「将軍、先日の件ですが…こちらです」
「…ありがとう」
部下から書類を受け取りつつ、景元は今後のことについて考えながら筆を走らせていた。
それを見た部下が、心配と言わんばかりの表情であることを聞く。
「今回の件、彼には伝えないのですか?」
聞かれた景元は、作業を止めて筆を置く。
丁度いいと言わんばかりに休憩として立ち上がる。
代わりに入れようとする部下に必要ないと手を出し、自分で淹れながらそれに答える。
「伝えるべきでは無いと思っているよ」
「やはり、今回の件との相性でしょうか?」
「彼を取り巻く環境はお世辞にもいいとは言えない。
そもそも歩離人のフェロモンを抑えるのに薬を前提としての生活をしてなんとか対処している現状に、そんなことはさせられない。
そして、今君が言った通りに今回の件は彼との相性は最悪だ。
これ以上無いくらいにね」
そもそも景元がなぜ白珠のことを霊砂達に任せているか。
理由は一つ、現在景元を…いや、仙舟の全将軍の頭を悩ませている一つの出来事が問題であつた。
「まったく忌々しいです…。過激派による対歩離人に対しての活動…そんなものをしても失ったものは返ってこないというのに…」
「まぁ、気持ちは分からなくない。
失ったものが大きければ、反動は生まれるものだからね」
「…失礼しました。配慮のなっていない無礼な発言で__」
「いいんだ、実際その通りなんだから。
とはいえ…複雑だよ。
もう会えないと思っていた人が…2人も現れたのだから」
「皮肉なものです…その二人が今回の件に最も関わってはいけない『死んだはずの人間と歩離人の混血の英雄』と『死んだはずの純狐族である英雄』という二人が…連中が恨む相手と崇拝する相手が現れたというのですから。
二人のことを公表などできない状態というのですから」
「…私情も言ってしまえば、師匠にも彼にも…もっと楽をさせてあげたいんだ。
師匠は長年傷を抑え込んで過ごしていた。
それも大切な存在を2人も失った、幸せがあっても良いはずなんだ。
それに炎秋も。
本当は苦しんでいる立場だ、歩離人としての立場を無意識のうちに本人が苦しんでいる。
彼だって鏡流が居るからなんとかなっている所が多い」
「尚更、ですか…」
「…さらに言えば、この状況で連中に事の詳細が漏れた場合も問題と言えるんだ」
「…居るというのですか?」
「ああ。炎秋は関係ないだろうが、このタイミングで白珠が蘇る。そんな都合のいい話があるわけがない。
裏が無いとは考えられない。
…君から貰ったこの書類も、その理由の一部かな」
景元はその書類を…【白珠における身体検査の結果】がまとめられた書類を手に取る。
茶を飲み、ため息をつきながら。
「…本音を言えば、許せないとも。
大切なものを、こうも好き放題されればね」
景元の視線の先には【歩離人への抗体を持つ未知の物質が検出された】と書かれていた。
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場所は変わり、丹鼎司にて。
「で、アンタが霊砂の言っていたヤツか」
白珠の対応に追われる霊砂に代わり、新しく炎秋の担当医になった人物に炎秋は目を向ける。
「名を春孝(しゅんこう)と言います。
炎秋様の霊砂様の任が落ち着くまで臨時の担当医として配属されました。
以後お見知りおきを」
白髪で長髪、落ち着いた表情や雰囲気。
どこかのんびりとした感覚を抱いてしまう春孝を前に炎秋は肩透かしを食らった。
「少なくとも、霊砂よりは優しそうで安心した。
アイツのことだからな。
てっきり、厳しい人を配属するんじゃないかと思っていた」
「『くだらないことを言えば、容赦なく対処して良し』との言葉をいただいております」
「あの霊砂様に見ていただけないことが残念で仕方がありませんが!
丹鼎司の司鼎である霊砂様にも劣らないであろう人物に見てもらえるとは!
俺は運がいい!」
「賢い判断かと」
「…特に深い意味とか、嫌とかではない。
そういう意図はないという前提のもと、一つ聞いていいか?」
「…?なにか?」
「俺の実情は聞いてんだろ?
思うとこは無いのか?」
炎秋は一つだけ心配していた。
彼の新しい担当医は狐族であったためだ。
混血とはいえ歩離人の血を持つ自分の相手をするにあたって、何かしらの負の感情を持っているのならばそれを無視することが炎秋には出来なかった。
そんな炎秋からの疑問に、春孝は一瞬考える素振りを見せた後に答えた。
「…そうですね、あえて言うなら『何も思わないわけではないが、それは歩離人に対してであり貴方に対してというわけではない。そもそも仕事を仕事として処理できる』といったところでしょうか。
心配は御無用ですよ」
「…そうか、怒らせたら怖いタイプだったらどうしようかと__」
「余計なことを言えば毒を盛りますがね」
「_思ってません。ぜーんぜん、思ってませんとも。」
「よろしい。
では、始めますね」
「ああ、よろしく頼む」
炎秋はひとまず信じてみることにした。
かつて、誰からかに教えてもらったことがある。
『誰かに信じられたい時、まずは自分から信じてみろ』と。
かつて、それを雲騎軍の仲間にも、景元も…そして鏡流にもそうしていた。
今回だってそうするつもりであった。
歩離人だとか仙舟人だとか狐族だとか。
炎秋にとっては同じ存在であった。
守りたいものであり、居場所の一つであった。
そうして彼はその日の検査を終えて、いつもどおり薬を貰い帰っていった。
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「そろそろか。
例の件はどうだ?」
「先程、接触できたとの報告がありました」
「そうか、順調ということだな」
「間違いありません」
「…思い出させてやる、この平和という毒に侵され碌でもない存在へと成り下がった仙舟に…我々がどんな思いをして、どんな願いを持っているのかを…!
本当の強さとはいったい何なのかを!!」
炎秋が様々な種の者たちを分けない一方で、種の違いによって敵とする存在が居る。
一騒動起きるまでの時は、そう長くない。
とりあえず一言だけ。
本当に遅れました。