対策委員会編3章までのネタバレあり
タイトル通りです
3章のエピローグでこんなのがあればいいなと思って書きました
pixivにも掲載しています

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泣き虫シロコをよわシロコが抱きしめるだけ

朝早く起きて、自転車の手入れをしていた

人の気配のない住宅街に空回る自転車の小気味のいい音が鳴り響く

私以外、ここには誰もいない

静けさには慣れていたから特に辛くはない

もっとも、得意とは言わないが

 

あの頃、私は全てを失って、足掻いて、何もかも無くなった

そのはずなのに、結局沢山のものを失った

気付かなかっただけで、ずっと持ってた大切なものも全て無くなった

あの日、あの時のことを忘れたことは一度もない

私のしてしまったことや、元いた世界が消えることはない

死んだ人間は生き返らないし生き返ったとしても、弔いになるとは思わない

それでもやはり、幻想を見る

あの頃に戻って、何もかも元通りになって、全部うまくいって

そんな未来もあったのかもしれない

否、あったのだ

反転しかけたホシノ先輩は元に戻った

1冊の手帳が、誰も場所を知らない手帳が彼女を救った

彼…いや、彼女(ユメ)のかけた言葉が、先輩を導いた

とても喜ばしいことだ

一つの世界がまた救われたのだ

それでも、そんなことは考えてはいけないけれど

あの日あの人(私の先生)がいれば、奇跡は起こったのかもしれない

日常という奇跡はそこにあり続けたのかもしれない

 

 

そんな幻想を見てしまった

 

 

その時カラカラとロードバイクが走る音が聞こえた

 

「……久しぶり」

 

突然声をかけられた

私だ

正確にはこの世界の私(砂狼シロコ)

 

「…泣いてたの?」

 

指摘されて初めて自分が涙を流していた事に気づく

急いで目のふちを拭った

 

「ん…スプレーが目に入っただけ」

 

咄嗟の言い訳が口を突いて出る

 

「そっか」

 

彼女を見るとたくさんのことを思い出す

当たり前と言えば当たり前だろう

この子は私の過去そのものだ

遠い昔に失ったはずの甘くて酸っぱくて少し火薬の匂いがした青春の日

どんなに世界が変わっても捨てられなかった、忘れられなかったあの頃の記憶

先輩とノノミに拾われて、あの人と出会って、そして……

 

「…………ごめん」

 

ポロポロと涙が地面に落ちる

涙を流す権利もないのに、そのはずなのに

あの時で終わりにしたはずなのに

結局私は、私たちは、苦しみ続ける

罪を、罰を、確かに背負い続けている

涙だけじゃ洗い流せない傷が深く疼き続ける

それでも

 

「ん」

 

ふと前を見ると彼女は大きく手を広げていた

そのままゆっくり、ゆっくりとこちらに近づいて、私を包み込む

 

小さな子犬を抱きしめるように優しくて、あったかくて

 

「……なん…で」

 

涙が止まらない

悲しいからじゃない、苦しいからじゃない

ただ愛おしくて、その温度が伝わるのがやけに嬉しくて

それがどうしてかわからなくて

 

「ん、ここでは私が先輩」

 

説明になっていない

でも、なんだか心地よかった

自分に抱きしめられるのは奇妙な感覚だったが、それよりも今はただ、温もりを感じていたかった

 

「……わかった」

 

「ん」

 

 

気が済むまでその姿勢を保ったままいた

 

 

しばらくした後、ゆっくりと彼女の胸から離れる

 

「もういいの?」

 

きょとんとした顔で彼女はこちらを見つめてきた

 

「……うん、ありがと」

 

深い安心感に包まれて、少し楽になった気がする

 

「…そういえば、なんで今日はここに」

 

ふと疑問を口に出す

 

「あ、そうだ」

 

彼女は懐からスマートフォンを取り出してモモトークの画面を私に見せてきた

 

「ホシノ先輩があなたも会議にって」

 

画面には私を会議に迎え入れる旨のメッセージが表示されていた

 

「……そっか」

 

少し微笑みながら立ち上がる

 

「時間、大丈夫なの?」

 

「……あ」

 

どうやら忘れていたらしい

会議が始まる時間まで残り分までを切っている

台に乗せていたロードバイクを地面に降ろし、出発の準備をする

 

「ん、勝負、泣き虫シロコには負けない」

 

彼女が、砂狼シロコが私の方を向いて宣戦布告をする

 

「…どうかな」

 

ペダルに足をかけつつその挑戦を受け取る

 

しばらく見つめあった後同時にペダルを踏み出した

二匹の狼が砂漠を駆ける

拾われて、逃げ出して、また拾われて

もう二度とひとりぼっちにならないように

 

────────────────

 

教室のドアを恐る恐る開けた

 

「あっシロコ先輩…じゃなくておっきいシロコ先輩!」

 

「アビドス対策委員会へようこそ〜⭐︎」

 

「来てくれたんですね!」

 

いつものみんなが暖かく迎え入れてくれた

ホシノ先輩がゆっくりと私に近づく

 

「おかえり!シロコちゃん」

 

本当に、本当に優しい笑顔で私に声をかけてくれた

私の居場所はここにあると教えてくれた

 

「……ただいま、みんな」

 

でも、もう泣かない

 

その時ピシャッとドアが勢いよく開く

 

「………おはよう」

 

汗だくの砂狼シロコが教室に入ってくる

もうひとりぼっちにならない、なんて言ったけど勝負の世界は残酷だ

 

「ん…おはよう、よわシロコ」

 

砂狼シロコが瞼を細めてこちらを睨む

この子はまだ弱いままでいい

私がその役割を果たすから

 

「よし!それじゃあみんな揃ったことだし、定例会議をはじめよっか!」

 

ホシノ先輩が音頭を取って会議が始まる

 

その日の会議はいつもより物騒な話題が多かった




(笛には)初投稿です
閲覧いただきありがとうございます
SSを書くのは久しぶりなので不備があったら申し訳ないです
感想や評価をいただけるとすごく嬉しくてやる気が出ます

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