今回の話だけで2万文字超えです。
えー、皆さん長らくお待たせしました。今回でこの作品の序章は終わりを迎えます。
長かったというか作者がサボってたというか、色々事情があったのでもう謝罪しかない。それでも待っててくれた読者の皆さんは本当に感謝でしかない。
いつかフラッと戻ってきた読者が「あ、更新されてたんだ!」と喜んでくれるように頑張ります。
人の心は硝子細工のように繊細で、複雑な構造をしている。
僕が先生に拾われてから、最初に教えられた事だ。
『人の心というのはよく出来ている。人間誰しも、強いショックを受けてしまえば無意識下に記憶を閉ざしてしまう。心が壊れないようにと、自己防衛的に本能が働くんだ。繊細だからこそ複雑に絡み合い、人物像を構築する。憎しみによって醸成された崩壊をきっかけに、君はその手で家族を殺めたんだ』
――ぼくの手は、家族を殺した。
自分の意思で、大っ嫌いな家族を壊した。
『気に悩む必要はないのさ、最初に言ったろう。どの家族にも宿らなかった個性――君の持つ
君だけじゃない、他の人も抱えている。
この言葉だけで良し悪しを感じるのは、人の善悪を曖昧にさせる。
他がやってるから自分は悪くない。
苦しい思いをしている、だけど周りも下を向いて生きている。
良かったね、君だけが惨めじゃないよ。
『だが防衛本能が働き、記憶が閉ざされたとしても、感情は覚えている。記憶が消去された訳では無いからね、だからこそ家族を殺したという精神的な傷害によって君は、不理解な精神的ストレスに苛まれている。家族を殺したという事実が、君を苦しめているんだ。ではなぜ人を殺めることが、君自身を苦しめるのだろうね?』
それこそまるでなぜ人を殺すことが悪なのか、と言わんばかりの口調。
人を殺して何故苦しまなければならないのか、と心身を安らげる言葉。
甘い言葉で揺さぶり、惑わしていく。
『悪いことだから?では、その悪いこととは何だろうね?道徳?
――― でも、人を殺せば敵になってしまう。
それがすごく怖くて、お巡りさんに捕まるのが怖くて、殺してしまったことで僕はどんな風に生きていけば…。
『では敵とはなんだろうね?何故、世間では犯罪者は敵と呼ばれるのだろうか。個性で罪を犯した人間など、個性犯罪者でも良いじゃないか。根底的部分を読み解けば………いや、この話はまた後日しよう。あくまで今は人の心の在り方についての授業だからね。
僕は君の先生だからね、志村転弧くん。君が望むことは全て、僕が叶えてあげよう。君自身が望む気持ちを全て肯定し、
――――――――――――――――――――――――
何十年と監禁された少年少女だった大人が元の自由ある生活に戻った時、悪夢に苛まれ苦しみ眠れず発狂する事例は少なくない。
特に海外などは頻繁的に子供の拉致、誘拐、監禁、軟禁と言った犯罪ケースが多かったと聞く。
恐怖に怯える毎日がいつしか当たり前の日常に成った時、恐怖が取り除かれた平穏な生活を手に入れても、眠れない毎日を過ごすことは何ら不自然ではない。身体が恐怖に怯える事を覚えてしまい、何十年と言う年月を重ねて経験した恐怖の日々と、脅かすことない不自由な生活の温暖差に心身共に順応できないからだ。
そうなることで人は精神病を患ってしまうのだ。
特に挙げられているのが
本人の意思など関係なく悪夢や当時の記憶が
強いトラウマは先生の
長年培ったストレスは
そして極限状態はシャーレの仕事漬け。
なるほど…ドクターに診断するまでもなく、俺の症状はきたるべくしてきたと言う訳か。
それも無理はない…。だって――
『ガキを前にして先生気取りなんて、どんだけ図々しいんだお前。少しでも良いことすりゃあ善人面か?流れるままの、何者でもない
明らかにどう見ても、もう一人の俺が目の前にいること自体が
父の掌を顔に付けているので表情こそ上手く読み取れないが、マスク越しから口角が釣り上がってるからに、不気味な笑みを浮かべているのが見解できる。
「先生…この、方は……?」
震えながら、服を離さずにくっついてるアロナの声は怯えていた。
どす黒く、不気味な容姿に底なし沼の憎悪を溢れさせ、
曇りなき純粋な殺意を纏う青年は、
志村転弧先生に似ているのに、そっくりなのに、まるで別人だからだ。
髪の色も、声色も、背丈も一緒で、靴や服も色合いが似ているのに、まるで別の人間と感じさせる違和感が、幼少であるアロナになら殊更恐怖を植え付けるのに充分だろう。
「……アロナ、ここが仮にシッテムの箱内だったとして…ログアウト機能は働くか?念の為に聞いておきたい」
『おいおい無視かよ酷いなお前。見てみぬ振りをされるのはブッ壊したいくらい嫌いだったのに、する方はなんとも思わないなんて、どんだけ恥を晒すんだよ』
無理矢理冷静さを装いながら、アロナに脱出プログラムを確認するも、それを嘲笑い、挑発じみた言葉を投げ飛ばす。
「…む、無理です。脱出不可能です…!!それにここ、シッテムの箱と似た空間で……げ、現実と非現実が混ざり合ってるような、そんな曖昧な…」
現実と悪夢の区別が判断できない状況下を胡蝶の夢と呼ぶ。
アロナはシッテムの箱内にしか存在不可能なので、ひょっとすればこれは俺だけが見てる悪夢で、アロナは俺の脳内で構成された夢によって創られた幻影に過ぎないのでは?と思っていたのだが、いよいよ神秘らしく理解が追いつかなくなってきた。
『なあ、なんでオマエ先生やってんの??お前にとっての先生ってなに?俺の知る先生は
辞めちまえよ、そんなこと。どうせ誰にも感謝なんてされないんだからさ――』
前世のオレが、罵詈雑言のように言葉を次々と投げてくる。まるで小石でも投げるように。
『オマエが仕方なく周りに合わせてるのだって、流されてるだけだろう。個性があれば恐怖で黙らせて、都合よく物事を動かせるもんな?違うか?いいや、違わねェよな――俺は仕事を押し付けられてこなすタイプでもないし、やらないことは自我を通してでもやらないッ て貫く人間だろう』
『オマエが敢えて仕方なく付き合ってるのは、個性がないからだろう?個性がある頃の俺は迷いこそあれど、最終的に全部壊すことに繋がっていた。そんな俺に破壊を取り除いたところで何になる。残ってるのは何の意思も持たない、虚な肉人形だ』
『なんとか言えよ――俺は死柄木弔であって、先生じゃない。いや、そもそもの話可笑しいだろう。なんだよ先生って、そこから疑問を抱くべきだろう。この手で多くの人を殺して、壊してきた俺が、先生になれると思い込んでる時点でなれる訳がないんだからさ』
否定的だらけな言葉が、俺の心臓を突き刺すように射抜いていく。
「………お前の方こそ一方的にペラペラ喋りやがって。お前は一体何がしたいんだ?俺の横で嫌味を言うことしかその口開けねェのか」
『嫌味?いいや違うな――俺が発する言葉は全て、お前が心の奥底で、無意識に感じていた負の感情さ。俺はそれを代弁してやってるだけだぜ??』
漸く反論したかと思えばそんなことかよ、と小馬鹿にした笑みを浮かべ、笑い飛ばす。
『こうは思わなかったか?前世の俺が全部ブッ壊す為に戦ったのに、いきなり世界の命運だの、各学園の問題を解決する為の先生をやるだの、そんなもん余りにも身が重過ぎるって。不釣り合いで、身の丈に合わず、マトモな人生歩んでこなかった俺が何を教えるんだって』
確かに――喉から声が出そうになるのを堪えながら、俺はジッともう一人のオレを見つめる。
アロナは何がなんだか、と言った顔でこっちとあっちとを見比べながらあわわと見ている。
『いや、もっと言えば根源は連邦生徒会長?とかだっけ――顔も知らない素性も知らない、この世界でトップの座にいた奴。ソイツが俺に託したとかほざいていたが、こう考えてたはずだ――俺の先生みたいに外堀から埋めていき、自分の都合の良い方向へ転がしてるんじゃないかって』
行方不明と知った後もそれは微かに思ったことがある。
シャーレ奪還戦、シッテムの箱をリンに手渡された時に
パスワードも、アロナでさえも、俺がこうなることを予測していたかのように。
「……
『だとしてもそんな奴の意思なんて、聞き捨てることだってできただろう。何が言いたいかって?知らねえようだから教えてやるよ――俺は見ず知らずの人間の頼み事を聞けるほど、人間できてたかって話だ。いや、人間ですらない。なんせ俺は敵だからな』
「もう俺とお前を一緒にすんなよ――お前の方こそ忘れてるようだから教えてやるよ。
死柄木弔は壊す為に戦った。
それは
スピナーの名前を聞いて、微かに表情が変わったのを俺は見逃さなかった。流石に親友までは否定したくないようだ。
『……ハッ!この世界では無関係なら、アイツも関係ないだろう。そしてお前の発言には間違いがある。
俺とお前は無関係だと?
違うだろうが――オマエが存在したから俺になった。
先生に乗っ取られた時だってそうだ』
AFOと混ざり合い乗っ取られた時、死柄木弔は核心である
誰にも悟られぬように、
憎しみを敢えてオールマイトに向けて、
先生の気が緩む瞬間を狙って、
その結果先生に一矢報いることができた。
主導権を取り戻し、先生すらも崩壊……したように思えた。
『俺がいるのはオマエの過去の記憶、罪悪感、トラウマによって構成されてるんだ。人間は過去を切り離すことはできない。
そんなこと、他の誰よりも分かってるだろ?』
――僕がこうして生まれた事を、誰が肯定できる!?
『そんな俺から逃げる為に、お前は
罪悪感から、過去から、
だからこそオマエは自分に惨めさを感じたはずだ。早瀬ユウカ、火宮チナツ、羽川ハスミ、守月スズミ――アイツらの輝かしい未来へ歩む姿と、血みどろで灰色な俺の過去とじゃ、世界観も価値観も、何から何まで全て違えば、隣にいることすら烏滸がましいって』
アイツらとの日常が、
生徒たちの向ける肯定が、
いつしか俺の心を埋めては温もりを感じていた。
でも同時にそれは、どうしても過去と比較する度に罪の意識は強まっていく。
光が強まる度に、闇もまた深まるのだ。
アイツらの日常を知る度に、
普通の人間の暮らしを過ごす度に、
アイツらの隣で言葉を交わす度に、
過去の自分の罪を突きつけられていくのを。
『まあ解るぜ?俺は家庭にも恵まれなかったし、周りから否定ばっかされてきて、最終的には先生のマッチポンプだったってオチだ。小さな小さな積み重ねが招き入れた結果だというのも。
けどな、そんなの周りの人間は知ったことじゃない――見ろよ』
死柄木弔が指を刺す。
俺たちはその方角に目を向けると、一台のテレビが置かれていた。
いつの間に…?などと疑問を抱く間もなく映像は流れ出た。
『止められなかったのかなって……ねぇ…思いますねえ……』
『いやぁ、単なるテロリストかと思いきや…まさかここまでの大事になるとは。とはいえ、退治されてホントによかったです!!あんな恐ろしい敵が勝っていたと考えるとゾッとしますよ…』
『死柄木マジ死んで良かった!!ほんとウザイよね。私の親戚も家壊されたし…』
『友達が亡くなりました。最悪!殺人鬼!!ありえないマジ人生めちゃくちゃなんですけど』
『我々はこれから、第二第三の死柄木弔を止める為に、今すべきことをしなくては』
『はぁ?結局あの死柄木がやってたことは、壊す壊すってだけのテロでしょ?そんなことを無関係な僕たちに当てられたってねェ ?』
『破壊が目的の破壊行為なんてのはですねェ !!なんの大義もない!!考えもない癇癪でしかない!!!』
『幾ら過程に問題があったとしても、遺族はそんなの知ったことじゃあありませんって。なぜ罪のない我々まで危険な目に遭わなきゃいけないんだって話ですよ』
『死柄木以外にも仲間っているんですよね?死刑にならないんですか?いつ裁かれるんですか?』
『我々は毅然とした態度で言わなきゃいかんですよ!畜生であると!!!』
テレビの映像から垂れ流されるのは、
あれだけ派手に暴れては、ニュースや記者などそれはもう連日持ちきりになるだろう。話題が尽きないことこの上ない。
それらは全て、死柄木弔の死後――多くの市民による罵詈雑言。
死んで良かった、
死んで当然、
報いを受けろ、
地獄に堕ちろ、
連合の仲間も早く死ね、
家族がどうとか知るか、
私にも家族がいたの、返してよ、
僕の憧れのヒーローを返せよ人殺し、
無限に溢れる暴言のメッセージは、正に死柄木弔の死後の感想でありコレが現実。今いる俺のこの世界こそ異常であり、本来在るべき存在ではないと、殊更現実を突きつけられる。
『なぁ、解るだろう?どれだけ人生変わろうとして前向きになっても、所詮現実なんてこんなものだ。どれだけ頑張ったって、努力したって、結局俺たちのことを死んで欲しいと願ってる奴らは山ほどいる。そんな奴らの後ろ指を受けてもなお、お前は先生をやるって??バカも休み休み言え――そうまでしてやらなくちゃいけないことか?先生って役回りは』
確かに、そうかもしれない。
俺は過去に散々、あんなことをしでかしたんだ。
死んでくれ、死ねよ、そんな風に怨念を向けられるのは当然の理。
況してや俺が原因で、俺のせいで死んだ人間なら尚更だ。
『死ねとは言わない。俺はオマエだからな。だからこそ、先生という役から下りて、ひっそりと誰とも関わらずのんびり生きてたって良い。遺族は許しはしないだろうが、綺麗な心を持つ生徒を前に、罪悪感やら自分の手が穢れてることに、一々悩むよりかは居心地が良いぞ』
甘い提案の言葉が、俺の心を惑わす。
『仮にお前が先生を続けたとして、だ。上手くいくと思うか?お前が思ってるほど世界は優しくなくて、いつだって厳しいのは身に染みてるはずだ。生徒が裏切る可能性だってあれば、俺のことを良く思わない奴だって出てくるはずだ。
華ちゃんを思い出した。
写真を見せて、内緒だよって言って…結局責任を押し付けられた時のことを。
『そもそも責任ってどう取るのかさえまともに解らない俺が、どうやってガキどもの責任を取るつもりだ??アイツらにとっても、俺たちにとってもただの足枷にしかならんだろうが』
「……そういうお前は、どうすんだよ。じゃあお前には解決方法でもあんのか?」
『だからこそ、良い案がある――俺に身を委ねろ、一つになろう』
――は?
今度こそ、素っ頓狂な間の抜けた声が漏れた。
『嘗て――先生の自我が強すぎる個性因子によって、主導権を支配された。俺は憎しみで抗ってはいたが……お前の肉体と、俺の
死柄木弔が渡したのは、黒いカード――クレジットカード類のもの。だがそこには掌が添えられていた。
誰の掌だろう?家族なのか、それとも幻覚的に造られた幻なのか…崩壊を主張した掌だろうか…?
「…言ったろ。俺にはもう個性は必要なんて……」
『だが世の中物騒だ。ガキどもが銃を乱射して、流れ弾一つで致命傷を負うんだろう?それなら護身用に持っていても良いだろう。その崩壊で、俺に刃向かう奴らを崩壊してぶっ壊すんだ。
火宮チナツも言ってただろう?自分を大切にしてくださいって。それが崩壊で自分を守るために使うのだって、解釈を通せば間違ってはないんだからさ』
俺、は――
『これ以上先生という肩書きで自分を抑圧して何になる。我慢して、好きでもないことやらされて、仕方なくの毎日を過ごして…そこに何の意味がある。何の価値もない、どうでも良いことに振り回されるくらいなら、全部ブッ壊した方が楽になれるだろう。
壊した時の開放感は、確かに心が洗われただろう?
仲間たちと一緒に、気に入らないものを全部ブッ壊すと決めただろう?
俺は信じて止まず、たった一つの信念でここまでこれただろう?
それすらもお前は否定するって言うのか?薄情者』
全ての言葉は、嘗て俺が口にしてきた言葉だ。
全部壊す――それだけが俺を救えるのだと。
痒いのが嫌いで、不快で、和らげる為に、壊さなくちゃと言い聞かせてた時もあった。
『俺の力を見せれば、生徒に心配されることもなくなるだろ。辞めるのも続けるのも、好きな時に好きなように生きれば良い。俺のモットーで、お前も生徒に言ってるだろ?好きなように生きていけってさ』
さぁ。と、掌を差し出され、受け取り易い位置に止まった。
まるで俺の差し向ける手を待っているかのように…。エンデヴァー達との激戦区、心身共に追い詰められた時に
過去の囁きは、全て事実であり受け入れなければならない。
人心掌握、または人の心を突き動かす個性に洗脳されているみたいな錯覚だ。
沢山のことを壊して、
大勢の人間を殺して、
ヒーローを壊すために多大な犠牲を産んで、
そんな自分が先生になれる訳ないのは、ここに来た時から…最初っから生きてる資格など――
「もう良い加減にしてください!!!!先生をいじめないでください!!!!」
…と、俺が動き出す前に――怒髪天のつく大声で、泣きじゃくりながら死柄木弔に反論するアロナが、俺を守るように立って両手を広げる。
小さな子供が大人を守ろうとするその姿勢が、アロナの勇気が、まるで俺が父に殴られそうになった時、そうして欲しかった行動を写してくれてるみたいだった。
『……はぁ?何だお前?』
黙って見ていたアロナが痺れを切らし間に入った事に、訝しげに睨みつける死柄木の声は、憎しみに満ちていた。
「どうして先生にそんな意地悪言うんですか!!!先生は…!先生はすっごく優しいんです!!毎日忙しい仕事でも、文句ばっかり垂れても、ちゃんと頑張ろうって前向きに努力して…他の生徒にだって楽しくお話しして…それの何が悪いんですか!!!」
『どけガキ――お前みたいな邪魔なやつ、粉々にしたくなるんだよ。消えろ』
「ヤです!!ヤーーー!!!」
顔をぶんぶんぶんぶん!!と振り回しながら幼く駄々っ子のように捏ねる姿は、俺が幼少期に反抗していた頃の姿と積み重なった。
「先生に意地悪をするもう一人の先生は…ぐすっ……。このアロナが許しません!!だってアロナは…アロナは……先生の生徒であって……先生の秘書ですから…!!」
秘書と言う言葉に、俺は最初に逢った頃を思い出した。
こんな幼い見た目で、時折ポンコツな場面もあるけれど、コイツは俺の大事な生徒であって秘書でもある。
アロナはずっと側に居たからこそ、俺の今までの無茶振りをずっと見守っていたのだ。
アロナから『睡眠時間が取れていないので、少し休憩でもしましょう?』『あーー!アロナなんだか甘いおやつが食べたいなー!…先生、アロナとお茶でもしましょう!』『先生!新作のゲームが予約開始になりましたよ!気晴らしにミレニアムの自治区へ行って見ましょう!』など、俺の体調を気にかけて、アロナなりに気を遣ってくれていたことを、俺は忘れてない。
「アロナは、先生の身に何があったかは知りません!!でも、先生が今までキヴォトスで生活して、シャーレで仕事をして…生徒たちと仲良くなったことは本当なんです!!!それなのに、全部過去を持ち出して、転弧先生を虐めるなんて……そんなの、貴方が先生を否定してるみたいじゃないですか!!!」
そんな人に――先生は渡せません!!
『言いたいことはそれだけか――クソガキ』
崩壊の掌を差し向け、ゆっくりと、ゆっくりと近づいて来る。
バシャ、バシャ!と水を歩く音が不快にさえ聞こえる。
掌の指の隙間から目を丸くしているのが窺えた。
殺意、怒り、憎悪、悪意、それら全てをアロナに向けて凝視する。
明確なる死――キヴォトスに死の概念さえ耳にしないこの世界でも、死柄木の五指に触れれば、曖昧な定義は確立たるものへ改変し…。
「ッ ――――ぁ゛ぁあ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァ ゛!!!!!」
ボゴォ――!!
次の瞬間――腹の底から原型にならない声と共に強烈な拳の一撃が、死柄木の頬に炸裂する。
『……はぁ?』
死柄木弔からアロナを守るように瞬時に前に立ち、その拳を思いっきり前へ押せば、死柄木は虚を突かれたように後ろへと尻餅をついて倒れてしまう。
「……ッ し!!有難うなアロナ――危うく俺、頷きかけるところだったわ。昔の自分の言ってることは嘘偽りない本当のことだから、惑わされちまったよ」
「せん、せい…??」
「けど……本当に有難うな。アロナ、お前すげぇよ。個性も持たずに、他の生徒と違って銃も向けずに、真正面から大魔王に立ち向かおうとしてたんだぜ?もう一人の俺にそんなことする奴なんて、数える程しか居ないんだからさ」
アロナの頭をくしゃくしゃに撫でて、抱きしめる。
小さな身体は温もりがあって、初めて人を抱いた。
そんな資格――俺にはないと頭では理解していても、嬉しかった。
「さっきのアロナ、超カッコよかったよ。イレイザーに負けないくらいな。そんなお前がいてくれたから、改めて目ェ 覚めてスッキリしたわ」
アロナの前で、初めて笑顔を見せた。
その笑顔は志村転弧が抱く憧れの、輝かしい笑顔に似ていて、
こんな俺でも人に安心させる笑顔を作ることができるのか。
「せん、せえぇ……」
大粒の涙が柔らかな頬に伝わり、ふるふると震えていた。
緊迫とした空気、恐怖で支配されていた身体の緊張が解けていく。
口を大きく開け、うわああぁぁぁん!!と泣きべそをかいてる姿は、やっぱり昔の俺を想起する。
『何が、したいんだお前……』
俺たちを他所に尻餅を付いてるもう一人の俺は、殴られた頬を腕で拭いながら、キッと睨みつける。鋭い眼光は殺意を募らせて、どす黒い感情を剥き出していた。それでも俺は怯むことなく、死柄木弔を見下ろす。
『俺の話聞いてなかったか?どうして損する生き方をする――抑圧された人生が嫌いで、大っ嫌いで仕方なくて…だから壊したんだろうが』
「聞いてる、全部知ってる。お前の言葉は本物だし、過去は消えないってことは自覚してる。正直シャーレの業務なんてクソ食らえだってのは、まあ本音だ。ユウカの前でも隠さずに吐露してるからな。でも俺は先生を続けるよ」
『ソレ、本気で言ってんのか?そこまで無茶を通す道理はないだろうが。俺が過去に一度憧れたのはヒーローで、先生じゃない。そして、その憧れも否定された――そんな俺が誰かの先生になんて、なれる訳ないだろ』
――あれはおばあちゃんじゃない、家族を捨てた鬼畜だ!!
――良いか転弧、ヒーローというのは…他人をたすける為に家族を傷つけるんだ!!
鮮明に父の否定する声が、言葉が、感情が
ヒーローにはなれないと否定された。
それが俺で、俺を起因に死柄木弔が誕生した。
小さな小さな積み重ねが、優しい否定が、抑圧されし原始の欲求が暴走した。
否定を受け続けた人間が、どうやって人を肯定して導いていけるだろうか。
なれる訳がない。
罪を背負い、責任すら大人は誰も取ってくれなかった。
「……お前の気持ちも分かるよ。俺がどんな人間だったのか、忘れた訳じゃない。生き方を変えたところで、結局死柄木弔が最後まで戦い死んだとしても、俺が生きてる限り一生消えることはないって――」
『なら……』
「けどさ、お前が俺を間違いだと指摘したように、俺からもお前に幾つか間違ったことを教えてやる。先生になる為には、まずは自分の誤ちを訂正しなくちゃな」
はぁ??と訝しげな声を他所に、俺は口を開いた。
「俺は仕方なく先生やってる訳じゃない――俺は自分の意思で先生やってるんだよ。
死柄木弔は確かに壊す為に戦った、全てを破壊する敵だ。けど、お前が言ったように俺から先生を取り除けば俺は何者ですらない。俺はメソメソ泣いてただけのガキだった。
だからさ、嬉しいんだ。こんな俺でも何者かになれるってのがさ。それが俺の憧れたヒーローじゃなかったとしても、違う形だけど……それでも先生って役職はお前が思ってるほど存外悪くない」
『先生、またこちらの書類間違っていますよ――全く…とはいえ、サボらず懸命に働いてる姿は、初めて先生をやるにしては頑張っている方だと思いますから』
初めて俺と逢った生徒――七神リンは、なんやかんや俺のことを気にかけてくれるし。
『せェ〜んせい!またお手伝いにきましたよ!!あ、また部屋を散らかして!!私はシャーレの当番ですけど、掃除する為に来てる訳じゃないですからね?』
余計なお節介焼いて来る生徒――ユウカは口ではああ言いながらも、何だか俺の役に立つことが嬉しそうで。
『先生、お元気ですか?シャーレで慣れないことばかりだと思いますけど、もしまた暇ができたら、偶には一緒にどこかにいきませんか?気晴らしに温泉とかどうでしょう?心身共にリラックスできると思いますよ』
俺のことを気にかけて、俺に
『先生、この前のドーナツは美味しかったですか?その…また買いすぎてしまったので、お裾分けをしたいのですが…今度トリニティに来てくださいますか?』
ハスミは完璧に見えて、どこか勘違いをして抜けてる一面もある。けど…アイツと一緒に食った甘いおやつは、俺に壊す以外にも負の感情を発散させる方法を教えてくれた。好きなことを探そうと思えるキッカケになった、欠かせない大事な生徒で。
『先生、本日の当番は私ですよね?午後からトリニティ自治区に出張の用事があるとか……もし、宜しければ私が………えっ?その為に当番を振った??――――ッ !あ、ありがとうございます!!あ、いえ…ちょっと感謝をするのは可笑しいですよね、自分が好きで自警団として周辺防衛をしてるんですから…けど、信頼してくれたことには、凄く感謝しています』
スズミは自警団という性質上、俺を守ろうとしてくれる。小さい頃、誰も助けてくれなかった、守ってもくれなかったからこそ、アイツの在り方に有り難みを実感できる。
「俺の生徒は、一緒にいるだけで居心地良い。憎しみが湧かず、俺を受け入れてくれる。アイツらの気持ちに応えたいし、アイツらがいるから先生続けたいって思えてるしな。なにより――嘗て仲間と過ごした日々を、その大切さを忘れないでいられる」
『それはお前の過去を知らないからだろうが!!!人間は醜いものを毛嫌いする!!アイツらがお前の素性を知れば、いずれ市民のように罵詈雑言を吐き散らし、掌を返し裏切ってお前の元から離れて――』
「狐坂ワカモは――俺たちに似ている」
彼女の名前を聞いて、死柄木弔の口から出かかっていた反論の言弾が止まる。
災厄の狐と謳われた七囚人の一人――仮面で素顔を隠し、暴力や破壊活動で、周りに恐怖を植え付けた生徒。
その経歴はさながら、タルタロスに収監されてもおかしくない程の罪人。
そんなアイツが、初めて好意を向けてくれた、ちょっと鬱陶しいけど、それでも俺のためにと尽くしてくれる生徒だ。
「破壊的衝動に見舞われて、後先考えずに気に入らないもんブッ壊して、そんで脱獄した。他の生徒からも毛嫌いされるのは、まあやってることがアレだし仕方ないと思う。……アイツのこと、まだまだ知らないことだらけだけど、それでも俺がアイツの手を差し伸べれたのは志村転弧だからじゃない。過去の
『貴方様と触れたあの温もりは、小さくとも…僅かな時間でも、真剣に心から向き合ってくれた貴方様が初めてでしたの。手を握って貰った時、どこか安心したのは…初めてだからか、それともこれが愛という感情なのか……胸の中が紅蓮の炎の如く熱く滾るのです…♪』
誰にも向けられなかった好意を、俺に差し向けてくるワカモは、ある種他の生徒とは一線を画す、感情の昂りが強い癖のある生徒だ。
憎しみか、
敵意か、
否定か、
どちらか、全部の感情を向けられて生きてきた俺に、心の底から安心する好意的な感情を向けてくれる。
絶対的な信頼を寄せるワカモは、きっと俺が一人ぼっちになっても手を差し伸べてくれそうな…。
『…俺は、あんな風に好意を抱かれたら鬱陶しく感じてブッ壊すぞ』
「違うな――反応に困るからだろ。トガの時だって鬱陶しかったこそあれど、先生なき後は最終的に受け入れたろ。個性面が優れていたからって意味もあるけど、もっと最初の頃はそれすら視野に入れずに壊すとかほざいてたよな」
図星だ。
死柄木は反論できず、またしても歯を食い縛り舌打ちをする。
「結局どれだけお前が俺に意見を述べようと、否定しようとしても、最終的に決めるのは俺自身だ。憎しみが打ち砕かれて、こんなにも世界を見る眼が変わるなんて思わなかったし想像もできやしなかった。だから俺とお前は違う。人間なんてさ、変わっていくもんなんだよ――」
『ふざけんな!!!!!』
死柄木弔が初めて見せる激情は、辺り一面を震わせ、アロナも身体をビクッ !!と硬直させる。
『変わっていくだと…??俺は奴らやガキどものように遷ろわない――!!!!
志村転弧がこの世界で人生をやり直してることが許せない。
過去の自分が遠ざかっていくようで、
忘却の彼方へと置き去りにされていくようで、
志村転弧が普通の人生を歩めば、死柄木弔の存在が全て虚しくなっていくようで。
『お前が選ばれて、俺は選ばれなかった――お前だけ生きてやり直すチャンスは与える癖に、この世界は俺を認知しない!!!結局どこまで行っても死柄木弔は肯定されない!!!!お前は俺を無かったことにして、ヘラヘラ笑って生きるんだろ!!?』
連邦生徒会長は志村転弧を選んだ。
前世で暴虐の限り、破壊の権化として世の中を震撼させた死柄木弔ではなく。
七神リンは志村転弧を知っており、死柄木弔という名を聞いてもピンとこなかった。
それはこのキヴォトス全体が、死柄木弔ではなく志村転弧として存在を認知できるように構成されているに他ならない。
勿論本名だからという意味もあるかも知れない。
然し死柄木弔もまたもう一人の俺なのだ。
『否定だらけの人生――俺はどうすれば良かったんだよォ─────!!!』
ひょっとすれば、死柄木弔もこの世界で人生をやり直したかったのだろうか――。
志村転弧としてでなく、死柄木弔として二度目のニューゲームをプレイしたかったのだろうか。
でなければ、本当の本当にAFOに利用されるだけ利用され、使い捨てられ、何一つ残せないまま消えてしまうから。
死柄木弔とは――全てを奪われるために、全てを与えられた生徒だから。
「そうだな……俺はもう敵じゃない。死柄木弔は最後まで壊す為に戦った――俺はそう割り切って、生きてきた。だから俺はオマエの提案は飲まないし、俺にはもう憎しみなんていらない」
『クソが……結局、俺はオマエにさえも否定されるのか…』
自分で自分を否定する。
自虐的にもなれば、過去と現実の違いに罅割れた歪さが生じる。
人間、そう易々と変わることはできなくても、いざ変わるとなればこうも人間は見違えるのか。
黙って見守っていたアロナが、尻餅をついたまま俯く死柄木を、ただじっと見つめていた。
涙はとうに枯れており、その顔立ちは悲しいような、でもって同情をする訳でもない。幼い彼女にしては珍しく真剣だ。
「……いいや、俺はオマエを否定しない」
『……は?』
素っ頓狂な、間の抜けた声を発した。
そんなもう一人の俺の心境など意に介さず、近付いていく。
「俺は5歳の頃から泣いたまま立ち止まって、俺は
敵連合という組織。
俺達が対峙した舞台。
今までの連なり。
それらは全て死柄木弔だからこそ経験できたものであり、今までの過程がなければ俺はとっくに先生なんてやれやしない。
この世界で生きていくことは愚か、誰かに何かを教えることさえ不可能だったろう。
「オマエは最後まで戦った――全部壊した。オマエは否定ばかり考えてたけどさ、最後は肯定されたじゃん。緑谷出久にさ」
緑谷出久。
ワンフォーオール9代目継承者にして、始まりから終わりまで、最後の最後まで因縁ある敵として戦った。
アイツは死柄木弔には止まって欲しかったと言っていたし、志村転弧を救ってくれた。
誰も頼んでないのに、
助けてなんて媚びてないのに、
赦される人間じゃないのに、
泣いていたから――そうやって崩壊を覚悟の上で、身を削ってでも俺を助けようとした。
最後の最後に、俺たちを肯定してくれた。
「俺は肯定された人間を否定するほど落ちぶれちゃいないだろ。だったらせめて――緑谷出久に顔向けできるくらいになったって良いだろ。戦いが終わりゃあ、後はもう恨みッこなしだ。負けて悔しがって恨み辛みすんのはオンラインゲームで充分だしな」
それに…と、続けて口を開く。
「緑谷出久は一生忘れないって言ってくれた。俺もオマエを忘れる気は更々ない。つぅか、自分自身を忘れるなんて記憶喪失ネタでもない限り、今までの経験を忘れるやつなんているわけないだろう」
『……じゃあ、なんで…』
「俺は憎しみは要らないッ てだけで、オマエ自体を否定するつもりはないっていう単純明快な話だ。寧ろオマエのお陰で俺は存在することができるんだ。
諸悪の元凶、AFO――法律が意味を為さない黄金期の伝説的支配者。
全てはアイツが元凶で、最後の決戦で緑谷出久と共に打ち滅ぼした。
それは紛れもなく、死柄木弔の意志で壊したのだ。
「だからさ、嫌なことばかり数えてないでそろそろ顔を上げろよ。本当に死柄木弔は何一つ意味がなかった、なんてそんなことないはずだ」
死柄木弔は顔を上げる。
俺とアロナをジッと見つめながら
「俺には仲間がいただろ。アイツらは最後の最後まで、俺の為についてきてくれたんだしな――」
段々と暗闇だった上空は、少しずつ晴れていく。
青空が見え、微かに光が差し込む。
まるでシッテムの箱にいるかのような、あの心地いい場所へ…。
「…アロナは、もう一人の先生がなんでそうなっちゃったのか…とか、嫌いなものとか、壊したいものとか…難しい話は分かりません。でも、見てください!!貴方にだって、貴方の大切なものがあったと思いますよ!」
ほら!と死柄木を指で突きながら、後ろを指差す。
流されるまま後ろを向けば、見覚えのある仲間達が、俺たちを見守るように立っていた。
『まっ、なんやかんやで一緒にいて悪くはなかったよリーダー。一応、俺の目的は達成したしな』
荼毘が立っていて、
『私もですよ弔くん!私も好きなように生きて、沢山の好きを知れましたから。私の居場所は連合だけでしたから、最後まで一緒についてこれて良かったです』
トガヒミコが立っていて、
『死柄木、俺はオマエの親友だ。誰が何と言おうと、俺にとって最高のヒーローだった。あの時…手ェ 差し伸べられなくて、御免な――お前とゲームの話できて、同じゲームで趣味とか色々語れて、楽しかったよ』
スピナーが立っていて、
『へいヨォリーダー!!なぁにしけたツラァ晒してんだ!?まるで今にも死にそうな顔してるぜ?元気してっか!?俺、死んじまったから最後までリーダーの役に立たなかったけど、連合の皆んなと過ごせて幸せだったぜ!!ありがとうよ、謝罪しな!!』
トゥワイスが立っていて、
『本当にボスはよく頑張ってくれたよ。俺も連合の皆んなと過ごせて幸せだったし。最終的に俺が託した世直し、結果的には死柄木やリーダーのお陰だしね。俺からも退屈しない日々を過ごせたし、感謝してるぜ』
コンプレスが立っていた。
連合の皆んなが、死柄木弔の後ろについてるように。
死柄木弔のなかには連合がいる。
それだけでもう、全部虚しかった――なんてないだろう。
『俺は………』
「まァ、そういう事だ。ホントに良い仲間に恵まれたよ。利用ばっかだったろうけどさ、全部が全部悪かった――って訳じゃないだろ。俺は、お前を受け入れて、その上で先生やるつもりだ」
受け入れる。
過去の罪も、
苦楽を共に過ごした仲間も、
死柄木弔としての経験も、
全てを受け入れて、その上で未来へ向かって生きていく。
『…前世の全部を受け入れて、この世界でも全部背負っていくつもりか』
「嗚呼、そうだ。連合やオマエ……アイツらやまだ見ぬ生徒達、全部な」
『……なんだよソレ、重すぎんだろ…どんだけだよ…オマエの背中は、そんなに大きかったか?』
「さァな……けど、やってみたい。俺もオマエも、挑戦ごとには死ぬ気でやって、最後まで諦めない性質だろ。どこまでが限界か分からないけど、信念さえあればどんな困難にでも立ち向かえる――そう学んだのも
『………お前のことを信用しない生徒は絶対に現れるぞ』
「だろうな。寧ろそれが普通だろう――先生どころか碌な職歴すらない、社会の塵だった俺がユウカ達に認められてること自体奇跡みたいなもんだしな」
『……生徒が犠牲になるとしたら、どうする』
「俺が
『……この先、まっているのは地獄だぞ』
「前世も地獄だったろ――安心しろよ、地獄の中でも足掻いて見せるさ。最後まで戦ってやるよ」
『…お前を、先生を嫌う生徒だって出てくるぞ』
「嗚呼、だろうな。俺もヒーローやオールマイトが嫌いだった。人一倍なにかを嫌って壊そうとしてた俺が、嫌われるなんてのは想定内だ」
『………本当に、お前は俺を受け入れて、前に進むのか?』
「嗚呼、それに……お前の全部を無駄にせず済むだろう。経験も、努力も、感情も、全てを糧として成長する――」
俺の人生は、先生のせいで滅茶苦茶にされた。
…けど、先生には感謝してる部分もある。
俺を育ててくれたこと、
俺に教えてくれたこと、
俺をここまで導いてくれたこと、
最終目的は俺を乗っ取るつもりだったにせよ、あの人の教育はどれも本物だった。
『死柄木弔――常に考えろ。君は、まだまだ成長できるんだ』
『弔、君は戦いを続けるんだ』
『答えを教えるだけじゃ意味がない――至らぬ点を自身に考えさせる、成長を促す。教育とはそういうものだ』
『縛られるな、恐れるな。君の中にあるものが何より大切なんだよ』
どれも最後に利用し、次の器へ乗り移る為に大切にされていたとしても、あの人の教育自体は間違ってはいなかった。
大事なのは先生の教育を、如何にして自分のモノにできるか。
AFOから教わったことを奪い、俺自身のモノにする。
俺の教えが生徒達の為になるのなら、無駄にだってならない。
空っぽだった俺に色んな思想が紡がれれば、それはもう立派なオリジンとなり、志村転弧の個性となるだろう。
そうして後世に残して、生徒へ導いていけば…死柄木弔も、今までの俺たちも、虚しくなんてならないだろう。
「大丈夫です!!先生なら、どんな困難にでも立ち向かえますよ!!なにせ、このスーパーアロナちゃんがついてるんですからね!!」
えっへん!と胸を張って自慢する素振りを見せる。
死柄木は半ば呆れ、無視をしながら…
『………後悔すんなよ』
「安心しろよ――後悔だって全部俺のモンにして、ここでも成長してやる」
こうして、志村転弧と死柄木弔は手を握った。
五指で触れながらも崩壊が発動しないのは、彼の中でもまた憎しみが消え去ったのか、或いはオンオフ可能でオフにしたのか…これ以上考えるのは野暮というやつだろう。
眩ゆい光に包まれていく。
もう一人の俺が、少しずつ消えていく。
心の底に溜まっていた負目やストレスが、もう一人の自分を通して解消されていくように。
『最後に、忘れんなよ……』
軈て父の
端からみれば同一人物が二人いるようで、トゥワイスの二倍で増やされた気分だ。
そして……
『転弧――有難うね、受け入れてくれて』
ポンッ――と、後頭部に手が置かれた感触。
懐かしい、聞き覚えのある声に、反射的に振り向いた。
『おばあちゃんも、ずっとずっと――転弧のこと、応援してるから。天国で見守ってるからね』
志村菜奈。
初めての憧れ。
ヒーローになりたいと思えた原点。
あの家が生まれたもう一つの原点。
――おばあちゃんも、有難う。
アンタが繋ぎ止めてくれなきゃ、俺は先生に一矢報いることができなかった訳だしな。
『だから、私たちのことも忘れないでね――』
「一生忘れない。アンタもちゃんと背負って、生きていく」
アロナが「えっ…?えっ!?!先生の、お、おばあちゃん!?!」と、此方と幽霊のおばあちゃんを交互に見渡しながら、比較している。
……おばあちゃんの幻も見えるのは、アロナと俺がシッテムの箱の主に当たることにより、認知できるからなのか…。
連合も、過去の俺も、先生の教育も、おばあちゃんの想いも、生徒達も、全部背負って――漸く志村転弧なんだ。
言うなればこれぞ、もう一つの原点ってやつか。
「…前の俺はさ、これ以上否定すんなって言ったけど…訂正する。俺を見ててくれよな」
するとおばあちゃんは『うん…』と、涙を堪えて笑って見せた。
――私は、弧太郎に母親らしいことしてあげられなかった。
その傷が結果として、転弧にまで拡がってしまった。
だからこそ、最後に伝えなくちゃ……教えてあげなきゃ。
『転弧――もし辛い時苦しい時…限界だって感じたら思い出せ、お前の原点を。
死柄木の言う通り、きっとこの先お前に苦難が待ち構えてるだろう。だからこそ、笑顔でいろ。世の中、笑ってるやつが一番強いからな』
ニィ、と笑顔のポーズを作り出す。
よく
せめて…せめて最後くらいは、親らしいことをしてあげたい。
志村菜奈の想いが、転弧の奥底にしまっていた憧れに呼応したのか、奇跡的に祖母と孫が、この遍く奇跡の箱庭で邂逅できたのだ。
例えこれが夢の世界だとしても、精神世界だったとしても良いではないか。
ワン・フォー・オールを最後に継承し、夢の中で先代に会う。
ロマン溢れる神秘があったとしても、この奇跡は誰にも否定できないのだから。
血筋、継承、思想、因縁、運命、遺伝、きっとそれらが二人を出逢わせてくれたのだろう。
「ああ、もうそろそろ…」
おばあちゃんも消えていく。
まだ話したいこと、色々あったけど…これ以上は欲張りで、きっとおばあちゃんも同じことを考えているんだろう。
「皆んな――ありがとう」
『…ハッ、敵の親玉からガキどもの先生か。初めて会った頃からガキ臭えと思ってたんだちょうど良い、今のリーダーはガキのお守りくらいが似合ってんだろ』
『燈矢くんも弔くんを見習ってみては?あっ、本名は転弧くんでしたっけ。ほら、仲間集めの時とか焼いちゃってたじゃないですか。きっと転弧くんを見習えば人望が厚くなるに違いありません。何せ顔が怖いのできっと皆んな逃げちゃうのです』
『死んだ後もうぜぇな。テメェだけは黙ってろイカれ女。お前もあっちの世界に転生してやがれ』
『まっ、けどリーダーは今誰かのために役立とうとしてんだろ?良いじゃん!!俺らみたいにさ、躓いちまった奴がいたら、そいつらが生きれるような居場所作ってくれよな。それだけで、生きててよかったって思えるようになるからさ。なりたい自分、なれると良いな!!いーやなれるさ!だって俺たちのリーダーだぜ!?』
『最後まで敵連合のリーダー、お勤めご苦労様。まっ、リーダーなら何とかなるって俺たちは信じてるよ。連合という舞台は幕を閉じ、次の物語が胎動する。うん!良いね、
『死g……なぁ、転弧。もしよ、俺みてえに異形だのなんだのバカにされて、下を向いて生きてる奴がいたらさ、今度はソイツの味方になってくれよな。俺にとっての憧れはお前で、泥花市の地平線がすっげぇ綺麗だったから…。あ!後…そうだな……えっと、本当は別れたくないけどよ…最後に……ゲーム好きな奴いたら、そいつとも遊んでやってくれ。きっとお前なら言われなくてもそうすると思うんだけどさ…ゲームで友達が作れるように、きっとソイツらもお前がゲーム好きだって知ったら、喜んでくれると思うしよ…。そういう小さなことが、自分にとってすげぇ大切なことだってのも…お前を失って気付けたんだ!!だから…!』
この世界が終幕を迎えると共に、仲間達の幻影も消えていく。
荼毘は呆れたように、
トガは面白そうに、
トゥワイスは相変わらずな様子で、
コンプレスはマジシャン的な言動で、
スピナーは感情で訴えるように、
……前世は、クソみたいな人生で…でもそんな灰色と血みどろの中にも綺麗なものが残っていて…飽きることのない人生だった。
冥界とも呼べた暗闇の世界は蒼天に晴れ、軈て夜明けの空みたく透き通っていく。
朝日を連想とさせる爽快な空気と共に、
「じゃあ、俺たちも行くか……」
「はい!先生!!」
意識と共に、不可思議な空間から徐々に消えていく。
シッテムの箱とは異なる精神世界――夢なのか、神秘の箱庭なのか、ワンフォーオールと似た原理の世界なのか…理由は定かではないが、俺たちはログアウトをするように消えていった。
―――――――――――――――――――――
「………ん」
目が覚めると、窓から朝日が差し込んでいた。
昨日の夜、横に伏せてたベッドの上で目が覚めたということは、矢張り昨夜のは夢だったのだろう。
「すぅ………すぅ……」
…隣で、チナツが添い寝をするように寝ていた。
看病した後なのか、それとも俺の容態を気にしてなのか、付き添ってくれている。
「……お前も大概お節介焼くよな。まっ、回復キャラだし…そりゃそうか」
チナツの頬を優しくなでる。
柔らかな頬の感触は、とても触り心地が良い。
もちもちと肌が吸い付く美肌。
俺の乾燥した肌とはえらい違いだ。
「ん……?」
チナツも寝ている中、さぁ目が覚めたどうしよう…と前を見ると、シッテムの箱の後ろに、何かが重なっていた。
紙切れとカードの感触……取り出してみると、そこには金色のクレジットカードと、一枚の紙切れの写真があった。
「……はっ。アレを単なる夢で片付けるのは、些か説明が付かないな」
その写真は、幼少期の転弧がずっと心の中で大切にしまっていたもの。
――志村菜奈と幼い父の写真だった。
この世界に訪れてから金色のクレジットカードは勿論のこと、前世の写真をこの世界に持ち込んだことがなければ、あの写真は父の書斎に管理されていたので、どっち道過去の俺でもあの写真を持ち出すことだけは不可能のはずだ。
それでもこの世界に一枚の写真があるってことは、これも一種の不可解なオーパーツ――とも解釈できるだろう。
常識が覆えされ、不理解と予測不能な世界が渦巻くのがこの学園都市キヴォトスだ。
この世界は俺を退屈させない。
『先生!おはよう御座います!今日はいつもより清々しい日に感じますね!』
シッテムの箱を開けば、青白い光が画面に照らされる。
アロナはいつも通りに此方に挨拶してくる。
昨夜の夢…なのか、現実なのか曖昧なあの時間…アロナは覚えているのだろうか。
いつもと変わらない、いや…いつもより元気そうな笑顔が見えるのは俺の目の錯覚でないと思いたいが…。
俺が口を開く前に
『あっ、そうです先生!先生に一通の手紙が届いてます!!』
「あ…?手紙?」
『えっと…はい!これですね!!』
アロナがメールボックスのアプリを持ち上げて、ヒョイっと未読メールを開封させた。
【差出人:奥空アヤネ――アビドス高等学校より】
原作の先生( シャーレ ) が助走つけて全力で殴りかかるくらい、なんてこと教えてるんだ 顔梅干し。
甘い言葉でたぶらかし( 黒服 ) 、精神論を持ち出し ( マエストロ )、言葉の定義すら曖昧に揺さぶり ( ゴルコンダ ) 嘘と真実で人を憎しみへ増進させる ( ベアトリーチェ ) 。凄いよオールフォーワン。たった一つの授業だけで生徒を食い物にするゲマトリア全員の個性を転弧にやってるんだから。
もう一つ、なぜ先生が死柄木弔ではなく志村転弧と呼んでいるのか。当時の記憶は拾われて直ぐだったので、死柄木弔になる前のカウンセラー授業(と言う名の洗脳)をしていたからです。やー怖い。
死柄木の前に立ち阻み、大切な人を守ろうとするアロナ。
ナインという凶悪敵を前に、姉を助けようとする活間くん。
これにはイレイザーもほっこり、アロナにハッカ飴(本人は好み)を渡すでしょう。
信用しない生徒=小鳥遊ホシノ
生徒が犠牲=天童アリス
この先の地獄=エデン条約、アリウス、シナシナヒナ
先生を嫌う生徒=Rabbit小隊、FOX小隊、カヤ
今回リアタイでFOX小隊やってる人とかは、かなーーり期待値高まるんじゃないでしょうか。
「次回、砂漠で俺が遭難。早くも脱水症状の危機まじかよ乞うご期待。そしてもう一つ、投稿待たせたから特別エピソードも追加、スイーツ部のギャルとゲヘナの美食家チビが仲良くスイーツを食う。ダブルで乞うご期待」