極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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高評価、コメント、ここすき、いいね、誤字報告ありがとうございます!

……書きたかった所の1つがようやく書けた。



side present 狩人、又は血に酔った狩人(3)

 

「……え?」

 

 

カヨコのその言葉が聞こえた時、

セリカの口からはそんな、呆けたような、掠れた声がこぼれていた。

 

[……ああ、便利屋にカヨコさんがいることをすっかり忘れてました。

のんきに雑談なんてしている場合ではありませんでしたか……]

 

……そして、アコのその言葉が聞こえた時、

セリカはそれの意味を完全に理解した。理解、してしまった。

最早、その後の会話のことも、周囲の状況が目まぐるしく変わっていることすらも、

セリカの意識にはなかった。

 

先生が、狙い?

こんな大部隊を率いて?

大将を傷つけたやつが?

 

……また、またなくなるの?

 

 

セリカの脳裏で、光景が瞬く。

青ざめた空が、血に濡れて、動かなくなった大切な人たちが。

……脳裏に焼き付いて離れない、彼女の精神を壊した悲劇が。

 

 

……ああ、何だ、そういうことか。

 

 

「……はは」

 

 

セリカは、小さく笑った。

 

 

わかってしまえば簡単だった。とても、とても単純なことだったのだ。

 

 

自分の中で、何かが壊れてゆく。

奥底に封じていたものが、それと同時に湧き出して、心を染め上げてゆく。

 

 

「あはは……はは、あははは、あははは……!」

 

 

壊れたように……いや、正しく壊れた笑いをセリカは上げた。

明らかに正常でない彼女の様子に、誰もがそちらに視線を向けた。

 

「"……セリ、カ?"」

 

先生から、掠れた、つぶやきにも似た声が零れる。

……しかし、今のセリカには、おそらく何を言ってもそれは届かなかっただろう。

彼女の表情が、歓喜と、そして憎悪が、

ぐちゃぐちゃに入り混じった笑みが浮かぶ。

 

 

「あはは……いた、いた……ここにもいた」

 

 

漸く、セリカが言葉らしい言葉を発した。

けれど、それはどこか調子が外れていて、狂っていた。

 

 

「……獣が、私から全部を奪っていった獣が……!!」

 

 

カチンッ!!

 

 

火花が飛び散り、刀身が折りたたまれていた

レイテルパラッシュが本来の直剣としての姿を取り戻す。

そして、セリカは慣れた手つきで懐から丸薬を取り出すと、

それを一息にかみ砕く。

その蕩けた瞳はただ、

最早純粋とすら言える憎悪と、狂気をたたえて爛々と輝いていた。

 

 

……狩り殺す。あの夜と変わらず、いつも通りに、確実に息の根を止める。

 

 

「……狩りを知りなさい」

 

 

ただ、ポツリとセリカはそう言った。

その身体から、凄まじい殺気があふれだす。

 

 

[っ!?総員、戦闘態勢!!]

 

 

通信越しでその異質を感じ取ったのか、

アコはほとんど反射的に自分のホログラムを部隊の後方へと転移させると

先程展開した追加の部隊に指示を飛ばす。

それとセリカが駆け出すのはほぼ同時だった。

まず、近場で彼女に銃を向けていた一人が首元に強烈な刺突を受けて昏倒。

その気迫に怯えて飛びのいた委員を完全に無視し、

セリカは単身、陣形を敷く敵部隊に向けて駆けだした。

 

「セリカちゃんっ!!!」

「セリカ、待って……!!」

 

我に返った仲間達からの呼びかけにも、セリカは応じることはない。

ただ、正面のみを見つめて突き進む。

 

[……何かと思えば安直な突撃とは。第3、第4小隊は攻撃を開始してください]

 

瞬間、大量の弾幕が彼女に向けて降り注ぐ。

それをセリカはステップによる回避を織り交ぜながら急接近するが

それでも被弾は避けられない。

 

「……」

 

けれど、セリカはそれを意にも介さず前進し続ける。

そして、そのまま左手のシンシアリティを連射した。

幾人かは物陰に隠れたものの、幾人かは水銀弾に被弾した。

着弾箇所が出血し、刺すような痛みをもたらす。

……なんにせよ、その影響で空いた陣形の穴に、セリカは身を滑り込ませた。

不幸にもその凶刃の餌食に最初になったのは、

痛みをこらえてうずくまっていた1人の少女だった。

 

「え、ちょ」

 

瞬間、セリカの全力疾走による強烈な加速を載せた刺突が、彼女を襲う。

その肩口から、ぱっと赤が飛び散った。

少女の口から悲鳴がこぼれるも、

セリカはその結果を確認する時間も惜しいと

次の敵に向けてレイテルパラッシュを薙ぎ払う。

また一つ、苦悶の声が上がった。

 

「も、目標がこちらの懐に……!早く攻撃を!」

「無理だ!!あの位置だと味方にあたる」

「その味方が次々にやられてるんだぞっ!?」

 

風紀委員達は今まで戦ったこともない異質な相手に混乱し、攻撃の勢いが弱まる。

その間にもセリカは1人、また1人と獲物を狩ってゆく。

 

「あ、当たらない!?」

「とにかく撃て!!あいつおかしいよっ!?追いつかれたら、こ、殺される……!」

 

 

「邪魔、邪魔、邪魔……!」

 

 

セリカは進行方向にいる

恐怖で身体がすくんで動けなくなっている少女を蹴り倒すと、

そのままこちらに銃口を向けている少女に対して

変形させて銃口をあらわにしたレイテルパラッシュの先端を向ける……が、

 

 

カチッカチッカチッカチッ

 

 

いくら引き金を引いてもそこから弾丸が排出されない。

……弾切れだ。

 

「あ、あいつ弾切れ起こしたみたいだ」

「今のうちに制圧を!!」

 

その隙を見逃すまいと、セリカに周囲から総攻撃が加えられる。

セリカは小さく舌打ちをすると、

その弾幕を縫うように避けながら懐から古びたシリンジを取り出した。

そして、それを自分の太ももに突き立てる。

 

「っ、セリカはどこ!?」

「見つけた!バイトちゃんあっちにい……る」

 

そのピストンを引けば、自分の深紅の血液が並々と容器の中に満たされる。

セリカはそれを引き抜く否やレイテルパラッシュの薬室にそれを送り込んだ。

 

「え……?自分の血を?」

「な、何をして」

 

セリカの奇妙で、余りにも現実からかけ離れた異様な光景に絶句する。

しかし、その一瞬の隙が致命的だった。

再び敵に銃口をセリカは向けると、引き金を引いた。

 

 

ダァン!!

 

 

心地よい発砲音と共に、鮮血の弾丸が飛跳する。

それが相手の銃を握る手を貫いた。

 

「いたっ!?」

 

その僅かな隙にセリカは駆け寄ると、

そのまま1人、2人、3人と瞬く間に意識を刈り取ってゆく。

一先ず周囲の敵を掃討したセリカは、

自分に輸血液を打ち込むと再び駆け出した。

 

「セリカちゃんっ!!お願い、止まって、お願いだから……!!」

 

その時、セリカの周囲を取り囲むように遮蔽物から飛び出してきた

風紀委員の部隊が展開した。

周囲から一斉に、無数の銃口が彼女に向けられる。……奇襲だ。

 

「この距離なら……!」

「いっけえ!!」

 

フレンドリーファイアしないよう計算された、周囲からの一斉攻撃。

無数の弾丸に撃たれたセリカの身体が僅かによろめく。

 

 

「……!!」

 

 

その時、ほとんど反射的にセリカはあるものを懐から取り出していた。

……それは、小さく筋張った黒い獣の手。

セリカはそれに、己の血液を触媒として神秘を込める。

彼女の身体に、忌まわしい何者かの力が流れ込む。

セリカは大きく息を吸い込むと同時、自分に秘められた獣性を爆発させた。

 

 

「ゴアァアアァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

瞬間、少女の口から発せられたとは到底思えないつんざくような咆哮が、

周囲のすべてを吹き飛ばした。

 

……獣の咆哮。

 

背教者イジーの手になる禁じられた狩り道具の1つ 。

忌まわしい不死の黒獣、その力をごく一時的に借りる触媒であり、

圧を持った獣の咆哮により、周囲のものを弾き飛ばす。

つんざくその悲鳴は、しかし使用者の声帯が出しているものだ。

人の内に、いったい何者が潜むのだろうか。

 

 

「……ふー」

 

 

セリカは絶叫の反動に息をつくのも一瞬、

倒れ伏した少女の1人に近寄るとレイテルパラッシュを逆手に持ち、

それを大きく振り上げ、振り下ろした。

 

……ひとつ

 

次にセリカは、よろめきながら起き上がろうとした別の少女に

レイテルパラッシュに残った血の弾丸をありったけ浴びせる。

 

……ふたつ

 

その奥の少女に向けてセリカはステップすると、

起き上がったところを押し倒し、レイテルパラッシュで刺突する。

 

……みっつ

 

 

「や、やめ、来ないでっ!!!」

 

 

瞬間、セリカに向けて背後から、少女が銃床を思いっきり振り下ろした。

……が、セリカはその少女の背後に回り込むように受け身をとる。

 

「あっ!?」

 

恐怖によるものか、全身の力を使ってそれを行った少女は

次の行動に移るまでの時間が致命的に遅れた。

その間に相手の背後をとったセリカは、

レイテルパラッシュを腰溜めし、全力でそれを撃ち出した。

 

血が飛び散る。

 

体勢が大きく崩れた少女に向けて、セリカは半歩近づく。

その右手に、レイテルパラッシュが溶け込む。

そして……

 

 

「……ごめん!」

 

 

瞬間、セリカが貫手を繰り出す寸前で辺り一帯を迫撃砲の砲火が薙ぎ払った。

セリカはその爆撃に吹き飛ばされ、

態勢を立て直そうとしたところに一発、

起き上がろうとしたところに一発の榴弾が直撃する。

……いくらキヴォトスの人間といえど、

並大抵であれば確実に意識が刈り取られ、

ともすれば重傷を負ってもおかしくないダメージ量だ。

 

「や、やった!当たったぞ!」

「み、味方を巻き込んだのはあれだけど……それでもやっと……!」

 

そんな声が、ゲヘナの砲撃陣から聞こえてくる。

……が、然程時間を置かず、アスファルトの破片が飛び散るそこから

セリカはゆっくりと起き上がっていた。

頭から血を流し、直撃を受けた左腕が奇妙に捻れている。

けれど、その瞳だけは尚、殺意を失わず爛々と輝いていた。

 

「……嘘、まだ動けるの?」

「で、でもダメージはかなり入ってる。もう一度、」

 

セリカは懐から輸血液を取り出すと、

鈍色に光る針の先端を突き立てる。

……その瓶を投げ捨てた頃には、あったはずの傷の一切は無くなっていた。

 

「……え?」

 

瞬間、前傾姿勢をとったセリカがそこに向けて駆け出す。

 

「え、は?」

「いつまで呆けてる!早く次の砲撃を……」

「だめ、射角はそんなすぐには……」

 

……その混乱が収まらぬ内に、全ては手遅れになっていた。

 

________________________

 

[第1小隊壊滅、第3小隊通信途絶!!]

[こちら第2小隊継戦困難、撤退を……きゃあっ!?]

[ぅう……痛い、いたいよ……誰か]

[行政官、チナツです!便利屋と他のアビドスの生徒が停戦と協力の要請を……]

[はぁ、はぁっ!!第2小隊です!!一刻も早く増援を、このままだと……!!]

 

[……何かの冗談ですか、これは]

 

アコの通信に、次々とそんな報告が飛び込んでくる。

……10分、たったの10分だ。

5人、それに加えて精々便利屋68。

それに対応するには過剰ともいえる戦力を投入した。

それも全ては、シャーレの先生と呼ばれる存在に対抗するためだ。

……それが、どうだ。

たった1人、たった1人の生徒に何もできぬまま蹂躙され、次々と狩り取られてゆく。

相手の攻撃はともすれば死人が出かねないほど強力で、

戦闘能力は多対一で戦闘しようとも決して覆ることはなく、

尚且つダメージは謎の薬液で冗談のような速度で回復される。

 

 

……イレギュラー(想定外の変数)

 

 

通信を通じて現場にいるだけのはずなのに、

ふと思い浮かんだその言葉がアコの身を感じたこともないような恐怖で焼く。

 

[……全部隊即時停戦!安全確保を最優先に一刻も早い撤退を、撤退ルートはこちらで算出し]

 

アコが鋭く通信にそう呼びかけようとした次の瞬間、

 

 

「ゴアァアアァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

幾度となく聞こえてきた咆哮がアコの耳朶を打ち、その言葉を掻き消した。

音圧の余りノイズキャンセリングがかかっているものの、

その音は確実に、彼女の近くまで近づいていた。

 

「……見つけた」

 

……底冷えするような、明確な声がアコに届く。

カメラ越しに正面を見れば、直剣を構えた化け物がコツコツとこちらに歩み寄ってきていた。

その太ももは幾度となく血を抜き出したためか、

いくつかの痛々しい刺突痕と、そこから流れ出した大量の血が白い肌を濡らしていた。

 

[なっ……いつの間に]

「死ね」

 

次の瞬間、セリカが凄まじい速度で踏み込んできたかと思うと、

レイテルパラッシュをアコの首筋に向けて突き出した。

 

[ひっ!?]

 

その迫力に、明確に迫る死の気配にアコは短い悲鳴をあげて目を閉じた。

……が、いつまでたっても痛みが襲ってくることはない。

恐る恐る目を開くと、目の前でセリカが、

アコのホログラムを貫こうとして失敗し、わけもわからず首を傾げていた。

そうだ、自分はこの場にいるわけではないのだ。

……いつの間に忘れてしまっていたのだろう。

 

[は、はぁ……し、心配して損しましたね]

「……忘れてた。別にカインハーストの亡霊じゃない」

 

その事にほっと息をつくアコ。

その時、セリカも何故アコにダメージが入らないか気がついたのか小さくそう呟くと、

レイテルパラッシュを背中にかける。

……そして、そのかわりに懐から何かを取り出した。

 

[……え?]

 

それは、頭頂部が大きく砕けた頭蓋骨だった。

レプリカと言うにはそれは余りにも精巧で、

何より不気味な緑の光を亀裂の奥から放っていた。

その異様な物体に、アコは短く悲鳴を漏らす。

 

[な、何ですか……!それで私を脅かすつもりで……]

 

けれど、アコの言葉にセリカは答えない。

ただ、何も言わず彼女の耳元にそれを近づけると、片手で割砕いた。

瞬間、

 

 

[あっ]

 

 

アコの鼓膜……いや、脳の奥そのものに、奇妙な響きが響いた。

理解できぬ、いや、理解そのものを拒むような、わけもわからぬ触れ狂った智慧が彼女の精神を犯した。

 

[あ、ぁあああっ、あぁああ!?]

 

蹲り、脳の奥から響く激痛にアコは絶叫した。

 

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

 

脳そのものが直接変質してゆく激痛に彼女は悶え苦しんだ。

 

「……へぇ、獣にも狂人の智慧は毒なのね。いいことを知れた」

[はぁ……はぁ……う、うう、うぅ……]

 

苦しむ彼女を見て、セリカは笑った。とても、とても楽しそうに。

 

「……でも、完全に壊すには少し足りない」

[……え?]

 

今、目の前の少女は何と言った?……足りない?

たった1回でこれだけ苦しいと言うのに、まだ足りない?

呆然とするアコに向けてしゃがみ込むと、

セリカは両手いっぱいにどこからともなく取り出した頭蓋骨を持った。

……先ほどのものよりも尚恐ろしい、悍ましい光を放つ頭蓋骨を。

 

「ふふ、さぁ……上位者の叡智をあなたに授けましょう。

触れるだけで人を壊す、大いなる者の叡智を」

 

そう歌うように呟くセリカの表情は、とても、とても歪な笑顔に歪んでいた。

……ダメだ。

あれを全部……いや、1つでも知ってしまったら自分は確実に壊れてしまう。

 

[ま、待って、ください。そんなことされたら、私、私……!]

 

通信を今すぐに切りたい。

けれど、先ほどの激痛のせいで全く身体が動かない。

それに対し、セリカは言う。

 

「……啓蒙って、集めるのが面倒なの。感謝しなさい。

貴重なこれをあなたのために使ってあげるんだから」

 

セリカはそう言うと、アコの耳元で一息にそれを……

 

 

轟音

 

 

砕く寸前で、その手が大口径の弾丸で弾かれた。

頭蓋骨がその反動で散らばり、あちらこちらにカラカラと音を立てて転がる。

 

「あ、危ない……なんとか、間に合った」

「ありがとう、アル」

 

弾丸を放ったのは荒く息をつくアル。

そんな彼女に短く礼を言うと、

シロコは急いで固まったように動かなくなったセリカに駆け寄ると、その身体を抱きしめるように拘束した。

 

「セリカ、もうやめて。これ以上は本当に取り返しがつかなくなる」

 

静かに、言い聞かせるように。

自分に返り血がつくことも厭わずシロコがそう呼びかける。

その言葉を聞いて、セリカはゆるゆると顔を動かした。

見開かれた蕩けた瞳が、シロコのことを見る。

 

「……どうして?」

 

とても、とても不思議そうに、

何処か調子の外れた声でセリカが言った。

その言葉にシロコは息を飲む。

 

「どうして獣を狩っちゃいけないの?[先輩]」

 

……先輩、セリカは確かにそう言った。

けれど、その言葉は何故か、誰でもない。

別の誰かを指しているようにシロコには聞こえた。

 

「獣を狩り、夜明けを目指すのが私達狩人の使命。

そう言ったのは、先輩……でしょ?」

「……何を言ってるの?正気に戻って、セリカ……!」

 

肩を揺らし、必死にシロコがそう呼びかける。

……しかし、

 

「……変な先輩。ひょっとして、私みたいに血に呑まれた?」

 

セリカはそう言って歪に、少し寂しそうに笑うと、アコに向き直った。

その手が、偶々近くに転がっていた上位者の叡智へと伸びる。

そのことに気がついたシロコが、その手を慌てて掴む。

けれど、恐ろしい力で動かされるその手は一切揺らぐことはない。

 

「っ!!う、ぐぐっ……!」

「ちょっとセリカ待ちなさい!!何が何だかわかんないけど、

そんなことしたら、あなた人殺しになっちゃうのよっ!!」

 

その様子を見て慌てて駆け寄ってきたアルがシロコに加勢してその頭蓋骨を取り上げる。

その言葉を聞いて、やはりセリカは不思議そうに言った。

 

「今更?」

「……え?」

 

アルの口から、そんな呆けた声が溢れた。

理解、できなかった。

だって、その言葉が正しければ、目の前の少女は既に……

その時、

 

「セリカちゃんっ!!」

 

何者かが、彼女の背後に抱きついた。……アヤネだ。

それにセリカが反応するよりも早く、

その耳元に彼女は言葉を吹き込む。

 

「何もわからないけど、ここには獣なんていないよ、いないんだよ?

……だから、だからお願い。いつものセリカちゃんに戻って」

「……あ、え?」

 

……それは、願いにも似た、掠れた呼びかけでしかなかった。

けれど、その言葉でセリカの表情が変わる。

少女は力無く立ち上がると、ゆるゆると辺りを見渡した。

幻覚が消え、確かな景色が彼女に飛び込む。

 

負傷した風紀委員会の少女が、気絶した仲間を必死で介抱している。チナツがあちらこちらを駆け回っている。

辺り一帯は破壊と、何者かの血痕が点々と続いている。

自分を不安気に見つめるシロコ、アヤネ、アル。

そして、足元を見れば、今の今まで獣にしか見えていなかった……少女。

 

……ゆっくり、ゆっくりとその事実を、

我を忘れた自分が行ったことを理解してゆく。セリカの瞳が恐怖で揺れ始める。

 

「ぁ、あ、あ……!」

「……セリカ、ちゃん?どうしたの、大丈夫?」

 

背後からかかったその言葉に、セリカは振り返った。

見られた。知られた。

隠しておきたかった、その全てを。

 

知って欲しくなかった、秘密を。

 

 

「来ないでっ!!」

 

 

アヤネの言葉に返ってきたのは、先ほどの様子とは打って変わって、恐怖に震える少女の悲鳴だった。

セリカはそのまま、わけもわからぬままその場から逃げ出した。

 

「待って、セリカちゃん……!セリカちゃんっ!!」

「"セリカ!?ちょ、ちょっと待って!!"」

 

背後から声が聞こえる。

正面からも声が聞こえる。

セリカは漸く追いついてきた先生の脇を一瞬ですり抜けると、

何度も、何度も躓きながらがむしゃらに走り続ける。

 

何も見えないようにぎゅっと目を閉じて、

 

何も聞こえないようにぐっと耳を押さえつけて、 

 

ただ、走り続ける。

 

「何も知らない……何も見てない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない…!」

 

悲鳴のような声を発しながら。

セリカの後ろ姿は砂煙の立ち込めるアビドスの街に消えて行った。

 




どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

……まあ、あんなことをされたら誰だってキレます。
ただ、キレたのが一番キレさせちゃいけなかった人ってだけで。
その結果、風紀委員会は多大な損害を被り、
仲間たちはセリカの根本的な異常性を目の当たりにし、
そして、セリカはずっと秘していた秘密を知られてしまいました。
……誰も幸せにはなりません。

さて、次回は残された対策委員会の視点で戦闘の後処理の後、
何処かに逃げてしまったセリカを探す回になります。
今のセリカが知る、誰にも見つかることのない、秘密の場所……

さて、どこでしょうね。

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