極夜に囚われたセリカ   作:時空未知

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極夜に堕ちる











side present 夜明け、又は極夜

 

 

 

極夜。

 

 

それは、一日が日の光に包まれる白夜とは対義に、

一日が日の光は閉ざされ、決して明けることのない刻を示す。

 

 

……夜は当に明けているはずなのに、日の光は見えない。

 

 

何処までも、何処までも暗いまま。

 

 

暗く、暗く、暗く……

 

 

 

 

 

暗く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー、大将やってるー?」

 

 

ある日のアビドス。その一画にある、柴関ラーメンという暖簾がかかったラーメン屋の屋台にそんな声がかかった。

ラーメンの仕込みをしていた店主である柴大将が視線を向ければ、そこでは、ムツキを先頭に、便利屋68の少女達が暖簾をくぐるところだった。

つい先程まで沈んだ様子だった大将だったが、彼女らを見た瞬間その顔に、一瞬驚いたような、ホッとしたような得も言えぬ表情が浮かぶと、すぐにいつもの気立てのいい笑顔が浮かぶ。

 

「おお、誰かと思えば便利屋の嬢ちゃん達じゃないか。今回も4人かい?」

「えぇ。前と同じ通り柴関ラーメンを4人前お願い」

「あいよ!」

 

大将の言葉にアルはそう答えると、ゆっくりと椅子に腰かける。

その間にも大将はテキパキと仕込み作業を終わらせてゆく。

そんな中、屋台を物珍しそうに見回していたムツキが大将に声をかける。

 

「それにしても、屋台もいい感じだね、大将」

「はは、元々柴関ラーメンは屋台から始めたこともあってね。懐かしい気分だよ」

 

そう言って大将が朗らかに笑うも、その一言で、直接とは言えないものの元の店舗を破壊する一因を担う事になったハルカに、何かしらのダメなスイッチが入ったらしい。

 

「わ、私が……私のせいでお店が……し、死にましょうか?死んでもいいですか?死にま……!!」

「ハルカ、あれに関しては色んな要因が重なったこともあるから一概にあなたのせいでもないわよ。それをいい出したら私にも監督責任が……」

「……!そう、ですよね。わ、私はアル様にも迷惑をかけて……やっぱり死にますっ!!!」

「ちょ、ちょっとハルカ!?」

 

……いつも通りシッチャカメッチャカになり始めた状況に、大将は元気だねえ、と微笑ましげに、ムツキは何時ものようににんまりと笑う中、カヨコは小さく嘆息する。

 

「まあそれはさておき、お店をやめるって聞いてたけど再開してくれて良かったよ」

「あぁ、風紀委員会の嬢ちゃん達から十分すぎるぐらいのお詫びを貰っちまったから資金的には十分だったんだよ。それについ先日新しくバイトの子も2人入ったんだ。確か、カナヨちゃんとハナちゃんだったか……それに」

 

大将はそこで言葉を一度言葉を区切ると、ニヤリとわらって便利屋の少女達の方を見る。

 

「こうして新しい常連さんもできたんだ。本当なら引退してゆっくりしようかとも思ってたが……営業して欲しいと言われちゃあしょうがない」

「……ふふ、そうね。これからも贔屓にさせてもらうわ」

 

大将からの言葉に一瞬キョトンとしていたアルだったが、やがてふっと微笑むと、大将に向けてそう答えた。

そんな彼女の言葉に、大将は大様に頷く。

 

「あぁ、これからもご贔屓に……ご贔屓に、ね……」

 

……その時、大将の声が震えた。

それと同時、表情が少しづつ、けれど確かに崩れてゆく。

 

「大将!?」

「ちょっと、どうしたの!?」 

「……そうか。君達はまだ知らなかったのかい」

 

大将がそう呟くと同時、水切りをしていた手が止まる。

そうして、ぽつりぽつりと、そのことについて語り始めた。

 

「……つい先日、カイザーPMCがアビドスに攻撃してきたことがあったろう?あの後、アビドスの子たちが連中の基地まで行ったらしくてね。

……許せなかったんだろうさ、あんな事になっちまって。

それで……それで、さ」

 

……大将の言葉が、また止まる。

その黒い瞳から、透明なものが少しづつ、こぼれてゆく。

 

「シロコちゃんと、アヤネちゃんと……それに、セリカちゃんまで、亡くなったって……俺は、つい昨日っ、昨日の朝刊で、始めて、知ったんだ……!」

「……!」

 

大将のその言葉に、少女達の瞳が驚愕に見開かれる。

その中でも、大将の口から次から次と、押し殺した嗚咽混じりの声が溢れる。

 

「何も、何もしてやれなかった……!

そりゃあ、俺にはラーメンを作ることぐらいしか、得意なことはないさ。

でも、それでも、何か、あの子達の為に何か出来たんじゃないかって。どうして、あんないい子たちが、死ななきゃならない。どうして……!」

「……大将、大丈夫よ」

 

その時、大将の肩に、ぽんと手が置かれた。

……大将が顔を上げると、カウンターから身を乗り出したアルが、何かを押し殺したような瞳のまま、心配そうにこちらを見ている。

 

 

「……あ、あぁ。ありがとな……ちょっと、色々思い出しちまって。そっちも辛いだろうに……」

「いや……そういう事じゃないの」

 

大将の言葉に、何とも言えない、言いにくいのか、言葉を選んでいる様子のアルが、口をしばらくもごつかせる。

 

「えっと、その……なんて言ったらいいのかわかんないけど」

「……社長さん?」

 

そんな彼女の様子に、大将が思わずそう問いかける。

その言葉と同時、漸くアルの中で何かが決まったらしい。

先程までとは違う、確かな意志のこもった瞳で、大将のことを見つめる。

 

 

「……絶対にもう一度……いや、大将がお店を続ける限り、何度だって会えるわ。シロコにも、アヤネにも、セリカにだって」

 

 

大将は一瞬その言葉の意味が理解できなかったのか、目を何度か瞬かせる。

そして、もう一度アルのことを見た。

……目の前の少女は、質の悪い嘘を言うような人ではないし、

先程の言葉を普通に受け取るなら、彼女なりの励ましの言葉であると思うのが適当だろう。

けれど、何故だろう……有り得ない、有り得るはずがないのに。

今の彼女の言葉には、不思議とそう思わせるだけの説得力があった。

 

 

 

 

 

 

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「ホシノ先輩」

 

 

……横合いから声がかかる。

それと同時、身体を軽く揺すられる。

 

 

「……んにゃ、もう朝~?」

 

 

対策委員会の教室の机でいつも通りうたた寝していたホシノだったが、

その声に促されてゆっくりと起き上がる。

そんな彼女を見て、ホシノに声を掛けたノノミはくすりと笑った。

……小脇には、真新しいタブレットが抱えられている。

 

「ふふ、朝も何もホシノ先輩はずっとお昼寝してたじゃないですか」

「あり、そうだっけ?」

 

互いにそんな冗談を交わしながら、ホシノはゆっくりと教室の他の机へと視線を向けた。

 

 

「……」

 

 

もしもあの日が続いていたのなら、

今頃いつもと変わらず、

シロコが銃の手入れをしていて、ノノミではなくアヤネが資料の作成や書類の整理をしていて、

セリカがぼんやりと椅子に揺られていたのかもしれない。

けれど今は、その場所には誰も居らず、何処か空虚が立ち込めているようだった。

 

「そう言えば、昔私が来たときはホシノ先輩と2人っきりでしたね」

「……そうだね。こうしてみると懐かしいやら寂しいやら……」

 

そう言ってホシノは机の上に横顔をつく。

 

「でも、アヤネちゃんもシロコちゃんも……それに、セリカちゃんだって。

いなくなっちゃったわけじゃありませんからね。

早ければ明日にでも、戻ってきてくれますよ」

「……わかってはいるんだけどね。うへ」

 

ノノミの言葉にホシノは一拍おいてそう返答するも、やはり気分はすぐれないようだ。

 

……カイザーPMC基地で起こった、

この世のものとは思えぬ狂的な襲撃事件……

狩人の言うところの獣狩りの夜から既に5日間。

 

あの時、アヤネが輸血液を自身に投与した後。

まるでその時が来ることを知っていたかのように周囲に使者たちが現れ、

セリカを、シロコを……そしてアヤネを霧の中に呑み込んでいった。

その後、すぐに別の使者たちが狩人からの言付けを届けてくれたため、必要以上の混乱に陥ることはなかった。

……以下に、その手紙を記す。

 

[先生、そして残されたセリカの友人諸君。

この手記は、狩りの成就の後に起こり得るであろう事態に備え、私があらかじめ用意していたものだ。

故に若干の齟齬がある可能性は留意していてほしい。

まず、先に起こったことについてだ。

恐らくセリカとシロコ……そして、彼女たちの後を追って幾人かが秘匿に堕ちたことと思う。あぁ、責めるつもりはないとも。秘匿は触れるのみで、容易く人の精神を削ってゆく。堕ちた者は、それに耐えられなかったのみだ。

 

それはさておき、彼女らは一時的にこちらで拘束させてもらう。精神的に摩耗しているセリカは元より、シロコには先に説明しきれなかったことの全てを話し、己の身をよく知ってもらう必要がある。

 

そして、それ以外に秘匿に堕ちた者については、だ。

……それが一時的な気の迷いに過ぎぬものであるなら。それが何かの手違いであるなら。私が狩人足り得ぬと判断したならば。私はその者の得た力を可能な限り封じ、先の出来事の記憶を消し去り、すぐにでも君達の元へ帰そう。

しかしもし、その者の決意が己の身を投げ打つほど硬いならば、私が狩人足り得ると判断したのならば。

私は、先生に言付けた通り、全てを受け入れよう。

仮にそうなった場合、シロコと同じように秘匿を知らせ、尚且つ狩人とは何たるかを私の知りうる限りで教授する必要がある。

間違いなく、相応の時が必要だ。残された君達へ再び会うにも暫しの時間がかかり、その時が来たとしても皆、殆どの時間をこちら側で過ごすようになることと思う。

だが、だからこそこれだけは伝えておく。

 

必ず、また会える。

……くれぐれも、そのことを心に留めておいてくれ。

君達に、血の加護があらんことを願う]

 

……この手記が届き、ヒフミとカイザーPMCの少女2人と別れ、すっかり日が昇った時にアビドスに帰ってきても、アヤネが帰ってきていないということは……そういう事だろう。

アヤネの想いが通じて良かったと言うべきか。それとも、暗い場所に進んでしまったことを、見ていることしかできなかったと言うべきか……

……何にせよ、今もこの心に残る重いものは、そう簡単に消せる物ではなかった。

ホシノは1つ息をつくと、側に立つノノミの方を見上げた。

 

「……そう言えばさ、クロノスの連中って来てる?」

 

ホシノがノノミにそう問いかける。

……その口調は、先ほどに比べて硬い。

先輩のその言葉に、ノノミは少し考え込んで今朝の状況を思い返す。

 

「いえ……今日はまだ来てないみたいです。

……もしかしたら、基地のほうに行ってるのかもですけど」

「……そっか。いい加減に諦めてくれてたらいいんだけど」

 

ホシノはそう呟くと一つ、ため息をついた。

 

「全く、[怪奇!アビドス砂漠の漆黒の巨獣事件]だか知らないけど、うちからしたら迷惑極まりないよねぇ。

そもそもどこから漏れたんだか」

「……記事の情報から推測する分には、恐らく私たちが来る前にカイザーPMCから逃げた人たちがヴァルキューレに通報、そこからクロノスに漏れて……という感じでしょうか?当事者は軒並み面会謝絶で取材できず、掲載されてる写真も警察側の情報提供者ってことになってますし……」

「はぁ……仮にも警察組織なんだから、守秘義務ぐらい守ってほしいもんだよねえ」

 

ホシノはそう言って軽く肩を竦めると、再び机の上にぐだりと広がった。

……少なくともあちら側にいる後輩達が帰ってくる前にどうにか対処したいところだが、果たしてどうなることか。

 

「……おじさん達が言えた口でもないのかもしれないけどさ。連中、世の中には知らないほうがいいこともあるってこと、知らないのかね」

「あはは……良くも悪くもテレビ局ですからね……」

 

そんな文句を言うホシノに、ノノミは苦笑いをしながら相槌を打つ。

そうして、そこで一度、2人の会話が落ち着いた。

……静寂が流れる。

ホシノは何気なく窓の外を見たり

窓の外を一陣の風が吹き抜け、窓を軋ませ、砂を巻き上げてゆく。

……この分だと、砂嵐が来るかもしれない。

 

 

「……そう言えばさ」

「はいはい?」

 

 

不意にホシノが、背後にいるノノミに呼びかける。

 

「ノノミちゃんはどうしてあっち側に行かなかったの?

おじさんはどうしてもアビドスから離れたくないからだけどさ」

「……別に、深い理由なんてありませんよ?」

 

ホシノのゆっくりとした問いかけに、ノノミはほんの少しだけ微笑むと書類の整理をしつつそれに答える。

 

「ただ私には、アヤネちゃんほどの覚悟なんてなくて。やっぱり、狩人さんの言うところの秘匿がどうしようもなく怖くって……それに」

 

そこで一度言葉を区切ると、ノノミは書類整理を止め、窓を向いたままのホシノの頭にそっと手を乗せる。

そしてそのまま、ゆっくりとその髪を撫でる。

 

「ホシノ先輩を1人にしたら、何をするかわかんないですしね☆」

「うへ、おじさんまだそんなに信用ならない?」

「当たり前じゃないですか。結局、アヤネちゃんには怒られず仕舞いですし」

「うへぇ〜」

 

ノノミの言葉に、ホシノはどうしようもなく気の抜けた声を上げる。

……けれど、そうは言うものの、彼女の表情はどこか……

 

 

「……ありがとね」

 

 

……ぽつりと。

頭を撫でられる優しい感触に向けて、そう言うのだ。

……と、

 

 

コツ、コツ、コツ、コツ……

 

 

廊下の向こうから聞こえる足音。

前にクロノスが突撃取材をかけてきた時のような騒がしさはない。

足音の数は、2人分。

……この場にいない少女の名は、大体想像がつく。

 

「……よいしょと」

 

ホシノはそう言いながら軽く起き上がると、

扉の方へと視線を向ける。

……ふと、ノノミと軽く視線が合った。

 

「「……」」

 

特に何か、互いに声を掛け合うわけではない。

その代わりに、少しだけ笑みを交わすと、改めて共に扉の方を向く。

……そして、扉が開くと同時に、言葉を紡ぐのだ。

 

 

「「おかえりなさい」」

 

 

 

……と。

 

 

 

 

 

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……ここは、久方ぶりに持ち主の帰ってきたシャーレの執務室。

その仕事机で、先生はとあるネットニュースの記事を見ていた。

 

 

「"……[怪奇!アビドス砂漠の漆黒の巨獣事件]……か"」

「先生何見てるんですか……って、クロノスのゴシップ記事じゃないですか」

 

 

その背後から、太ももの魅惑的なツインテールの生徒が先生のPC画面を覗き込んだかと思うと露骨に顔をしかめる。

 

「"いやー、ね。ちょっと気になっちゃったというか"」

「……気になるのはいいですけど、あんまり見ないほうがいいですよ。

先生は知らないかもしれませんけど、クロノスの報道って、フェイクニュースもかなり多いですから。それにその記事、扱ってる話題が話題なので炎上してますし……」

「"……そうなんだ"」

 

少女の言葉に先生は少し曖昧な相槌を打つと、改めて記事に目を通す。

 

 

……悪徳企業カイザーコーポレーションの系列に名を連ねるカイザーPMCの基地。

その基地が一夜のうちに壊滅した。

負傷者多数……近くのアビドス高校ではその騒動に巻き込まれて3名の死者。

カイザーPMC理事と数機のオートマタ兵が今も行方不明。

世間一般的には行方不明の理事が一連の事件の真相を握ってると見られているが、私達は全く別の結論に行きついた。

何しろ警察の情報提供者によると、逃げ延びてきたカイザーPMCの兵は誰もが錯乱していて、黒い獣が出た、や。黒い化け物が殺しに来るなど。支離滅裂な言動をしているというのだ。

私たち取材チームは、提供された写真をもとに、謎に包まれた砂の街に足を踏み入れた……

 

 

そこから書かれているのはアビドスの成り立ちや、それっぽい痕跡の写真や、最後に見当違いな考察……

……まあ、よくあるゴシップ記事だ。

 

 

「"……うん、やっぱりこういう話はほどほどに、だね"」

 

 

……核心に迫るような話がなかったのはいいものの、

後でシャーレ名義でクロノススクールにしっかりおしかりを入れておこう。

 

先生はそう決意すると、ニュースのタブを閉じた。

……と、

 

 

「ヴゥゥゥ……」

「"……あれ?"」

 

 

机のすぐ横で悍ましいうめき声が聞こえた。

先生が思わず視線を向ければ、いつの間に現れたのか、

幾人かの使者たちが手記を手にこちらの様子を窺っていた。

……そのうち手持無沙汰の数人は、先生の仕事机の上のものを物珍しそうに……しかし必要以上に干渉せぬように触っている。

 

「……先生?」

「"……いや、何でもないよ。

ユウカ、一旦この書類を整理しててくれないかな?"」

「……?はい、わかりましたけど」

 

先生の言葉に、ユウカと呼ばれた生徒は訝しげな表情を取りながらもその指示に従う。

……その姿を確実に見届けた後、先生は使者たちに向けて静かに頷く。

それを視認すると、使者たちは抱え持ったそれをゆっくりと広げた。

 

 

……それは、こんな書き出しから始まっていた。

 

 

 

[先生へ

 

 

先生、こんにちは。アヤネです。

狩人さんにこれも練習の一環と言うことで、

このような形で連絡させていただいています。

最初はただただ怖いだけだった使者ちゃんも、

今じゃすっかり慣れて……というか、かわいく思えるようになってきました。慣れっていいのか悪いのか……

 

あと、最近一時的にこちらに帰省しました。

本当ならセリカちゃんとも一緒に行きたかったですけど、

落ち着いてきたとはいえやっぱりまだ抵抗があるみたいで、

私とシロコ先輩だけの帰省になってしまいましたが……

……でも、ホシノ先輩とノノミ先輩にも、久しぶりに会えました。

あんなことがあった後なので完全にとはいきませんけど、2人とも元気そうです。

……まあ、それはさておき、ですね。

 

シロコ先輩と私とセリカちゃんは、

世間では死んでしまったことになっていることと思います。

でも、一応3人とも変わりなく過ごしているので、どうか安心してください。

 

私達がいない間のことで、ノノミ先輩から先生の公的な認証のお陰でアビドス対策委員会が正式な委員会に認定されたと聞きました。

書面上ではありますが、この場でお礼を申し上げさせていただきます。

これでアビドスの生徒会としての機能も果たせるようになったのですが、

ホシノ先輩に生徒会長になることを断固拒否されてしまいまして……

新しい生徒会長は、まだ決まっていません。

 

柴関ラーメンは屋台の形で復活しました。

アルさん達からの連絡もあって、

取り敢えず先輩たちと4人でラーメンを食べるのと合わせて、大将に会いに行きました。

……起こったことを詳しくは書きません。

でも、この時ばかりは、あの時の選択を少し後悔してしまいました。

大将のラーメンは相変わらずおいしくて、大将もやっぱり、優しいままです。

 

カイザーローンとの取引についても、

理事の引き上げた異常な利子は正常な値へ、不当な借金は全部帳消しにされて。

そのおかげで、あとはセリカちゃんが作ってくれた輝く硬貨の山をちょっと削るだけで、

借金が完済できるところまで見えています。

ただ、アビドス自治区の大半は相変わらずカイザーコーポレーションが所有したままで、昔の取引については合法のものだったので、ひとまずは仕方ないみたいです。

あの場所で何を企んでいるのか……それはわかりませんでした。

ホシノ先輩と先生の言ってた[黒服]についても、結局何の情報も得られませんでした。

あとのことは、先生にお任せします。

 

……さて、最後に私達のことについてですね。

私は狩人さんと契約を交わして、セリカちゃんと同じ狩人になりました。

シロコ先輩は身体の形質上正式な契約は結べないという話で、

加護という形で、夢に目覚める……言うなれば、死なない力を一時的に受け取ってるらしいです。

一応私は身体の状態が安定しているらしいので、暴走することは今の所ないみたいです。

今は狩人の夢で初歩的なことを教えてもらっているだけなので、

実際の狩りに。悪夢に身を投じるのは少し先です。

最終目標は、もしまたセリカちゃんが獣に転じても、元のセリカちゃんに戻せるように……セリカちゃんを、狩れるようになること。

きっと、今の自分でも想像できないような苦痛があるのだと思います。

もしかしたら、いつの間にか私も私じゃなくなってるかも知れません。

……でも、逃げるつもりはありません。

 

 

セリカちゃんと一緒にいるって、一緒に背負うって決めたのは、他ならぬ私ですから]

 

 

 

 

……………………

 

 

 

…………

 

 

 

…………

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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月明かりに照らされた霧の立つ、小さな、静かな庭園。

その裏手にある、白い花の咲き誇る鎮魂の花園の中心に、1人の少女がいた。

古びた車椅子に腰かけたその少女……黒見セリカは、ただ1人。

花びらの舞い散る花園の中で、手の中にあるオルゴールの音色に耳を傾ける。

 

優しく、儚い、オルゴールの音色。

 

それが花園の中で、静かに響き続ける。

……と、

 

 

「セリカちゃん」

 

 

……背後から突然、そんな声が聞こえた。

セリカはその声に一瞬目を閉じて一拍おいたのち、目を開くと、

車椅子に座ったままゆっくりと声がした方を見上げる。

 

「……アヤネちゃん」

「ふふ、どうかな?

狩人さんに背後の取り方を教えてもらってたから少し試してみたんだけど……」

 

……予想通りというべきか。

そこには、アヤネの姿があった。

瞳はいつも通り。自分のように蕩けていたりはしない。

けれど、狩人になった影響によるものか、ヘイローの色はくすんでいる。

アヤネの言葉にセリカは少しだけ考え込んだ後、

視線を外し、元の位置に戻して声を発した。

 

「足音はいいけど気配を消しきれてない。獣相手だとバレるよ」

 

淡々としたセリカの声色に、アヤネはぎくりとした表情になった。

 

「うっ……やっぱり?シロコ先輩はすぐにできてたのにどうして……」

「先輩は前衛職で元々動き回る質だから慣れてるんでしょ」

「……それもそっか」

 

セリカの言葉に、取りあえずはアヤネは納得したようだ。

……それっきり、2人の間に沈黙が流れる。

その沈黙の合間を、オルゴールの音色が埋めてゆく……

 

「……そのオルゴール、私が初めてこっちに来た時も聞いてたよね」

 

不意に、アヤネが声を発した。

……その言葉に、セリカの頬が少しだけ緩む。

 

「……うん。一応、メルゴーの子守歌って題名なんだけど……

正直、この名前だけはあんまり好きじゃない」

「じゃあ、ヤーナムの大切な人かの、頂き物……とか?」

「……そう、なっちゃった、が正しいかな。結局返せず仕舞い」

 

セリカは物悲し気に、けれど懐かしそうに言葉を紡ぐと、

神父の狩帽子を取って膝の上に置いてある、真っ赤な血晶石のはまったレイテルパラッシュの上に被せる。

そして、ツインテールの片側を止めている白リボンを、オルゴールを持っていないほうの手で軽く撫でる。

 

「……リリーちゃん、とってもかわいくて、優しい子なんだよ。

父親のガスコインさんも、母親のヴィオラさんも、2人ともとってもいい人。

オルゴールは確か、結婚記念日に作ってもらったんだって」

 

そこまで言葉を紡いだところで、セリカの声が途切れた。

血に汚れた白リボン。

大切な人からのもらい物だという狩装束。

片時も外すことのない真っ赤な血晶石。

……どのような結末があったかは、想像に難くない。

 

「……っ」

 

アヤネは一瞬どう答えたものかと言葉を詰まらせる。

……けれど、最終的に嘘偽りない言葉を贈ることに決めたようだ。

 

「……素敵な方達、だったんだね」

「……うん」

「……私も、会いたかったよ」

「……うん」

 

アヤネから、ぽつぽつと紡がれる言葉に、

セリカは一つ一つ、短く。けれど確かに返答してゆく。

……そんなセリカを、車椅子の後ろから包み込むようにアヤネは抱きしめた。

聖歌装束、と呼ばれる、純白のなめらかなローブに包まれた腕が、神父の狩装束に身を包んだ少女の身体を、優しく抱擁する。

その純白を見て、セリカの表情が僅かばかり曇った。

 

「……似合ってるけど、この服も苦手」

「……私はこの服の来歴はともかく、ゆったりしてて、きれいだから好きかな。結局あのまま聖歌の鐘を受け継ぐことになったし……それに」

 

アヤネはそこで一度言葉を区切ると、セリカを抱きしめたまま、その横顔のすぐ近くまで屈み込むと、柔らかく微笑む。

 

「……聖歌隊の目指す神秘は、シロコ先輩とセリカちゃんがいる獣性と対極だって、狩人さんは言ってたから。これは、絶対に2人を獣にさせないっていう、私なりの決意だから」

「……そっか」

 

アヤネの言葉に、セリカはただそうと答える。

けれど、その横顔は未だ晴れることはなく、曇っている。

セリカは、聖歌隊の手袋越しにアヤネの手をそっと抱く。

……とても、温かい。

 

 

「……ねぇ、アヤネちゃん」

 

 

セリカはぽつりと、隣にいる大切な人に問いかける。

 

 

「……どうして、狩人なんかになっちゃったの?」

 

 

……セリカはアヤネが返答するよりも早く、二の句を継ぐ。

 

「ずっと、温かい日の光の下にいて欲しかった。

薄暗い場所になんて来てほしくなかった。

こんな事になっても、私はうれしくなんてない……悲しい、だけだよ」

 

……うれしくなんてない。うれしいわけが無い。

苦しいだけ、悲しいだけ。そう、そうなのだ。

その、はずだったのだ。

なのに……

 

……なのに。

 

 

「……でもね」

 

 

セリカの言葉は、続く。

……その手が、ギュッとアヤネの手を抱き締める。

その表情に、歪な、歪な微笑みが浮かぶ。

 

「何でかな。今のアヤネちゃんと一緒にいると、心の何処かが、どうしようもなく心地がいいの。獣性でも啓蒙でもない昏い何かが、堪らなく満たされるの……何で、かな」

 

笑みが、歪んでゆく。涙が、こぼれ落ちてゆく。

その言葉が、段々と掠れてゆく。

 

 

「……あはは。私、やっぱり狩人失格だよ。

こんな事思っちゃダメなのに、思い浮かぶことすら許されないのに。今こうしてアヤネちゃんといられる事が、とっても、とってもうれしいの」

「……セリカちゃん」

 

 

静かに涙を流すセリカのことを、

アヤネはしばらくの間、ただ見つめていた。

……けれどやがて、一度その手を抱擁から抜き取ると、改めてその身体を抱き締めた。

 

 

「うれしいって言ってくれて、ありがとう。

悲しませちゃって、ごめんなさい。

……でも、ずっと、ずっと側にいるから。

もう1人になんてしないから」

 

 

「だからね、セリカちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑って……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








<コモンセンス>

ヤーナムはおろか異国でも類を見ない奇妙な技術の使われた銃を、
水銀弾が使用できるよう改造したもの。
取り回しやすく小径でありながら十分な衝撃を持ち、
短銃などと同じように相手の体勢を崩すことができる。

常識の意味を持つこの銃は、持ち主である少女の狩人の生真面目さをよく表したものであろう。
しかし同時に、コモンセンスとは共通の感覚という意味を持つ。
……血に酔い、どうしようもなく破綻した友人を見て、少女の心にどのような共感が宿ったのだろうか














どもー、時空未知です。
ということで今回の作品はいかがだったでしょうか?

外伝などは残っていますが、これにて本編……というかセリカちゃん編としては、現時点でこれで一区切り、完結となります。
思えば、小説家の真似事をし始めてから初めてまともなところまで書き切りました。
これもひとえに作者のイカれた感性についてきてくださった読者さんの応援のおかげです。ありがとうございます。
これからは番外編や後日談をちまちま更新していく形になると思います。
更新頻度はかなり落ちると思うので悪しからず。
……何でって?いや、もう一つほぼエタってるような状況になってるブルアカ作品抱えてまして………にしてもタグに未だついてる更新激遅ってなんだったの(?)


……あと、結末に一言二言申したい人もいると思うでしょう。
状況悪化してるし。ハッピーエンドとは言えないし。
……でも、ね。
私はドロドロの狂依存が大好きでずっと書きたかったんですよおおお!!!(強烈な開き直り)








以下、シリアスさんが一瞬にして消し飛ぶので泣く泣く没にした会話シーン


「……アヤネちゃん、獣と対極の位置にいるからって檻なんか被らないでね」
「檻って……人形さんがアルミホイルのトップバリューみたいな説明してたあの檻!?流石に被らないよあんな変なの!」
「先輩は今も偶に被るよ。主に血晶石厳選の沼にはまっておかしくなった時とか。ついでに上裸で」
「……えぇ」

セリカから何でもないことのように発せられたその言葉に、アヤネはドン引きした。
その脳裏に浮かぶのは、金のアルデオの奥にあったこの世の理解を拒む無貌。
初めて見た時はもれなく発狂したし、今も面と向かって見るのはかなり抵抗がある。
……けれど、何というべきか。あの顔が鬣のような触手をギュウギュウに押し込めて例の檻を被ってるのをイメージしてみると……しかも上裸で……うん。

「……もしかして、狩人さんってかなり変な人?」
「今更?みんなの前に出る時は如何にもな雰囲気出してたけど、普段は血晶石のことしか頭にないし、筋金入りの脳筋だよ?
ホント、肝心な時にしか役に立たない」
「ええぇ……」

割とボロクソなセリカから狩人に対する評価にアヤネは更にドン引きした。
……イメージが、イメージが崩れてゆく。


アヤネちゃんの仕掛け武器、何がいい?

  • 仕込み杖
  • 慈悲の刃
  • 獣狩りの曲刀
  • 爆発金槌
  • シモンの弓剣
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