"放課後、屋上で待ってます"
"今日の放課後、屋上で待ってます"
登校してきた私を待っていたのは、そんな一通の手紙だった。
最初は果たし状か何かだと思ったのだが、果たし状にしては文体がかしこまりすぎている。
ふと、天啓が舞い降りてきた。そう、これはラブレターなのだ、恋文なのだと。
ラブレターなんて初めてもらった、と浮き足立ちそうになった私は、しかしすぐに冷静になった。
まて、これはイタズラの可能性もあり得る。いやしかし、それは排除して良いだろう。その場合傷つくのは私だけだろうから、気にするだけ無駄だ。
私は机の中に入れてあった差出人不明の恋文を、誰にもバレないように懐に仕舞った。そろそろ授業の始まる時間だ。
時が経つのは早いもので、あっという間に放課後だ。
元々荷物の少ない私に帰り支度なんてものはなく、ペラペラの鞄を手に、屋上へ全力疾走した。相手を待たせるのは失礼だからな、決して楽しみだからではない。
「猫間!!廊下を走るな!!」
「すんませーん!急いでますんで!」
屋上前の階段に辿り着いた。あのドアを開けたら、差出人が待っているのだ、と考えると、何だか緊張してきた。
何度か深呼吸をして、意を決して階段を一段一段踏みしめて、ドアへ向かう。
ドアの前に立ち、錆び付いたドアノブに手を掛ける。鍵はかかっていない。
ギィィ、と音を立ててドアが開く。眩しい夕日に、思わず手をかざす。屋上には、すでに人がいた。
「待ってたよ、藍華」
そこにいたのは、私の親友の立川ナイアだった。
「………え?」
立川ナイア。
艶やかな黒髪を持つ、絶世の美少女。高い身長に抜群のプロポーション、才色兼備の私の最高の親友。顔にある大きな火傷痕すらも魅力の一つと言っても過言ではない。
そんな彼女が私に、私なんかにラブレターを送るなんてありえない。万に一つ、億に一つもありえない。
「君に恋文を出したのは、私だ」
そんな私の考えを打ち砕くかのように、ナイアは言った。
「……あっ、藍華のことが、……好き、なんだ」
震える声で、今にも泣きそうな表情で。
ふっ、と息を吐いて、意を決した加尾で続けた。
「ちょっとしたことでも真剣に悩む藍華が好きだ。他人の幸せを心の底から望んでる藍華を幸せにしたい。でも他の人に笑顔を向けるだけで、胸が痛くなる。私は藍華の特別になりたいんだ。もう、友達のままは嫌なんだ」
私への思いを吐露したナイアの言葉を、私は考えた。愚考した。
ナイアは、私のことが好きと言った。
聞こえなかった振りは出来ない。やってはいけない。そんなことをしたら、私は私を許せないだろう。
だが、それでもこれだけは言わなければならない。
「ナイア、ナイアの気持ちは伝わったよ。でも、私なんかには、ナイアが好きになってくれる程の価値はないんだ」
そうだ。私なんかを好きになってくれたナイアは、もっと素敵な人と幸せになって欲しいんだ。私はその報せを、手紙で知る位でいい。
「こんな風に、人の好意を否定する様なヤツは、好きになっちゃダメだよ。ウダウダと、否定の言葉を並べるヤツは、嫌いになった方がいい。それにさ、女の子同士って、やっぱりダメだよ。ナイアに迷惑かかっちゃうよ」
「ッ!」
何がナイアの逆鱗に触れたのか、私を壁に押し付けて、顔の横位に手を、ダンッ、と叩きつけた。ハッと顔を上げる。そこで初めて私は、ナイアが泣いていることを知った。
「私はそんなとこも好きだっつってんだよ、いい加減にしろよ。私は、藍華のことを思っているだけで、とても幸せだ。これ以上の幸せなんて、アンタとじゃなきゃ絶対に掴めない。……私のことが嫌いならさ、いっそキッパリと断ってくれよ。それなら、いや、それでも諦められないな」
泣きながらも、本心を言いきってどこかスッキリした様な表情のナイアを見て、私はもうおかしくなりそうだった。
いや、おかしくなったのだろう。本当なら隠していた本心を、口に出してしまったのだから。
「……やめて、そんな風に真っ直ぐ私を見ないでよ。私がナイアを嫌いなんて、そんなの天地がひっくり返ってもありえないよ」
震える声で、私はそんなことを言っていた。いつの間にか涙も流れていた。
一度口を開いてしまったら、もう止まらない。もう止まれ、と口を閉じようとしても、言葉は飲み込めない。
「私だってナイアが大好きだよ!でも、ダメなんだよ。私の貴女への思いは汚れてる。純粋じゃない想いは、叶っちゃダメなんだ」
私の想いを聞いたナイアは、優しい笑みを浮かべて、私を抱き締めてくれた。頭をポンポンと、優しく撫でてくれた。
「バカだなぁ、藍華は。そんなこと言ったら、私の方が汚れてるよ。いつも藍華のことを滅茶苦茶にしたいと想ってるんだからさ」
「……しても、いいよ」
「ん?」
「……滅茶苦茶に、してもいいよ」
そんな私の言葉に、ナイアは、優しい声色で囁いた。
「じゃあ……、キス、してもいい?」
「もちろん」
初めてのキスは、涙の味がした。