俺の二度目の人生は、魔王から先生へ   作:トラソティス

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皆んな有難う!ありがとーう!!




5話『シッテムの箱』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワカモと無事交渉成立?することに成功した俺は、デスクに足を置きながら休息を取っていた。リンの伝達が正しければ、シャーレの部室へ来訪し、『とある物』の確保。

 こう言う時こそゲームさえあれば…と、ゲームやスマホ中毒者独特の感情が溢れてしまう。

 

「先生!ご無事でしたか!?」

 

 剣幕とした声は息切れており、慌てながらもこちらまで走ってきたのだと、彼女の息遣いからして見解できる。

 

「お前……通信切りやがって…。人が話してる時はせめて終わってから切れ。確認しろよ、これから大人になる子供だろう?」

 

「あ……はぁ、すみません……私としたことが……いえ、というより待ってて下さいと申しましたのに…」

 

「人の話を聞かないお前が悪い」

 

 だからと言ってそれが待たない理由にはならないにしろ、刻一刻と争う緊急事態でもあった。

 

 先に壊されたら負け、取られても負け。

 

 残される最終手段は実力行使であり、仮に災厄の狐と敵対することになれば、それはもう多大なる犠牲を払うことになるだろう。

 シャーレに駆けつけたのだって、ワカモと交渉が成立したのだって結果論でしかない。

 結局、自身で賽を投げなければ結果は訪れない。

 どっちにしろ不安要素があるのは否定できないし、どちらにも確実なる安全性は確保できなかった…。

 

 だから――ギャンブルにでた。

 

 そうせざるを得ない状況下であり、万が一…億が一、今回の目当てである『とある物』になにかあれば、取り返しのつかない事態になる。

 なってからでは遅いのだから。

 だから生徒達には信じて欲しい――そう伝えたし、リンにも伝えたかった。

 と言うか仮にリンが来たところでワカモを刺激させるだけだし、逆効果になるわけだ。

 リンの心情からして居ても立っても居られないのは、余程心配してたのだろう。

 彼女がユウカ達四人と同じ実力者だろうと、そうでないにしろ、連邦生徒会長代行である彼女なら尚のこと、火に油を注ぐ結果となってしまう。

 なので最善策が、俺の取った行動である。

 

「荒らされた形跡はなし…と。ふぅ…先生の反応を見た限り、どうやら私の心配も杞憂に終わったようですね…」

 

 俺の反応を見てそう読み取れるのなら、真実を吐いた時どんな顔色浮かべるんだお前…と、心の中で呟きながら、敢えてワカモと邂逅したのを伏せておく。色々とややこしくなるだろうし、聞かれなかったと言う体で話を進めることにした。

 

「……それはそうと、デスクの上に土足で寛ぐなんて…随分と礼節が成ってないんですね?」

 

「このまま壊されなかったよりかはマシだろ。どっかの潔癖症みたいに一々気にすんなって……」

 

「潔癖症じゃなくても普通の人は気にするんですよ」

 

 黒い笑みを浮かべながら、今すぐにでも下ろせッ。と雰囲気で訴えてくる七神リンに、目を細めながら渋々足を下ろす。

 

「で?本題に進めるわけだが…肝心の『とある物』ってなんだよ。名称を伏せておくあたり、相当なブツだと推測した」

 

「ああ、少々お待ちを……えっと、確かここに…」

 

 記憶を頼りに、リンは使われてない奥のデスクの引き出しの鍵を開け、調べている。

 …一方で、空中に浮かぶ怪しげなオブジェには目をくれない辺り、矢張り『とある物』を指していたのはコレではないのだろう。……あれ、マジでなんなんだ?

 

「ありました…幸い、傷一つ御座いませんね。これです――転弧先生、受け取ってください」

 

 デスク内に収まる程のサイズ。それを手に取り確認するリンを察して、どうやら問題なさそうだ。

 リンに言われるがまま、目を向ければ…

 

「…Huh?端末??」

 

 タブレット――端末として使われ、元いた世界と遜色ない、何の変哲もない電子機器。

 散々苦労して、ギャンブルに賭け、ユウカ達が苦労して手に入れた結果がこのよく使われてる端末である。

 まさか成功報酬が機械端末だとは夢にも思ってなかったせいか、正直この状況でどう反応すれば良いのなら…と思うのも束の間――

 

(……いや、待てよ?逆にタブレットってことは、何か機密事項とか…そう言う記録とか、情報とか…国家機密的な、知られると不味い情報でも残されてるのか?)

 

 別の思考回路に至る。

 確かに何の変哲もないタブレットであり、汚れの無い新品のまま。昔先生に「弔、君が欲しいと言っていた最新型のタブレットだ。これで好きなように遊びなさい」と買い与えられたタブレットのそれ。

 そんなものを『とある物』と名称を隠し、態々大事に保管されてるのだから、それくらいは当然だ。

 成る程……それなら確かにタブレットと態々公言せずに、回りくどく手渡しして方が安全ではあるな。

 

「……これが俺の端末だったらなぁ…」

 

「?いえ、これは連邦生徒会長が転弧先生に遺した『シッテムの箱』です」

 

「…は?シッテム……なに??」

 

 聞きなれない言葉、そして聞き逃さなかった言葉に、一気に困惑してしまう。シッテムの箱――確かに彼女はそう言った。

 聞きなれない単語…それに加えて「連邦生徒会長が俺に遺した」とさえ言ってきた。

 連邦生徒会長とは一度も邂逅したことがないにも関わらず、やれ俺をキヴォトスに連れてきた だの、シッテムの箱を遺した だの…。まるで俺がソイツと出逢えないような、認識が不可能な言い方に、怪訝そうに目を細めてしまう。

 

「……俺は一度も連邦生徒会長と会ってないのに…まるで遺言というか、それこそ未来でも予知してるように、こうなることが予測できたかのような感じだな」

 

 ここまでくると、連邦生徒会長とは何者なのだろう。そう思うのと同時に、俺を利用して先生のように物事を円滑に進めたいんじゃないかと錯覚してしまう。

 なんで見ず知らずのソイツが、俺にここまで執着するのかも…理解不能だ。まるで予測していた道が起動するかのような…そんな感覚だ。

 

「すみません……私も連邦生徒会長が突然行方を眩ませてから、そう言った意図は聞き取れず…」

 

 …事件性に巻き込まれたか、単純に職務放棄したくて消えたか…何者かに命を狙われた結果俺に全てを遺したのか……考えられる線は幾つもあるが、現段階では答えは見つけられない。

 まるで曇りに纏われてる気分だ。

 

「一見普通のタブレット端末に見えますが、実は正体不明の分からない物です。製造会社、OS、システム構造、動く仕組みも全てが不明――」

 

「……得体の知れないモノを俺に渡すってマジ??」

 

「連邦生徒会長が遺したというのを忘れずに…先生」

 

「ああ、そうか……いや、だとしても…普通、躊躇ったり抵抗しちまうだろ、こう言うの…――シッテムの箱って、どう言う意味だ?」

 

 だからこその不可解なオーパーツとも言えるのだろう。タブレット端末に見えて、それが実は中身は全く別の何か…なんて、今までに体験したことのないシチュエーションに、困惑してしまう。

 シッテムの箱――連邦生徒会長が名付けたのだとしたら、一体どんな意味で名付けたのだろうか。

 

「連邦生徒会長は、この『シッテムの箱』は先生の所有物であり、これでタワーの制御権が回復できると言っていました」

 

「………そう言う仕組みにはなってる、ってわけね…」

 

「私たちでは起動さえできませんでした……然し、所有権を有する先生になら…」

 

「連邦生徒会長お墨付きの俺なら可能だと?成る程……つまりコレは、生徒には扱えないが、俺に遺した以上…俺にしか扱えないように細工を施したってことか。大方、犯罪予防や盗難された際のセキュリティ強化と言ったところか?抜け目がないなホント…」

 

 連邦生徒会長という人物像がイマイチ掴めない、あやふやな感覚ではあるが、こういう遥か先を見据えた展開を、予め用意する周到な緻密さや、抜け目のない超人らしい部分がある辺り、先生(AFO)に似た何かを感じる。

 

(起動は……まあ、いつも通り触ってみるか…)

 

「……私は、下がっておりますね」

 

「おい待て下がるな一緒にいろ。なんで正体不明なタブレット渡されて、また一人にされなきゃならない?お前も身近にいた方がコレが一体何なのか解るし一石二鳥だろう。それともなにか、お前がいたら不都合な理由でもあるのか?」

 

「そう言うわけではございません…。ただ、シッテムの箱を起動する権利が先生にある以上、私達が介入する訳にもいかないのです。ですので…どうか…この先の全ては、先生に委ねられております」

 

「…そいや、学園都市の命運を賭けた仕事って言ってたな。もしかしなくとも これのことか」

 

 頑なにリンが拒否をする辺り、無関係な人間がいることは不都合な理由を表すのだろうか。

 確かに生徒達では起動すらしないと言っていたし、先生にのみ遺したというのであれば、先生以外に知られてはならない、機密的事項が遺っている可能性が極めて高い。

 そんな貴重品を代行とはいえど先生以外に知られてしまうのは、会長としてもこの不可解なオーパーツとしても、不本意なのだろう。

 

「…まあ、そう考えると…そうか。というかタブレットとか端末機器の場合、所有者以外が目ェ通しちまうと情報漏洩とか、プライバシーの侵害とか、そういうのにも繋がっちまうもんな。気にしたことねえけど…」

 

 ハッ――と、軽く笑いながら納得した転弧に、リンは軽く頭を下げ「失礼します…それでは…」とご武運でも祈るかのような含みのある言葉を残して、部室から去っていった。

 

 転弧は改めて、慣れた手つきでタブレット端末の電源を入れる。

 幼少期の頃、先生に買い与えられ触ってた端末のように、懐かしい感覚に耽りながら起動する。

 

 

 

 

【… Connecting to the Crate of Shittim…】

 

 シッテムの箱接続中…

 

【システム接続パスワードをご入力ください】

 

 途端――タブレット端末式の正体不明のオーパーツの液晶画面から、透き通る様に文字列が浮かび上がる。

 パスワード要求。

 大抵スマホやタブレットを起動すると、最初に浮かぶセキュリティは0〜9の数字を打ち込むこと。

 然し自分が有してる知識とは違い、文字入力のパスワードを追求された。

 成る程…確かに構造は違うようだ。なんて思う束の間もなく、パスワードなど知る訳がない。

 連邦生徒会長と邂逅した記憶も、真実も、結果も、全てこちらとしてはないのだから、知らないに決まっている。

 じゃあ無理だ――これならば初期化案件の積み…と言うのだろう。

 なのに、だ。

 何故かパスワードの記憶など、無いに等しいにも関わらず、まるで最初っから知っていたかのように、自然と指が動きだす。

 まるで誰かに身体を乗っ取られて操られてるかのような錯覚――然し自分以外の誰かが介入してることもなければ、裏で操り人形のように操作してるとは思えない。

 電源を入れた途端――存在しない記憶から呼び出すように、聞き慣れない言葉を入れていく。

 

【我々は望む、七つの嘆きを――我々は覚えている、ジェリコの古則を――】

 

「ッ――――」

 

 入力を終えると、自分は珍しく言葉を失った。

 自分でタップ入力しておいてなんだが、この奇妙な感覚は味わったことがない。

 先生に身体を乗っ取られたり、個性因子の自我や精神的症状、霊障的なオカルトが作動してるわけでもない。

 パスワードなんて知らないし、聞いたこともないのに、入力したのだ。

 例えるなら、他人の端末パスワードなど知らないにも関わらず、直感で入力して成功したような、なんとも言えない奇妙な体感だ。

 

 

【……接続パスワード承認。接続情報は志村転弧先生、確認できました】

【シッテムの箱へようこそ、志村転弧先生――生体認証及び認証書生成の為、メインオペレートシステム『A.R.O.N.A』に変換します。】

 

 

 QED──証明完了。

 

 

 蒼く透き通った、優しいブルーライトの光を放つ液晶画面に照らされながら、認証許可を得たシッテムの箱から再び文字が浮かび上がる。

 意識ごと吸い込まれる感覚と、優しく全てを包み込む光に身を委ね、シッテムの箱は志村転弧を通して起動した。

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 電子音が鳴り響いたその次の瞬間―――景色が一変した。

 さっきまでシャーレの部室にいたはずなのに、気がついた時には何処までも あお、青、蒼――優しく、海や空に包まれたような、全てが蒼く透き通った美しい世界。

 

 気が付けば俺は、青を象徴とした水浸しの教室にポツリと立ち尽くしていた。

 

 空き教室――壁が一部破壊されており、そこからは地平線と呼ぶにも等しい、青海が一面に広がっている幻想的な風景。

 床は生ぬるい水に浸っており、空き教室全体が浸水している。

 木製の勉強机や椅子は並んでいるも、何故か壊れた壁の外側には、適当に乱雑に積み上げられた木材の机や椅子が何重にも積み立てられ、少しでも刺激を与えれば崩れ落ちそうだ。

 太陽の光、曇りなき蒼天、天国のような大海原の地平線、優しく包み込む心地良さ……不快感のないそれは、生まれて初めて体験する…。赤子が抱かれてるような、優しく肯定する世界。

 

「……マジかよ、精神世界ってやつか?それともシッテムの箱による不可思議な体験…現実か?こんな摩訶不思議で奇妙な体験するなんて…前世でも今世でも、そう言うのに縁があるんだな俺」

 

 OFA・AFO――個性因子による激しい感情の衝突。

 互いの因子が呼応したことによって、緑谷出久と死柄木弔が、精神世界に干渉したように。

 実在と非実在が曖昧な幻想的な世界――紡がれ次世代へと託された俺たち二人と、初代OFA、7代目継承者の志村菜奈、そして先生(AFO)――初めて精神世界へ介入した記憶が想起する。

 

 先生に身体を乗っ取られてから、自我を失わないよう必死に足掻いたり、抑え込む無数の手の中から志村転弧である原点が自我を取り戻そうとしたり…。

 ――それらを通し、現実と精神が曖昧な境界線に佇むことは幾つかあった。

 然し、このキヴォトスという学園都市に訪れてから、また別世界に介入する体験をするとは…一体どうなってるんだか。

 

 パシャリ、パシャっ…――ガラリとぽっかり空いた教室を歩けば、水の音が耳朶を打つ。

 アロマセラピー的効果のある癒しは、波の音をBGM代わりに使うことで、精神を落ち着かせることがあったり。

 

 我ながらキヴォトスという不思議な世界に訪れてから、一気に不思議なことばかり遭遇する。決して退屈という訳でも、迷惑という訳でもないにせよ、この世界は俺を飽きさせない。

 タブレット模型の端末を起動させた途端に、謎の空間へ転送された俺の心境はいかんせん、戸惑いと困惑、安息と平穏、興味と呆然、色んな思想と感情がぐっちゃ混ぜになり、絵の具のような心情を表していた。そこは対して問題ない――そう、問題なのは…。

 

 

 

「すううぅぅ……むにゃ、むにゃぁ……えへへ……」

 

「で、肝心なのは…この意味不明な精神世界の中で、なんでちびガキが教室で一人、居眠りこいてんだ」

 

 

 

 正体不明なタブレットを渡されて、パスワードも分からず入力し、意味不明な精神世界へ訪れて、んで現在俺の目の前には高校生とも中学生とも呼べない、小学生くらいの幼い子供がぐったり、机に突っ伏しながら心地よく寝ていた。

 

 なんだこの展開――不理解に不理解を重ねれば意味不明な展開だろ、と内心呟きながら目を細める。

 

「……つぅか、ここって…シッテムの箱の中身ってことか?そりゃあ…タブレットなんかとは全く別物だわな。とはいえ、前世で色々体験してきた俺でも、状況は上手く飲み込めないな…」

 

 なぜ俺だけにしか与えられてないシッテムの箱の中身に、不思議な女の子が眠っているのか。

 俺以外起動不可能な箱に、少女がいるということは監禁されてる状態なのではないか?

 監禁されてるとしたら、学園都市の命運を握るのはコイツのことか?

 

 なんて、接続的な結論に至った。

 憶測でしかないので、正解でも不正解でも変わらないが、起こさないことに話は進まないと直感で理解した。

 

「おい…ッ。お前、起きろ」

 

 肩をゆすり、少女の眠りを解こうと催促の声を投げる。

 しかし、へんじがない。

 

「…爆睡こきすぎだろ。アレか、寝る子は良く育つってやつ?ホント、ガキだな…」

 

 今度は両肩をゆする。

 少し強引ではあったが、これで大抵眠りから覚めるはずだ。

 

「…んぅ…んん…?ん〜……カステラには…いちごミルクより、バナナミルクのほうがぁ……」

 

「聞いてねえ…」

 

 揺らしてみた結果、寝言を呟かれた。

 因みに俺はカステラには緑茶が良いんだよ。……よくおじいちゃんが気を利かせてくれたとき、おはぎの他にも甘いお菓子とか出してくれたからな。華ちゃんと一緒に仲良く食ってたっけ。

 甘い物つったら渋いものだろ普通…。

 

「えっへへへへぇ〜〜〜……」

 

 …そろそろ埒が明かないので、本格的に起こすことに決めた。

 

「おら、災害だ。起きろッ――」

 

 ガタガタガタガタガタ!!!机を大袈裟に左右に揺らすことで、地震が起きた時の動作を真似てみた。

 すると突然のドッキリに「きゃわあぁぁぁあ!?!」と、静寂な空間を打ち破るような悲鳴が轟いた。

 よく子供が眠りこく友達を驚かせるために使う手法。ガキっぽいやり口だけど、この年頃だとこう言うのやるだろ。

 

「わあぁ!!?地震!えっとえと、こう言う時はまずは「おかし」を…ああ!その前にまずは机の下に……って、あれ?地震は…?」

 

「いいや、現実だぜ。おはようさん、寝坊だぞ」

 

 慌てふためく純粋無垢なガキが、あたふたしながら目を醒めると、漸く認識したようだ。頭をポンっ――手を置き優しく髪を撫でていく。

 

「あれ、あれれっ?あれ!?この空間に入ってきたということは…ま、まさか――志村転弧先生!?」

 

「名乗ってもないのに俺の名前は確認済み…か。いや、シッテムの箱が、俺を通さないと無理なんだよな。知ってて当然か……」

 

 矢張り、名乗ってもいないというのに本名を他人に知られていると言うのは、むず痒い気がする。

 自分の名前でさえ聞き慣れないのも、ずっとずっと家族や友達の二人以外に、今まで呼ばれることがなかったからだ。

 

「わ、わわわ!!もうこんな時間…!!えっと…えっと!あの…!えっとですね!取り敢えず落ち着いて、落ち着いて…!!」

 

 お前が一番落ち着け――と心の中で吐露する転弧。とはいえ、純粋で無邪気な子供を見ていると、なんと言うか…華ちゃん以外に出逢ったことがないから、斬新な気分だ。

 幼女は頬を赤らめながら、自ら晒した醜態を挽回しようと必死になっているようだ。

 

「あ、あのあの…!そうだ!まずは自己紹介からッ!

 ――私はアロナ!このシッテムの箱に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシスタントする秘書です!」

 

「秘書?お前が??」

 

「あぅ…!そんな疑いの目を向けないでください!アロナちゃんだって、やればできる子なんですから!!」

 

 こんな小さな子供に「私が秘書です!」なんて言われて驚嘆と疑問を抱かない人間がいるのなら、是非紹介を願いたいくらいだ。

 とは言え、自分の常識とは相違のある異世界――ひょっとしたらアロナみたいなちびッこいガキでも優秀なサポートをしてくれるのかもしれない。

 ……そう考えると、側近の黒霧も相当優秀な部類だったな。

 

「それにしても…やっと、やっと会うことができました!!先生が来るまで、私!ここで、ずっとずうぅ〜〜〜っっと!先生のこと待ってましたよ!!」

 

「…………爆睡してたのは俺がくるまでの冬眠的本能ってやつ?」

 

「私は動物じゃないですよ!?そ、それに…待ち続けてつい、居眠りしてしまったというか……はっ――!ああ〜〜〜〜〜ッッ!!そう言えば、転弧先生!さっきアロナに悪戯しましたね!?!」

 

「怒るところ今更??」

 

「い、言う機会がなかったんです!!それに、そう言う悪戯はよくないです!もし間違ってカステラ落としちゃったらどうするんですか!」

 

「眠ってもカステラは譲れないんだな。なんだよ、こう言うの流行ってないのか?こういうのあるあるだろ」

 

 小さい気もするが、些細な日常のやり取りが、人の青春をより甘美にさせるのだと思う。まあ…生まれてこの方 青春時代を送ったことがないので、最近の子供がどういう風流で教室内で友人と嗜んだり、どうでもいい遊びをするのかは知らないけど。

 

「………システム管理者ってことは、ようするにシッテムの箱の…バーチャルアバター?秘書っていうことだから、俺ら世代で言う端末のナビゲーターとか…」

 

 シッテムの箱を常駐するメインOS――システムを管理、制御、統括することを担うオペレーションシステム。ソフトウェアやパソコン系統などの電子系に備うツール機能がアロナだとすると、彼女は人間ではないと言うことだろうか?

 いや…だが彼女にもヘイローが浮いている。オマケに機械系統にしては人間的な感情が豊かであり、カステラなんて人間が食うものでさえ夢を見ながら涎を垂らす始末。

 ……流石の俺でも理解の範疇外だ。ではなにか――俗に言う擬人化というやつだろうか。バーチャルアバターとか、そういう小難しい話になっていくのだろうか。

 

「あっ、まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが…。改めてこれから先、頑張って色々な面で先生のことをサポートしていきますね!!」

 

 バージョンとか言い出したぞ…なんてどこかメタ的な発言をされたことに内心ボソッと突っ込みを入れる。

 とはいえ、チュートリアルを終えてから右も左も分からないキヴォトス――そんな自分を身近で支えてくれると言うのは、なんと言うか心強い。例え相手が小さな身体を持つ女の子だったとしても、こうして頑張ろうと言わんばかりに差し向けてくる笑顔は、悪くない。

 

「あ、そうだ!早速…形式的にではありますが、生体認証を行います!」

 

 するとアロナはその小さな体を近付けて、グィッ――俺の顔に近づけようとアップしてきた。なにか言葉を発する前に 小さな人差し指をピトッ、俺の胸元にツンツン、と指を当てる。

 まるで小さな子供が、大人に構って欲しそうな態度。

 

「少し恥ずかしいですけど、形式的ですので仕方ないですね!ほら、私の指に先生の指を当ててみてください」

 

 どこまでも無邪気な子供は、恐れを知らず、にっこり笑顔を見せてくる。

 それが凄く輝かしくて、今まで向けられたことのない優しい笑顔が、俺の心を燻っていく。

 ガキの頃に華ちゃんと一緒に遊んだり慰めてもらったり、みっくんとともちゃんと一緒にヒーローごっこをしていた、懐かしい子供に戻っていくかのような錯覚さえ感じてしまう。

 アロナを見ていると、まるで子供の目線に立っている気がしてならない。そう思うのはきっと――あの時泣いていた、全てが狂ってしまったあのシーンから、志村転弧としての本当の俺が止まったままだったからだろう。

 

 大人になっていく過程で、大人として必要なコトを拾えずに、先生に渡された部屋に閉じ込もっていたから…。

 だから、こんな小さな子供の一つ一つの笑顔だけでも胸が打たれるのは、やっぱりガキの頃から大人になっていく過程で「友達がいなかったから」だろう。

 …当然、友達はたった一人だけいる。けれど、それとこれとは話の方向性が違うと言うわけで。

 

「うん、わかった」

 

 心なしか、どこか子供っぽい口調だな――なんて思いながら、アロナの指に指を当てる。

 

「うふふ、まるで指切りをして約束してるみたいでしょう?」

 

 ニッコリ、目を瞑りながら穏やかな笑顔を向けた後、生体認証を行う為に指紋を確認しようと、再びを目を開けると――

 

「へッ――?」

 

 一瞬だけ、大人の転弧先生は――ボサボサの黒髪に染まった小さな子供の姿と重なった。今とはまるで別人のような容姿に、何故メインOSであるアロナが、何故 5歳児の志村転弧と重なったのか、未だに理解が難しい。

 エラー…?幾ら身体が低いバージョンとはいえ、そんな不都合なことが起きるわけではないと言うのに…。況してやそのような不具合など起こりうるはずが…

 

「で?この後どうすれば良い?」

 

 なんて再び転弧先生の言葉に「はッ――」と我に帰る。

 思考回路を遮断し、意識を向ければそこにはいつもの転弧先生が居た。特にバグが生じたとか、変な意味で幻覚でもみてたわけではないようだ。

 気のせいだったのかな?なんて言葉で片付けたアロナは改めて指紋認証を確認する。

 

「……なんつうか、アレだな。前に見た宇宙人の映画のワンシーンを再現してるみてェだ」

 

「そうでしょう!実はですね、これで生体情報の指紋を確認することで、認証を確り行なっているんです!」

 

「……そこは端末なんだな」

 

 指紋認証でパスを通す――昔の端末式ならまだしも、今じゃ最新技術で即フェイス認証で許可を得てることがほぼ占めている。

 

「はい!これで認証完了です――お疲れ様です先生!!」

 

 にぱっ!と満面な笑みを浮かべるアロナを他所に「これで良いのか…」と終わったことを確認する。

 小難しいことをさせられるよりかは、単純で手間かからず、やり易くて助かるが…――かと言って指同士で触れ合って終わりというのも、なんと言うか釈然としない。

 

「…こんな簡単に終わるもんなんだな」

 

 学園都市の命運とやらが、こうもアッサリ片付くとなると、なんか達成感がないというか…。いや、先刻の戦いでも充分に命を危険に晒してる行為なので、運が良かっただけで もしワカモとの交渉が上手くいかなかったら きっとこうではなかっただろう。

 結果良しとはいえ、過程を振り返れば意外と危うい状況下であったのだと改めて実感した。

 

「そうだ。肝心なことを忘れるところだったぜ――」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「成る程、事情は分かりました。つまり、連邦生徒会長が行方不明になり、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなったと…」

 

 ことの顛末を話し終えると、アロナは納得したようにこくりと頷いた。

 急激に増えた犯罪率、不法流通、ミレニアムの風力発電所のシャットダウンなど、数々の異常事態――そして、連邦生徒会長の失踪。今回の問題を余すことなく全て説明した。

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが…連邦生徒会長については殆ど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも…」

 

 全て説明した上で、連邦生徒会長とは何者だったのか――姿を眩ませた彼女が遺したシッテムの箱で情報を引き出そうとしたが、どうやら無駄だったようだ。

 ……まるで生徒会長の存在自体が雲隠れにでも遭遇したかのように。

 キヴォトスという広大な学園都市の世界――数千もの学園が知ることなく、彼女が消えたのだ。

 これは幾らなんでも可笑しい、それと同時に凡ゆる情報を遮断し、一切自身の存在を悟らせず、追跡させない緻密なやり方も、先生(AFO)とそっくりだ。

 まあ…現実なんてそう上手くいかないよな…なんて、希望的観測の期待を捨て、しょうがないと落胆せず無言を貫く転弧に、アロナはバツが悪そうに頭を下げる。

 

「お、お役に立てず、すみません…」

「いや、いいよ――お前が悪いわけじゃない。分からないもんをこれ以上教えろっていう方が酷だろう」

 

 それにアロナが嘘を吐く道理がない。

 シッテムの箱も管理者以外触れないように隠されていた挙句、他者に存在を知らせない為にも、敢えて情報を残さなかったという線を考えれば分からなくもない。

 

「ですが、サンクトゥムタワーの問題は私がなんとか解決できそうです!」

 

 挽回しようと、瞳の奥をキラキラと星様のように輝かせるアロナは、役に立ちたそうにうずうずしている。

 

「ああ、俺には何がなんだかサッパリだ……じゃあ、解決の方頼むぜ秘書(アロナ)――」

「はい!任せてください!それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権利の修復を開始いたします!――少々お待ちください!」

 

 そう告げると、アロナは目を瞑り、待つことほんの一秒………。

 

「…――サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了。先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今、サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります」

 

「修復早えな………サンクトゥムタワーっていうのが、具体的にどれを指して、何の意味があるか知らないが……」

 

「サンクトゥムタワーというのは連邦生徒会の本部であり、キヴォトスを管理する中枢部となっております!」

 

「……数千もの学園を統括するシステム…。治安維持を継続させるためには必要不可欠な存在ってことであってるか?」

 

 俺の質問に「はい!」と元気よく応答する。

 …そいやリンが「行政制御権を失った状態」と言っていたな…本来なら正しく機能していたのを、最終取得者である連邦生徒会長が失踪したことでその権利が正しく機能せず、結果的に混乱を招いたと言うことか…。

 

「はい!ですので今のキヴォトスは先生の支配下にあるも同然です――」

 

 なんて傍観的に聞いていた俺は、アロナの言葉に目を丸くした。

 行政制御権、キヴォトスを統括するシステム権利――治安維持や凡ゆる問題を解決する為の法的な権利…学園都市の莫大なる権利と権限。

 全てが俺の掌中にあるということだ。

 

 …つまり、この世界の王――好きなように、どのような権利をも乱用できると言うこと。

 連邦生徒会が黙っていられないだろうが、そんなもの関係ないと、自分が想うがままに、求めることも何もかも全て、サンクトゥムタワーを悪用することができると言うわけだ。

 

 それはまるで…

 

 

『これは僕が最高の魔王になるまでの物語――』

 

「……嗚呼、そうか――先生。アンタが求めていたのは、こう言うのだったんだな」

 

 

 オール・フォー・ワンが夢に見た理想とする世界だった。

 全てが自分の掌の上にあり、凡ゆる権利も権限、行政、法律、全てを都合のいいように利用し転がし、己の望む未来へ独自に作り替え、秩序を保つこと。

 イニシアチブを取れる土壌を形成し、全ての人間の未来を自分へと治めること。

 深刻な問題を解決する代わりに、一生自分へ尽くさせる為の隷属として。

 自分の為に行使する力を与える契約を交え、代わりに不履行者には殺処分の執行を許す権限を。

 弱者には慈悲を与え、歯向かう者には制裁を。

 ああ――正に裁定者(魔王)だ。

 自由自在に権限を扱えるというのは、簡単に欲望で人を堕落させてしまう。

 

 まさか、こんなチュートリアルが終わった報酬として、簡単に先生が望んでいた未来を手にしてしまうなんて。

 

 

『そりゃあ…くれるって言われたらもらうよ』

 

 

「せん、せい?どうしたんですか?そんな…悲しそうな顔して…」

 

「……俺、本当…今までなにやってたんだろうな…」

 

 志村転弧はオールマイトの意志を削ぐ為の駒であり、終わりを迎える身体を捨て 魂のみを継がせる為の器であり消耗品に過ぎない。

 屈強な身体を手にした俺は、先生が手にする為の道具でしかなく、俺に意志など関係ない。

 死柄木弔という仮面も 偽りの自分(憎しみ)を演じていただけ。奥底にある原点をしまい、志村転弧という存在を、死柄木弔という偽りで蓋をした。

 

 俺の生前は、苦しみと絶望を味わっただけの…無価値な人生だった。

 

 平和の象徴への嫌がらせ。たったそれだけのために、志村転弧は生まれて、死柄木弔として作られた。

 

 

 憎しみを打ち砕かれ、全て先生の掌の上で転がされていたことを知って尚、改めて突きつけられる事実――志村転弧はどこまで行っても先生の土台に過ぎず、成り立たない。

 そして、志村家に生まれた俺は、俺としての意味などない。

 

 死柄木弔は全てを壊す為に生まれた。

 最期に死んで、それで完成されて終わりだと――どこか傍観と楽観的要素が抜けきれなくて、生を終えた。

 だが――今の俺は…死柄木弔を継いだ志村転弧なのだ。

 

 

『こう考えてみよう。人の生命(いのち)も、進歩も、努力も――一切が自分の手中にあると。握って壊すか、転がして弄ぶかは君が決めて良い』

 

『憎悪と愉悦を重ねられたら、君は自由だ――』

 

 

「……いや、今の俺にそんなの、要らないんだ――」

 

 

 支配とか、魔王とか、憎悪とか、悔恨とか、そう言うのも全部いらない――今の俺には、先生って呼んでくれるアロナがいるように。

 ワカモのようにどこか放っておけない生徒がいるように。

 短い間だけど、見ず知らずな俺を先生と呼んでくれるユウカ達がいるように。

 

 今の俺は、第二の人生を歩んで 自分を作っていくのだ――空っぽだった自分が先生として、もう二度と同じ過ちを繰り返さないためにも。

 同じ嘗ての自分を産まないためにも、生徒を確り見なくてはならない。

 

 そして…生徒と一緒に、自分を作っていきたい――これは紛れもない、志村転弧が自分で選んだ道であり、俺の意志だ。

 あの時から止まってしまった原点(あの家)から、泣いていた少年は立ち上がり、もう一つの未来へと歩いていく。

 

「アロナ――サンクトゥムタワーの権利は、元々あった場所に返してくれよな」

 

「っ!はい――!でも、本当に大丈夫なんですか…?制御権を渡してしまっても……」

 

「ああ、分かるよ。不安なのも……。もし、悪用するやつがいたら総出で説教だ。それに…よくよく考えてみろ。俺みたいな右も左も分からない初心者に渡されたところで統括なんてできねぇよ…。俺は裁定者になりたいんじゃない――今の俺はさ、お前らが先生って呼んでくれる、志村転弧なんだよ。もう、魔王なんて肩書は必要ないからさ」

 

 それに、頑張るって決めたんだ――俺は悪意を持って人を壊してきたけど…今まで一度も自分の信念を捻じ曲げたことも、自分の言葉を破ったこともない。

 

 頑張るって決めた以上、生徒達と一緒になんとかしないとな。

 

 もし先生(AFO)がいたらこう言うだろう――『君が選んだ道は茨だぜ』と。

 楽してゲームを攻略するよりかはよっぽど良いだろう。

 

「少なくとも、ガキだろうと大人だろうと俺はよく反抗ばっかだったよ」

 

 ポンっ、とアロナの髪に手を置いて、クシャクシャと乱雑に撫でる。

 んぇっ、と顔をくしゃりと崩すアロナに「大丈夫、なんかあった時は俺が責任取ってやる」と、笑顔で答えた。

 

「分かりました!それではサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

 

 その言葉と共に、気が付けばシャーレの地下室に立っていた。

 先程まで佇んでいた精神世界に等しい『シッテムの箱』の異空間から脱した俺は、改めてタブレットの液晶画面を見つめる。

 そこには先ほど立っていた空間が映し出されており、どうやら俺はタブレット内に入っていたようだ。

 …どんなオーパーツだよ全く。こればかりは俺がいた世界でも、こんな構造のある工芸品なんて存在しないと言うのに。

 

「どういう原理だ全く……こういうのは、慣れないんだよなぁ……」

 

 チャンネルのように、意識がパッと切り替えるのは未だに不慣れである。

 まず俺と言い緑谷と言い…精神世界を体験しているということ自体が異質なのである。

 因みにアロナもシッテムの箱に存在しており、にぱ〜っと明るい能天気な笑顔を浮かべてやがる。

 

「先生――サンクトゥムタワーの制御権の確保、確認できました」

 

 すると、リンがいつの間にか部屋に戻っていたようだ。

 どうやらシッテムの箱と外の世界の時間は一緒のようで、時差の異変は起きないらしい。

 

 

「これで、連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められます。お疲れ様でした――キヴォトスの混乱を防いでくれたこと、連邦生徒会を代表して深く感謝します」

 

 

 …事件を解決して、誰かに感謝されるのって…こんなに温かいものなのか。成る程…そりゃあ、ヒーローってのは人を救けたくなるわけだ。

 逆に救けてくれなかった人間からすれば、どうやって救うのかも分かんないもんな。

 

「ああ、けど感謝するならさ…ユウカ達にも言っといてくれよな。アイツらも、遠出で駆けつけて、結果的には救けてくれた訳だしさ。俺からも頼むよ」

 

 転弧先生の言葉に、リンは物珍しそうに目を丸くする。暫し沈黙の後に…「そう、ですね。彼女達がいなければ先生は…」と、なんとか自己解釈して頷いた。

 因みに停学中の不良生徒や、他のダツゴク生徒は連邦生徒会が討伐に向かうそうだ。他にも何やらワカモ以外の凶悪なダツゴク生徒が行方を眩ませたらしい。

 

「それではシッテムの箱は渡しましたし、一つ目の役目は終わりました」

 

「Huh?まだあるのかよ?」

 

 嘘だろう?と言いたげな転弧を他所に、リンは表情を変えずに口を開く。

 

「ついてきて下さい――連邦捜査部『シャーレ』をご紹介致します」

 

 

 

 ―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「ここがシャーレのメインロビー…転弧先生が主に活動する部屋となります」

 

 

 彼女の言われた通り、無言のまま廊下内をキョロキョロと見渡しながら辿り着いたのが、即ち俺の仕事部屋である。

『空室、近々作業予定』と手書きのペンで記された貼り紙が窓ガラスに貼り付けられており、シャーレのメインロビー室内にはパソコンやデスク、教材やらソファ、テーブル、本棚などの家具が置かれているのが伺える。

 つまりここが自分の新しい拠点になるってわけか。

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」

 

「……仕事部屋っていうけど、具体的にここは何すりゃあ良いんだ?」

 

「そうですね…業務内容の前に軽く説明からお話ししますね。転弧先生が使用するこの部屋は、シャーレの部室――シャーレは権限こそありますが、目標のない組織なので…特に何かやらなきゃいけない、という強制力は存在しません」

 

 …へぇ、正に俺の性に合った部室じゃん。

 何者にも縛られず、自分たちが好きなようにやって、好きなように部室で働く。そういうアットホーム?的な方面も悪くはないな。

 

「キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です…」

 

「ミレニアム、トリニティ、ゲヘナ、百鬼夜行…だったか?なんつーか……改めて先生としての意味が俺の想定していたのと違ってくるのを知る度に、すげぇ役職任されたもんだと思ったよ」

 

 ほんの一時的にキヴォトスの支配下になったり、他の自治区から先生と呼ばれたり、一つの学園の担任先生という固定すらない辺り、見ず知らずの俺を先生と呼ぶあたり、俺が考えている先生としての価値観は全く別であり、重みがある。

 

「面白いですよね。捜査部なんて呼ばれておりますが、その部分に関しては連邦生徒会長も触れておりませんでした。つまり――なんでも先生がやりたいことをやっても良いってことですね。まさに、自由奔放…自由らしさのある先生にはお似合いかもしれません」

 

「……最高の褒め言葉として受けておくよ。なおさら、頑張らなくちゃな――」

 

 自由…か。

 連合の俺たちも、好きなように生きて好きなことしてきたんだもんな。

 今度は違う自由のやり方で、俺は俺らしく…もう一人の自分作りに頑張ってみるよ。

 

「はい。連邦生徒会も現在…行方不明となった生徒会長を探すためにあちこち人員を向けており、捜索で手一杯…。先生のお手伝いができず、申し訳ありません――ですので、連邦生徒会への苦情が押し寄せてくると思います。もしかしたら、時間が余っているシャーレなら、この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね」

 

「………なぁ、リン。俺は今日からさ…デデデンリングとP◯5を購入して、全ての暇な時間をそこに費やそうと思うんだ。それなら暇じゃなくなるか?」

 

「本当に暇な時間を沢山有していて良かったです――これならきっと、連邦生徒会長も喜んでくれるでしょう」

 

「聞いちゃいないな――早い話ゲームやってねえで働けよ、と…」

 

 

 丁度欲しかったゲームの発売日は、野宿だのオンボロなプレハブだの…アジトを転々としていた金欠の頃だったので、スピナーと一緒に諦めていたのだが…。

 つぅか、肉体系ならまだしも…こういう事務処理的な仕事は俺の柄じゃない…ていうか専門外だろ。

 

「その辺りに関する書類は、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください」

 

「…気が向かず読まなかった場合は?」

 

「…………」

 

「その黙ったままニッコリ笑顔浮かべるのやめろ」

 

「はち切れんばかりの怒りを抑えてるんです」

 

 額に青筋が浮かんでおり、モモカの怠慢な態度並みに腹黒い感情を抑えている。そしてそんな怒りを向けられても物怖じせず無関心そうな顔で正直に話す転弧。

 もし一部の連邦生徒会の生徒が佇んでいたら逃げ出すことこの上ない。

 

「……あのなぁ、リン――頑張るつっても方向性が違うんだわ。生徒の悩みは…あー…まあ頑張ろうとは思う。けどな、先生なんて経歴ない俺でも書類仕事は流石に無理だろ」

 

「…はぁ、そのことでしたらご心配なく。マニュアルも御座いますので、其方に目を通して下さい。最悪、他の自治区からも生徒を呼べるのです。手伝ってもらうなり、やり方は自由なので……せめて先生としての問題を…――やるべきことをやって下されば、後は好きにしても良いのですから…」

 

 ため息を吐きながら、やれやれと困り果てたような疲労を浮かべるリンは「もしまた何かあれば連絡致します――」と言い残し、シャーレ部室を後にして去っていった。

 

 

「……で、今日からここが俺の住む城か」

 

 

 ポツン…一人だけになった転弧は、パソコン前の椅子に腰をかけ、ぐったり背筋を預けるように怠らけた姿勢をとってしまう。

 後でこのビル一棟を全体的に見渡してみようと考えている。地下室の他にも、探ってない部屋があったので丁度良い。

 このシャーレは、全てが始まった否定だらけのあの家とは違い、俺を肯定してくれる、欠かせない居場所だ。

 

「…問題ね。ハッ――あの世界で何回も死ぬ経験味わってんだ……どんな困難にでも立ち向かってみせるさ」

 

『モンちゃん!僕はね、いまどんな困難にでも立ち向かえる気がするよ!』

 

 ガキの頃も、こんなこと言ってたっけ。

 まあ…問題の解決も、生徒がどうするかも…結局は頑張り次第――だからな。

 前までとは違って、個性とは無関係なこの世界…壊して解決じゃないんだ。

 

 まあ……やってみなきゃ分かんないよな。

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

「先生!お疲れ様です!サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認しました!」

 

 取り敢えず 護衛の見張りをしていたユウカ達に無事を伝えるよう報告がてら、足を運んで伝えにいくと既に耳に入っていた情報のようだ。

 

「お前らこそ、護衛ご苦労さん。何からなにまで悪いな。ハスミもスズミも…有難うな」

 

「いえ…。先生が単独でシャーレへ潜入したと聞いた時は焦りました…。ホント、武器も持たずによく一人で入るなと…警戒心がないのかと思っておりましたが、チナツさんとユウカさんの話を聞いて、本当に…大人ってすごいなと…」

「私も…思わず地下室へ走り込もうとしましたが…ユウカさんもチナツさんも、先生を信じて欲しいと仰っておりましたから…。心配で居ても立っても要られませんでしたが…ご無事で良かったです…」

 

 どうやらスズミとハスミも、監査から戻ってきた後ユウカの話を聞いて猛反対したらしい。

 それでもこの二人が説得してくれたのは大きい。

 

「全くです…。まあでも、先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。SNSで話題になってしまうかもしれませんね?」

 

「ああ、そうなのか……有名人か。向こうでもこっちでも有名人なんて…世の中の晒されモノに変わりはなしってか」

 

「こら、あんまり調子に乗ってるといけませんよ〜?SNSの情報網って凄く広くて、あっという間に世間に知れ渡っちゃうんですからね!!有名人になりすぎて 天狗になったりするんですから、気をつけて下さいよっ」

 

「浮かれてるっつーか…全国で注目晒してたから今更と言うか……別に調子にも乗ってなければお前らと会う前なんてSNS以上に話題だったはずだ。昔は注目浴びたいが為に、ステイン(他人)の足引っ張ってたけど」

 

「…???」

 

 またしても先生の普通じゃない異次元でぶっ飛んだ発言に、ユウカは困惑する。というか流石に今のは冗談…というか、話を盛ってる気がする。というかほぼ高確率で嘘を吐いてるなと感じてるユウカに、ところがどっこい本物は紛うことなき事実である。

 

「これでお別れですが…もし時間が宜しければ是非、トリニティ学園へいらっしゃって下さい――正義実現委員会一同、歓迎致しますよ。もし宜しければ連絡を…」

 

「ハハッ、正義から歓迎か……昔の俺からじゃ考えられない言葉だな…」

 

 ハスミの誘いに笑いながら、お互い端末を取り出し連絡を交換。

 …ここではモモトークっていうのがトークアプリでの主体なのか。

 

「先生、私からも良いですか?と言っても…自警団任務で何かしら先生と都合が合わない時はあると思いますが…」

 

「ああ、ハスミと一緒の学園なら、用事が会った時にでも会えそうだしな…問題はねぇよ……」

 

 スズミとも連絡を交換し合い

 

「その…先生、もし良ければゲヘナ学園にいらしたときは是非とも…。今日のことは風紀委員会にも報告しておきます。多少問題行動ばかり多い学園ですが、私たちの良いところも確り見て欲しいもので…」

 

「ああ、分かったよチナツ――じゃあエスコートはお前に任せようかな」

 

 少々恥ずかしそうに連絡を取ろうとするチナツともモモトークで連絡先を交換し

 

「先生!その…トリニティ、ゲヘナに続いて――ミレニアムのセミナーである私からも!!もし何かあった時とか、困ったことがあれば駆けつけますから!…ふふッ、今回のこと…ノアにも自慢しちゃおうかしら」

 

「じゃあユウカには仕事の手伝いして貰おうかな…初心者講座っつーか、御手本というか…お前、そういうのすげぇ得意だろ。頼りにしてるぜ――」

 

 こうしてユウカとも連絡先を交換した。

 転生してきて全て失った自分だったが、シッテムの箱が今までの端末以上の役割を持っているので、助かったと思っている。

 

 ユウカは満更でもなさそうな表情で、ニコニコしている。

 …ポーカーフェイスとか、苦手そうだなぁ…なんて感想を抱いてしまうくらいには。

 

 

 其々の生徒が各学園へ戻っていく背中を見送りながら、空を見上げる。

 すっかり蒼天だった青色の世界は、夕暮れの色へ染まっていき、夕陽が昇ってきた。

 ここへ転生した際の時刻が何時からだったか不明ではあるが、それでも優しい夕焼けの空は、今日の騒然としたチュートリアルの終わりを告げていた。

 

「……ああ、そいやワカモとも連絡取りたかったな…」

 

 そうすれば、いつでもお話とかそういうのできたのに…なんて心の中で愚痴のように零ながら、再びシャーレへと戻って行った。

 

 今日という悽絶な一日を終え、第二の人生を歩む転弧の第一歩。

 ここからが、俺のスタートラインだ――

 

 

 

 

「………」

 

 とある街中――ビルの物陰。

 

「ああ…あああ…転弧様。なんて…素晴らしい殿方に出会えたのでしょう…このワカモ。貴方様のことで胸がいっぱいでございます…」

 

 仮面を外した彼女は、容姿端麗――傷ひとつない綺麗に整った美貌は、人を虜にしてしまうだろう。

 そんな彼女がたった一人、キヴォトスの外からやってきた先生の虜になっているのだから、人生とは本当に何が起きるか分かったものではない。

 

 

「貴方様に握られた手は…片時も忘れません…――」

 

 

 あのお方に握られた手が、とても…とても優しくて、どこか心がすっと落ち着いたのだ。

 連邦生徒会にどう復讐して憂さ晴らししてやろうか…なんて考えが、もうどうでも良くなるくらい。

 そんな考えも、計画も実行すらも要らないほど、貴方様のことで胸がいっぱいで、熱い想いが止まらない。

 

「もし、貴方様さえ良ければ……一生隣に寄り添いたい所存で御座います…」

 

 こうして、厄災の狐――狐坂ワカモは再びビルの闇深い通路へ走り去っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 






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「次回、ユウカが俺の時間をちょこっとどころか結構頂く乞うご期待」
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