救いのために   作:ヒナまつり

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12話

 

 「あら、また傷だらけで帰ってきたの?ふふっ、罰の悪そうな顔をしても駄目よ?ケルシーを呼んでくるから少し待っていてちょうだい」

 

 優しい声、いつも悲しんでいる心、そして、溶けるような愛と優しさで僕を包んでくれていた。

 

 彼女の為に死にたいと思った。彼女の為なら人でなくなることも怖くなかった。だけどいつも彼女はそんな僕を抱き締めて悲しそうに自分を大切にしなさいって頭を撫でてくれる。

 

 それが、僕にとっては心臓を突き刺されるように痛くてその感覚を忘れるためにまた歩いていく。

 

 その道中に血や、悲鳴が僕の手を取って見えない深海に引き込む。その中には母やあの子もいて酷く冷たい目で見てくる。

 

 だから、僕はその海に沈もうとする。でも、その度に僕は引き上げられる。

 

 scoutやドクター、殿下にケルシー、それにアーミヤも。

 

 どうして放っておいてくれないのかとずっと思ってた。でも、その言葉を漏らすことも感情を表に出すことも出来なかった。

 

 だってそんなことをしたら戦場から離されると思っていたから。

 

 そうして、ずっと隠して歩み続けた。隣の人が死んで血にまみれた日もケルシーに勉強を教えてもらった日もアーミヤとドクターと二人で遊んだ日も…殿下と二人きりで夜更かした日も…ずっとずっと歩んでいたんだ。

 

 その道が消えてしまうことなんて考えることも出来なかった。ただ、漠然と海を求めて…歩んでいた筈なのに…。

 

 


 

 「…ルト…フォルト?どうした、何かあったのか?」

 

 「…?ドク、ター?あれ、僕は…あれ?」

 

 少し冷たい廃れた都市の間でドクターは僕を覗き込んでいた。

 

 その顔は見えないけれど酷く心配そうに僕を眺めていた。でも、僕にはもうここまでどうやって来たか、何をしていたのかすら思い出せなかった。

 

 それはまるで、深海に浮かぶ泡のようにこのまま消えてしまうようで、熱を求めるようにドクターへ触れる。

 

 「ドクター…ドクター?僕達は、何をしてたの?」

 

 「…私達は司令塔へ向かうアーミヤ達と別れて石棺を目指しているんだ。その道中で特殊感染者と対峙して鎮圧。今は再び石棺に向けて歩いている最中だ」

 

 そう言われても、僕の記憶は戻ってくることはなかった。それでもドクターを心配させないように、僕は思い出したような顔をして着いていく。

 

 そして、幾つか歩いた所にその特殊感染者は居た。それは、苦痛と無を写しながら叫び続ける生きた死体だった。

 

 でも、そんなサルカズを僕は何度も見た気がしていた。それはもう思い出すことも出来ない古い古い記憶でそれでもこうなってはいけないと刻んだ記憶だった。

 

 「サルカズ、僕たちは…やっぱり変わらないんだ。…お休み、貴方も、僕の船に乗せてあげる」

 

 奴らが反応する前に僕はその歪に変わった身体へナイフを突き立てる。

 

 ぐちゅりと肉を刺し切る感覚と赤い血が漏れでて、ナイフを汚していく。それでも奴らは何処か救われたかのような色と共に死んでいく。

 

 「…フォルト」

 

 名前を呼ばれ振り替えると少し悲しそうな顔をしたドクターが立っていた。どうしたのだろうと顔を傾げてもドクターはその先を口ずさむことはなかった。ただただ悲しい色で悩んでいた。

 

 「…行こう。ドクター、この先に…何かあるんでしょ?」

 

 だから、聞くことはしなかった。ドクターは、僕より賢くて大人だから…言わないでいいと思っているなら聞かない方がいいと思うから。

 

 「あぁ、ケルシー…こっちは鎮圧完了だ。合流しよう」

 

 ドクターの呟くような声を聞きながらその後ろに着いていく。暗い暗い闇に包まれないように。

 

 それから、特殊感染者を鎮圧しながら道のりを歩いていた。だけどその途中に、見覚えのある星が急に現れた。

 

 「来たのか…ドクター、久しぶりだな」

 

 「君が…scoutか。すまない、私は記憶を失っているんだ。だから、初めましてだ」

 

 「…そうか。なら、この手紙はいらないかもな。まぁ、でも貰っておいてくれ。俺はきっともうドクターと会えないだろうからな」

 

 そんな言葉を聞きながら僕は、scoutの顔を覗いた。だけど、そこに写っていたのは僕の知らないscoutの顔で、scoutのことを思い出そうとしても忘れてしまったscoutの顔は見えないままだった。

 

 おかしい、おかしい。scoutの顔を忘れる筈がない。僕にとって憧れで復讐の相手で大切な人なのに…。

 

 覚悟していた筈だけど、それは、酷く僕の心を傷つけた。

 

 でも、仕方がないと今度は忘れないようにその顔をじっくりと見ようと顔をあげるとscoutの顔は直ぐ目の前に来ていた。

 

 「…よぉ、フォルト。…ここまで傷ついているとはな。どれだけアーツを使ったんだ?あれほどアーツは危険なものだと教えた筈なんだがな」

 

 呆れたようにため息をつきながらscoutは僕の手を取って…そして投げられた。

 

 「っ!scoutっ!」

 

 急な攻撃に体勢を整えることも出来ず、叫びながら壁へぶつかる瞬間、その壁は大きな音と共に崩れ去った。

 

 「はぁーい、ごあんなーい!scoutー?あたしはこいつを連れてさっさと行っとくからあんたも早く来なさいよー?」

 

 トンと、少し柔らかい身体に押し付けられ反抗する暇もなく悪魔…確かWはエレベーターへ僕を押し入れ登っていく。

 

 怒涛な展開の変化に追い付けずWの翡翠のような瞳を見つめていると彼女は不機嫌そうな顔で僕の頬を摘まんだ。

 

 「いひゃい…」

 

 「ふん、寝ぼけているみたいね?それともあの儀式とかのせいでそんな間抜け面なのかしら」

 

 「なんにょはなし?というか、離して…」

 

 「はいはい、じゃ大人しくあたしに付いてきなさい。逆らったりしたら…分かってるわよね?」

 

 ナイフを突きつけながらWは笑う。その顔に何処か遠い記憶の面影があるような気がして、僕は大人しくその指示に従う。

 

 そうしてたどり着いた場所は一つの小屋と大きな広場がある所だった。

 

 「…ここで、何をするの」

 

 「さぁ?scoutしか知らないわ。あたしは後始末を頼まれただけ。まぁ、この間に少し聞きたいことがあるの」

 

 「…なに?」

 

 そう聞き返したらWは、怒りを滲ませながら叫んだ。

 

 「なんであんたは悪霊と共にいるの?ケルシーもだけどね!あいつが記憶を無くしたと言ってたとしてもそれが嘘か本当か確かめたわけでもないんでしょ?あいつは…!あいつは…テレジアの場所を唯一知っていたのよ!?なのに…なんで…!」

 

 「…テレ、ジア?」

 

 知っている確かに、知っている筈の名前。なのに、顔も面影すらも思い出せない。でも、その名前を聞くとじくじくと心臓の辺りをナイフで抉られているかの痛みが走る。

 

 まるで、消えない傷跡が残っているかのように。

 

 「…あんた、忘れたの…?テレジアを、殿下を忘れたの!?あんたが憧れて…その為に死んだっていいって言ってた殿下のこと忘れた!?」

 

 Wは燃える炎のように怒り僕の首元を掴んで振る。その度に頭の中でぐちゃぐちゃになった記憶が混ざり、いつの間にか開いていた小屋の扉から飛び出す小さな光と喉の源石…針と糸によって補修されていく。

 

 そしてゆっくりと、朧気に浮かんできたのは優しく…冷たい彼女の姿とその側で眠るドクターとアーミヤだった。

 

 「テレジア…殿下、違う…!!嘘だっ…嘘だっ!殿下は…死んでない…!ドクターは…裏切ってなんか無い!!」

 

 どれだけ叫んでも記憶は消えてくれない。血に濡れた殿下の姿が消えてくれることはない。そこに残った約束を果たせず終幕を見ることしか出来なかった忌み子の魔族の泣き声はどんどんと大きくなる。

 

 「…ずっと隠していたんだな。記憶を消しても何をしても消えない傷跡を心の中に」

 

 例え、その次に大切な人がその身体を抱擁しようとも。

 

 溢れ出た水が止まらないように、フォルトの傷跡から漏れで続ける。

 

 そして、フォルトはやっと子供らしく暴れだした。隠し続けた幾つもの傷跡と共に。

 

 「ちょっ、何よこれ!scoutっ!」

 

 「…W、離れててくれ。男の傷は…女には見せないものなんだ」

 

 何故裏切ったという憤怒、何も出来なかった自分に対する怠惰、ドクターへの嫉妬心、誰も彼も守れるという傲慢、心にもないもので愛をばらまく色欲、愛されたいという強欲…その全ての隠してきた罪が彼の傷跡を更に広げる。

 

 そこに現れたのは泣きわめき現実を、過去を受け入れない幼き獣だった。

 

 「僕は…皆が大切で!守りたかっただけなのに!全部、全部奪われた!なんで!なんで!?」

 

 この大地に溢れた理不尽を叫び、全てを壊そうとフォルトは動き出す。だが、scoutがそれを許さない。

 

 「ぐっ…!お前が直視しなかったからだ!お前は見えていた筈だ!ドクターの傷もテレジア殿下に迫る敵もっ!だが、お前はあの時何をしていたっ!」

 

 「…僕は戦ってたの!皆を守るために!」

 

 言葉を交わしながらフォルトはscoutへナイフを向ける。まるで何かを直視しないかのようにがむしゃらで。

 

 「嘘をつくな!本当は死にたくて戦場を走ってただけの癖に!お前はいつもいつも自分が悪いと呟いていたな!?母親はお前を睨みながら死んでいったと言っていたよな!だけどな、本当はお前に微笑みながら死んだんだ!何れだけ乱暴されてもお前への愛情は変わることはなかった!お前は自分にフィルターを掛けていたんだ、自分を責め立てるためにな!」

 

 「…違う、違う!母さんは…僕を睨んで…恨み言を…!」

 

 「なら、今その記憶を呼び起こしてみろ!現実を見つめるんだフォルト!」

 

 scoutの言葉に反応してあの日の記憶がフォルトに呼び起こされる。

 

 そして、そこに浮かんでいたのは守ってあげられなくてごめんなさい…どうかどうか愛しい子よ、貴方は生きてと呟き微笑みながら首を落とされる母親の姿だった。

 

 でも、フォルトはそんな希望を切り裂くようにscoutへ飛び掛かる。彼はもう希望を持つことが怖いのだ。だってどんな希望も暴力の前に消え去って置いていくから。

 

 「違うっ…違う!僕が悪いんだ!だから皆、僕を責め続けた!僕が死ねば全部良くなるんだ!」

 

 「そうか、じゃあ誰がお前に死ねと言った?父親や村人だけだろ!ロドスもバベルもお前の母親や友達さえ生きてと伝えてきた筈だ!」

 

 「でも、でも!皆隠してるんだ!心の底に!」

 

 「隠しているのはお前だろう!本当のことを言うんだ!」

 

 言葉と共に攻撃は熾烈になる。スピードの勝るフォルトは手数を増やしscoutは致命傷を避けながら被弾を覚悟で逃がさないように肉薄する。

 

 幾つもの鮮血が飛び、涙が飛び…そしてscoutの一撃でフォルトのナイフが空を舞う。

 

 傷だらけのscoutに見られながらパタリと地面に崩れ落ちたフォルトは、ようやく固く閉ざした口を開いた。

 

 「僕は…僕が嫌いだった。だから死にたかったの…でも、死は痛くて苦しくて…怖かった。だから自分で死ぬことも、死にに行くことも…出来なかった。それにね、本当は誰かを殺すことも…死を見ることもずっと、ずっと怖かったの。だから…目を閉じたの。人が死ぬと…映っちゃうから。でも、でもね…そのせいで、気づけなかった。ドクターの傷も…テレジア殿下が襲われることも…だから、だから…僕なんか…死んだ方がいいんだ…」

 

 「違う…フォルト、それは違うんだ。人は誰しも一度は大きな失敗をする。俺だって…ケルシーだってな。だけど、その失敗を次に生かすんだ。もう二度と繰り返さないように、今度こそ正しく歩む為に」

 

 「でも、この痛みは…苦しみはどうするの?」

 

 「そうだな…それは、教訓だ。忘れることも和らげることも出来ない教訓なんだ。だから共に歩んでいかないと行けない。でも、痛くて苦しくて堪らないなら未来に希望を持て。今を楽しめ。そして、乗り越えるんだ」

 

 scoutは僕を抱き締め、諭す。でも、それは僕にとって途方もない道で大きな壁のように感じられた。

 

 「無理だよ…scout、僕には…!」

 

 「あぁ、そうだな…でも、お前は一人じゃない。ロドスがいる。だから抱え込むんじゃない。…隠すんじゃない。漏らせ、全部、全部な」

 

 「…皆は許してくれるかな」

 

 「許すに決まってる。それに、きっと…喜ぶさ」

 

 「scoutも…?」

 

 「…いや、俺は無理だ。残念だがな…」

 

 「な、何で…」

 

 そう聞き返そうとして、やっと僕の瞳は彼の星を見つけた。酷く傷ついて崩れ落ちそうな星を。

 

 「…scout?いや、いやだ…死んじゃやだ!だめ、だめぇ!」

 

 「おい、おい…叫ぶなよ。残念だがな、決まってたことだ。俺の死は…お前のアーツでも、助けられないさ」

 

 「何でよ、何で…僕なんかのために…!」

 

 「なんかじゃない。お前だからだ…俺はな、お前を拾った時から、世界が変わったんだ。何をしてやることも出来なったけどな…でもやっと、一つだけお前にやれた」

 

 「…違うよ、違うの。僕は…scoutから、貴方からいっぱい貰ったの。大切な家族も、生きる術も。数えきれないほど、いっぱい。だから、だから…死なないで…」

 

 「…あぁ、そうか。良かった…俺はお前に、救いを与えられたんだな。ははっ、死しか他人に与えられる物はないと…思ってたが…そうだ。フォルト…お前は俺みたいになるな」

 

 「嫌だ!…僕は、憧れの人になりたい。憧れの貴方みたいな人に…なりたいんだ」

 

 熱も無くなり輝きが消えかけた星は、沈む前に生涯で一番輝き出す。それはいつも通り死の直前の生の輝きで全てを染め上げるように真っ白に染まり、やがて砕け散る。

 

 その瞬間、scoutは弱々しい言葉で呟いた。

 

 「…ははっ、なれるさ。お前なら…俺よりも、凄い…」

 

 続きは聞こえなかった。でも、それでも…伝わった気がした。

 

 「うん、なるよ…絶対。そして、ロドスの…scoutの悲願も叶えるよ。契約だ。もう、絶対破ることのない契約だよ。scout…」

 

 あぁ死、彼の死は僕が起こした。僕の罪が彼を殺した。ずっしりとのし掛かる苦痛と後悔に深海に沈みそうになる。

 

 でも、彼はそれを望まない。傷跡はきっと治ることはないだろう。

 

 でも、もう腐ることだけはない。だから、歩み続けよう。この痛みを背負って、明日のために。

 

 「すぅ…はぁ。W、居るんでしょ。出てきて」

 

 「…残念。scoutは外したみたいね?あんたがこの後暴走する予定だったんだけどねぇ~」

 

 けらけらと笑いながら心の隅に悲しみを隠して彼女は出てきた。あぁ、変わらない。昔と、いや…少し強くなったみたい。

 

 「男子、三日会わざればなんちゃらってやつかしら?まぁ、なんだっていいわ…だけど一つだけ確認したいことがあるの」

 

 「なに?」

 

 「あんたの命はscoutの命に遠く及ばないってことよ」

 

 「当たり前だよ。だから、僕は強くなるんだ。やり方は知った。あの儀式のお陰でね」

 

 目を凝らす。ずっと疑問だったんだ、何で僕の瞳は星を見られるのか。

 

 それは、海に反射する星を写し出したものではなく…僕自身が星であったからなんだ。

 

 そして、やっと僕はscoutのお陰でアンカーを外し、動き出すことが出来た。これからは、航海が出来るんだ…星々の間を。

 

 そして、目を凝らして僕はやっと一つの星を見つけた。

 

 「そこに居たんだ。…こい、サタン。もう、僕は…お前の娯楽ではない。共に行こう。太陽の元へ」

 

 その呼び掛けに答えるように大きな大きな狼の遠吠えが聞こえた。

 

 「ふふっ、意外と可愛らしいね。それとも、今は隠しているからかな。まぁいいや…W行こう?少し、大変なことになってるみたい」

 

 「えっ?ちょっ、ちょっと作戦をまだ言ってないわよっ!」

 

 「うん?Wは鍵の場所を知ってるんでしょ?それをアーミヤに…教える為に司令塔に行く。そして、さっさとタルラを止めて、サルカズの傭兵の回収でしょ?違う?」

 

 「な、何であんたがそれをっ!?」

 

 記憶が戻ったんだ。きっと一時的にだろうけど。だから、知っている。これから何が起きるのか…誰が死んでしまうのかを。

 

 だから、歩くんだ。全ての人が安らかな眠りを享受出来るように、明日を見えるように。僕はそのための船なのだから。

 

 「ふふっ、秘密。ねぇW、面白くなってきたね」

 

 「このっ、何処がよー!あんた気でもやったんじゃないの!頭を一回撃たせなさい!」

 

 Wの怒った声を聞きながら走り続ける。この闇に包まれ、太陽の登らない都市を。




ということで、フォルトくんの元ネタは全部出ました!先ずは始めに言っていたソロモンの指輪と七つの大罪。そして続きましてノアの方舟とテセウスの船、アルゴ・ノアの星座です。皆さんは幾つ当てられたでしょうか!初めて色々伏線を張ったり…まぁ、本当に伏線になっているのかは分かりませんでしたけど。してみたので分かった方は是非感想で教えていただけると嬉しいです!

そしてそして、遅くなりましたが皆様明けましておめでとうございます!今年も是非是非この作品や他の作品もよろしくお願いいたします!
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