俺の二度目の人生は、魔王から先生へ   作:トラソティス

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やばい、遅れて申し訳ない…。
久し振り過ぎて腕が鈍ってしまった……許してくれたもう!!
当初、ゲームの発売や溜まってたやりたいことで遊んだり、仕事の多忙で気が付けばこんな月数……不味い!このままでは…!と、意欲やスこの先のストーリーの展開など、想像すればするほど執筆しなきゃ、と意欲はあったのですが、肝心の部分でどう執筆しようかと悩んだりして、腕が止まってしまう…。
こんな作者ですが、転ちゃん先生作品は未完にするつもりはないので( 信用ならない )安心してくれ!遅くなっても、ちゃんと投稿はするから!!




10話『雨滴る乙女の熱情・下』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「買ってきたぞ…ッたく。なんで俺がこんな思いしなきゃなんねぇんだ…クソ…先生()である俺が女性用下着を買うなんて意味が分からんぞ…」

 

 エンジェル24――一階の購買店へ赴き、適当に下着をレジへ通して購入した際にソラが俺の顔を見て『え?この人変態?なんで先生が女性の下着を買ってるの?本気で言ってる?』という痛たましい視線がチクチク肌に突き刺さった。

 言い訳にしかならんが、ソラのテンパった瞳に「雨で濡れた生徒がいたから、替えのやつを購入した。変な想像するくらいなら試験の勉強でもしとけ」と念入りに釘を刺しておいた。

 変な噂を広められてしまうのはゴメンである。

 

 とはいえ無事( ? )下着を購入した転弧は、ワカモに着用を促そうと部屋に戻れば…

 

「あら、お帰りなさいませ貴方様ッ。私のことなど気になさらなくても良かったですのに…どこまでもお優しいのですね…♪」

 

 シャーレ内の散らかった部屋を掃除していた。

 裸ワイシャツなので、大きな動きをすると色々と危ない( 視覚的に ) のだが、本人は一切気にしない様子でいる。

 

「……掃除、してたのか。連れ込んだの俺だろ」

 

「ええ、このワカモ――貴方様に恩ばかり受けては立つ瀬が御座いません。せめてこの神聖なる労働の場を…少しでも清めるのが、私の役目であり、女の務めというもの…♡」

 

 ポッ…と顔を朱色に染めるワカモに、何言ってんだと目線を送りながら、髪をボリボリ掻く。

 土砂降りの中、シャーレの前までやってきたのはワカモ本人だ。とはいえ連れ込んだのは紛れもない自分であって、掃除をさせる結果になってしまったことに対し負い目を感じていたが、それも一瞬の気の迷いだったようだ。

 取り敢えずと、新品の下着を押し付ける様にワカモに渡した。

 これで視線は気にしなくて済むな、と安堵の息を漏らしながら適当にシャーレ作業台の椅子に座り込んだ。

 

「まあ…ふふ、本当に貴方様はお優しい方ですわね…♪だからこそ、このワカモ…貴方様の側に寄り添いたいと、心の底から愛を誓ったもの…♡」

 

 小さな声で、それこそ先生に聞こえない声で、己に言い聞かせる様に呟きながら、新品の袋を開き、黒のレギュラーショーツ、黒のブラジャーを装着する。

 

「待て、着替えるならせめて場所は選べ。ここはいつから更衣室になった?目の遣り場に困るの考えろッ」

 

「あら?私なら貴方様が望むのであれば直接見て頂けても……なんて…ふふッ」

 

「ああ、聞いた俺がバカだった」

 

 裸ワイシャツで恥じらうことのないワカモが、下着を装着する為だけに別の部屋に行かないことなど、今の言動を聞いてハッキリ理解した。トガヒミコでさえ人前で着替えるのを恥ずかしいと言ったのに。

 

「あら、冗談ですのに……ホントに可愛らしい殿方ですこと…」

 

 それでも揶揄いが止められないのはワカモの悪戯心か、はたまた想い人への戯れか。

 転弧はワカモに背を向けながら、直視しない様にとシッテムの箱(端末)を起動させ、適当にファイルや業務の資料に目を通す。

 

『あ、先生!そう言えば先生宛の手紙が一通届いてますよ!!』

 

「ん?」

 

 アロナに言われるがまま、シャーレの先生宛の手紙ボックスに視線を向ける。元々はシャーレの連邦生徒会不在の間に置き手紙として利用される段ボールで造られたソレ。

 赴任してから大して日にちは経っていないので、利用する生徒は殆ど居ないに等しければ、精々見知った生徒位だろう。

 それでもモモトークで連絡すればいい話なのである。

 

(いつの間に…??)

 

 それでもほぼ籠城生活に等しいほど、シャーレの部室に篭ってる転弧が手紙を認知することができなかった事に対し困惑と疑問が芽生えてしまう。

 偶々、俺が見落として気にしてなかっただけかもしれない…などと自分に言い聞かせながら取り出す。

 手にしたのは黒い手紙だった。

 異端とも呼べるそれは、漆黒…漆色に染まったそれは深淵の闇を連想させる。

 唯一特徴があるとすれば白いヒビ…まるで崩壊の亀裂のようだ。

 ――なんだこの悪趣味な手紙の柄は。

 

 これがもし七神リンの手紙なら俺は彼女のセンスを疑ってしまうものだが。モモトークで連絡を交換してない生徒は連邦生徒会くらいだろう。会議で出席した人数も含めばそれはもう…。

 

「先生?如何致しましたか?」

 

「ッ!ああ、悪い…考え事してた。どうした?」

 

「先ほどシャーレの玄関からチャイムが鳴りましたが……不届き者の可能性があります。私が処分がてら出向きましょうか?」

 

「なんでだアホか、覚悟決まりすぎだろ。お前は俺のヒットマンじゃないだろうが、違う意味の挨拶してどうする」

 

 先ほど頼んだ寿司のデリバリーがきたのだろう。

 ワカモが暴走すれば部室がメチャクチャになる。そうなる前に取り敢えず注文が届いた品物を受け取っておこう。手紙の件は最悪ワカモが帰って一人になってからでも遅くはないはずだ。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「よ、宜しいのですか?そんな、何からなにまで……」

 

「お前だって掃除やってくれたろ。それに付け加えて俺は腹が減ってる。俺もお前も昼飯はまだだしな…だったら気にする必要はないだろ」

 

 ソファに対面になるように座ると、テーブルの上に置かれた寿司にワカモは申し訳なさそうに尋ね、転弧は「気にすんな」と軽く手をヒラヒラさせながら割り箸を取る。

 高級とは言い難いが、割と評判もよくレビューもまあまあな反応だった。自画自賛の可能性も考慮していたが、正直な感想や評価の低い点も少なからずあった為、味の心配はする必要ないだろう。

 

「…カップラーメンなどが大量に購入されておりましたが…」

 

「籠城生活のためのな。備蓄としても助かるが…カップラーメンばっかだと飽きちまう。ここにきて寿司は一度も食ってねえんだ、嫌いなものあんなら残せよ」

 

 オマケにユウカが五月蝿い。やれ健康食品だのQOLなど、あそこまで他人のお節介を焼くのは関心すら覚えてしまう。鬱陶しいことこの上ないが、それでも放っておけない性質という彼女の世話焼きには、隣で俺を支えてくれてたアイツのことも想起する。それを悪くないと思えるのは、失って初めて大切な存在に気付けた証でもあるのだろうか。

 ワカモが「では…先生のご厚意に甘えて頂きますわ、貴方様…♡」と、赤身の寿司を口に運ぶ。

 …こいつなんで俺に対してこんなに好感度が高いの?

 

「あら…この鮪…とても美味しいですわ!ホタテも弾力が良くて……久し振りに食す嬉しみもありますが……こうして素敵な殿方と一緒に食事を嗜むと言うのもまた…」

 

「気に入って貰えてなにより。俺は大体食えるもんなら味に煩くねぇから、ワカモの舌にあって良かった」

 

 白身のある寿司を頬張りながら、空腹を満たす様に次々とネタを頬張っていく。

 外は相変わらず雨が降り注ぎ、止む気配がない。

 最悪シャーレはバカみたいに広く、施設は充分過ぎるほど充実としている為、寝泊まりに困らない。

 

「貴方様はお寿司や刺身が好みなのでしょうか?」

 

「いんや、別に…。ただ昔、腹が減ってた仲間たちに飯を食わせた時が寿司だったからな。一人を除いて好評だったし悪くないと思っただけ」

 

 もう一つの本音としては、連合のメンバー達とどこか面影を感じたからだろう。ひもじい生活や過酷な環境で死線を潜り抜けてきた転弧だからこそ、独り身でありながら逃亡生活を送るワカモの心境や待遇にどこか自分達の苦労を重ねてしまう。

 飯の調達でさえやっとなあの生活…食糧確保はトガヒミコのお陰ではあるが…。

 

「なるほど、だから…。寿司…お刺身……今度のデートプランに入れるべきでしょうか?いえ然し先ずは好みを聞いてから……」

 

「どうした。なにブツブツ言ってんの…?」

 

「あっ、いえ!お気になさらず……そう、ですわね…。こほん…ッ 。その…貴方様の好みは何かと気になって…」

 

「俺?好きなもん……いや、特にねェな…。飯なんて食えればなんだって良いだろって考えだし…特別、これは食わないと気が済まないとか、特別的な意味は持ち合わせてないな」

 

 そうですか…と、残念そうな…でもって納得した様な、複雑な顔色が顕になる。

 …まあ、自分に好みが殆どと言って良いほど無いのだから、つまらない人間だと思われて仕方ないものだ。

 

「それにしても本当に美味しい…。今日は憂鬱な雨だと内心穏やかでは御座いませんでしたが…こうして貴方様と過ごす雨の日というのも、また一段と彩る贅沢な一日……ああ、このワカモ!どしゃぶりの最中、貴方様に出逢えたこと、改めて嬉しゅうございます…♡」

 

「……ハスミの時もそうだが、先生という立場とは言え、幾らなんでも大袈裟に言い過ぎやしないか?美化しすぎだっての……まあ、こんな日に飯を食えた意味での、不幸中の幸いッてんなら解らなくもないけどさ」

 

「大袈裟では御座いません!私はその…先生もご存知の通り、脱獄してる以上、真っ当な人間ではないのですが……誰かと一緒に食事を嗜めること自体、このワカモにとっては贅沢で、有意義で……奇跡のような至福の時間…。貴方様のみの、お話ですが、ね?♡」

 

「……ああ、そっか。お前、一人なのか……そりゃあ、まあ…そうだな……」

 

 そういえば、狐坂ワカモはずっと一人で生きてきたのか。

 誰かが導く存在が側にいることも、助けてくれる仲間も存在せず、孤独ながらの単独行動。組織すらない、寄り辺もない子供…。

 そう考えると、彼女の愛情表現や熱烈なアピール、異常な迄の好意的な視線は、実は己の寂しさの意思表示でもあるのだろうか、と考え込んでしまう。

 …だとしても、俺にだけ、という話は未だに実感が湧かない。

 

「まあ、誰かと一緒に飯を食うってのは、存外悪くないもんだ」

 

 解放軍にいた頃、組織の資金を散財して好き放題飯を食ってたときも、一緒に仲間たちと飯を食ってた時期があった。

 ドクターの改造手術に呼び出されたこともあり、少ない期間ではあったが、あの煩くて和気藹々とした食卓も、なんだか自分に居場所があるかの様で、温かい気分になれたのは確かだ。

 

「ええ、貴方様のいない食事など…熱も色もない牢獄で過ごすのと変わりませんから………」

 

「例え方がユニークというか皮肉というか…その様子じゃマトモな飯も食えてないだろ」

 

「いえ……一応、仮面を外して私服で行けば、なにかと……。あ、そうだ貴方様!はい、どうです?口を開けになって?あーん…というのを差し上げましょう!私、一度やってみたかったのです!」

 

「何言ってんだお前。やるわけないだろ、普通に飯食えるし…。つか、ガキみてぇなことすんな」

 

「あら、釣れないですわ………勤勉に励む男を、食事で癒し支えるが女の務めとも言いますでしょう??将来、貴方様を支え暖かくとも家庭的な……」

 

「可笑しいな…俺は愛を誓う結婚イベントなんてした覚えないんだが??」

 

 調子が狂うというのはこのことだろう。

 思わずワカモのペースに引き込まれてしまう。

 

「そして…家庭的な空間…誰にも邪魔されず、二人だけの愛おしい時間……あんなことや、こんなことも………ふふ、ふふふ……」

 

「おい、涎よだれ。涎垂れてる、ティッシュ拭け」

 

「ハッ――!!いけません…!つい妄想に耽っておりましたわ…!ああ、私ったらなんてはしたない……」

 

「……失礼を承知で聞くが、その妄想の内容ってなんだ」

 

「それは…玄関のお出迎え、食事やお風呂……それと私……ダメです!!これ以上聞くのは!!!」

 

 ホント、なんでワカモは俺に対する評価がこんなにも高いんだ?

 昔は「はぁ?私が災厄の狐と知っての発言ですか?理解できませんね、貴方は私の気まぐれで生かされてるのですが?」くらいな冷徹な感じだったろ。

 アレくらいの印象しかないから、ギャップの違いに困惑してるのもあると思うのだが…。

 

「全く、乙女の心のうちを明かそうとするなんて…そこが貴方様の可愛らしい部分でも御座いますが…♪――…あら?貴方様?箸が止まっておりますが、いかがなさいました?ひょっとして、私のことを引いたりなどと……」

 

「いや…お前さ、気になったことが一つあんだけど…――

 

 ――なんでそんなに俺に好意を寄せるんだ?」

 

 俺の質問に、ワカモは素っ頓狂にも面を食らったように目を丸くし固まる。

 今にして思えば、コイツと初めて邂逅した時は敵対的な立ち位置で、ワカモが立ち去った後から今日に至るまで再会したこともなければ一緒に過ごした時間もない。

 全くと言って良いほどに過ごした時間も少なければ、何かしらワカモに対して事を為したこともない転弧からすれば、どうにも不思議でならない。

 

「正直言って、そこまで献身的な好意を寄せられる理由が思い付かん。昔の俺だったら不快と一蹴してただろうけど。俺が抱いてる感情はどっちかと言うと……」

 

 困惑に似た歯痒い感情。

 仲間に信頼され、託されてから、自身に向けられる感情に対して抵抗も違和感も感じなくなってきた。

 

 顔の好みなど個人的な良し悪しもあるのだと思うが…ワカモが俺に向ける好意は、トガヒミコとは違うまた別の好き、という好意的な感情だ。

 人によって好意の意味が異なるのは理解できる。

 ただ出逢って間もないワカモが俺に向ける感情…熱意のある献身的な態度に、受け入れるにしてはどうにも難しいものだ。

 彼女が献身的なる本質なのかはさておきとして…。

 

 だからこそ、分からない。

 解らないからこそ、理由を知りたい。

 ワカモが俺に対して向けるその感情の原点を…。

 

「……転弧先生は、私のことが嫌いですか?」

 

 そんな俺にワカモは数秒黙り込んだ後、真剣な顔立ちで、恥じらう様子もなく堂々と言葉を投げてきた。その言葉に、思わず顰めっ面を出してしまう。

 

「は?なんだよ…別に嫌いとは言ってないだろ」

 

「それなら良かったです。嗚呼!このワカモ……もし愛おしい転弧先生に嫌いだと言われたらどうしたことか…」

 

「話が脱線してんじゃねえか…嫌いな奴となら寿司なんて食わねえだろ」

 

「そうです。それと同じことなのです」

 

「?」

 

「私が転弧先生と初めて出逢った忘れられぬあの日……銃口を向けた事を、先生は許してくれたでしょう?でも普通は、許されざる行為…況してや、貴方様に毛嫌いをされ、敵対なる関係になっても可笑しくは御座いません。

 何より私は矯正局を脱獄した七囚人――特に連合学院の生徒であれば尚のこと、名を聞くだけで慄くことこの上ない……そんな、厄災を振り撒く忌子が私なのです」

 

 況してや志村転弧はヘイローも存在しなければ、キヴォトスの住民みたく弾丸一つで致命傷は免れない。

 生徒同士のいざこざでは済まされぬ…言い方を変えれば殺害予告と言っても過言ではない脅迫。

 普通の人間はそんなことをされてしまえば憤慨、嫌悪、様々な負の感情を抱くだろう。更に付け加えれば凶悪な脱獄犯……まず大人とはいえど普通の感性であれば話し合うことでさえ命を賭けなければならない状況下だ。

 

 でも…転弧先生は決して嫌な顔も動じることもなく、話がしたいと言って災厄の狐である私と向き合おうとしてくれた。

 私を、一人の人間として見てくれた。

 

「確かに私は褒められた生き方もしなければ、真っ当な生き方をしているとは思いません。流石の私もある程度人並みの常識は備わっております…。

 でも…転弧先生はそんな私に手を差し伸べて、握ってくれたではありませんか。出逢って間もない、見ず知らずな私を…――私は、それだけで充分なのです。貴方様と触れたあの温もりは、小さくとも…僅かな時間でも、真剣に心から向き合ってくれた貴方様が初めてでしたの。手を握って貰った時、どこか安心したのは…初めてだからか、それともこれが愛という感情なのか……胸の中が紅蓮の炎の如く熱く滾るのです…♪」

 

 手を差し伸べられて、安心したから。

 ふと脳裏に浮かんだのは、精神世界に映された五歳児の志村転弧と緑谷出久――崩壊の手を必死に握ってくれたあの瞬間。

 憎しみが打ち砕かれた少年は、生まれて初めて人の手を握ることができたのだ。

 誰かが手を差し伸べてくれてたら、という 「もしも」 の可能性に、救われてたかもしれないという可能性に、緑谷出久は最後まで闘い答えを出してくれた。

 

 その心の安心は、憎しみによって崩壊から生まれた快感とは違う…初めて人として、こころが救われた瞬間だった。

 

 緑谷出久に手を差し伸べられたことで、憎悪が消え去った俺の様に。

 志村転弧に手を差し伸べられたことで、愛情が芽生えた狐坂ワカモ…ということなのだろうか。

 

「…それは……」

 

「では質問を変えましょう…貴方様は…転弧先生は、誰かに好きと言われたことが御座いますか?」

 

「………は?」

 

 転弧の口から漏れた言葉は、これほどにない疑問を凝縮した言葉だった。

 その言葉が、まるで見えない霞のように取り憑かれた疑問を打ち払う様な、的確とした質問だった。

 

 

 以前ハスミと見た黄昏の夕焼けを思い出した。

 美しい景色に、なんて綺麗だろうと心を打たれたあの時…脳裏に浮かび過ったのは…あの原点から始まった小さな家――俺の家族。

 

 何も言わないお母さん

 責任を押し付ける華ちゃん

 泣くなとしか言わないおじいちゃんとおばあちゃん

 ヒーローになれないと、将来の夢を否定したお父さん

 

 小さな積み重ねは、優しく僕を否定した。

 

 どうして誰も肯定しないのだろう

 どうして夢を諦めろとしか言わないのだろう

 どうして誰も助けてくれないのだろう

 

 家族の中に、愛情はなかった。

 愛情があったにせよ、誰かが志村転弧に向けることなどなかった。

 愛を知らぬからこそ、志村転弧は好意も愛情も知らぬまま、死柄木弔として生まれ変わり、表裏なる憎しみだけが育った。

 

 だからこそ、狐坂ワカモの好意を「未知」と捉え、理解を示せず受け入れることが難しかったのだろう。

 ワカモが俺に向ける好意に理解ができないと迷っていたのは、俺自身が「好き」という感情自体を知り得なかったからだ。

 昔の自分が毛嫌いをしていたのは、底なし沼の憎しみと、溢れんばかりの殺意、とめどなく溢れる悪意――それらが全て、他者との繋がりとなる好意を全面的に否定していたのだろう。

 

 志村転弧が歩んだ五歳の人生と、死柄木弔としての一生も含め、何一つ誰かに愛されることも好意を向けられることのなかった。いや…そうやって外堀から他者との繋がりを遮断することで、助け合うという可能性も、誰かを好きになると言う可能性さえも潰し、永遠の他人にさせることで死柄木弔を歪みを持って生まれた社会のモンスターに育て上げたのだ。

 それもその筈…憎悪を植え付けられ、悪意を吹き込まれ、破壊に愉悦を見出してきた俺が、人の好意を知る術などある筈がないのだから。

 

 

「……どこまで行っても、俺はアイツの駒に過ぎなかったって訳ね…」

 

 だからこそ思い知らされる。

 

 ――自分がどれだけ空っぽの人間だったか

 ――先生にとっての第二の自分として都合よく利用されていたか

 ――何一つ自分の意志がなかったことか

 

 そしてその憎悪でさえ、偽りに過ぎなかったことも…嗚呼、なんて虚しいんだろう。

 

 俺は今に至るまで誰かを好きになったり、愛情を向けることも、生み出すことすらなかった。

 そう言う性分なのだと、それが自然なのだと考え無関心だった。

 

「…?貴方様?どうか、なされたのですか?私…ひょっとして先生に不躾なことを……」

 

「いや、そうじゃない……お前は悪くないよ………ただ、そうだな…強いて言うなら、俺の人生ってこう…嫌いなものばっかでさ、気に入らないものを壊して、それだけで人生知った気になって、根本的な部分から大切な事に向き合おうとしなかったんだなってさ。みっともねェと思ってたところ…」

 

 ふと、心に留まっていた言葉を思わず吐露してしまう。

 それは心の底から信頼しあえる仲間だからこそ、包み隠さず気が抜けてしまったのか…。それは自分でも分からない。

 志村転弧という人生が浅いなか、死柄木弔としての人生経験が濃いからこそ、己の人生を振り返り見れば、そこにあるのは色霞む灰色の世界だ。

 

「そんなことは御座いませんよ?」

 

 被虐的な思考に耽っていると、ワカモがスッと顔を覗いてきた。そんな彼女に反射的にビクッと身体を震わす。

 

「私も転弧先生と出会うまで、こんなにもトキメク感情を抱いたことはございません。端から見て小さなことでも、自分にとっては大きな影響ですから、大事なのはその気持ちが如何に自分のものであるかだと思うのです。他者の目線ではなく、自分の気持ちを大切に持つことだと…ワカモは思います」

 

 ワカモの顔はとても柔らかく、災厄の狐とは思えない程に妖艶で美しい。その柔らかな表情は、仮面の裏側にある彼女の本心を表していた。とても以前までシャーレを占領し、扇動指揮と破壊活動を行っていた彼女とは別人の有様だ。

 

「…ハッ、待ってください…ひょっとすれば、転弧先生を愛しているのはこのワカモだけ…いえ、ワカモが初めてということ…?そ、それはつまり、貴方様に向けるこの愛おしい感情は世界でワカモただ一人ということに……??は、はわわ…!!」

 

 何故か勝手に舞い上がって勝手に顔を赤らめ、慌ただしくしてる様子だが…。

 

「………なんだよ、お前の方が立派に大人じゃん」

 

 先生という立場である自分が、まさか生徒…子供に教えられることになるとは。

 いや…違うな…ハスミの時でも気付かされたことがあった。

 人を殺し、嫌いなものを壊し、憎悪を抱くまま生きてきたのと同じ様に、価値を見出し、好きなものを作ることが出来たなら…と。

 

 自分探し――学園都市キヴォトスで生きていくなか、生徒と一緒にこれからの自分を作っていくと決めたのだ。

 

 

 これは紛れもなく自分の意志で選んだ選択肢なのだから――

 

 

「わ、私はそんな…!!寧ろ、私…貴方様だからこそ、こうして本音が言えるわけでして…ッ !」

 

「抱えてる本音を相手に伝えるのだって、人並み以上に勇気や覚悟はいるもんだ。口では簡単でも、本人にとってはそうじゃなかったりな…。…なんか、大事なもんに気付いたよ。ありがとな……」

 

 人に好意を寄せられることに慣れてなくて、どう受け止めるか自分では未だに良く解らない ( ワカモが特殊な可能性もあるが ) ものの、無下にはしたくない。

 そう思えるだけマシなのだろうか、精神的にも成長してる証なのだろうか。

 ……大切なのは、この想いが自分のモノだということ。

 この言葉は………小さな子供の時に「言って欲しかった言葉」に近いモノを感じているのは、きっと……。

 

「あッ……あぁ……」

 

 瞳がグルグルと螺旋に回り、頬が段々と紅潮に染まっていく。頭部から湯気が立つ。

 気が付けばたどたどとした様子で、

 なんで裸ワイシャツでは何気なく振る舞って、こう言うときは羞恥心が擽られてるのだろう。

 

「わ、私…!そ、その……あぁ、ダメです……このままでは、また…熱い衝動に身を任せて……」

 

 真紅の炎が込み上げて、情熱が全身へと駆け巡る。

 高揚昂ると、つい破壊的衝動に身を任せてしまう。

 動悸が胸を打ち、つい身を委ねてしまいたくなる。

 ダメ――このままじゃ、また…

 

 胸を抑えるワカモに、異変を感じた転弧は彼女に近づき…

 

「おい、大丈夫か?」

 

「い、いえ…!わ、私…!その…し、失礼致しま…――!!」

 

「一旦深呼吸しろ。背中、ちゃんと抑えとくから。目ェ瞑って、ゆっくりと……一旦落ち着こうぜ」

 

「…へっ?」

 

 このままではシャーレの建物ごと、破壊をしてしまいそうだ。

 愛する殿方を巻き込みまいと、シャーレの建物から出ようとした刹那――駆け寄った転弧が、背中を押さえながらさす、さす…と撫でてくれた。

 介抱的に接してくれる転弧に、彼の顔を数秒黙って見た後、言われた通りの手順でゆっくり深呼吸する。

 目を閉じれば視界は途絶え、ゆっくり深呼吸をすると、自然と滾る衝動は、まるで消化器で鎮火するかのように自然と治っていく。

 

「動悸か感情の起伏が激しくて、制御できない衝動が込み上げてくるんだろ?そんな自分にどうすれば良いか、分かんなくなっちまう……ッてのは、よくわかる」

 

 五歳の時、モンちゃんが崩れた後の……崩壊した後の屑肉と、真っ赤な血の感触が鮮明に蘇る。

 突然の出来事と、理解不能な破壊衝動と憎悪に身を委ねて、家族全員を惨殺してしまったからこそ、理解できる……いや、してしまった。

 教えてくれる人間がいるのと、そうでないだけで違いは生まれるように、こう言う時どうすれば良いか…誰かがいるか居ないかで、全然違うのだ。

 

 ――だからこそ、誰かが手を差し伸べてくれてたら、また違う未来や結末を迎えていたのかもしれない。

 

 ワカモの隣に誰かがいたのなら、破壊と災厄を振り撒く狐ではなく…一人の少女として、彼女の優しさを誰かが知ることができるかもしれないし。

 志村転弧の抱く憎悪や破壊衝動は…痒みは消えていたのかもしれない。

 スピナーも最後まで友達のためにと、後悔する生き方をせずに余生を過ごせたかもしれない。

 

 だから、せめて俺がいる間だけでも…生徒に手を差し伸べれる様な……そんな先生に…――俺はこれからなっていかなきゃいけない。

 

「………どうして、私のことを…?」

 

「まあ…俺もさ…褒められた生き方も、碌な人生歩んでこなかったからさ…。何かと理解できちまうんだよ。一丁前に言えることじゃないけど…ワカモが胸を抑えてたのが、俺としてはなんだかすげぇ苦しそうで……まるで、昔の自分を重ねちまったのもあるから……かな」

 

 AFOに『憎しみや破壊衝動が身体に訴えて、痒みとして知らしてるんだ』と言われたことがある。

 その教えを受け、感情をどのようにコントロールするか、それを先生に教えて貰ったからこそ、誰かが感情的に振り回されるのを見ると、放っておけなくなっちまう。

 況してやこれが仲間や生徒なら尚更だ。

 ……()()自体が嘘だったのは冷静に考えて胸糞悪くてブッ壊したくなるんだけど…。

 

「始めに遭った時言ったろ、ブッ壊したくなる気持ちがわかるって。成長を踏まえ経験を積み上げていけば、精神的に落ち着く為に自分の衝動をどう抑えるか……そんな時ってのは必ず来るもんさ。特に俺のように誰かを纏める人間になると尚更な。

 尤も、今の俺は昔と違って落ち着いてるからかもしんないけど……大丈夫だ――俺がいる間はさ、感情や心のコントロール……少しずつでも良いからやってこうぜ」

 

「あっ……」

 

 とくん……またしても心臓の脈打つ音が、胸に熱い想いが湧いてくる。けれども、これはいつもの破壊衝動でも暴走的な高揚でもない…。

 純粋な、恋焦がれる愛おしき気持ち…。

 

「…また、しても……貴方様に心が救われた様な気がします…。そんなことを言って下さったのは、貴方様で初めてですから…ッ♡」

 

「俺もこんなにも熱烈にアピールして、好意を寄せられたのはお前で初めてだわ。まっ、お互いが関わっていけば、生きてくなかで初めてを経験することなんて沢山あるだろ」

 

 ――本当に、素敵なお方…。

 この人の側にいるだけで、凡ゆる迷いが打ち解けていくような…灰色で、色すら失った人生が薔薇色へと、情熱的になったのは…全部貴方様が居てこそ。

 今日という素敵な日も、こんなにも贅沢な時間を過ごせるのも……感動的に

 

「……まだ雨も止みそうにないな。後でゲームやろうぜ、一人用のしかないけど…お前がプレイしてるのを俺が隣で観てやる。楽しいぞ」

 

「げぇむ、ですか?わ、私……その…ゲームは趣味で嗜んだことはおろか、触れたことすら御座いませんが…」

 

「別のこと考えたり、ストレス溜まった時や冷静になりたい時は娯楽に浸るのも一つの良い手だ。安心しろ、分かんないことあったら俺が教える……ゆっくりできて楽しいぞ。初めてに触れる良い機会だ」

 

 

 ――その後一日中雨滴るなか、ソファで二人っきり…隣同士でゆっくり時間を過ごしました。

 偶に転弧先生が尻尾を触ったりなどもして、擽ったかったけれど…二人で過ごす甘美な時間は、一生の想い出として残るでしょう。

 素敵な殿方と一緒に添いながら過ごす一日は、とても…とても心地よく、忘れられません…♡

 

 …ただ、ホラーゲームをチョイスされたことに驚きましたが。

 

 

 

 

 ゆうべは おたのしみでしたね。

 

 

 

 







THE・補足

転弧の家に愛情がなかったと仰ってますが、あくまでこれは転弧目線であり、家族の中には確かに愛情はありました。
父の弧太郎でさえ好きなものが家族全員なのです。父が不器用なのはもちろん、母も崩壊の間際に我が子を抱きしめようと、手を握ろうとしておりました。
華ちゃんも泣いてる転弧にいつも手を差し伸べて引っ張ってくれてます。おじいちゃんもおばあちゃんも、笑顔でいて欲しくて優しく接してくれてます。

…こんだけほんわかな家族の愛情があるのに、拗れてしまった結果が余りにもえげつないんですが…。

でも転弧としては「言って欲しい言葉を言ってくれない」「誰も僕の味方になってくれない」そして「誰か僕を助けてよ」に対して誰も助けてくれない。
そんな積み重ねの結果、「皆んな嫌いだ」になってしまったのかと。

でも母親は転弧が殴られそうになってるのを助けようとしたし、華ちゃんは責任を押し付けたことを悔やみ仲直りしようと謝りにきたり…不器用というか、運が悪かったというか……最悪のタイミングだった。だから互いが理解できないまま家族は壊れてしまった。
それ故に愛情を知らぬまま生まれ育ってしまった…それが志村転弧であり、死柄木弔なのです。


だからこそ、ワカモの存在って実は転弧にとってすっごく大きくて、本当に愛情を熱心に注いでくれてるのがワカモ一人なんです。生まれて初めてなんです。
そりゃあ転弧もワカモのこと気に入ります。

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