俺の二度目の人生は、魔王から先生へ   作:トラソティス

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何ヶ月間も作品が進まず、衝動が抑えられず執筆いたしました。
今作はブルーアーカイブ×ヒロアカの二次創作であり、死柄木弔が志村転弧として、物語の主人公となり進んでいくストーリーです。主に学園都市キヴォトスがメインのお話であり、ブルーアーカイブ 寄りなので「知らねえしわからねえ…」と思う方々は、YouTubeかアプリ進行をするか、本を閉じるかのごとく読むのを辞めるかの二択です。

ブルアカ2作、何とか頑張っていきたいです。頑張れ、頑張ろう!!



episode0『プロローグ』
1話『Re:志村転弧』


 

 

 

 

 

 

『個性』

 

 人間が生まれ持つ個人の性格、個人の性能、特有の性質、特性を指す言葉である。多くが日常化して使う言葉は空気のように軽く、持っていて当たり前の日常は世界を回していた。

 一方で無個性と呼ばれる人間は少数であり、特有の能力も性能も、特性もない人間は珍しい。

 一種の症状とも読み取れたり、一部としては退化されたまま成長期に至らない障害的な意味も指していた。

 多くのものが個性を持っていて当たり前の価値観も、無個性という人間がいるだけで排斥される。

 少数派の人間が多数派の人間によって迫害され、無価値と蔑むように。

 未知は不理解を生み、不理解は畏れと排斥を生む。

 

 だが超常と呼ばれるこの世界――多くが異能として持って生まれた能力(チカラ)は個性と呼ばれ、個々人の能力が著した名が今を形造る。

 嘗て異能と呼ばれた旧時代は血の争いは絶えず、法が意味を成さなず、混沌時代へと陥り多大なる犠牲と戦争が勃発した。

 それが百年以上経てば、異常は日常と化し、夢は現実と成り果てた。

 

 こうして『異能』は『個性』と呼ばれるようになり、忘れられ差別と排斥が生まれぬようにと、矯正カリキュラムや保育指導の一環として、個性の母が語り継がれてきた。

 個性の母は、今でも幼少期の子供に語られる義務教育の一環でもあった。昔、異能を持った赤子を抱えた母親が「これはこの子の個性なんです」と、石を投げる野次馬共に発した実例が元となったものだ。

 

 こうして日常と化した個性も、世代を経る度に強まり、子供へと紡がれる度に濃度が凝縮されるかのように、個性と呼ばれる異能は深化し、より色濃く強まっていく。

 突然変異、親の遺伝子がより複雑に組み合わさった個性。それは殻木球大が提出した個性特異点による終末論。それは超人社会が行き着く先であり、人類が個性を抑制できず終わりを告げる危険性を孕んでいた。

 

 多くの学者が馬鹿げてると一蹴し、現実から目を背けてきた。その結果、今を招き、日本は終わりを迎えようとしていた。

 

 秩序と平和が崩され、法が意味を成さず、機能が停止していく日本は次第に他国に見捨てられていくだろう。

 どの国も我が国が一番だと保身に走り、どうより安全に支配されるか、被搾取側になること前提でコトを進めるだろう。

 

 連合(俺たち)が勝って全て壊すか、ヒーロー(緑谷)が勝って全てを取り戻すか――今この日に起きた戦争こそ、雌雄を決する瞬間だ。

 

 

 

 ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンによる衝突は、多大なる犠牲を払った。

 善悪の激戦区は正に戦争。いつ誰が死んでも可笑しくはない死闘の果てでは、全てを託された者達が、全てを賭けて闘っていた。

 

 ワン・フォー・オール九代目継承者、緑谷出久。

 原点(あの家)から連なる全てを破壊する死柄木弔。

 

 怒涛の闘いを繰り広げる最中、現実か非現実かの区別が付かなくなっていく。

 

『生で見ると気色悪いな』

『うわあ手の人ステ様の仲間だよねえ!?ねえ!?私も入れてよ敵連合!』

 

 緑谷出久に、喰らってはいけない打撃を受けた刹那――嘗ての記憶が突然沸騰とさせていた。

 

 

『俺だって…――ヒーローに!!』

『俺はステインに触発されてここにいる!』

 

 

 テレビの生中継で試聴していた体育祭…エンデヴァーの息子であり、ワン・フォー・オールに纏わり付いてた厄介な奴に、親友のスピナーも立っていた。

 記憶の交差なのか、まるで白と黒が混じり合わさったかのように、違う人間の視点に立ってるかのような、幼少期にシミュレーションゲームを体験したような感覚に見舞われる。

 

 

 其処から先も、記憶は掘り起こし、想起する非現実的な空間は現実と思えるかのように奇妙な展開が繰り広げていく。

 

 雄英襲撃時に三人のガキを殺そうとした記憶、俺が掻き集めた駒共を攻略突破したガキどもの絵面。

 

 

 そして……

 

『少し…手を繋ごうか』

 

 家が嫌いで、ヒーローごっこをしていた…純粋無垢なガキの頃。知らない大人に手を繋ぎ、家まで送られた記憶。

 

 

 幾ら拒絶しようと、俺に迫り来るアイツは足を止めない。

 何度否定しようと、まだ俺を救けるなんて宣うアイツは必死だった。

 あいつが手を差し伸べようともがく度に、全ての元凶たる家に近付いてくる。

 

『来るな――!!!』

 

 手を振り払うと、それを拳で打ち砕き、手を差し伸べようとしてくる。狂気にも似た善意と、救けることに取り憑かれた少年は、核心へと迫り来る。

 

 全ての元凶である家に、緑谷出久が侵入してきた。

 

 次に緑谷を襲ったのは、嘗て俺に成長を与えた、影響力のある敵だった。

 ヒーロー殺し、オーバーホール、リ・デストロ――其々が俺に問うたように、緑谷出久に投げかける。

 

『だから死ぬ――』

『何を背負い、何をつくる!?』

『計画はあるのか?』

 

『ない!どけ!!』

 

 

『この人、おばあちゃんなんだって!お父さんに内緒で姉弟ヒーローになっちゃおうよ!』

 

 お父さんとおばあちゃんの写真。

 そして、華ちゃんの笑顔。

 

 パンッ!!

 

 その次に――お父さんに殴られた僕。

 

 胸ぐらを掴まれ、焦燥と憎悪に塗られた声で、父さんは感情の赴くままに再び殴ろうとする。

 

『アレはおばあちゃんなんかじゃない――― いいか、ヒーローと言うのはな…他人をたすける為に、家族を傷つけるんだ』

 

 おばあちゃんは泣きじゃくり、蹲っていた。

 ずっと捨てられなかった思いが、死柄木にまで広がっていた。菜奈の選択肢が、結果的に死柄木弔を生み出した。

 

 ――ごめんね弧太郎…お母さん弱くって。

 そして、ごめんね…おばあちゃんのせいで――

 

 

『モンちゃん、もう嫌だよ僕……』

 

 そして、全てが止まっていた原点。

 此処から俺が死柄木弔になる為の、遍く破壊と死の始発点だ。

 

 そう、モンちゃんが崩れたんだ。

 皆んな嫌いだ――そう呟いた瞬間、触れてたモンちゃんの身体はバラバラになり、血と肉片だけになった。

 

『きゃあああぁぁぁ!!!?』

 

 悲鳴と発狂の声を喉から振り絞るお姉ちゃんは、敵でも見るかのように血相を変えて、僕から遠ざかるように逃げようとする。

 謝りにきてくれたお姉ちゃんは、僕を見捨てるように…

 

 そう、全ては此処から始まった。

 僕が華ちゃんを掴もうとした瞬間――僕と同じ年頃の…緑谷出久が阻止するように戦った。

 

 両腕が崩れ行くなか、それでも離さないと、手を掴み握ってくれた。

 涙を流しながら、それでも『だって泣いてる!』って…真正面から向き合ってくれた。

 誰も、たすけてくれなかったのに。

 周りの人間も、家族も皆んなたすけてくれなかったのに…コイツだけは、違った。

 

 

 僕の憎しみが、消えていく。

 握ってもらって、心の底から安心したから。

 崩壊の個性が消えることで、全身まで響き渡り伝播する破壊衝動が止まったのだ。

 

 

 …例え、助けられても…僕は敵だ。

 悪意を持って壊す、悪い敵だ。

 それでも…僕は、俺は…アイツらのヒーローにならなきゃ…。

 

『リーダー。仲間集めしてんの俺だけかよ』

 

 荼毘…

 

『弔くん黒霧さんがいなくなってからしょんぼり落ち込んでるのです』

 

 トガヒミコ…

 

『なぁ死柄木!このゲーム、分岐があってよォ、裏技あるんだぜ。知ってた?』

 

 スピナー…

 

『今頃八斎會と手ェ組んでたら寿司でも食えてたのかな』

 

 コンプレス…

 

『これで少しは俺も役に立てたかなリーダー!』

 

 トゥワイス…

 

 皆んな、みんな…俺の大切な仲間だから…――

 

 

 

 憎しみが消滅し、冷静さを取り戻していく真中…存在しない記憶が脳裏に浮かんでいく。

 お父さんがなぜか映し出されていた。

 お父さんが笑顔で、友人と会話している記憶…俺でも、緑谷でも無い…第三者。違和感に気づいた時にはもう遅かった。

 

 

 

『ああ…愚かな器…!何者でもない少年に心をねじ伏せられるとは…!!弱いまま強くあろうなどと、嗚呼…愚かな器――志村転弧!!』

『お前は何一つ選んでなどいないというのに――』

 

 

 歪み、全てを呑み込まんとする悪意の塊は、俺と緑谷出久を見下ろしていた。

 大きく膨れ上がった先生は、地面から這い上がるように起き上がり、巨躯たる悪意の塊は、ニヤリと口元を歪ませ破顔っていた。視認可能なエネルギーは、黒霧やハイエンド脳無の目のようなシミュラクラ現象を起こしており、余計に魔王としての不気味さを増していた。

 

『愚かな志村転弧――無垢なる超自我……薄鈍の人生と永訣できぬ弱き者!折角導いてやったと言うのに!』

 

 ――は?先生は、何言ってんだ?さっきから、何を言っているのか分からない。

 

『言ったろう、君は何一つ選んでなどいない』

 

 ――選んだ。これは、僕の選択だ。

 

『そう思わせねば︎︎ "意志力" は生じない。自由意志を逆向けすることが肝要だった』

 

 先生の経験からして、『ラリアット』――万縄大悟郎、『ガエン』――揺蕩井煙、五代目と六代目からOFAを奪取しようとした接触を試みたものの、弾かれ叶わなかったと聞く。OFA奪還の為には、意志力を上回る必要があったこと。

 そして平和の象徴――オールマイトに追い詰められた先生は、己の後継を捜し器たりえるもの、意志力を削ぎうる魂を捜していたことも。

 

『そして最も強き感情、イドを抑圧することで生じる心の機能。原始の欲求、憎しみを醸成する苗床を――』

 

 その言葉と共に身に覚えのない記憶が次々と、映画のワンシーンのように流れてくる。

 これは…先生の視点だ。

 頭を掻きながら、視線を逸らし、ヒーローという存在から目を背ける父親だった。

 

 ――それは、迷うことはないでしょう。この時世ヒーローは本当に助けてほしいとき、助けてくれませんから。助け合えるきょうだいは必要ですよ。

 

 きょうだい。

 その言葉が俺の心を深く突き刺した。

 

『長女は育ちすぎていたし、絶対に見つかってはいけない。目立つ行動は取れなかった。僕は後押しをしただけだ――』

 

 次に流れてきた映像は、お父さんが笑顔を浮かべ、お母さんは産まれてきたばかりの赤子を大事そうに抱えていた。それが誰なのか、言わずとも直感で理解した。

 

『両親から授かったまだ見ぬ因子を抜き取り――抑圧を増進させ、憧憬を与えた』

 

 鳥肌が立った。

 次に流れてくる映像は、先生がお父さんと家族やヒーローについて話し合っていた。俺がヒーローになりたい夢に対して、お父さんが過激に否定していたのも…先生のアドバイスという名目の催促に過ぎなかったのだ。

 もっと強く言わねば、ルールを設けねば、時には子どもに罰せなければと…。

 

 いや、そもそも……だ。

 先生は父さんと友人として付き合っていた……そして、先生の言ってた『きょうだい』…華ちゃんに弟である俺が生まれたってことは……先生の言葉が、思惑が、意志が、家族を通して俺が生まれたのか???遠回しに言えば、志村転弧という存在は先生の催促によって、お父さんとお母さんが子作りして生まれた……先生の器となる為に、産み出されたってことなのか?

 

 憧憬を与える。

 先生が指示を出していたのは、小さな二人組の子供だった。だけど俺はその二人をよく知っている…。みっくんとともちゃんだ。

 

 嘘だろう?

 友達だと思っていた二人も、先生が用意した子供だった。

 トラックに撥ねられそうになったのも、僕のことをオールマイトみたいだねって言ってくれたのも、全部嘘であり先生の指示だったのだ。

 撥ねられそうになってたように見えて、あの二人は僕にそうさせるように敢えて撥ねられそうになる振りをして、僕にやたらと友好的だったのも、先生の指示に過ぎなかった……。

 

 呼吸が乱れ、荒呼吸になっていく。

 胸を抑え付け、収まらない動機に眩暈がする。

 

『そして頃合いを見てドクターの施設にあった個性から、可逆性を取り払い、破滅にのみ突き進む粗悪な複製品を君に与えた』

 

 孤児院…。

 映像に流れた孤児院の中に、孤独ながら誰とも寄り添うことなく本を読んでいる一人の子供が映し出されていた。

 直感で理解した――それは俺が嘗て踏み台として、アイツが積み上げてきた努力を奪い、踏み躙られた…オーバーホール――治崎廻だった。

 

 じゃあ…俺の崩壊の個性は…突然変異ではなく…元々はアイツの個性で、俺は人殺しのために生まれたんじゃなくて……

 

 身体を掻きむしる。

 痒みが全身に広がり、全身の皮膚を掻き捲りたくなる。

 全てが嫌いで、息づく全てが俺を苛立つのだと――だから、全部壊したい。そう思っていた俺の夢も、痒みも…憎しみも…全部……個性が身体に合ってなかった…たったそれだけの副作用を、俺は……家族を壊したことで…後押しとして……??

 

『そう――僕の器であり、全てはオールマイトへの嫌がらせの為だけに、此処まで手の込んだことを仕向けたのさ』

 

 オールマイトへの嫌がらせ。

 その為だけに、師匠である菜奈の家庭を特定し、干渉し、子作りをさせ、俺を産ませ、歪ませ、新たな器の為だけに人生を狂わせた。

 

『悲劇も、試練も、否定も、肯定も、僕が与えた――』

 

 先生の歪みまくった破顔が、本当の意味で気持ち悪かった。

 俺の存在も、俺が今までやってきたことも、意志も、全部作り上げられた歪な創作物だったのだ。

 物語の登場人物さえも否定し、侮辱し、冒涜し、価値を貶める――

 

 

 

『全部だ!!!――何が遷ろわないだ!?恥を知れ!!』

 

 

 

 僕の身体から消えろ!!――先生の膨らむ憎悪と悪意の意識に呑み込まれた。俺という身体を構造する全てが、精神世界で崩壊し、先生に全て乗っ取られ支配された。

 

 初めからこうする算段だったのだろう。

 俺の余韻が残りつつも、それも虚しく消え去って行く。

 RPGでオールマイトを倒すパーティーメンバーの主人公かと思いきや、これは先生にとっての二度目の人生であり、強くてニューゲームをする為のNPCという駒役でしかなかったのだ。

 

 

 

 暫くして、俺の肉体と先生の精神に異常が発生した。

 身体が崩壊し、個性によって無理矢理繋ぎ止めた消滅を繋ぎ止めた、歪な身体。

 恐らくワン・フォー・オールの継承による反動が、先生を追い詰めたのだろう。いや、外で足掻き抵抗する、一点の目標に統括された意志が、先生を追い詰めたんだろう。

 段々と意識が鮮明に復活していく。すると、声が聞こえてきた…。

 

『駄目だ!許可しない!!大好きだ!大好きなんだ!お前がいないと僕はダメなんだ!!』

 

 若返った先生の剣幕な声色は、弟への歪んだ愛情だった。其れが己を保つ為の保身に走る偽りの言葉だったとしても、弟に対する本心だろうと、結果は変わらない。

 

 

『そうやって、全てを己が為に利用してきた代償(ツケ)を払う時だ』

 

 

 初代の小さな声と共に、俺たちは拳を握って目標を見据える。

 ワン・フォー・オールの始まりは先生の物語から生まれた正義であって、呪われた力で、そして完遂させる為の瞬間が今だ。

 

 

 消えたと錯覚した己の精神は、ある継承者が紡いでくれてお陰で、辛うじて消滅は免れた。

 先生が僅かに此方へ振り向くと同時に、賽は投げられた。

 

 俺たち継承者、二代目、三代目、五代目、六代目、七代目、そして…最後に十代目の――紡がれた俺たちの拳は振るわれ、先生に衝突した。それと同時に外部から…外の現実世界によって放たれた緑谷(アイツ)の強き想いの拳が同時に炸裂した。

 

 先生の身体も精神も、硝子細工のように打ち砕かれ、百年に渡る長き因縁は、今日を以って終止符を打たれた。

 漸く、AFOは完全に死を以ってこの世界から消えた。

 

 

 

 

 

 

「……先生に喰われて消滅したと思ってたんだけどな。あんたが消えないように俺を繋ぎ止めてくれたのか、おばあちゃん」

 

 

 志村菜奈――ワン・フォー・オール七代目継承者。

 俺の祖母であり、父の母親……父さん曰く、家族を捨てた鬼畜なんて吐いていたけれど…あの一瞬、緑谷出久に庇われたと同時に垣間見た。先生に呑まれ、精神が崩壊したことにより存在が消滅したかと思っていたけれど…おばあちゃんが最後まで俺を助けてくれた。

 それが…志村奈菜が招いた原罪への償いか、それとも救えなかった家族を今度こそ助けたかったのか……何にせよ、おばあちゃんは最後こそ、孫である俺を助けてくれたのは確かなのだ。

 

 

『ごめんね…迎えに行けなくて……』

 

 

 きっと、父さんも俺と同じように救けを求めていたのだろうか。

 母に捨てられたと、そう育ってきた父親が招いた結果が、こうなっていたのだから。

 精神を構築としたあの世界…それでも父さんは救われたのだろうか。

 

 

 

 

 黒霧――……有難うな。

 

 黒い霧が晴れやかな蒼天へ、天に消えて行くのを見据えながら心の中でそう呟く。

 

 今思えば、アイツとは連合結成前からの古い付き合いだった。

 先生から俺のお守り役として、付き添わされていた。ワープゲートなんて便利な個性を持っていたし、人付き合いが疎い俺を何かしら気に掛けてくれていた。

 あの頃の俺は、子供大人で癇癪ばかり起こしていたし、マキアを連れてきた代わりに勝手に居なくなりやがって…なんて悪態も吐いていたけれど、お前との付き合いも悪くはなかったよ。

 

 

「緑谷出久――スピナーが生きてたらこう伝えてくれよ。死柄木弔は最後まで、壊すために戦ったって」

「もう、壊したよ――」

 

 あれだけ憎み、拒絶と否定を繰り広げ、排斥しようとしていた英雄からの、肯定の言葉。

 今まで否定だらけの人生に、漸く他者が認めてくれた気がした。

 

 ……散々と、先生に利用され、全て奪われたと思っていたけれど…最期の末路としては悪くないかもな。

 

 

「それは…明日のお前ら次第だな――せいぜい、頑張れ」

 

 

 突き出した拳に、力を入れて強く押す。

 頑張れと言われ続けてきた彼にとってもまた、肯定の言葉として捉えたのだろう。

 全てを破壊し、彼をも壊そうとした自分は、最期の最期まで連合のリーダーであり、死柄木弔として一貫した。

 

 

 こうして、死柄木弔は終わりを告げた。

 消えゆく意識と共に、自分の存在が霞んでいくのが実感できる。

 嗚呼、人間こうして魂まで消滅する時は…きっとこんな感覚なんだろうな。なんて他人事のように呟きながら、この世界を否定してきた自分の生は終了し、夢から醒めた自分は文字通り消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …――『我々は望む、七つの嘆きを』

 

 …――『我々は覚えている、ジェリコの古則を』

 

 ――接続パスワード承認。

 

 シッテムの箱へようこそ、⬜︎⬜︎⬜︎⬜︎先生。

 

 

 

 

 

 

 ガタン、ゴトン…――

 

 

 遠い意識から、電車が走る音が小さく聞こえた。

 まるで通勤電車で居眠りをこぎ、揺らされながら睡魔に陥ってるような、嫌にリアリティのある感覚は、生きてるかのような現実味を浴びていた。

 

 ガタンガタン――ガタン、ゴトン…

 

 着々と音が大きくなる。

 次第に耳障りのような感覚に陥るも、自然と不快感はない。睡魔に覆われ、眠り心地に浸っていたくなる。

 

 ゴトンゴトン!ガタン…!

 

 大きな揺れが生じた。

 まるで「いつまで寝てるんだ」と言わんばかりの揺れは、電車にしては珍しかった。

 そこでふと目が醒める。

 

「……ここは?」

 

 小さな幼い声色だった。

 意識から覚めると、自分は電車の先頭に立っていた。自分が立ったまま寝ていたことに困惑していたし、よく何も掴まないまま倒れずに済んでいたな……なんて内心思いつつ、直ぐにある疑問を抱いた。

 

「なんで、消えたはずなのに…ここにいる?」

 

 あの時、緑谷出久に「頑張れよ」と言葉を遺した後に自分は精神と共に抹消したはずだ。

 では何か?実は此処は死後の世界で、この電車は地獄への片道切符とでも言うのだろうか。

 

 それにしては…

 

「この身体は、説明つかないよな…」

 

 声が幼いことに疑問を抱いた自分は、周囲の電車内の高さに対する差異に異変を察し、己の身体を見つめ直す。

 これは…この身体は――5歳児、全てが始まった原点。志村転弧の幼い姿だった。

 未だに精神世界に浸っているのか、実は物語は終わっていなかったのか…なんて思いつつ、無人電車内を歩き進む。

 人気はなく、誰かの話し声も聞こえない。ただただ電車の揺れる音が木霊する。

 

『また怒られたの?もうねー、黙っていれば良いんだよ〜。私もお父さんには『お嫁さんになりたい』って言ってるもん』

 

 電車内を歩くと突然、当時の記憶が想起する。

 華ちゃんだ。

 俺の姉ちゃんで、確かあの時はメソメソ泣いてた自分の手を引いてくれたんだっけ。

 

『目の周り酷くなってきちゃったねぇ…お薬お薬、掻くとまた痒くなっちゃうよ』

 

 お母さん…確かこれは、痒みが酷くて軟膏を塗ってくれた時だ。

 

『何のアレルギーか分からないの、嫌だねぇ』

 

『お家だと痒いよ』

 

『ねえ…転弧はまだヒーローになりたい?』

 

 嗚呼…あの頃俺はヒーローに憧れてたんだった。みっくんとともちゃんが仲間外れになってて、それで一緒に遊ぼうって言ったら、オールマイトみたいだって。凄く嬉しかった感情は今でも湧き上がる。それすらも、先生が作った憧憬だったけれども。

 死柄木としての俺は、もう大丈夫だよって言ったんだっけ。

 

 それは…続きがあったんだ。

 

 俺は、(アイツら)のヒーローでありたかったから、大丈夫なんだって。

 荼毘、トガヒミコ、スピナー、トゥワイス、Mr.コンプレス。アイツら頼りになるし、連合に集まってから長い付き合いで…ずっと俺に着いてきてくれてたから。

 頼りになる、信じてる。でも…俺がいないと何処か駄目で、ほっとけない奴らなんだ。

 

 

『ホラ転弧、おはぎ!好きだろ〜。美味しいもの食べるとな、悲しい気持ちが吹っ飛ぶんだ!』

 

 おじいちゃんが、泣いてる僕にいつも大好物のおはぎを持ってきてくれてたんだっけ。

 いつも明るい笑顔で、時には華ちゃんと一緒に写真も撮ってくれたりした。七五三の時とか…思い出とか、色々。

 

『もう泣かないの。もうおばあちゃんまで悲しくなっちゃうよ』

 

 優しい言葉で慰めてくれるおばあちゃんは、隣に寄り添って背中を撫でてくれた。

 でも、おじいちゃんもおばあちゃんも、泣くなとしか言ってくれなかった。貴方達大人から言って欲しい言葉を、投げてくれなかった。

 

 歩を進めるたびに、段々と記憶が流れていく。

 

『ひみつだよ、この人おばあちゃんなんだって。ヒーローなんだって!お父さんはああ言うけどねぇ、大丈夫だよ。私は転弧のこと応援してるから』

 

『モンちゃん僕はね、今どんな困難にも立ち向かえる気がするよ!』

 

『転弧!書斎に入ったな!?』

 

 おばあちゃんの写真に、モンちゃんとのボール遊び、そしてトラウマでありいつも僕を否定してきたお父さん。

 あの日の父親の暴力に、誰も助けてくれなかった。

 泣き叫ぶ姉は責任を自分に押し付け、おじいちゃんもおばあちゃんも、お母さんも誰も助けてくれなかった。

 

『いいか、ヒーローは他人をたすける為に、家族を傷付けるんだ!!』

 

 父の言葉は、頬の痛みと全身の痒みを通して鮮明に蘇る。脳裏に焼きつくのは、一生消えない傷を背負ってるからだろう。

 

『やめろ!転弧!!』

 

『死ねえぇぇぇ!!!!!』

 

『す、すぐ…ヒーローか警察か誰か…た、たすけてくれるからね!おばあちゃん会社行かないとだから、ね!』

 

 見知らぬ老婆も、通行人の人間も、除け者扱いするかのように、歪な存在を目にするように避けていたっけ。ずっとずっと、痒みが止まらなかったな。

 

『もう大丈夫――僕がいる』

 

 そして、手を差し伸べてくれた先生がいた。全ての元凶で、僕であり俺と言う存在が生まれたのも、全部先生の掌の上で転がされ作られた。存在意思も何もかもがあの人の思惑によってただただ、この世に受肉を齎し生を継がれただけ。自分が選んだと思ったレールは、結局先生のものだったんだ。

 

『さぁ見せておくれ君の姿を――死柄木弔』

 

 

 そして僕は、電車の扉を開けた。

 

 すると足を踏み入れた途端、身長が高くなった。いつしかハゲとの闘いで壊れた家族の残骸を身に付けて。

 おじいちゃん、おばあちゃん、お姉ちゃん、お母さん、お父さん…全部身につけて、懐かしい感覚が蘇る。

 けれど、何故か苛立ちも痒みも湧いてこない。

 この大人の姿は……

 

『見たかコレ、教師だってさ!なぁ、どうなると思う?平和の象徴が――敵に殺されたら』

 

 嗚呼、あの頃か……

 

『何処だよ平和の象徴…折角こんだけ大衆引き連れてきたのにさ、オールマイト居ないなんて…子供を殺せば来るのかな?』

 

『嗚呼…駄目だだめだ…ごめんなさい、ごめんなさい!お父さん…』

 

『俺はなオールマイト!怒っているんだ!同じ暴力がヒーローと敵でカテゴライズされ、善し悪しが決まる!!この世の中に!!』

 

『何事にも信念は必要だ。無いもの弱き者は淘汰される…当然の摂理だ。だから――こうなる』

 

『俺はあのゴミが祭り上げるこの社会を――滅茶苦茶にブッ壊したいなぁとは思ってるよ!!』

 

 ヒーロー殺し…今にして思えば俺の踏み台なんて言ってたが…同時に自分という人間を構造する、大きな影響を与えた初めての人間だったな。

 俺は再び扉を開ける。

 

『ヒーロー志望の爆豪勝己くん――俺の仲間にならないか?』

 

『俺はオールマイトが勝つ姿に憧れた――誰が何言ってこようが、そこァもう曲がらねえ』

 

『おいたが過ぎたな――ここで終わりだ死柄木弔!!』

 

『お前が――嫌いだ!!!』

 

『いくらでもやり直せ、その為に僕がいるんだよ――全ては君の為にある』

 

『弔――君は戦いを続けろ』

 

 そして――次は、君だ。

 

 三度目に扉を開ける。またしても無人だ。だが、今度はコートを着ている…時系列が次々と進んでいるとなれば…これは…

 

『大物とは…皮肉が効いてるな敵連合』

 

 嗚呼、オーバーホール。

 不思議なモンだ…先生のリストに載っていただけじゃなく、アンタも先生の言う器になり得ていた可能性があって…先生はアンタの個性を元に劣化版を、崩壊を俺に植え付けた。崩壊の元となりうる上位互換であり、因縁深い相手だったんだ。

 

『計画はあるのか?計画のない目標を妄想と言う。妄想をプレゼンされてもこっちが困る。勢力を増やしてどうする?そもそもどうやって操っていく?どういう組織図を目指していく?』

 

『俺の傘下に入れ――お前たちを使って見せよう。そして俺が次の支配者になる』

 

『将棋ってさ、ようするに玉を奪れば良いんだよな?』

 

『お前が費やしてきた努力はさァ!俺のもんになっちゃったよ!!これからは咥える指もなく――ただただ眺めて生きていけ頑張ろうな!!』

 

 次は――俺たちだ。

 扉への距離が異常に長い…まるで、流れてくる記憶と共に、歩いても歩いても出口に進まないような錯覚だ。

 

 

『どでけえ風穴ぶち開けられると思ってた!――答えてくれ死柄木!俺たちは何処に向かってるんだ!?』

 

 スピナーを始め、此処から俺と言う存在を問う物語だったっけ。死柄木弔とは何なのか、何を成すために存在しているのか…。

 

『受け入れたいのに、だめだAFO…俺にはこいつ、受け入れられない!!』

 

『何も為していない――二十歳そこらの社会の塵が、ワシに何を見せてくれるんじゃ?死柄木弔』

 

『君は何を背負い何をつくる!?それすら虚ろの何も生まない、破壊を貪る人間なのか!?――ならば君は、私に及ばない』

 

『俺が何をつくるって…?当たりだよお前……俺は本当にただ壊すだけだ』

 

『こんなもの――要らないんだ!!』

 

 

 記憶が止まり、更に扉を開ける。一体どこまでこの列車は続いてるんだろう。そう思いつつ、段々と最終地点へと向かっている。

 ドクターの改造手術を受け、オール・フォー・ワンを譲渡され不完全な状態で目覚めてしまった…俺と先生が混ざり合う時か。

 

『おいで、マキア――皆んなと一緒に。今ここから、全てを壊す』

 

『今まで育ててくれたこと感謝してるよ本当に――でも、アンタのようにはなりたくないんだ。あんた以上になりたいんだ。だから黙ってろよ、俺の意志なんだよ』

 

『過去…何世代も…守れなかったモノを見ないフリして、傷んだ上から蓋をして――浅ましくも築き上げてきた』

 

『これまで目にした全て――お前たちの築いてきた全てに否定されてきた』

 

『守った先に何がある?必死に先送りしても待ってるのは破滅だけ』

 

『――取り消せ!!!』

 

『見ろよ弔!凄いぜ、死人だ!君の祖母にして、無能で哀れな志村菜奈が其処にいる!』

 

『これ以上志村の思いを踏み躙るな!!』

 

『安心しろよおばあちゃん――アンタもしっかり憎んでる!!』

 

『今動くことすら叶わず目玉をギョロギョロさせるだけの――出来損ないに渡ってしまったことが間違いだって!!!』

 

『他人を利用するだけの兄さんには分かるまい。この子が何を想って血を流すのか――他人の為に怒り、他人の為に何処までもどこまでも頑張れる…常軌を逸するほどの救ける思いにとりつかれた少年。僕らはこの子についていく』

 

 お前の顔が――助けを求めたように見えた。

 

 緑谷出久の言葉が響き、最後であろう扉を開ける。

 これは…今日起きた事のように、感覚が研ぎ澄まし、鮮明に蘇る。

 

『よく覚えときな 名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)――人が人を救ける限り、英雄の意志を継いだ誰かが必ずお前を討ち滅ぼす』

 

 ――英雄の誰か…緑谷。

 

『使い捨てのゴミが!!同胞殺しが被害者ぶって善人面か!?流れるままの弱者が!!』

 

『あの家から連なる全ての崩壊だ――それだけが俺を救うんだよヒーロー』

 

『そうはさせない…でも――泣いていた君を見なかったことにはしない!!』

 

『世界に夢を見せた男の死で、夢は現実に還るんだ』

 

『泣いてた!?見なかったことにしない!?お前まだ、俺を人間扱いしてンのか!?まだそんなとこにいるのか緑谷!!――ちゃんと見ろ!そこに俺はもういない!!』

 

『逃げる場所も壊す――俺がつくる地平線をさ…スピナーが楽しみにしてたからさ』

 

『泣いていた少年はもうとっくに乗り越えた――どこまでも解釈を拡大し、少年(おれ)死柄木弔(おれ)になった!俺ァ何も困っちゃいない!!』

 

『知ってどうする?過去を暴いて何が変わる――』

 

『分からない!でも知らないまま終わるのは嫌だ!』

 

『僕の意志で…この家を、家族を壊したんだ……じゃなきゃ、この手はなんなんだ――僕がこうして生まれた事を、誰が肯定できる!?』

 

『手を掴んでもらって、安心したから――』

 

 

 嗚呼…確かに、安心したな。

 憎しみが壊れて、打ち砕かれて…痒みが止まったんだ。

 あの時、自分自身に問うた『誰かが手を差し伸べてくれたなら、痒みは止んでいたのだろうか』を、アイツは応えてくれたんだ。

 

 

 そして、扉の前に立つ。

 最後だと思っていた扉に、まだ続きがあったようだ。

 この先の空間には何が広がってるのだろう。

 記憶の終点は此処で、これが俺の…死柄木弔の最期だった。窓から差し込む景色は変わらず、差し込む太陽の光に、日が昇る蒼天と白く漂う雲。

 

 こんなにも心地良い天気は、まるで緑谷出久がAFOを打ち砕いた時に巻き起こした、晴々とする空だ。

 魔王の器――最後の最後まで壊す為に戦った俺が、この先足を踏み入れた時、どうなるんだろう。

 地獄へ繋がるのか、はたまた先ほどと同じ景色の空間か…扉を開けるまで何が広がってるのか……

 

「俺は、人を殺した。例えそれが先生の為だけに作られた歪な創作物だとしても…過去は消えない」

 

 だから、自分がこの先何が待ち受けてるのか…覚悟するにしろどうであろうと、不思議と緊迫感はなかった。

 

 俺が扉を開けた刹那――俺の身体はこの世にお別れをした時の…元の姿に戻っていた。結局、電車内の景色は変わらなかった……ただ、ある一点を除いて。

 

 電車内には俺以外にも一人、女性が座っていたのだ。

 その女性は白いコートを羽織り、俯いていた。

 物静かな女性は喋ることもなく、此方が扉を開けたことも意に介さず一切の反応が無かった。

 

 最初は眠りかけてるのかと思い、確認するべく彼女と対面する席に腰掛け、顔色を伺おうと興味本位に行動を取り、俺は漸く気が付いた。

 

「ッ!?お前…――」

 

 その女性は血を流していた。

 身体に穴が空き、真っ赤な血が白いコートを汚していた。何故気が付かなかったんだろうか、床にも血が溢れているではないか。

 

(……あの戦いにいた連中か?如何にも、敵のようには見えないが……解放軍か俺たちの誰かにやられたか…ダツゴクにやられた可能性も高い……)

 

 当然、あの激戦区で死人が出ても不思議ではない。

 殆どが先生に身体も意識も奪われ、必死に原点を隠し足掻いていたから…そもそも連合の連中の安否も確認できなかったし…

 

「――私のミスでした」

 

 すると、女性が突然声を発した。

 彼女の言葉に俺は自然と硬直する。

 優しく透き通る声は、此方の意志などお構いなしに発していく。

 

「私の選択、そしてそれによって招かれた全ての状況――結局、この結果に辿り着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて」

 

 …意味が、分からない。

 困惑、不理解、動転、それらはまるで先生に事実を突きつけられたような、奇妙な体験をする。

 

 正しいだと?

 否定だらけだった自分を正しいと言い張る女性に、俺は食い込むように無言で言葉を待つ。

 

「今更図々しいですが…お願いします――先生」

 

 先生と投げられた言葉に俺は、嫌な脂汗が流れてくるのを感じた。

 先生…せんせい…――オール・フォー・ワンのことか?

 確かにあの時、俺は自分の拳で…継承者達の想いを込めて、打ち砕いたはずだ。

 いや、俺が今こうして意識と共にいるのだから…可能性は…。俺は周囲を見渡す。

 俺とこの女以外、第三者がいる気配はなく、俺の中にはもう先生はいない。

 

「転弧先生…子供から大人に成長した貴方にならきっと……最善の選択肢を…」

 

 だが、女性の言葉と共に先生と投げられた言葉が今度こそ自分に向けての発言だと理解した。

 コイツは間違いなく俺の名前を呼んだ。

 その上で、俺を先生と呼んでいた。

 然も、俺の本名を知る人物など限られている…公安局でさえ俺の素性を知る人物などいるはずもないのに。

 

 全てを壊し、否定と罵詈雑言を投げられ、剰え許されざる罪人である俺を肯定した女性は、俯いたまま口を開く。

 

「きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません……何も思い出せなくても、恐らくあなたは同じ状況で同じ選択をされるでしょうから――」

 

「同じ選択だと…?俺はまた誰かを壊して、殺して、破滅へ導いて、全部ブッ壊すって言うのか??お前は一体、誰なんだ?」

 

 黙って居られなかった俺は、反論する。

 憎しみは打ち砕かれ、全て先生によるマッチポンプだと知り、死柄木弔は壊す為に戦い終わりを告げたというのに…リプレイでもさせるつもるなのかと。

 

「転弧先生…――貴方にならきっと…苦しんで、泣いている生徒に手を差し伸べることができる貴方になら……」

 

 それは、緑谷出久と俺しか知らないやり取りだ。

 何故――この女は知っているのだ。

 この手は誰かを壊すことでしか自身の存在を肯定できないのだと…ずっとそう言い聞かせてきた。

 それでも諦めないバカが、余計なお節介焼いて手を差し伸べてくれたから…誰かの手を握る温もりを、心地良さを知ることができたのだ。

 

 ――心の底から安心させられた。

 

「ですから……大事なのは経験ではなく、選択――あなたにしか出来ない選択の数々」

 

 俺にしかできない、選択……。

 コイツは何者なのだろうか――俺の全てを見据えてるかのような……

 

「……俺は、自分が正しいと思った選択肢は、結局先生の思惑通りで、全部先生の創作物だったのに……況してや、死人である俺にアンタは何を懇願してるんだろうな…」

 

 でも、何故かコイツの願いを叶えてやりたいと思った。

 嗚呼…憎悪も苛立ちも、痒みもない俺は…こんなにも違うのかと。まるで今まで破壊を貪り、触れる物全てを崩壊させ、憎悪を募らせていた俺とは、全く別人みたいだ。

 

「……責任を負う者について話した事がありましたね。あの時の私には分かりませんでしたが……今なら理解できます」

 

 責任?俺は責任について話したこともなければ、俺は何一つコイツと話したことがない。何なら初対面である。まるでさっきから一方通行で物事を進めてるような…ビデオメッセージのように会話のやり取りが上手く行ってないような…。

 

「ですから先生――私が信じられる人である貴方になら、この捻れて歪んだ終着点とはまた別の結果を…。そこへ繋がる選択肢は、きっと見つかるはずです」

 

 捻れて歪んだ終着点…何故か己の脳内に想起したのは、日本が全て崩壊した有り得たかもしれない未来が非現実的に想起する。

 緑谷出久は俺を救えず、俺が先生と溶け合い一つの存在として完遂し、魔王の夢が誕生し完遂したバッドエンド――それとも…そもそも死柄木弔という存在が誕生した時点で、捻れ歪んだ世界では無いのかと、ネガティブな思考に浸る。

 

「だからどうか…先生……」

「……知らない奴にいきなり託され懇願しやがって…。訳もわからずいきなり死人にプロローグを開始されても困惑するっての…」

 

 終わりだと、終着点だと思っていたのに…まるで新たな世界が待ち受けてるかのような…。終わりから始まる物語が幕を上げようとするような、そんな感覚に、不思議と嫌悪感は抱かない。

 

「……ただ、まぁ。死柄木弔は断言したからな……守れなかったモノを見てみぬフリをしてきたんだろって…俺は、俺の物語は終わっても、消えない過去を否定するつもりはない」

 

 守れなかったモノ――目の前に俯き血を滲ませる女性は、まるで救われなかったようにも見える。でなければ、何故彼女は俺を認識できる?なぜ俺と一緒に電車内にいる?

 不理解ばかりだけど、それを排斥するつもりも毛頭ない。

 

「俺も、お前を見なかったコトにはしたくないから。俺は先生じゃないし、AFO(アイツ)のようにもなりたくない……けど、今度は手を差し伸べてやる」

 

 それが叶うのなら。

 俺の手で誰かを救えるのなら…崩壊によって触れたものを壊してきた俺が、今度は誰かを救えるのなら。

 この手を握って心が安らぐのなら…――

 

 

「大丈夫――俺がいるよ」

 

 

 こうして視界は暗転し、意識が強制シャットダウンしたかのように途絶えた。何となくだけど…意識が途切れる最中…一瞬だけ、アイツが安心したような笑顔を浮かんだように見えた。

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「…せい………先生…」

 

 声が聞こえる。

 女性の声が投げかけてくるのが、右から左へと貫通するように聞き流す。睡眠に浸る人間に声を投げられても、大抵寝惚けて聞き流すことは多々ある。況してや先生と言う名前なら尚のこと。俺は深い眠りに没頭していた。

 

「起きて下さい――先生!!」

「ッ!?!」

 

 然し大きな声に反射的に身体がすくみ、眠たげな眼を擦りながら、見知らぬ女を凝視する。

 

「ふぅ…漸く起きられましたか。少々待っていて下さいと云いましたのに、お疲れだったみたいですね、中々起きない程に熟睡されるとは」

 

 俺は目を丸くしながら、正体不明の女に困惑していた。

 眼鏡を掛けたエルフ耳の女性…腰より長く垂れ下ろした黒髪に、白いコートを羽織る清楚な女性。

 嗚呼、全く見知らぬ女性だし記憶にもない。

 周囲を見渡せば俺と、俺を呼び覚ました女しか存在しない……つぅか、此処何処??

 

「………夢か。激戦の反動で肉体に深刻なダメージが来てんのか…二度寝する……」

 

「ちょっ…!?寝ないで下さい!!何で人が起こしたと言うのに、張本人の前で再び寝るんですか!?」

 

 ご尤もな意見である。

 寝惚けて頭の回転が回らず、頓珍漢なことを言うかと思いきや、呼び覚ました本人の前で二度寝宣告など滅多にいないだろう。

 

(……ん?待てよ、夢?いや…だとしたらそもそもの話可笑しくないか…!?)

 

 俺は再び上半身を机から飛び跳ねるように起き上がり、彼女は思わずビクッ!と驚き反応する。

 

「…夢、だとしても俺は死んだ筈だ……記憶、うん…記憶にも残ってる。俺は確かに、おばあちゃん達継承者と一緒に、先生を打ち砕いたはずだ…緑谷出久にも、スピナーへの遺言だって伝えたし……けど…」

 

 自分の手をギュッと握り締め、現実を体感する。

 間違いない…俺はこうして生きている。然も五体満足でだ――ハゲとの戦いで失った片手の指も元に戻ってやがる。

 …まあ、お陰で不便ではなくなったし、再びゲームもやり易くなるから良いんだけど…いや、そうじゃねえ。

 

「夢でも見られていたようですね、ちゃんと目を覚まして集中してください」

 

「……此処はあの世か。んで、お前は俺の罪状を読み上げる閻魔大王的なポジション?」

 

「先生、寝惚けて冗談を言われる事は想定してましたが、此処まで返事に難儀するのは貴方だけですよ」

 

 どうやら此処はあの世ではないらしい。

 よくよく考えたら仮に此処があの世であり地獄なら、創作物に登場するような、血のように真っ赤なマグマが煮えたぎってたり、鬼が金棒持って待機してても不思議では無い。

 周囲を見渡したことろ、ごちゃついたレイアウトでなければ、八斎會地下アジトのように何も置かれてない殺風景でただ広い空間が広がっていた。壁には全面を覆うフロントガラスで遠くまで街並みの景色も見える…かなりリアリティのある光景だ。

 

「…ん?待てよ、先生??」

 

 誰のことだ?いや、俺に向けて先生と言ったよな、コイツ…。全く見知らない上に、教師になった覚えもないのに、何を言ってんだ??

 それ以前に…普通、俺を見たら発狂と非難と罵詈雑言の言葉が投げられるはずだ。

 

「はい、どうやらかなりお疲れの御様子ですね…。無理もありません…先生は此処に来てばかりで混乱しているのでしょう…」

 

「混乱っていうか、お前さ……俺を見て何も騒がねえの…?つぅか目を覚まして見知らぬ人間がいたら怖すぎるだろう。此処は何処だ。なんで俺は今も生きてる?」

 

 まるで浦島太郎状態だ。

 考察も推測も可能にしろ、情報が足りなさ過ぎる。それにこの正体不明な…女……幾ら何でも冷静すぎる。表情筋はちゃんとあるよな?

 

「落ち着いて下さい先生。もう一度状況を説明致しますので、今度はよく聞いてくださいね」

 

「だぁから…俺ァ先生になった覚えもないし、俺は消えてAFOも倒したんだろうが…!!それから…いや…お前今何つった?」

 

 もう一度説明する?

 つまり何だ?俺は記憶喪失でもしてるのか?過去…家族を崩壊させたショックにより、記憶が断片的になってたことはあっても、寝起き前の記憶がすっぽり抜けてるのは事例にないケースだ。

 

「私は七神リン――学園都市『キヴォトス』連邦生徒会所属の幹部です」

 

 学園都市キヴォトス?

 聞いたことがない…そもそも学園都市なる存在は日本にはないはずだ。

 そして連邦とは複数の国家が合わさった形式用語であり、基本的には日本には存在しない、耳にもしない名だ。

 知名度が全く低い…という線も考えにくかった。海外ならば七神リンと名乗る彼女はそもそも東洋アジアの名を著していないし、こうして会話が成り立っていることがその仮説を裏付けている。

 

「リン、ね……お前の冷静な判断力、聞いたことのない学園名。俺を見ても全く無反応……つまり、考えられる線は……」

 

 此処は俺の知ってる世界ではない可能性が高い。元いた世界と似て非なる分岐された、神秘と未智が蔓延る異世界の可能性は充分に高いと言うわけだ。

 その理由として挙げられる点は複数ある。

 

 一つ――俺と言う人間…死柄木弔を視認しても全く動揺しない点。普通、何千何万も、数多くの人間を殺した俺が…世界を震撼させ、全国生中継で放映されていた俺を「知らない」では済まないし、知っていたら殺処分か豚箱に連行されてる筈だ。

 

 二つ――学園都市。

 個性溢れる超人社会に於いて多くがヒーローという職業がありふれた世界。ヒーロー学校やサポート開発、経営部門による専門学校が多数な今、学園都市など必要なければ何処にも存在しない。

 

 三つ――俺が此処にいる理由。

 夢でなければ俺はとっくに消滅し、物語は終わりを告げ、この世に居ないコトになってる死人の筈だ。

 死者が再び現世に甦る訳でも無いし、自分は死を認識した。だが現実としてこうして再び生を取り戻しただけでなく、何の記憶もなく突拍子に此処へ連れ込むなど…何かしらの個性が働いた要因だったとしても、不自然すぎる。俺を呼び覚まさずスムーズに此処へ連行するのも不可能に近い。

 そんな俺が導き出した解は…――

 

 

「…異世界転生?マジかよ…コミックみてェな流れじゃん。……コミックよりラノベって言った方が正しいか…」

 

 

 此処が自分の未智であり不理解を生み出す、認識されてなかった別世界だと捉えた。

 俺はラノベや異世界転生モノは読まない。いや、一冊ほど試しに読んだことはあったが、肌には合わなかった。

 もし認知症患った老人が異世界に転生したら詰みゲーじゃん。なんて謎の思考回路に至ったり、ゲームをプレイしてた方が充実感あるなってことでその手の本を読むのを辞めたんだっけ。

 

 では何か――俺はあの闘いの果てに迎えた死後、突然意味不明理解不可能な別世界に転送されたとでも言うのか。

 そもそも此処が俺の認識外による別世界だと仮称したとして、個性が蔓延る社会なのだろうか?

 それとも個性なんて存在せず、ヒーローも敵も存在しない無個性だらけの世界なのだろうか。個性という存在も、元々は鼠が媒介した病原菌が世界中に蔓延したのではという都市伝説も浮上していたし、異能の存在しない世界があっても何ら不思議では無い。

 

「そして貴方は恐らく…私たちが此処に呼び出した先生……のようですが…」

 

「……改めて言うが、俺は先生になった覚えも先生になるつもりも、はなっから毛頭ないんだがな。オマエラが俺の生徒?冗談だろ…――記憶喪失ネタは充分だって…」

 

 全ての始まりがあの志村家だったとして――嘗て俺は悪の象徴としてこの世に受肉を齎し、先生の…次の器となる為にマッチポンプとして生まれた、悪意を持って壊す化け物だった。そして俺は先生に託され、力を貰い、全てを破壊へ導く魔王となっていた。

 破滅の狂気を孕み歪ませ、俺は最期まで戦った。その後、いきなり俺が先生と呼ばれるなんて……現実味を浴びないし,何処か他人事のように思えてしまう。それはきっと…この事実すら受け入れてないからだろう。

 

「混乱されてるのも無理は御座いません…何せ先生が住んでいた世界と、此処キヴォトスでは価値観に相違があると思います。事実、私も先生が此処に来た経緯を詳しく知らないからです」

 

「なに…??ちょっと待て、じゃあお前は俺のコトを知らないんだよな?」

 

「貴方が嘗て暮らしていた世界や…素性などは存じ上げませんが……貴方が、志村転弧先生だと言うのは、此方でも確認できております」

 

 その言葉に、胸騒ぎがする。

 なぜ俺の本名が知れ渡っているのだろう――死後、元いた世界で素性が知れ渡っていたと言う説なら理解できる。だが生憎と此処は別世界。そして俺は名を発したことも公表してないにも関わらず、この女は俺の名前を呼びやがった。それも…俺が隠してた核心の原点――壊すことに快感を得る前の、青二才でメソメソ泣いてたガキの頃の名前。

 

「………」

 

「こんな状況になってしまったこと…誠に遺憾に思います。でも今はとりあえず、私に……って、先生?」

 

「なぁ、リンって言ったなお前……」

 

 俺は、彼女の蒼色の瞳を真っ直ぐ見据える。

 ずっと此方を見つめる俺に、何処か困惑や戸惑い、羞恥に似た紅潮に染め、首を傾げる。

 

「そ、その……どうかしましたか?私のことを黙ってずっと見続けて……」

 

「………」

 

 この女は嘘を吐いてない。

 ガキの頃からずっと人の顔色を伺ってきたから、経験と直感で理解できる。家族すら俺に対して視線を逸らし、見てみぬフリをしてきたから。家族を殺した罪悪感から、喉から「救けて」の声が絞れなかった時、多くの通行人が見てみぬフリをしてきたから――だから、自然と相手の瞳を直視して、真偽を理解できるようになった。

 緑谷出久のように曇りなき純粋な慧眼を、俺は知っている。

 人が嘘を吐き、保身に走る時、瞬きし必死に綺麗事を作って現実逃避をしようと目線を逸らすことを、俺は知っている。

 ステイン、オーバーホール、リ・デストロのように此方を試す真っ黒な瞳の色も。

 

 だが、この七神リンと名乗る女性が嘘を吐いてないことが理解できた。

 見て見ぬふりをせず、不理解と不気味な俺を排斥せず、蔑み遠ざけることもなく、彼女は目を逸らすことなく俺を見ている。

 過酷な人生を歩んできたからか、息を休め心が報われた経験がなかったからか、自然と相手が嘘を吐いてるか否か、分かるようになってきた。

 

 荼毘が外典を一眼見て実力を見抜いたように、トガヒミコが相手の顔色を見て気配を隠すことに特化したように、スピナーが周囲の人間の視線に過敏だったように。こう言うのを生きてた上で積み上げられた、職業病のようなスキルを、個性的な性質を持つことがある。

 

 

「一つ、確認したいことがある――お前は、死柄木弔を知っているか??」

 

 

 破壊の象徴、悪のシンボル、魔王の器、AFOが遺したもう一人の俺。歪んだ子供が大人へと成長してしまった、子供大人。

 与一の代替品として、先生に育てられ、あの世界で死を遂げたもう一人の俺の顔を――名を。

 

「…すみません、シガラ…そのような人物は存じ上げておりません…」

 

 然しリンの言葉に、漸く俺は合点がいった。

 嗚呼…木椰区ショッピングモールと同じ、一つ懸念してた疑問が解消されたような気がした。

 まるで点が線となったような…そんな気分だ。

 

 なぜ此処へ来たばかりの俺を先生と呼び、見ず知らずの俺を――志村転弧と知っていたのか。

 間違いない…ここは俺の知ってる世界とは全く違うモノ。死柄木弔は敵として最期まで戦い、あの世界で死を持って生涯を終えたのだ。それは変わらない。

 

 だが志村転弧は…原点である俺はどうだろうか?

 ヒーローに憧れた。

 ヒーローにはなれないと言われた。

 

 その結果、小さな小さな積み重ねが俺を優しく否定し、否定された志村転弧は家族を崩壊させ、死柄木弔となり得た。

 では逆に考えよう――肯定された俺が辿る志村転弧とは何だったのだろうか。

 死柄木弔という人物像があの世界で歪な創作物として生まれたとして、志村転弧の存在がなんだったのか、俺は未だに知らない。

 なぜなら何も成してない、先生の言葉通り純粋無垢の弱者なのだ。薄鈍の人生に価値も真意も、謎のままで未完成だったのだ。

 

 そんな俺がこの世界へ訪れ、リンは俺を先生と呼んだ。

 俺という存在を肯定するのは、敵という死柄木弔なのか――先生と呼ばれる志村転弧なのか……真意はどうあれど、何方も俺であり、先生としての存在が俺を肯定するのだと。

 

 

 正直確信とも呼べる証拠も無ければ、未だに現実味を感じないのも事実だ。分からないことも山ほどだ…。この世界で先生と呼ばれる意味も、俺が先生として生きていけるのかも…右も左も分からない学園都市なんかで俺が何を築き上げるんだろうなって……

 

 でも、一つだけ俺がやるべきことは理解できる。

 

 

 ――精々、頑張れよ。

 

 

 兎に角、頑張ることだろう。

 遠く薄い意識から、何度も聞こえたことのある言葉だった。

 

 ――がんばれ!頑張ろう!頑張れ!!頑張ろうな!!

 ――梅雨っ、お姉ちゃんがんばれ!

 ――頑張れ出久!

 ――障子くんだぁ…!がんばれ!

 ――三奈!鋭ちゃん!がんばれ!!

 

 全てを支配し、人心掌握に長けたAFOでさえ不理解だと心の奥底から排斥、畏怖していた、励ましの言葉。

 

 その言葉は、何となく居ても立っても居られない、放っておけなくなっちまうんだよな。

 

「ハハッ――!!そうか…俺は、てっきり否定だらけの人生、最後に緑谷出久に肯定され、終わったのかと思ったよ。それが最期を迎えるのも、悪くは無いなって……」

 

 けど物語は新たに、幕を上げた。

 死柄木弔から志村転弧としての、第二の人生――其処にAFOの介入もなく、家族のシガラミに囚われる必要もなく、OFAの因縁も存在しない。

 社会の枠から外れ、俺たちを人間とすら扱われない除け者にされた者達も、誰かを救ける為に家族を傷つける存在も、この世界にはない。

 

 全部が全部、これからの俺が考えて道を選ぶことができるんだ。

 最悪な経験も、選択肢も、吐き気を催す胸糞悪い未来を、全て体験した俺がこの世界で強くてニューゲームってわけだ。

 

「その、大丈夫ですか?」

 

「…嗚呼、大丈夫。未だ先生と呼ばれることに慣れてはないだろうけど…大方、自分の中で納得はしたよ――俺は死柄木弔ではなく志村転弧であり、魔王から先生になったことも」

 

 清々しく晴れたような、爽快な気分だ。

 成る程…少なくとも、地獄で過ごすよりかは幾分マシだぜ。

 

 リンは怪訝そうに首を傾げる。嗚呼、解るぜ…これは俺の独白だ。

 

「コホン…それでは改めて。私についてきて下さい先生――どうしても先生にはやって頂かなくてはいけない事があります」

 

「口減らし?」

 

「そう…口減ら…はい!?なんでですか!?」

 

 先生としてあるまじき問題発言である。

 おっと、いかんいかん…ついつい死柄木だった頃の捻くれた自分がうっかり素に出ていた。

 

「はは、俺からのジョークだよ。真に受けるな……で?先生経験皆無の俺がやらなきゃいけないコト?職員手続きか?それとも俗に言う入学式的なガイダンスでもやるのか?」

 

 俺は先生に与えられた家にずっと引きこもりだったし、義務教育の一環である学校すら通ってなかったから、どんなことするか知らんけど。

 

「はぁ…いえ、学園都市の命運を賭けた大事なこと……ということにしておきましょう」

 

 

 どうやら俺の物語は…止まっていたハズの志村転弧の物語は、この学園都市キヴォトスから、ゆっくり始動したようだ。

 止まっていた歯車は、回りだし動き出す。

 

 

 これは、俺が先生となって――生徒と一緒に自分を築き上げ、物語を歩む最高の物語。

 

 







なぜこの作品を作ろうかと思った理由。
どうしてもヒロアカの想像と熱気が止まらなかったことですね。
ヒロアカが最終回を迎えたこと――あの作品は自分にとっての青春でもあったこと。自分の青春物語を、今度は違う形で紡ぎたいと思ったからです。
緑谷出久はヒーローという夢から醒め、無個性という現実に戻りました。そして八年後、教師として働く主人公。
死柄木弔は死に、あの世へ去っていった。

元々、ブルアカのクロスを始めるなら転生だけを考えておりました。そこで思ったのが「死柄木弔ももう一人の主人公だし、いけるんじゃね?」となり、結果としてこの作品が生まれました。
緑谷出久と死柄木弔は対局にあり、境遇も似ており、対比と共通が重なる人物である。
緑谷出久は教師を務め、死柄木弔ではなく志村転弧もまた先生を務める。
顔面金玉の所為で全て偽りの人生を歩まされ、踊らされ、自分の選択肢が全部アフォのものでした。どっちみち器として乗っ取る云々言ってたので、死柄木の意志すら関係ありません。(というか書いてて改めて実感したのが、アフォ先生ホントやってることが気持ち悪すぎる)
そんな志村転弧が、今度は新しい世界で自分だけの、自分の考えた選択肢を選んで突き進む。壊すだけの自分が、握ってもらった手で今度は、自分と同じように泣いて困ってる生徒を助けていく。
悪役が?と思うかもしれません。然し緑谷出久に手を掴んでもらった少年は、紡がれていきます。
そんなことあり得るのか?いいえ…この先、生きていく転弧もまた頑張り次第です。

次になぜ志村転弧先生なのか。
『死柄木弔は死んだ』『最期まで壊す為に戦った』『崩壊の個性を持ったことで、転弧は転弧ではなくなった』そして先生は自分の苗字を与え、転弧を死柄木にすることで、弟のように扱っていました。
然し物語は終わりを迎え、死柄木弔としての物語も終えたこと、スピナーが紡ぎ本に出したことで終止符を打たれました。
だから死柄木ではなく、キヴォトスで新しく生を迎える彼は志村転弧なのです。

そして志村転弧は元々、誰かを救える優しい人間であるからです。
トラックに轢かれそうになった友達(アフォの手先…?)を助けたり、連合の仲間たちを大切に思ったり、(みんな腹減ってる…寿司食わすか…!)仲間たちのヒーローでありたいと願える人間です。憎悪を植え付けられ、人殺しによって後押しされただけで、アフォ先生が関わってなければちゃんとした人間ではあったということ。(そもそもアフォ先生がいなかったら志村家は姉である華ちゃんしか存在してなかったのが酷い。そして長女も赤子だったら死柄木にされていたのも酷い)


連邦生徒会長が正しい選択を取れると言っていたのも、死柄木弔ではなく、志村転弧という他者を大切に思いやれる心優しい人間なら、死柄木弔とは違う選択肢を取り、志村転弧にしかできないことを為せるからという意味です。
憎悪があった彼は死柄木となった。然し憎悪も打ち砕かれ、手を差し伸べ救われた彼なら、今後の頑張り次第で生徒を救えるかもしれません。これを否定したら君たち、サオリも否定することになるからね。



プロローグに登場する列車。
最初は連邦生徒会長と対面する場所からスタートするのが基本ですが、今作で転弧が電車の先頭に立っていたのは、志村転弧が死柄木弔として現在に至る過程の振り返りと、ヒロアカ7期OP2による『カーテンコール』を意識しました。



「次回、早くもパーティーメンバー結成。回復役は連合にもいなかったレアキャラ。乞うご期待」
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