極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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すべて、長い夜の夢だったよ……
















side past 黒見セリカ、又は遺志を継ぐ者(2)

「狩人様、セリカ様……お待ちしておりました」

 

 

背後から静かな女性の声が聞こえた。

先輩とセリカは同時に振り返る。

そこには、いつの間にいたのか、人形がいつも通り、静かに佇んでいた。

 

「間もなく夜明け……夜と夢の終わりですね。

……大樹の下で、ゲールマン様がお待ちのはずです」

「……そうか、すまないな。人形殿」

 

人形の言葉に、先輩はそう礼を言う。

……それに対し、セリカは人形の言葉を、どこか呆けた様子で聞いていた。

 

 

……そうか。

 

 

セリカは、ゆっくり、ゆっくりと自分の首筋に手を当てる。

……最早、人の皮を被った何かに転じたこの身体は、

それだというのに今も生きているという感覚を伝えてくる。

……けれど、それももうすぐ終わる。

 

苦痛も、絶望も、憎悪も、獣性も……等しく、暗い血の中に帰る。

 

 

「……漸く、終わるのね」

 

 

何処か、寂しそうな微笑みと共に、セリカはそう呟いた。

 

「……」

 

そんな彼女の様子を、何も言えず先輩はただ見つめるのみ。

暫くの間、自分の生きている感触に浸っていたセリカだったが、やがて人形に視線を向ける。

 

「人形さん、今までありがとう……これでお別れ、かな?」

「そうですね……

セリカ様。どうか、あなたの目覚めが有意なものでありますように」

 

その言葉にセリカは短くうなずくと、先輩の方を見る。

 

「そう言えば渡し忘れてた……はい」

 

そう言うと、懐に手をいれたセリカは

黒く渦巻いた何かを取り出すと、先輩の手に乗せる。

 

「3本目のへその緒……だっけ?欲しかったもの、これであってる?」

 

先輩は手渡されたそれをじっと見つめていたが、やがて短く言葉を紡ぐ。

 

「……あぁ、合っているとも」

「そう、それならよかった」

 

セリカはその言葉にほっと一息つくと、庭園の麓へと……

今まで一度も開かなかった工房の裏手へと続く扉へと向かうべく背を向ける。

……心なしか、その足どりは弾んでいるようで。

 

 

「……セリカ」

 

 

気がつけば、先輩はその後姿に声をかけていた。

その背が立ち止まり、ゆっくりと振り向く。

……すっかり傷んでしまった黒髪が、血に汚れた白いリボンが、揺れる。

帽子の下の赤く蕩けた瞳が、未だ幼さの残る顔に大きく走った古傷が、先輩を見つめる。

 

「何してるの?先輩。早くしないと先に()っちゃうよ?」

「……そうだな。私も行くとしよう」

 

セリカの言葉に少しためらった後、先輩は結局当たり障りのない言葉を返すと、

眼前で3本目のへその緒を握りつぶした。

翠緑とも、蒼白ともつかぬ光が弾け、その響きが自分の中に吸い込まれてゆく。

それと同時、自分の脳に宿った何かが、成った感覚を覚える。

 

……これで、準備は整った。

 

これで、3度目の光景……庭園の奥へと進む短い道中。

そこに唯一加わったセリカの背を追いながら、先輩は思案する。

 

永遠に終わらぬ夢から覚めるため、夢の続く根源を下す為、手は尽くした。これがどのような結末を生むかは、自分でも分からない。

……ただ1つわかるのは、セリカの願いはゲールマンの介錯によっては叶わぬ。その1点のみ。

 

酷なことを、強いる事になる。

もしかすれば、自分が作る場所にも彼女の望むものは……

 

……そこまで思考を巡らせたところで、先輩はそれを振り払った。

 

今更考えたところで何になる。

……思えば、今までもそうだった。

全ては運命に流されゆくままで……

 

 

「……狩人たちよ」

 

 

……声が、聞こえる。

それは、周囲に白い花の咲き乱れる、古び、苔むした大樹の下で。

 

 

「……ゲールマン殿」

 

 

その根と共にあるように置かれた車椅子の上に座す人物の名を、先輩は静かになぞった。

 

 

___________________________________

 

 

 

「……わぁ」

 

 

……歓声を上げるのは、本当に、本当にいつ振りだろうか。

 

セリカの脳裏をぼんやりとそんな言葉が過る。

石垣を抜け、彼女の視界一杯に広がる光景……

それは、白い花の咲き乱れる花園だった。

所々に様々な形の墓石が立ち並び、

ヤーナムの中では皮をはがれた獣が磔になっていた組み木には、獣の姿はなく。

ただ青々とした蔦が絡みつくのみで、寧ろ鎮魂のそれすら感じられる。

……柔らかな月明かりの照らすその光景は何処までも幻想的で、美しかった。

その花園の中を、セリカは先輩と共にゆっくり、ゆっくりと進んでゆく。

 

……本当に、自分がここにいていいのだろうか?

 

そんな錯覚を覚え始めた頃、

いつの間にか彼女達は苔むした大樹の元へとたどり着いていた。

 

「……あ」

 

大樹の麓、そこには、車椅子に腰かけた一人の老人がいた。

……人形の言った通り、その人は大樹の下で2人を待っていた。

 

 

「……狩人たちよ」

 

 

ゆっくりと、柔らかく、その人が2人に呼びかける。

 

 

「……ゲールマン、さん」

 

 

その人の名を、セリカはゆっくりとつぶやいた。

 

……交流は、今に至るまで2回だけ。

うち1回は、そもそもまともな会話をしていない。

けれど、その人となりは、よく知っている……つもりだ。

 

ゲールマンは顔をゆっくりと上げると先輩を、そしてセリカのことを順に見た。

……セリカと視線があったとき、その表情が悲し気に変わる。

 

「セリカ、君は……私の見ないうちに、また随分と変わってしまったようだね」

「……そう、ですね」

 

その言葉に、セリカもたどたどしい口調で答える。

 

「……あの時、ゲールマンさんに教えてもらったこと……結局、わかんなくなっちゃいました。それで、血に呑まれて……この有様です」

「……私から言えることはなにもないよ」

 

深い、諦観に表情を染めるセリカに、ゲールマンはただ一言そう言った。

 

「ただ1つ確かなのは、君たちが獣狩りの夜を終わらせたということだけだ。

……長い夜は、もう終わる」

 

……そう、長い夜はもう終わる。漸く、漸く全て終わるのだ。

だからセリカは問いかける。今一度、あの時の問いを、口にする。

セリカは、1つ息をつく。

そして、その様子を見守っていたその人に告げる。

 

 

「ゲールマンさん。私を……殺してくれますか?」

 

 

「……如何にも」

 

 

ゲールマンはセリカの言葉にゆっくりと頷いた。

 

「君は……君達は死に、そして夢を忘れ、朝に目覚める。

解放されるのだ……この忌々しい、狩人の悪夢から」

「……あぁ」

 

……セリカはただ、声を溢す。

その言葉をどれほど待ちわびていた事か。

……自分という存在が、

こんな綺麗な場所で、穏やかに死んでいいものかと、そんな疑問がふと脳裏を過る。

けれど、その疑問をセリカは緩やかに振り払う。

 

自分はもう、精一杯頑張ってはないか。

少しだけ、最後に一度だけ、贅沢をしても……いいではないか。

 

だから……

 

だから

 

 

「ゲールマン殿」

 

 

その時、背後から声が掛かった。

今の今まで、ほとんど声を発していなかった先輩。

その声が、何処か夢見心地となっていたセリカの精神を現実へと引き戻す。

 

……一抹の不安。

 

それを覚えたセリカは、思わずそちらの方へと振り返った。

相変わらず、狩人の狩装束を来て、こういう場のためか口当てを下ろし、狩帽子を取った先輩。

その瞳に宿るのは……訪れるであろう安寧を夢見るのとは全く別の決意。

 

 

「……私達2人の介錯を、しないで頂きたい」

 

 

「……え?」

 

何を言っているのか、分からなかった。

 

介錯を、しない?

 

……何故?どうして?

先輩は、どうして私にとって唯一の安らぎを取り去ろうとしている?

 

わけもわからず立ち尽くすセリカを余所にして、

先輩の言葉を聞いたゲールマンはしばらくそれを噛み締めるように黙りこくる。

その後、やがて口を開く。

 

「……彼女の苦しみ。

私より君のほうが余程わかっていると思っていたのだがね」

「それを思うからこそ、です。尚の事ここで介錯を受けさせるわけには行かないのです」

 

……再びの静寂。

 

「……ホッホッホッ」

 

その末、ゲールマンは小さく笑った。

けれど、そこに宿る感情には一欠片の喜色もない。

ただ、目の前の片眼鏡の狩人に対する静かな怒気のみ。

 

「なるほど、君も何かにのまれたか。狩りか、血か、それとも悪夢か……」

「……ゲールマン殿」

 

目の前にいる存在を敵と見取ったゲールマンとは対照的に、先輩はただ、静かに呼びかけると、未だ白いまま(・・)の狩人の夢の月を見上げた。

 

「……ここの()は、随分と趣味が悪いらしい」

「……ー!」

 

……今にも、義足となった足で立ち上がろうとしていたゲールマンの動きが、止まる。

そんな優しき助言者に向けて先輩は言葉を紡ぐ。

 

「こんな老いぼれを2人と、見た目麗しい人形を夢に閉じ込めて。おまけに次は幼気な少女を手籠めにしようとしている。全く持って趣味が悪い……そうは思いませんかな?」

「……君は」

 

先輩の言葉に、ゲールマンはハッと気がついたように声を溢す。

そんな彼に、改めて先輩は向き直った。

 

「……1度目は介錯を、2度目はあなたを下し……ここにくるのはもう3度目です」

「……そうか、そうだったのか……ハッ、ハッ、ハッ……」

 

……その意味を理解したのだろう。

ゲールマンは何度かその言葉を噛み締めるように繰り返した後、短く、悲しげな笑いを上げた。

 

「……趣味が悪いとは言うものの、あれにそう言う概念があるとは私は思えないがね」

「いえいえ、これは確かにあれの趣味です。

……そうでも思わないと、やっていられないもので」

 

ゲールマンと先輩はそう言って言葉を交わし合うと、お互いに笑った。

……その時、

 

 

「ま、待って……」

 

 

横合いから声が掛かる。

……今の今まで会話の外に置かれていたセリカだ。

その赤く蕩けた瞳が不安で、そして恐怖で揺れる。

 

「……2人、とも。何を言ってるの?

あれって何?それに3度目って……、先輩は……ゲールマンさんは何を見てきたの?一体何を知って……!」

「セリカ」

 

訳もわからず、混乱したまま言葉を紡ぐセリカに向けて、ゲールマンは短く声をかける。

 

「下がっていなさい」

「……え、え?」

 

一瞬、その言葉の意味がわからなかった。

けれど、一拍置けば容易に理解できる。

 

このままだと、先輩とゲールマンさんが殺し合う。

いつの日か、先輩とガスコインさんが暗闇の墓地の中、死闘を繰り広げたのと同じように。

 

……けれど、

先輩の方もゲールマンを説得できると思っていたらしい。

その表情が哀しげに歪む。

 

「ゲールマン殿……」

「……すまないね。

けれど、例え君が真実へと辿り着いていようとも、私を一度下していようとも、私はあくまで君の前に立たせてもらうよ」

 

そう言うと、ゲールマンは車椅子を手で持つと、ゆっくりと力を込める。

 

……カシャン

 

微かな……けれど、確かな金属音。

いつも車椅子に座っていたはずのその姿が、右足が義足でありながら、花園の中に立つ。

老いているはずなのに、その姿には不思議と衰えた様子はない。

 

「……一度見たならば、君も分かっているはずだ。あれはどうしようもない。私を下したとて、全ては無為に帰す」

「……だとしても私は足掻くのです。いつの日か、その先に真の夜明けがあると信じて」

 

ゲールマンは諦観し、先輩は進む。

……その道は、決して交わることはないのだろう。

先輩はゲールマンから距離を取ると、その頭に狩帽子を目深に被る。

ゲールマンもそれに応えるように、いつの間にか掻き消えた杖の代わりに現れた、

腰に下げられた曲刀に手をかける。

 

「では、あくまで私は君達をここに留めよう。

停滞し、終幕で止まった悪夢の中に留めることになったとしても、これ以上の絶望を観ることがないように」

「ならば、私はあなたを葬送しましょう。その絶望の先に、光があると信じて」

「やめてっ!!」

 

その時、駆け寄ってきたセリカが先輩の身体へとしがみついた。

……先程のやり取りでゲールマンを説得できぬと悟ったのだろう。一縷の望みをかけて先輩へと縋り付く。

 

「わからない……わからないよ!先輩の言ってることも、ゲールマンさんの言ってることも……でも、でも何で2人が傷つけあわなきゃいけないのよ!!」

「……セリカ、これは……「うるさいっ!!」」

 

先輩の言葉をセリカの悲鳴のそれに近い怒声が掻き消した。

その声は、涙で濡れていた。

先輩も、ゲールマンも、その声に動きを止める。

……暫くの間、先輩の狩装束へと顔を埋めたセリカからは、嗚咽だけが聞こえていた。

 

 

「……何で、何で私の大切は全部零れてくの?

起きてほしくないことばっかり起きて、それで全部消えてく……

もう、嫌だ……嫌なの……わかってよ……」

 

 

「……」

 

 

微かに聞こえてくる掠れた声。

それは、少女の心に深く深く突き刺さり、それを今も蝕み続けている悪夢。

年相応に泣きじゃくるセリカの背に、

先輩は数回ためらった後に手を回すと、嗚咽に震えるそれをそっと撫でた。

……そして、

 

 

「……すまない」

 

 

ほんの短い謝罪だけを残し、

先輩はセリカの身体を背後に向けて引き離す。

……セリカ本人は力を込めていたつもりなのだろう。

けれど、その拘束はあまりにも弱々しかった。

 

 

「あっ……!」

 

 

セリカの足がもつれ、花園に尻餅をついた。

 

 

「待ってっ!!」

 

 

それでも尚セリカは起き上がり、

先輩に向けて、その向こうにいるゲールマンに向けて手を伸ばす……が、

 

「後は頼んだよ」

 

それは、ゲールマンの言葉と共に突如として現れた白い悪夢の霧に阻まれる。

セリカが反射的に足元を見ればそこには幾人かの使者たちが手を伸ばし、少女の周りを悪夢の霧で囲っていた。

……強敵との戦闘時に邪魔な獣が入らぬようにするため、空間を隔絶し、狩人のみを行き来させる不思議な障壁。セリカも幾度となく世話になってきた使者たちの持つ力。

それが、今この時だけセリカを拒む。

セリカはしばらくの間、呆然と彼らのことを見つめていたが、

やがて涙をこぼしながら彼らの元へと屈みこむ。

 

「お願い邪魔しないで!

このままだとゲールマンさんと先輩が殺し合いになるんだよ?それでもいいのっ!?」

 

……使者たちはセリカの呼びかけに、その小さな顔を逸らした。

けれど、それだけだ。

悪夢の霧を解く様子は一向に来ない。

 

 

「……さて、そろそろ始めようか」

 

 

ゲールマンはそう言うや否や、曲刀を抜き放つと、その勢いのまま柄の部分を背中の折りたたまれた歪んだ棒へと連結。

 

 

ガキン!

 

 

隕鉄が弾ける音とともに、棒が跳ね上がり、武器全体を大鎌へと変容させる。

死神が持つ禍々しいそれとは対照的な、古びて、そして静かな葬送の刃。

それと同時、その身体から蒼の霧が立ち昇る。

 

「こんなのおかしい……おかしいよ……!」

 

対する先輩も得物を抜き放つ。

……いつものノコギリ鉈。

普段と違うことと言えば、獣の返り血で黒ずみ、薄汚れているはずのそれは、綺麗に磨き、洗浄され、新品同様の鈍い輝きを放っていることだろう。

 

「やめて……2人ともやめてって……!!」

 

先輩はゲールマンに向けて一礼する。

これから相対する最初の狩人に向けて、敬意を込めて。

そんな先輩に向けてゲールマンは礼を返すと、葬送の刃を構える。

 

 

「……ゲールマンの狩りを、知るがいい」

 

 

両者が動き出すと同時。

……少女の慟哭が、庭園に響いた。

 

 

________________

 

 

 

月光に照らされ、白い花が輝く。

 

 

キィン!!

 

 

隕鉄の音か瞬けば、それは旋風に捲き上げられ、狩りを鎮魂で彩る。

 

 

「セアッ!!」

 

 

その老骨から発されるとは思えない鋭い気迫と共に

最早、一陣の風となり、残像すら残さぬ葬送の刃が振るわれる。

その高身長を活かした常人以上の間合いの斬撃。

……けれど、大鎌という特性上懐はどうしても手薄になってしまう。

先輩は斬撃の寸前にゲールマンの懐に飛び込むことでそれを回避。

ノコギリ鉈を振るう。

けれど、次の瞬間にはゲールマンの身体は加速。

狩装束が風で瞬く間に音と蒼白の霧のみを残して後方へと瞬間的に移動する。

先輩の斬撃はその肌を浅く切り裂くにとどまる。

けれど、先輩はその動きに追従し、追撃することはせず、

ただ静かにゲールマンの次の動きを窺う。

 

 

……瞬間、

 

 

「シイッ!!」

 

 

ゲールマンが鋭く息をついたかと思うと、

その体躯が加速しながら正面へ飛跳。あまりの勢いに花弁が激しく舞い散る。

その刃が敵を両断せんと大きく振りかぶられる。

先輩は反射的に受け身を取ったものの、

凄まじい速度で振りぬかれたそれはそれを許さない。

 

 

鮮血

 

 

隕鉄の刃に肩口から切り裂かれ、赤色がほとばしる。

けれどそれをこらえた先輩は今度こそゲールマンの懐へと飛び込んだ。

 

 

一撃、二撃、

 

 

変形を織り交ぜた抉るような斬撃、

ゲールマンの返り血をかぶった先輩の傷が癒えてゆく。けれど深追いはしない。

先輩が距離を取ると同時、

鎌を短く持ち、素早く切り払ったゲールマンの攻撃が通過する。

 

……また、状況に静寂が戻る。

 

先程の応酬を伝えるのは、ふわりふわりと宙を舞う花々と、

仄かに血で濡れた草花だけ。

その時、ゲールマンは大鎌と刃と柄の境界に手をかけた。

 

パキンッ!

 

甲高い音を立てて連結部が分離、葬送の刃が曲刀へと変化する。

……瞬間、

 

カシャン

 

義足の軋む音を立ててゲールマンの身体が加速したかと思うと、相手の眼前へと急接近する。

先輩は咄嗟に短銃での迎撃を選択しようとした。

が、晴れる青い霧の中から突き出されたのは、古びた獣狩りの散弾銃の銃身。

 

「っ!?」

 

先輩の表情が驚愕で染まると同時、

銃声が重なる。

 

 

一発は先輩の短銃から、もう一発はゲールマンの散弾銃から。

ゲールマンは水銀弾を受けたにも関わらずその体幹は揺らいでいないのに対し、先輩の方はたった一発のそれだけで体勢が大きく崩れた。

無防備に曝け出された先輩の胴体に向けて、ゲールマンの右腕に曲刀が溶け込む。

 

 

貫通

 

 

先輩の内臓をゲールマンの腕が貫いた。

……けれど、それはただ貫くのみ。

セリカのような血に酔った狩人がそうするように血を求めて、或いは先輩のような優れた狩人が敵に確実な致命傷を与えるために搔き乱すことはない。

腕を引き抜けば、鮮血が溢れる。

けれど、致命傷のそれには至らない。

 

「フウッ……!」

 

ゲールマンは倒れ伏した先輩に追撃すべく曲刀を振り上げる。

目も眩むような流麗な連撃の嵐。

起き上がった先輩はその横をすり抜けるように回避したものの、それを見取った否やゲールマンはその背に銃器を照準。

 

 

轟音

 

 

仕掛けによりほとんど一点まで収束された水銀弾が、その背を貫かんと迫る。

だが、先輩は今度こそそれを回避。

失った体力を補填すべく輸血液を打ち込もうとした……瞬間、

 

「ハァッ!!」

 

気迫とともに、隕鉄の音が弾ける。

少なくとも10m以上は離れていたであろう距離を、ゲールマンがたった一息で詰めてきたのだ。

その手から曲刀が突き出される……が、

 

 

銃声

 

 

曲刀が水銀弾により跳ね上げられ、今度はゲールマンの体勢が大きく崩れる。

……大きく離れた距離。

いくらその速度が異次元じみていても先輩が捉えるには十分過ぎた。

先輩の右腕に、ノコギリ鉈が溶け込んだ。

 

ドチャッ!!

 

その老いた身体に、腕が無理矢理ねじり込まれる。

断面から血が溢れ出し、花園を朱で染めてゆく。

……先輩がそこから腕を引き抜けば、ゲールマンの身体が倒れ伏すと同時、鮮血の雨が降った。

先程のまでの傷が瞬く間に癒えてゆく。

……その時、

 

「……どうだい、狩人よ。こうしたところで、互いに痛み分けといかないかね?」

 

ぽつり、と。倒れ伏したままのゲールマンからそんな言葉が溢れた。

追撃を加えようとしていた先輩の手が、一度止まる。

……その口が、何処か困ったように動く。

 

「……ゲールマン殿。この状況で言われては

命乞いに聞こえてしまうのですがな」

「どう取ってくれても構わないよ。ただ……君の気が変わらぬものか知りたくてね」

 

……ゲールマンの問いかけに、先輩は少しの間、ノコギリ鉈を振り上げたまま考え込む。

そして、

 

「……生憎、私は囚われたままの永遠は嫌なのです」

「私も、もう疲れているさ……けれど、そのところだと説得は難しいようだね」

 

ゲールマンがそう言の葉を紡いだとほぼ同時、追撃のノコギリ鉈が振り下ろされた。

けれど、蒼白の霧のみを残して跳ね上がるように起き上がったゲールマンはそれを回避。追撃しようとする先輩に対して即座に曲刀と折り畳まれた柄を連結、大鎌を振るって牽制すると、そのまま後方に飛び退り大きく距離を取った。

 

カシャン、カシャン

 

花園を踏みしめたゲールマンの義足が、微かに軋む。

その音の中、彼は先輩の方へと視線を向けた。

 

「……では、続けようか」

「無論です」

 

瞬間、ゲールマンの身体が宙高く飛び上がったかと思うと、それと同時、葬送の刃を大きく振りかぶる。

視線の向こうにいるのは、遥か下にいる先輩の姿。

……蒼白の霧が、炎のように揺らめく。

 

 

「ハアッ!!!」

 

 

葬送の刃が風を引き裂くように振るわれる。

その一撃は鎌イタチとなり、先輩に迫る。

 

 

斬ッ!

 

 

暴風に晒され、花々が揺さぶられ千切れ飛んだ花びらがひと時の花吹雪を作り出す。

その成功の是非を見届ける間もなくゲールマンは花園に降り立つ。

 

 

タンッ

 

 

地面を蹴る音。

その一瞬の隙を逃すまいと、

先輩が花吹雪を突き抜けるようにしてノコギリ鉈を持った先輩がステップし、

ゲールマンに迫る。

それに対し、寧ろ相手をこちらに引き寄せるように、

背後からそれを両断せんと葬送の刃を大きく引く。

 

 

キィン!!

 

 

もう幾度目かの隕鉄の音が弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ぁ……ぁ」

 

 

その光景を、悪夢の霧に囚われたまま、セリカはずっとずっと見ていた。

蕩けた瞳からは今も絶えず涙が流れ落ちている。

けれど、それ以上にセリカは、目の前の狩りに魅入ってしまっていた。

 

……そこで行われているのは、確かに狩りだ。死闘だ。

けれど、そこにあの忌むべき血生臭さも、獣性の狂気すらもなく。

舞い散る花弁は、差す青い月光は、鳴り響く隕鉄の音は、高らかに鳴る銃声は、

肉を切り裂く音も、迸る鮮血でさえもその情景を装飾してゆく部品にすぎない。

 

 

……こんなに悲しいはずなのに、こんなに苦しいはずなのに、

その光景をどこか……美しいとすら感じてしまった自分は、

やはり、狂っているのだろうか……?

 

 

ゲールマンはゆっくりとした動作から加速を織り交ぜた急襲を繰り出し、

先輩はその動き一つ一つに対応し、確実に斬りこんでゆく。

 

 

……いつまでも終わらぬようにすら思える、踊るような、美しい死闘。

けれど、それも終局に近づいてゆく。

 

 

突然、花園の中心でゲールマンが立ち止まった。

そしてそのまま、狩人の夢を照らす満月の方へ祈りを捧げるように両手を大きく広げる。

 

「!」

 

先輩がその隙を見逃すわけもなく、

ここぞとばかりにゲールマンに接近、その背後から最大まで力を溜めた斬撃を見舞う。

 

 

ズシャッ!!

 

 

ゲールマンの背に大きな傷跡が作られる。

けれど、その身体が揺らぐことはない。

蒼白の霧が一際大きく揺らめき、まるで彼を祝福するかのように舞い散る白い花びらが集結してゆく。

 

「……むっ!?」

 

何かが来る。

先輩の狩人としての直感がそう告げる。

しかし、懐に潜り込みすぎた。

いずれにせよ回避できない……

 

 

ならば、

 

 

先輩は、もう一度大きくノコギリ鉈を振りかぶる。

 

 

その一撃で己の身体が砕けぬことを祈り、ここで終わらせる。

 

 

「ッ!!!!」

 

 

その凶悪な刃が、一息に振り下ろされた。

……瞬間、

 

 

 

ゴッ

 

 

 

ゲールマンの身体を中心に神秘の閃光が弾け、

それが先輩の身体を包み込み、吹き飛ばす。

放たれた衝撃波が花園一帯を撫でるように広がる。

 

 

「うっ!?」

 

 

暴風に晒され、セリカは思わず顔を腕で覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

……どれほど経っただろうか。

 

 

セリカは薄く、そしてゆっくりと目を開いてゆく。

ゆっくりと戻ってくる視界の中では、

先ほどの衝撃波に揺られた白い花びらがまるで零れ落ちる雪のような情景を作り出した。

 

 

……いつの間にか、悪夢の霧は消えていた。

 

 

「……!!先輩、ゲールマンさん!!」

 

 

そのことに漸く気が付いたセリカは、慌てて立ち上がると、

舞う花々の中に2人の姿を探す。

……あれほど聞こえていた死闘の音は、もう聞こえない。

 

 

「……!!」

 

 

見つけた。

 

 

先程と変わらぬ場所に、2人はいた。

ただ、違うことといえば……

 

 

先輩は血に塗れながらも立っていて、

ゲールマンはその場に膝をついていたことだろう。

 

 

「あぁっ……!」

 

 

セリカの口からももはや言葉にならぬ、悲鳴のような声が零れる。

少女は走る。

その身体が2人の元へたどり着くのに、差して時間はかからなかった。

先輩はいつの間にか狩道具をしまい、その狩帽子をぬいで胸に当てていた。

……一瞬、先輩と視線が合う。

 

 

「「……」」

 

 

けれど、お互いに言葉を交わすことはない。

セリカはゲールマンの方へ視線を向けると、

段々と夢の中に融け、消えようとしているその身体をそっと抱きしめる。

 

 

「ゲールマン、さん……」

「……すまない、ね。

どの道、私が君を送ってあげることは……叶わなかった、ようだ」

「……いいんです、もう。全部いいんです」

 

 

ほどけてゆく。体温が、消えてゆく。

……もう幾度目かの感触。

けれど、きっと自分は、この感覚に慣れることはないだろう。

 

 

「彼を、悪く思わないでやってくれ……」

「……納得は、してません。でも……わかってる、つもりです」

「……そう、か」

 

 

掠れる声に、1つ1つセリカは答えてゆく。

……ゲールマンは、その声に少しだけ、最後の力を振り絞って、微笑んだ。

……ふと、その瞳がここではないどこかを見る。

 

段々とおぼろげになってゆく中で、

最初の狩人の記憶に残るそれが走馬灯となって映し出される。

 

 

「あぁ、ローレンス……私は、待ちきれなかった……ようだよ」

 

 

手を伸ばす。それがだんだんと、ほどけてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すべて、長い夜の夢だったよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 









古びた車椅子


使い古され、古びた車椅子。
狩人の悪夢に囚われた最初の狩人が、この椅子の上でこんこんと揺れていた。

今、その上では一人の少女が時折腰掛ける。
オルゴールの子守唄に揺られながら今は亡き人々の徴を抱え、その痕跡に浸り続けるのだ













どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

……もうn回目の長引きです。次回終わる終わる詐欺を現在進行形でかましてます。
まあ……次回は内容が内容なので一旦この余韻のまま区切ることにしたんですけどね。
本当……ですよ?(震え)
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