……テスト期間でかなり長引いてました。
これで現代編は一区切りです。短編もあるよ。
セイアちゃん編第3話、更新されてるので是非是非
どれほどの時間が経っただろうか。
時間がわからぬこの世界では、
ともすれば先程のことは一瞬、はたまた永劫に近いことだったかもしれない。
……いつの間にかセリカの泣く声は止んでいた。
「……みんな、ありがと。もう大丈夫」
静かで、落ち着いた声が聞こえた。
シロコが、ノノミが、ホシノが……順番に、ゆっくりとセリカから手を放す。
……けれど、アヤネだけはセリカを抱きしめたままだった。
「……アヤネちゃん?」
「……手を離した瞬間に、何処かに行ったりしない?」
ポツリと。
そんなアヤネの声がセリカの耳朶を打つ。
その言葉にセリカは少し驚いたようだったが、
やがて彼女を安心させるようにそっと微笑んだ。
「大丈夫、何処へも行ったりしない」
……今は、まだ。
そんな心内を隠したまま、セリカはそう言った。
……そう言われて尚、
しばらくの間、アヤネはセリカから離れなかったものの、
やがてその腕をゆっくりと解いた。
そうして改めて、2人は面と向かって向き合う。
……アヤネの首筋にできた赤い線からは、今も微かに血が溢れている。
その傷に、セリカはそっと手を伸ばした。
表情が、翳りを帯びる。
「……ごめんね」
「ううん、気にしないで。
これだけでセリカちゃんを助けられたなら安いものだよ」
そう言って、アヤネはセリカに笑いかけた。
そんな彼女の様子にセリカは一瞬、表情を落とす。
……その時、
背後で彼女らの様子を見守っていた先生のことが目に入ったようだ。
「……先生、いたんだ」
「"まあね……さっきのことに私が口を挟むのもな、
って思ってたからずっと見てたんだ"」
「そんなこと言いながら先生、
セリカが本当に間違えたりしないようにずっと警戒してくれてた」
「"うっ、それはその……"」
シロコからの指摘に気不味そうな表情になる先生。
そんな彼女に、しかしセリカは特に気を悪くする様子もなく、
寧ろ安心したように笑った。
「……ふふ、ありがと先生」
「"……セリカ"」
……まるで、万が一の可能性の中にその必要があった、
とでも言うべきセリカの言葉。それに、先生は言い淀んだ。
場を、何とも言えない静寂が支配する。
「……まぁまぁ、これでとりあえずは一件落着ということで!
それじゃあ早速アビドスに帰りましょうか☆」
その陰鬱を打ち払うように、ノノミが明るくそう告げた。
その言葉に、先生達の表情が少し明るさを取り戻す。
……そう、セリカも見つかった。
彼女を励ますこともできた。
だから、これでこの話はおしまいなのだ。
そして……
「残念だけど、それはまだ」
その言葉を、セリカが打ち消した。
何処か、暗いその言葉に思わず少女達、そして先生の動きが固まる中、セリカは淡々と告げる。
「……本来、みんながここに入ってこられるわけが無いの。
いくら使者達と仲が良かったとしても、その結果は変わらない。だって、あの時以来、新たな人が狩人の夢に迷い込まないよう
[先輩]がそれを完全に閉ざしたから」
「セリカ、ちゃん……?」
セリカの口から、わけのわからない言葉が紡がれる。
その言葉を、止めることもできずただ、呆然の彼女を見つめる。
「……それでも尚、みんなは狩人の夢に来れた。だったら、答えは1つ」
セリカは、一度そこで言葉を区切ると、教会へと続く道へ視線を向けた。
「いるんでしょ?[先輩]」
「……ソノ様子ダト、モウ大丈夫ソウダナ。セリカ」
瞬間、先生らの身体を、得も言えぬ悪寒が駆け抜けた。
……セリカの見る方向に、[何か]がいる。
理解してはならぬ、人の身に余る何者かが。
その僅かな言の葉を聞くだけで、気を抜けば発狂してしまいそうだ。
その時、明らかに様子のおかしい仲間達の様子を見たセリカがもう一度[何か]がいる方向に鋭い視線……
と言うか殺気とレイテルパラッシュの銃口を向けた。
「[先輩]……!!」
その剣幕に、僅かに何者かが怯む。
そして、しばらくの静寂……
「……すまない。近頃、人の言葉をめっきり使わなくなったせいで調音をし損ねた」
……もう一度、声が聞こえた。
けれど、その深みのある老いた男性の声には、もう先程の不快感はなかった。
けれど、セリカがそれに対して向ける視線は、尚厳しい。
「万一のことがあったら[し損ねた]、じゃ済まされないんだけど」
「……それについては善処する」
その声の主は、申し訳なさそうにそう言った。
悪寒が止み、先輩達は恐る恐るそちらの方に視線を向ける。
そこには……
「……っ」
それは、辛うじて人形を保った何かだった。
異様に高い背を覆う黒いコート……それぐらいしか人らしい部分はなく、
腕は異様なほど長く、その手は大きい。
また、そのコートの袖から露出したその人ならざる腕を、
黒い革手袋で、すっぽりと覆っていた。
頭には金色の三角形の被り物を被っており、その顔は伺い知れない。
そして、その身体からは今尚、幾分か和らいでいるとは言えあの、得体のしれない気配が漂っていた。
……[先輩]
セリカにそう呼ばれた存在は、
こちらを恐怖に染まった目で見つめる少女達を一度だけ見回すと、
先生の方に視線を合わせた。
「……確か、君は先生と呼ばれていたな」
「"え、ぁ……は、はい。そう、ですけど……"」
突然話しかけられ、慌ててそう答える先生。
そんな彼女に、それは静かに言葉を紡ぐ。
「このような姿で会うことになった非礼、許して欲しい。
しかし、君たちを守る為に必要不可欠なことなのだ」
ただ、そうとだけ告げると、[先輩]は先生の返答を待たず背を向けた。
「ここでは落ち着いて話せまい。そこの工房の中で話そう」
「……突然現れて、貴方はなんなの?それに、セリカの先輩って……」
そんな[先輩]に、シロコが鋭い声を向ける。
……けれど、何処かその言葉は震えているようだった。
教会……基、工房へと向かおうとしていたその背が、ゆっくりと止まる。
「……名も知らぬ少女よ。それも含めて、話そう」
そう言うと、先輩は少しだけ振り返ると、セリカの方へと視線を向けた。
「セリカ、わかっているな?
秘密は開かれた、開かれてしまったのだ。
全てを秘匿していることは、もう不可能だと」
「……わかってる」
[先輩]の言葉に、セリカはただ、ポツリと答える。
その言葉を聞いた後、
それは今度こそ背を向けると、工房へと向かっていった。
その姿を先生達は呆然と見送った。
……その時、
「……ごめんね」
掠れた、声が聞こえた。
……セリカだ。
その言葉には、何処か諦めたような、そんな響きがあった。
「みんな、知るべきじゃなかったのに……ごめんね」
もう一度、静寂で包まれた庭園の中で声が響いた。
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「座り給え、遠慮は要らない」
工房の中に入ってきた少女らに、
既にその長い足を組んで座っていた[先輩]は
他の空いている椅子に彼女らも腰掛けるよう促した。
工房の中は暖かな木で形作られており、
静かで、何処か冷たくすらある庭園とは対称的だった。
……所々に置かれた謎の器具や、物々しい武器に目を瞑れば、だが。
「ほら、みんな座って、私にはこっちがあるから」
「"……それじゃあ遠慮なく"」
自分の車椅子をからからと持ってきたセリカにもそう促されたことで、先生達は漸く席に着いた。
小さい工房に無理矢理人数分の椅子と丸机を置いたためか、
少し狭苦しく感じる。
その、小さな丸机にはあらかじめ来客を予想していたためか、
簡素ではあるものの、何処か風情を感じさせる茶器が置かれており、
ティーポットと[先輩]とセリカを除いた人数分のカップからは既に湯気が立っている。
「訳有って姿を見せられないが、こちらの使用人が淹れてくれた普通の紅茶だ。
警戒する必要はない。生憎、茶菓子はないが許してくれ」
「"いえいえ、大丈夫ですよ。そこまでご丁寧にしていただかなくても"」
先生はあくまでそう言って、友好的に[先輩]に笑いかける。
そんな中、横ではシロコが真っ先にカップに手を取ると、
香りのたつ琥珀色の液体にそっと顔を近づけると、一口だけそれを飲んだ。
「……普通の紅茶だね。確かに、何か混ぜ込んでる様子はなさそう」
「ちょ、ちょっとシロコ先輩何言ってるんですか!?
すいませんうちの先輩が……」
未知の相手への警戒もあるのだろうが、
ドストレートに失礼な発言をかましたシロコをアヤネが慌ててたしなめる。
けれど、三角をかぶっているため表情こそ伺えないものの、
[先輩]がそれに気を悪くする様子はなかった。
「いや、構わない。誰であれ未知の相手には警戒し、慎重を期す。
ある意味で君の先輩は優れた人であると言える」
「……変な人」
……口調からして、褒めてはいるのだろう。
けれど、かなり奇妙な言い回しかつ、
どこか[警戒]の意味合いにかなりな齟齬があるような感じがして、
シロコはそう呟くと、改めて紅茶に口を付けた。
「……でも、この紅茶美味しいですね。
お高めの専門店でお出しされてもおかしくないほどの……」
「"え、そうなの?私は何となくおいしいな……としか"」
「うへ~、ノノミちゃんはこういうことに強いからね~。おじさんもさっぱりだよ」
ノノミの言葉を皮切りに、
少しずつ、少しずつ緊張がほぐれてきた様子の少女達を[先輩]は見つめたのち、
丁度会話が途切れたタイミングを見計らって声を掛けた。
「さて、そろそろ本題に入らせてもらおうかな」
「"あ、すいません。つい話し込んじゃって……"」
そう言って、申し訳なさそうにする先生だったが、
ふと気が付いたように顔を上げると、[先輩]に問いかける。
「"そういえば、お名前はなんて言うんですか?"」
「……名前?」
その言葉に、[先輩]はとても不思議そうな声を発した。
そして、深く、深く考え込む。
「名前、か……そういったものは私にはない。
通称のようなものならいくつもあるのだがな」
そう言うと、[先輩]はどこか遠くを見つめるように、虚空を見上げる。
「夢の主、月の魔物、青ざめた血、無貌の上位者、血の眷属、連盟……
彼女からよばれている者であれば、[先輩]か」
そう言って、そこで一度言葉を区切ると、
先輩は先生らに視線を戻した。
「だが、私という存在というものを最も的確に表すのならば、
これが一番良いだろう。獣狩り……即ち、[狩人]と」
「"……狩人"」
先輩……いや、狩人は、
自身を示し、そう名乗った。
狩人……獣を狩る人。
名はなく、ただ、狩人という役職の記号。
セリカも、あの時自身のことをそのように言っていた気がする。
その言葉は、どこか不気味ですらあった。
「また、君たちの友人たるセリカも狩人だ。
そしてここは狩人の夢。
君たちの元居た世界とは違う、狩人の住まう夢の中の隠れ家……
そして、ある意味永久の牢獄でもある。
セリカがここに囚われたのは、君たちの世界では丁度一月ほど前だったかな?」
先輩が、そう問いかけるように言葉を区切った。
1ヶ月……丁度、セリカが病院で昏睡していた時期と重なる。
ということは、セリカはその間ずっとこの場所で夢を見ていたのだろうか?
そして、狩人はこの場所を牢獄とも形容していた。
つまり1ヶ月経ち漸くセリカはこの場所から解放された……?
……けれど、疑問は残る。
「……でも、それだけだったらセリカちゃんが……
あんなに怖がるとは思えません」
先生らの疑問を代弁するかのようにアヤネがそう口にする。
その言葉に、狩人はゆっくりと頷いた。
「であろうな。ここは静かな休息地だ。
人の精神を破綻させるものではない」
「……じゃあ、それだったらセリカちゃんに」
何があったんですか、
そう強い口調で問いかけようとしたところで、アヤネの言葉が止まる。
……その視線に映るのは、車椅子に深く腰掛け、
どこか苦しそうな表情をしたセリカの姿があった。
ふと、彼女らの目が合う。
……先に視線を逸らしたのはセリカだった。
「……いいのアヤネちゃん。ほら続けて、先輩」
「……ああ、続けよう」
セリカの言葉を受けて、狩人が小さく返答する。
セリカは未だ、視線を逸らしたまま。
そんな彼女のことをアヤネは何かをこらえるように見つめたのち、
狩人へと視線を戻す。
だがその時、今度は先生が狩人に話しかけた。
「"ねえ、狩人。別に、セリカが知られたくないことなら
無理に話してもらわなくても構わないんだよ。
私達はあくまでセリカのことを連れ戻しに来ただけで……"」
「残念だが、そうはいかない」
しかし、先生のその言葉を狩人は強く否定した。
「先生、そしてセリカの友人よ。
君達に知らぬ権利があるのなら、こちらとしては知らせる義務がある。
先の件でセリカは君達にあまりにも深く[狩り]を見せ、
同時に最早修復できぬ痕跡を残した。
もう、全てを秘匿したままにすることはできないのだ」
……強い、確かな意思の籠った言葉だった。
先生は、何も言うこともできずただ口を閉じる。
「……さて、続けるとしよう」
ひと時の静寂が訪れたのち、狩人はそう言って再び語り始めた。
「セリカの現在を説明する前に、
先ずは私達、狩人という存在が何者かについて話すとしよう」
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狩人からぽつ、ぽつと語られる言葉は
どれも、あまりにも非現実的で、そして血に塗れていた。
こことは違う別世界の街、
不気味で原理不明、だが確かな効力を誇る血の医療、
流行する、人を理性無き獣へと転じさせてしまう病、
そして、それにより現れる人だった獣を狩る狩人……
「……つまり、まず私とセリカは君達とは相反する場所にいる
血塗れの存在だということを留意してほしい。
私達は君達のような人死が非日常である場所で暮らしているものと違い、
殺し、時に殺されて、だがすべてが夢であったように甦り続け、
それに慣れてしまった故に倫理観が修復不可能な箇所で致命的に歪んでいる」
……思い返せば、セリカは何をするにもどこか淡々としていて、
たとえそれが一般倫理に程遠い行為であったとしても気にしていない節があった。
そして何より……件の風紀委員会の襲撃の時、暴走していたとはいえ、
余りにも、余りにも他者を害することに躊躇がなかった。
誰も何も言えぬ中、狩人は言葉を続ける。
「無論、先ほど言ったこと、
そして、君達にも知らせるつもりのないこれらの裏側にある真実。
これらは君達のような健常者に安易に触れさせて良いものではない。
だからこれを秘匿するため、
私はセリカに必要以上に狩りの業を使わないように厳命し、
彼女も忠実にそれを守ってくれていた。
そのことも覚えておいてくれ」
「"……つまり、他言は無用、と?"」
「そういうことだ、先生」
「"わかった"」
狩人の言葉に、先生はほとんど間髪入れずに頷く。
アヤネたちもそれに異論はないようだ。
そんな彼女らの様子に、狩人も安心したように息をつく。
しかし、すぐにそこに緊張感のある気配が戻る。
「……さて、これで狩人についての何たるかは以上だ。
次は、それを踏まえてセリカについて伝えなければならないことだ」
「……」
その言葉を横で聞いていたセリカの身体が、一瞬ではあるが震える。
……それに気が付かなかったのか、
はたまた気が付いていたとしても少しの躊躇もなかったのか、
狩人は一息に言葉を紡ぐ。
「セリカは狩人としてあまりに精神的にも、肉体的にも不安定なのだ。
狩人としての理性があまりにも脆く、故に暴走する。
……君たちもそれを見た、そうだな?」
狩人のその言葉に、彼女らは頷く。
大将を傷つけられ、そして先生が連れ去られそうになり、
相手の指揮官を殺しかけるほどセリカは暴走した。
……恐らくは、あの出来事に、
狩りで起きた彼女のトラウマが関係しているのだろう。
先輩は少しの間どこまでのことを伝えるか考え込んでいたのか、
言葉を区切り黙り込んでいた。
「……端的にいうなれば、
その原因はこちら側の友人を幾人も失ってきたことによるものだ
その多くを、目の前で惨たらしく殺されたのだ」
「……え?」
思わず、誰からともなくそんな声がこぼれた。
そして、その意味を理解した時誰もが絶句した。
「殺された、って……そんな」
アヤネの口から、そんな言葉がこぼれる。
ノノミも、シロコも、先生も何も言葉にできない様子で、
そして、特にホシノの狼狽する様子は傍から見てもひどいものだった。
友達を、つい先ほどまで笑いあっていた大切な人々を、殺された。
それも、幾度となく何度も何度も。
……もし、もし自分がセリカの立場にいたとして、
果たしてその時自分は正常でいられるだろうか。
……狩人は続ける。
「……私は、言ってしまえばそう言ったことに慣れていた。
万一の覚悟ができていた。
だが、セリカはそうもいかなかった。
君達の友人は、優しすぎたのだ。だから精神が破綻した」
……とはいえ、ある意味大した感情も抱かぬようになった
私もある意味壊れているのかもしれないが、
狩人は自嘲するようにそう言うと、改めて先生らを見つめた。
「大切な存在を奪われること。
彼女にとって、それは今でも色濃い影を落としている。
けれど、それのために暴走し、君達をも傷つける危険性を彼女ははらんでいる。
その為にセリカは君達から一度逃げたのだ。
……だから、今度こそそのようなことが無いよう、
君達との居場所で安心できるよう、彼女を支えてほしい」
狩人は、ハッキリと先生らにそう告げた。
夢の中で、狩りの中でセリカと共にあった人として、そう告げた。
……未だ、その正体は知れない。
けれど、そこに籠る意志は、確かなものがあった。
……先生は、アヤネたちは揺れ動く心を落ち着ける。
そして、改めて狩人のことを、セリカのことを見る。
答えは、既に決まり、そして一致していた。
<短編>
side past 黒見セリカ、又は最初の狩人
「……はぁ」
狩人の夢へと一時的に帰ってきたセリカは、帰ってくるなりそう息をついた。
……先輩から頼まれた用事、廃城カインハーストの攻略。
恐らく最奥部と思われる所まで辿り着きはしたものの、
そこに番人の如く座す、王冠をかぶった長身のミイラに
セリカは中々勝つことができず、幾度となく切り刻まれ続けていた。
恐らく、自身の実力の問題もあるのだろう。
けれど、今はそれ以上に、セリカ自身の心がその腕を鈍らせていた。
……脳裏にちらつくのは、
自身に背を向けて去ってゆく包帯頭の男と、泣きじゃくるリリーのこと。
鎮静剤という
そのことは矢張り、セリカの心に影を落としていた。
「……狩人って、何なんだろう」
無意識に自分の口からこぼれていたのは、そんな哲学的な問いだった。
……自分達は、狩人は、一体何なのだろうか。
昔のように、ただ守り、
襲い来る敵を狩ることにセリカは意味を見出せなくなっていた。
人形に、習慣で軽く挨拶をしたのち、
セリカは行く当てもなくただ神秘の庭園の中を歩く。
それが、丁度整備されていない庭園の裏側に差し掛かったときだった。
「……んう、ローレンス……酷く、遅かったじゃないか……」
「……?」
そんな、寝言が聞こえた。……年老いた声、しかし、先輩の声ではない。
知らない……はずの声。
けれど、セリカには何故かその声に聞き覚えがあった。
ふとその声の方向を見れば、車いすに座った老人が、
すうすうと寝息を立てて眠っていた。
確か……一度だけ、一度だけ彼女も出会ったことがある。
「……ゲールマンさん?」
自身のことを助言者だと名乗っていた物静かな老人がそこにはいた。
……セリカの声に気が付いたのだろうか?
彼が短く身じろぎすると顔を起こすと、セリカの方を見た。
「……おや、セリカか……聞こえていたかね?」
「あっ、すいません。」
ゲールマンの言葉に、セリカは申し訳なさそうに頭を下げた。
彼は、そんな彼女のことを見てふっと微笑む。
「いや、別にいいんだよ。聞かれて困るようなものではないからね。
それに、もう久しく同じ夢しか見ていない」
「……そう、ですか」
どこか、物悲しい響きのあるその言葉に
セリカはただ、そう言葉を返した。
ゲールマンは、しばらくの間夢の余韻に浸っていたようだが、
やがてもう一度顔を起こした。
「時にセリカ。私はあの時以来君の姿を見ることができていなかったが……
その様子だと、随分と元気になったようだね」
……そういえば、
彼と会うのはヴィオラとガスコイン神父を亡くしたショックで
精神的に多大なダメージを受けてふさぎ込んでいる時以来だったとセリカは思い出す。
その時は、殺してくれと懇願していたか。
「あ、あはは……その時はその、変なお願いをしちゃってごめんなさい。
今は……万全とはいかないけど大丈夫ですから」
その時のことを思い出したセリカは気まずそうにゲールマンから目を逸らす。
けれど、ゲールマンの方は何をするでもなく微笑んでいたままだった。
「それは良かった。
寧ろ、あれだけのことを経験していながら、
こうして狩人になってくれたことが私はうれしいよ。
……私が役に立てているかどうかはわからないがね」
ずきり、
……狩人に、なってくれた。
その言葉がセリカの心をチクリと刺す。
狩人、果たして今の自分は、良い狩人といえるのだろうか。
……そう思った矢先、気がつけばセリカは目の前の助言者に、声をかけていた。
「あの……すいません」
「……どうしたのかな?」
その問いかけに、ゲールマンは静かに、ただ優しく問いかけた。
________________________
セリカは、ポツリ、ポツリとそのことについて語った。
つい先程まで笑い合っていた人が、人を殺し、喰らっていたこと。
大切な少女の心に、傷を与えてしまったこと。
自分は結局、その人を殺すことができなかったこと……
「……それで、何だか狩りにも身が入らなくて。
私って、結局何をしてるのか分からなくなっちゃって」
「……なるほどね」
セリカからゆっくりと語られる言葉を、ゲールマンは口を挟むこと無く、
時折、柔らかく相槌を打つのみで静かに聞いていた。
そして、セリカの話が終わったのち、少しの間考え込む。
「……セリカ。狩人というものは、誰もが狩りに異なる意味を見出すものだ」
ゲールマンは、そう前置きをするとどこか懐かしそうに語り始めた。
「それは夜明けであり、復讐であり、悦楽であり……或いは探究でもある」
そう言うと、ゲールマンは自分のことを示した。
「私も昔は狩人をしていてね、私が見出した意味は、弔いだった」
「弔い……」
セリカは、思わずその言葉を口にしていた
……弔い、という言葉を紡ぐゲールマンの口調は、どこまでも優しいものだった。
「そう、弔いだ。
せめて私の狩る何者も、安らかに眠り、二度と辛い悪夢に目覚めぬよう。
そんな祈りを込めて、刃を振るっていた」
そう言って、ほんの一瞬だけ諦めたように笑うと、
ゲールマンは改めてセリカの方を見た。
「セリカ。君が何故、狩りという道を選んだのか今一度考えてみるといいだろう。
そこにきっと、君が狩人たる意味があるはずだ。
その意味を失わぬ限り、君は良い狩人だ」
「私が、狩りを選んだ理由……」
ゲールマンの言葉に促され、セリカは今一度、昔の記憶を思い返す。
……自分が今、こうして狩人としている理由。
それは、あの時、少女をリリーを助けたいと願ったからで、
共にありたいと願ったからで……
「……なんだ」
セリカは小さく笑った。
考えてみれば今も、何も変わっていない。
私は、自分の大切な人を守るために、狩人になったのだ。
「……ありがと、ゲールマンさん。
まだ完全にってわけじゃないけど、自分を見つめなおせたかも」
「そうか、それはよかったよ」
セリカは、ゲールマンに礼を言うとそのまま背を向け、
カインハーストの攻略を再開すべく墓石へと向かった。
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
先輩との邂逅、そしてセリカちゃんの秘密の一端が暴かれました。
でも安心してください、先輩は意外と気が使える人なので
セリカちゃんのことは全部が全部話してしまったわけじゃあありません。
……というわけで次回、過去編。いよいよ事が起こります。