実態が掴めぬ鎮魂歌の霧雨 作:サボリ鯛
山本武は隠し事を持つ中学一年生である。
誰にも明かさず、偽りの笑顔で被せた素顔は周りから見た本人とは想像も尽かないほど冷酷。目的の為なら手段を選ばない、残忍な精神を持つ中学生である。
手段を択ばない彼は、例えそれがどれほど下らないものだとしても真面目に取り組む。そう、例えこのような――”マフィアごっこ”にも。
「んじゃ、試験をはじめっぞ。試験は簡単だ。とにかく攻撃を躱せ」
「おっけー」
「まずはナイフからだ」
言い終える前に、リボーンは俊敏な動きでナイフを飛ばした。実際はナイフの動きを読み取っていたが、山本は敢えてぎりぎりの位置で躱した。
とっさに避けたことをわからせるため、彼はバランスを自ら崩してふらりとよろけた。二歩程後ろへ戻れば、丁度先程彼がいた位置にツナが割り込んだ。
「ちょっと待てよリボーン!危険すぎるって!山本を殺す気なのかよっ!!」
「まあまあ、俺らもガキん時遊んだだろ?おもちゃの銃持ったり、竹刀振り回したり……いーじゃねぇか、付き合おうぜ」
(遊びじゃなくて本気なのにーっ!!)
命を狙われている本人が笑っているのでツナはどう反応すればいいかわからなかった。しかし彼の渾身のツッコミは輝く。
ツナの肩を数度叩いて山本はにっこりと笑った。
「なんならツナも遊ぶか?」
「そりゃいいアイディアだな。ツナ、ボスとして見本を見せてやれ」
「はぁ!!?」
「再開すんぞ」
リボーンは再び言い終える前にナイフを投げた。一気に五本のナイフが二人の急所を狙うが、山本は全てを楽に躱した。
今回は躱されるだろうとリボーンも見込んでいたので彼も期待通りに避けたのだ。本気で投げているかどうかは投げている本人を見ればわかる。
山本はリボーンが本気で投げているときのみぎりぎりで避け、あとは軽く躱していた。その一方でツナは全てのナイフに掠って服が切れていたが。
ある程度躱していたツナ達は不意に攻撃が止んだことに気付いた。終わったかと安心するツナは気付かなかったが山本は自分達の走っている方向に気配があることに気付いていた。
(感じたことのある気配、アルコバレーノですね)
山本は敢えて正面衝突しなくても良いだろうと考え、元いた場所へ戻りだした。ツナはいきなり方向転換した山本の背に声を投げる。
「山本!」
「こっちに逃げた方が良い気がしてな!」
「え、ええ~っ!?」
山本と同じ方向へ逃げるべきか。それとも違う方向へ逃げるべきか。二択に一択。
ツナが方向転換しようと身体を回転させたとき、彼を底冷えさせる声が耳に入った。
「山本は勘がいいらしいな。この時点でファミリー入りだが、まだ続けるぞ」
「う、嘘……リボーン!!?」
恐る恐る振り向いた彼が見たのは、ボウガンを構えてニヒルに笑う赤ん坊だった。
真っ直ぐにツナへと向けられた先端。山本がいないので狙われるのはツナ一人。集中攻撃だ。
ツナにボウガンの弾が撃たれる、その直前に彼にとって聞き覚えのある声が場を更に複雑化させた。
「ガハハハッ!リボーン見っけ!」
「こ、この声は……」
「オレっちはボヴィーノファミリーのランボだよ!五歳なのに中学校に来ちゃったランボだよ!!」
「やっぱりーっ!」
ツナは見覚えのある小さな姿に頭を抱えた。リボーンはランボの姿に顔色変えることなく、いや視線すら寄越すことなくボウガンを構えた。
その先はツナと誰も来ないので心配して戻ってきた山本に向けられていた。
一方、リボーンの傍で山本を睨んでいた獄寺はランボのファミリー名に首を傾げた。
「ボヴィーノ?どこのファミリーっすかね。リボーンさんどうします?」
「続行」
リボーンはランボの無視を決め込み、淡々と言い放った。止まらない攻撃に辟易としたツナと楽しそうに避けている山本の両者は同じことをしているようには見えない。
走り回る山本とツナ、そしてそれを追いかけるリボーンと見守る獄寺。
彼らから醸し出される楽しそうな雰囲気。しかしランボの存在はそこに加わっていない。
ランボの脳裏に「仲間外れ」という言葉が浮かび上がる。
「が・ま・ん……そーっだ!ボスからミサイルランチャーをもらったんだもんね――死ねリボーン!!」
泣くのを堪えてランボは挑戦的な笑みを見せた。彼がミサイルランチャーを向けたのはリボーンである。今回の試験とは全く関係ない。
しかし彼は試験のことを何も知らないのだから仕方あるまい。彼はリボーンを倒したいという目先の目的に夢中で傍で走っている二人のことは頭の片隅に追いやられている。
容赦なく撃たれたいくつものミサイルが地面を壊していく。ツナは「ここは学校だけどーっ!」と絶叫しながら、爆風の影響で前へと吹き飛ばされた。
ツナの後方で起きた爆発はリボーンにとって目の前の出来事である。しかしながらリボーンには掠りもせず、彼は炎の先にいるツナ達にボウガンの弾を撃っていく。
「あららのら?外れちゃった?」
リボーンに当たっていないことを確認したランボは再びランチャーを構えた。
それを視界に入れたツナは慌ててリボーンにランボのことを言い、試験の中止を提案するが一蹴された。
「次はサブマシンガンだぞ。山本も余裕そうだし今度は獄寺も加わってもらうぞ」
「しかしリボーンさん……」
「山本をぶっ殺すつもりでいけ」
一度は逡巡した獄寺だが、憎き山本のことを出されたら速攻で頷いた。両手にダイナマイトを持って、楽しそうに顔を綻ばせて彼はツナを呼んだ。
「十代目!」
「へ?」
(避けて、くださいね!)
ツナからすれば、口パクでウィンクをした獄寺の行動が理解できなかった。ツナが助けを求めるように山本へ目を向けた時、山本が慌てたように言った。
「ツナ!後ろだ後ろ!」
「え、ゔえ゙え゙ぇっ!!?」
ツナと山本が見たのは、リボーンがぶっ放したロケット弾、いつの間にか十年後の姿になっていたランボがぶっ放したミサイル、そして獄寺がぶん投げたダイナマイトだった。
半ば絶望して足を止めたツナ。ツナの足元に襲い掛かる爆発物。熱いと認識したその時、いきなり身体が強く引かれた。
(ここで死なれたら困るんですよ、沢田綱吉)
爆炎の中でツナを担ぎ、一気にスピードを上げて山本は爆発の中から抜け出した。リボーン達からは煙があることもあって視認できないだろう。
できたとしても、疑うことは何もないだろうが。
山本はリボーンが常識の範囲内だとぎりぎりで認める範囲内の力で避けきっていた。
疑われては術士の名折れ。
元術士である山本は演技力に関しては随一を誇っていると自負している。
彼は肩に担がれた、自分にとって最も遺恨が深い人物の子孫を見上げた。湧き上がる感情は恨みか怒りか失望か。
しかし彼は今すぐにでも殺せるツナの命を奪うことはせず地面に降ろした。
「ふーっ、あぶねーとこだったな」
「た、助かった……山本が担いでくれたおかげで……ありがとう」
安心したように笑みを浮かべたツナに、山本も笑顔を返した。のほほんと笑う山本の笑顔にツナは安堵を覚えた。
気が抜けた声を出しながら立ち上がったツナに、心配一色の獄寺が駆け寄る。
「十代目!御無事で何よりです!」
(そもそもこんな目に遭わせたの、獄寺君じゃないか……)
「試験合格だな山本。これでお前も正式にファミリーだぞ」
「サンキュ」
ツナと獄寺の傍で山本はリボーンから合格をもらっていた。楽しそうに笑う山本の衣服が目に留まったリボーンは、彼の身体には傷が一つもついていないことに気が付いた。
服は爆風の影響で砂が付着しているが、血は滲んでいない。
この試験を無傷で通り抜けた山本にリボーンは期待からか、ニッと笑った。
リボーンからのお墨付きをもらったことを理解している山本。そんな彼の元に近付き、胸倉を掴んだ少年――獄寺は挑発的に笑った。
「よくやった。十代目を守ったとなればファミリー入りを認めねーわけにはいかねぇ。でも十代目の右腕は俺だからな。お前はケンコー骨だ」
「ケ、ケンコー骨……」
目をぱちくりとした山本は意味を理解してか楽しそうに声を上げて笑った。馴れ馴れしく獄寺の肩に腕を回し、山本はおっとりと笑いながら言い放った。
「ケンコー骨もいいけどな、ツナの疲労回復ってか?だけどやっぱり右腕がいいからパス。お前は耳たぶってことで」
「な、てめぇ……!俺が骨ですらないと言いたいのかっ!!なら、てめーは……」
「あ、ツナ!そろそろ俺は帰るぜ。親父の手伝いしないといけないからな。今日は楽しかったぜ!また遊ぼうなっ!!」
獄寺が言い終える前に山本はツナに手を振って走り出した。ツナが手を振り返してきたために振り返って両手を振った後、彼は至極楽しそうに家へ向けて駆け足で向かった。
*** ** ***
山本が家に帰って来たとき、家は既に店仕舞いがされていた。放課後の時間を潰し過ぎたことに罪悪感を抱くが、本来の閉店時間をまだ過ぎていないことに彼は気付いていた。
ある種の確信を持って店の裏に回れば、彼の父である山本剛が竹刀を垂直に振り下ろしていたところだった。
振り下ろした体勢のまま、彼は帰ってきた息子へ声をかけた。
「おぅ、おかえり」
「ただいま帰りました。珍しいですね、閉店までまだ時間がありますよ」
あと二、三時間は開店しているはずであった。しかし店の扉には「都合により早目に閉店します」と記された立札がかけられていた。
山本剛が何故店仕舞いを早くしたのか知っている彼だが、何故早く閉めたのかはわからなかった。
僅かに首を傾けて尋ねた己の息子に山本剛は竹刀を肩に一定間隔で当てながら答えた。
「なに、久しぶりに剣を振りたくなってな。武、時間があるなら試合でもやるか?」
ニッと笑った父に山本は微笑んだ。歪みがほんの少しだけ和らいだ笑みを。
彼の返答は壁際に立てかけられた竹刀を手に取ることだった。彼の言葉のない、だが確実な返答に山本剛は竹刀を握って息子へ向き直った。
「それじゃあ、やるか」
「ヌフフ。よろしくお願いします」
正面を向いて顔を合わせた二人は同じタイミングで竹刀を構えた。
一瞬の沈黙の後――同じタイミングで足を踏み出した。