俺の二度目の人生は、魔王から先生へ   作:トラソティス

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第一章『アビドス対策委員編』
14話『そうだ、アビドスへ行こう』


 

 

 

 

 

 一点の曇りもない蒼く透き通る空と、直視できない眩ゆい太陽の光が、白日の下を晒すように照らす。

 太陽の光を浴びることは健康に良いと聞く。

 鬱病やら精神的なストレスを抱えてる人間には効果覿面で、光を浴びるとビタミンDを生成し、骨の強化やセロトニンという幸せホルモンが分泌――更には睡眠の質も向上される。

 だから幼少期の子供はよく外で遊ぼうと、親によく言い聞かされるのだろう。

 確かに朝日を浴びることは精神上良いのかもしれない。

 

「…………太陽の光がこんなにも鬱陶しいと思えるのは、今までになかったなぁ……」

 

 廃墟ビルの壁に背もたれし、不快そうに愚痴を溢す転弧は、恨むように太陽の光を影から見遣る。

 春の季節だと言うのにこんな真夏のような暑さは異常気象だ。

 況してや人気もなければ見渡せば砂、砂、砂。そして倒壊された建物、砂に埋もれた一軒家らしい屋根や電柱…かつて人が生活していたであろう痕跡が窺える。

 日陰に涼み、影の心地よさに浸りながら、乾いた汗と土や砂で汚れたコートを脱ぎながら

 

 

「…ここ、どこだよ」

 

 ポツリと独り言を呟いた。

 彼はアビドス砂漠で遭難していた。

 

 

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――

 

 

「先生、本当に大丈夫ですか?」

 

「ああ、看病ありがとうなチナツ。お前もゲヘナっつーところで授業と仕事だろう?頑張れよ」

 

 日は遡り、目が覚めた転弧は目を覚ましたチナツに感謝を伝えお見送りをしていた。

 チナツは「えっと…これは…違うんです先生!!容態を確認してぼーっとしていたら寝てしまって…」と、俺に寄り添う形で寝ていたことを弁解していた。何やら慌ただしい様子ではあったが、流石に一緒に寝てしまうことに羞恥心が芽生えたのか、と自己解釈した転弧は「気にすんな」とフォローしたのだが、当のチナツといえば……

 

(転弧先生と一緒に寝たくて寝てしまった……なんて、口が裂けても言えない!!!)

 

 偶然ではなく意図的だったようである。

 最初は容態の確認だけだった。

 寝ていないんじゃないか、私が寝たとこで不意を突くのでは?と疑心暗鬼にもなっていた。

 然し素直にも寝ていたことに安堵しつつ、看病がてら椅子に座り寝顔を眺めていると

 

『………転弧先生の寝顔って、不思議ですね……』

 

 口を開けば冗談か茶化すことか、時折真剣な声色や言葉で話したり、

 時に自堕落的で眠たそうにしたり、

 ドライでクール寄り、

 ゲームで遊ぶ時は子供のようにはしゃぎ、

 そんな先生の寝顔は、とても落ち着いており、普段とは雰囲気も違っていた。

 そんなチナツの想いを他所に、寝ている当の本人は悪夢と呼んでいいのかさえ曖昧な状況に陥っていたとは夢にも思わないだろう。

 

 寝ている先生の頬を撫で、乾燥した肌に触る。

 そう言えばシャーレの部室…汚れていたけれど、肌用のクリームや保湿剤はちゃんと購入していたんだった、と思い出す。

 そこまで酷くはないにせよ、目や唇にも引っ掻き傷( 唇は父親の枝切り鋏で殴られた傷なので正確には違う ) があるので、精神的にも厳しいのかもしれない。

 

『本当に、お疲れ様です……先生』

 

 自分で何もかも背負いこみ、

 嫌な顔を一切せず真っ直ぐ目標に向かい、

 先生として上に立つ者の責任を持ち、

 

 それはまるで…大人なのに、目標というゴールに全力で走る子供のような健気さも兼ねている。

 まるで…――子供大人のようだ。

 

 死柄木弔の初期プロファイリングとは異なり、志村転弧は良くも悪くも純粋だ。

 その純粋さや子供視点に立てる強み、

 子供の味方に立ち、手を差し伸べようとする。

 それが彼をそうたらしめるのだろう。

 

『………よく、頑張ってますね』

 

 段々と母性が目覚めたのだろうか。

 頭を撫でたり、髪を触ったり、寝ているからかいつしか抵抗がなくなり、軈てそうこうしている内に安心感から、眠気に襲われついつい寝てしまったということになる。

 

 

 

 

( とはいえ、先生にバレてなくて良かったです。もしここでなにか突かれてしまえば、アウトでした…… )

 

 と、心の中で一人昨夜を思い返しながら、チナツは安堵の息を漏らす。

 

「…それでは先生、呉々も無茶はしないでくださいね?」

 

「俺にその約束は無理だな――お前はもう知ってんだろ」

 

「先生!?あの、無茶をしているのを見ている私の身にもなって…――」

 

「でも、最低限自分は大切にする――心配してくれるその気持ちは、しまっておくよ」

 

 自分を守らなければ、自分を大切にしなければ

 生徒に教えること、まだ見ぬ生徒、

 そして…生徒の約束すら反故にしてしまう。

 最低限というのが、自分にとってのラインが死なない程度、なのだが…当の本人が聞いたら「それでは解決になっていません!!」と突っ込まれるのは目に見えている。

 

 チナツはムスッ…としながらも、

 

 

「時と場合じゃ誰だって無茶はしちまう。人間はそういう生き物だ――だから、俺が生きてるってことだけでも信じてくれよ」

 

 

 チナツの頭を優しく撫でる。

 先生に撫でられると、不思議と心が落ち着く。

 あうぅ…と、声にならない小さな感情を口に漏らしながら

 

「わ、わかりました!!分かりましたから…!!その、まるで…子供扱いされてるみたいですから…」

 

「いや子供だろうお前……俺にとっちゃあ生徒はみんな子供だ」

 

 俺はまだ二十一歳。

 いや、春の季節なので二十一歳なりたてだ。

 これを雨の日にワカモに話したら「ああ!!貴方様と誕生日が隣…?!つまり、これは貴方様と私が隣同士という神の命運が…!!」など興奮をしていた。

 然も誕生日が過ぎていたので嘆いていた。

 めちゃくちゃ祝いたかったらしい。

 

「改めて、精々頑張れよチナツ――もし激務で耐えれなくなったら、笑顔くらい作ってみろ」

 

「ふ、普通……逆では…」

 

「知らねえのか?教えてやるよ――世の中、笑ってるやつが強いらしいんだぜ」

 

 それを聞いたチナツは数秒ポカンとした後、クスクスッ 、と手で口元を当てながら笑っていた。

 

 本当に、転弧先生は面白い。

 そこら辺の大人とは違い、先生は唯一無二と言わんばかりに独特で、変なところで抜けてて律儀で、面白い。

 その面白さもまた、先生の魅力だろう。

 生徒を飽きさせない。

 

「それでは行ってきますので、せめてちゃんとした食事…取ってくださいよ?」

「今度ゲヘナに顔出す時、給食部ってところに顔出してやる。チナツお墨付きのフウカってやつ探して、美味い飯味わいに行ってやるから」

 

 お見送りをする転弧先生の顔は過労から回復したのもあってか、昨日とはまた見違えるように清々しく、不適な笑みを浮かべて拳を突き出していた。

 生き生きとしたその顔立ちは、初めて会った頃とはまた雰囲気が少し変わったような…それも、良い方向へ。

 

 

 

 

 

 

 チナツと別れを告げた後、少しして転弧は荷造りしていた。

 大きな鞄には飲み物、カップ麺、ハンドクリームや保湿剤、そしてゲーム機( ゲームガールズアドバンスSP 、充電器やらソフト等 ) を入れていき、収納空間はあっという間にパンパンになった。

 

 何故転弧先生が荷造りをしているのか…その理由は…。

 

 

 

 一通の電子メール。

 差出人は奥空アヤネ――アビドス高等学校一年生。

 知らない学園、知らない生徒、そんな見知らぬ生徒からのメールに転弧は無視することなく開封し手紙の内容を読んでいった。

 

 

『連邦捜査部の先生へ――

 

 こんにちは、私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。今回どうしても先生にお願いしたいことがありまして、こうしてお手紙を書きました。

 

 単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。それも地域の暴力組織によってです。こうなってしまった事情はかなり複雑ですが……どうやら、私たちの学校の校舎が狙われているようです。

 

 今はどうにか買い溜めていますが、そろそろ弾薬などの補給は底をついてしまいます…。このままでは暴力組織に学校を占領されてしまいそうな状況です。

 それで今回、先生にお願いできればと思いました。先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?』

 

 一文字も漏らさず、黙読をしていく。

 読み上げてから数秒後、転弧は「アロナ」と声を呼ぶ。

 

『はい、どうなされましたか??』

 

「アビドス高等学校って聞いたことねェんだけど……どこだそこ?」

 

『はい!えっとですね、昔はとても大きい自治区でしたけど、気候の変化で街が厳しい状況になっていると聞きました。どれほど大きいかというと、街のど真ん中で道に迷って遭難する人がいるぐらいだそうです!!』

 

「なんだそりゃ……イマイチピンと来ねェ…それに、過去形と気候変化…か……」

 

 大きな自治区だった、

 気候による変化、

 広大な土地、

 

 これらを推測するに、嘗ては名高い名門校だったのではないかと推測する。

 時代と共に学園や自身の自治区が風化していくというのは、あり得ない話ではない。

 オールマイト登場により極道が解体され、敵犯罪予備軍などという名称が名付ける程に、環境や時代が変化すれば、建物やら学園やらが変わっていくというのは、現実味を浴びている。

 

 三大学園よりやや衰えてるか、或いは同等か…。

 名前すら聞かなかった以上、衰退したことに大きく関わっているというのが妥当な推理だろう。

 

『流石にちょっとした誇張だと思いますが……それより学校が暴力組織に攻撃されているだなんて、ただごとではなさそうですが……』

 

「………反応に困るな」

 

 当事者の俺としては複雑だ。

 ヒーロー社会崩壊の為、

 オールマイトを殺す為、

 雄英の評価を崩す為、

 様々な悪意ある理由で雄英高校に襲撃(ちょっかい)を出した暴力組織(敵連合)としてはなんとも返答に困ることか。

 

『それでは先生?アビドス学校へ出張しますか?どうします?』

 

「遠出、か………気は乗らないが、見てみぬフリはできないよなァ。前世背負ってる俺的に――」

 

 罪滅ぼし、という訳ではない。

 やらねば、という使命感でもない。

 寧ろこれっぽっちで罪が消える訳でもない。背負った業が重すぎる。

 ただ生徒が助けを求めているのなら、助けに行くのが大人の責務。

 困っている生徒を助けるのが先生であるのなら、先生とヒーローの本質には類似点が存在するのだろう。

 

 これも緑谷出久がもたらした、立派な未来の一つでもある。

 

 

「よし分かった。後で荷造りしてから遠出で行くか――ナビ、頼んだぜアロナ」

 

『はい!流石は大人!直ぐに出発いたしましょう!!』

 

 こうしてアロナのナビゲートを頼りに、アビドス自治区まで足を運ぶのであった。

 因みに生徒からの手助け、並びに正式な仕事は初である。

 ここが俺の新たなスタートライン、志村転弧ってやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

「んでコレかよ!!!あ゛ぁもうクソ……ッ!!何が街のど真ん中だ!?!街ッ つーかゴーストシティだろ!!!ほぼ同じ景色…!然も暑い!!」

 

 盛大な声で叫び、愚痴を吐き捨てる。

 暑い、眩しい、苦しい、三トン拍子。

 砂漠の暑さ、異常気象。

 太陽の光がギラギラと鬱陶しく、三日も遭難している為、水分不足で脱水症状だ。

 持ってきた水分も底につき、カップ麺は何の意味も成さず、軽いスナック系の菓子やカロリーバーは口の中の水分を奪ってしまうので逆効果。つまり今の俺は絶体絶命である。

 アロナに救護を呼べ?

 残念――シッテムの箱は充電が切れたので詰みだ。

 この世界、二度目のニューゲームは与えられても三度目もなければリセットは存在しない。

 嘗てクソゲーをやって苛立ちを覚えた感覚に近い感情が込み上げてきた。

 

「……蓄電器、くらいは買っといた方が良かったな…」

 

 いっそのことシッテムの箱に入って海で涼みたい。

 バシャバシャ泳ぎたい。

 俺が最後に泳いだのは太平洋以来だ。いや、…あれは泳いだと言って良いのか真偽は不明だが…。

 

「いや、だとしても可笑しいだろう……なんでどこも店も住宅街もねェんだよ!!!本当にアビドス高等学校ってあんのか!?!」

 

 汗で服が濡れては乾いて、

 シャワーすら浴びれず、

 空腹と水分不足によるストレス、

 小さな小さな積み重ねが、現状嘆いている。

 嘆くことしかできない。

 

「はぁ………ハァ…………怒っても無駄にエネルギー消費するだけだな……」

 

 声を荒げ、叫んでも現状何も変わらない。

 ため息を吐きながら、乾いた喉と口内の乾燥にひたすら不愉快を感じてしまう。

 壁にもたれ、希望を失い、惨めに下を俯く。

 

 

(なんつーか……これ、昔の…俺じゃん……)

 

 

 生命として危機に瀕してるからか、走馬灯のように記憶がフラッシュバックする。

 そうだ、あれは確か……5歳の頃か。

 家族を殺して、道行く通行人からは見てみぬ振りをされていた頃。

 誰からも助けられず、行き場もなく…罪悪感に苛まれながら、ただひたすら帰る場所もなく彷徨っていた頃。

 どこまで歩いたのか、どこへ向かったのか、右も左も分からずに、壊れた家から逃げるように遠い場所へ行き着いた。

 そこは誰からも見えない橋の下――何日か食べ物や飲み物すら口にせず、ただひたすら死ぬのを待ってたな。

 大人ならホームレス扱いになってたのだろうが、幼少の子供が野外で寝泊まりなどしていたら、それこそ異常である。

 ……いや、一度だけゴミ箱の中を漁って食えるもんがないか漁ってたっけ。

 パンを見つけて齧りついた時、不味さと不快感、腐臭にゲロ吐いたな。今思えば寄生虫とかに当たらずに良かったとさえ思う。

 飲み物もなかったし、雨の時なんかは湿気が凄くて酷い痒みだった。

 

 

『もう大丈夫――僕がいる』

 

 

 先生に拾われる前までは、こんな経験をしていたな、と。

 あの時は全部先生が関わっていたとは知らず、初めて手を差し伸べてくれたという安心感。

 自分の犯した罪を許容するかのような抱擁に、優しい言葉を投げられ涙を流したな。

 

 

(………大人になっても、二度目を経験することになるとはな……)

 

 

 疲労と暑さ、水分不足と空腹は、志村転弧を酷く衰弱させた。

 もはやここから戻る計算ルートもない…。

 諦念するのようき、俺はそっと目を閉じた。

 

 

 

 キキーーーッ !!

 物静かな砂漠の世界に、どこにもあるはずのないブレーキ音が耳をつんざく。

 

「ん……ねぇ、あの……その、生きてる??」

 

 此方の生死を伺う声が聞こえ、思わず顔をゆっくり上げる。

 するとそこには、ロードバイクに乗りながら、此方を心配そうに見つめている、獣耳を生やした生徒らしき少女が、俺を見つめていた。

 

 俺を見た後、微かに目が大きく開いた気がした。

 息を呑み、何かを感じたのか…それも数秒後――

 

「えっと、大丈夫?」

 

 跨ってたロードバイクから降りた一人の少女は、俺に手を差し伸べてくれた。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 砂狼シロコ。

 アビドス高等学校二年生――趣味はジョギング、体力トレーニングやロードバイク等、主にサイクリングを全般とした運動には目がない。

 衰退した街、砂漠化現象が進んでいるなか、それでもアビドス自治区に人はいる。

 アビドス高等学校への通勤経路は常人からして見ればかなり、かなーり遠いのだが、彼女の感覚的には軽い感覚だ。

 

 学校へ向かう途中ここから外れた都市では不良のスケバン女子生徒とリーゼントの愚連隊が抗争していたり、ペロロ祭りが開催されていたり、後は『所確幸たるもの!!手始めにここの自治区を掃除というボランティアを装い食材を探すのです!因みにフライドチキンの骨を探した者は私の元へ!!』など……ちょっと危ない連中を通り過ぎ、暫くしてアビドスの街外れで走行中…

 

 

「んでコレかよ!!!あ゛ぁもうクソ……ッ!!何が街のど真ん中だ!?!街ッ つーかゴーストシティだろ!!!ほぼ同じ景色…!然も暑い!!」

 

「!?」

 

 

 一人もいないゴーストシティ化した、砂に埋もれたアビドス自治区に、荒げた叫び声が聞こえた。

 安全ルートを辿ってここを通勤しているのだが、まさか私以外にもここの自治区に足を踏み入れてる人がいるとは…

 声の主が誰かわからない以上、敵なのか否かは別として……ここは遭難者がいるという噂も立っている。

 なのでコレは一種のSOSだと解釈した彼女は、その声の主を頼りにロードバイクを漕いでいく。

 

 こうして、人外れた倒壊ビルの影に人がいた。

 背にもたれ、俯きながら、希望すら見えない大人の姿。

 

「……ッ 」

 

 遭難者だ。

 そう思い声を投げようとした時だった――

 

 

『これ、巻いておきな〜〜』

 

 

 過去の記憶がフラッシュバックした。

 あの頃は冬だったからか雪が降って寒くて、身体がボロボロで、お腹も空いて、自分の名前以外何も分からなかった時……マフラーを巻いてくれた。

 懐かしい…とっても懐かしい記憶が蘇った。

 しかも、顔も知らない名前も知らない大人を一目見た瞬間に…。

 

 これは、一体…なんなのだ。

 まさか、過去の自分と重なって見えるからだろうか?

 状況は、確かに似ている。

 だから過去の自分と彼の状況にフラッシュバックしたのだろうか。

 

 黙っていても仕方がない…と、勇気を振り絞って声に出す。

 

「ん……ねぇ、あの……その、生きてる??」

 

 取り敢えず、生きているか死んでいるかの安否は確認しておきたい。

 少し躊躇いながらも、声を投げた。

 私の声が聞こえたのか、大人はピクりと反応して顔をゆっくり上げる。

 ああ、良かった――生きてた。

 

 そう思った時、顔を振り上げた大人の眼が、私の瞳を見つめ返す。

 なんてことのない、普通のやり取り。

 けど私には一瞬だけこの大人の姿が、この人の幼少期の姿が映し出されたように見えた。

 一瞬にして映されたその姿は、まるで過去の私のようにボロボロで、救われなかった人間のように見えた。

 

 知らない、初めて逢う大人であり人間。

 それなのに…なぜ赤の他人である人間の幼少期が一瞬だけ私に見えたのだろう。

 幻覚?だろうか?

 困惑している私を訝しげな表情に染まっていく大人に、私は…

 

「えっと、大丈夫?」

 

 手を差し伸ばした。

 嘗て、私がそうして貰ったように……何となくだけど、私もそうしなければいけない気がしたから。

 見てみぬ振りを、できなかったから。

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 差し伸ばされた手を握れば、少女の手はとても柔らかかった。…いや、少しだけ皮がしっかりしている。

 恐らくロードバイクのハンドルを握っていたからだろう。どこか鍛えられてる気がしなくもない。

 

「これが大丈夫に見えるか…?」

 

「ん…確かに、助けを求める顔してたもんね」

 

 それは無意識からくる言葉なのか、嘗て緑谷出久にも似たような言葉を言われた気がする。

 記憶が反芻する余韻もなく、少女は握った手を此方へ引き寄せるように、ゆっくりと立ち上がらせる。

 

「私は砂狼シロコ――どうしてあんなところで倒れてたの?誰かの襲撃に遭った?それとも事故……?」

 

「遭難は事故に当たるか…?」

 

「遭難者………そっか。初めて見る人だし、迷う人は迷っちゃうんだよね。それは仕方ないというか……よくここまで来れたね?」

 

 シャーレの交通機関を利用し、乗り継ぎはできたものの、アビドス自治区が利用できる交通機関はバス以外にないらしい。一応、ネフティスがどうとかってのをアロナからチラッと聞いたが…。

 

「いつからここで遭難してたの?」

 

「三日前くらいになるンかな……アビドス高等学校ッ て所に用があってさ。荷物も纏めて遠出の出張したのにコレだぜ??飯も水分も全部なくなった」

 

 残ったのがカップ麺だ。そして熱湯もなければ水分もないので単なるスナック菓子にしかなり得てない。

 こんなサバイバルを経験するとは思ってもいなかったし、連合がいた頃は仲間達で食糧だの水源を確保していたので、仲間たちの存在の有り難みを再度噛み締めた。

 

「んん…それは、かなり災難だったね……けど、こうして助かって良かった。そういえばアビドスに用があるって言ってたけど……どう言った件なの??」

 

「あ、シロコは知ってんのかアビドスって場所。なら教えてくれ――なんか助けを求められてさ、暴力組織だの…支援物資だの、色々と」

 

「ん…!?それってアヤネが連邦捜査部に出した依頼のやつ…?なら、ひょっとして貴方がシャーレの先生…」

 

 点と点が線になったと言わんばかりに、成る程と合点がいく。

 見知らぬ大人がアビドス砂漠で遭難。

 ホームレス、という線は一瞬だけ考えたが荷物を見た限り何かしら出張したモノと伺えた。

 そして今回、身内でしか知らない手紙の内容を第三者が理解している限り、この人こそシャーレの先生で間違い無いだろうと見解した。

 どうやら連邦捜査部『シャーレ』――連邦生徒会長が選んだとされる大人は、頼りになってくれる。見捨てないでくれた。

 

 

「アヤネを知ってるってことは、シロコもアビドスの生徒か……丁度良かった、話が早い――俺をアビドスまで案内してくれよ。もう喉もカラカラで、砂漠でオアシスを探す暇も余力もないんだよ…」

 

「オアシスは昔、祭りやらプールは存在してたみたいだけど、なくなっちゃったんだって」

 

「なら掘るか、俺たちで独占しよう」

 

「ふっ……」

 

 先生の間抜けな言葉に、不意に小さく笑ってしまった。

 

「あのね先生、ここは元々そういう場所だから、食べ物がある店はとっくになくなっちゃったんだよ。というか、私がここに来る前からそう…だった」

 

「………マジかよ。確かに人気のない場所に店を携えてんのはあり得ないか」

 

「郊外の方に行けば市街地があるから。けど徒歩でここまで来れるなんて……初めてこの土地に足を踏み入れたにしてはやるね」

 

 軽く親指を立ててグッジョブサインを送る。

 シロコは「あ、そうだ…」と何かを思い出したように、シロコは携帯用の水筒のキャップを取り出す。

 

「はい、これ。エナジードリンク――ライディング用なんだけど、今の手持ちはこれくらいしかなくて…」

 

「!?エナジードリンク…!!マジかシロコ!!」

 

 エナジードリンク。

 徹夜のオトモ、

 ゲームの仲間、

 仕事必須アイテム、

 転弧からすれば喉の渇きや脱水もあることから、喉から手を伸ばすようにシロコの「でも…」という言葉が喉から出る前に受け取って飲む。

 

「あっ――」

 

 口付けになるよね、私も少し飲んじゃって…。

 そう言おうとしたことも束の間――シロコが口に付けた水筒を、口を付けて飲んでいく。

 喉を鳴らし、枯れた水分を補給していく。

 …分かる。喉が渇いてると、その渇きに目先の飲み物に必死になって喰らいたくなるのは。

 当の本人はエナジードリンクを飲みまくってるからかもしれない。糖尿病になる危険性はこの二人だ。

 

(これ……間接キスになる、よね??)

 

 水分が枯渇して後先考えずに飲んでしまうのは、分からなくもない。

 だからこそ、ここで「ん、これ私が口つけた」と言ってしまえば驚かせてしまう。

 ……なのでシロコは言わない選択肢を取った。

 

「ンクっ、んく゛…っ。ぷはッ ――ああ!生き返った……数日ぶりの水分だ…!!枯れた花に水やると生き返るッていうが、マジなんだな。然もエナジードリンク好きなんて、お前見る目あるぜっ。今度お礼にゲームやらせてやるよ」

 

「んん…ゲームがなにかよく分からないけど…あ、ありがとう?」

 

 転弧なりのお礼の表現がゲームである。

 シロコにとってはイマイチよく理解ができない様子で、疎い部分が曝け出す。

 だが、少なくともこの愉快そうな先生は悪い大人とは違って、面白くて…そして、エナジードリンク愛好家に悪い人はいない。

 

「とりあえず、どうしよっか?」

 

「ああ、案内してくれ……助けるッ つって遅くなっちまったが…大丈夫だよな??」

 

「ん、辛うじてね。けど弾薬も少なくなってきたから、底が見えて厳しいかも……ってそうじゃなくて。んっ、と…あのね、先生。どうやってアビドス高等学校へ連れて行こうかなって」

 

「あ?どうやってって……自転車乗せてくれるんじゃないのか?」

 

「ごめん、これ一人用なんだ」

 

 生まれて初めて人数制限を言われた気がする。

 確かにロードバイクは基本一人用だ。

 シロコの背中に乗っかるなど危険運転この上ない。

 ひょっとしたらシロコが「あっ」とロードバイクの体幹がズレて俺が落ちたら間違いなく事故になる。

 ふーむ…と顎を手で添えながら、さてどうしたものかと悩みに耽る。

 

「ん、私が背負ってあげようか?」

 

「お前は何を言ってるんだ」

 

 大人が子供を背負うことあれど、生徒(子供)先生(大人)を背負うってどんな絵面だよそれ。

 細目でジーっ……と睨む俺に、シロコは「ん、ふ…っ、それもそうだね」とやはり軽く笑う。

 ……俺のこと、面白い大人って見られてんのかな。

 

「でも……先生は私たちの現状を聞いて、知って、駆けつけに来てくれた。脱水や空腹もあるなか、無理はさせたくないから。それに…」

 

 

 するとシロコが背伸びをして、

 

 

「助け合うのに、年齢とか必要ないよ。だから安心して――」

 

 

 よしよし、と俺の頭を優しく撫でる。

 薄水色の髪を撫でられて、序でに汚れた服の土埃を払ってくれる。

 

 ああ、この世界は俺を肯定してくれる…――先生のような欺瞞じゃない。目を見て、心の底から、俺を受け入れてくれる。

 

「…分かった、シロコ。お前ロードバイクで軽めに漕いでくれ、俺はお前の後ろを全力ダッシュしてやる」

 

「ん、いいの?なんだかジョギングみたいだね?先生、トレーニングとかしたことある?」

 

「限りなく近いことはやった。極限まで追い込まれるッ てのは、まあ慣れてるッ 」

 

 よいしょっ、と転弧は鞄を担ぎ、軽くストレッチを施す。

 身体の鈍った筋肉を再活動するように、んん゛〜〜っ!と背伸びをする。

 

 …不思議なものだ。

 初めて会った大人…シャーレの先生。どんな人かと懸念していたが、そんな心配する悠長もなく、簡単に打ち解けてくれる。

 それはきっと、ホシノ先輩と似たナニカを感じているのだろうか。

 

「じゃあ、行こうか――」

「まずは第一エリア――突破してやるぜ」

 

 シロコの掛け声に頷くように、先生は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 こうして、連邦捜査部――『シャーレ』の正式たる仕事が始まるのだった。

 伝え忘れていたけれど、遥か先の未来――俺が砂狼シロコと雌雄を決する、キヴォトスの命運を握った闘いをするなど、夢にも思わなかった。

 

 

 

 






…あんな悲痛な経験させてから自演で「僕がいる」してたのマジ???


ん、私が来た。

えーシロコちゃん。何気に「死柄木弔がしてほしかったこと」「もし誰かが手を差し伸べてくれてたら」を、助けられたからというベストアンサーで手を差し伸べてくれました。ひゅーー!!これはメインヒロイン!!


「次回、お眠りさんが盾を持って全力全身!今だアイツの攻撃をジャスガしろ!乞うご期待」
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