極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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どこもかしこも獣ばかり















side present 狩人、又は獣狩りの夜(1)

 

 

[……お姉さん]

 

 

声が、聞こえる。

 

 

記憶の中でしかもう聞こえない、大切な人の声が響き、瞬く。

 

 

[リリーちゃん、どうしたの?]

 

 

記憶の中の自分が、少女にきょとんと首を傾げながらそう聞き返す。

それに対し、リリーちゃんは何か言いかけたようだが、やはり口を閉じ、

しばらくもじもじと辺りを見回して、そして恥ずかしそうに視線を逸らした。

 

 

[……ううん、やっぱり内緒]

[……別に隠し事をしてても怒ったりはしないわよ?]

[もう、お姉さん変なところで鈍感なんだから……]

[?]

 

 

自分の言葉に、少しすねた様子で小声で何か呟くリリーちゃん。

結局何もわからず、再び首をかしげる自分。

そんな自分のことを見たからだろうか。

リリーちゃんはまた、視線を彷徨わせると、やがてふっと笑って、

私のすぐ近くにまで歩み寄った。

 

 

 

[……お姉さん]

 

 

……その記憶が、柔らかく微笑む。

 

 

優しく優しく、微笑む。

 

 

……その記憶が、血で彩られてゆく。

 

 

赤く赤く、血で濡れてゆく。

 

 

 

 

[……大好き、だよ]

 

 

 

 

……その言葉は、もはや呪いですらあった。

 

 

 

________________________________________

 

 

 

……数時間ほど経って、

砂漠へ遠征に出ていた生徒と先生らは、アビドス高校へと戻っていた。

その足取りは重く、お互いに会話の一つもない。

校舎内に足を踏み入れても、それは同じこと。

 

「……ただいま~」

 

対策委員会の教室の扉を開ける時、

ホシノがわざと元気よく、中に向かって声をかけた。

……けれど、それに応える声はない。

 

「"アヤネ……?"」

 

先生が思わず教室内にそう声をかけながら、その姿を探す。

……アヤネは確かに、教室の中にはいた。

けれど、彼女はその声に応えることはない。

椅子に座り込んだまま身動き一つせずただ俯いており、その表情は伺い知れない。

机の上には愛用しているタブレットが、スマートフォンが力なく投げ出されている。

 

「!!」

 

瞬間、セリカの瞳が驚愕に見開かれたかと思うと身体が掻き消えるように動いた。

そして、死んでいるようにすら見えるアヤネの肩をつかみ、揺らす。

 

「アヤネちゃん……?アヤネちゃんっ!?」

「ぁ、え?」

 

セリカに揺さぶられて、漸くアヤネは顔を上げた。

掛けてある眼鏡はズレ気味で、頬には涙の痕も見える。

そして、鬼気迫るセリカの声を聞いて先生らも緊張状態から解放された。

 

「……!」

「アヤネちゃん!」

「アヤネっ!」

 

彼女たちを取り囲むように、ホシノが、ノノミが、シロコが、そして先生が集まる。

そんな中、アヤネはしばらくの間、ただ茫然とセリカのことを見ていた……が、

 

 

「セリカ、ちゃん……!」

「あっ」

 

 

瞳から涙がこぼれ、表情がぐしゃりと歪んだかと思うと、

アヤネはセリカに飛びつくようにしてその身体を抱きしめる。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……!」

 

セリカが何か言うよりも早く、

肩に顔をうずめたアヤネから嗚咽交じりの贖罪の声が聞こえてくる。

 

「私が、私があの時あんな事言ったから、

学校が、それにセリカちゃんがカイザーに……!」

「……!」

 

思えば、カイザー理事がセリカの身柄を狙っていると宣言してからというもの、

アヤネの通信には一切の反応がなかった。

セリカの過去、そしてアビドスの土地に対する不安。

……それに今回のことが重なり、遂にアヤネの心はぽっきりと折れてしまった。

 

「あの時、セリカちゃんがあんなに止めてくれたのに、

あんなに心配してくれたのに……私の、私のせいで……」

「……そんなこと、ないよ」

 

しばらくの間呆然としていたセリカだったが、

やがて泣きじゃくるアヤネの身体をそっと抱き返す。

 

「連中、私のことはだいぶ前から目をつけてたみたいだし、

遅かれ早かれこうなってたと思う。

それにアビドスがここまで追い込まれたのは……私がここにいるから、だから」

 

……そう、アビドスの借金があんなに重くなったのも、

アヤネちゃんが苦しんでいるのも、根底にある原因は全部黒見セリカ(自分)

だから、腕の中にいる友達が自分を責める必要は全くないのだ。

 

「!そんなこと……!」

 

セリカの言葉に、思わずアヤネが顔を上げる。

けれど、アヤネの言葉にセリカは首を振るばかりだ。

その時、

 

「はいはい、2人ともそこでストップストップ」

 

アヤネとセリカの肩にぽんと手が置かれた。

……ホシノだ。

 

「そうやって自分が自分がって言うのはおじさんちょっといただけないよ。

2人とも悪くないんだからさ」

「……ホシノ先輩」

「……」

 

ホシノの言葉にアヤネは動きを止めるも、

セリカの方は何も言わぬまま視線を逸らすとゆっくりと立ち上がった。

 

「"……セリカ?"」

「あっちで硬貨を集めに行ってくる。先輩にも手伝ってもらうつもり。

少なくとも何もしないよりはマシだから。

みんなには集めたのを売りに行ってもらえると助かる」

「"あ、ちょっ"」

 

そう言うとセリカは先生の制止を無視してそのまま教室の入り口へと向かう。

……たとえそれが自分にとって意味のないものでも、

自分の大切な人が守っているものなら、それは等しく自分が守るべきものだから。

だから……

その時、彼女の肩を誰かがつかんだ。

 

 

「それだったら、私も連れて行って」

 

 

……セリカが少しだけ首を傾けて視線を向ける。

そこにいたのはシロコだった。その表情には、どこか焦燥感すらあった。

 

「集める方だって少しでも人手があった方が効率がいいはず。

私とセリカと……できればホシノ先輩もあっちに行って、他のみんなが金貨を売る。

そうすれば……」

「ダメ」

 

シロコは必死にセリカに呼びかける。

だが、彼女はそれをたった一言で切り捨てた。

……その表情は厳しい。

それに気圧されるのも一瞬、シロコは唇をかみしめると再びセリカに語りかける。

 

「足手纏いにならないって約束する。

それに、硬貨を拾い集めるだけなら私達だって……!」

「その約束のどこに保証があるの?

そもそも先輩が思ってるような方法で私は硬貨を集めてない」

 

セリカはそう言うと、淡々と説明し始めた。

 

「獣を狩った後に残る血の遺志、それを取引して硬貨に還元してるの。

だから必然的に硬貨を集めるには狩りに参加しなきゃいけなくなる。

それだけは絶対に許容できない」

「ちょ、ちょっと待って、

狩りって……今までセリカちゃん、そんな危ない方法で……!」

 

そこまで言ったところで、セリカは自分の失言に気が付いた。

……余計な心配をかけないために、

そのことについて詳しく言っていなかったのが仇になった。

 

「……私はもう狩りにも、死ぬことにも慣れてる」

「で、でも、だとしても、もう行く必要なんて、苦しむ必要なんてなくたって……!」

「そうですよ!それに、何もセリカちゃん1人で……」

 

 

「じゃあ、これ以外に何か方法はあるの?」

 

 

静かな、感情の起伏の乏しい、それでいて重圧の籠った言葉。

……教室の中が、シンと静まり返った。

誰も、何も言わない。言えない。

 

……言って、しまった。

……わかっている。

心配してくれているのだ。

大切に思ってくれているのだ。

だから、みんな私に声をかけてくれる。私を今も見てくれている。

けれど、この時だけは、一瞬だけは……

 

それが、煩わしかった。

 

 

「……ごめん。言い過ぎた」

 

 

セリカは短くそう言うと、今度こそ教室を出た。

 

残されたのは、呆然と、そして悲しそうに立ち尽くすシロコと、

 

再び机にうつぶせになったアヤネと、

 

それを慰めながらも、セリカの行く先を心配そうに見つめる先生とノノミ。

 

そして……

 

 

「……今、できること。か……」

 

 

……何かを思い詰めた、ホシノ。

 

 

________________________________________

 

 

 

聖杯ダンジョン、と呼ばれる場所がある。

 

 

ヤーナムの地下に広がるといわれているその場所は、

獣の陰鬱と未知なるものの神秘にあふれ、同時に甘美な秘密に彩られた呪われた場所だ。

無限に形を変え続けるその場所は、

文字通り聖杯の儀式を経てアクセスすることができる。

その内部には恐ろしい敵、そして大半の狩人の心を惹きつけて止まない血晶石が存在し、今も地底の悪夢に囚われた狩人、地底人が今も狩りを繰り返している場所でもあり……

セリカが知る中で最も血の遺志を得る効率が良い場所でもある。

 

 

「……」

 

 

獣狩り、獣狩り、

 

 

道中で切りかかってくる白いつるつるとした不気味な人型を斬り伏せながら、

肺を焼き焦がす死臭と、嘔吐きそうになる腐臭、今もこの身を蝕む呪いに浸りながら、狩り装束に着替えたセリカは腰に掛けた小さなランタンの頼りない光だけを元に古代遺跡の中を進む。

 

 

獣狩り、獣狩り、

 

 

レバーの前にいる髪を振り乱し、

黒い何かで巻かれた死体を抱えた化け物が、奇声を上げながら殴りかかってくる。

セリカはそれに的確に銃撃を叩き込み、

その腹に右腕を打ち込み、中の臓物を引きちぎるようにかき乱す。

 

 

獣狩り、獣狩り、

 

 

……こうして、狩りに浸ろうとするのはいつぶりだろうか?

何もかも忘れて、獣を狩って気を紛らわせようとするのは。

 

 

レバーを倒し、石像の持つランタンの色が変わったことを確認して、懐から狩人の確かな徴を取り出す。それを脳裏に焼き付け、鮮明に思い描けばいつの間にか遺跡の始めに戻っている。

 

 

……多分、思い詰めている表情をしていたのだろう。

先輩は、私のことを見て何か言いたげだった。

それでも何も聞かず頼みごとを了承してくれたのは少しだけうれしかった。

使者たちも集めた輝く硬貨をあちらの屋上に置いてくる手伝いをしてくれている。

 

……私が聖杯の儀式をしている最中、ありったけの血の遺志を輝く硬貨に放り込んだ後堂々とqjpktusu(貞子テンプレ)に潜っていったのには流石に一言モノ申したくなったのはさておき、だ。

 

 

帰還した後、最初の小部屋に入れば目の前にある閉じられた檻戸の色が変わっている。

セリカはそれの下に手をかけ、持ち上げるようにして道の先を開く。

開かれた未知の先はL字に折れた回廊。

 

 

「……脇道はなし」

 

 

セリカはそう呟くと、回廊の終点にある扉へと向かうと、

その入り口を開き、中に入る。

……背後で白い霧が退路を閉じてゆく。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

 

それと同時、目の前に背の皮が剝がれ、めくれ上がり、

フードのようにそれを被ったおぞましいやせこけた獣が現れる。

 

「……血に渇いた獣、ね」

 

セリカは短く呟くと、懐から取り出した黒い丸薬を口に含み、かみ砕いた。

奥底にある獣性が明確に発露する。瞬間、

 

 

ヒュオッ!!!

 

 

反射的に身をかがめながら前にステップ。

頭上を痩せこけているが故により明確に、

凶悪に表された獣の爪が風切り音を立てて通過する。

……呪いにより自身の生命力は半減している。

あの一撃さえもろに食らえばそれだけで自身の命は引き裂かれることだろう。

セリカに突っ込んできた血に渇いた獣は即座に体勢を整えると、

目の前の獲物に再び対峙する。

それに対しセリカはレイテルパラッシュにヤスリをこすり火をつけると、獣の正面から一気に突っ込んだ。

 

 

……間違っていない、間違っていない。

シロコ先輩はあの時止めなければ、絶対についてくるつもりだった。

だから、あの時は確実に止めなければならなかった……でも、

 

 

獣狩り、獣狩り、

 

 

獣狩り、獣狩り、

 

 

……肉をえぐる悦楽も、血をかぶる快楽も、胸の奥にある重いものを消してはくれない。

わからない。わからない。

あの時、どうすればよかったのかわからない。

……わからない。

 

 

「あっ」

 

 

ぐちゃぐちゃとした思考に浸っていたセリカは、間合いの管理を間違えた。

ステップで振り下ろされる凶刃から逃れようとするも、完全にはそれは叶わない。

 

 

「ぐっ……!」

 

 

鮮血が舞う。

体内に入り込んだ遅効毒が僅かに体を蝕むも、発症するには至らない。

 

 

だが、一気に瀕死まで追い込まれたことには変わりない。

対する獣はセリカが間合いから消えたことに気が付いていないのか

滅茶苦茶に両手を先程までいた場所に振り回し続けている。

セリカはそれに対し鋭く息をつくと、素早く背後に回り込み、

レイテルパラッシュを大きく引き絞った。

 

 

 

________________________________________

 

 

 

第5層まで攻略したところで丁度レイテルパラッシュと、

予備武器として持ってきていた千景がどちらも少し刃の通りが鈍くなってきた。

 

……キリもいいことだ。

 

セリカは一度狩人の夢へと戻ることにした。

階層の主が消えた辺りから出現した歪んだ灯りに手を触れれば、

いつも通りの神秘の霧に満ちた景色が広がる。

足元では無数の使者たちが先輩が作り出した硬貨の山を少しずつ少しずつ運んでいるのが見える。

……とは言え、これだけでは到底目標の金額には届きそうにないが。

 

セリカは小さく息をつくと、

修理分を残して取り敢えず血の遺志を輝く硬貨へ変化させるために水盆へと向かおうとした

……が、その足は水盆の前に置かれていたガーデンテーブルにより止まることになる。

セリカが視線を向けるのは、そのすぐ傍でゆっくりと湯気の立つ紅茶をいれる人形だ。

 

「人形さんどうしたの?急に……」

「セリカ様が疲れておいででしたので、

狩りの合間に少しでも休めるようにと用意したのですが……いかがでしょうか?」

「いや、私は別に……この後すぐに出るし、そもそも味が……」

 

人形の言葉にそう言い淀むセリカだったが、

彼女は何も言わず、その目の前に静かに紅茶を置いた。

セリカはしばらくの間それをじっと見ていたが……

 

「……わかった」

 

そう短く言うと椅子に腰かけることこそしなかったものの紅茶を手に取り、口元に近づける。

 

「……あれ?」

 

香りがする。

もう血肉以外の食事の香りはまともに感じられなくなっていたはずだというのに、その紅茶からは確かに芳醇な何かの香りがした。

セリカはしばらく呆然と赤みの強いその液体を見つめていたが、

やがて恐る恐る、それを口に含む。

……その目が丸く見開かれる。

 

「いかがでしょうか、セリカ様?」

「……おいしい、けど……」

 

何故か少し言い淀むセリカに、人形は淡々と告げる。

 

「はい。輸血液を加えてみました。前に、血以外に味が感じられなくなってしまったとのことだったので」

「……やっぱり?」

 

人形の言葉にセリカはそうつぶやくと、しばらくカップの中で紅茶を揺らしたあと、柔らかく微笑んだ。

 

「……でも、これいいかも。あんまり血を直接飲んでる感じがしないし」

「ふふ、作ってみた甲斐がありました。もしよけれは焼き菓子もありますが……」

「……それはまた今度で。お菓子まで食べたらずっとここに居ちゃいそう」

「……そうですか」

 

セリカは申し訳なさそうにそう言うと、紅茶の残りを一気に飲み干し、空になったカップをテーブルに静かに置いてそのまま水盆へと向かう。

人形は少し寂しそうにその様子をみていたが、

そういえば、と思い出したようにセリカに言葉を切り出した。

 

「そういえば、お2人がいない時に先生という方が来られました」

「……先生が?」

 

思わずそう聞き返すセリカに、人形は短く頷くと言葉を続ける。

 

「狩人様と鉢合わせるかも知れないと思い、急いでお帰りいただいたのですが……

ただ、伝言を預かっております」

「伝言……」

 

そう言われて頭をよぎるのは、ここに来る前の出来事。

セリカの表情が、悲し気に歪む。

 

「……みんな、怒ってるって?」

「いえ、そのようなことは一言も」

 

僅かに顔を伏せたまま、短くそう問いかけたセリカに対し、人形は首を振る。

 

「明日、また話し合いましょう、ご友人の方が皆、心配しています。とのことです。あと、シロコ様とアヤネ様から謝罪がある、ともおっしゃられていました」

「……そう」

 

その後、しばらくの間取引の手を止めていたセリカだったが、

やがて再び使者達との取引に戻る。

 

「……私も、もう一回謝らないと」

 

ぽつりと、セリカは呟いた。

目の前では、水盆の使者たちがゆらゆらと、心配そうに揺れている。

そんな少女の背をしばらく見つめていた人形だったが、ふとその背に問いかける。

 

「セリカ様、貴方は……愛されていますか?」

「……」

 

再び、取引の手が止まる。

 

 

「……うん、私にはもったいないぐらい」

 

 

セリカはただ一言そう答えた。

そう言う彼女の表情は、何処までも寂しそうだった。

 

「……そうだ。人形さん、血を入れてないお茶菓子をいくらか作って欲しい」

「承知しました……包装もいりますか?」

「お願い」

 

セリカがそう答えると同時、懐に入りきらなかった硬貨が近くの金と銀の山にざらりと音を立てて積み上がった。

 

 

……夜は、ふけてゆく。

 

________________________________________

 

 

その後、何回か聖杯ダンジョンに潜り続け、硬貨の山が丁度膝に届きそうになった時点でセリカは一度夢から出た。

……硬貨の山の隣に血晶石の山も出来上がっていた気がするが恐らく気のせいだと思われる。

朝日に照らされる屋上にも同じぐらいの山ができていて、

今も使者たちがそれを積み重ねている。

案外もう少し効率化すれば本当に返せてしまうかもしれない。

まあ、下手にこれらを売り払おうとしたら確実にカイザーが妨害してくるだろうから、それをどう対策するかも考えなければならないが……

 

 

「……あ」

 

 

そこまで考えたところで、セリカは狩装束のまま戻ってきてしまったことに気が付いた。

レイテルパラッシュもいつも使っているものを持ってきてしまった。

 

「……まあ、今更といえば今更だけど」

 

この姿を見せるのは初めてとはいえ、特に問題はないだろう。

セリカは一つため息をつくと、そのまま屋上の階段へと向かった。

その手の中では、人形に作ってもらった焼き菓子が揺れている。

人形の作った料理の味は折り紙付きだ。

少しでも、みんなが喜んでくれればいいのだが……

 

そんな思いを抱いて、セリカは教室へと向かう。

そして、丁度教室の扉が見え始めた時だった。

 

 

「……?」

 

 

教室の戸が開けられたままになっている。

いつもはそのようなことはほとんどないので、余計にそれが際立った。

……だからといって、校舎があれているような様子も見受けられない。

セリカは不思議に思いながらもそこに近づいてゆく。

開け放たれたそこから中をのぞいてみれば、

机に向かって先生が、ノノミが、シロコが……そしてアヤネが何か見ているのがわかる。

 

 

「……おはよう」

 

 

そんな彼女たちの背に、セリカはそう声をかけた。

少女たちの顔が、一斉にこちらに向く。

……その表情には、驚愕の色が濃い。

 

「……セリ、カ」

「……そこまで驚かれると流石にちょっと悲しいんだけど」

 

セリカは少し不服そうな表情を作ったのち表情を元に戻すと、

彼女たちに問いかける。

 

 

 

 

 

 

「そういえばホシノ先輩は、また寝坊?」

 

 

 

 

 

 

 

 

日は堕ち沈み、月が昇り始める。

 

 

 

……夜は近い。

 

 

 









<ホシノの手紙>

薄桃色の封筒に入れられた手紙。
それにしたためられているのは、小さな少女に秘められた、贖罪と願い。

彼女はどこまでも優しく、それ故に思い詰め、
そして誰よりも誰かを、そして自分を信じられていなかった。
……だから、その手紙がもたらす結末を、知ることができなかった。








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