極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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獣狩り、獣狩り
















side present 対策委員会、又は血酔いの獣(3)

 

時は、少し遡る……

 

 

 

 

 

「目標地点、到着……観測する限り、

数か所で火災が発生している箇所が見受けられます……!」

 

 

雨の中、アビドスに1台だけあった古いオフロード車を使い、

先生の運転でカイザーPMCの基地に接近しつつあった。

そうして、外壁付近にたどり着いてすぐに飛び込んできたのはアヤネからのそんな報告……

……それは、少なくともセリカがカイザーPMCと既に戦闘状態に入っていることを意味していた。

 

「っ、間に合わなかった」

 

アヤネからの報告にシロコが臍を噛む。

最善はセリカが戦闘状態に入る前に見つけ出し、

ある種の暴走状態にある彼女を諌めることだったが、それは既に叶いそうにもない。

そんな彼女へ、傍にいたアルが声をかける。

 

「で、でもまだ戦闘は続いてるわけでしょ?

だったら今から乱入して説得しても遅くは……」

「……待って、社長」

 

その時、車の中から基地内の様子を窺っていたカヨコが鋭い声を発した

ただでさえ鋭い彼女の視線が、更に細く、鋭利なものになる。

 

 

「戦闘の痕跡はこっちでも確認できたけど、

基地内の動きが全くない。

あの子が鎮圧されたにしても不自然すぎる」

 

 

「……え?」

「……!ちょっと待っててください」

 

その言葉に、アルが呆けた声を発したのは当然ともいえるだろう。

アヤネもその言葉に呆然としていたがそれも一瞬、直ぐに猛然と更に情報を調べ始める。

その作業が終わるのに、さほど時間はかからなかった。

 

「アヤネちゃん、どうですか?」

「……カヨコさんの言う通りです。

PMCの兵の動き……というより、

そもそも基地の施設自体が全ての活動を停止しています!」

 

ノノミの言葉に対し、アヤネはそう返答する。

そう、あまりにも不自然なのだ。

今現在警戒状態であるにしろ、

セリカと戦闘中にしろ、

……最悪の想定として、セリカが鎮圧されたにしろあまりにも動きが少なすぎる。

そもそも建物の光一つ見受けられないのだ。

だとすれば、残る可能性は……

……その時、ハンドルを握っていた先生も視界に何か捉えたようだ。

 

 

「"……待って、正門も開いてる"」

 

 

先生の言葉通り、前に一度この場所を訪れたときに侵入経路として使用した門は、

あの時のような半開きではなく、完全に開け放たれていた。

……その光景を見て、先生とアビドスの脳裏に苦い思い出が蘇る。

けれど、今の状況は……

 

「罠……?いや、それにしては露骨過ぎる」

「私も罠の線は薄いと思います。

前にも似たような……というか殆ど同じ手段を使われましたし、2度も同じ手を使うのは流石に……」

 

カヨコがスッと目を細めてそう呟いた言葉にノノミが同意する。

そう話している間にも車は進み、門の正面で停車した。

そのライトが、今まで暗闇で見えていなかったそれを照らし出す。

 

「……これって、戦車とかが通った跡、よね?」

 

……それは、真新しいあぜ道だった。

それも、何重にも重なり、何本も伸びたそれ。

雨粒の中に消えつつあるが、それは確かに存在していた。

 

「そうっぽいね。うーん……まさか、私達に恐れをなして相手が逃げちゃったとか?」

「……」

 

アルの言葉にムツキも同意すると、軽い冗談を続ける。

……秘匿を知らない彼女にとっては冗談なのだろうが、その冗談を隣で聞いていたアヤネは、つい先程狩人からヤーナムの血の医療について知らされた故にどこか不吉な予感を覚えた。

そんな中でも続々と少女達が、そして先生が車から降りてくる。

……そして、最後に降りてきたのは意外なことにシロコだった。

心なしか、表情が暗く具合が悪そうに見える。

 

「あれ、シロコちゃん……体調が悪そうに見えますけど、大丈夫ですか?」

「……ん、大丈夫」

 

心配そうにそう問いかけるノノミにシロコはそう返答したものの、やはり気分は優れない様子だ。

 

「……回復したって言っても、生死の境を彷徨うような怪我のあとだし……気持ちはわかるけど痩せ我慢はしないほうがいいわよ、シロコ」

 

様子に気がついたアルもシロコにそう呼びかけるが、彼女は軽く頭を振ると、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「体調自体はいつも……いや、いつもよりずっといいの」

 

シロコはそこで一度言葉を区切ると、「でも、」と言葉を続ける。

 

「何だか、感覚が前より鋭くなったせいかもしれないけど、心がざわざわして落ち着かないっていうか、

今すぐ身体が逃げてしまいそう、って言うか……とにかく、嫌な予感がする」

 

そう言葉を紡ぐシロコの様子に、嘘や冗談といった様子は見受けられない。そもそも彼女の性格上そのようなことをするわけもないだろう。

どうやら、本質的に獣に近づいた為か、唯でさえ鋭い方だったシロコの直感は更に研ぎ澄まされているらしい。

そんな彼女にノノミが問いかける。

 

「カイザーが前と同じようにこちらを待ち伏せしてる感じがする、ということですか……?」

「……なんて言ったらいいかわかんないけど、それとは違う気が……」

 

アヤネの言葉に、しかしシロコは言い淀む。

慣れぬ感覚故にうまく説明できないのだろう。

……だが、事態は進行してゆく。

 

 

「グアァアアアアアアァァァァァアアアアアアアアアアッッ!!!!」

 

 

瞬間、辺り一帯を悍ましい獣の咆哮が突き抜けた。

そのあまりの音圧に、かなり離れた位置に居るはずの先生らも思わず恐怖で耳を押さえてしまいそうになる。

 

「い、い、今の声って!?」

「"間違いない、セリカの……!"」

 

彼女らの脳裏に蘇るのは、セリカが時折使用していた狩道具により発される咆哮。

……けれど、今聞こえてきたそれはあの時よりずっと大きく、狂的だ。

 

「……っ、皆さん、先程の音源の位置はここから600m先です!」

「"わかった、ありがとうアヤネ"」

 

先生は即座に座標を特定したアヤネに礼を言うと、一つ大きく息をついた後、生徒たち全員を視界にとらえる。

……彼女らも、それに力強く応える。

 

 

「"……よし、みんな。作戦開始だよ!!"」

 

 

________________

 

 

その宣言の後、

先生、アビドス、便利屋68総員は即座にカイザーPMCの基地内に突入。

……予想通りというべきか、基地内にカイザーPMCの姿は確認できず、前回はけたたましく鳴り響いていた警報も一切聞こえてこない。

本当に基地全体の機能が停止しているらしい。

けれど、油断はできない。

迅速に動きながらも索敵の手は止めず、セーフティも解除してある。

 

……目標地点に近づくにつれて見えてくるのは、

兵器ではない、大きな何か(・・)が暴れたような痕跡の数々。

アスファルトに残る破砕痕、そして爪痕。

押し曲げたように歪む建物の外壁……

 

「な、何よこれ……い、今になってカイザーでもない新しい敵が、それも化け物みたいなのが出てきたとか……?それとセリカが戦ってて……?」

「……私達もわからない」

 

それらの痕跡を見て、不安気にそういうアルにシロコは一言そう返答する。

……けれど、その脳裏によみがえるのは、変質しそうになった自身の記憶と、

狩人の語る秘匿の一端。

 

……手遅れ。

 

その意味を、もう少しで自分たちは知ることになるのかも……

いや、正しく知ることになるのだろう。

 

 

「目標地点まで残り100m、この先の大通りに出て右方向です!」

 

 

アヤネからの呼びかけ。

少女らと先生は一層気を引き締める。

次の瞬間には視界が開ける。

 

 

その、右方向……

 

 

「……え?」

 

 

……その声を発したのは、一体誰だったのだろうか?

赤熱したアスファルトの裂断痕に雨粒が当たることで立ち昇る水蒸気。

それに煙る暗闇の先にいる大きな黒い影……

 

 

「……グルル」

 

 

……それは、小さく唸り声を上げる。

 

獣……悍ましい、非現実的な、血に酔った獣が……そこには存在していた。

 

新たに出現したそれらに、獣は気が付いていないようだった。

その赤く蕩けた瞳が向けられるのは衝撃でへこんだ建物の壁の下にある何か。

それに向けて、獣がゆっくりと手を伸ばす。

その手が今にも掴み取ろうとしているのは……

 

 

「……ホシノ、先輩!?」

 

 

カイザーPMCに囚われとなっていたはずの少女、小鳥遊ホシノが確かにそこにいた。

けれど、その身体は今にも獣の凶爪が触れそうになっているにも関わらず、ピクリとも動かない。

 

 

……それを理解した瞬間、先生の身体が瞬時に動き始めた。

 

 

 

「"アルッ!!!"」

 

 

 

普段の彼女からは考えられないほど鋭く、素早い指示が飛ぶ。

その声で、アルの硬直が解けた。

 

 

「何が何だかまだわからないけど……私に任せなさいっ!!」

 

 

アルの左腕が跳ね上がるように動く。

その手に握られるは、ワインレッドのスナイパーライフル。

 

 

悠長に狙っている余裕などない。

照準は今までの経験と勘で補正しきる。

一撃で決めなければならない……?いや、一撃あれば十分だ。

 

 

 

「させないっ!!」

 

 

 

トリガー

 

 

 

次の瞬間、神秘を纏った紅の弾丸が闇を切り裂くように飛ぶ。

その一撃は獣の頭部を的確にとらえ……炸裂した。

 

 

「ギャアァァアアッッ!?」

 

 

獣の至近距離で爆発が起こる。

全く想定していない方向からの衝撃に、獣が悲鳴を上げる。

ホシノへ今にも届きそうになっていた凶爪の動きが止まった。

……が、

 

 

「ガアッ!!!」

 

 

次の瞬間、爆炎を切り裂くようにして獣が下手人のいる方向へと視線を向けた。

その瞳は怒りで爛々と輝いているようにすら見える。

そして何より、獣は先ほどの一撃で傷らしい傷を全く負っていなかった。

その事実にアルの目が驚愕で見開かれる。

 

「嘘……確かに直撃したはずなのに!?」

「あちゃー、ホラー映画みたいな展開になっちゃったね」

 

悲鳴のような声を上げるアルの横でムツキがそういう。

……けれど、その言葉とは裏腹に彼女の表情に余裕の色は一切ない。

 

「と、というか何なのよあの化け物!?先生たちは何か知って……」

「……セリカ、ちゃん」

「…………え?」

 

アヤネが不意に発したたった一つの単語。

その単語に、便利屋68の少女らの表情が固まる。

……けれど、アヤネも無意識のうちの言葉だったのか、一瞬間をおいた後しまった、とでも言うかのような表情になる。

 

「あれがセリカって……そんな、ホントなの?!」

「……さっき言ったことは忘れてください。

あれは……今はセリカちゃんじゃ、ないん、です」

 

そう辛うじて言葉を紡ぎはしたものの、

アヤネ自身、その身体は今にも崩れそうなほど揺らいでいた。

どんなに覚悟をしていても、想定できたことだとしても、それだけで割り切れるものではない。

……だが、だからといって事態が待ってくれるわけではない。

 

 

「獣、マタ、獣ガッ!!!」

 

 

アビドスと便利屋の姿を捉えた獣が、辛うじて人語とわかる憎悪の籠った声を発したかと思うと、近くにあった鉄柱の根元部分を握る。

そして、徐々に徐々にこちらに向けて加速し始めたのだ。

 

「"ムツキ、ハルカ、前方に地雷散布!その後全員、弾幕を相手に集中して!!"」

「……それじゃ、遠慮なくやっちゃうからねっ!!」

「は、はぃっ!」

 

先生が出した指示は足止め。

大量の砲火で、少しでも突っ込んでくる獣の動きを遅延させる。

 

……発生させられる隙はほんの僅かなものかもしれない。

けれど、それで十分だ。

 

先生は懐から小さな鐘を取り出す。

在りし日のセリカから手渡され、手遅れ(・・・)になった時に……獣へと転じた時に使うように言われた狩人呼びの鐘。

この小さな鐘のどこにそんな不思議な力が宿っているのかはわからない。

だが……

 

 

「"……狩人、お願い"」

 

 

先生は一言そう呟くと、その鐘を揺らした。

 

 

………………

 

 

………

 

 

 

……

 

 

「"……あれ?"」

 

 

……何も、起こらない?

 

周囲の銃撃の音にかき消されたわけではない。

先生の揺らした鳴り金のない鐘は、確かに何の音も立てていなかったのだ。

 

 

「"な、なん……"」

 

 

ドッガアアアアアアアアアアアアン!!!!

 

 

先生が思わず声を上げそうになった次の瞬間、それは凄まじい爆発の音にかき消される。

ムツキとハルカが放った爆雷が獣に直撃したのだ。

 

「ガアアッ!??!」

 

大口径の榴弾砲の直撃もかくやという凄まじい衝撃に、獣の進撃が止まる。

 

「先生、どうされたんですか!?」

 

その時、先生のすぐ横からアヤネがそう声をかけた。

そんな彼女に先生は切迫した声で返答する。

 

「"鐘が……セリカから渡されてた鐘が鳴らなくて……!"」

「……え、そんな、嘘ですよね!?」

 

その意味を遅れて理解したアヤネから悲鳴に近い声が上がる。

……けれど、そんな彼女らに呼びかける声。

 

「2人とも、何を話してるか知らないけどこっちもまずい……!」

 

カヨコだ。

その表情には、いつも冷静な彼女には珍しい焦燥の色が見える。

その声に釣られるように急いで正面に視線を戻すと……

 

「と、止まらない……!」

「こんなにタフだとこっちも笑うしかなくなっちゃうんだけど……あははっ」

 

そんな声を溢したのは、

先程からミニガンのトリガーを引きっぱなしのノノミと、

マシンガンを連射しているムツキ。

その言葉通り、爆発に獣は怯みこそしたものの、

集中する銃弾を物ともせず既に復帰体勢に入りつつあった。

その赤く蕩けた瞳が、少女たちに向けられ……その中にいる、先生の手の中の物を射抜いた。

 

 

「……サセ、ナイッッ!!!」

 

 

獣は呻くようにそう声を発すると、また徐々に加速し始める。

 

 

「"っ、みんな、散開してっ!!」

 

 

……これ以上は無理だ。

早々にそう決断を下した先生がそう指示を飛ばす。

その指示通り生徒たちはいっせいにその場からてんでバラバラに、獣に狙いを絞らせぬように散開した。

 

「先生、すいませんが私は一旦ホシノ先輩の所に……」

「"了解!アヤネ、任せたよって!?"」

 

それは先生も同じだ。

……だが、アヤネの言葉に返答すると同時、ふと振り返ってそこにあった光景に先生は驚愕することとなった。

 

 

「"嘘でしょっ!?"」

 

 

本能的にそれが鳴らされれば自分は終わりだと解しているのだろうか?

獣は散らばる生徒たちには目もくれず、その一点……先生目掛けて突っ込んできたのだ。

 

「そんなっ!?」

「先生、逃げてっ!!!」

 

遅れて事態に気が付いた少女たちから悲鳴に近い声が上がる。

……けれど、全速力で疾駆する獣から狩人でもない一般人が逃げ切れるわけもない。

 

 

「グアアアァァアアアアッッ!!!」

 

 

その背に向けて、慣性が乗った鉄柱が凄まじい速度で振り下ろされる。

そして、先生の身体にそれが……

 

 

[先生、危ない!!!]

「"わっ!?"」

 

 

バチィッ!!!

 

 

直撃する直前、空色の光が弾けたかと思うと不可知の障壁が

質量の刃を間一髪で受け止め、その軌道を逸らしたのだ。

近くの地面に直撃したそれは直撃地点の破片をまき散らし、雨の中でも立ち昇るほどの粉塵を発生させる。

そんな中、荒い息をついていた先生だが、

ハッと気が付いたように懐のタブレット端末に声をかける。

 

「"あ、ありがとうアロナ、お陰で……[お礼はいいですから早く逃げてください!!さっきので充電が半分以上吹き飛んだんですよ!?次は無理ですからね、先生ぺしゃんこになっちゃいますからね!?!?!]ひゃいっ!?"」

 

けれど、そんな彼女に返ってきたのはシッテムの箱の管理OSである少女の切迫した怒声だった。

その声に押されるように、慌てて先生は少なくとも獣の攻撃が届かない場所へと駆け出す。

……その時、

 

 

「"……?"」

 

 

その視界の端、つい先ほど先生らが出てきた通路の角。

そこに、奇妙な青ざめた光が立ち上っている。

……何故だろうか。

その光を見た瞬間、今だ手に持ったままの狩人呼びの鐘が微かに震えた気がした。

 

「"あれって……!"」

 

先生の脳裏で、ある種の直感のようなものがひらめいた。

即ち、あの光の下で鐘を使わなければ、音は鳴らないのではないか……と。

だが、不幸なことに予測が的中していたとてその光があるのは獣の背後。

……獣を突破しなければ、どの道そこに到達することは不可能なのだ。

けれど、今自分は獣から……そして光から遠ざかるように動いてしまっている。

先生は、小さく唇をかみしめた。その時、

 

 

「う、うわあああああああああっ!!!???」

 

 

獣の背後で気迫とも悲鳴ともとれぬ声が響いた。

それと同時、獣の背に向けて大量の弾丸が降り注ぐ。

 

 

「止まってください止まってください止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!!!」

 

 

ハルカだ。

今にも鉄柱で磨り潰されてしまいそうな先生を見て焦ったのだろう。

ショットガンの限界を遥かに超える速度で乱射される散弾は、獣の肌を打ち据える。

けれど、彼女の願いとは裏腹にダメージが通っている様子はない。

……だが、彼女の声と度重なる不愉快な衝撃。

獣の注意が逸らされるには十分だった。

 

 

「ダマレッ!!!」

「うわっ!?」

 

 

獣が左腕を払うように振るうと同時、素早く反転。

明らかな敵意をもってハルカのことを睨む。

けれど、錯乱した彼女に撤退という選択肢は脳内から既に消し飛んでいる。

恐ろしい速度でポンプを引くとそのままトリガーに手をかけ……

 

 

「っ!?あっ、あ、あぁっ!?」

 

 

……けれど、弾丸が射出されることはない。

ハルカは先ほどの掃射で装填されていた弾丸をすべて使い切ってしまっていたのだ。

 

「ハルカちゃん!!」

「っ、やらせない……!」

 

今にも振り抜かれようとしている獣の腕。

ハルカはキヴォトスの中でもかなり身体が頑丈な方だが、それでもあの攻撃を受けきれるとは到底思えない。

その様子を視認したカヨコは、即座に上空へ銃口を向けた。

 

 

タンッ

 

 

「グアッ?!」

 

たった一発の銃声。

けれど、その銃声が発した衝撃が獣に恐怖という概念を直接植え付ける。

えも言えぬその感情に、獣が怯んだ。

 

「え……あ、あれ?」

「ハルカ、今のうちに後退して!先生の所には社長がもう向かって……」

 

……だが、ここで彼女が想定しきれなかったのは、

一時のものとは言え恐怖に駆られた獣がどのような行動を起こすか、といったところだろう。即ち……

 

 

「ア、ア゛ア゛ア゛ア゛アアアァァァァアアアアッッ!!!!」

 

 

獣は絶叫を上げるや否や、

その恐怖(・・)を真っ先にすり潰さんと反応しがたい速度でステップし、一瞬でカヨコとの距離を詰めると、その勢いのまま鉄柱を上段に振りかぶる。

 

 

「……なっ」

 

 

……避けきれない。

 

 

回避行動を何とかとろうとするも、とても追いつきそうにない。

そのことを、カヨコは今にも振り下ろされそうな鉄柱から理解した。

……雨音に交じって、誰かの悲鳴が、誰かの叫びが聞こえた気がする。

その光景も全て、酷く遅く見えて……

 

 

轟音

 

 

カヨコのいた場所から、凄まじい衝撃音が走った。

そして……

 

 

「グアアァァッ!!??!」

 

 

続けて響き渡るは、()の悲鳴。

 

カヨコに今にも直撃しようとしていた鉄柱に向けて

横方向から突然飛んできた大口径の榴弾……戦車砲の弾頭が直撃。

その軌道を寸前のところで逸らしたうえでそれを破壊。

破断音と共に吹き飛ばしたのだ。

 

「カヨコさん、カヨコさん!?」

「……っつ、大丈夫。流石に死んだかと思ったけどね」

 

少女たちの中で彼女の一番近くにいたノノミがそう呼びかける中、

爆煙の中から見知った特徴的な髪色の少女が姿を現した。

至近距離で爆発が起こったため決して無傷というわけではないようだが……

それでも、身体のどこも欠けることなく、確かに生きている。

 

「ッ、ア、ギャアァッ?!」

 

そんな中、衝撃から何とか立ち直った獣が砲撃が飛んできた方向へと身体を向けようとするも、再び飛んできた榴弾が直撃しもう一度よろめく。

 

その砲撃地点は、丁度先程まで獣がいた場所……

即ち、瀕死の重傷を負ったホシノがいる場所のすぐ近くからだった。

 

 

「……え?」

 

 

狩人から渡された聖歌の鐘を持っていること。

また、常日頃から医療キットを持ち歩いていることが相まって、

一度戦場から離れいち早くホシノの下に駆け付けていたアヤネだったが、そんな彼女は今、目の前の光景に呆然としていた。

何故なら……

 

 

「カイザーPMCの……クルセイダーが、どうして……?」

 

 

敵対しているはずの組織のそれが、たった一両だけ稼働し。

近くにいるホシノとアヤネには目もくれず明確に獣を狙って砲撃をしていたのだ。

そうこうしているうちに第3射。

 

 

[よぉし、次3発目……って外した!?]

 

 

戦車の中からそんな少女の声が聞こえてくる。

その言葉通り、放たれた砲撃はあっけなく獣に回避されていた。

そんな獣は戦車に向けて恨みの籠った視線を向けている。

 

[ど、どうしようどうしようハナちゃん!?こっち見てる、見てるよ?!]

[向かってこられたら私が砲撃でどうにかする!!

ほらそこのあんた!さっさとその人を助けてくれって!!]

[ハ、ハナちゃん無茶だよっ!?不意打ちじゃないと当たらなかったし、

万が一こっちに来たら咄嗟に避けようにもカナの腕一本折れてるし……]

[だから私が何とかするって言ってるだろうがカナヨ!!]

 

「……え、え?」

 

アヤネが呆然としている合間にも第4射。

それは急激にステップした獣によりかすりもせず遥か彼方へ飛んで行く。

……獣の方も遠距離から砲撃してくるそれを鬱陶しく思ったのだろう。

破壊された鉄柱の残骸のなかでも比較的大きなものを手に取ると、

それを戦車に向けて振りかぶる。

 

[わ、わああああっ!?狙ってる、狙ってるよ!?」

[慌てるなカナヨ!早く建物の影にい゛っ……傷がっ……!]

 

慌てるカナヨと呼ばれている少女にハナと呼ばれた少女はそう呼びかけようとするも、傷を負っているのか呻き声をあげて言葉を途切れさせる。

やっと動き出した履帯も、操作がおぼつかないのか明らかに速度が遅い。

その間にも獣の腕はその瓦礫を投擲し……

 

 

 

「ギャアッ!?」

 

 

ようとしたところで、

腕に炸裂したアルの狙撃によりその動作をあえなく中断させられた。

 

[た、助かった……?]

[……みたい、だな。よし、砲撃を続けるぞ!]

 

戦車内の少女たちは安堵の声を溢したものの、やはり即座に砲撃を再開した。

……そこまで時間が経って、漸くアヤネはショックから立ち直った。

 

「ど、どうして……」

[……って、あんたまだそこで突っ立ってるのか!?

私たちのことはいいからそっちのことに集中してくれ!!]

 

……戦車内の彼女たちに声が届くはずもないだろう。

だからだろう。

微妙にかみ合っているようで、かみ合っていない会話が成立する。

 

[私達はあなた方の先輩に命を救われたんです。

生憎、怪我で外に出ることはできませんけど、せめて支援砲撃ぐらいなら……!]

 

そんな言葉と共に、再び辺りに砲撃音が響く。

……どうやら、あちらでも状況が変わりつつあるらしい。

再び動きの止まった獣に向けて、その一撃が直撃する。

 

「……ありがとう、ございます」

 

……届いているかどうかは、自分でもわからない。

けれど、アヤネはそう声をかけるとホシノの元へと向かった。

 

「……っ!」

 

暗闇のせいで今の今まで碌な判別がついていなかったが、

状況は彼女が思った以上に酷かった。

雨粒と溶け、混じり合った血だまり。

特に左肩の状況が酷く、繋がっていることが奇跡ともいえるほど大きくえぐり欠けていた。

……そして何より、ヘイローが見られない。

 

「……いや、まだそうと決まったわけじゃありません」

 

アヤネは自分に言い聞かせるように呟くと、

血に塗れることも厭わずホシノのすぐそばに屈みこむ。

 

……辛うじて、微かに動く小さな胸。

間違いない、生きている。

 

その事実に、アヤネは目の奥からこぼれだしそうになるものを何とか抑えると、懐から応急キットを、そして聖歌の鐘と水銀弾のシリンジを取り出す。

 

 

「……死なせませんから」

 

 

ただ一言。

けれど確固たる意志をもってアヤネはそう呟くと、

血濡れのまま目を閉じているホシノの眼前で聖歌の鐘を揺らす。

……瞬間、

 

 

リーン、リーン

 

 

柔らかな音が鳴り響いたかと思うと、触媒の中から白い光が弾ける。

それはまるで踊るようにアヤネとホシノの周りをゆっくりと回りながら、静かな宇宙の色と共に上空へ上ってゆく。

そして、それと同時……白い光に触れたホシノの傷から溢れる血が止まり、その傷も癒えてゆく。

……けれど、流石にあれほどの重症だ。

一回では足りなかったらしい。

 

 

「先輩には、言いたいことがたくさんあるんです。

これが終わったら、たくさん、たくさんしかりますから。

泣いても謝っても、終わるまでは絶対にやめませんから。絶対に……」

 

 

アヤネはもう一度、ホシノに向けて聖歌の鐘を揺らす。

……嘗て、聖歌隊の目指した模造の狩道具。

その音色は次元を跨がずとも、

その鐘自体が次元を跨ぎ、そして今、1人の少女の傷を癒している。

 

 

「……でも、その後はおかえりって言ってあげますから。

セリカちゃんと一緒に、抱きしめてあげますから、だから……」

「……」

 

 

……2度の使用といえど、やはり万全には至らない。

けれど確かに、その小柄な体躯が微かに揺れ動く。

 

 

「……ホシノ先輩、目を、覚ましてください……!」

 

 

「……ぅ」

 

 

……暗闇の中で、ゆっくりと金と青の瞳が開かれた。

 

 

 








<聖歌の鐘>

医療教会の上層「聖歌隊」の特殊な狩り道具
音色が次元を跨ぐ神秘の鐘を、彼らなりに模したもの


この小さな銀色の鐘は、遂に音色は次元を跨がないが
すべての協力者に生きる力と、治癒の効果を及ぼす
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