極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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貴公……貴公こそが獣だ。
早く気がついたほうがいい。貴公、もう狂っているぞ












side past 黒見セリカ、又は血酔いの獣(3)

 

「ひいっ!来るな、来るなっ!!」

「汚れた獣、死ねぇっ!!」

 

 

……獣狩り、獣狩り。

 

 

「あぁああああああ!?」

「くそっ、くそっ……!」

 

 

どこもかしこも獣ばかり、狩っても狩ってもキリが無い。

踏みつけた獣の頭を貫き、

その隙に攻撃しようとしてきた別の獣は即座にシンシアリティで迎撃。

無防備にさらされた腹に腕を打ち込む。

臓物を引き裂き引き摺り出して、その血を全身に浴びれば、

少しだけ満たされた気がした。

 

……獣、獣。

 

全部私から奪ってゆく。

先程も、オドン教会に侵入した3匹の獣がみんなを……みんなを殺した。

それに奴らは、リリーちゃんをも喰らおうとしていた。

 

[ダメだ、ダメだ!セリカさん、お願いだ、正気に……あがっ]

 

1匹目は赤ローブの人がいた壺の影に屈み込んでいた。

足に縋り付いてきたから、動かなくなるまで突き刺した。

 

[……力になれなくて、ごめんなさいね]

 

2匹目はアリアンナさんのいた椅子に座っていた。

既に手負いだったのか腹を押さえて動かなかったので、真っ二つに切り裂いた。

すると中から別の化け物が出てきたので、それも殺した。

 

[あぁ、私の可愛い孫……おじいちゃんに似て……]

 

3匹目はおばあさんのいた椅子に座っていた。

こいつも無抵抗だったから、刺し殺した。

何故か懐からたくさん鎮静剤が零れてきた。

 

 

「……ぅぁ、あ、ぁあ」

 

 

あの獣(みんな)のことを思い出すだけで頭に激痛が走る。

自分の心の奥底の何かが暴れる。涙がなぜか止まらない。

胸が張り裂けそうで、息ができなくなる。

 

セリカは震える手でポケットに手をいれると、

おばあさん()の血でべっとりと汚れた鎮静剤を取り出して、一息に飲み干した。

ほんの一瞬、心地の良い酩酊感が訪れる。

 

……けれど、足りない。

 

セリカは道のいたるところに倒れ伏した()の死体を漁る。

べとりと死血が付くが、全くためらう様子はない。

やがてそこから輸血液をいくらか取り出すと、

彼女はその針を太ももに突き立てる。

少しの時間が経ち、からからと音を立てて、

そのいくらかの輸血液が入っていた無数の小瓶が転がる。

そうしてようやく、セリカの身体の震えが収まった。

 

 

「……獣、獣、獣はどこ……?」

 

 

どこか調子の外れた声でセリカはそう呟くと、再び聖堂街をさまよい始める。

 

獣、獣、獣はどこだ?

私が狩らなければいけない相手、斬りつければたまらない血を溢す獣はどこだ?

 

血が、血が、血が足りない。

痛みを癒してくれる血が足りない。もっと欲しい、もっと、もっと……

 

痛い、痛い、そこら中痛い。

身体も心も引き裂かれてしまいそう。痛い、痛い……誰か、誰か……

 

 

「獣は、どこ……?」

 

 

全身が返り血と自分の血でドロドロに汚れ、悲鳴を上げている。

それでも尚、セリカは赤い月の夜をさまよい続ける。

人も、獣も、見境なく。

斬りつけ、撃ち抜き、鮮血を浴びる。

臓物を引き摺り出しその温かさに触れ、

噴き出すとろりとした鮮血を口に含む。

 

 

「おいしい……おいしい……」

 

 

恍惚とした表情で、セリカが呟く。

 

血をのむ程堪らなく楽しい……うれしい…………いたい

どれだけ飲んでも痛いのがきえない……いたい……痛い……いたい

いたいの、いやだ。いたいのの正体を、みたくない……

……足りない…………たり、ない

 

 

ちが、たりない。

 

 

「……けものを、狩らなきゃ」

 

 

…………あれ?私って、どうして狩人なんだっけ?

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

_________________________________________________

 

 

 

 

「……こうなるのはいつ振りか」

 

 

 

時計台から見える青ざめた血の夜は、前と変わらずどこまでも狂的だった。

……火に包まれた記憶が、嫌でもよみがえる。

 

 

旧市街。

そこにそびえ立つ時計台の上で、デュラは忌々し気に赤い月を見上げた。

……この月が現れたということは、誰かが秘匿を解いたのか、

はたまたどこぞの狂人共が新たに儀式を始めたのか……

何にせよ、デュラはそれに対してよい感情を持ってはいなかった。

 

「……セリカは、どうしているだろうか」

 

ふと脳裏に思い浮かぶのは、

時折ここを訪れては他愛もない会話を交わしていた少女のこと。

大抵、[先輩]に言いつけられて狩りを行っている地域に行き詰まった時の相談が多かったか。

後は彼女が守っている避難所の人々との交流の話。

……狩人たることを辞めたデュラから見ても、

セリカは精神的に狩人となるには少し幼い部分がある。

 

……赤い月は全てを狂わせる。

自分とて気を強く保っていなければ、 

今にも意識が赤の中に溶けてしまいそうだ。

彼女と、避難所にいるという彼女の友人。

その安否が何よりもデュラは気がかりだった。

 

早く、いつものように時計台の下から盟友に彼女があいさつする声が聞こえてこないものか……

 

「……いかんな。こういう時こそ、集中しなければ」

 

デュラはそう呟いて軽く頭を振ると、

ガトリング砲のスコープを使い旧市街の入口へ目を凝らす。

夜ではあるものの、

入口の付近は磔にされ燃やされた獣が篝火となり、明るい。

そもそも彼自身、狩人である為夜目が利く。

 

……だからこそ、その異常にいち早く気がついた。

 

開けっ放しの旧市街の入口の奥に、何か人影が見える。

 

「……狩人か」

 

こんな赤い夜に出歩くものなど狩人しかいるまい。

そして、侵入者の足取りは何処か安定していないようにも見える。

……十中八九、赤い月のせいで狂った狩人だろう。

まあ、念の為警告はするが、恐らくは無駄であろう。

そんなことを考えていると、扉から出てきた狩人が篝火の光に当たった。

その全貌が、薄っすらと浮かび上がる。

 

 

……息が、止まった。

 

 

「……セリカ?」

 

恩人の形見だという、教会のそれを改造したものを

更に小柄な彼女に合わせて仕立て直した特徴的な狩装束。

カインハーストの系譜を持つ直剣。

どこの物でもない奇妙な構造の獣狩りの銃器。

……何度見直しても、その姿はセリカに他ならなかった。

呆然とするデュラの視線の先では、セリカがふらふらと歩みを進めてゆく。

 

……様子がおかしい。

それに、彼女は此処にくる時余計な損耗を避け、

間違っても獣を狩らぬように裏口を使って此処にくるはずだ。

気がつけば、デュラは近くにおいてあった拡声器を手に取っていた。

 

「セリカ!!貴公どうしたというのだ、答えてくれっ!!!」

 

デュラの呼びかけ。

その声を聞いたセリカが頭を押さえて俯く。

何かを堪えているように、何かを抑え込むように。

 

「セリカっ!!!」

 

……けれど、それだけだ。

セリカは俯いたまま、先程よりさらに不安定な足取りで前進する。

その姿を、1匹の獣が見つけた。

獲物を見つけた獣は、脇目も振らず彼女を喰わんと駆け出す。

そして……

 

 

血が舞う。

 

 

レイテルパラッシュを抜き放ったセリカが、その獣を両断したのだ。

鮮血が彼女に降りかかる。

……顔を上げた彼女の表情が少しだけ、スコープに映る。

笑っていた。

触れれば今にも壊れてしまいそうなほど歪な笑みを浮かべて。

彼女は笑っていた。

 

 

「……セリ、カ」

 

 

……間違いない。セリカは血に酔っている。

それもあの姿からするに獣化していないのが不思議なほど、狂っている。

……デュラはガトリング砲から離れると、

獣狩りの散弾銃を、パイルハンマーを手に取るが早いか、

時計台の梯子を滑り降りる。

麓にたどり着けば、既に盟友が駆け寄って来ている所だった。

 

「デュラ、先程の呼びかけは……」

「セリカが来た。あの様子だといつ獣に堕ちてもおかしくない」

 

その短い言葉に、盟友は鋭く息を呑む。

……彼とセリカの交友は然程深くはない。

けれど、彼女の善性は彼もよく理解していた。

 

……普通の狩人なら、血に酔った彼女を確実に狩ろうとするだろう。

そう、普通の狩人ならば。

けれど、彼らは普通ではない。盟友の表情に、決意が宿る。

 

「セリカを正気に戻すぞ……この命を賭けてな」

 

 

________________________

 

 

松明を軽く振り回しながら、

旧市街をよく知る故の最短距離でデュラ達は旧市街の上部を目指す。

そこに近づく毎に、断続的に響く獣の断末魔が大きくなる。

……デュラ達がそこへたどり着いた時には、周囲は血の海だった。

 

「……っ」

 

辺り一帯に、元は人であった者たちが惨殺された証が転がる。

そしてその中心では、1人の少女が虚ろに立っていた。

 

「……ふふっ、ここのはもう、いないかな?」

 

少女が笑う。

大きな古傷の入っているものの、

会って、会話する度に彼女の感情に合わせて

パラパラと変わっていた愛らしい顔には、

今はただ、歪な笑顔だけが浮かび、

赤く澄んでいた瞳はぐずぐずに蕩け、絶えず涙が溢れている。

……赤い月が昇ったのみではこうはならないと断言できるほど、

その姿は余りにも痛々しかった。

 

沈黙するデュラ達。

そんな彼らに、セリカが視線を向ける。

その蕩けた瞳が、スッと細められる。

 

 

「……あれ、まだ獣が残ってたんだ」

 

 

……よく知っているはずのデュラ達を見て、セリカは確かにそう言った。

レイテルパラッシュの切先が、彼らに向けられる。

 

「……狩らなきゃ……からないと、狩らないと……」

「セリカ」

 

虚ろにそう繰り返す彼女に、デュラが静かにそう呼びかけた。

……セリカの瞳が、見開かれた。

よた、よたと彼女は声の下方向から後退ると、ぎゅっと頭を押さえる。

 

「あ、あぅ、い、痛い、痛いぃたい」

「……!」

 

間違いない。

まだ、セリカが人に戻る為の

取っ掛かりのようなものが彼女の中に残っている。

デュラは急いで彼女の元に駆け寄ると、

そっと肩に手を当てる。

 

「セリカ、私がわかるか?デュラだ!

先の事だと毒沼の回避方法について話し合っただろう?」

「デュラ、さん……?」

 

その声に、セリカは僅かに反応を示した。

その瞳が、デュラの顔を確かに射抜いた。そして……

 

「っ、い、いやぁっ!!?」

 

その表情が恐怖で歪んたかと思うと、

セリカは彼の身体を突き飛ばすと、

そのまま逃げるように後方にステップする。

 

「デュラさん?デュラさんなら来ちゃだめ……!

周りにいるのは獣ばっかりで、みんな獣に見えて、

だから狩らなちゃいけなくてでも獣じゃなくて

私、私、私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私私」

 

自分の顔の皮を今にも剥ぎとってしまいそうなほど

強く、強くセリカは自分の顔を押さえつける。

そんな彼女の様子に逡巡するのも一瞬、

デュラは再び彼女の元に駆け寄る。

 

「しっかりするんだ!ここには獣はいない、私も貴公を害するつもりはない!

だから落ち着いてくれ」

「あ、ぁあああっ」

 

けれど、デュラに呼びかけられて尚、セリカはうめき声を漏らすばかり。

 

……何も、できていない。

 

デュラが唇をかみしめたその時、一瞬、セリカの左手が動いた。

狩人である故の条件反射で、

デュラは辛うじて身体をひねるようにステップ回避。

 

瞬間、

 

 

タタタッ

 

 

小気味の良い発射音と共に、すれすれの場所を速射された水銀弾が駆け抜けた。

デュラがセリカの方を見れば、

彼女の左手に握られたシンシアリティから薄く煙が立ち上っていた。

 

「……血が、足りない」

 

虚ろに、虚ろに、セリカが呟く。

ゆっくりと、セリカが顔を上げる。

その表情は、感情という一切が抜け落ちて、凪いでいた。

そんな彼女を呆然と見るデュラに、彼の盟友が話しかける。

 

「……デュラ」

「……ああ、わかっている」

 

デュラはそう言うと、背中に下げていた獣狩りの散弾銃を手に握る。

そして、ゆっくりと目の前の少女を視界にとらえる。

 

 

「……荒療治になる。すまない」

 

 

デュラがそう言った次の瞬間、セリカが地面を蹴った。

その身体が凄まじい速度で加速し、デュラとの距離を一気に詰める。

元の身体能力が常人のそれを大きく上回るセリカは、

狩人の中でも選りすぐりの瞬発力とスタミナを持つ。

通常であれば回避することすら危ういだろう。

けれど、デュラとて歴戦の古狩人だ。

その一閃をギリギリで回避すると、

代わりに後方にいた盟友が

セリカに向けてカウンター気味に変形したノコギリ槍を突き出す。

 

 

ズシャッ

 

 

凶悪なノコギリの歯が付いた大ぶりの槍が、少女の肌を千切り裂く。

セリカはたまらず後退するが、そこにパイルハンマーを装備したデュラが襲い掛かる。

変形はさせない。ただ、手数で押し通る。

鋭い大きな先端部で、殴打するような連撃。

 

 

一撃、二撃、三……

 

 

「っああああ!!」

 

瞬間、セリカが大きく吠えたかと思うと、

デュラとの間に無理矢理レイテルパラッシュをねじ込むように斬撃を放った。

 

「何っ」

 

お互いの攻撃で、双方とも若干背後に後退する。

その時、セリカの左手が跳ね上がるのをデュラは視認した。

 

 

マズルフラッシュ

 

 

水銀弾がデュラに向けて寸分の狂いなく放たれる。

彼は反射的に顔周りを腕で防御しながら物陰へと受け身をとったものの、

すべてを避けきることはできない。

 

「ぐっ……!」

 

一瞬で身体に何発もの弾痕が刻まれる。

 

「骨髄の灰を使っていないにも関わらずこの威力か……!」

 

……だが、輸血液の使用にはまだ早い。

デュラは小さく毒づきながらも冷静に自分の状態を把握すると立ち上がる。

それと同時、その物陰の側面からセリカが飛び出してきた。

レイテルパラッシュの切っ先が煌めく。

……が、

 

「それは通さん!!」

 

デュラは予めセリカが飛び込んできそうな方向に自身の銃の銃口を向けていたのだ。

 

 

ドパッ!!

 

 

炸裂音に近い銃声が響き渡る。

大口径の銃口から放たれるのは散弾。

広範囲にばらまかれた水銀弾が、ステップの勢いを乗せて攻撃しようとする

セリカの身体を打ち据える。

その体勢が、大きく崩れた。

 

 

「……!」

 

 

いつもの癖でデュラの右腕にパイルハンマーが溶け込みそうになる。

けれど、デュラはそれを辛うじて抑え、

代わりにパイルハンマーの機構部分でセリカの首筋をしたたか打ち据えた。

 

 

「かひゅっ」

 

 

セリカが奇妙な吐息を吐き出したかと思うと、

その身体が大きく揺れる。

……が、

 

「!!」

 

悪寒を感じ取ったデュラは反射的にセリカの脇をすり抜けるように前へと飛ぶ。

しかし、セリカが短く折りたたんだレイテルパラッシュを素早く振りぬく方が早かった。

 

デュラの脇腹から鮮血が舞う。

 

彼は襲ってくる痛みを歯を食いしばってねじ伏せ、

セリカに向けて大きく踏み込みながら

カウンター気味に攻撃しようとするも、

その頃にはセリカはリーチの短いデュラの武器が届かない位置まで飛び退っていた。

 

シンシアリティの銃口が今度こそデュラを、確かに照準する。

……が、

 

 

「させん!!」

 

 

横合いから隙を窺っていた盟友がセリカに向けて短銃を速射した。

威力では他に劣る単発式の銃といえど、

人を軽くよろめかせるには十分だった。

水銀弾が腕に突き刺さったセリカが、着弾の衝撃でよろめく。

その隙に彼はノコギリ槍を小さく折りたたむとダッシュで一気に間合いを詰める。

 

……ノコギリ槍の特徴は、

変形により折りたたみ状態ではノコギリ鉈のような攻撃の出の速さと連撃を、

槍の状態ではその圧倒的なリーチと範囲攻撃性を両立させることにより、

幅広い局面を対応できる点にある。

 

故に、折りたたみ状態での斬撃は、

扱い方を工夫すれば敵の対応が困難なほどの速度で繰り出すことができる。

だが、それを視認したセリカの右腕が、恐ろしい速度で動いた。

 

 

パァンッ!

 

 

銃声。

セリカが速射したレイテルパラッシュの弾丸は確実に、

今まさにセリカに攻撃を仕掛けようとしていた盟友の胴体に着弾し、

その体勢を大きく崩した。

セリカはそんな相手に短くステップすると、

レイテルパラッシュを右腕に溶け込ませ、大きく引き絞った。

 

 

ドチャッ!!

 

 

セリカの腕が、彼の胴体を貫く。

つい先ほどつけられたセリカの傷が、

降りかかる返り血でみるみるうちに回復してゆく。

 

 

「……ははっ」

 

 

セリカは心行くまでその感触を堪能すると一息に腕を引き抜いた。

いくらかの赤黒いものと共に鮮血をまき散らしながら、

その身体が地面に転がる。

動かないそれに向けて、セリカは更にシンシアリティで追撃しようとする……が、

 

 

「おおおッ!!」

 

 

セリカに向けてスタミナの回復したデュラが

パイルハンマーの先端を格納した状態で素早く刺突。

辛うじてそれを防ぐ。

先程の攻撃で左腕をやられたためか、

セリカはステップを織り交ぜて素早く物陰に隠れる。

……恐らくは、輸血液を使用しているのだろうだが、

こちらとしてもそれは願ったり叶ったりだ。

 

「大丈夫かっ!?」

「何、とかな……」

 

デュラが鋭く声をかければ、盟友は丁度起き上がっているところだった。

傷口から、そして口からも血があふれているが、

太ももに輸血液を打ち込めば完全にとはいかなくてもその傷は消える。

 

「……物資の不足が仇になったな。俺の手持ちは最後だ」

「……だな。一層、気を引き締めるぞ」

 

デュラがそう言うと同時、物陰から銃声。

反射的に身を隠せば、辺り一帯に水銀弾が掃射される。

無論、それを行ったのはセリカだ。

……ちらりと見えた太ももから血が流れている辺り、

弾薬が底をついたのか緊急補充したのだろう。

 

だが、正直なところセリカはデュラ達の想定以上に強かった。

特に、あの超反応ともいうべき迎撃能力には目を見張るものがある。

……安易に武器を振るえば、それだけで致命傷を負わされる。

 

「……手加減は、無理だな」

 

デュラがそう呟いた瞬間、セリカがまた、一気に駆け出した。

 

 

_____________________________________

 

 

……戦いは苛烈を極めた。

2対1であるはずなのに、一進一退の攻防。

 

セリカの戦い方は

ステップを織り交ぜた多角的な急接近による一撃離脱と高威力の銃撃。

更には異常とも言える銃パリィの精度。

行動可能な状態で相手から先に攻撃を繰り出せば、ほぼ確実に体勢を崩してくる。

 

対するデュラ達はあくまで歴戦の経験から来る

堅実な攻めと連携でセリカを翻弄する。

正面から行けば確実にカウンターされるなら、次に取れる手段は不意打ち。

銃撃で牽制、陽動を行いながら死角から攻撃、

セリカが逃げればもう片方が追撃を試みる。

万が一体勢を片方が崩せば、内臓攻撃をされる前にもう片方が即座にカバーする。

だが、そうだとしても精神的な疲労は蓄積してゆく。

 

 

「っはぁ……はぁ……」

 

 

デュラは荒い息をつきながら、最後の輸血液を使用した。

これ程長く全力で狩りをするのはいつ振りか……

盟友の方も目立った傷こそあれ以来負っていないものの状態は良いとは言えない。

けれど、それはセリカの方も同じだった。

 

 

「う、ぅう……」

 

 

輸血液は既にないのか、全身はボロボロ。

それでも尚何度も緊急補充したためか、

太ももからは大量の血がだくだくと流れている。

 

「……血、血」

 

けれど、そうなって尚もセリカは狩りをやめようとはしない。

弾薬の尽きたレイテルパラッシュを直剣へと変形させると、

デュラ達へ距離を詰める。

だが、その動きは最初と比べ、あまりにも緩慢なものだった。

 

「っ!!」

 

無論、彼らにその動きが捉えられないわけがない。

 

 

パァン!!

 

 

「あっ」

 

 

速射された短銃がセリカの右手に着弾。

痛みによるものか、そもそもセリカ自身に力がほとんど入っていなかったのか、

セリカの手からレイテルパラッシュがこぼれ落ちる。

だが、彼女は即座に手刀を形作ると、デュラに向かって攻撃しようとする。

……しかし、慣れていないのか、

上段に大きく振りかぶったその攻撃はあっさりとデュラに受け止められた。

 

「……あっ、あっ」

 

シンシアリティも既に弾切れだからだろう。

セリカが何度もその拘束から抜け出そうと力を籠める。

けれど、そこにはデュラが抑え込めてしまうほどの力しか残っていなかった。

 

「……セリカ、聞こえるか」

「あっ……う、うぅ」

 

デュラからの呼びかけを聞いたセリカは、やはり頭を押さえ、その場に蹲る。

その手から、シンシアリティもこぼれ落ちる。

 

「……獣の鳴き声、頭に、響く……痛い痛い」

「……」

 

……目がぐずぐずに蕩けていた様子から見ても、

既にセリカには目の前の全てが獣に見えているのだろう。

だが、少なからず自分の声に何か反応しているようにも見える。

だからこそ、デュラは屈みこむと、セリカに呼びかけ続ける。

 

「……大丈夫、もう大丈夫だ。

先ほども言っただろう?もう獣はどこにもいない」

「……ぁう」

 

デュラの言葉に、セリカが短く声をこぼした。

捕まれている腕の力が、静かに抜けてゆく。

 

……終わった。

 

抵抗をやめ、動かなくなったセリカを見てデュラは小さく安堵する。

 

「……よし、一度時計台まで運ぼう。ここは安全とは言えぬからな」

 

……そこでセリカが完全に落ち着いたら、改めて話をしよう。

何があったかは分からない。

自分たちが彼女にできることは話を聞き、

せめて心を落ち着けること程度。

だったとしても、最大限彼女の力になりたかった。

その言葉に、盟友が頷いたのを確認すると、

デュラはセリカを抱え上げるべくそっと手を伸ばした。

 

 

その時、

 

 

「ぅ、うう、ぅうううう」

 

 

セリカから、唸り声にも似たそんな声が聞こえる。

 

「……セリカ?」

 

デュラが呼びかけた次の瞬間、

 

 

ピシッ

 

 

セリカの頭の上に浮かんでいた赤黒いヘイローから、甲高い音がした。

経験したこともない、だが明らかな異常にデュラ達の動きが固まる。

……頭上の、実体のない光のようなそれにひびが入っていた。

それと同時に、ヘイロー全体が黒く黒く変色してゆく。

 

「……離れろっ!!」

 

盟友が反射的に、デュラを無理矢理彼女から引き離したのは、結果的に正解だった。

 

 

「う、あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァァアアアアアアアアッッ!!!??」

 

 

ヘイローが、黒く砕けてゆく。

それと同時に、セリカから発せられる声がまさに獣のそれへと変貌したゆく。

その小柄な体が、一瞬の光に包まれる……瞬間、

 

 

「ゴアァアアァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

急激に巨大な者が現れたことにより、

周囲の空気が押しのけられ、風となって辺りに吹き荒れる。

 

 

……そこには、一匹の獣がいた。

 

 

黒い毛並みにやせ細った身体。

だというのに身の丈はデュラの倍ほどはあり、手の爪のみが凶悪に肥大化している。

狼を思わせる乱杭歯の並んだ頭部には裂ける様な瞳孔の赤い瞳が宿り、

頭上には黒く砕けたヘイローが浮かんでいた。

 

「ガアアアアァッ!!!」

 

獣は大きく咆哮すると、正面の獲物に向けてその凶悪な爪を勢いよく振り下ろす。

 

「なっ!?」

 

デュラ達は辛うじてそれを回避したものの、

たまたま攻撃圏内にあった石像がたった一撃で砕け散った。

だが、血酔いの獣はその攻撃から逃れた彼らを恨めしそうに視線で追う。

 

 

「……獣、獣……!血ヲ、ヨコセッ!!」

 

 

ダンッ

 

 

その凄まじい脚力をもって獣は獲物と定めたデュラの盟友に急接近すると、

素早く、腕を突き出すように振るう。

その一撃で獲物の体勢が崩れたところに、本命である大ぶりの攻撃を仕掛ける。

 

 

ドガッ!!!

 

 

一瞬地面がめくれ上がり、辺りに粉塵が飛び散る。

だが、初段こそ当たったものの、

盟友は獣の懐に飛び込むことでその一撃を辛うじて回避した。

獣はそれに対して腕を振り払いながら後退し、デュラ達の様子を窺う。

その姿には最早1人の少女がいたという痕跡は残っておらず、

ただ、瞳には憎悪と渇望のみが宿っていた。

 

「……セリカ」

 

ただ、呆然とデュラが呟く。そんな彼の横で盟友が呟く。

 

「……手遅れだったんだ。何もかも」

 

……その言葉が、デュラの心に嫌というほど焼きつけられる。

 

「……せめて俺たちにできるのは、

彼女をこれ以上苦しまぬよう、送ってやることぐらいだ」

 

……獣と化したとしても、人は人。

 

だとしても、獣と化した彼女をこのままにしておけば、

獣も、人も、見境なく殺してしまう。

それに、おそらくここに棲む獣と違い、彼女は旧市街から出ていくことができる。

……それは、デュラ達とて望んではいない。

それに、このまま生き続けることを、もし彼女が正気なら望まぬだろう。

だからこそ、己の手の中の武器を握りしめ、ボロボロの自分の身体を奮い立たせる。

 

……本当、いつ振りかの獣狩りだ。

 

果たして、今の自分たちで万全な獣と相対できるかは、

この際もはやどうでもいいことだ。

 

 

「……ガアアアァァアアッ!!!」

 

 

凄まじい咆哮と共に、血酔いの獣がデュラ達に飛び掛からんと体勢を低くする。

それを視認した彼らが身構えた。

瞬間、

 

 

 

轟音、

 

 

 

銃と呼ぶことすらおこがましい、質量弾……大砲の砲音が辺り一帯に響き渡る。

デュラ達の背後から飛来したそれは、獣の頭部に直撃した。

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

頭部に重い衝撃が走り、獣は大きく怯む。

何事かとデュラ達が見れば、その背後から何者かが近づいてくるところだった。

 

 

「……遅かったか」

 

 

全身を包むのはごく一般的な狩人の狩装束。

右手に握るはノコギリ鉈、

左手の、手持ち式に無理矢理改造した大砲を獣狩りの短銃へと持ち替えながら、

モノクルを付けた狩人がそう呟く。

 

「……貴公は」

「セリカから先輩と呼ばれている者だ」

 

デュラの声に先輩は短くそう答えると、

正面で着弾の衝撃から復帰しつつある獣へと視線を向ける。

 

「話は後だ。私も加勢しよう」

 

そう言うが早いか、先輩は獣に向けて駆けだした。

デュラと盟友はそれに少しの間啞然としていたものの、

やがて頷き合うとそれに追従する。

 

 

「ッ、マタ……マタ獣ッ!!!!」

 

 

血酔いの獣は先輩の姿を視認すると、

大きく吠えるが早いか腕を大きく振るって叩きつける。

先輩はそれを難なくステップで回避すると、

いつの間にか発火ヤスリで火をつけたノコギリ鉈を振るう。

獣の皮膚を効率よく引き裂くための凶悪な刃が、獣を焼く炎が、

血酔いの獣を傷つける。

 

「ッ!!」

 

血酔いの獣はたまらず、腕を薙ぎ払いながら後退する。

しかし、その動作に合わせて先輩は前方へ薙ぎ払いをかいくぐりながらステップ。

さらに斬撃を加える。

それを嫌がったのか、

獣は先輩に完全にターゲットを合わせ、素早く腕を突き出した。

先輩はそれをあっさり回避したものの、

その回避先に合わせ獣が大ぶりの一撃を狙う……が、

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

次の瞬間、獣から悲鳴が上がった。

デュラが投げつけた火炎瓶が獣の眼前で弾け、その毛皮を焼く。

獣が炎を振り払う間に先輩は後退し体力を回復。

更に背後にノコギリ槍を変形させた盟友が回り込み、

その大ぶりの刃を大きく振りかぶる。

 

 

ゴシャッ!!!

 

 

凄まじい音を立ててその凶刃が獣の足の肉を削ぎ落とす。

血酔いの獣が手をついて大きく体勢を崩した。

作り出された大きな隙に、彼らは一斉に攻撃を開始した。

先輩は変形攻撃を織り交ぜながら容赦ない連撃を加える。

盟友は更に追撃を加えるべくノコギリ槍をもう一度大きく振りかぶる。

そして、デュラは……

 

 

ガチンッ

 

 

金属製の杭が機構に格納されると同時、

デュラは獣の腕に向けて大きくそれを振りかぶる。

エンジンが唸りを上げ、排気された蒸気が噴き出す。

瞬間、

 

 

ドッガアアンッ!!!

 

 

凄まじい炸裂音を立てて射出された杭が爆炎と共に獣の腕を打ち砕く。

 

 

「ギャァァァアアッ?!?!」

 

 

その衝撃に獣は悲鳴を上げて無理矢理飛び退った。

全身が血に塗れ、消して少なくない、深い傷を大量に負わされた。

しかし、それでも尚、血酔いの獣は彼らに憎悪の視線を向ける。

そんな獣に向けて、

溜め攻撃を放ちスタミナの尽きているデュラと盟友に代わりに先輩が距離を詰め、

勢いよくノコギリ鉈を振り上げる……瞬間、

 

 

「ゴアァアアァアアアアアアッッ!!!!」

 

 

耳をつんざくような音圧の方向が旧市街一体に響き渡った。

あまりの音圧に今まさに攻撃を加えようとしていた先輩の体勢が大きく崩れた。

そんな先輩に向けて、血酔いの獣は手を伸ばす。

 

 

「っ!!まずっ……」

「死ネ、死ンデシマエッ!!!」

 

 

その大きな腕が先輩の上半身を握りつぶすように掴み取る。

獣はそのまま、先輩の身体を地面に向けて、轢き潰すように勢いよくこすりつけた。

 

泥に交じって夥しい量の鮮血が舞う。

通常の人間なら、上半身と胴体が泣き別れになってもおかしくないだろう。

けれど、先輩は狩人だった。

ぼたぼたと血を流しながらも、未だ生きていた。

けれど、明らかに瀕死の状態。

そんな彼に向けて、血酔いの獣は更に攻撃を加えようとしている。

 

「このままでは……!」

 

恐らく、未だ夢を見ている彼が明確な死を迎えることはない。

けれど、ここで彼が死ねばここでの狩りは恐らく詰む。

何か、何か方法は……

 

 

その時、デュラの視界の端で何かが転がっているのが見えた。

……セリカがとり落とした獣狩りの銃器、シンシアリティ。

 

「!!」

 

デュラはそれを素早く拾い上げると、

記憶の中にあるセリカの動作を思い出し、

それにありったけの水銀弾を装填すると、トリガーに手をかける。

……スコープにとらえるのは、今にも先輩を喰らおうとしている血酔いの獣の頭部。

 

 

「……そこだっ!!」

 

 

マズルフラッシュ

 

 

襲い来る反動を全力で抑え込みながら、デュラは必死でその弾道を安定させる。

それが通じたのか、発射された水銀弾は獣の頭に弾痕を作る

 

 

「ア゛アアアアッッ!?」

 

 

その激痛に血酔いの獣が先輩をとり落とす。

重傷を負っているはずだというのに、

先輩は着地の瞬間素早く受け身を取ると、

体勢を今まで以上に大きく崩し首を垂れた獣の下へと駆け寄る。

 

その右腕に、ノコギリ鉈が溶け込んだ。

 

 

「……さらばだ」

 

 

ゴシャッ!!!

 

 

先輩は頭部にできた傷から獣に腕を打ち込むと、

中の器官をめちゃめちゃに掻き回す。

夥しい量の鮮血が傷口からこぼれる。

 

それが先輩に降りかかるたび、先ほどできた傷が回復してゆくが、

それを気にも留めず先輩は肉と共に腕を引き抜いた。

 

 

……鮮血が豪雨となって、先輩の身体に降りかかる。

 

 

「ア、ァ、ぁあぁ……」

 

 

それと同時、血酔いの獣は、うめき声を上げながら尚も先輩に手を伸ばしたが、

結局力なくその場に崩れ落ちた。

崩れ落ちた瞬間、その全身が淡い光に包まれる。

 

 

 

 

YOU HUNTED(狩りは、終わった)

 

 

 

最後に燐光のみを残して、その身体が立ち消える。

けれど、そのことは最早先輩の目には入っていなかった。

ただ、獣の血で汚れた自分の右手を、じっと見ていた。

 

 

「……セリカ」

 

 

ポツリ、と。先輩はそう呟く。

……不吉な予感を覚え、オドン教会へ向かった時には既に手遅れ。

住民は皆、獣ではない何者かの手で殺されていた。

リリーにのみ介錯したような痕跡があったが、

それ以外の死体は酷いものだった。

そして、セリカのみ姿が見えない。

攻略していたカインハーストに向かってもそれは同じこと。

……そこから全てを察することは、先輩には容易かった。

 

「……」

 

ギリ、と。先輩は手の中の武器を握り締める。

その時、

 

 

「セリカ!しっかりするんだっ!」

 

 

そんな声が、有り得ない声が聞こえてきた。

先輩は反射的にそちらを見る。

 

けれど、そこには確かに先ほど獣に成り果て、狩ったはずの少女が、まるで先ほどのことは夢であったかのように人の姿で倒れていた。

体格が大きく変異した影響か狩り装束はボロボロで、その裸体を辛うじて隠すのみ。

そして何より、全身に夥しい量の生傷が刻まれ、今も鮮血が零れている。

しかし、彼女は生きていた。

微かに上下する胸元が、それを物語っていた。

 

「……」

 

それを確認した先輩は、ただスッと目を細めると

セリカに向けて接近する。

……その時、

 

「貴様、何をするつもりだ」

 

背後から、かちりと音を立てて何かが押し付けられた。

 

……獣狩りの短銃か。

 

先輩が視線を向ければ、

やはりノコギリ槍を装備した狩人が自分に銃器を押し付けていた。

 

「……私の方からも問いかけさせていただこう。彼女をどうするつもりだ?」

「ふざけるな……

奇跡的に獣から戻ったというのに、何故まだ狩ろうとする……!!」

 

怨念の籠ったその声に、先輩は小さく嘆息した。

……成り行きで共闘したものの、やはり彼らと自分は相容れない。

先輩は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「彼女は既に正気を失い人を殺めた。獣と何の違いがある」

「……っ!!貴様とセリカは仲間だろう……?どうしてそんなにも……!!」

「冷静に見えるか?」

 

けれど、その言葉は先輩のたったその一言により打ち消された。

先輩の横顔は今も冷徹だった。余りにも冷徹すぎるほどに。

何も言えなくなった相手を知り目に、先輩はセリカへと近づく。

デュラの膝に横たわるセリカには、僅かに意識があったらしい。

彼らは短く、そして小さく会話を交わしていた様子だったが、

やがてデュラの方がゆっくりと俯いた。

先輩が近づいてきても、彼は僅かに視線を向けるのみで何も言わなかった。

 

……やがて、横たわるセリカと視線が合う。

 

 

「……」

「……せん、ぱい」

 

 

血塗れの彼女は、自身を見下ろす先輩の姿を視認したのか、

かすれた声でそう呟くと、微かに、微かに笑った。

 

 

「……あり、がと」

 

 

……自身が何をしたのか、

今から先輩が何をするのか、セリカは理解したのだろう。

だから、微かに笑った。

 

 

「……礼はいらない」

 

 

先輩は短くそう答えると、獣狩りの短銃を彼女へと向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

___________________________________

 

 

……セリカを弔った後、

先輩とデュラ達は互いに言葉を交わすことなく別れた。

彼らとはセリカという接点があったのみ。

それが消えた今、何の関係もないのだから。

 

 

「……結局、か」

 

 

3度目

 

……変わるかもしれない。

 

そんな幻想を抱いた3度目。

だが、結局の所それは夢物語。

セリカという少女も、やはりヤーナムに存在する悲劇の一端でしかなかった。

 

扉をくぐり、奥にある狩人の灯りを目指す。

 

悪夢はまだ終わっていない。

まだ、己が夜明けを見ることは許されないのだから……

その時、

 

 

 

 

「……先輩」

 

 

 

 

声が、聞こえた。

 

 

ありえないはずの声、いないはずの声。

 

 

しかし、それは確かに先輩の耳に届いた。

 

音源は狩人の明かりのすぐ近く。

自分で何か思考するよりも早く、

自然と先輩の足はそれに向かって駆け出していた。

そして……

 

 

「……セリカ!」

 

 

呆然と、先輩が声を上げる。

頭上に浮かぶヘイロー。

狩帽子がどこかへ行ってしまったためか、特徴的な猫耳も露出している

そして、狩装束は先ほど弔った時と変わらずボロボロで……

 

 

「……死ねなかった」

 

 

ポツリと、セリカが呟く。

 

 

「……みんなを、みんなを私は殺したのに、

デュラさんたちも、先輩も、殺そうとしたのに、

私が獣になったのに……死ねなかった」

 

 

抑揚のない、ただ淡々とした声でセリカが言葉を紡ぐ。

小さく小さく、膝の中に顔をうずめる。

 

 

「……殺して……殺してください……

何で……何で私が生きてるんですか……?何で……」

 

 

暗闇の中で、嗚咽交じりの声が響き続ける。

 

 

「何で……」

 

 

……この夜。

 

 

黒見セリカという少女は、死んだ。

 

 

 

 











どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

こうしてあとがき書くのも久しぶり。
この過去編が終わるまではまともなあとがきは絶対書かまいと心に決めていました。

さて、お察しの通り先の現代編で先輩が言及を避けていた
セリカの正しい過去というのがこれです。
セリカは自分の手で大切な人の大半を手にかけています。
彼女が何よりも恐れていること、
それは理性を失って暴走する姿を見られるのではなく、
暴走した結果、また同じ惨劇を繰り返すことです。

無論、このトラウマは今もセリカの心を蝕んでいます。


……さて、話は変わるんですがアビドス編はこの後ビックイベントが控えていましたね?
いや、特に意味はないですよ。


次回、現代編。アビドス編2章開幕


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