極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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追憶が、戻るはずもない。

















side present 対策委員会、又は黒見セリカ

 

 

狩りは、終わった。

 

 

獣の姿は燐光に消え、

冷たい雨と共に降り注ぐ血の雨が……

そして、たった1人、獣がいた場所。血だまりの中に沈む、1人の少女だけが、その痕跡を伝えている。

 

 

「……」

 

 

ガキンッ

 

 

狩人は、何も言わず回転ノコギリの刃を柄から取り外すと、背中に装着し直した。

狩人のその動作と響き渡る金属音を知覚して、

漸く先生と生徒たちの金縛りが解けたようだ。

 

 

「……セリカ、ちゃん?」

 

 

……そう声を発したのは、一体誰であっただろうか。

 

そして、その声に続くように、コツ、コツと、

誰かがアスファルトを歩く音が聞こえてくる。

それは段々と早くなり、また1人、また1人とその足音自体が増えてゆく。

 

「セリカちゃん……!」

 

狩人のすぐ横を1人の少女が真っ先に走り抜けた。

 

……アヤネだ。

 

制服は雨で濡れ、急ぎ過ぎたのかメガネも少しズレている。

けれど、それらは意識の中に一切止まっていないのか、そのまま眠るように横たわっているセリカの側に膝をつくと、

その身体を抱き起こし、揺らす。

けれど、セリカの身体は力なく揺れる。

触れる体温は、ほんの僅かな暖かさがあるのみ。

狩装束はボロボロで、全身に刻まれた夥しい量の生傷からは、今も鮮血が零れている。

 

「お願い、返事を、返事をして……!セリカちゃん!」

「アヤネ、待ってっ!!」

 

次に飛び込んできたのはシロコだ。

その右手に握られるのは余っていた輸血液の小瓶。

シロコはセリカの足元辺りに駆け寄ると、

すっかり手慣れた手つきで針を出すとセリカの太ももに突き立てた。

真紅の液体があっという間にセリカの体内に吸い込まれ、瞬く間に傷が癒えてゆく。

そして……

 

 

「……ぅっ」

「「!!」」

 

 

 

……微かに、セリカの手がピクリと動くと同時、その口から吐息のような声が零れる。

その僅かな変化に、アヤネとシロコは確かに気が付いた。

 

 

「2人共!!セリカは大丈夫なのっ!?」

 

 

「お願いします……どうか、どうか……!」

 

 

続けざまに、アルが、ノノミが、狩人のそばを走り抜ける。

 

 

「バイトちゃんっ!!」

 

 

「う、ぅうう……ぅぅぅ……」

 

 

「ハルカ、今は堪えて。何かするにしろ、全部終わってから」

 

 

アルの背に続いて、便利屋68の少女たちが駆け抜ける。

誰もがアヤネの抱いているセリカの周りに詰めかけ、

ある人は必死に、ある人は涙ながらに、少女に呼びかける。

ふと遠くを見れば、ゆっくりと徐行して、

砲塔を明後日の方向に向けた一台の戦車がこちらに向かっている。

 

……そして。

 

 

「……君たちは、あの輪に入らないのか?」

 

 

少し遅れて、狩人の横に先生と……ホシノが、並んだ。

ちらりと視線を向けてそう問いかける狩人に、先生はほんの少しだけ微笑んだ。

 

「"入りたい気持ちは山々だけど、

みんなに先に行ってもらいたいから。それより……"」

 

先生はそこで一度言葉を区切ると、狩人に視線を合わせる。

……その表情は、先ほどと打って変わって少し厳しく、そしてそれ以上の不安に揺れていた。

 

「"……狩人。セリカは大丈夫、なんだよね?"」

 

その言葉に、輪の中にいた少女たちの幾人かが反応を示した。

アヤネなど、何人かはそもそも先生の言葉に気が付いていないらしかったが……

 

……狩人が行った死闘は凄惨で、鮮烈なもので、

元に戻ったセリカもボロボロのまま目を覚ましていない。

特に、便利屋68の少女達はこの不気味な人型とはこれが初対面だ。

……不安を覚えるのも当然なことだろう。

けれど、狩人の返答は至極単純なものだった。

 

「前に一度、こちら側で同じことがあった。

ヘイローとやらに感謝するといい。

それがセリカの生命を人として繋ぎ止めている楔となっている」

「……ぅ、うう、……ぁ?」

 

狩人がそう言い終わるとほぼ同時、セリカが大きく呻く。

そして、その赤く蕩けた瞳が薄く、ゆっくりと開かれる。

 

 

「……!!セリカちゃん「セリカっ!!「……良かった」「セリカ「バイトちゃん!」ちゃん……!」」「セリカ……!」……!」

 

 

周囲の少女たちから思い思いの、てんでバラバラの……。

けれど、確かな安堵と、喜びの籠った声が上がる。

……その声は、狩人らの下にも届いていた。

 

「"良かった……本当に、本当にっ……!"」

 

先生から、今にも泣き出しそうな声が発せられる。

いや、既に頬には雨粒ではない、溢れだした涙が伝っていた。

……けれど、その直ぐ横。

 

「……あっ」

 

歓声を見たホシノは一瞬そちらの方向へ手を伸ばそうとしたものの、やがて暗い表情で手を下ろす。

……その様子に、直ぐ側にいた先生が、気が付かない筈もなかった。

 

「"……ホシノ?"」

「……先生、わかってるでしょ?」

 

先生の声に、ホシノはぽつりと呟くと、折りたたんだシールドを持つ腕をギュッと強く握り締めた。

 

「あの場所にいる資格は、おじさん……いや、私にはないよ」

 

その瞳に宿るのは、後悔と諦観か。

先生は、その様子に一瞬、言葉を詰まらせたものの、やがて優しく語りかける。

 

「"そんな事は……"」

「理解しているようで何よりだ」

 

瞬間、先生の言葉を狩人の酷く冷めた言葉が掻き消した。

先生が驚く中、狩人はいつの間にかホシノの目の前まで接近していたのだ。

狩人の言葉に少女の肩がビクリと跳ねる。

 

「話には聞いている。私が一番の怒りを覚えているのは企業などという不届き者どもだが……この状況は君の浅慮によって招かれたのも、また事実だ」

「……わかって、ます」

 

小さく、けれど確かな声でホシノは返答した。

桃色のヘイローが、揺れる。

だが、狩人は尚言葉を続ける。

 

「そう。他に手段はあっただろうに。助けを求めることができただろうに。

君はそれをせず、己の力だけで全てを終息しようとした。

結果としてセリカはもう一度破綻し、シロコは病に侵された。

全てとは言うまいが、この一端は紛う事なき君の罪過だ。わかっているな?」

「……私、の……」

「"待って、狩人!"」

 

あくまで淡々と、けれど静かな怒りの籠った口調で狩人はホシノを詰問する。

けれど、その横から先生が割って入るように声を発した。

 

「"ホシノが居てくれなかったら、私はそもそも生きていられなかったかもしれない。

それに、ホシノは確かに間違ってしまったかもしれないけど、でもそれは……"」

「先生、君は優し過ぎる」

 

だが、狩人は先生の方をちらりと見やると、たった一言でその言葉を打ち払った。

そして、改めてホシノの方を見下ろした。

……一瞬、2人の間に沈黙が流れる。

 

「……だが、過ぎたことは過ぎたことだ。取り返しはつかない。

そして、君の力があってセリカが戻ってきたこともまた事実。

だから私から送れる言葉はこれだけだ」

 

そう言うと、狩人は大柄な体を折るようにして、ホシノの眼前に屈んだ。

そして、その歪な手をホシノの頭上……ヘイローに向けて伸ばす。

 

 

「目を背けるな。

背けてしまえば、何度でも過ちを繰り返すことになる」

 

 

ガキンッ!!!

 

 

次の瞬間、ホシノのヘイローが鳴った(・・・)

それと同時、彼女の心情を現すように震えていたヘイローが固定されたように動かなくなる。

 

「"何をっ!?"」

「この場で神秘が裏返らぬよう一時的に固定しただけだ。半日も経てば拘束は解ける」

 

先生の言葉に狩人はそう返答すると、ゆっくりと立ち上がる。

そして、呆然とこちらに視線を向けるホシノをちらりと見ると、ゆっくりと告げた。

 

「何が君という借り物被りを形成したか、何が君を駆り立てるか、私は知らない。

だが、それが何であれ、狂い逃げるようなことは、私は許さん。

……今も、これからもな」

「……うへ、厳しいこと言うなぁ」

 

狩人の言葉にしばらく声を発せずにいたホシノだったが、

やがていつも通りに表情を崩すとそう呟くように言った。

けれど、その瞳の奥には暗闇以外の何かも、確かに宿っているようで……

 

「セリカちゃんの所、行ってくるよ」

「……そうか」

 

ホシノの言葉に狩人はそう呟くと、彼女の目の前から一歩下がった。

 

「その後はみんなに怒られないとだね……うへ、アヤネちゃん怒ると怖いんだよなぁ」

「"……ホシノ"」

 

あくまでいつもと変わらないように。

けれど、どこか変わってしまったように。

ホシノは振る舞う。

そんな彼女に、先生が声をかけた。

……それに対し、ホシノはふっとにへらっとした表情を掻き消すと、微笑んだ。

 

「ありがとね、先生」

 

最初に発せられたのは、短い、けれど確かな感謝の言葉。

初めて彼女が信じられた大人への、嘘偽りない、感謝の言葉。

 

 

でも(・・)、大丈夫」

 

 

[でも]と。ホシノはその言葉に逆接する。

 

「……今は、もう大丈夫だから。

またこんな感じのことがあったら、その時は……よろしくね」

 

そう言うと、ホシノは先生の傍を通り過ぎ、皆のいる場所へとゆっくりと向かう。

 

自分自身が全てを背負い、自らの身をもって全てを解決しようとすること。

それはある意味では、守りたい、大切な人達から……その想いから、目を背けていると言えるのだろう。

 

……本当に、難しいことを言う。

 

……そう、ホシノは心の中で狩人に文句を言う。

けれど、同時に自分はあの時と違って1人ではないのだ。

後輩達、そして何より、先生もいる。

 

 

……自分は、1人ではないのだ。

 

 

その事に、ホシノは今更気がつけた気がした。

 

 

_______________________

 

 

「"……"」

 

 

その後姿を、先生は呼び止めることもできず、ただ見つめていた。

 

「……さて、最低限すべき事は終わった。私はそろそろ帰還させてもらう」

 

その背後で狩人はそう先生に声をかける。

それと同時に、転移でもするつもりなのかその姿が青ざめた光に溶け始めた。

 

「"……うん、わかった"」

 

……けれど、狩人の言葉に応答する先生の言葉は、何処か、心ここに在らずといった様子だった。

……そんな彼女に、狩人は少し考え込むと声をかける。

 

「君が責任を感じているならそれは意味のないことだ。

私から見ても君はよくやってくれたように思うがね」

「"……そう言うわけにもいかないよ"」

 

狩人の言葉を、先生はやんわりと否定した。

 

「"背負いきれなかった。最悪は踏まなかったけど、みんな掬い上げられなかった。

もしあの時、あの場所で、私が一番いい選択をできていれば、こんな結末にはならなかったのかな……って"」

「……そこまでして、君を駆り立てるものは何だ」

 

先生からぽつりぽつりと紡がれるのは、深い後悔。

そして、そこに込められた硬い意志。

……ある種の執着のようなものすら感じさせるそれに、狩人は短く問いかける。

そう言われて漸く、先生は狩人の方へと振り返った。

 

「"……別に、深い意味はないんだよ?"」

 

先生はそう前置きすると、狩人に向けてたった一言告げた。

 

「"私は、大人だから……みんなの先生だから"」

「……先生……か」

 

先生の言葉に、狩人は[先生]という単語を吟味するように少しの間静かに考え込む。

……その間にも、狩人の身体はゆっくりと青ざめた色に溶けてゆく。

 

「……ならば、知っておくことだ」

 

その末に、狩人は言う。

 

「大人であること、先生であることが何になる。

理解し得ぬ絶望(上位者)のもたらすものに、人は無力だ。

……私とて、例外なくな」

 

……狩人のアルデオが揺れる。

元は人であったその者は、狩りの成就こそ叶ったものの、大いなる者の手中から終ぞ抜け出すことは叶わず、それその者へと成り果てた。

結局、根本的な部分に、深い諦観があるのは変わらないのだろう。

だが、先生はやはり、その言葉にゆっくりと……けれど確かに首を振った。

 

「"それでも、何が現れても、届かなくても……私は先生だ"」

「……そうか」

 

先生の言葉に、狩人はそう短く呟いた。

……いよいよその身体が、揺らいでゆく。

 

「……そうだ。本来ならセリカと彼女の友人らに伝えるつもりだったのだが、私が直接言う時間もないらしい。

君から伝言という形で伝えてくれると助かる」

「"わかった"」

 

先生が頷いたことを確認して、狩人は少しばかり足早に言葉を紡ぐ。

 

「セリカには、いつでも帰ってこいと伝えてくれ。

あと、落し物は私が回収しておく、ともな。それと、彼女の友人には……」

 

そこで一度、狩人の言葉が途切れた。

……アルデオが、何処か迷ったように揺れる。

 

「"……狩人?"」

「……いや、何でもない」

 

先生の呼びかけに狩人はそうとだけ告げると、改めて言葉を紡ぐ。

 

 

「……何が起ころうとも、私は許容する。とだけ」

「"……え?"」

 

 

何処か、不吉な響きのあるその言葉。

けれど、先生がそれに声を発したときには、狩人の姿は既に掻き消えていた。

 

「"……行っちゃった"」

 

狩人が先程までいた場所に手を伸ばしても、それは空を切るのみ。

いつの間にか雨も上がり、

手に当たっていたはずの雨粒も、先程までが嘘であったかのように消えていた。

先生はたった1人、その場に立ち尽くす……その時、

 

 

「あ、あのっ!!先生!!」

 

 

全くの別方向から、少しだけくぐもっているものの聞き覚えのある声が聞こえてきた。

先生がそちらに視線を向ければ、この場に似つかわしくないトリニティの制服を着た少女がこちらに駆け寄ってくるところだった。その頭に何故か紙袋を被っているが……

……いや、その特徴さえあれば、誰だか特定するには十分だった。

 

「"……あれ、ヒフ…"」

「ち、違います!私はヒフミではなくファウストです!

あ、あと、先程のL118はトリニティの牽引式榴弾砲ですけど、トリニティ総合学園とは一切関係なくて……ってそうじゃなくて!?」

 

先生の言葉をヒフミ……もとい、ファウストは慌てて遮ると、テンパっていた為かそのまま言葉を続けて、今度は自分で自分の言ったことを遮ると、

何度か深呼吸して落ち着いたのち、改めて先生を……

そして、その後ろの少女たちを見た。

その紙袋の穴から覗く瞳が不安そうに揺れる。

 

「その……遠くからだったのでよくわかっていないのですが、

先生達を、大きな怪物?が襲ってるように見えて。

それで、皆さんに入れようとした通信にも返答がなくって……

そこのカイザーの生徒さん達も大きなけがをしてましたし、一体、なにが……」

「"ヒフミ"」

 

そんな彼女の名を先生は呼ぶと、その肩にそっと手を置いた。

……慣れぬ事をして、けれどそれでも、

少しの間一緒に行動しただけのアビドスの為に来てくれたのだろう。

……だからこそ、この事は知らないほうがいい、知らないほうがいいのだ。

 

「……先、生?何だか、とてもつらそうなお顔ですけど……」

「"……いろいろあったけど、終わったんだよ"」

 

そう、先生はヒフミに向けて呼びかける。

 

 

「"……終わったんだ"」

 

 

……ただ、そう呼びかけることしか出来なかった。

 

 

_____________________________________

 

 

 

 

「……ぅ?」

 

 

意識が覚める。

 

……身体がじくじくと痛む。

記憶は曖昧で、霧がかったように思い出せない。

 

……何か、暖かいものに背中を支えられている気がする。

 

「……ぅ、うう、……ぁ?」

 

セリカは呻き声を上げると、瞳を薄く、ゆっくりと開いてゆく。

……瞬間、

 

 

「……!!セリカちゃん「セリカっ!!「……良かった」「セリカ「バイトちゃん!」ちゃん……!」」「セリカ……!」……!」

 

 

「……ぇ?」

 

 

そんな歓声が、彼女を包み込んだ。

ぼやける視界が、少しづつ整ってゆく。

……外は暗いが、夜目の利く彼女にはそれがしっかりと捉えられていた。

 

 

「……みん、な……?」

 

 

アルが、カヨコが、ムツキが、ハルカが、ノノミが、シロコが……

誰もがこちらを覗き込んでいるのだ。そして……

 

 

「……えぅっ、ううっ……!」

「……?」

 

 

誰かが、そっとセリカの頬に手を当てると、

そのまま、嗚咽を溢しながら、優しく優しく、頬を撫でる。

 

「お帰り……セリカちゃん、お帰りなさい……!」

 

訳のわからぬままその動作に身を任せていたセリカだったが、

その声には確かに聞き覚えがあった。

……大切な、大切な幼馴染で、友達で……

……声のする方に視線を向ければ、やはりそこには、思い描いた通りの少女がいた。

 

「……アヤネちゃん?」

 

その少女の名を、セリカははっきりと口にする。

 

……どうして、泣いているのだろう。

いや、アヤネちゃんだけではない。

みんな、どうして……

 

しばらくの間、そんなぼんやりとした思考がセリカの脳裏を巡る。

……が、

 

 

ザザッ

 

 

「……あ」

 

 

それも長くは続かない。

……獣に近い場所にいる狩人だからこそ、よりはっきりと残ったその記憶が、

意識が鮮明になるにつれセリカの脳裏をフラッシュバックし始めた。

ガバリとセリカの身体が跳ね起きる。

 

瞬くは、渇望の赴くままに、助けたかった先輩を喰らった記憶。

 

 

「私、は……」

 

 

瞳が恐怖に震える。

異変に気が付いた周りの少女たちが声をかけるも、既にセリカには届いていない。

 

瞬くは、悍ましい咆哮を上げ、名も知らぬ誰かを、便利屋のみんなを、先生を、アビドスのみんなを、殺そうとして……その末に先輩に狩られた記憶。

 

 

「私は……私は、私はっ!?!」

 

 

あの時と同じに、あの青ざめた月の夜と同じに。

獣性に呑まれ、血肉を求め、大切を自らの手で壊そうとした、あの夜のように。

 

 

みんなを、殺そうと……

 

 

「私はっ……!!」

 

 

瞬間、

 

 

「わぷっ!?」

 

 

自分自身を壊さんばかりに自身の身体を抱き、締め上げていたセリカを、

横から飛びつくように誰かが抱きしめた。

……何故だろう。その暖かな感触だけで、身体の力が抜け落ちてゆく。

 

 

「セリカちゃんやめて!」

 

 

耳元で、アヤネが涙にかすれた声でセリカに呼びかける。

 

「大丈夫、みんな生きてる。みんな生きてるから。

だからこれ以上、自分を傷つけないで……!」

「……アヤネ、ちゃん」

 

アヤネの呼びかけで、セリカは漸く、一時的にではあるが落ち着いた。

そうして改めて、セリカは正面へと視線を向けた。

まず最初に彼女に話しかけたのは、うずうずとしていた様子のアルだった。

 

「セリカ、その……わかるかしら。私よ、便利屋68の……」

「……社長の、アル」

 

そんな彼女の言葉を引き継ぐように、セリカが言葉を紡ぐ。

それに対してアルは非常にわかりやすい笑顔を浮かべた。

 

「そう、そうよ!

てっきり普通に忘れられてるかもって思って心配してたけど……

……でも、その様子だと本当に元に戻ったのね」

「いやー、取り敢えずこれで一件落着ってところかな?くふふ」

 

アルの言葉に続いて、ムツキがそう言って何時ものようにいたずらっぽく笑う。

……けれど、その笑みにはいつもとは違う、安堵のそれも混じっている。

カヨコとハルカは何も言わないものの、それぞれほっとしている様子だった。

そんな彼女たちに、セリカは迷ったように視線を泳がせる。

 

「……えっと、その」

「いいのよ、言わなくて」

 

……その言葉の続きを察したのだろう。

アルはセリカの言葉の続きを押しとどめた。

 

「……あの三角頭の人が何なのか、そもそもあなたが何を抱えてるのかは知らないけど。

でも、聞きはしないわ。私たちにはあなたが帰ってきてくれただけで十分」

 

そう言うと、アルは他の便利屋のメンバーのことを見回した。

少女達も、こくりとそれに頷く。

それを確認すると、アルたちはゆっくりと立ち上がった。

 

「さて、このままだと話しにくいこともあるだろうし……

私達はこれでお暇させてもらうわ。

……いつか一緒に、仕事ができる日を楽しみにしてるわよ、銀鴉」

「…………」

 

……セリカはその言葉に答えられない。答えることができない。

今の彼女には、精々軽く手を上げて、聞こえていることを伝えるので精一杯だった。

けれど、アルはそれで十分だったのだろう。

彼女の言うところのハードボイルドな笑みを浮かべてこくりと頷く。

 

「……とまあ、そんなところ。

そっちもいろんなことが片付いたら、連絡をもらえると助かる」

「じゃあね、アビドスのみんな。また逢う日までってね?」

「そ、その……こんな私が言ってもいいのかわかりませんけど、いつか、また会える日が来ることを願ってます」

 

カヨコが、ムツキが、ハルカが。

思い思いの別れの……いや、いつかの再会を約束する言葉をアルに続けて口にする。

 

「……ん、また今度」

「はい、絶対に。

今度は私たちも最初からみんな一緒に、会いましょうね☆」

「……っ……便利屋の皆さん。本当に、ありがとうございました」

 

その言葉に、シロコが、ノノミが……アヤネのみ、涙で掠れていたものの、

確かにそれに応じる。

その言葉を聞き届けると、

アルたちは今度こそ、雲が晴れ、地平線が僅かに白み始めた空の下、その場から歩き去っていった。

 

 

……それと入れ替わるように、先生らがいた方向から1人の人影。

その場の空気が、少しだけ硬くなった。

 

 

「……えと」

 

 

その人影は、ホシノは何か言葉を紡ごうとした様子だが、

結局何も言いだせず、その場に固まる。

しばらくの間、少女達の間に沈黙が立ち込める。

……が、

 

 

「……ん」

 

 

その時、シロコが立ち上がった。

そして、ホシノの元へ足早に近寄ると……獣化している左手を、大きく振り上げた。

 

「…………!!!」

「シロコ先輩!?」

「!!シロコちゃん、いくら何でもそれはっ!!」

 

背後でアヤネたちが慌てて動き出すも、既に遅い。

……そもそも、ホシノ自身がその光景を捉えながらも。意を決したように動かない。

そして、その手がホシノの頭上に振り下ろされ……

 

 

ぽすっ

 

 

「……あれ?」

 

 

気の抜けた音と共に、ホシノの頭をかぽりと捉えた。

……緊迫から一転、何とも言えない微妙な空気が彼女らの間に流れる。

 

「……え、えと……シロコちゃん?」

「ふんっ」

 

恐る恐る問いかけるホシノだが、

シロコはその言葉には一切答えることなく、

爪を突き立てないように調整しながらホシノの身体を頭を掴んだままひょいと持ち上げた。

獣の膂力を得た彼女にとって、例えシールドを装備していたとしても小柄なホシノを持ち上げることはたやすいことだった。

……そして、ホシノとシロコではシロコのほうが背が10cmほど高い。

つまり……

 

「……あれ、あれれれれ?」

 

ホシノの足は地を蹴れず、歩くことも走ることもできず……

詰まる所、シロコから逃れる術を失った。

手足をバタバタさせて藻掻くホシノを見てシロコは満足げに頷く。

 

「ん、これでホシノ先輩はもう逃げれない」

「ちょ、ちょっとシロコちゃん?おじさんは逃げるつもりなんてそもそもないよ」

「生憎、ホシノ先輩の言葉は信用できない」

 

シロコは無慈悲にそう告げるや否や、

そのままの体勢でホシノをアヤネたち……詳しく言うなれば、

呆然とするセリカの目の前まで連行した。

 

「……ホシノ、先輩」

「あは、あはは……なんか間抜けな感じの再会になっちゃったね……うへぇ」

 

小さくその名を呼ぶセリカに対し、ホシノはそう言って頬をかいた。

けれど、そんな彼女に向けて、セリカだけでなく、シロコの、ノノミの、アヤネの視線が集中する。

ホシノは一瞬、後輩たちのそれから視線を逸らした。

……けれど、やがて、改めて意を決したのか視線を戻すと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「……みんな、ごめ「そんな言葉、求めてませんよ」」

 

 

次の瞬間、ホシノの謝罪を、アヤネの代わりにノノミが真っ先に遮った。

 

「それについても言いたいことが沢山……沢山ありますけど。

でも、今は……それよりも、言うことがあるんじゃないですか?ホシノ先輩」

「……ぇ……でも」

 

……みんなが求めている言葉。

長い付き合いだ。容易に想像がつく。

でも、本当に……本当にそれを、自分なんかが言ってもいいのだろうか?

ホシノの瞳が泳ぐ。

……と、その視線が意図せずしてセリカと合った。

 

「……あっ」

 

未だ不安に、そして怯えるように、赤く蕩けた瞳が震える。

……気がつけば、ホシノは声を発していた。

 

 

「セリカちゃん、そんな顔しなくても大丈夫だよ!

あの時のことは気にしてないし、

傷もアヤネちゃんが狩人さんから貸してもらったその……聖歌の鐘?

みたいなのでばっちり治してくれたから。ほら、この通っ……!」

 

 

未だ、失う恐怖に震えるセリカを少しでも安心させようと、

ホシノは明るい口調で、いつものマイペースな口調が嘘のように矢継ぎ早にしゃべりながら、噛み千切られていた左肩をシロコに吊り上げられたままぐるぐる回……そうとしたものの

完全には治っていなかったため、肩を上にあげたところで傷が若干開いた激痛にフリーズする。

 

「いてて……おじさん歳だから無理すると肩が痛くなっちゃうや。うへ」

 

……けれどそれでも、バレていたとしても傷のことには触れない。

あくまでいつもの冗談のようにそれを流すと、

ゆっくりと肩を下ろして改めてセリカのことを見る。

そして……

 

 

「…………助けてくれてありがとね、セリカちゃん」

 

 

長い長い間を得て、漸くホシノはセリカにそう言えた。

返答はなく、ただ見つめるだけのセリカに、ホシノはなおも言葉を紡ぐ。

 

「セリカちゃんが助けてくれなかったら、

みんなを助けられなかった……セリカちゃんを含めてね。

それにこの傷も、かわいい後輩ちゃんが帰ってきてくれることを考えたら安いものだよ。……だからね」

 

ホシノはそこで一度言葉を区切ると、

セリカに……そして、後輩たちに向けて、にこやかに笑った。

 

 

「ただいま」

 

 

「……なん、で?」

 

 

そう言われて初めて、セリカの表情が動いた。

……今も、その表情に恐怖が混じっていることには変わりない。

けれど、そこには若干の戸惑いもある。

 

「んもー、セリカちゃんったらいけずだな~

……ってシロコちゃん、いい加減に放してもらっても」

「ん、拒否する」

「うへぇっ?!」

 

未だショックから立ち直れていない様子のセリカに向けて、

いつもように、もう遠い彼方にすら覚える記憶と同じように、

からかいながら飛びつこうとするホシノだったが、

シロコに拘束されているが故にそれは叶わない。

……その時、何か、別の何かを探すように彷徨っていたセリカの瞳が、その拍子にシロコを……変質した大切な人に、止まった。

 

「……シロコ先輩。それ……」

「……ん」

 

……今度は、シロコが気まずそうに目を逸らす番だった。

ホシノは拘束方法の問題で頭を動かせないものの。目線のみをシロコに向ける。

 

「そういえばおじさんもよくわかってないんだけど……

狩人さんからはシロコちゃんが病気になったとしか聞いてなくてさ。

……これが噂の、獣の病……?」

「そ、その件に関してはシロコちゃんだけじゃなくって私も……」

「いや、先輩方だけじゃなくて、私だって止められずに!」

 

ホシノの言葉に連鎖してノノミとアヤネが声を上げる。

……そんな中、セリカがポツリと、呟くように言った。

 

「シロコ先輩。もしかして、あの時……」

「……ごめん、言いつけ破っちゃった」

 

セリカの記憶に宿るのは、

シロコが自分を庇って爆風に包まれる光景。

 

……あの時、シロコにはほとんど息がなかった。

それから回復するために、輸血液を使って……獣へと、転じてしまったのだろう。

 

「……でも大丈夫。狩人が、獣性と……啓蒙?は、相反するから何とか……みたいなことを言ってて、それで取りあえずは安定してるらしいから」

「……そっ、か」

 

シロコの言葉に、セリカは辛うじてそう返答した。

……大方、シロコの状態は理解した。

確かにそれならば、安定はするだろう。

……安定しているだけ、ともいえるが。

 

「……シロコ先輩、わかってる?

それだけ獣に近づいたら、もう普通の生活には戻れない。

ご飯だって、もうまともに食べられなくなる。

ふとした拍子に、私みたいなことになるかもしれない」

「でも、あれが無かったら私は助からなかった。

もう二度と、みんなと会えなかった」

 

セリカから紡がれるは、実際に彼女が知る地獄すら生温い、狂気の一端。

けれど、シロコはあくまでそう答えと、

漸く気が済んだのかホシノの身体を地面に降ろす。

……そして、蕩けた瞳のまましっかりとセリカを捉えると、変質していない右手をセリカに差し伸べて、微笑むのだ。

 

 

「大丈夫。私は私のままだから」

 

 

「……っ」

 

その言葉に、セリカは俯く。

 

 

……暖かい。

 

 

セリカの脳裏に、そんな言葉が瞬く。

 

 

抱きしめてくれているアヤネちゃんの体温が。

そっと肩に手を置いて、撫でてくれているノノミ先輩の感触が。

目の前でかがみこんで、心配そうにのぞき込んでくれているホシノ先輩の表情が。

手を差し伸べてくれている、シロコ先輩の肌色が。

 

 

全てがこんなにも暖かくて、眩しくて

 

 

……苦しい。

 

 

「……だめだよ」

 

 

……結局、セリカからこぼれたのはそんな言葉だった。

誰かが何か言う前に、次から次に、その口から言の葉が零れる。

 

「もう今更、みんなのところに帰ることなんて、私にはできないよ。

やっぱり、私なんかが願うべきじゃなかった。

……みんなのところに、もう一度帰りたい。だなんて」

 

そう言うと、セリカは短く自嘲する。

 

「……狩人呼びの鐘を私以外の誰かがならした時。

それは私が、破綻した証……そうなったときは、全部終わり。

初めからそう決めてた。だから私にもう、ただいまなんて言えないの」

 

 

……ただいまなんて、言えない。

 

 

もうアビドスに、帰ってくることはない。

語外にセリカはそう告げる。

……少女たちの表情が、揺らいだ。

 

「……じゃあ、もう2度とそんなことを起こさなければいい。それで解決」

「1度起これば、2度起きる。2度目があれば、3度目も。

……シロコ先輩。こんなことは、1度でも起こしちゃいけなかったの」

 

シロコがセリカに向けてそう呼びかけるも、彼女はそれを緩やかに否定する。

 

 

……その意志は固く、折れそうにもない。

 

 

「……このキヴォトスに、青い空の下には。私の居場所なんて、最初からなかった」

 

 

……それは、深い諦観。

 

 

大切な人を傷つけた、殺そうとしたこと。

どれだけ取り繕っても、どれだけ慰められたとしても、

消えることのないセリカのトラウマ。

大切を奪った(自分自身)を未だ許せぬ、彼女に根差すもの。

……透き通るような青の中でも、それは癒えることはなかった。

 

 

……静寂が、満ちる。

 

 

「……」

 

 

その時、セリカを抱きしめていたアヤネの腕が、するりとほどけてゆく。

……自分を包んでいた温かさが失われてゆく喪失を感じながらも、セリカはどこかでそれを……自分を諦めてくれることを、望んでいた。

 

 

……けれど

 

 

「……セリカちゃん」

 

 

「……?」

 

 

アヤネはただ、セリカの目の前に回り込んだだけだった。

そして、力なく地面に下がった彼女の両手を、

自分の手でそっと、包み込むように握ると、それを胸に抱く。

 

 

「……あの時言ったよね。私の中で、セリカちゃんは今もセリカちゃんのまま。

優しくて、抱え込みがちな一番の友達のままだよ……って」

「……アヤネちゃん?」

 

 

優しい、呼びかけるような言葉。

いつか、自分が狩人の夢に閉じこもっていた時、その心の牙城を脆く崩した言葉の再現。

……やはり、自分を説得しようとしているのだろうか?

けれどどこか、セリカはその言葉に不吉を覚える。

アヤネの言葉は続く。

 

「でも、セリカちゃんは、自分のことが許せないんだよね?

……私達じゃ、セリカちゃんをここまで引っ張り上げられないんだよね?」

「そんな……アヤネちゃんも、先輩たちも何も悪くない。

これは、私の決めたことで、私の……罪で……」

 

アヤネが紡ぐは、己の無力。

セリカはそれを、慌てて否定する。

……けれどアヤネは、頭を振った。

 

「ううん、いいの。

……そもそも、今だって何もわかってない。

セリカちゃんが何を背負ってるのか、あの時……眠っている間に、何が起こってたのか」

 

そこで一度言葉を区切ると、アヤネはセリカと目を合わせた。

赤い縁のメガネの奥にある金色の瞳……

そこには、形容しがたい感情の色が宿っていた。

セリカの肌が、得も言えぬ悪寒に泡立つ。

 

「セリカちゃん。

私はやっぱり、セリカちゃんと一緒に居たいよ。

でも、今いる場所じゃ一緒にいられないなら。

日の光が当たっていたとしても、セリカちゃんと一緒にこの場所にいられないなら……」

「待って、待ってよ……!何言ってるのアヤネちゃん、変だよ、おかしいよ!?」

 

セリカが必死にアヤネに呼びかける。

けれど、彼女がその声に応えることはない。

……アヤネは胸に抱くセリカの手を右手でぎゅっと押さえつけると左手を解き、そのままセリカの懐へと手を伸ばす。

 

「……何、してるのアヤネちゃん。アヤネちゃん、ねえってっ!?!?」

 

セリカは必死にその拘束から逃れようと己の手を引っ張る。

……けれど、度重なる戦闘で疲弊した今の彼女の力では、

非力なアヤネのこの程度の拘束ですら、抜け出すことは叶わない。

ならばと身体をがむしゃらに振っても、アヤネはその動作をやめることはない。

そして……

 

 

「……見つけたよ」

 

 

アヤネは小さく呟くと、セリカの懐からそれを……

 

輸血液の小瓶を取り出した。

 

 

「……嘘」

 

 

……全てを理解したセリカの瞳が驚愕と……そして、恐怖の色で見開かれる。

 

「……だめ、アヤネちゃん、放して、今すぐに、それは、それは……!

……先輩、シロコ先輩ホシノ先輩ノノミ先輩!?!?!?!

なんで止まったままなの、なんで動いてくれないの!?!

アヤネちゃんを、止めて、止めてって、ねえ、ねえ、ねえってばぁっ!!!!!」

 

セリカから、もはや叫びに近い悲痛な声が発せられる。

けれど、名を呼ばれた先輩は、悲しそうに顔を逸らすだけ。

……誰も、セリカの声に応えることはない。

 

 

「……私の今いる場所だったら、私の……大切な友達のそばにいられないなら」

「やめて、やめてやめてやめてやめてっ……!」

 

 

アヤネは鳴りやまぬ悲鳴の中、ぽつりとそう呟くと、

輸血液の小瓶のコルクをそっと撫でた。

 

 

カチンッ

 

 

小さな金属音を立てて、太い針が飛び出す。

……建物の間から差し込みつつある陽光にあたり、それは鈍色に光る。

その針の先端を一瞬見つめた後、

アヤネは、セリカに向けてそっと笑いかけた。

その笑顔は、陽だまりのように、温かくて……

 

 

「……私も、一緒の場所に行くよ」

 

 

 

……優しかった。

 

 

 

 

トンッ

 

 

 

 

「……あ」

 

 

アヤネの太ももに、針が突き刺さる。

中に入った真紅が、その身体の中に吸い込まれてゆく。

 

 

「うぁああああっ!!?!」

 

 

拘束が解ける間もなく、

その一瞬だけ限界以上の力を発揮したセリカがアヤネの手を振り払うと、

突き刺さったままの輸血液の小瓶を一息に引き抜く。

……けれど、その頃には。

小瓶の中身は既に空っぽになっていた。

 

 

「……嘘、嘘だ」

 

 

セリカは、呆然とアヤネの方に視線を向ける。

……その表情に苦しんでいる様子や、瞳が蕩ける様子は一切ない。

けれど、長い狩りの中で育っていた直感のようなものが、確かに告げる。

目の前の、少女は……

 

 

「……ほら、大丈夫だよ、セリカちゃん」

 

 

アヤネは、セリカの身体をそっと抱きしめた。

 

 

「嫌だ、いやだ、やだ、やだぁ……やだよぉ……」

 

 

温かい。温かいのに。

痛い……痛い……

心がぐちゃぐちゃにかき乱されて、何も、もう何も考えられなくなって。

 

 

……アヤネに抱き留められたまま、セリカの瞳から涙がこぼれだす。

 

 

「ぇうっ、いやだっ、どうしてっ……ぅう、あ、ぁぁあ」

「大丈夫。これで、ずっと、ずっと一緒だから」

 

 

泣きじゃくるセリカの背を、アヤネは優しく撫でながら、そう呼びかける。

……少女たちを、昇る朝日が包み込む。

 

 

 

「ぁああああぁぁあああああああああああああああ」

 

 

「……ずっと、一緒だからね」

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












<赤縁眼鏡>


赤い縁の眼鏡。
一見簡素な品に見えるが、
見るものが見れば、そこにはヤーナムでは有り得ない
精巧な技術が使われていることに気が付くだろう。

持ち主である少女は、血酔いと呼ばれる狩人の善き友人である。
けれど、それ故に。自分でも気が付かぬ間に狂気の中に身を堕としていったのだ。











どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

さて、アヤネちゃんとセリカちゃんは、原作では幼馴染の友達として描かれています。
いつも敬語のアヤネちゃんも、セリカちゃんに対しては砕けた口調を使います。
2人の仲は、アビドスで特に親密といえるでしょう。

……もし、自分の半身とも呼べる大切な友達が、底の見えない何かに堕ちていったら。
無論、助け出そうとするのが人の性でしょう。
けれど、それと同時に、堕ちてしまった友達の影響も、その身に受けてしまうわけです。
大切だから、大切だからこそ。気が付かぬうちに、自分も歪んで、いって。
一緒にいたい。助け出せぬなら、せめて苦しみを共に背負いたい。

……そう思ってしまうのは、歪で、しかし極自然なことではないでしょうか。


次回、アビドス編2章、エピローグとなります。


アヤネちゃんの仕掛け武器、何がいい?

  • 仕込み杖
  • 慈悲の刃
  • 獣狩りの曲刀
  • 爆発金槌
  • シモンの弓剣
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