ダウナーTS干物少女はおっぱいが羨ましい 作:伝説の超TSスキー
この世には、オカルトが溢れている。
見えもしないもの、見てはいけないもの、見ているのに気づかないもの。
陰陽術は、どちらかといえば三番目だった。
ほとんどの人が見えていたのに、殆どの人が気付けない理だった。
夏の日の陽炎のように、冬景色に色めく露虹のように、この世には曖昧なモノがたくさんある。
それらの現象に光の屈折だ、プリズムの原理だ、など様々な科学的理由付けはされているけれど。
そこに『何かがいる』と信じるだけで、ソレは応えてくれたのだ。
こちらがちゃんと信じてやらねば、向こうは決して応じない。
信用してくれない取引相手と、誰が交渉に応じるだろうか。
だから、アタシは信じた。
そこに、鴉がまだいるのだと確信して、話しかけた。
金髪を、深水静香を探す手助けをしてくれと頼み込んだ。
────結果は、見ての通り。
アタシが、どんな代償を払うことになるかは分からない。
だけど鴉は、生前の姿を以てこの世に顕現してくれた。
「式神・遠見の術」
飛び立った鴉を見送った後、アタシはその場で目を閉じた。
陰陽術大全に、そうせよと書いてあったから。
鴉と視界を共有する、というのは思った以上に『
一面に広がる、赤焼けの曇り空。
無数の家屋や人々が、遥か下の路地を蠢いている。
それは頭が痛くなるほどに広い視界だった。
人間であればまず違和感を覚える、背中まで見通す事が出来る視野。
殆ど360度すべての角度を見渡せる鳥類の視野は、新鮮そのものだった。
その代わりなかなかピントが合わず、キョロキョロと小刻みに揺れて気持ちがわるい。
しかし注視したい部分だけをズームしているかのように、遠く先を詳細に知覚することも出来る。
これが、鴉の視覚なのか。
人間の脳で処理をすると、眩暈と吐き気がして倒れそうだ。
「……かぁ、かぁ」
しばらく飛んでいると、同胞の鴉がゴミを漁っている姿が見えた。
何を思ったのか、その直後に耳をつんざくほどの鴉の鳴き声が響き渡った。
「かぁー」
「くるぅぅぅ」
夕暮れの街、ゴミ捨て場にたむろしている鴉たちが、返事をするように鳴き返した。
その様子を一瞥すると、
今のは、仲間とのコミュニケーションだったようだ。
……鴉は存外に知性の高い生き物で、鳴き声で仲間と連絡を取り合うらしい。
(空が、近い)
電線から離れると、鴉はバサバサと翼を舞い、一気に空高く上昇した。
商店街の電線より遥か高い大空まで登り、街を見下ろして滑空していく。
ジェットコースターに乗るよりも、早く鋭い視線の移動。
油断していると、マジで酔いそうだ。
(……商店街通りに、深水静香はいなさそうだな)
鴉の視界を共有し続けるのは、脳に相当な負担がかかった。
だけどアタシ一人で走り回るより、間違いなく効率よく街の探索が進んでいった。
まだ十分も経っていないのに、すでに通りの一つは丸ごと探し終わった。
(ちょっと川のほうまで行ってくれないか)
アタシは鴉にお願いして、更に遠くへと探索を広げた。
鴉はいやがることなく、アタシの指示した方向へ飛翔してくれた。
……どうしてこの鴉、こんなにアタシに協力的なのだろう。
アタシから、何を『代償』にもっていくつもりなのだろう。
いや、今は何も考えるな。
まずは金髪男を、鴉の速度と視野でしらみつぶしに探していく。
あの金髪は目立つ。上空からでも、よく見える筈だ。
(高度を下ろしてくれ。あの、人通りの少なそうな路地を見る)
鴉と力を合わせ、街の隅々へ飛び回りながら。
そうして街を探しまわること、およそ三十分。
(……あ)
ホームレスが集まる、河川敷の高架橋下。
そこに、深水静香はいた。
『……っぞ、オラ』
『……が、……けんな』
なんと深水静香は、大喧嘩の真っ最中だった。
相手は、三年の制服を着た集団だ。
血飛沫を上げ、獰猛に唸りながら、金髪男はヤンキーと殴り合っていた。
(鴉、近くの枝葉に止まってくれ)
アタシがそう頼むと、鴉はブロック塀の上に止まってくれた。
鴉の視力は人間の5倍ある。
喧嘩の現場まで百メートル以上は離れてはいたが、その様相はしっかり見て取れた。
『……いい加減に、しろやァ!』
『上等だァ!』
……ヤツは、満身創痍だった。
鼻は砕けて鼻血を噴いているし、歯が折れて唇から血をだくだくと流していた。
一方で、三年の集団もそれなりに手傷を負っていた。
中でもリーゼントっぽいガラの悪い男は、腕が変な方向を向いている。
……深水先輩、マジでヤンキーの腕を折ったっぽいな。
おそらく、その報復で絡まれたのだろう。
『テメェ深水、これ以上ヤンならマジでコンクリに詰めて沈めンぞ!』
『うっせぇ! 俺に文句があるなら俺に来いや!』
殺意を剥き出しに、殴り合いを続ける深水。
だが人数差に押されてか、少しづつ追い詰められていっている。
『俺を報復するなら好きにすりゃいいけどよ!』
『殴れ、蹴れ! コイツを分からせてやれ』
『
だけど、深水にはまったく退く様子はなく。
鬼気迫る表情で、血だらけの拳を握りしめていた。
『春鹿を待ち伏せてんじゃねぇぞクソッタレ!!』
それは男の、意地と意地のぶつかり合い。
相手は集団だ、いくら深水が喧嘩が強くても勝ち目はないだろう。
『もういい、フクロにして沈めるべこのカス』
『イキりすぎて寒いし、マジでムカつく』
『殺すべ』
『やってみろ!!』
なのに、どんなに不利な状況になっても、深水は諦めようとしなかった。
腕が折れ、血反吐をはき、組み敷かれて足蹴にされても、深水静香は折れなかった。
『顔は覚えたからな三年ども! 何度ボコされても、ぜってえ諦めないからな!』
『うぜえ、うぜえ』
『アイツに手を出してみろ、一生後悔させてやる』
『はいはい、出来るならやってみそ』
そんな必死な深水を嘲るように。
三年のヤンキーたちは、深水を足蹴にして唾を吐きすてた。
『ここで死んじゃうお前が何言っても怖くないべ』
この三年のヤンキーたちは、札付きのワルだという。
実際に、暴力団の舎弟になっている連中もいるらしい。
だから彼らには、極力関わらない方が良いという噂は聞いていた。
『お前、処刑ケッテーイ!』
『一度マジで殺ってみたかったんだ、がはは』
『お、マジでやっちゃう系?』
それは、この連中があまりにも短絡的で。
やっていい事と悪い事の区別がつかない、どうしようもないヤツらだから。
『マジでやっちゃいまーす!』
おもむろにヤンキーの一人が、刃物を取り出した。
サバイバルで使うような、大型のナイフだ。
『やるなら死体処理どうする?』
『コンクリ用意しよか? バイト先からパクってくるぜ』
『いや、面倒くさいしホームレスのダンボールに放置で良くね。どうせバレねえっしょ』
『ホームレスども脅して、犯人代わってもらうか』
それを見た深水静香は、とうとう顔が青くなった。
三年のヤンキーどもが、本気で深水を殺すつもりだと気付いたのだ。
『誰がやんべ?』
『俺パス。捕まった時に罪が重くなるの嫌だべ』
『ビビってんのかよ! じゃあ俺が頂きィ』
『さすが狂犬のクロやん』
あまりにも、低俗。あまりにも、向こう見ず。
それが分からないから、彼らはヤンキーなのだ。
『どうせ未成年だし、抗争の末の事故ってことで片付けてもらおうぜ』
『や、やめ……』
そういって三年の狂犬クロやんは、思い切りナイフを振りかぶった。
そのナイフの切っ先は、深水の首筋に向いている。
『じゃあイキガリ君に、てんちゅー!!』
『やめ、やめろぉぉぉ!!』
そして周囲にはニヤニヤと、ショーでも見るように深水を囲むヤンキーたち。
ナイフを握った不良は楽し気に、思い切り天へと刃をかざし────
『あのー。通報があってきたんだけど、君らなにやってんの』
『げえ!?』
その『ちょうど』というタイミングで、お巡りさんが到着して不良共が凍り付いた。
「……ふぅ、間に合った」
そこまで確認した後、アタシはようやく目を開けた。
神社の鳥居の裏で、立つくすこと三十分。
これでようやく、アタシの任務は終わった。
『情報提供ありがとう、君もこっちに来れるかな』
「いえ、来ていただいてありがとうございましたお巡りさん。アタシは、その、その人たちに顔覚えられるのが怖いので……」
『わかりました。情報提供、感謝します』
警察に通報したのは、無論アタシである。
深水が大喧嘩をしているのを確認してすぐ、アタシは110番して警察に連絡していたのだ。
河川敷でヤンキーたちが、洒落にならない殺し合いをしていますと。
『さあ、事情を聞かせて貰うよ君たち』
『に、逃げろ!』
『やっべ、見られてたか!』
『でも周りに誰もいなかったべ!?』
『応援を呼んでるから、もう逃げ切れないと思うよ。おとなしくしなさい』
それを聞いたお巡りさんは、すぐに河川敷に急行してくれたらしい。
通報から十分ほどで、青い制服を着た二人組の警察が到着してくれた。
おそらく、あの場は収まるはずだ。
「ありがとう、鴉」
アタシは鳥居の裏、鴉が磔にされていた所に一礼した。
あのまま放置していたら、深水静香は殺されていた可能性が高い。
そうなれば、悲嘆にくれる春鹿部長の泣き顔を見る羽目になっていた。
それだけじゃなく、深水のセリフから察するに、ヤンキーどもは春鹿先輩を襲おうとしていた可能性がある。
人殺しを厭わない連中だし、深水の死後にそちらも実行に移していたかもしれない。
だとすれば二つの悲劇を、未然に防ぐ事が出来たのだ。
鴉、さまさまである。出来る事なら、なんでも報いてやりたいもんだ。
「大変なんです、芦谷さん。静香が……あのバカ、三年生の不良と喧嘩して入院しちゃったみたいで」
「……」
翌日。朝一番、オカルト研究部の部室に向かうと、憔悴しきった顔の春鹿先輩がいた。
「静香はいつも、しょうもないことでイザコザを起こすんだけど……。入院するほどの大怪我をするなんて!」
「先輩、命に別状はないんですか」
「幸い、死にはしないみたいですけど……。戻ってきたらたっぷり説教しなきゃ、もう!」
彼女は昨晩、深水が入院した話を本人から聞いたらしい。
……アタシとしては、昨日の喧嘩で相当な傷を負っていたように見えたので、命が助かってホっとした。
「というわけで。僕は今日の放課後、静香のお見舞いに行くつもりです」
「了解です」
「部室に顔を見せられませんので、何か報告があれば後日にお願いします」
「分かりました。……その、オカルト関連で報告があるんですけど」
「……ありがとう、芦谷さん。また、次の機会にたっぷり時間を取りますので」
春鹿先輩は今は余裕がなさそうなので、式神術に成功した事は後で報告しよう。
この人はなんだかんだ言って、すごく深水を気にかけていた。
大怪我をして入院、などと聞いて平静でいられるはずもないだろう。
「スズ君と芦谷さんも、一緒に来ますか」
「……一応、行く」
「そうですね。アタシも行きます」
アタシだって、深水とは先輩後輩の親しい間柄だ。
お見舞いに行く程度の、義理立てはしておくべきだと思った。
「入院中は退屈でしょうし、オカルト本でも持って行ってあげましょう」
「……ん。お勧めの、選んでおく」
「あはは、深水先輩がそんな本読みますかね?」
「退屈過ぎて、読んでくれることを願います」
金髪へのお見舞いの品は、オカルト本になりそうだ。
……そんな本よりエロ本を差し入れた方が喜びそうだと思ったが、口にしないでおいた。
「……ん?」
涼加瀬や春鹿先輩と話をしていたら、ふとアタシの周りに白い靄が周回しているのに気づいた。
この感覚は、えっと。昨日の……鴉だろうか。
「どうかしましたか、芦谷さん」
「いえ」
その白い霧は、まるでおねだりをするかのようにアタシの周囲を旋回し続ける。
……これは、どういうことだろう。
「春鹿先輩。その……これ見えます?」
「これ、ってどれですか」
「この辺の、うにょうにょしたの」
「……?」
とりあえずオカルト現象なので先輩方に報告してみたが、鈍い反応しか返ってこなかった。
……普通は見えないのかな、コレ。
「えっと、芦谷さん? 大丈夫です?」
「……昨日から、なんか変」
「そ、そうかな」
白い霧はアタシにまとわりついて離れない。
それどころか、アタシが昨日千切ったノートの近くでずっともやもやしていた。
……もしかして、もっかい式にしてほしいのか?
「あ、先輩。ちょっと儀式していいですか」
「う、うん。いきなり?」
アタシがノートを取り出すと、白い霧は嬉しそうに螺旋回転した。器用なものだ。
アタシは昨日のように紙を鳥の形に切って、髪の毛をテープで張り付けた。
「……なに、それ」
「まぁ後で報告します」
何がしたいのか知らないが、お前が望むならそうしてやる。
千切り、契り、祈り、命ずる。
アタシは白い霧の要求通りに、式神の儀式を遂行した。
「……あれ、芦谷さん。なんか、その、寒気が─────」
「式神術・鴉」
アタシがそう唱えると同時に、紙は漆黒の翼を纏う。
バサバサと羽を舞い散らし、昨日の鴉が「かぁ」と鳴いて顕現した。
「これでいいのか?」
「かぁー、かぁー」
鴉はアタシの言葉に嬉しそうに鳴き返し、そのまま窓から飛び去って行った。
……生前のように飛び回れるのが、嬉しいのだろうか。
「─────」
「─────」
いきなり現れ、外に飛び立った鴉を見て、涼加瀬と春鹿部長は硬直していた。
……なるほど。白い霧は見えないけど、鴉はしっかり見えるらしい。
「芦屋、さん? 今のは?」
「あ、コレ昨日見つけたオカルトですけど……。報告は後日でいいんですよね」
「え、あ、いや」
「別に隠したりしませんので、今日は深水先輩の見舞いに行きましょう」
おそらく二人には、紙がいきなり鴉に化けたように見えたのだろう。
春鹿部長がずっと探し求めていた本物のオカルトの一つだ、驚いたに違いない。
「……手品? には見なかった。紙から鴉の羽が生えて来て、た」
「すごいだろ涼加瀬。アタシが見付けたんだぜ」
「─────、─────」
「春鹿部長?」
涼加瀬は混乱して凄い顔をしているし、春鹿先輩に至っては笑顔のままフリーズしている。
……春鹿先輩は、本物のオカルトはこの世に存在するって知ってるはずなのに。
「ほ、報告してほしいです。今すぐに! お願いします芦谷さん!」
「え、あ、いや。もうちょっとで授業始まりますし」
「じゃあ放課後! 放課後に集まって報告を!」
「え、でも静香先輩のお見舞いは!?」
「…………え、う。………………後回しで!!」
春鹿先輩はものすごく葛藤した後、深水へのお見舞いを後回しにしてしまった。
……深水は春鹿先輩の為に頑張ったのに、可哀そうである。
「じゃ、じゃあちゃっと報告だけしてお見舞いに行きますか。そんな複雑なアレじゃないんで」
「絶対ですよ。放課後、すっごく期待して待ってますからね!」
「は、はい」
「……わくわく」
「涼加瀬まで凄い笑顔になってる」
二人の剣幕に押され、結局報告は今日の放課後にやることになった。
とはいっても、あまり報告して興味深い内容ではない。
『なんか死んだ鴉のいた場所で雑に儀式したら上手く行った』という話なのだ。
「あとその儀式が載ってた本って、あの陰陽術のやつですよね!? 放課後まで借りても良いですか!」
「う、うっす」
「……その術の、用途とか知りたい。鴉を召喚して、相手に攻撃とかするの」
「いや、攻撃は出来ないんじゃねぇかな? この術は視覚を鴉と共有してて、目を閉じたら鴉の見ているものが見える。遠見の術って名前だ」
「え、すごい」
アタシはそう言って、その場で目を閉じた。
こうすれば先ほど飛び去った鴉が見ている景色が、そのまま見える筈。
────無数の雛鳥が、アタシの目の前に広がっていた。
枝を組まれ作られた巣に、黒い鴉の雛がワラワラと餌を欲して飛び跳ねていた。
「……ああ、そっか」
式神となった鴉は、その雛たちに餌をやっていた。
芋虫のような昆虫を咥えてきて、雛たちの口に放り込んでいた。
「子育て中だったのか、お前」
式神となった
……これが、鴉がアタシに求めた『力を貸す報酬』か。
死んで育てられなくなった子鴉らを、大きくなるまで育てる権利。
自分が死んだのは受け入れて、子どもだけでも育てたいという親の本能。
「どうしたのですか、芦谷さん」
「いえ」
鴉の雛が大きくなるまで、どのくらいの期間がかかるのか分からないが。
どうやら暫くアタシは髪の毛を、あの鴉の子育てに捧げることになるらしい。