……赤い月の夜の大聖堂。
その中で1人の狩人が立ち尽くす。
銀の軽装鎧に鴉を思わせる狩装束。
……カインの流血鴉、それはそう呼ばれていた。
血の狩人である彼は、普通の狩人とはその性質が大きく異なる。
狩人の死血の中に穢れを見出し、それを求めて狩りを行う。
他にも幾人かいた血の狩人の中で、彼が最も狩りに優れ、
そして最も狩りに酔っていた。
本来なら、深い手傷を負わせた狩人狩りを追うべきだ。
目的である血の穢れを手にするには、それが一番手っ取り早い。
けれど、彼はそうしない。
狩りは、お互い死に絶えるまで止まらぬ死闘であるべきだ。
あの狩人狩りは一度撤退した。
ならば、またしばらくすればここに戻ってくるはずなのだ。
だから彼はそれを待つ。
……まあ、あれが何処かで死に絶えていたとしても別にいい。
ここにいるだけで、新たな楽しみがやってきてくれるのだから……
瞬間、階段の方で光が瞬く。
それと同時に大聖堂に銃声が響き渡った。
流血鴉はそれに即座に反応すると短くステップ。
自身に向けて放たれた無数の水銀弾をすり抜けるように回避する。
それを見届けたのち銀の兜が敵対者がいるであろう方向へと向けられた。
……その兜の奥で、隠された口元が喜悦に歪められる。
流血鴉の視線の先。それに映るはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる小柄な狩人。
その蕩けた赤い双眸が、憎悪を込めて流血鴉を射貫いた。
「……46回目、まだ終わらないでしょう?」
少女から、底冷えするような声が発せられる。
その声に応えるように流血鴉は懐の刀、千景を抜き放つ。
夢を見る狩人。
決して終わりを迎えることのない狩りに囚われた者。
死闘に興じれば興じるほど、己の渇望を満たし続けてくれるもの。
……ああ、そうだとも。
終わらぬ。この狩りは終わらぬ。
さぁ、続けよう。
わが身が潰える、その時まで。
……一瞬の静寂。
「「……!」」
そして、幾度目かの狩りが始まった。
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先に仕掛けたのは流血鴉。
前方に飛び込んで一気にセリカとの距離を縮める。
予想される攻撃は飛び込みを勢いを載せた短い切り払い。
セリカはシンシアリティの照準を流血鴉へと向ける……が、
カチン
短い金属音。わざと大ぶりに振り上げられた千景を持つ手とは反対の手、
黒い翼のようなマントの中に隠すように構えられた連装銃。
「!!」
轟音、
2発の水銀弾がセリカの胴体を狙う。
……このブラフに殺されたのは8回。
そもそもこの銃自体の威力が肉を抉り飛ばすほど威力が高い。
だが、幾度となく繰り返してきた死の中でそれは想定済み。
セリカはそれをすり抜けるように回避するとそのままの勢いで
敵の動きを捉えるべくレイテルパラッシュを短く薙ぎ払う。
流血鴉はそれをバックステップで回避。
けれど、それに対しセリカもステップで追従する。
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ、
まるで舞を舞うかのように両者はステップを繰り返す。
大聖堂の中に重なり合った短い足音が繰り返される。
神父の黒が、鴉の黒がはためく。
互いが互いの出方を窺い、隙を探る応酬。
だが、両者とも体力が無限に続くわけではない。
……先に仕掛けたのは流血鴉だった。
ステップの合間、着地の僅かな後隙を狙って素早い切り払い。
だが、セリカはそれに銃撃こそ合わせることはできなかったものの
それを相手の間合いの横へと飛び退ることで回避した。
ステップ攻撃で反撃できるほどの体力は残っていない。
……ならば。
シンシアリティの銃口が跳ね上がる。
瞬間、標的へ向けて水銀弾が連射された。
撃ち合いでは不利と判断した流血鴉はステップで斜め後ろ方向へ飛び退り、
初弾こそ回避したものの
先程の応酬で体力はほとんど残っていない上、
まるで吸い付くように照準が追従してくる。
着弾
水銀と鮮血の入り混じった飛沫が辺りに跳ねる。
それと同時、着弾の衝撃で流血鴉の体勢が僅かながら崩れる。
だが、セリカはそこで距離を詰めるようなことはせず、
弾幕を維持したまま自身の体力の回復に専念する。
体力が回復し、
セリカが銃撃を取りやめた時には両者の間に十分な距離が開いていた。
「……仕切り直し」
セリカは小さく呟くと自身の太ももにシリンダを打ち込み、
残弾の心もとない水銀弾を補充すると、輸血液を打ちその傷を回復する。
対する流血鴉も懐から一本の古びた骨を取り出すと、そこに触媒を込める。
……また訪れる一瞬の静寂。
その間を置き、僅かな足音を残し流血鴉の姿が掻き消えた……否、
靄のようなものが恐ろしい速度で移動しながらセリカとの距離を詰めてきているのだ。
ヤーナムという場所には
触媒を込めると様々な効果を発揮する魔道具のようなものがある。
セリカが知っているもので言えば謎の触手を召喚できる軟体といったものか。
恐らくは、あれもその一種なのだろう。
……それはさておき、だ。
流血鴉との戦闘はあの瞬間移動を行使してきてからが本番。
あれを使用されると動きが加速するだけでなく敵の動きが読めなくなる。
特に攻撃が発生するまで相手の予備動作がほとんど確認できなくなるのが厄介だ。
その時、一時的に靄が途切れる。
晴れつつある靄の奥から突き出されたのは……銃身。
ダアン!!
銃声が響き渡る。
セリカはそれを側面に飛び回避する……が、
その僅かな隙に再び靄となった流血鴉が距離を詰めてきていた。
僅かに晴れる靄の中、相手は……
刀を、納刀していた。
「まずっ!?」
斬
瞬間、鯉口から鮮血が溢れ出したかと思うと、
目にも止まらぬ速度で千景が抜刀される。
残されるのは血で形作られた斬撃の軌跡と、セリカの胸元からほとばしる鮮血のみ。
……千景、その本質は己の血を這わせることにより形作られる緋色の刃。
自分の生き血を対価とするだけあって、その斬撃は敵に容易く致命傷を与える。
セリカもこの血の刀に幾度となく両断されてきた。
だが、今回セリカには辛うじて息が残っていた。
彼女は痛みを噛み殺すと敵の後方にステップ。
そのままの勢いで刺突を繰り出す。
それは僅かに流血鴉へと当たったものの、次の一瞬でその姿は再び掻き消える。
……出血で意識が朦朧とする中、背後に悪寒。
回り込まれた……!
それを感じ取るや否や、セリカの身体が神速で動いた。
レイテルパラッシュ変形。
そのまま振り向く暇すら惜しいと背後へ銃口を向け、勘だけを頼りにトリガーを引いた。
ガキィン!!
発射された弾丸が今にも千景を振りぬこうとしていた流血鴉へと着弾。
その体勢を大きく崩す。
そこでセリカはようやく振り向くと、右腕を引き絞った。
その中にレイテルパラッシュが溶け込む。
「せあッ!!」
セリカは鋭く息を吐きだすと同時、
その腕を無防備に曝け出された敵の腹へと向けて勢いよく突き出した。
貫通
セリカの腕は流血鴉の腹部を貫き、
いつかされたようにその柔らかい中身を掻きまわす。
貫通痕から腕へと血が伝い、その感触が獣性をたまらなく満たす。
「……あはっ」
セリカは狂喜に口元を歪めると、
流血鴉の身体を叩きつけるようにして腕を引き抜いた。
血飛沫がまるで雨のように少女の身体に降りかかる。
それが胸元の傷に浸み込むように溶け、傷を何事もなかったかのように癒ってゆく。
だが、セリカはその確認も惜しいと倒れ伏した流血鴉に向けて
直剣へと変形したレイテルパラッシュを振り下ろした。
けれど、腹部に大きな傷を負っているにも関わらず
平常時と何も変わらない動きで跳ね起きた流血鴉は、
その一撃を後方へ受け身をとって回避。
緋色の刃を形成する血を振り払うと同時に懐に手をいれる否や
取り出した小瓶を追撃せんと追いすがるセリカに向けて投げた。
……薬品の名称はわからないが、命中した相手の回復を阻害するそれ。
けれど、それを投擲する動作は隙が多く、投げられたとしても回避は容易。
一度わかってしまえば回避は簡単だった。
セリカは山なりに飛んでくるそれを潜り抜けるように回避すると、
投擲の動作の終わっていない流血鴉へ刺突の連撃。
一撃、二撃、三撃
血が迸る。
鋭いその切っ先が衣服を、皮膚を切り裂いてゆく。
そして、そのうちの一撃が流血鴉の頭の辺りをかすめた。
……鎧としての効果はほとんど持たぬほど薄く作られた銀の装甲は容易く裂け、
その奥に隠された口元をさらす。
だが、流血鴉とてこのままなすがまま狩られるわけではない。
セリカの繰り出す連撃の一瞬、その一瞬にねじ込むように連装銃を突き出す。
轟音
放たれた弾丸がセリカの左肩の肉を抉りながら削り飛ばした。
「がぁっ!」
レイテルパラッシュの振りの速さ故に、
攻撃する一瞬に銃撃を受け、致命的に体勢が崩れることこそなかったものの
セリカは着弾の衝撃で怯んだ。
その間に流血鴉は後方へ飛び退ると、更に連装銃を発砲。
だが、セリカは左肩の傷を押さえつけながらもそれを回避する。
「……っ、はぁ、はぁ、はぁ……」
彼女はステップの衝撃に俯き、
荒い息をつきながらも流血鴉を視界にとらえるべく顔を上げた。
……その時、ふと流血鴉とセリカの視線が合った。
互いに少なくない傷を負っている故のほんの僅かなインターバル。
それがあったがために起こった奇妙な一瞬。
と言っても、相変わらず目元を含めて顔の大半は銀の兜に隠れているため流血鴉の細かな表情は伺えない。だが、先ほどの一撃で辛うじて見えるようになったその口元は……
「……く、はは、はははっ!」
……笑ってる。
流血鴉は笑っていた。心の底から楽しそうに。
腹部から臓物と血が垂れ流しになっているというのに、それでも笑っていた。
それに対しセリカも笑い返す。
流血鴉とは対照的に、憎悪を押し殺し、ただ狂的に笑う。
「……あは、あはは、あははははははっ……!!」
2人は同時に輸血液を太ももへと打ち込む。
……今思えば、流血鴉が輸血液を使う場面を見るのはこれが初めてだ。
追い込んでいる、確実に……確実に……!
「何回、何回繰り返したと思ってるの?何度も何度も何度も何度もっ!!」
セリカの声が高揚する。
流血鴉はそれに応えるように緋色の血刀を再び顕現させる。
「……これで終わりじゃない。
また殺されても、何度だって狩りにきてやる。
あなたを狩り殺す、その時までっ!!」
「……それもまた一興……!」
その時、初めて流血鴉が言葉らしい言葉を発した。
喜悦に歪んだその言の葉のままに、再び古骨に触媒を込めたその身体が
セリカに躍りかかる。
それに対し、セリカもまたレイテルパラッシュとシンシアリティを構えた。
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赤い月光の差し込む大聖堂。
鮮血のようなその光は、辺り一帯に飛び散った血の痕すら覆い隠してしまいそうだ。
けれど、それでも尚、その赤い光すら覆い隠さんと、
鮮血の装飾は重ね、彩られてゆく。
大聖堂で獣と鴉の死闘は続く。
もはやどちらの血をかぶったものかわからないほどに血にまみれながら、
なおも相手の鮮血を求めてひたすらに相手の懐へ、
背後へもぐりこみ、絶え間なく苛烈に攻め続ける。
流血鴉に比べ被撃に余裕のないセリカは、
先程にも増して烈しく繰り出される血飛沫の斬撃を避けながら
血の弾幕とレイテルパラッシュで苛烈に攻め立て、
流血鴉は最早、連装銃は不要とでも言うように血刀一本で少女を狙う。
「っあああぁあああっ!!!」
ほとんど言の葉を発しない流血鴉に対し、
セリカは時折獣のそれとも似つかぬ咆哮を上げながら敵に迫る。
……最早、その姿にかつての彼女の姿は、
狩りの中でも、正常であろうとした少女の姿は何処にもなかった。
……けれど、永遠に続くかに見える死闘もいつかは終わりを迎える。
加速を駆使し、死角に回り込もうと翻弄する流血鴉。
セリカは身体能力だけを駆使し、それに無理矢理追いすがる。
長時間に及ぶ戦いの中で目が追いついてきた。
最初に殺されたとき、反応すらできなかったのが嘘のようだ。
そんな思考の最中、遂に流血鴉の加速が途切れた。
だからといって何も諦めたわけではない。
カチンッ!!
音を立てて千景が納刀される。
流血鴉が腰をかがめると同時、鯉口から踊るように鮮血が迸る。
血が抜け、身を蝕む激痛が襲い掛かるがそれでも尚、流血鴉はそれを停止しない。
長時間に及ぶ堪らぬ狩りが、その激痛すらも高揚へと変えてゆく。
その動作は、セリカの幾度とない死に戻りの記憶の中に確かに刻まれていた。
……力を溜めた、全力の抜刀。
こちらに追従してくるセリカにカウンター気味にそれを繰り出そうとしているのだろう。
実際、全力のそれに切り裂かれれば最後、確実に自分は死ぬ。
……だが、
「……!」
セリカの口角がキュッと持ち上がる。
今の今までそれは不意打ちの元に行使されていた。
けれど、今はどうだ。真正面から相手はそれを繰り出そうとしている。
……溜め攻撃は隙が大きい。
だからこそ、銃に慣れたセリカならば容易に内臓攻撃を繰り出せるだけの隙を作り出せる。
カチン!!
レイテルパラッシュの剣身が折りたたまれ、銃口が露出する。
「終わりっ!!!」
限界まで屈みこんだ流血鴉へ向けて、セリカはレイテルパラッシュの引き金を引いた。
……経験則からくる、完璧なタイミングでの速射。
あそこまで構えた流血鴉は最早攻撃を止めることはできない。
それ故の完璧な一手。
セリカは、その銃口から飛び出した己の血が敵の身体に的確に着弾するところまでを幻視
カチッ
「……え?」
無情に、ただその音は響いた。
レイテルパラッシュからは何も吐き出されない。
ただ虚しい音を響かせるのみ。
「え、え、え……?」
カチッカチッカチッカチッ
セリカは、呆然と、ただその引き金を引き続ける。
先程までの狂喜は影形もなく消え、
ただそこには何かに怯えたように引き金を引く少女の姿があった。
……間違えた。
間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた間違えた
折角、折角ここまで追い詰めたのに、ここまで来て間違えた。
残弾管理などヤーナムでもキヴォトスでも常識のはずなのに間違えた。
……また死ぬ。
死ぬのはもう慣れた。
けれど、これは……こんなことは……!
……?
「……あれ?」
その時、セリカはある違和感に気が付いた。
いつまで経っても、身体を冷たいものが裂き、直接触れてゆく激痛が、悪寒がやってこない。
おかしい。普通ならもう疾うの昔に自分は死んでいるはずなのに。
セリカは思わず流血鴉の方へと視線を向けた。
そこには……
「……は?」
膝から崩れ落ち、今にも消えそうになっている獲物の姿があった。
セリカが呆然している合間もその姿は崩れ続け、やがて光の粒子となってゆく。
少女は思わずその一粒に手を伸ばした。
けれど、それは驚くほど脆く、
その手の中で消えてゆく。
……千景は使用者の命を蝕んでゆく呪いの刀。
狩りに高揚しすぎた血の狩人は、そのことを失念していた。
そして、遂にそれにより命を絶たれた。
……静寂が、大聖堂に満ちる。
睨み合いの緊張感も何もない。ただ純粋な静寂。
「……勝っ、た?」
その末にセリカはただ一言、ぽつりとつぶやいた。
……答える者は、誰もいない。
その静寂の中、ふつふつとセリカの心の奥底から何かが沸き上がってきた。
「……ちがう」
セリカは、気がつけばそう声を発していた。
……違う、違う、違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う
こんなもの、こんな結果を望んでいたのではない。
望んでいない。
……死んでほしいわけじゃなかった。己の手で殺したかった。
この手で、その身体を刻んで刻んで刻んで、苦痛を味わわせて殺したかった。
だというのに、あんな静かに……全力を出し切り、どこか満足げに死んでゆくなど許していいはずがない。許されない。
「……ちが、う」
セリカはただ一言、ぽつりとつぶやいた。
……答える者は、やはり誰もいない。
________________________________________
「……」
大聖堂の扉の前。
そこでは今もアイリーンが静かに横たわっている。
遠目から見れば死んでいるとすら思えるその姿。
けれど、その胸が小さく、
だが確かに上下に動いていることが、命があることを示している。
コツ、コツ、コツ、コツ
その時、小さな足音が扉の方から聞こえてきた。
その音は次第に大きくなり、アイリーンのすぐ横で止んだ。
アイリーンはそれに対し、顔を上げることもせず、
ただゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……セリカ、年寄りの言うこと、それも師匠の言うことは素直に聞くもんだよ」
その言葉にセリカはすぐに答えることはせず、
ただゆっくりとその傍に腰を下ろす。
「生憎、獣性に呑まれるような不出来な弟子だから」
「……はは、そうかい……
そんな弟子に助けられているようじゃ、
いくら狩人狩りだろうが、結局……ババアはババアってところかね……」
セリカの返答に、アイリーンは短く笑った。
弱々しい、けれどどこか重荷が下りたような、そんな声色だった。
そんな彼女の言葉に、セリカの肩が震える。
「……狩れなかった」
「……?」
その言葉に僅かに首をかしげるアイリーンに、セリカは言う。
「……この手で狩りたかった。それなのに、なのに……」
「……なんだい。そんなことで気負うんじゃないよ」
何処か、自分を責めるように言葉を紡ぐセリカに、
アイリーンはやさしく言葉を紡ぐ。
「おおよそ、自分の業に捲かれて死んだんだろう……?
因果応報、というやつさね……」
「……」
掠れた、けれど励ましの込められた。そんな言葉。
けれど、セリカは何も答えない。ただ、俯くだけだ。
……そんな彼女に一拍おいて、アイリーンはセリカに話しかける。
「……それで、どうだい?あれを狩って……少しは何かわかったかい?」
その優し気な問いかけに、セリカは視線を彷徨わせる。
惑い、惑い、
そしてその末、迷いながら言葉を紡ぐ。
「……何も」
狩りに赴く前と、何ら変わらぬ答え。
……一見、そのように見えた。
「……でも」
セリカはそう、付け加えるように言うと、
そっと自分の肩を抱きしめるように……いや、突き立てるように腕を組む。
「……私は、[
私の大切を奪った[
これからも、ずっと、ずっと……」
……一人の少女の赤く蕩けた瞳が揺れる。
霞む視界の中でも、それは容易にわかるほど鮮明に見えた。
「……セリカ。あんたは、優しすぎるんだよ」
アイリーンは呟くように、セリカに言った。
「何処かで割り切っちまわないと、何処かで破綻する……
……まあ、今更そう言ったところで……手遅れってものさね」
「……そうかも、ね」
老婆はそう自嘲した。
少女も同じように自嘲した。
セリカは、ふと自分の手を見た。
……先程まで狩りに興じていたその手を包む黒い革手袋は、
誰の物かもわからぬ血で濡れている。
……もう、すっかり慣れてしまった。
その時、
カチャ
「……え?」
横から伸びてきた手が、セリカの手の中に何かを載せた。
その手は力を無くし、崩れ落ちるようにして視界の外へと消える。
……そこに残っていたのは小さな紋章だった。
暗い隕鉄で作られたそれは、まるで鴉が翼を広げているようで……
「それは、狩人の業さ……けれど、あんたが背負うものでもない」
手の中のそれを呆然と見つめるセリカに、アイリーンはゆっくりと言の葉を紡ぐ。
「……どうして?こんな大切なものを、どうして、今……」
「……頭のその白リボン。リリーのだろう?」
その問いには答えず、アイリーンはそう問いかけ返す。
その言葉に、セリカは息をのんだ。
「……こんなババアでよければ、あの子達と一緒に、いつでも傍にいるってね」
……とても、優しい、今にも消えそうな言葉だった、
アイリーンはゆっくりと、ゆっくりと顔を動かし、
せめて正面に、セリカの姿を見る。
「……はは、そんな顔、するもんじゃないよ……
あの時から、わかっていたことじゃないか……かわいい顔が台無しだよ」
血以外の何かで濡れるセリカの頬に、アイリーンの手が触れる。
ひんやりと冷たい。
もう、力もない。
けれど、暖かい。
その手が離れぬように、セリカは自分の手を重ねる。
「……あぁ、何だか眠くなってきたよ」
声が、消えてゆく。
少しずつ、少しずつ消えてゆく。
「すまないけど、少し……眠らせてもらうよ」
「……うん」
……果たして、それは言葉になっていただろうか。
今となっては、わからない。
「……先に、おやすみなさい……アイリーン、さん」
「……あぁ、おやすみ……セリカ」
……それっきり、何も聞こえなかった。
<鴉の狩人証>
獣狩りの血に酔った狩人を狩る、狩人狩りの証
仲間を狩る証は、代々1人だけに、ひっそりと受け継がれた
その多くは辺境の異邦者であったという
まず強く、血に酔わず、また仲間を狩るに尊厳を忘れない
そんな狩人だけが、この呪われた証を任されるのだ。
今、その証は夢の工房の中に丁寧に飾られている。
何の因果かその証を託された血酔いの少女は言う。
大切なものだから。だから、それは持たない。
対照の位置にいる自分が持つべきではないから。