んだことがあるけど、硬いチョコレート……
それに、たいやきなんてどんな味がするんだろ……えへへ」
特にリリーは様々なお菓子のことがお気に召したらしい。
かわいらしい表情で空想に浸る彼女の脳裏では、
まだ見ぬ魚の形をした焼き菓子がふよふよと泳いでいることだろう。
「……こうして聞いてると、本当に同じ地上のことなのかわからなくなるな。
何というか、やはり閉鎖的な町というものは遅れがちなのかな」
「あ、あはは……それに関しては何とも。
私達の地域もキヴォトスの中だと圧倒的にさびれてるし」
包帯頭の男の言葉に、セリカはそう言って苦笑いすると、
一つ咳払いして表情を正すと、男に問いかける。
「そういえば、あなたは何か食べたいものとかなかったの?一つぐらいはあるでしょ」
「……俺か?……そうだな」
男はセリカの質問にしばらくの間考え込む。
そしてその末、ぽつりと言った。
「焼肉……あと、ラーメンが気になるかな」
「あっ、それなら私、ラーメンがおいしいお店知ってるのよ!
これが終わって、もし良かったら、いつか一緒に食べに行かない?」
「ん?」
セリカのその言葉に包帯頭の男は虚を突かれたように呆然とした。
「……これが終わったらっていうのは」
「それはもちろん、この夜が明けたらって意味よ?」
逆に、男がなぜそこまで驚いているのかわからない、
といった様子でセリカがそう答える。
そう言う彼女の表情は、どこまでも純粋だった。
「お姉さん、私も色んなお菓子食べたい!」
「もちろん、楽しみにしててね」
きらきらとした表情で勢いよくそう言うリリーに、
セリカは笑顔でそう答える。
そんな2人を、男はしばらく見つめていたが、やがてそれに釣られるように、微笑んだ。
セリカは、先程の表情のまま、ふと青白い月の浮かぶ空を見上げた。
……この夜が明けたら、リリーと、できることならアリアンナ、老婆、そして目の前の包帯頭の人を連れてここを出て、キヴォトスでみんなで一緒に……
「……随分と人がいるな」
その時、そんな彼らにそんな声がかかった。
セリカがそちらの方に目を向けると、
狩人の狩装束を着た先輩がいた。
「あっ、獣狩りさんおかえりなさい」
「おお、あんたか」
「なんだ先輩か。森の探索は終わったの?」
「ああ。とりあえずは完了した。そちらも悪夢の辺境は探索し終わったか?」
「一応ね……もう2度と行きたくないけど」
先輩の言葉に悪夢の辺境での出来事を思い出したセリカは疲れたような表情になる。
先輩の方も、まあ、そうだろうなと言った表情でそれを聞いていた。
「まあともかく、大事には至っていないようで何よりだ。
それより、あの男性の姿が見えないんだが、何か知らないか?」
「あぁ……なんか、家に忘れ物したから取りに行くって」
「……そうか」
セリカの言葉に先輩は短くそう言うと、次に包帯頭の男の方へと視線を移した。清潔なブレザーと対照的に下に履いているのがボロボロのズボンなせいでかなりチグハグな様相である。
「君、来て間もないとは思うが、ここの過ごし心地はどうかね?」
「ああ、とても素晴らしいよ」
先輩の言葉に、男はうれしそうにそう言って頷いた。
「乞食の俺でも受け入れてくれたし、特にこのお嬢さんたちはとても親切だ。
できれば、夜が明けてもここで過ごしたいぐらいだよ」
「そうか……それはよかった」
そんな彼の様子に、先輩も安心したように頷くと、改めて先輩はセリカに視線を戻した。
その目には、先程とは打って変わって真剣な眼差しが宿っている。
……つまるところ、再び依頼だ。
「それでセリカ。また1つ頼みたいことが……」
そこまで言ったところで急に先輩の言葉が途切れた。
困ったような、面倒なような、そんな表情をしたかと思うと、一旦先輩は教会の中に入っていった。
「アデーラさん、また血を切らしてしまったので後で施しをお願いできますかな?」
「……!はい。ここで待っているのでいつでもいらしてください」
教会の奥から、喜びを滲ませた女性の声が聞こえる。
その後、少しだけやり取りを交わした後、先輩が改めて教会から出てきた。
「……アデーラ殿の事は考えものだな」
「あー……」
先輩の言葉を聞いてなんとも言えない表情になるセリカ。
そんな彼女に包帯頭の男が尋ねる。
「どうしたんだい、そんな表情をして……」
「ああいや、大したことじゃないのよ。
ただ、私が先輩と話してたら凄く睨んでくる人がいるってだけで……
ほんとそれだけよ」
「……なるほどな」
セリカの言葉に包帯頭の男はそう短く相槌を打った。
……その言葉に若干剣呑なものが混じっていたものの、
押し殺されたその場の誰もがそれに気が付かなかった。
「それはさておき、セリカ。
君にはヘムウィックの墓地街にこの招待状を持って行って、
カインハーストへ行ってもらいたい」
先輩はそう言うと、セリカに綺麗な一枚の招待状を手渡した。
________________________
セリカが先輩の依頼を受けて、
廃城カインハーストへと向かってしばらく時間が経った頃、
教会の外の隅で、何か黒い人影が屈みこんでいた。
………………………………
ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ
水っぽい音を立て目の前のそれを噛み千切り、飲み下す。
……効率は然程良くない。
最初の1人もまだかなり残っている。
一度に喰らう方法はあるにはあるがあれは目立ち過ぎる。
先程はうまい具合に会話へ誘導できたから助かった。
しかし、今度はそうはいくまい。
少しだけ無理をしてでも、隠しきれる程度には……
「おじさーん、お腹いたいの?大丈夫ー?」
その時、背後からそんな、もうすっかり聞き慣れた声が聞こえてきた。
しまった、想定以上に時間をかけすぎた。
けれど、それに慌てて振り返ってしまったのがまずかった。
……暗がりに押し込めたそれの前に自分が屈んでいれば、見えるはずがないのに。
振り返ってしまえばべったりとついた血の跡が顕になるというのに。
しかし、結果として自分が過ちに気がついたのは、
幼い少女が目の前の光景に言葉を失って固まるのを見てからだった。
「……え、え?おじ……さん?」
呆然とした様子で、少女……リリーの瞳が自分を射抜く。
その小さな肺が悲鳴を発しようと息をのんだ瞬間、
己の身体は凄まじい速度でリリーに接近していた。
そして……
「むぐっ!?」
その小さな口を手で押さえ込む。
手についた血がべったりとその肌を汚す。
リリーは目を白黒とさせていたが、やがてその表情が恐怖に染まった。
「……はは、だめじゃないかリリーちゃん。荷馬車の後ろで待っててくれって言ったろう?」
「……!」
……そう彼女に言う自分の声は、自分でも信じられないほど白々しく、そして上擦っていた。
恐怖によるものか、リリーは抵抗する様子もなく、自分のことを見つめている。
リリーの口が、モゴモゴと動くような感触がする。
「……どうして、って?」
恐らく、そんな事が言いたいのだろう。そう予想を立てる。
……その後のリリーの反応からして、恐らくそれは正しいのだろう。
……どうして。どうして、か……
考え込んでいたその時、ふとある言葉が脳裏に浮かんできた。
「……リリーちゃん、知ってるかい?人は皆、獣なんだぜ」
そう言う自分の表情は、引き攣ったような作り笑いを浮かべていたように思う。
……さて、この様子だとリリーは適度に脅せばあの事は黙っていてくれるだろう。
そうすれば、つい先程までの関係に戻れる。
くだらない事で笑い合い、遊んでいられる。そんな関係に……
「……どういう事?」
その時、そんな敵意と、戸惑いを帯びた声が辺りに響いた。
________________________
……ヘムウィックの墓地街に行ったはいいものの、そのどこに行けばカインハーストへ辿り着くかわからない。
一通り墓の立ち並ぶ不気味なそこを歩き回ってみてセリカはそう結論を出した。
だから先輩に行く先を聞こうとしたものの、夢の中にはいなかった。その為オドン教会へ戻ってきたのだが……それは正解だったかもしれない
セリカはそう思いながら正面にシンシアリティを構える。
目の前には、リリーの口元を押さえる包帯頭の男。
そして、リリーの表情は恐怖に染まっている……明らかにただ事ではない。
「あんた、どうして……!」
「お姉さんっ!!」
その時、セリカの姿に驚いたのか、男の拘束がゆるんだ。
その隙をついて脱出したリリーが、セリカの懐に飛び込んできた。
「お姉さん、あのっ、おじさんが、ひ、人を……人を食べてて……!」
「……本当、なのね?」
……確かに、ここに来たとき偏屈な男は戻っておらず、
更にはアデーラもいなくなっていた。そのことが示すに……
リリーの嗚咽混じりの言葉を聞いたセリカは、ゆっくりと、しかし敵意を込めて包帯頭の男にそう尋ねる。
……しばらくの間、その場をリリーの小さく泣く声だけが満たす。
……先に動いたのは包帯頭の男の方だった。
「……はは、うまい具合に隠せていたと思ってたんだけどな」
そう、軽く言って肩を竦めた。
その動作にセリカの表情が険しくなる。
シンシアリティの銃口が、その頭部に向けられる。
「……リリーちゃん、隠れてて」
「ぐすっ……ぅん、お姉さん、気をつけて……」
セリカの指示を受けて、リリーはそう言い残して教会に駆け込む。
……この場に残るのは、セリカと包帯頭の男のみになった。
「……どうして2人を殺したの?」
セリカが短く男にそう問いかける。
それと同じように、男の返す言葉も簡潔だった。
「……あんたを悪く言ったり、敵意を向けたりする奴が許せなかった。それだけさ」
「本当にそれだけなら殺したり、ましてや食べる必要はなかった……!」
けれど、男の言葉に被せるようにセリカがそう言う。
……男は黙り込んだ。その表情に影が落ちる。
そしてその末、ぽつりと、話し始めた。
「……なあ、人肉の味って知ってるか?」
「そんなの知りたくもない」
セリカは唐突に告げられたその言葉を、一息に拒絶した。
しかし、男は気にせずその言葉を続ける。
「筋張ってて、家畜に比べて食えることなんてほとんどない。おまけに味だって正直いいもんじゃない。
でもな、その血肉を呑み下した時に、その血を啜った時に、自分の奥底にある渇望が堪らなく満たされるんだ……
俺は、そういう風になっちまった」
「……いったい、何を……?」
……男の言葉に、諦観と、並々ならぬ薄暗い感情が籠もってゆく。
そして、セリカが想像していたのと全く違う言の葉……
思わず、彼女はそう聞き返した。
それに対し、男はフッと諦めたように、何かを堪えるように、笑った。
「……セリカ、あんたにはわからないだろうさ。
ゴミクズみたいな学者の興味本位の実験のせいで、今まで食ってたもんはぱさついた何かにしか感じなくなって、人を喰う以外できなくなった。
中途半端な獣になった俺の気持ちなんかな」
「……!」
セリカのシンシアリティを構える腕が、僅かに揺れた。
それと同じように、彼女の表情も揺れる。決意が、揺れる。
そんな彼女を、包帯頭の男はじっと見据えた。
包帯の奥に隠れて見えない瞳には、彼女とは対照的な冷たい決意が宿っていた。
「それで、あんたも俺を狩るんだろ?
俺は獣だからな。市井に紛れて人を喰らう、恐ろしい獣だから……」
「うるさいっ!!!」
男の言葉を、セリカの怒声がかき消した。
突然発せられたその声に、男が窮する。
「わかんないわよ!あなたがどんな気持ちで今まで生きてきたかなんて、私にわかるわけないじゃない……!」
先程までこらえていた感情が、一気に溢れ出す。
男はその濁流のような言葉を、止めることもできず、
ただ、聞いているばかりだった。
「……えぇ、そうよ、私は狩人。ここにいる皆を守らないといけない。
だから、あなたの存在は認められない、認めるわけには行かない……
でも、さっきまで一緒に過ごして、笑い合っていた
私には、できない……」
セリカは未だ、シンシアリティの銃口を向けている。
しかし、その照準は震える手と、涙に霞む視界で一切定まっていなかった。
「出て行って。今、すぐに……!」
セリカはそう、強い口調で言い放った。
……その言葉を、包帯頭の男はどこか呆然とした様子で聞いていた。
またしばらく、両者の間に沈黙が流れる。
そして、やはり最初に言葉を発したのは包帯頭の男だった、
「……1ついいか?あんたは、俺が何に見える?」
「いい加減にして、早くいかないと、次は本当に撃つからっ!!」
男の問いにセリカが答えることはなかった。
けれど、男にとっては、その反応で、狩人でありながら非情になり切れない少女が
自分をどう思っているか知るには十分だった。
男は微かに笑った。そこにはもう、薄暗い感情は残っていなかった。
「……わかったよ。俺も死ぬのはごめんだからね」
軽く、おどけたようにそう言うと、男はセリカに背を向けた。
そして、聖堂街へと続く階段へと歩き出す。
一度だけ、包帯頭の男はセリカの方へと片手を上げた。
返事は期待していないのだろう、その身体が振り向くことはない。
セリカは暗闇に消えつつあるその後ろ姿にずっと、銃口を向けていた。
____________________________________
「……これでよかった」
月明かりの聖堂街の中を男は進む。行くあてもなく、彷徨うように進む。
その途中で、ぽつりとそう呟いた。
そう、これでよかったのだ。
結局、あそこで自分が住民2人を食い殺したのは
ただの偽善と自分の渇望が一致したからにすぎず、
言ってしまえばただの言い訳以上の何物でもない。
きっと、あのままバレなかったとしても、バレ続けなかったとしても。
いつかは同じように言い訳を重ねて、あの少女達に手をかけていた。
自分をひと時の間、[人]へと戻してくれたあの少女達を、
自分を最後まで[人]として見ていたあの少女を……
だから、これでよかったのだ。
「さて、これからどうしたものか……」
ぽつりと、また一つ呟いてみる。
……いつもなら、そう呟いたところで何も思いつかなかったであろう。
けれど、この時は、不思議とある言葉が頭をよぎった。
[そういえば、あなたは何か食べたいものとかなかったの?一つぐらいはあるでしょ]
セリカがまるでこの場にいるかのように、正確にその声が聞こえてくる。
……正直、あの時の回答は話の中にあった単語を適当に2つあげただけで、
大した意味はなかった。
けれど、その中で[ラーメン]という単語だけが不思議と頭の中に残っていた。
「……ラーメンか」
……一度、ヤーナムの外に出てみるのもいいかもしれない。
世界はこんなにも広いのだ。
1つ、1つぐらい、まともにおいしいと感じる食べ物があってもいいではないか。
それが見つかれば、またあのひと時のように……
パァン
「がっ!?」
瞬間、肩に激痛が走る。
男は一瞬つんのめったものの、
すぐに獣のごとき動きで体勢を立て直すと銃弾が飛んできた方向へ構える。
「認めよう、私の失態だった。
君の正体を見抜けなかったために、悲劇を生んでしまった」
老いた、それでいて芯のこもった声が聞こえてくる。
正面にいるのは、狩人の狩装束に身を包んだ、一人の狩人。
殺気立つ男に、狩人はただ淡々と告げる。
「念のため言っておくが、セリカはこのことを知らぬよ。
これはあくまで、私の罪滅ぼしのようなものだ」
「……そんなこと、わかってるさ」
身をやつした男は、その言葉に低く返答した。
その間にも、辺りの状態を探る。
……自分は手負いの身、そして目の前の狩人を撒けそうな逃げ道もない。
「そうか。わかっているなら、これ以上の問答は不要だな」
狩人はそう言うと、男に向けてノコギリ鉈を構える。
獣をただひたすらに、効率よく狩ることのみを目的とした仕掛け武器が、
男に向けられる。
彼はそれを少しの間じっと見ていたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……なあ、あんた。俺が何に見える?」
身をやつした男はそう、短く狩人に問いかけた。
その問いを聞いた狩人は、表情を変えず、ただ淡々とそれに返答した。
「君は獣だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そうか」
身をやつした男は、短くそう答えた。
……その表情が、段々と薄暗い笑みに歪んでゆく。
「……はは、そうか……そうか、はは、ははははっ!!」
男は笑った、ただひたすらに、月明かりの下で笑い続けた。
そして、不意にその笑い声が止む。
「獣、獣だと……?あんたに何がわかる……!!」
次の瞬間、男の身体が光に包まれたかと思うと、その身体が何倍にも膨れ上がる。
全身が青黒い毛におおわれ、その身体を雷光が包む。
爛々と光る深紅の瞳が、狩人を射抜く。
「狩人など、お前の方が血塗れだろうがっっ!!!!!」
静まり返った聖堂街に、一人の獣の慟哭が響いた。
____________________________________
……オドン教会。
ヤーナムでは珍しく、明るい声に満たされていたその場所に、今はそれ聞こえない。
その入り口では、2人の少女がともに座り込み、俯いていた。
緊張の糸がほどけたのだろう。
一通り泣いて、眠ってしまったリリーをセリカはゆっくりと撫でる。
「……あはは。私、狩人失格だな」
自嘲するように、セリカはそう呟いた。
市民を守れなかった。
リリーも、もしかすればその1人になっていたかもしれない。
……それに、あのときの最善は、きっとあの男を狩ることだった。
けれど、セリカは結局それをすることはできなかった。
きっと、そのせいでまた誰かが犠牲になるというのに。
自分の甘さが、そうさせてしまった。
……けれど、今もう一度同じ場面に立ったとしても、
きっと自分は同じ選択をするのだろう。
「……どうすれば、良かったのかな」
そう呟くセリカの目には、まだ涙の残滓が残っていた。
どうすれば。いったい、どうすれば……
……その時
「何か、辛いことでもあるのかい?」
「……え?」
背後から、急にそんな声が聞こえた。
セリカはリリーを起こさないように慎重に、振り返る。
そこには、あの狂ってしまった老婆が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
老婆はもう一度、セリカに話しかける。
「ほら、恥ずかしがらずに言ってごらんなさい。
おばあちゃんがきっと何とかしてあげるからね」
「……あ」
……普段のセリカなら、その申し出をやんわりと断っていただろう。
けれど、この時ばかりは、セリカの心はあまりにも疲弊していた。
悩みぬいた末、セリカは老婆に恐る恐る返答する。
「……辛い、ことがあるの。もう、どうしたらいいのかわからなくて」
「そうかいそうかい。少し待っててね、私の可愛い孫や……」
その言葉に、老婆はうれしそうに返答すると、懐を探る。
……その姿にセリカは罪悪感を刺激されたものの、結局何も言うことができなかった。
老婆は懐を探った末、1つの小瓶を取り出した。
……その小瓶は、セリカも見覚えがあるものだった。
「……鎮静剤?」
「そうだよ。辛いことはみーんな、これを飲んで忘れてしまえばいいんだよ」
そう言うと、老婆はセリカの手の中にそっとそれを収めた。
薄汚れた小瓶の中では、濃縮され、どろりとした血がうごめいている。
その様子を一通り見つめた後、セリカはあの時と同じように蓋を取った。
「……」
凄まじい血の匂いがセリカの鼻腔をくすぐる。
あの時は、それが嫌で嫌でたまらなかった。
けれど、今はその匂いが心地よくすら感じる。
「……よし」
セリカは一呼吸置くと、その中身を一息に飲み干した。
鎮静剤
ビルゲンワース発祥の飲み薬、気を鎮める効果がある。
神秘の研究者にとって、気の狂いはありふれた症状であり
濃厚な人血の類は、そうした気の乱れを沈めてくれる。
それはやがて、血の医療へと繋がる萌芽であった。
また、とある少女の狩人はこの飲み薬を頻繁に用いる。
それは己に巣食う獣性を抑えるためであり
ただ単に酩酊による逃避をするためでもある。
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
やつし君はセリカの心に傷跡を残しつつ自分も曇って狩られました。
……心が痛い、だがそれがいい。
にしてもセリカちゃんはまだまだ狩人になり切れていない節があります。
そのせいで、だんだんだんだんと気づかない内に壊れていくんですね……かわいい。
次回は現代編、
ようやく現代編のセリカちゃんを本格的に曇らせる時期がやってまいりました。
次回、紫関ラーメン、爆散。