極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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なぁ、知ってるかい?人は皆、獣なんだぜ

















side past 黒見セリカ、又は血酔いの獣(2)

 

……静かな、静かな静寂に満ちたオドン教会。

 

 

そこでは赤ローブの男が、不安そうにオドン教会の出口の方へ顔を向けていた。

 

声が、聞こえた。

 

深い絶望の慟哭が。

アリアンナの方も痛みでうずくまっているものの、

機会のあるごとに、そちらの方を見る。

狂ってしまった老婆は状況がよくわかっていないようだが、どことなく不安げだ。

 

 

……その時、

 

 

コツ……コツ……コツ……コツ

 

 

ゆっくりとした、それでいてどこか力のない。

そんな足音が聞こえてきた。

……それと共に漂ってくる微かな血の香りを、赤いローブの男は確かに嗅ぎ取った。

 

「……ああ、そんな……私の、私の可愛い孫……」

 

最初に声を発したのは老婆だった。

その声色は、目の前の光景が信じられず、絶望しているかのようだった。

アリアンナが顔を上げる。そこには……

 

「……セリカ、さん?」

 

……セリカが呆然と立っていた。その身体は血に濡れており、

未だ涙の伝うその表情に生気はなく、ただ、ただ空虚だった。

そして、その腕に抱きかかえられているのは、

胸から血を流し、動かないリリー……

 

「……リリーちゃん、獣の病が進行してた」

「えっ……?」

「そ、そんなっ……!」

 

ポツリと、セリカがそう言った。

その言葉に、アリアンナが赤いローブの男が、息を呑む。

老婆は最早声をかけることすらできぬのか、顔を覆い、泣いている。

……獣の病が進行していた。

その言葉で、他でもないヤーナムに暮らす彼らが

何が起こったか察せられぬはずもなかった。

 

「……もう、私が行ったときにはどうしようもなくて、

それで、それで……私が……」

「セリカさん、もう、もう大丈夫だ!俺たちも……よくわかった

だから、言わなくても、大丈夫だ」

 

言葉にするうちに再び感情が溢れ出してきたのか、

セリカの言葉が加速してゆく。

それを、赤いローブの男が慌てて押しとどめた。

 

 

……それっきり、彼らの間を沈黙が満たす。

 

 

その間に、セリカはゆっくりと階段を上がると、

端の静かな場所に、そっとリリーの遺体を横たえた。

その姿はまるで眠っているようで、

肩を揺すれば今にも起きてきそうだった。

 

「あぁ、どうして……どうしてこんなことに。

俺が、俺が気づいていれば、こんなことにはならなかったのかな?

リリーちゃん……ひ、ひぇっ……ぇうっ」

 

背後で、彼がすすり泣く声が聞こえる。

 

……違う、あなたのせいじゃない。

リリーちゃんの一番傍にいたのは私、気が付けなかったのは私。

だから、自分を責めないで。

 

 

「……わかってるでしょう?

獣の病は一度発症したらもう防ぎようがない……どうしようも、ないのよ」

 

痛みをこらえながら、アリアンナがそう男に言葉を紡ぐ。

そして、その視線はセリカの方にも向けられる。

 

「セリカさん……私がこんなことを言う資格はないかもしれないけれど、

あなたは最善を尽くした……っ。

リリーちゃんだって、きっとそれを望んでいたはず。

だから、自分を責めないで……」

 

そうセリカに告げるアリアンナ自身も、

痛み以外の何かを、ただ、じっと押し殺している様子だった。

 

……わかってる。そんな言葉はわかっているつもりなのだ。

でも、どうしようもなく自分の心は空っぽで、

もう何も、何も……

 

……セリカはゆっくりと立ち上がった。

 

「……セリカさん?」

「ちょっと、一人になってくる」

 

セリカはそう言うと、正面入口とは反対方向の、教会の地下にある出口を目指して、

おぼつかない足取りで歩き始めた。

 

「……すぐ、戻るから」

「!ま、待っ、うぐっ……」

 

……明らかに正常でないセリカの様子を悟ったのだろう。

背後から、アリアンナの制止する声が聞こえてくる。

けれど、セリカは制止を振り切り、そのまま暗闇の中へと姿を消していった。

 

 

________________________________________

 

 

……リリーと出会って、オドン教会に逃げ延びた時以来、

セリカはヤーナム市街を訪れていなかった。

 

その町並みは何も変わっていないはずなのに、

やはり、あの時の聖堂街と同じように異様な雰囲気に包まれていた。

赤い月は昇り、辺り一帯を血の色に染め上げ、

市街に時折、獣の遠吠えが響き渡っては消え、

僅かな生存者の悲鳴も、響き渡っては消える。

 

その中を、セリカはただ一人、その胸に未だ血の滴るリボンを抱いたまま、

よたよたと歩き続けていた。

 

時折獣や獣患者が彼女を見つけて襲い掛かってくるが、

それは一瞬で切り伏せられ、或いは水銀弾に全身を打ち抜かれる。

 

 

……1人になりたかった。

 

 

[お姉さん]

 

 

「……っ」

 

 

ふと視界が乱れる。

幻聴が……いや、はっきりとした声が、脳裏に響く。

目の前にぼんやりと……いや、確かな今は亡き少女の姿が浮かび上がってくる。

目の前にいる彼女は、セリカに優しく微笑みかける。

 

 

「……リリー、ちゃん」

 

 

手を伸ばす。

……けれどそれは、セリカが触れた瞬間、

まるで最初から何もいなかったように消え去る。

 

 

[セリカさん]

 

 

声が聞こえる。

……なつかしさの感じる、優しい声。

ふと、いつか見た懐かしい路地の角を見れば、

リリーの面影が確かに残る、柔らかな雰囲気の女性がこちらを見ている。

 

 

「ヴィオラ、さん……?」

 

 

セリカが呆然と声を上げる。

……ヴィオラは何も答えない。ただ、微笑んでいるだけだ。

その微笑みが、セリカの心をたまらなくかき乱す。

 

「ヴィオラさん、私、私……!」

 

セリカは彼女に駆け寄り、手を伸ばす。

その瞬間、ヴィオラの身体がぼやけた。

 

「待って、行かないでっ!」

 

セリカがそう叫ぶ。

……けれど、その手が確かにその身体に触れた瞬間、

ヴィオラの姿は同じように消え去る。

それと共に、セリカの歩みも止まる。

……よみがえるのは、かつての記憶。

獣に引き裂かれ、血塗れになった彼女と話した最後の記憶。

 

 

[ふたりを、よろし、く……おねがい……します]

 

 

絶え絶えのその言葉は、しかし今でも鮮明に覚えている。

その言葉が、セリカの脳裏に、反響し、響き続ける。

 

「……ごめん、なさい」

 

気がつけば、セリカはその場に崩れ落ちていた。

 

守れなかった。誰一人として、守れなかった。

……それどころか、リリーに至っては自らの手で、殺した。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

ただひたすらに、セリカは懇願するように、

うわ言のようにそう繰り返す。

……その時、

 

 

コツ、コツ、コツ

 

 

……足音が聞こえた。

そして、その足音はセリカの目の前で立ち止まった。

セリカがゆるゆると顔を上げる。

そこには、黒いズボンと黒いブーツを履いた誰かの足があった。

……そのどちらも、セリカにはなじみ深く、そして記憶に深く刻まれていた。

 

 

[セリカ]

 

 

……深い、渋みのある男性の声がする。

その姿を見上げれば、手斧と、短銃を手に持ち、

目元を白い布で隠した狩人がそこにいた。

 

 

「ガスコイン、さん……」

 

 

……ガスコイン神父。

彼とまともな会話を交わした時間はほんの一瞬で、

それでも、セリカの心に深く刻まれた人……

彼は何も言わず、ただ静かにセリカのことを見下ろしている。

セリカの脳裏に、光景がフラッシュバックする。

 

「……ごめんなさい」

 

セリカの頭が、カクリと下がった。

 

「リリーちゃんを、守れませんでした。私が、私が殺したんです」

 

セリカから、懺悔の言葉が溢れ出す。

……しかし、神父はやはり何も言わない。

 

「……許してくれ、なんていいません。

……なんでもします、何をされても構いません。

それぐらいしか、もう私には……」

 

今にも掻き消えてしまいそうな、嗚咽混じりの言葉。

けれど、ガスコイン神父は己の狩り道具を向けることはなく、やはり、ただ静かにセリカのことを見つめていた。

 

静寂が、辺りを満たす。

 

……何も、何もない。

怒声も、身を砕く痛みすら無く、ただ、静かだった。

 

「……どうして」

 

セリカがポツリとそう呟く。

 

「どうして、何も、しないんですか……?」

 

セリカが、よろよろと顔を上げる。

……けれど、そこに既にガスコイン神父の姿はなかった。

ただ、最初から何もいなかったように、そこには静寂のみがあった。

 

「……どう、して」

 

罰してほしかった。

いっそのこと、この身をズタズタにして欲しかった。

けれど、誰も何も、セリカを責めることはなかった。

 

……私が、正しいことをした?

リリーちゃんを殺すことが、正しいことだった?

……そんなこと、

 

「そんなこと……あっていいはずがない。あっちゃいけない……」

 

リリーちゃんが死んでいいはずがなかった。

あの子が……ただ全てを諦めて、死んでいいはずがなかった。

それに、これが正しいというのなら、私の決意は一体何だ?

大切な人を守る。

そんな、自分の狩人たる意味すら守れぬ狩人は、一体何だ?

……それなのに、胸元のリボンは、こんなにも温かい。

 

「…………」

 

セリカは、何も言わず立ち上がる。

そしてただ、行く当てもなくヤーナムを彷徨う。

赤い月の狂気に身を浸しながら、ただ、彷徨い続ける……

 

________________________

 

 

……どれほど歩いただろうか?

時折セリカの前に

幻聴が、幻覚が、現れては消え、現れては消えてゆく。

手を伸ばしても彼女の精神を根幹とするそれは、触れようとしても触れられず、霧散する。

その幻覚が現れる度、セリカはヤーナムの奥へ、奥へと導かれるように進んでゆく。

赤い月明かりに染まった過去の残滓が、移ろい、移ろい続ける。

……どれほど進んだだろうか、気がつけば、セリカは噴水のある広場へとたどり着いていた。

 

「……あ」

 

その景色には、やはり見覚えがあった。

響いてくる狂人の笑い声も、たった今襲いかかってきて、

そして路上に内臓をぶち撒けて死んでいるカラスも、全て記憶通り。

ただ、自分がここに来た時が、

ここに来た意味が異なる……ということだけで。

噴水広場からちょっとした階段を上り、

少しだけ離れた場所にセリカは一軒の家があるのを確認する。

その家は大きな鉄の門と一体になっており、先程の位置からは死角になっていることもありこうして見ないと気が付かないだろう。

……自分も、最初はそうだった。

 

セリカは、ゆっくりとその家に近づく。

初めてリリーと出会ったのは、まさにこの場所だった。

窓越しに会話を交わして……それで、それで……

 

……どこで間違えてしまったのだろう。

あの時、自分が正直になっていれば、こんなことにはならなかったのだろうか?

あの時、リリーに輸血液を使うことがなければ、

まだ、どちらも幸せなまま、笑い合っていられたのだろうか?

あの時……

 

if、if、if……

 

最早どうしようもない言葉の羅列が、セリカの脳裏に渦巻く。

……その時

 

「……え?」

 

セリカは、おかしなことに気がついた。

……窓の明かりが、ついているのだ。

リリーはここを出る時、確かに灯は消していたはずだ。

だと言うのに、窓の明かりはついている。

 

……気がつけば、セリカは吸い寄せられるように、

その窓へと近づいていた。

 

「あの……」

 

声を、かける。

心の何処かに、希望を抱いて。そう声をかける。

そして……

 

「どなたでしょうか?」

 

家の中から返ってきたのは、ガスコイン神父でも、ヴィオラでも、リリーでもない。

全く知らない少女の声であった。

 

「あ、ぁ……いえ、何でも」

 

その声を聞いたセリカは、ある種の催眠状態から解かれた。

……それはそうだろう。

もう、ここには誰もいるはずがないのだから。

 

……じゃあ、家の中にいるのは誰だ?

 

セリカがふと、そんな疑問に行き着く。

彼女は、一体何者だ……?

幸いなことに、その問の答えはすぐにもたらされた。

 

「……あの、話は変わるようですが、妹をご存知ではないですか?留守番をしていたはずなのですが、どこにも姿が見えなくて……」

「……え?」

 

時が、止まった。

呆然とするセリカ。

しかし、窓越しゆえにそれに気が付かないのか、少女は続ける。

 

「白い大きなリボンをした、小さな女の子です。

……何処かご存知ではありませんか?」

 

……知っている。知らない、訳が無い。

その形見であるリボンは、彼女の血で濡れたリボンは、

今も自分が持っているのだから。

 

「……どうか、なさいましたか?」

 

……窓の奥から、少女が心配そうに問いかけてくる。

身体が震える。息ができない。

けれど、けれど……今度こそ、自分は伝えないといけない。

セリカは震える手で、窓から血に濡れたリボンを差し入れた。

窓の奥で、ぼんやりとした人影が動く。

 

「……リリーちゃんは、オドン教会で避難していました」

 

ぽつり、と。セリカはそう話し始めた。

 

「でも、獣の病にかかって、症状が進行してしまって、それで、それで……」

「……そうだったんですね」

 

お互いに出会ったばかりで、今も顔もわからない。

けれど、セリカの掠れた悲痛な言葉で何が起こったのか察したのだろう。

少女は、静かにそう言った。

そんな彼女に、セリカはただ、言葉を紡ぎ続ける。

 

「ごめん、なさい。お父さんも、お母さんも……妹さんも、助けられませんでした、守れませんでした……それに、リリーちゃんは、私が、狩りました……ごめんなさい」

 

セリカの発する言葉の意味を、

窓の向こうの少女はただ、静かに噛み締めているようだった。

……そして、

 

「……気にしないでください」

 

……少女は、確かにそう言った。セリカの言葉が、止まる。

少女は言葉を続ける。

 

「あなたは正しいことをしたんです。

きっと、妹も……父も、母も、それを理解してくれるはずです」

「……っ〜!」

 

……心の奥から、何かが溢れ出してくる。

……温かい。どこまでも、温かい。

言葉を失い、ただ嗚咽をもらすセリカに、少女が声をかける。

 

「……少し、あの子の為にお祈りさせてもらいます。

今回は、ありがとうございました」

「……はぃ……はい」

 

少女の言葉に、

セリカはただ、そう言いながらその場から離れた。

未だ涙は溢れて止まらない。

けれど、少しだけ、ほんのすこしだけ気分が楽になった気がした。

 

……これでよかった、よかったのだ。

せめて、リリーの遺品は受け取るべき人の元へ届いた。

それに、自分自身も彼女と会話して、救われた。

 

……少し、時間を置いたら彼女を迎えに行こう。

もう二度と今度こそ間違いを犯さぬように。今度こそ誰かの為に……

 

 

「……綺麗なリボン……やっと私のものね」

 

 

「……え?」

 

 

声が、聞こえた。

それは確かにあの少女のものだった。

けれど、その言葉は、何処か喜悦に歪んでいて……

 

 

「とっても似合うでしょうね……ウフ、ウフフフフフッ」

 

 

心底、心底楽しそうに、うれしそうに、少女は笑った。

その笑い声が、セリカの心の中にドロリと落ち込んでゆく。

 

心が、冷えてゆく。

 

瞳が、揺れる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

……あれは(・・・)何と言った?

リボンを見て、何と言った?

その少女の正体など、最早どうでも良かった。

 

……いつの間にか、涙は止まっていた。

 

その手が、レイテルパラッシュを、

シンシアリティを、強く強く握りしめる。

僅かに残っていた理性すら、冷え切った激情の奔流の中に消えてゆく。

 

 

セリカは立ち竦んでいた。

その瞳には、今まで彼女が一度も持ったことのなかった、

純粋に研ぎ澄まされた確かな殺意が宿っていた。

セリカは瞬時にドアに接近すると、

それを蹴破ろうと足を振り上げ……ようとしたところで思いとどまる。

 

「……ダメ。そんなことしたら、家が荒れちゃう」

 

セリカはそう呟くと、レイテルパラッシュを変形。

その銃口をドアの鍵へと向ける。

 

ダァンッ!!

 

 

瞬間、凄まじい破壊音が辺り一帯に響いた。

狩りのため、徹底的な強化が施されたレイテルパラッシュが

一撃でドアに弾痕を作る。

中で短く悲鳴が上がる。

けれど、セリカはそれを一切気にも止めない。

 

 

ダァンッ!ダァンッ!!ダァンッダァンッダァンッ!!!!

 

 

何度も、何度も、何度も何度も何度も、

鍵が完全に壊れるまで、セリカは無心でその引き金を引き続けた。

 

 

ガシャンッ!!

 

 

遂に、鍵が文字通り吹き飛んだ。

貫通痕からは、部屋の明かりがこぼれてくる。

セリカは打って変わってゆっくりと、そのドアを開いた。

 

……部屋の中は荒れていた。

 

何かを探し回っていたのか、

丁寧に整えられていたはずの品々があちらこちらに散らばり、

あるものは壊れてしまっている。

それ1つ1つが目に飛び込んでくる中、

セリカはゆっくりとその中を進んでゆく。

 

 

「ひっ……!」

 

 

その部屋の奥に、それはいた。

怯えて蹲ったヴィオラとリリーと同じ金色の髪の少女。

……けれど、その顔立ちは整ってこそいるものの、

セリカの知る面影はどこにもなかった。

 

セリカはそれが胸に抱いているものを見る。

 

……少しだけ、元の白さを取り戻したリリーのリボン。

そのすぐ近くには、赤く染まった水の桶。

セリカの殺気が、色濃くなる。

 

「……せ」

「え、あ……?」

 

小さく、呟くように発された言葉に、

少女が思わずそんな声を出す。

 

 

「返せっ!!!!」

 

 

瞬間、獣の咆哮の如き怒声が発されたかと思うと、

セリカが少女に急激に接近すると、その腕を掴み取った。

 

 

バキッ

 

 

「あ゛っ!?」

 

 

凄まじい握力で握りしめられたその腕から、何かが折れる音が響く。

少女が苦悶の声を上げるものの、無論セリカの意識の中にその声はない。

彼女の瞳は、ただその手からこぼれ落ちるリボンのみを見ていた。

セリカは握りしめたそれを床に叩きつけるように捨てると、

そっとリボンを手で受け止めた。

そこに付着していた血は幾らか洗い流されてしまったものの、

未だに幾らかは残っていた。

 

「……良かった。まだ、生きてる」

 

セリカは小さく、うれしそうに呟くと、懐にそれをしまった。

 

「あ、ああっ……!」

 

ふと、セリカの耳に、恐怖に怯える小さな声と、

何が動く物音が聞こえた。

一時的な安堵に包まれていたセリカの表情が、冷徹を取り戻す。

……必死で襲撃者から逃げていた少女だったが、

丁度家から飛び出した次の瞬間、

 

 

ダァンッ!!

 

 

「いだっ!?」

 

その足首に血の華が咲いた。

レイテルパラッシュの口径の大きさ故に、

だくだくと血の流れるそこは今にも千切れそうだった。

 

「い、痛い、痛い、痛いよう」

 

倒れ込み、痛みに喘ぐ少女。

けれど、そこにゆっくりと足音が迫る。

 

「……ふふっ、わざわざ外に出てくれて助かった。

あの中で獣狩りなんてしたら、家が汚れちゃうもの」

 

何処か調子の外れた、笑い声が聞こえた。

少女が恐怖で、反射的にそちらの方を見る。

……あの襲撃者が、硝煙の立つ銃口を向けたまま、

口元だけを笑みの形に歪めて、ゆっくりと近づいてくる。

明確な命の危険が、少女の精神を焼く。

 

「ご、ごめんなさい……!ただの出来心で、だから、だから」

「だから何?」

 

先程と対称的な、落ちきった冷徹な声がそれを遮った。

カチャリ、と。レイテルパラッシュでは無くシンシアリティの銃口が、

この時代からいえばオーパーツとすら言える

自動小銃の銃口が傷ついた少女に向けられる。

少女の表情が、絶望で染まる。

 

「……最初から、こうしてしまえばよかった。

お前ら()が、私から全部奪ったんだから」

「……!待っ」

 

 

マズルフラッシュ

 

 

小気味の良い銃声が連続する。

鮮血が、肉片が、辺り一帯に飛び散る。

目の前のそれが肉塊になろうとも、

セリカはただ、弾薬が底をつくまでシンシアリティの引き金を引き続けた。

その瞳に映るのは少女ではなく、ただの一匹の獣だった。

 

 

 

水銀弾が底をつき、シンシアリティから何も発射されなくなり、

漸くセリカはそれを降ろした。

目の前の肉塊を見つめる瞳は、ただ、ぐずぐずに蕩けている。

 

「おい、あっちだ!!」

「見つけた……獣だ!」

 

……声が、聞こえてくる。

レイテルパラッシュの銃声を聞きつけたのだろう。

もうほとんど獣と化したヤーナムの市民が、

次々とセリカの方へと集まってくる。

 

 

「……あはっ」

 

 

セリカは、笑った。

狂的に、憎悪を込めて。愉しげに笑った。

 

 

「どこもかしこも、獣ばかり……!」

 

 

ドスッ

 

 

セリカは自分の太ももにシリンジを突き立てる。

その容器の中が、彼女の鮮やかな血液で満たされる。

それをセリカはすぐに引き抜くと、シンシアリティの薬室へ送り込む。

 

 

「……あなた達もどうせ、そうなるんでしょ……?」

 

________________________

 

……静かな、静かな静寂に満ちたオドン教会。

 

そこでは赤ローブの男が、不安そうにセリカが消えて行った方向に顔を向けていた。

アリアンナは余程容態が苦しくなってきたのか、先ほどから問いかけても返事はない。

老婆はただ、小さくすすり泣くのみ。

 

かつてないほど暗い空気が、教会の中に立ち込めていた。

 

……セリカとリリー。

 

この夜の中で、彼らの希望とも言えるほど明るく、優しかった少女達。

けれど今は彼女達はいない。その片方は、もう二度と会えない。

もう片方の少女も、励ますことができなかった。

 

「……あぁ、どうして」

 

ポツリと、赤いローブの男は呟く。

けれど、その声に応えるものは、この場には誰一人としていない。

……その時、

 

 

コツ、コツ、コツ……

 

 

誰かが、オドン教会へと登ってくる音がする。

……盲目であるが故に、聴力がとても優れている男は、

それだけで誰が帰ってきたのかを理解した。

 

セリカだ。

 

それがわかった瞬間、男はほっと一息ついた。

……もしかすれば、

もしかすれば彼女はリリーの後を追って死んでしまうのではないか?

そんな不安が彼にはあった。

けれど、少なくともその可能性は消えたのだ。

その事に男は安堵する。

 

 

コツ、コツ、コツ……

 

 

足音はまだ響いてくる段々段々と、こちらに近づいてくる。

セリカの音は背丈もあってか狩人の中ではかなり軽い。

それでいて、とても優しい響きをしているのだ。

そう、とても優しい……

 

「……待てよ?」

 

その単語に、男は少し違和感を覚えた。

……セリカの足音が違う。

かなり軽い響きをしているのには変わりない。

けれど、彼女の足音はこんなにも規則的で、静かだったか?

まるで、何かを警戒するかのように……

その時、男の背にゾワリとした悪寒が走った。

 

……もしかしたら、もしかしたら、だ。

 

思いつくのは最悪の可能性。

狩人の末路として、最も有名であろうもの。即ち……

 

 

「ダメだ、みんな、逃げてくれっ!!!」

 

 

……恐らく、その時の男の声量は彼の中で最も大きなものだっただろう。

けれど、全てが遅すぎた。

 

 

コツン

 

 

足音が、たどり着いていた。

 

 






<セリカの狩装束>


血酔いの狩人、セリカの狩装束。

それには、本来の持ち主、そして彼女をも蝕み、
ついに恐ろしい獣と化した匂いが染みついている。

古狩人ガスコインの形見の狩装束を彼女の体系に合わせて仕立て直したものであり、
一般的な狩人では着ることができない。
しかし、触媒を込めて握り締めれば、
残り香たる慟哭のような獣性と身を焦がすような狂気が
使用者へもたらされることだろう。


効果:使用後、即時発狂ゲージと獣性ゲージを最大にする。

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