漸くテスト期間が終わりました……いろんな意味で。
単位出てるといいなぁ(白目)
………夜。
日は当に暮れ、漆黒の帳がアビドス砂漠を包む。
だが、月はいまだ見えることなく。
立ち込めた暗雲からは冷たい雨が降り注いでいる。
そんな砂漠の一画にある、一面を広大なコンクリート壁で囲まれたカイザーPMCの基地。
……あまり表沙汰にはできない経緯で建築されたこともあり、隠ぺいの意味も込めて普段は外から見る限りでは稼働していないようにすら見えるその場所。
けれど今、その場所は壁の向こうから施設の光がこぼれ、通常時が嘘のような厳戒態勢が敷かれていた。
あまり士気が高いとは言えないカイザーPMCの兵士たちも、この時ばかりは誰もが緊張で眠気を失い、全神経を尖らせて索敵していた。
……尤も、それらは別に会社への忠誠心から来るものではなかったが。
「……へ、兵長。なにも、いません……よね?」
……その基地の一画、外端部の警戒を行っていたオートマタの一機に、不意に横合いから声がかかった。
オートマタが声が下方向へ視線を向ければ、自分と装甲色と同じ迷彩柄の軍服を着た少女が不安げにこちらを見ていた。
あと、自分と違うのはビニール傘をさしていることか。
「さあ、な。見ている限りでは何もいない。警報も鳴ってない。でも、噂によると誰にも気づかれずに部隊のど真ん中に侵入できると聞く……というか、遠征組のお前の方がよく知ってるんじゃないのか?」
「……っ、すいません……あの時のことは、その……」
兵長、と呼ばれたオートマタの言葉に少女は言い淀んだ。
……あの時。
つい今日の昼頃に行われたアビドスとの戦闘の事だ。
実際はたった1人による蹂躙に他ならなかったらしいが……
「あぁ、すまんな。話したくないならそれでいい」
兵長はそう一言少女に向けて謝罪した。
……思えば、同じヘルメット団の派閥の出身だという、いつもつるんでいる他の少女らの姿がない。つまりは……そう言うことだろう。
兵長はモニターに内蔵されたカメラアイを正面へと戻しながらも、改めてそのことについて思いめぐらした。
要警戒対象、黒見セリカ。
上の連中が付け狙ってい
なんでも、今までにない回復薬や兵器の秘密を握っているのだとか。
だが、アビドスにしろ、その少女にしろ。
カイザーという企業がこういったことに手を染めるのは今回が初めてではない。
だから、今回のことも企業の手にかかったアビドスのことを可哀そうだとは思いつつも、いつも通り他人事として仕事をこなそうとした。
……けれど、それは最悪の形となってカイザーPMCに降りかかった。
アビドス高校を占拠するべく行われた遠征。
結果は致命的な被害を受けての撤退。
ここまでならキヴォトスではよく聞く話だ。
けれど、問題はこれら作戦で出た被害だ。
基地に撤退する際に確認できただけでもオートマタに45機、
PMC所属の生徒9名……更には部下の制止を押し切って自らのゴリアテで出撃したカイザー理事。その全員が死人が出ていないことが奇跡ともいえるほどの重篤な傷を負っていた。データが完全に破損しない限り身体を換装すればいいオートマタとは違い、
生徒の中には未だ意識が戻っていない者もいる。
更に、アビドス高校内部への侵入を行ったオートマタ24名、
生徒6名から成る特殊部隊は通信途絶。
……その後の戦闘経過から見るに件の少女と真っ先に接敵したと考えられ、その身柄も回収できなかったことからMIAとして扱われている。
……キヴォトスではほとんどない、死傷者が出かねない事件。
それをたった1人で引き起こした人物こそが黒見セリカだ。
少なくともわかっているのは、相手がこちらを……キヴォトスの住民を殺害できるだけの力を持っていること。
そして、カイザーに並々ならぬ殺意を向けていること。それだけだ。
しかも、こちら側もアビドスの生徒一人を瀕死に追いやったという話まで出ている。
……もし、今の状況で黒見セリカと会敵したらどうなるかなど考えたくもない。
事の発端を作った
今回のことの揉み消しについて更に上のお偉方に詰められているらしく怒りの方が勝っているらしく、中央の司令塔から八つ当たり気味のほとんど怒声のそれに近い指示を飛ばしている。
……恐れた事態が起これば真っ先に接敵することになるであろうこちらの事情など知らないで。
「……まあ、こんなことはよくあることだ」
兵長は、不意に傍らの少女に向けてそう嘯いた。
少女が顔を上げるも、その方向には向かぬまま、兵長は言葉を続ける。
「俺たちには運がなかったんだ。
カイザーPMCなんていう会社に入社してしまったこと、
よりにもよって配属先がここだったこと、
喧嘩を売ったのが想定外の化け物のいる場所だったこと……」
そこで一度言葉を区切ると、兵長は改めて少女へと視線を向ける。
「そして、俺は基地の防衛に回されてたせいで事の次第を知った頃には逃げられなくなってたこと。
お前は……友達をここに残して逃げられなかったとかか?」
……彼らはこの場にどうしようもなく残っているものの、現時点で脱走兵も少なくない。
カイザーから離反することになっても、死ぬよりはマシと言うやつである。
「………兵長?」
「……ま、何にせよこの人生、理不尽な不運はよくあるってことだ。いちいち気にかけていてもしょうがない」
そう言うと兵長はこちらを呆けたように見る少女の肩にポンとマニピュレーターを乗せた。
「禍福は糾える縄の如し、って言うだろ?もしかしたらこのまま何もなくて、晴れてこの夜が明ける……そう思ってたほうが気が楽だ」
「……は、はい!ありがとうございます」
……少し遠回しであるが、励まして貰っていることを理解したのだろう。少女の声に先程よりも張りが出た。
それを確認すると、兵長は前を向いた。
「さて、これが終わったら先ずは転職だな!いい加減こんな泥舟とはおさらばしたいもんだ」
「……そうですね。私も、私達も……」
「……そう」
瞬間、声が聞こえた。
彼らのすぐ背後、雨音に紛れて忍び寄っていた黒い影。
「なっ!?」
「!!?」
訓練の賜物で反射的に振り返り、銃を向けようとした所までは良かった。
……けれど、それだけだ。
夜の闇の中で煌めくは、銀色の刃。
それが、オートマタの胴体を今まさに貫かんと迫る。
……彼に辛うじてできたことと言えば、一瞬だけ襲撃者の姿を捉えることだけだった。
「……!」
ずぶ濡れになった黒いコート、帽子……そして、長いツインテール。
その奥から覗く赤く蕩けた瞳だけが、ギラリとした狂的な光を帯びている。
「だったら己の不運を噛み締めながら死ぬことね、獣……!」
ガキィッ!!!
装甲が貫通音とともに破砕され、内部の機構を刺し貫く。
まるで鮮血のようなスパークが迸ったかと思うと雑音となり果てた電子音の断末魔と共に、カクリとそれは動かなくなった。
「……へい、ちょう?」
呆然と、その残骸の名を少女は呟く。
それに向けて、黒い人影は何も言わず残骸を踏みつけるようにして剣を引き抜くと、
目の前の
……数秒後、水溜りと溶け混ざる血だまりが一つ、その場に残された。
____________________________________
「……」
雨に濡れるカイザーPMCの基地。
その建物の合間を縫うように、できる限り足音を殺しながら何者かが移動していた。
……セリカだ。
「……今何がっ!?!」
彼女が移動する微かな水たまりを踏みしめる音。
それに気が付いたオートマタの兵だったが、
次の瞬間には背後から重要な機構部分を刺し貫かれ、機能を停止する。
その悲鳴は雨音にかき消され、誰にも届くことはない。
……こうした慎重な攻略の仕方をするのは、いつの夜ぶりか。
セリカは人型の装甲の残骸を建物の隅の方へと押しやりながらぼんやりと考える。
……激情にまかせて、という理由も多分に含みこそするものの、
キヴォトスでは致死的な攻撃がないことをいいことに
身体能力を駆使した攪乱と強行突破ばかり行っていた。
けれど、本来狩りというものは余程のことが無い限り相手の隙をつくこと、兎に角対多数戦を避けることに重点を置く。
……今、使用できる武器はレイテルパラッシュ、シンシアリティ、千景、市販のマグナムリボルバー、獣の咆哮、彼方への呼びかけ。
消耗品は自殺により補充した輸血液20瓶、水銀弾25発。
その他には獣血の丸薬6個、青い秘薬9瓶、骨髄の灰10包、発火ヤスリ10枚、雷光ヤスリ10枚、火炎瓶10瓶、時限爆発瓶10瓶、油壷10壺、祭祀者骨の刃4本、投げナイフ17本、毒メス12本、マグナム弾18発。
あと石ころたくさん……
カイザー全てを単機で相手取るにはいささか心もとない。
だからこそ、一匹一匹、
できる限り発覚しないように注意を払いながら一先ず対処が必要な獣を狩り取ってゆく。
……最大の目的は
……だが、そうしてひそかに狩り続けながら移動することに限界があることも、セリカは十分に理解している。
丁度中心部から見て4分の1ほどの距離を過ぎた時だろうか?
「……警報」
倉庫付近の物陰で、セリカは甲高いサイレンの音を聞いた。
[A2ブロックにて監視部隊の全滅を確認!
付近にいるものは直ちに応急手当てと退避の支援を。
また、要警戒対象の侵入した確率が高い。必ず2人以上で行動し、今まで以上に警戒を怠るな!!繰り返す……]
「……わざわざ知らせてくれるんだ」
警報に続く放送を聞き、セリカは物陰で薄く笑った。
……だが、状況が厳しくなったことには変わりない。
彼女はふっと笑みを掻き消すと、思考を巡らせる。
「……A2だか何だか知らないけど、さっきの場所は連中が集まってる。これ以上発見されないように立ち回るのも難しく……」
「居たぞっ!!!」
その時、オートマタの電子音声がセリカの耳朶を打った。
反射的にセリカは声が聞こえた方向から隠れるように遮蔽物の影へと受け身を取る。
瞬間、つい先程までの彼女がいた場所を弾丸の雨が薙ぎ払った。
「直ぐに周辺の部隊に連絡、位置座標を共有!」
「本部にも状況を伝えろ!!」
……数は3、問題はない。
遮蔽物越しに物音から状況を探ったセリカはそれだけ判断するとそこから雨粒を跳ね除けんばかりの勢いで飛び出した。
「ひっ、こっちにく」
……たった3人分の弾幕、回避することは容易い。
相手の失敗はセリカの姿を確認して即座に退避しなかったことだ。
先ず、一番近くにいた一機が身体を捻って回避を試みたものの、その動作を刈り取るように薙ぎ払われたレイテルパラッシュにより体勢を崩し、続けざまに放たれた刺突により沈黙。
一瞬、セリカの動作が止まった所にやたら滅多に銃弾が乱射されるも、極限まで前傾姿勢になりステップすることによりセリカはこれを回避。
次の一機はそのまま掬い上げるように胴体を刺し貫かれ動作を停止。
「ひっ、に、にげ」
恐慌状態に陥った最後の1人が思わず其の場から逃げ出そうと試みる。
その背に向けてセリカはシンシアリティを向けようとしたものの途中で動作を停止すると、代わりに懐を素早く探る。
取り出したのは、恐ろしく鋭く砥がれた薄いナイフ。
「……逃がすと思う?」
セリカは短くそう声を発するや否や、手の中のそれを腕をしならせるようにして投擲した。
その鈍色の刃は、オートマタの脚部の装甲の合間の関節に寸部の狂いもなく突き刺さった。
「あがっ!?」
オートマタが倒れ込む。
それだけの隙さえあれば、トドメを刺すには十分過ぎた。
……程なくして、火花を散らす鉄塊が3つに増えた。
さて、次は……
獲物を仕留めたセリカが一先ず状況確認の為周辺を見渡したその時、
「……!」
視界に飛び込んでくる、デジタルタイマーのついた四角い爆弾。
……今も記憶に焼き付いている、大切を奪った忌々しいもの。
セリカは反射的に飛来してきた方向へ飛び込むようにして回避行動を取った。
背後で轟音と爆炎が上がる。
「……へぇ」
……確実に、こちらを殺しに来ている。
ふと視線をそちらの方に向ければ、
先ほどまでの静かな状況が嘘であったかのように、セリカを取り囲むようにしてカイザーの部隊が展開している。
……正面から接近するには流石に厳しいか。
セリカはそう判断すると、身を翻すや否や建物の影へ、その入り口を目指して走る。
「!!目標、移動を開始!」
[……!クソっちょこまかと……
逃がすな!!少なくとも位置座標だけは何としても捉え続けろ!!]
……懐に飛び込まれてしまえば詰み。
その事は敵も十二分に理解している。
だからこそ、敵が今何処にいるか何とかして調べようとする。
セリカが扉を破壊して飛び込んだ建物の中は、コンテナが積まれた倉庫。
即ち、視認性が悪く、遮蔽物が立ち並んだ場所
……丁度いい。
そう判断するとセリカは後方へ意識を向ける。
……背後から聞こえてくる無数の足音。正確な数は不明。
それだけ読み取ると、セリカは青い秘薬を飲むとコンテナの奥へと姿を消した。
「……何処へ、行った?」
遅れて、カイザーPMCの部隊が倉庫の内部へと到達した。
全員重装甲かつ大型のシールドを持ち、閉所でも取り回しの利くショットガンを装備している。
「……おい、実は外にいたりなんてことは……」
「その外の連中が言うには、
少なくとも出た形跡はなく、この中には居るってことだ」
恐怖に声が震える同僚に、別の一機がそう声をかける。
「……じゃあ、結局貧乏くじを引いたのは俺たちかよ。クソッ」
「俺だって嫌だよ。なんでこんな……」
「待て」
色濃い死への恐怖。
そのせいで危うく部隊がばらばらになりかけていたその時、この部隊の隊長と思しき一機が隊員を制する。
その一声で一斉に静かになった彼らに対して、そのオートマタはゆっくりと床を示し、ライトを当てた。
「……!」
そこで声を出さなかったのは、曲がりなりにも彼らが軍人であったからだろうか?
……何はともあれ、そこにはつい先程ついたばかりの水の足跡が、垂れた水滴が倉庫の奥へと点々と続いていた。
外は雨が降り込め、目標は特に雨具を持ってきていた様子はなかった。
だから、こうした跡が残るのは至極当然と言えるだろう。
彼らは短く頷き合うと、シールドを構えながら慎重に、その足跡をたどり始めた。
倉庫の中では、屋根を雨粒が叩く音だけが聞こえてくる。
逆に言えばそれ以外には自分達の足音しか聞こえない。
……不気味だ、何処までも。
その時、先頭を進んでいた隊員の動きが急に止まった。
すぐ後ろの別の隊員がその動作を怪訝に思ったのか相手の肩を軽くショットガンの側面で小突く。
それに対し、先頭の隊員は軽く足元を指し示した。
「……!?」
そこには、何故かコンテナのすぐ隣で不自然に途切れた足跡があったのだ。
……別に、乾いているような様子はない。本当に不自然に途切れているのだ。
敵の痕跡を指し示すものを見失った。
そのことで部隊全体に少なからず動揺が走るも一瞬、それは直ぐに消えることになる。
何故なら……
「!!」
始めにそれに気がついたのは隊長だった。
想定しておくべきだった。敵がその行動をしないという道理は何処にもないのだから。
即ち……
「上だっ!!」
「なっ!?」
瞬間、コンテナの上から降ってきた黒い影がすぐ下にいた隊員を何の対処行動もさせぬまま頭頂部から串刺しにした。
「っ!!撃てっ!!」
そう指示が発せられるのとほぼ同時、誰もが一斉にセリカから距離を取ってシールドを展開。
その隙間からショットガンを突き出す。
対するセリカは落下攻撃を差し込んだせいで体勢の立て直しが遅れた。
銃声が連続すると同時、無数の散弾がセリカの身体を打ち据える。
その頬に血が滲む。
「……っ!」
セリカは短く痛みに呻くも一瞬、銃撃の合間を縫って黒い獣の手に触媒を込めた。
「ガアアアアアアァァァァアアアッッ!!!」
大音量の獣の咆哮が、倉庫全体を震わせる。
幾ら大型のシールドを装備しているとは言え、オートマタ達はその音響に堪らず怯んだ。
……無論、その一瞬をセリカが逃すわけがない。
ショットガンの使用すらのままならないほどの至近距離に一瞬で潜り込み、一閃。
一撃でそれを仕留めると怯みから復帰し、慌ててショットガンを向けてきた別の敵の懐に潜り込む。
「がっ!?」
……2つ。
その巨体が稼働停止したことを確認すると、セリカはスタミナ回復のために一旦ステップを連続してコンテナの影に退避する。
「クソッ!逃げられた、今すぐ……!!」
「離れるな!互いの死角をカバーしろ!!増援は……」
……コンテナの向こうでは残されたオートマタの声が聞こえる。
その声で位置を把握しながらもセリカは次の攻撃の準備を瞬く間に整えてゆく。
その時、
[…………]
「……は?」
この場にそぐわぬ、呆けたような声が聞こえた。
別に、セリカがまだ見せていないヤーナム由来の狩り道具や秘儀を使用したというわけでもない。
セリカが遮蔽物から少しだけ顔を出してそちらの方へ視線を向けると、
通信をしていたらしい敵兵の一人がインカムに手を当てたまま硬直していた。
……ゾワリ
瞬間、セリカの背筋を狩人特有の悪寒が駆け巡る。
「ふざけ
そのインカムの向こうへとオートマタが怒声を発しようとした。
けれど、その言葉が最後まで続くことはなかった。
轟音
倉庫の外から発せられたそれがいくつか連続すると同時、
搬入用のシャッターが食い破られ、戦車砲の徹甲榴弾が倉庫……
弾薬の保管庫に飛び込んできた。
「っ!!」
反射的にセリカは受け身を取ったものの、ただの焼け石に水でしかない。
瞬間、目の前が閃光に包まれ、音が消えた。
………………
……
……
…
「……うっ」
微かなうめき声を溢して、セリカは身じろぎした。
流石狩人というべきか、生きている限り彼女という存在の意識が途切れることはない。
……どうも、コンテナの残骸の間に入り込んでいるらしい。
それを確認すると、セリカは次に自分の身体の確認をしてゆく。
……手足の感覚は……ある。
骨折はしているだろうが少なくとも千切れてはいない。
視覚はおぼろげだが脳震盪の類。潰れたわけではない。
聴覚は……
[……せ……いき……!]
先程の爆風の嵐にやられたのか、うまく機能していない。
内臓もいくらかやられている。
流石のキヴォトスの人体といえど、
超至近距離で大量の弾薬が起爆して無事という道理はなかったようだ。
「……」
……視覚が少しずつ回復し、雨の中でも燃え盛る炎と
瓦礫に包まれた辺りの光景が鮮明になってゆく。
けれど、セリカはその時間も惜しいと辛うじて動く左腕を駆使して懐から輸血液を取り出す。
1つ、2つ……
[口答えするな!!奴が無事ならさらに被害が出るのがわからんのかっ!?]
あの獣の声が鮮明にきこえてくるようになった。
手足の感覚が万全ではないものの戻り、全身を苛む激痛も幾分か和らぐ。
……だが、足りない。
3つ
[ごちゃごちゃ言う暇があったらここら一帯を迫撃砲で薙ぎ払え!!]
まだ万全とはいいがたいが、少なくともまともに動けるまでは回復した。
セリカはゆっくりと起き上がると、新たに青い秘薬を一本飲み、
即座にこの場から退避するべく行動を開始する。
……瞬間、炎の壁の奥から再び砲撃音が響き始めた。
狙いはつけられていないものの、先ほどとは違い放たれるのは榴弾。
着弾したそれは炸裂し、散らばる瓦礫をさらに粉砕してゆく。
だが、セリカはその砲撃の雨が降る倉庫跡地から難なく脱した。
やはり、あれだけの爆発を起こしたせいかその被害は周辺の別の建物へも広がっていた。
その被害地域から少し離れた場所で、迫撃砲部隊が展開しているのが見える。
こういう時に雨は厄介だ。
青い秘薬の効果は完璧な透明化ではない上、雨粒のせいで余計にバレやすくなる。
……だからといって、狩りをやめるという選択肢もないが。
足音を殺し、相手の視界に入らないように、
できる限り遮蔽物に身を隠しながら敵部隊へと向けて移動する。
……すぐ近くにたどり着くころには、青い秘薬の手持ちは4個ほどになっていた。
けれど、これほどまで接近できれば十分だ。
セリカは隠れている瓦礫越しに敵の様子を窺う。
「……いた」
……調子に乗ったのか、はたまた1人で中心部にこもっていることが怖くなったのか。
隊列の奥の方にカイザー理事の姿が見える。
セリカはその姿をじっと見据えたまま輸血液をさらに使用し、
今度こそ完全に傷を回復させるとシンシアリティの薬室へ骨髄の灰を装填。
更に獣血の丸薬を嚙み砕く。
狭所で敵の分断を試みたとしても、
敵はそれを破壊してでもこちらを攻撃してくるとわかった以上、
以降この戦術は使えない。
……だとすれば、残るは自分の命が続く限りの総力戦だ。
タンッ
それは青い秘薬の効果が解けると同時、
地を蹴ったセリカの体躯が敵部隊に向けて急激に接近すると同時、
最も近くにいた兵士1人が胴体部に致命傷を受け、行動不能に陥る。
「敵襲!?」
「まずい、やつがぎゃっ!?」
返す刀で一閃、さらに1人を葬ると同時、
セリカは太ももにシリンジを突き立て自分の血を吸い出す。
「来るなっ!来るなっ!!」
「こ、後退しろ、敵を近づけさせるな!!」
急に現れたセリカの存在に周囲の敵は瞬く間にパニックに陥り、
正常な部隊統率が取れていない。
……それ故に反撃も少ない。
セリカは緊急補充した自身の血と2発分の水銀弾を触媒に、
輝く軟体を頭上に掲げた。
パキンッ
儀式は砕け、星々となって降り注ぐ。
……その神秘的な光景とは裏腹に、それらが作り出すのは破壊の限りでしかないが。
そうしてできた敵部隊の欠落を突いて、セリカは目標に向けて走る。
「あの光……!また、またなのか?!なぜ二度も黒見セリカの接近をっ……!!
……目標に近い場所にいる部隊は囮に使え!!
その間に他の部隊は後退、量産型のゴリアテもすべて出せいっ!!」
骨髄の灰を込めたシンシアリティを掃射して正面にいる敵に手傷を負わせ、
それを起点に未だ恐慌している敵部隊に飛び込み、
辻斬りじみた動作と共にその合間を駆け抜ける。
……輸血液残り16、水銀弾残り15。
そうして遂に敵部隊を突き抜ける。
……けれど、次にセリカの視界に飛び込んできたのは
装甲車の上に乗ったそれが基地内に走る道路の曲がり角の奥へと消えてゆく光景だった。
「……っ!」
それに顔をしかめるも一瞬、
セリカはすぐ傍にあった別の道から敵がいるであろう方向へと向かうことを選択する。
……だが、当然その通路にも敵は待ち構えている。
「来たぞ!!」
「戦車部隊、迎撃開始!提供された兵器もとっとと使えっ!!」
その通路をかっぽりと塞ぐようにして数台の戦車と、
簡易的な遮蔽物を配置した歩兵の混成部隊が展開。
セリカの姿を見て取るや否や一斉に攻撃を開始する。
それに対し、彼女はステップを織り交ぜながら凄まじい速度での接近を開始する。
……確実に回避すべきはあの爆弾のみ。
戦車砲は至近弾程度なら行動に支障はないため直撃にだけ警戒する。
その他の銃撃は被弾を避けられないなら強行する。
それだけを念頭に置く。
砲撃の音と爆炎、それらが夜に包まれた一帯を鮮やかに照らし出す中、
その硝煙をかぶりながら、粉塵を突き抜けながら、
合間を縫うようにしてセリカは進み続ける。
だが、無論完全にそれらを回避できるわけではない。
「ぐっ……!」
直撃こそしなかったもののヘイロー破壊爆弾が近距離で起爆。
自分の存在そのものを削り取られる不快感にセリカの体幹が一瞬揺らいだ。
だが、その腕は反射的に懐から輸血液を取り出していた。
回復
揺らいだ体勢が一気に立ち直り、再び地を蹴り、
辛うじて残っていた水溜りを飛沫へと変えて突き進む。
……残り、50m
「なんで、何で当たらないんだよ!!」
「良いから撃ちまくれ!!このままだと……!」
近づくにつれ砲撃の音が、敵の喧騒が大きくなる。
そんな中、セリカは懐から小さな壺を取り出すと走る勢いに任せてそれを投擲した。
勢いのあまり放物線を描くことなくほとんど直線に飛んだそれは、
敵戦車の一両の装甲に勢いよく直撃し破砕、中に入った液体をぶちまける。
「ちょ、何か当てられたっ?!」
「なんだ、何があった!」
その戦車の機銃座に乗っていた少女がびくりと肩を震わせる。
脳裏によぎるのは、不可知の敵の攻撃の数々。
ここで、自分は終わってしまうのだろうか?
少女は思わず身構えた。
……けれど、何も起こらない。
「おい、何があったんだ!?応答しろ!!」
「……え?」
そんな味方の声で、少女はようやく我に返った。
……不発だった?それとも単なる脅し?
けれど、それは次の瞬間、視界内に飛び込んできたオレンジ色の瓶の存在によりそれは霧散することになる。
その瓶が……火のついた瓶が音を立てて割れた。
「うわっ?!」
瞬間、一瞬でその場に大きな炎が立ち上る。
……火炎瓶と油壷。
ヤーナムでは獣が炎を恐れることからよく用いられる狩り道具だ。
キヴォトスでは精々脅しと視覚妨害にしかならないが……、
けれど、油の効果もあって立ち昇った大きな炎は、周囲の気を引くには十分だった。
それによって生まれた弾幕が弱まる一瞬の隙をついて、
セリカが歩兵部隊の展開する場所へと到達。
先ず、セリカのことを終始健気に迎撃しようとしていたオートマタ2機が
一瞬で機能停止に追いやられる。
その破壊音で事態に他の兵が気が付くも、その頃には
セリカは変形したレイテルパラッシュとシンシアリティを構え持っていた。
「そこっ……!」
銃声が連続する。
レイテルパラッシュからは真紅の血の弾丸が、
シンシアリティからは光沢を帯びた水銀の弾丸が放たれ、
次々に着弾地点で鮮血の華を、短絡の火花を散らす。
その一瞬だけで歩兵部隊が沈黙した。
「……!前衛部隊、全滅!!」
「全車両後退しろ!この距離だと主砲の射角が取れない!!」
「機銃座、なんとか牽制を!!」
その状況を理解した戦車部隊が急いで後退しようとするも、通路を塞ぐように目一杯展開していたことが仇となり、上手く後退できない。
……それに対し、セリカは再び自身の血をいくらか抜くと軟体を掲げた。
………………
輝く白の閃光が辺りを満たしたかと思うと、
その次の瞬間には何両か分の燃料と弾薬相応の赤黒い爆炎が輝いた。
……輸血液残り13、水銀弾残り11。
_________________________________
戦車と歩兵の混成部隊の防御陣を突破し、セリカは更に奥へと足を進める。
その間、散発的な戦闘はありつつも、
不思議なことにその頻度は段々と少なくなっていた。
それと共に軍用施設も減ってゆき、道路の舗装も最低限に。
段々と電灯の一つもない中、雨に濡れ、風化した廃墟が増えてくる。
……ヤーナムでは、こういったやけに静かな場所にはいつも何かあった。
「……輸血液残り10、水銀弾残り7」
背筋を伝う経験則からくる悪寒を感じつつも、セリカはそう呟く。
……他の狩道具や緊急補充でごまかしごまかしやり繰りしてきたものの、
やはり、特にこの2つの損耗が激しい。
いつもなら確かな徴を使用しているところだが、
生憎、カイザーPMCの基地に最寄りの灯りがない。
使おうものならアビドス高校まで逆戻りだ。
……その時、セリカは廃墟の中で一際大きな構造物があることに気が付いた。
あれは……
「……学校?」
……砂に塗れ、朽ち果てた学校。
夜の闇の中に正にそう形容すべきものが横たわっていた。
けれど、朽ち果てていて尚それはかつての栄華を物語っているようで……
「ああ。ここは本来のアビドス高等学校本館だ」
その時、拡声器をかけたような声が聞こえた。
それと同時、セリカの身体が全方向から眩いサーチライトに照らされる。
……まるで、彼女が砂だらけの何もない舞台の上の、主役とでも言うかのように。
「っ、」
それに目がくらんだのも一瞬、セリカは即座に周囲一帯を見渡す。
彼女の周りには、
つい最近狩ったばかりの頭部がキャノン砲となった人型兵器が計7台展開していた。
……そのうち一台はカラーリングも彼女の記憶にあるものそのまま。
当然、操縦席にはそれが鎮座していた。
……セリカの口元が、キュッと笑みに裂ける。
「……ようやく見つけた。醜い獣」
「一体どちらが獣だ、この狂人が……!」
彼女の言葉が届いていたのか、
カイザー理事が唸るようにそう言うと、一つ咳払いをした。
「しかしまあ、よくぞたった1人でここまで来たものだ、黒見セリカ。
まさか本当に、貴様たった1人の為に全戦力を投入することになるとはな」
そう理事が言うと同時、それら兵器の奥から更に
戦車が、攻撃ヘリが、迫撃砲が展開してゆく。
……ただ少なくともわかるのは、セリカが対処できる戦力を遥かに上回る、
文字通りの過剰戦力の投入が確定していることだけ。
けれど、それに対しセリカは短く舌打ちをしただけだった。
怯んだ様子も、まして臆した様子も一切ない。
「……砂漠化が進行し、捨てられたアビドスの廃墟……
ここが、元々はアビドスの中心だった。
かつてキヴォトスで一番大きく、
そして強大だった学校の残骸がこの砂の下に埋もれている」
「……そう」
セリカは理事の言葉に興味なさそうにそう相槌を打った。
……と、その時何か思いついたのは狂的な笑みを浮かべると、
それを理事に向ける。
「ふふ。だったら今日、この場所に眠る残骸が増えることになりそうね?」
「……まさか、この戦力を前にしてまだ勝つ気でいるのか?」
理事はセリカの言葉をせせら笑った。
……それにしては、言葉に感じる不安を覆い隠せていない様子だったが。
「だが安心しろ。
私は寛大だからな……丁度あそこに建物が見えるだろう?
あの場所に君の副生徒会長がいるんだ」
理事はそう言うと、その方向へ向けてゴリアテのマニピュレーターを向ける。
その方向をセリカはちらりと確認したものの、すぐに視線を戻す。
「……探す手間が省けた。それだけは感謝しておく」
「そうかそうか……では素晴らしい提案をしよう。
君がもし、今ここで抵抗を諦めてくれるなら、その副生徒会長と同じ実験室に入れてもらえるようスポンサーに進言しようじゃないか」
理事はそこで一度言葉を区切ると、傲慢に、高圧的にセリカに告げる。
「どうせどれだけ足掻こうとも無駄なことなのだ。
ここで諦めてせめて残された仲間のためになることが、
せめて君にできる事では……」
「うるさい」
ダァン!!!
次の瞬間、理事のすぐ隣に血液の弾丸が着弾した。
装甲を歪ませながら鮮血が炸裂し、その一部が理事へとかかる。
「……は?」
しばらくの間、そのことに呆然としていた理事だったが、
やがて怒りが沸き立ってきたのか、わなわなと肩を震わせる。
「貴様っ……!!」
「何を言っても無駄。そもそもホシノ先輩を攫って、
シロコ先輩を殺したお前らを逃すとでも思ってるの?」
セリカは笑う。凶的に、狂的に、壊れ、破綻した笑みを浮かべる。
「圧倒的戦力差?それが何?
たとえこの身体が朽ち果てようと、焼かれようと、裂かれようと。
お前の喉を引き裂くまで私は何度でも帰ってくる。
狩りの成就するその時まで、私は死なない」
「……やはり、言葉もろくにわからぬ狂人に何を言っても無駄か……!!」
血に酔った狩人の言葉に理事はそう吐き捨てる。
それに対し、セリカはふっと笑みを掻き消し、そこに冷え切った殺意を宿らせて告げる。
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。獣」
……夜明けは、いまだ見えない。
どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?
……見ての通りセリカちゃん、怒りが一周回りすぎて冷静に暴走しております。
大丈夫かと言われれば大丈夫やないです。
先生達の救援、間に合うといいなぁ……
因みに、今回も文字数からお察しの通り長引きました。
こいついっつも小説長引かせてんな。
できれば転換期までは書きたかったんだけど……うむむ。
まあひとまずこれだけは言いましょう。次回、悪化します。
あと、ツイッターで読了報告する機能があることを最近知りまして。
読了報告してくれたかた、しっかり見てます!嬉しい限りです!