実態が掴めぬ鎮魂歌の霧雨 作:サボリ鯛
並盛中学校一年A組、山本武は人には言えない秘密を抱えていた。それも一つではなく、複数もの秘密を。
他人が聞けばまず「頭どうしたの?」と尋ねられるだろう秘密を彼はいくつも抱えていたのだ。
人は皆、秘密を抱えて生きている。
しかし山本ほど隠す必要性のある秘密も早々ない。父親である山本剛には明かしているものの、当初は目を真ん丸にして驚かれた。
頭の不調を疑わず、最終的には朗らかと笑って全てを受け入れた己の父に感謝の念は尽きない。
そしてこの時から彼はいわゆる「ファザコン」になったのかもしれない。
寿司屋を営んでいるため多忙の父を支えようと、彼は学校が終わると寿司屋の仕事を手伝うようになった。お客さんに出せる腕前ではないので握ってはいないが、彼は会計や雑事を進んで手伝っていた。
息子の親孝行に父親は諸手を上げて喜んだどころか、お客さん相手に息子自慢を口にするようになった。
これがいわゆる「親馬鹿」と呼ばれるものである。
互いが互いを大事にするが故に、山本は歪みきった心を更に歪ませた。
幼少の頃、いや生まれてくる前から持っていた歪んだ心は生まれ変わってから更に歪んだ。
父親はそれを知っている。知っていても、止めることはできなかった。
彼は息子に守れられる己の非力さ恨んでいた。嘆いていた。
止められるなら止めている。止める方法が、見つからない。彼ほど歪んだ心の持ち主はいない。
歪んで歪んで歪みきった彼の心を治せる治療薬は存在しない。
しかし、父親の前であれば多少は歪みも直る。年の割に落ち着いた笑みを浮かべて父と慕うのだ。
その笑みの裏で復讐と怒りに駆られながら剣を振るう姿を見せるのだが。
復讐に駆られた暗い炎を灯す目を、負の感情を詰め込んだ笑みを浮かべて彼は剣を振り下ろす。
これを人が見たらこう称する筈だ。彼は"鬼"もしくは――"悪魔"だと。
その、歪んでどうしようもないほど捻くれた性格を持つ山本は、現在並盛中学校の屋上で一芝居をうっていた。
彼が視線を向けている相手はどこか自信が無さそうな顔と姿勢をした少年である。猫背に垂れ下がった眉。これがデフォルトだ。
対して、山本の表情はきらきらと効果音が付きそうなほど輝きに満ちている。本来の性格にそぐわない表情を慣れた様につくることができるのは、見た目よりも長い時を過ごした経験があるからだ。
「なぁなぁ、最近ツナってすげぇよな!俺、赤マルチェック入れてるんだぜ」
「え、ええっ!そ、そうなの!?」
ツナと呼ばれた少年は照れながら慌てたように手を振る。日本人特有の「そんなことないです」を繰り出した彼に山本はのほほんと笑った。
「謙遜の必要はないぜ。みんなが注目、俺も注目なのな。ってわけで飯食おうぜー」
爽やかに笑い、山本はツナの傍に座って弁当を広げた。のんきに食べ始める山本を余所にツナは地味に感動していた。
(俺、初めてお昼ご飯に誘われた!やばい、嬉しいかも!!)
ツナは慌ててニヤニヤと引きあがりそうになる口を押える。
今の顔を見られたら間違いなく引かれる。明日から誘われなかったら虚しいどころか惨い仕打ちに咽び泣く自信がある。
そう思いながらツナは慌てて自分の弁当を広げて橋で突っつき始めた。
弁当を食べる合間にツナは山本と他愛のない話をしようと試みた。コミュニケーション能力の低さにリボーンからの定評があるツナだが、今回は成功させようと懸命に喋っていた。
それを家庭教師が悪巧みをしたときのように笑いながら見ているとは夢にも思わずに。
「えっと、それでね……」
「へぇー!」
「で、そこから、」
「ちゃおっス」
「そう、ちゃおっス……ってリボーン!?お前、なんでここにいるんだよ!」
突如として割り込んだ声に聞き覚えのあるツナは目を大きく開いた。いつの間にか彼の目の前に見覚えのある赤ん坊が胸を張っていた。
赤ん坊、リボーンは興味深そうに自分を見つめる視線に対してニヒルに笑った。
「ちゃおっス。俺はリボーン、ツナの
「すげーな!頭良いんだな、小僧」
(山本、あっさりと信じてるーっ!)
ツナは山本の天然具合に汗を垂らして思わずツッコミをいれた。何とも言えない気持ちを抱えたツナとは裏腹にリボーンは密かに思っていた。
(おもしれぇな。ツナのファミリーに入れようと思った俺、流石だ)
自画自賛のリボーンは機嫌が良くなり、ツナを放っておいて山本と話し始めた。大体がヒットマン時代の話だったが山本はにこにこ人の良い笑顔を浮かべて耳を傾けていた。
一方、リボーンによって放置されたツナは寂しそうに弁当を口に入れていた。羨ましそうにコミュニケーション能力の高いリボーンを見つめ、重い溜息を吐いた。
(リボーン……友達つくる機会をあげるとか言っておきながら、自分が友達になろうとしてるじゃん……)
己の家庭教師が読心術ができることを忘れているツナは心の中で文句を重ねていく。
(大体リボーンは身勝手なんだよ。いきなりマフィアのボスにしようとしたり、獄寺君を連れてきたり。早く諦めてどっか行けば良いのに……俺、ボスになる気ないし)
「おい、ツナ」
「なんだよリボーン」
不機嫌さを隠しもせずに返したツナにリボーンは銃を向けた。山本はそれを見て「おもちゃの銃か?本物そっくりだな」とのんきに笑っている。
対してツナはこれが本物であることを経験で知っている。彼は自分が何かをしたのかと蒼白になりながら後ずさる。
青白いと通り越して真っ白なツナにリボーンは凄んだ。
「殺し屋は身勝手なモンだぞ。俺がボスになれって言ったら嫌でもボスだからな」
「拒否権は!?」
「ない」
「もうやだーっ!!」
いやいやと拒否をするツナを余所にリボーンは山本に明かした。マフィアのこと。ツナがボスのこと。
山本は笑いながら聞いては時折頷いていた。
話を聞いてくれる山本に良い気分なリボーンは話を終えると彼の勧誘を始めた。
「というわけだ、山本。ツナのファミリーに入らねーか?」
「いいぜ」
ニッと笑い合った二人は手を差し出して握手を交わした。ここで今まで現実逃避をしていたツナが事態に気付き顔を青くした。
「リボーン!?なんで山本も巻き込んでんだよ!」
「だってぇ、マフィアってぇ、男の子のぉ、憧れのぉ職業第一位だもぉん」
「ブリっ子!?しかも語尾伸ばし過ぎ!ってかマフィアが憧れの職業のわけないっ!」
ツナは申し訳なさそうに眉を下げて山本に謝った。
「ごめん。こいつ、マフィアが大好きすぎて誰彼構わず誘っちゃうんだよ。無視して良いからね!」
「あははっ!大丈夫だぜ、ツナ。マフィアが好きなんてカッコいいじゃねーか」
「お前話が分かるな。流石だぞ山本」
「何気に息が合ってる!?」
普段は触れられると怒るリボーンだが山本が触れていると珍しく怒っていない。それどころか笑みを浮かべて撫でられたり肩に乗っている。
ツナに対する顔とは明らかに違うことから、彼はリボーンが猫を被っていると確信した。
苦々しい思いでリボーンを睨むツナに対して楽しそうなリボーン。またもやツナはリボーンの身勝手さに付き合わされることになったのである。
猫被り中のリボーンは山本の肩で足を揺らしながら思い出したように口を開いた。山本に向けたその言葉だが、ツナにとっても聞き捨てならなかった。
「ファミリーに入る前に試験があるぞ。山本の運動能力なら問題ないと思うが、この試験に落ちたら死んでもらうからな」
「んなーっ!!」
ツナは山本がリボーンによって蜂の巣になっている光景を思い描きながら震える手で頭を抱えた。
山本を気に入っているリボーンだが、試験に落ちたら贔屓せずに殺すことは想像に容易い。やると言ったらやるというリボーンのポリシーを知っているツナはおろおろと動揺した。
ツナが動揺していることを知りながらも山本は天然を装って自ら裏社会へと足を踏み出していく。
好奇心が旺盛と思われるように。何も知らない無垢な少年を取り繕って。
「で、その試験はいつやるんだ?本格的な試験っぽいから楽しみだぜ」
「明日にはダイナマイトの調達に向かった獄寺が戻るから明後日の放課後にやるぞ」
獄寺とはツナの部下一号のことであり、ツナを「十代目」と慕う少年のことである。爆弾もといダイナマイトを常に所持している、ツナにとってとてつもなく危険な人物だ。
その獄寺がダイナマイトの調達のために姿を消しているおかげで平穏を手に入れた、と先程までツナは安堵していた。
しかし、リボーンの今の言葉で獄寺がいなくてもこの赤ん坊がいれば毎日が非日常と化けることをツナは理解してしまった。できれば永遠に理解したくなかったが。
非日常しか持って来ないリボーンと、ツナの鼓膜や精神に大ダメージを与える獄寺。この二人が揃えば明後日は否応なく非日常、しかも身の危険が感じるほどの、になるだろう。
明後日という日に恐怖してツナは山本の無事を祈ることにした。
ツナは知らない。リボーンも知らない。
山本は全てを知っていて飛び込んだことに。それだけではない。暗い炎を灯した目を愉しく細めて歪んだ笑みを浮かべていたことに。
*** ** ***
「へいらっしゃい!……お、武じゃねぇか!おかえり」
学校から家へと帰ってきた山本を迎えたのは彼の父、山本剛であった。父の温かい言葉に小さく笑みを浮かべた山本はツナやリボーン相手とは全く違う口調で返した。
「ええ、ただいま帰りました」
実家が寿司屋の山本はカバンを置いて直ぐに着替え、店の手伝いを始めた。先程まで忙しかったのか、洗い場には皿が溜まっている。
それらを丁寧に、しかし素早く洗いながら山本は父に語りかけた。
「ボンゴレと家庭教師の殺し屋と接触しましたよ。あの男がどこ所属かは知りませんが、これを機にイタリアに渡れるコネをつくって情報を集めます」
「武……」
山本剛は悲しみを色濃く映した目で息子を見つめた。息子の視線は皿に注がれていて、どのような色を映しているかは見えない。
しかし父親である彼は知っていた。彼は毎日同じ感情を目に宿しているのだから。
深い悲しみを含んだ声は山本の心を更に歪ませる。彼の耳には今でも、父の痛ましい声がこびりついて離れない。
父の悲しみは全て山本の過去へと繋がる。彼を心配してそのような声音になったとしても彼にはわからなくなっていた。全てあの過去を憂いているからだと彼は思いこんでいたのだ。
泣きそうな顔をした父を振り返り、山本は歪んだ笑顔を見せた。
「ボンゴレのことは言うまでもなく大事ですが、あの男を討つためならボンゴレすら利用しましょう。母さんの仇は必ず討ちます」
「違うんだ、武。父さんはもうお前に……」
「ボンゴレの情報網なら直ぐにでもわかるでしょう。もう少しですよ父さん。あの男をどのように調理してやりましょうか……父さんはどのように調理しますか?」
残忍さを隠しもせずに笑う息子に父は悲しみに暮れて顔を歪ませた。父の苦しそうな表情は山本の歪んだ思いをますます助長させる。
(もう少し。もう少しで父さんを長年苦しめてきた男を始末できますから……父さんから母さんを奪ったあの男を、永遠に苦しめて差し上げましょう。父さんは優しいので手を下せないのですね。大丈夫ですよ、父さんの苦しみと母さんの無念は私が晴らしますから)
山本武が抱える秘密はたくさんある。その内の一つは親の敵を討つために腕を磨いていること。また、一つは表に出しているような爽やかな少年ではなく、歪んだ感情の持ち主であること。
抱える様々な秘密の中でも最大の秘密は――――
彼の精神がボンゴレファミリー初代霧の守護者かつ最悪の裏切者、Dスペードであることだった。