チート無しで鬱すぎる現代和風同人ギャルゲーの世界にモブ転生しちまったと思うんだけど、どうすればいい?   作:茶鹿秀太

8 / 8
息抜きに書いているので、ガバがあったらまったり修正掛けるので許してください。

何でもします。


真相解体祭 上

何もない土地。

 

そこで少女が歩く。

 

空を見上げる。

 

太陽だ。

 

黒い太陽。

 

裏世界の、女神とされている黒い太陽。

 

ーー名は、「空亡」。

 

 

 

 

 

 

少女は灰を撒く。

 

花が咲いていく。

 

涙をこぼしながら、花を咲かせていく。

 

「--かーれきにはーなを」

 

 

少女は、花を咲かせながら人生を振り返る。

 

 

 

人生、生きる意味はあるのだろうか。

 

生きていたって、良いことが無かったらどうすればいいんだろう。

 

花咲の一族というだけで、一人裏世界でセカイを救い続ける。

 

自分が花を咲かせなければ、裏世界から表の世界に空亡の影響が出てしまう。

 

彼女の力を全て花に変換していかなければいけない。でなければ、人類はいずれ滅ぶ。

 

それだけの為に生きて、それだけの為に死ぬ。

 

自分が産む子どもはいない。

 

表の世界で誰かが産んで、自分の代わりに誰かがまた犠牲になる。

 

個として生きられず、全体の為に死ぬ。

 

あぁ、ならいっそのこと。

 

 

 

 

 

 

「--世界なんて、滅びてしまえばいいのに」

 

 

 

 

 

 

「ほっほっほ。どうしたんじゃお嬢さん。何か悩み事かのう?」

 

「---、えっ……」

 

少女が振り返る。

 

そこにいたのは、老人、いや、頭の長い、妖怪の老人だった。

 

「あなた、だぁれ」

 

「……まぁそんな名乗るもんじゃない。儂の名前はぬらりひょん。裏世界を観光中の、ただの老人じゃあよ」

 

「妖怪、じゃないですか」

 

「まぁそうとも言う。だが、お主がやけに悩んでそうだったから、声をかけてしもうた。どぉれ、ここは年寄りがお主の悩みを聞いてやろう」

 

 

 

 

 

 

「--そうか。お主は世界の犠牲になってしまったのだのう」

 

「……」

 

花畑の上に、二人は座る。

 

黒い太陽が、ぎらぎらと地上を照らしていた。

 

「……これも、何かの縁なのかもしれんのう」

 

「どういうこと……?」

 

「のうお主、……空亡を倒したいと思わないのかね」

 

「!?」

 

その言葉は、あまりにも素敵で、あまりにも滑稽な話だった。

 

太陽を殺すことなんてできない。

 

常識だ。

 

「どうする、つもり?」

 

「ふむ。……裏世界は、おそらく空亡を閉じ込めるための結界だったのじゃろうな。その上であらゆる怪異を許容する異界となった。……、お主は空亡さえいなければ役目を終えて生き残ることができる。……。例えばこの世全ての陰陽師が、一致団結してかの黒い太陽に挑めば、……あるいは日本の神々どもが、地上に降りてきてやつを仕留めてくれさえすれば」

 

「そんな、できるはずない」

 

「……。くくく、くっはっはっはっは!」

 

ぬらりひょんは笑った。おもむろに立ち上がり、黒い太陽を睨みつけた。

 

「空亡。あれは妖怪じゃ。木っ端の妖怪風情が、儂の上に立つ。許せぬなぁ。許せぬことよ」

 

その言葉は空虚で、明確な嘘だと少女にはわかった。

 

ただ、彼は彼女の為だけに黒い太陽を討とうとしていたことが分かった。

 

「どうして……」

 

少女の問いかけに、ぬらりひょんは静かに、悲しげに笑った。

 

「一人の少女を犠牲にして、多くの人間が幸せになるという事実が気に食わん。ならば、全人類がその不幸を負担して、全員で解決してみろと、妖怪総大将として世界に問いかけたくもなる。少女よ。--世界を壊して、お主を救う。数多の妖怪どもを暴れさせ、人類を脅かし、世界の敵意を儂に集めさせて、最後に敵意を挿げ替えさせて空亡に挑ませる。……それが叶えば、お主は……笑うてくれるか?」

 

「ーー」

 

少女はそこで気付いた。口角が全く上がらない、自分の顔に。

 

彼女は、自身の人間性の喪失にぽっかりと胸が空いたような気がした。

 

ぬらりひょんを見つめ、彼女は妖怪に問いかける。

 

「--倒せるのかな」

 

「くく、倒してやるとも。儂はぬらりひょんだぞ。……妖怪総大将、ぬらりひょんなのだ!」

 

その妖怪の屈託ない笑顔に、少女の心は温かくなった。

 

「だから負けるな少女よ。花咲の一族の巫女よ。して、お主はどう呼べばいい?」

 

少女はようやく、いびつにも無理やり口角を上げて、目の前の優しい妖怪に名乗った。

 

「私の名前は、■■■■です」

 

 

 

 

 

 

【厄モノガタリ〜花咲き月夜に滅ぶ世界~】

 

 

 

3周目第2章「花咲か爺さんが生んだハナサキ」より抜粋

 

 

 

その道は未だ、踏むものおらず。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「神話生物」事件 解決から2日後

 

 

裏世界でサングラスをかけた和服の女性が、キャンプ用の椅子に座り、トロピカルジュースをストロー越しに飲んでいた。

 

「ずずずずず……、ずずずずず……。まだ出てこない。どうやら、相当、お楽しみのようで……ずずずずず……」

 

ストローの吸う音が裏世界に響く。

 

自称「S●Xしないと出られない部屋」に閉じ込められた須藤与一を待つべく、小笠原ひとみはいら立ちを押さえながら待ち続けていた。

 

 

「お姉さま……」

 

須藤いろはがそれを物悲し気に見つめている。無理もない。

 

いろはの後ろに、血涙をこぼし歯を食いしばって給仕に励む女がいたからだ。

 

ひとみのトロピカルジュースが空になる。

 

「ん、失礼メイドさん? お代わりを」

 

「ぎぎぎぎいががががががががが、げげぎぎ、ががががががががが」

 

「お姉さま……どうして……」

 

「何がです?」

 

ひとみは何食わぬ顔で、銀子に空のコップを手渡す。

 

しかし銀子は何も言わず、その役目を請け負った。

 

震える手を押さえつけるように、檸檬をトッピングしたトロピカルジュースのお代わりをひとみに提供した。

 

「いったい、いつから序列が決まっていたのです? 明らかに銀子さんがお姉さまに服従しています」

 

「ふふ……。正妻力勝負に勝ったのですよ」

 

「ぎいぎぎぎぎぎぎががががががが」

 

「レジ〇ガスみたいな鳴き声です……。正妻力勝負?」

 

ひとみは両手を広げ、口を裂かんばかりに笑う。

 

「ふふふ……。この女狐はガチ恋恐怖症……。お世継ぎを作る際に体から始まる純愛ラブストーリーなんぞ始まろう日なら拒絶反応で爆発四散する哀れな生き物……。なので、私の勝ちです」

 

「悔しい……っ! ガチ恋恐怖症でなければあなたなぞ……っ! こっちが何年待ったと……っ! 畜生! ぽっと出の骨ばみ女に負けた!!!!!!」

 

「あっはっはっはっはっは!! 愉快ですわ~~~~~」

 

「ぴぃ……。女の争いとはかくも醜いものなのですね……」

 

「あ~~~っはっはっかひゅっ!?」

 

突如、ひとみの右側の首から黒い煙が噴き出す。

 

死穢れだ。

 

「お姉さま!」

 

「ひとみ様!」

 

首を押さえるひとみを心配するように二人が近寄る。

 

「……はぁ。まったく、与一さんは一体、何と戦っているのやら……。私が念のために無断で掛けておいた与一さんの代わりに死ぬ呪い、これで発動10回目です。なにがS●Xしないと出られない部屋ですか。……絶賛殺し合い中の癖に」

 

首から煙が止まる。

 

「お姉さま、本当によく死なないですね」

「普通死にますけどね」

 

 

「お黙りなさい愛の力です。強欲ROM専ちゅんちゅん娘と下ネタ大好きガチ恋拒否メイドと違って私は死の世界に片足突っ込んでますから。……そう考えたら私たちは役割が明確に違いますね」

 

ひとみは一口ジュースを飲んで考えてみる。

 

小笠原ひとみは餓者髑髏。骨の特性を強く押し出しているが、死穢れの呪いを秘めている。

故に、死に関する能力も権能として存在していた。死に対する誘惑が学校で発動したことで転じて魅了の呪いになったりもしていた。そして今回は須藤与一に対して、死なないようにする呪いをかけていた。

 

須藤いろはは精神世界。誰にも認知されずに相手の精神、魂を最速でついばみ続ける捕食者の頂点。

条件を満たせば必ず相手を倒すことができるし、花を咲かせれば幻覚を見せられる。正しく呪いだろう。しかし彼女は、おそらくその力故に飢え続けたのだろう。飢餓と紙一重に彼女は生きていた。

 

銀子は本来悪意の凝縮体。それは全ての陰陽術、禁術を条件次第で無制限に扱えるほどの天賦の才。

もう悪事を働きたくないと考えていなければ、彼女は人類を滅ぼしただろう。

九尾の狐は歴史的に、傾国の美女として大国を飲み込み、女帝として君臨する。

彼女の指先一つ、言葉一つで世界を周囲の国を混沌と闘争の渦に巻き込み、欲望の限りを尽くしたに違いない。

 

「--おや。五星局での学習が活きましたね。なるほど。ーー私たちが集まったのは、偶然なのか、必然だったのか。ふふ、運命と呼べば素敵ですわ。そう考えると、見えてきますわね。……クトゥルフ神話、調べてみれば面白い。ーーもしも信仰する”神”が、想像もできない外なる存在だったらという考えのもと生まれたもの。その神の名は……。ふふふ。与一さんが今後どうなっていくのか、予想できますわね」

 

「?」

「?」

 

何を話しているのかわけがわからない二人は、お互いに目を合わせて首を傾げた。

 

「--いろは。銀子さん。面白い予言をしましょう。当たるか外れるか賭けてもいいですわ。あぁ外れた方が……幸せですけどね」

 

人差し指を裏世界の”太陽”に向けたひとみは、ニコニコと凄惨な空気をまとい二人に問いかけた。

 

「次の敵は、神ですわ」

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

……。なんだろう。

 

溺れる? 沈む? ように、何か深いものの真ん中に落とされたような。

 

俺は、誰だ?

 

俺は、須  与  。

 

いや、記憶が、なんだ。

 

分からない。

 

俺は、誰だ?

 

なにかに、溶かされてる……?

 

何かがあったはずなんだ。何かが……。

 

 

 

 

ーー汝、試練に挑むもの也

 

 

 

声が聞こえる。

 

やけに偉そうで、傲慢な声。

 

なのに神聖で、厳かな雰囲気を感じる。

 

逆らってはいけない、逆らっても意味がないもの。

 

そんな声だった。

 

 

 

ーー汝、裁定済みの所有権を略奪せんとする愚者也。

ーー去れど我らは公平である。汝に試練を与え、魂を天秤にかける。

ーー対象者は二名。其の命題を検閲し、所有権を再度審判する。

 

 

 

何の話をしているのか分からない。

 

しかし、二人という言葉が気にかかった。

 

そう、二人いたんだ。

 

俺は確か、誰かと戦って……、思い出せない。

 

思い出せない、けど、体が覚えている。

 

俺は戦っていた。

 

その中で、何かがあったんだ。

 

くそ、まるで金縛りにあったような感覚だ。

 

なにも出来ない、なにもさせてくれない。

 

 

 

ーー裁定を開始する。汝の正義の所在はいずこや。

 

 

 

 

その言葉が聞こえた瞬間、意識が墜落した。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

ばぎっ!!! 

 

「がはっ!?!?!?!?」

 

音の後に、衝撃。

 

長い夢を見ていたような錯覚。

 

そこから無理やり目を覚まされたような衝撃。

 

ゆっくり目を開けると、どうやら施設の天井を突き破って、長机の上に落ちたようだった。

 

肺から抜けた空気を取り戻そうと、必死に息をする。

 

頬に何かが触れた。

 

冷たい。

 

……、白い、雪だった。

 

天井の穴から瓦礫と、粉塵と、雪が降ってくる。

 

腕に力を入れて、無理やり体を起こす。

 

ちょうど二つに割れた長机。割れ目に立ち、周囲を窺う。

 

自分以外の人間が数多く集まってくる。

 

……眼鏡の人間が多い。よれた服を着こんで、リュックサックやイラストのプリントされた紙バッグに多くの荷物を詰め込んでいる。

 

床には薄い本や、ポスター、CDが散らばっている。

 

「……おいおいおい……嘘だろ……なんで、ここに」

 

どさり、と後ろから音が聞こえた。振り返ると、男と目が合った。

 

どうやら、長机の近くでパイプに座っていた男が滑り落ちるように床にお尻を着いたようだった。

 

「な、なぁ……お前……。名前は? ……、名前は!」

 

……、問われたことで、身にまとっていた学生服を整え、腰に掛けていた日本刀に触れながら、最大限の警戒をもって男に名前を伝えた。

 

「俺は……、いや、我は明晴学園生徒会会長、3年梅組、【最強】渡辺 奉(わたなべ ささぐ)である」

 

「は、はは……マジかよ……。北海道の同人イベントに、完成してないゲームの、俺の作ったキャラが、空から降ってきやがったぞ親方ぁ……てか……?」

 

「……名乗ったぞ。貴方は?」

 

尻もちをついた体勢で、体を支えている腕を震わせながら……眼だけは、星のように輝いていた男はこう名乗った。

 

「--俺は、花崎伊織(ハナサキ イオリ)。いずれ、世界を変える同人ゲームクリエイターだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √α

Side by 渡辺 捧

 

 

 

 

 

 

 

 

および

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「あ、雪だ……」

 

歩いていた道路から、街が一望できる。

 

曇り空の中でも、きれいな雪が降るのだなと、エモーショナルな気持ちになる。

 

街の何か所かに煙が吹き上がっている。

 

戦闘痕だろうな、と思考がよぎる。

 

「……いつ終わるんだろうなぁ。この戦い」

 

ボブの金髪を揺らしながら、男性用の装備を身にまとう少女が白い息を吐いた。

 

「……そろそろ撤退かなーーーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どがんっ!!!!!

 

と街から爆発音が聞こえた。

 

巨大な隕石が降ってきたような印象。

 

少女の反射神経が、0コンマ1秒で現場に意識を向けさせ、道路から現場まで、一気に跳躍した。

 

「なんだ? 僕が察することのできない攻撃? そんな道の攻撃を、妖怪がしたのか? ……くそっ!」

 

着地と同時に、爆心地を目視。

 

十字路のど真ん中に、大きなくぼみができている。

 

 

その中心には……一般兵士の服装をしている少年と……着物を着た、少女がいた。

 

その少女を見た瞬間に、衝動的な感情の暴走。根源的恐怖。凝縮された悪意。ーー【逃走願望】が芽生える。

 

逃げなくては、そう思ったのに。

 

その、一般兵士のフルフェイスマスクが欠けて、その顔が見えた。

 

「----ユウスケ!!!!」

 

少年に駆け寄る男装の少女。

 

既に着物の少女に関して、意識は抜けていた。

 

「ユウスケ、起きてユウスケ! 死ぬな! 起きて! ねぇ起きてよぉ…………、僕を置いて……、しなないで……」

 

ぽろぽろと泣き始めた少女の声と、頬に着いた涙が、少年の意識をじわじわと覚醒させた。

 

「んぐぅ……んだよ……。俺ぁ……、し、死んだのか……」

 

「うぅぅ……生きてるよぉ馬鹿ぁ……ぼ、僕心配したんだぞ! 戦場に出るからこうなるんだよぉ!!」

 

「うるせ……黙ぁってろ……。ったく。……あ? うおっ、なんだこの女。なんでこんなとこで着物着てんだ? あっつ、なんだ右手くっそ熱いんだけど」

 

少年が装備の手袋を脱ぐと、彼の右手に、黒い太陽のような刻印がされていた。まるで何かと、契約してしまったように。

 

着物の少女は、予備動作無しで目を開き、視線を少年に合わせ、声を出した。

 

「【ここはどこ】」

 

呪言である。

 

「う、うわあああああああああああああ!?」

 

男装の少女はその声を聞くだけで【逃げたい】という気持ちだけが無限に湧き上がる。確実に、彼女では勝てない。そして、彼女が勝てないということは……。

 

世界の滅びを意味していた。

 

「あ? ここは神蔵市だよ。知ってるか神蔵市。観光地を検索すると自然由来が多すぎて、住んでる人間がいなくなったせいで妖怪どもの住みやすい場所ランキング上位の神蔵市だ」

 

「【……知らない場所。埼玉?】」

 

「東京だろうが。おいアレン。神蔵市に対する熱い姿勢を持つこいつ誰だ。民間人がなんでここにいる。冬なのに夏祭り気分ですかこのヤロー。ガキは避難所に帰れってんだ」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんで……」

 

ユウスケは何故まともに彼女と話せるのか。

 

あまりの妖気に呑まれそうになりながら、ユウスケを守るために、アレンと呼ばれた少女は。

 

「貴方は、誰だい……?」

 

着物を着た、黒髪の少女は、人形のような表情で、アレンに向き合った。

 

「【--、空亡。裏世界の、太陽。空亡。……妖怪にして……神】」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Tips(√β)

 

時代背景

妖怪が街を襲い、住民は既に緊急避難所に退避している。

しかし人間のにおいをかぎ分けた妖怪たちによって、人類は数を減らしている。

世界中で妖怪たちが跋扈する中、現在まで通信が活きているのは関東圏と関西圏のみである。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √α

Side by 渡辺 捧

 

および

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √β

side by アレン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

および

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

とある病室。

 

少女は魘されていた。無理もない。

 

邪神の姿をその目に写した時点で、死んでもおかしくはないのだ。

 

少なくとも、とある少年は「10秒」見て体の大半を消失しているのだから。

 

呻き苦しむように呼吸を乱す少女の名前は、「日輪」という。

 

「う……ぁ……」

 

邪神を見たことによる「自傷」と「狂乱」、ある種の殺人衝動、記憶の喪失、精神退行は加速度的に侵食していた。少なくとも、病状はまだ落ち着きを見せない。

 

その時だった。

 

少女の心臓付近が、やけに明るくなる。

 

いや、光だすと表現した方がいい。

 

心臓が、一つの”太陽”のように輝きだしたのだ。

 

その光は毎秒強さを増し、最終的に……。

 

地表を揺るがすほどの、衝撃に繋がった。

 

 

 

 

 

どすん、と巨人が病院を押しつぶしたように、圧力がかかる。

 

勿論病院はつぶれていない。しかし、中にいた普通の患者は急に苦しみ始めるほどだ。

 

そして、日輪様を護衛すべく待機していた陰陽師たちも、あわやその影響で失神するところであった。

 

「ひ、日輪様……?」

 

病室前を待機していた女性の陰陽師が扉を開く。

 

この圧力の中、動ける彼女の実力は優秀ではあったが、それでも必死だった。

 

おそらく天才であっても、まともに動くことができないほどの力。

 

それは呪力でも、妖力でもない。

 

ーー神威である。

 

「【のう、お主】」

 

呪言、ではない。それ以上に性質の悪いもの。

 

言霊そのものである。

 

特定条件下で彼女の言葉通りに国が動く。それくらいの秘めたる力を抱えた、純粋な力。

 

それは善にもなれば、悪にもなる。

 

「【なぜ妾の末裔(たんまつ)が死に瀕している。それほどまでに陰陽師は廃れたか。この国を終わらせる気なら、はよぉ言え。いつでも滅ぼしてやる】」

 

「か、ひゅ……ひっ……ひえ……」

 

 

その神の威光に、女性陰陽師が失禁する。

 

無理もない。

 

彼女を前にしたら、あらゆる日本人が平伏するのだから。

 

何故なら彼女は、神なのだから。

 

「【ち……まともに会話もできないか。高天ヶ原で修行してこい、と無理な話か……。まぁいい。会話のできるものを……ん?】」

 

病室に駆け込む一人の男性。

 

「大丈夫ですか。さぁ、下がって。よく頑張りました。私が対応します」

 

「はぃ、…はひ……」

 

男は女性の体を起こし、手すりに掴ませて歩かせる。

 

廊下の遠くに見えるのは、彼女と同じように神威に怯え惑う陰陽師たち。それでも使命を忘れず逃げださなかった者たちだ。

 

「……。日輪様、ではありませんね?」

 

尋ねた男の名は、須藤頼重。

 

須藤与一の父である。

 

「【ほう。幾ばくかマトモな陰陽師もいたか。恐ろしい。いたのに、この醜態か。名乗れ。そして現状を報告せよ。妾が現界したということは、国難が迫っているということ。我が国の危機ぞ。それを胸に刻んで発言せよ】」

 

「はっ! 私は陰陽師、須藤頼重! 先日、国の宝である日輪様はじぃじ様の看病をしている最中におそらく能力を発動、その後精神的に不安定になり入院しておりました。原因不明!」

 

頼重は何故か言葉通りに動いた。発言をしてから我に返る。なぜ、自分は今機密情報に近い情報を全て彼女に開示しようとしたのか。

 

「【分かった。……邪神め。契約を破ったということは、既に滅びは近いのか。嘆かわしい。……ん? 貴様、なんだ? その……死穢れは?】」

 

「えっ……?」

 

頼重は知らなかった。彼の身体の一部に、こっそりと死穢れが隠されていたのだ。

 

勿論犯人は小笠原ひとみだ。

 

ひとみは、トーナメント中に須藤与一が父を探すことを考慮し、いつでも居場所が特定できるようにマーキングをしていたのだ。

 

その後、与一がS●Xしないと出られない部屋に閉じ込められたことで、剥がし忘れていたのだ。(まだ使うかもしれないから残していた、とも言える)

 

「【穢らわしい】」

 

少女が手を一振りすると、病室内がいきなり浄化される。

 

この病室は、いまや小さな聖域と化した。

 

普通の陰陽師であれば2時間、天才であれば30分かかる術を、一振りで完成させたのである。

 

才能で比較するのであれば、彼女と人間には、蘆屋緋恋と土御門松陽ほどの差がある。

 

「【で? 何故じぃじ……無銘人形の末裔が倒れている。アレは才能だけで言えば血族の中でも頂点に位置していたはず】」

 

無銘人形。人間に「名前」を付けぬことで決して呪われず、決して縛られぬ存在を生み出す計画の完成品である。

 

無銘人形に選ばれた人間は、陰陽術や妖術に影響されない癖に、自分は使い放題になる。

 

しかし名前を奪われるということはアイデンティティの全てを奪われるに等しい。

 

故に人形。

 

名を奪われたことで、欲望が抑圧され、使命を全うする人形。

 

国の象徴を守るボディガードに最もふさわしい存在として国が採用した、人身御供である。

 

じぃじは、存在自体が国の闇、ひいては陰陽師の闇である。

 

それでもじぃじは、文句一つなく使命を全うしていた。だから陰陽師たちは、じぃじに敬意を覚えていたのだ。

 

「じ、実は……」

 

 

頼重は【神話生物】事件のあらましを伝える。その中で、彼女はとある点が気になってしまう。

 

「【その須藤与一という人間が一番怪しいではないか。邪神と縁があり、餓者髑髏、名も知らぬ怪異、九尾の狐と契約している。どう考えても邪悪な陰陽師そのものではないか。そもそもあらゆる事象を知っているということが怪しい】」

 

「し、しかし彼は私の息子で」

 

「【黙れ。そもそも須藤与一とは何者だ。こやつの存在が国を滅ぼすのではないか? 歳月を経るごとに妖怪と女の陰の力を蓄えているではないか。神に愛された天才陰陽師たちが軒並みその男にやられているのも看過できん。--未来の厄災を予言する子ども。まるで、神か、この国の象徴のようではないか。奴が神に愛された存在ならまだしも、そのような話を聞いたことはない。才能の無い凡人が、何故ここまで話を動かしている? 貴様らは……なぜ奴にそこまでの信を置く? 妾からすれば、不気味で仕方がない……っ! よい。妾が裁定する】」

 

「さ、裁定……?」

 

「【分かるだろう。妾が問えばよい。妾が式神どもを祓えばよい。これより妾が須藤与一に対し神明裁判を執り行う。案内(あない)せよ頼重。貴様の息子、国難の元凶候補、--須藤与一のもとへ】」

 

「しかし与一はS●Xしないと出られない部屋に閉じ込められていて!!!」

 

「【邪神の結界か。聞くだけで穢れの塊のような結界だ。……妾対策か? なら順番を変えるのみ。外で待機している餓者髑髏の花嫁、ぽっと出で生えてきた妹、九尾の狐を、先に調伏する】」

 

少女が動き出す。後光の光輪が、世界を癒すかのように光り出す。

 

それは国の光。国の太陽。

 

ーー純然たる、日本と言う国で最強の象徴。

 

「【神名、アマテラスの名のもとに、須藤与一の全てを暴く】」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √α

Side by 渡辺 捧

 

および

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √β

side by アレン

 

および

 

【天照裁判】事件 開幕。

side by 小笠原ひとみ / アマテラス

 

 

 

 

 

真相解体祭、開催。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

√α

Side by 渡辺 捧

 

 

 

 

「ここが俺の住んでる場所だ」

 

北海道某所のアパート。

 

部屋を開けると、まぁ汚いものだ。

 

服やらビニール袋やらが乱雑に床に存在する。ごみ袋に直接ゴミを入れて放置されており缶ビールが何十本も床に散らばり、たばこの吸い殻が台所の換気扇近くに置かれている灰皿に山のように積み重なっている。

 

窓際のテーブルには座布団と低い机、その上にデスクトップPCが置かれている。

 

「まぁ適当に座ってくれや」

 

「どっ…………失礼する」

 

どこに座れと、と言う前に、無言で片づけを開始する渡辺捧。

 

無理もない。

 

行く当てもなく、帰る場所もなく。

 

なんなら天井に穴をあけ、物品を破壊した自分を口八丁でごまかして助けてくれた男に対し、無碍な態度を取ることができなかったからだ。

 

「その、花崎殿。……その、どうして俺の事を……」

 

「いやいや。そんなのこっちが聞きてえんだわ」

 

PC前の座布団にどさりと座り、びしっと指をさして、期待に満ちた表情で、強い口調で花崎伊織は怒鳴った。

 

「なんで俺のゲームのキャラが現実に現れたんだって! 体験版は出したから、めっちゃ熱意のあるファンがコスプレしただけかなって思ったけどよぉ! でも、”違う”! 立ち姿も、衣装も、口調も! ……何より、そのあっつい瞳だよ。その眼光! 厳しい世界を生き抜いた天才の、全ての願望を押し通そうとするその目! 体が一瞬で理解しちまったよ。こいつ本物だってよぉ! なぁなんでこの世界に来た? 俺に恨み言でも言おうってのか?」

 

「……ゲームというのは。その、俺の想像するゲームでいいのだろうか」

 

「あぁ。ほれ、CG」

 

机の上に置いてあったA4の紙を、渡邊が受け取る。そこに描かれていたのは、渡邊捧と……迫野 小登里が、実験室で話をしている絵だった。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

回想

 

それはかつてあったはずの、ある暮れの日。

 

明晴学園の実験室。

 

白衣を着た迫野 小登里(はこの ことり)が、未だに実験を繰り返した時のことだ。

 

無造作に扉が横に開かれる。

 

「失礼。まだ帰宅していない生徒はいるか。……迫野くん。まだ帰っていなかったのかね」

 

「……」

 

「迫野くん」

 

「……ん? うわっち!? な、なんだよぉ〜……、あ。かいちょー?」

 

「はぁ……。精が出るな、迫野くん。実験は上手くいっているかね」

 

迫野が見たのは、襟も裾もキッチリと仕上げ、帯刀した刀の鞘も美しく手入れされており、キリッとした吊り目が、男らしさを感じさせる男性。

 

生徒会長、渡辺 捧(わたなべささぐ)であった。

 

「い、いやぁ。その。……えへへー」

 

「なんにせよもう下校時間だ。無理はするものではない。君の頑張りは重々承知の上だ。だが君も休息を取らねば」

 

「……はぁい……へへ」

 

「……。はぁ。どうせここで撒ければ実験し放題とでも思っているのだろう」

 

「げぇ!!? な、なんで分かったんすかぁ……」

 

「君もまた、陰陽師だからだ。実験の成果が出れば、救われる陰陽師たちがいる。……君が戯けた拍子で動こうが、君の善性は揺るがないだろう」

 

「そ、そんな。へへ、いやーやだなーかいちょー。私がそんな、そんな……」

 

「取り繕わなくていい。何度も言うが君は良くやっている。人々の為に励むその姿勢は感服だ。だが休んでくれ給え。君が倒れると、……俺も胸が苦しい」

 

「!? か、かいちょー。それって……」

 

「むっ。す、すまない。余計なことを言った。忘れてくれ!で、では!」

 

「あっ」

 

 

そそくさと去っていく渡辺捧。

 

その後ろ姿を、顔を赤らめて見つめる少女。

 

「……世のため人のため、じゃないです。かいちょーに、死んでほしくないだけなんです」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「馬鹿な、なんで……っ!?」

 

誰かに見られていたのか、いやそれにしても精巧に描かれている場面。

 

自分が迫野 小登里と会話をしているイラスト。

 

何か、とんでもないことが起きていると渡辺はきちんと状況を理解した。

 

「他にもあるぞ。犬鳴 響との訓練シーンとか。如月 桐火とのお家デートパートとか。あぁ、彼女たちが妖怪にやられた時のCGとかーーーーー」

 

風が吹いた。

 

渡辺の刀は抜かれ、花崎の首元に添えられる。

 

「--お前が、元凶なのか……っ?」

 

渡辺の心が揺れる。彼は良くも悪くもマトモだ。

 

だからこそ、愛した友人たちの死の焼き回しを見せられて冷静ではいられなくなる。

 

しかも、彼はそれをゲームと呼び、渡辺捧を自分が作ったキャラだと言った。

 

ならば、自分を、仲間を、陰陽師たちを、国を悲劇に追い込んだのは、目の前の男と言うことを即座に導き出した。

 

彼を殺せば、全てが終わる、はずだ。

 

はず、なのだ。

 

それなのに、どうして花崎伊織と言う男は、刀を向けられて今もなお魂を燃やすような瞳をしているのだろうか。

 

「あぁ。俺がお前らを作った。地獄みてぇな状況において、えぐい場面に何度も追い込んだ。俺が作りたいと思ったからだ。なんか文句あっか?」

 

「もんーーーーーーーーくしかないだろっ!!!!!!!!! お前のせいで、……お前のせいでどれだけの人間が死んだと思っている?! ふざけるなっっ!!!!」

 

刀を押し込む。花崎の首から、小さな血の玉ができて、たらりと落ちていく。

 

「ーーーふざけるな、だと? お前こそふざけんなよ」

 

なのに花崎は、そのまま立ち上がり、渡辺に向かって一歩前に進んだ。

 

「俺はさ、俺の中で最高の物語を書いてんだよ。悲劇や残虐さだけが取り上げられても、最後は人間の希望ってやつを信じてるんだ。それを表現するために全力を出しただけだ。へっ、現実に二次元の男が出てきたらどんなもんだろうと思ったが、こんなもんかよ。--やってみろよ、俺が死んでも、人類が滅んでも筆は折らねぇからよお!!!!!」

 

「お、お前ええええええええええっ!!!!!」

 

渡辺が刀を振りかぶろうとする。花崎はある種、自分の才能に心酔したように血走った眼で渡辺から目を逸らさなかった。

 

渡辺が斬りこもうと一歩踏み込む。

 

「は~いそこまで」

 

刀の切っ先を誰かが摘まんだ。勢いを殺された。

 

感情的な表情が崩れないまま、渡辺が相手に視線をやる。

 

「!? お前は……」

 

「ド~モ渡辺捧さん。さっきぶりですネ! いや~、まさか作者殺そうとする場面に出くわすなんて。邪神びっくり」

 

無貌の神、ニャルラトホテプがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渡辺捧とニャルラトホテプの出会いは、人類の滅びの直前だった。

 

人類の滅びの直前と言われても困惑するかもしれない。

 

しかし、渡辺捧の視点では本当に滅びかかっていたのだ。

 

ぬらりひょんの百鬼夜行計画が実施され、仲間や、数多くの陰陽術が死に絶え、人類は残すところ「皇居」に存在する人間のみとなった。

 

その門の前で。

 

渡辺捧と、ぬらりひょんは最後の戦いを繰り広げていた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

渡辺が、遂にぬらりひょんを斬った。ぬらりひょんの右腕は切断され、地面に伏した。

 

遂に勝敗は決したと、体から熱が引いていく。

 

勝った、勝った、のに……守りたい人間は、もうほとんどいないーー。

 

 

「ひっ、ひひっ……、終わりか、儂は……。だが、終わりではない。終わりでは……ないぞっ!」

 

「……ぬらりひょん……お前は、どうしてそこまで……」

 

「--、人類を、滅ぼす。それだけのこと!!!  にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな! にゃる・しゅたん! にゃる・がしゃんな!」

 

「……? なにを……」

 

 

空が割れた。

 

何かが、降りてくる。

 

人の姿を成した何かが、ぬらりひょんの頭上にゆっくりと落ちてくる。

 

渡辺捧が、その何かを目撃した瞬間、体が突然反応を起こす。震え、驚き、怒り、悲しみ、--根源的恐怖。

 

「……ふざけるな」

 

直感する。勝てない。万全な状態であれば、一矢は報いることができるかもしれない。

 

だが、出来ない。勝てない。渡辺は、遂に尻もちをついた。

 

理由は分からない。だが、--あれは、神に類するものだと理解はできた。

 

「ふざけるなよぉ……、なんで、なんで……」

 

心が折れる。渡辺捧は遂に、精神的に敗北したのだった。

 

「くくく、くはは。ははははは。ひひひ、終わりだ渡辺捧……お前の負けーー」

 

「なんですこれ?」

 

ゆっくりと周囲を見渡すナニカ。

 

そう、彼こそがニャルラトホテプその人である。

 

「……。なんだ? ”誰かが私に喧嘩を売っている”のか……? ふむ。なんだこの違和感は。この国の神はどうした? ……いや、違う。なんだ? ……異物? 異世界か? 何故だ? 誰も知覚できなかったのか?」

 

「……な、なんだ……」

 

渡辺捧の足に力が入る。敵は困惑している。なら、……まだ、立ち上がることくらいはできる。

 

「な、なぜ……呪文は唱えた。邪神が降臨したはず……」

 

ぬらりひょんも動揺している。ならば、まだ、勝ち筋があるのではないかと、遂に渡辺は前に進む。

 

「--滅ぼされた、人類の為に……。死ね、ぬらりひょんっ……」

 

刀を振りかぶろうとして、全力で突貫する。

 

「あぁ少々お待ちくださいね」

 

「なっ?!」

 

突然目の前に現れ、ぬらりひょんとの間に入り、刃先をつままれる。

 

ニャルラトホテプだ。

 

「お、おぉ……ニャルラトホテプ様……お助けいただき……」

 

「あぁいえいえ。どっちの味方というわけではなくてですネ」

 

「……ほぁ?」

 

ぬらりひょんも目が飛び出る勢いで驚いている。

 

「いやね。穴が空いているんですよ。ふむ。そうですね。じゃあ私は急用ができたので。さようなら~~~」

 

「「……はぁ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、世界が歪んだ。

 

地表は割れ崩れ、重力が乱れる。まるで世界の全てが壊れていくようだった。

 

「う、うわあああああああああああああ!?」

 

渡辺は地面に刀を差して体を安定させようとするも、その地面すらも浮き始める。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおおおお!?!?」

 

ぬらりひょんは、上空に浮き上がり、どこかへ飛んでいく。

 

 

空に穴が空いている。

 

まるで筒のように、どこかへ繋がっているような穴。

 

ぬらりひょんはそこに吸い込まれていった。

 

「……ふむ。鬼が出るか蛇が出るか。私に喧嘩を売った無礼者を特定しましょうか」

 

ニャルラトホテプも悠々と空を歩き、吸い込まれるように穴へ飛んだ。

 

「くそ、くそぉ!! なんだこれ、なんなのだ!!! 俺は。俺は何のためにーー」

 

皇居が崩れる。

 

こうして、人類と、日本は滅んだ。

 

「くそぉ……」

 

涙がこぼれる。

 

次が、次があればこのような未来は迎えさせない。

 

絶対に救って見せる。

 

悔恨を頭の中に浮かべているときに、声が聞こえた。

 

「渡辺くんっ!!!」

 

女性の声だった。

 

皇居の方から聞こえた。

 

生き残っている人間がいる。

 

その声は、自分の知っている声だった/気がした。

 

「渡辺くん! いやっ! 行かないで!」

 

その声が遠ざかる。

 

「う、うわあああああああああああああああああああああああ」

 

 

渡辺捧は、無様にも生き延び、怯え惑い、穴に吸い込まれて落ちていった。

 

そして意識を飛ばし、溺れるような暗闇に身もだえして。

 

 

私設の建物の天井を突き破り、花崎伊織と出会ったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3人が居間に座っている。

 

実際には2人と1柱だ。

 

花崎伊織と渡辺捧、そしてニャルラトホテプだ。

 

ニャルラトホテプはそれはもうニコニコと微笑み、話を進める。

 

「さて、渡辺捧さんはゲームのキャラです。そのゲームの世界から飛び出してこの世界に降り立った。それが花崎さんの主張です」

 

「おうそうだな。実際俺が書いてるからな」

 

花崎がニャルラトホテプを観察するようにジロジロとみる。物珍しさに驚いているようだった。

 

「しかし、実はそうではないのです」

 

「どういうことだ?」

 

渡辺が首をかしげる。

 

「ここは並行世界です」ニャルラトホテプは地面で拾ったA4用紙の裏を使い、落ちていたボールペンで紙に線を引いていく。

 

「世界と言うのはあらゆる選択肢を選んだ結果成立するものです。人類が選んだ選択肢の分、世界は存在します。でも認識できるのは一つの世界なんですよネ。しかし人類は並行世界の情報を無意識にかぎ取る力が存在します。そしてその情報を……」

 

ボールペンを花崎に向けて、ニャルラトホテプが笑う。

 

「創作という形で出力される。創作力とは脳が起こすバグ。並行世界を受信し、”面白いもの”としてアウトプットされるのです」

 

「おぉ……? なんだよ。じゃあ俺は並行世界の情報を無意識に感じてて、それをノベルゲームにしてるってことか? そりゃ笑えねぇぜ! 俺だから面白い作品を作れてるんだぜ?」

 

「おっしゃる通り。よくあることです。面白さの為に盛る人もいれば、つまらなくても正確に別世界を描く人間がいる。それだけですよ。」

 

「……はぁ」

 

花崎が頭を押さえる。

 

「じゃあ、まぁ。そうだな。俺が書いたキャラが出てきたわけじゃて、たまたま俺が書いた作品と類似した並行世界の人間がここに来た、そういうわけか?」

 

渡辺が姿勢を正す。

 

「……だとしたら。俺は本当に申し訳ないことをした。貴方を害すれば、……救えなかった世界を救えると勘違いをした。もうすでに、手遅れなのに……八つ当たりのように……。本当に申し訳ない」

 

土下座した渡辺に、慌てたように傍によって土下座を止めようとする花崎。

 

「い、いや。俺の方こそ、そっちの立場を考えてなかった。すまねぇ」

 

「……しかし、もうぬらりひょんに敗北した俺が……」

 

「あ? そっちの世界はぬらりひょんに負けるのか? バッドエンド√だったんだな。俺が書いてる話は、人類がぬらりひょんに勝つ話だけど……」

 

「……、え?」

 

渡辺が顔を上げると、やはり情熱を保った瞳のまま花崎が語り掛ける。

 

「……バッドエンドやら、残酷な物語を書いてる自覚はある。でも、それは人間が本気で一致団結したら、この悲劇を打ち破れる。そう信じてるからこの「厄モノガタリ」を書いているんだよ」

 

「じゃ、じゃあ……どうして」

 

「まぁ、3週目にハッピーエンドだからな」

 

「さ、3週目……?」

 

パチン、とニャルラトホテプが手を叩く。

 

「そうなんですよ。さて、ここからが本題ですよお二人とも。私調べによると、花崎さんはゲームを作っている。そして、そのゲームは2週目のシナリオまで完成。1週目の体験版だけが頒布され、3週目を今制作している状況です」

 

ニャルラトホテプがさらに笑みを深める。

 

「そして渡辺捧さんは、ゲーム2週目終了時点での世界から登場しました。さて、渡辺さん。滅ぼされた人類を救いたいと思いませんか?」

 

「!?」

 

「花崎さんが3週目を完成させた後に、元の世界に戻れば、3周目に発生するハッピーエンドの世界線になった元の世界に戻れる可能性が高いですね。なので、花崎さんが作品を完成させるまで、護衛してほしいんですよネ」

 

その可能性は、渡辺が喉から手が出るほど欲しかった勝利であった。

 

勝利の為に捨ててきた青春。勝利の為に無くしてきた時間。

 

ーー人類を救うという重責から、遂に解放されるかもしれないという希望。

 

だが。

 

「--お前は、何が目的だ」

 

「ほう。何のことです?」

 

「お前は、あの時。喧嘩を売られたと言っていた。そのために穴に向かっていった。……そんなお前が、何故急にこちらを慮る提案をする? あの時、お前は俺を、……俺たちの事なんて興味が無さそうだった。何故……?」

 

その疑問を素直に吐き出した渡辺について、ニャルラトホテプは輝かしい瞳をもって興味を刺激された。

 

「……。ふふ。良いですね。この誰かが仕掛けたシナリオの探索者に相応しい精神性。素晴らしい。では、……、そうですね。ヒントだけを差し上げましょう。その男を守ることと、私が売られた喧嘩を買っていることは、イコールです。貴方が仕事をこなせばこなすほど、こちらにも利がある。何故か? ……。ふふ、これ以上は蛇足でしょう。では、私はこれにて。此度のシナリオ、私が破綻させるその日まで恐れ狂うがよい」

 

「待て答えをーー」

 

 

ひゅ、と影が横切ったような違和感と共に、ニャルラトホテプは消えた。

 

残されたのは、二人だけだった。

 

「ま、なんだ。よくわかんねぇけどよ」

 

花崎は立ち上がり、肩をゴリゴリと音を鳴らさせて動かした。

 

「飯食うか?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

【厄モノガタリ殺人】事件 √β

side by アレン

 

 

 

「【おいしい】」

 

ガラス張りの牢屋の中に、空亡が一人椅子に座って食事をとる。

 

スピーカーから流れる彼女の声を聞いた監視員、スタッフ、そして男装の少女アレンは身震いする。

 

あまりにも強い影響力のある声。

 

全てから逃げ出したくなる恐怖感。

 

それでも、視界に映っているのはもきゅもきゅとかつ丼を食べる少女の姿だけだった。

 

「んでなんであそこいたんだよ」

 

「【知らない。気付いたらいた】」

 

「それはそれでどうなん?」

 

牢屋の中には、2人いる。

 

空亡と、ユウスケである。ユウスケはひらひらと自分の右手を振る。

 

「んで、この黒い太陽の刻印みたいなの何?」

 

「【……。知らない】」

 

「はい絶対嘘~~~~~。もうお前しかいないじゃん。もうすんごい間があったじゃん。一回悩んでるじゃん。大人しく吐け。じゃないと俺もこの牢屋の中で隔離されるんだわ。あと皆お前の声を聞くたびにお化け屋敷入りましたか? みたいなリアクションしてんだけど。これもお前だろ? 全部教えろって」

 

「【か、かつ丼吐きたくない!】」

 

「吐けってそういう意味じゃねぇよ。粘るなよ。教えろって。俺はな、この後お酒と女の子がいっぱいいる場所でカラオケするんだから早く言えって」

 

その言葉を聞いた瞬間、アレンはスタッフからマイクを奪い、卓上のスイッチを押した。

 

「ユウスケ!!! もうそのお店いかないって約束したじゃん!!!!」

 

「うわっ! うるさ!! ちっ、アレンかよ。おいおい王子様よぉ! 別に俺がどの店でどんな嬢としっぽりとした関係になろうが関係ねぇだろうが!! なんだ? 俺を止めたいなら乳の一つでも出して」

 

「うわああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

顔を真っ赤にしたアレンが、腰に掛けていた日本刀を、居合で振りかぶる。

 

ガラスが横に真っ二つになった。たった今、牢屋はその機能を失ったのである。

 

「【か、かつ丼だけは……】」

 

空亡はかつ丼を守り、ユウスケはさらに細切れにされていくガラスを見つめながら、白目をむいてこの後の展開を感じ取っていた。

 

「おいおい、日本の強化ガラスってそんなスパスパ斬れないだろ」

 

「ユウスケ……っ!! ち、ちち、ちぃ!? このっ! 僕の事なんだと思ってるんだ!!! 僕人類最強なんだけど!! 世界ランキング1位の強さなんだけど!! そ、そうやって!! 僕の事えっちな目で見るのはダメだろ!! 絶対許さない!! イギリスの時計塔の短針に縛り付けてやる!! そりゃ、僕だって二人っきりなら……ゴニョゴニョ」

 

「ころさないでください」

 

刀をぐいぐい首に押し付けられそうになり、ユウスケは無言で体を震わせた。

 

こうして、面会の時間は終了した。

 

 

 

 

 

 

「はぁ。ユウスケのせいで僕のブランディングが台無しじゃないか」

 

「【ただの、恋する女の子】」

 

「ぐぅ!!!!」

 

呪言に正論のダブルパンチに、アレンは視界が歪む。

 

強化ガラスの存在しない牢屋(開放感あふれる仕様)の中にアレンと空亡が存在する。

 

監視員とスタッフは、直接空亡の呪を浴びて体調不良者が続出。監視カメラで二人の様子を見ることになった。

 

ユウスケという男がいると話が進まないため、彼は別の牢屋に入れられて観察対象として継続調査が行われることになった。

 

アレンは空亡に耐えられているわけではない。やせ我慢である。しかし同時に、空亡が急に攻撃することはないという判断と、--アレンなら空亡を殺すことが可能であるという現実的な判断によって、この取り調べが成立していた。

 

「【……。そう。あの居合は人の域を超えていた。フィジカルギフテッド?】」

 

「え、あぁ……フィジ……? まぁそんな感じ? 頑張れば1秒で100回は刀振れるよ」

 

「【……。すごそう】」

 

「うん。まぁ本命の武装ではないけど、並大抵の妖怪だったら瞬殺だね」

 

「【……ひえぇ】」

 

感情無く空亡は悲鳴を上げた。

 

「それで、空亡ちゃん、だっけ。ネットで検索したら妖怪……空亡っていうのがヒットしたよ。百鬼夜行の最後に現れる太陽。その太陽が球状の妖怪だとしたら……っていう噂によって成立した現代の妖怪。……そして、伝承上無敗の存在」

 

「【私は太陽の妖怪。太陽に勝てるイメージを人間が持たない限り、私は無敵】」

 

「……」

 

「【お姉さまなら、私に勝てるかも?】」

 

「? お姉さま?」

 

「【アマテラスお姉さま。私じゃ絶対勝てない】」

 

アマテラス、というのは、おそらく天照大御神のことであろうとアレンは察した。

 

日本神話において天照大御神というのは、八百万の神々の頂点にして、日本の最高神である皇室の祖神であり、日本国民の総氏神。こと、日本において決して穢されてはいけない絶対の存在である。

 

彼女が消失するとしたら、日本の消失以外にあり得ない。

 

陰陽術が盛んな場所であれば、天照大御神というものの悪口を聞いた瞬間に逮捕、重罪に処されるほどだ。

 

「その、僕は天照大御神様と、空亡ちゃんが姉妹だなんて知らなかったんだけど」

 

「【……。そう。……まぁ、うん……。人間は、私の姿を妖怪と捉えた。そのせいで私が生まれた。本来太陽の絵として描かれたものが、空亡と名付けられたことで、太陽と同性質の妖怪が生まれた。故にアマテラスお姉さまの別側面として、現代から始まった妖怪として成立した。……裏世界でのみ、生存を許された太陽。それが私】」

 

「うら……。はぁ。なるほどね。そのー、ここから大事なことなんだけど。君って人類の敵?」

 

「【? 敵対したいの?】」

 

「いやしたくないけど……。君と戦うのしんどそうだし」

 

その時初めて、空亡は恐れた。この目の前のアレンは、自分を殺せるイメージを明確に持っていることに気付いたのだ。

 

一瞬、力で制圧することを考えるも、やめた。

 

自分の状況が、あまりにも追い込まれているからだ。

 

「【……穴が空いていたの】」

 

「穴?」

 

「【うん。裏世界の空に、穴が空いたの。小さな穴だったの。そして、誰かが私の居場所を奪って、私は穴に落とされた。気付いたらここにいた。そして空から私は墜落していた。でも、太陽が地表に落ちたら、地球が壊れちゃうから、……人間と式神契約をして、自身の弱体化を図った。人間スケールに収まる器にならなきゃいけなかったから】」

 

「……。……」

 

「【あのユウスケという子は、分からないけれども落ち着く。偶然落下地点に彼がいただけだったけれど、彼と契約してよかった。だから契約は破りたくない。彼に陰陽術の耐性も僅かばかり効くし、上手くいけば私の呪力を扱うことができる陰陽師になれる】」

 

「……。あのー。空亡ちゃん。ごめん、よくわかんないんだけど」

 

「【?】」

 

 

 

 

 

 

 

「陰陽師って、なに?」

 

 

 

 

 

 

「【------、え?】」

 

「裏世界とか陰陽術とか、その、フィジカルギフテッド? もよく分かんなかったんだけど、式神契約? ユウスケは一体何をしたの? ユウスケは一体何をされたの?」

 

 

その発言に、空亡はようやく事態が深刻なことに気が付いた。

 

自分は日本のどこかに、裏世界から通常の世界へ転移させられたのだと考えていたのだ。

 

だが、違う。

 

この目の前のアレンという少女の発言から、遂に気付くことができた。

 

「【ーー並行世界の、移動?】」

 

「う、うーん。それもよくわかんないんだけど。一個だけ僕でもわかることがあるよ。穴って、空にある巨大な穴の事だよね」

 

「【きょ、だい……?】」

 

「うん。天上の妖怪門。空から妖怪が降り注いで、僕ら人類の大半が死滅。残された人間は地下に逃げて、生活してる。陰陽師はよくわかんないけれど、選ばれた才能の人間だけで地上に出て妖怪を倒していく守護英傑(ヒノカミ)部隊。その切込み隊長が僕、アレン・ラストノーツだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地下32階から地下2階への直通エレベータは選ばれた人間以外利用できない。

 

アレンと空亡は二人でエレベータに乗り、地下世界の様子を眺めていた。

 

「【……光】」

 

そこは巨大なモールのような居住空間。ホログラムによって描かれた空と地平線の景色と、掘削作業が進められたむき出しの土壁が混在するコンクリートの壁。地下32階から地下30階は守護英傑(ヒノカミ)部隊が管理してい作戦室と牢屋付き取調室が存在しており、地下29階から地下26階が病院。そして地下11までは人類が生活するために作られた場所だ。人は、社会性のある生き物である。人は地下を克服したのだ。空を見ずに一生を終える子どもも存在するほどに、世界は一変した。

 

━━━━━━━━━━━━━━━ 地上 ━━━━━━━━━━━━━━━

【地下2F】 地上出撃施設

【地下3F】 地上監視施設

【地下4F】 隔壁

【地下5F】 地上センサー管制

【地下6F】 ドローン管制

【地下7F】 発電・インフラ

【地下8F】 浄水・空調      人口田園設備

【地下9F】 外気・換気・排気設備 人口田園設備

━━━━━━━━━━━━━━━ 境界 ━━━━━━━━━━━━━━━

【地下10F】 市民監視区域・市民立ち入り禁止区域

【地下11F】 商業

【地下12F】 娯楽

【地下13F】 商業

【地下14F】 飲食・歓楽街

【地下15F】 住宅

【地下16F】 住宅

【地下17F】 住宅

【地下18F】 住宅

【地下19F】 学校・公共施設

【地下20F】 住宅

【地下21F】 住宅

【地下22F】 公園・教育

【地下23F】 住宅

【地下24F】 住宅

【地下25F】 上層居住区

━━━━━━━━━━━━━━━ 医療区画 ━━━━━━━━━━━━━━━

【地下26F】 妖怪研究所

【地下27F】 病棟・リハビリテーション

【地下28F】 病棟

【地下29F】 救急・手術

━━━━━━━━━━━━━━━ 軍事区画 ━━━━━━━━━━━━━━━

【地下30F】 牢獄・隔離

【地下31F】 武器・兵站・作戦室

【地下32F】 中央司令室

━━━━━━━━━━━━━━━ 以下非公開情報 ━━━━━━━━━━━━

 

 

 

このコロニー内の人類は800人程度。

 

場所の移動は、地下直通の通路を使用することになる。移動には、地下に運ばれた自動車や自転車を使用することが多い。

 

しかしこの通路によって、ほかのコロニーに妖怪が侵入した際、襲われるリスクも増加した。故に、通路は緊急時確実に破られないとされる壁を構築し、その場をしのぐこととなっている。

 

居住空間や職場から漏れ出る生活の光は、どこまでも明るくこの地下を照らしている。

 

太陽なんて不要だと、言わんばかりに。

 

「ここは作られて10……いや15年目かな。ずっと工事する音がうるさいし、地震の時なんかはぎょっとするけど、まぁなんとかやってるみたいだよ」

 

「【……この世界では、一体何があったの】」

 

「空の穴から妖怪が降ってきて、あまりの数としぶとさに対抗できなかったんだ。だから人は地下に逃げ込んだ。そんな感じかなぁ。この現象は、百鬼夜行って言われてる」

 

「【百鬼夜行……】」

 

空亡は知っている。

 

百鬼夜行とは、ぬらりひょんによって起こされた人類崩壊の序章。

 

空亡は参加しなかった。彼女の心情に反した行動だったからだ。

 

しかし、ぬらりひょんが並行世界にまで干渉できるなんて想像もできなかった。

 

「着いた。ついてきて? 地下3階からは、地上観察用のカメラ映像が見られるんだ」

 

「【……】」

 

 

 

地上は妖怪が闊歩している。

 

人間という食料が存在しないことで、共食いをする様子が確認されている。

 

アレンにとっては日常風景。

 

空亡にとっては、異常事態であった。

 

人類の生存圏に妖怪が蔓延るというのは現実的ではない。

 

なんらかの力が働いていない限り、そんなことはあり得ない。

 

例えば、神に類する力の持ち主がそう望んでもいない限り……。

 

「【……怖いね】」

 

「……。怖いよ」

 

二人の視線の先、映像に映る空の穴。

 

妖怪門、人類を滅ぼす巨大な穴である。

 

「外国にもこの穴はあるみたい。どんどん穴は広がってきてる。……僕の祖国はアレで滅んだ。家族が僕を日本に逃がしてくれたから、まだ生きてる。……日本に来て、力を手にして、気付いたら世界最強になっていた。そんな感じ」

 

「【……。貴方は、どうやって妖怪を。陰陽術も使えないのに】」

 

「とりあえず1秒間に100刻みくらいするか、全力で……」

 

「【怖い】」

 

「まだ全部言ってないのに……。でも自惚れじゃないけど、本当なら地上を奪還できたかもしれない。でも、とある妖怪が現れてこの国は滅びつつある」

 

「【……その妖怪の名前は?】」

 

「通称、餓者髑髏の花嫁」

 

「【……】」

 

「……、即死級の呪いを無差別に振りまく妖怪。この妖怪を恐れた某国が核爆弾を使用。でも核エネルギーそのものを殺したうえに、その爆弾を掴んで即死級の呪いを詰めて某国に投げ返して、核の力を蘇らせて爆破。死穢れと核に汚染されて某国は滅んだ」

 

「【……妖怪がそこまでの力を?】」

 

「うん……。僕も相対したことがある。アレは、本物の怪物だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これより第28回奪還作戦の検討会議を実施する」

 

地下32階の中央作戦室。

 

そこに集められたのは守護英傑(ヒノカミ)部隊の顔。

 

【第一部隊(モモ)】  戦闘部隊 隊長 アレン・ラストノーツ

【第二部隊(ウラシマ)】偵察部隊 隊長 服部 一番星

【第三部隊(キン)】妖怪調査部隊 隊長 漣 嵐

【第四部隊(シタキリ)】監視・ドローン情報部隊 隊長 古部 合説

【第五部隊(カグヤ)】 救助部隊 隊長 亜澄 翔子

【第六部隊(イッスン)】工作部隊 隊長 地内 雄吾

【第七部隊(サルカニ)】物資回収部隊 隊長 五十三 五右衛門 

【第八部隊(ハナサキ)】懲罰部隊 副隊長  大野 カス美

 

【第零部隊(イロハ)】総司令 風見 権蔵

 

 

 

 

総司令 風見権蔵が司会を務める会議は、緊張感がある。

 

無理もない。風見権蔵が誰よりも職務に準じて地上を奪還しようとしているのは、誰もが知るところだからだ。

 

「前回作戦の反省として、神蔵市の奪還に成功。負傷者も少なく、無事に作戦を終えることができたが、突如地上に落ちてきた妖怪 空亡の登場により懲罰部隊の人間に負傷者が出る。右手に刻印が現れたと報告を受けている。アレン・ラストノーツ。報告を」

 

「えーっと。空亡ちゃんはかつ丼を美味しそうに食べてました」

「【かつ丼は美味しい】」

 

アレンの独自の判断で空亡を会議に参加させていた。

 

空亡の一言で、全員が逃亡したいという願望に襲われるが、それでも全員が耐えることができた。

 

「ひ、ひぃ……逃げなきゃ……」

 

懲罰部隊。第八部隊(ハナサキ)の副隊長 大野カス美以外は。

 

風見がため息を吐く。

 

「アレン。その妖怪 空亡は現在世界で初めて対話が可能な妖怪と認知しているが、人類を襲うことはあるか」

 

「無いかな。襲う気ならもう終わってる。多分、彼女本気出したら僕以外勝てないよ」

 

偵察部隊 服部 一番星がピキる。

 

「ほう。それは拙者であってもか」

 

「忍者でもダメかも」

 

「無念……」

 

服部 一番星は忍者である。そして、アレンの実力をよくわかっているので、彼女がそう言うなら本当に勝てないのだろうなと引いた。

 

「【忍者初めてみた】」

 

「ほう、妖怪でも忍者に関心が。今なら忍者スタートキャンペーン半額で年間サブスク登録をすると指導が無料でござる」

 

「【検討したい……】」

 

「しなくていいよ」

 

アレンが首を横に振った。

 

「【この世界の状況は理解した。私の目的は、元の場所に戻りたい。それ以外のことは考えていない。協力関係を結ぶことは可能。ただしこちらを害する場合は、もちろん抵抗する。……拳で】」

 

「含みがあるな……」

 

風見が独り言ちると……第三部隊(キン)の隊長、漣 嵐が血走った眼で手を挙げた。

 

「か、解剖とか検討をっ! 空亡の体を分析、兵器化することができればっ!」

 

「【ダメ】」

 

「うぐぅぅぅぅぅぅうううU!!!!! きゅ、きゅやしぃ!!(ビクンビクン)」

 

漣 嵐。妖怪と言う存在が現れて一番生き生きしている人間の可能性が出ている危険思想の持ち主である。発想がぶっ飛んでいるだけで、ある程度の常識はある。

 

「は、はぁ……はぁ……。し、しかしこうして理解しました。生物として、やはりこの可能性は捨てきれない」

 

「言ってみろ」

 

風見が促すと、漣はあへあへと呼吸を乱しながら考察を呟く。

 

「妖怪は、やはりこの世界の存在ではない。穴の向こうは別の世界とつながっている。生物としてのルールが違う。おそらく法則も違う。妖怪には妖怪の倒し方が存在している。それが陰陽術などである。妖怪に苦戦する理由は、このルールの違いに人類が対応できていないから。そう。熊狩りと同じように考えてはいけない。いうなればハンターハ☆ターの世界にドラゴ〇ボールの住人がやってくるようなもの」

 

「つまりどういうことだ」

 

「敵のルールを知ることが、人類の打開策になるでしょう。空亡から妖怪の倒し方を学ぶのです。それが妖怪駆除の効率を高めてイクゥ!!!!(ビクンビクン)」

 

誰もがピンと来ていなかったが、空亡だけは驚いていた。

 

事実、この漣嵐と同じことを考えていたからだ。

 

アレンは空亡を見て、風見に提案する。

 

「空亡ちゃんは基本ウチの部隊で預かるよ。僕が近くにいた方が、安心だと思うし」

 

空亡は、過保護だな、と思っていたが、ほかの部隊長は「近くにいれば歯向かっても殺せるから」というニュアンスで話を受け取った。

 

「【ありがたいけど、私はユウスケと一緒にいたい】」

 

アレンがびくっと体の動きを止める。

 

風見も動揺したのか、小さな声で尋ねた。

 

「……なぜアイツと?」

 

「【……言わざるを得ない。私は、彼と契約している。式神契約。上位存在から人間にそれを行うということは……】」

 

「……」

 

「【実質結婚宣言。ぽ……///】」

 

ぴしり、と空気が割れた。

 

僅かばかり無言の時間が続き、【第四部隊(シタキリ)】古部 合説は拍手をした。

 

「ダンディ……。ユウスケくんもパパですか。ナイスダンディ……。結婚おめでとう」

 

「うぎゃああああああああああああああああああああ!!!!」

 

脳を破壊されたアレンがのたうち回る。

 

「えぇ……ユウスケくんそんなモテるんだ……。……えろいのに」

 

大野カス美が呟くと、アレンはプッツンしたようにカス美に掴みかかった。

 

「ユウスケの悪口言うなよぉ!! あぁ見えてすごい頑張り屋さんでぇ!!」

 

「ひぇぇ……ころさないで……。ユウスケママ……」

 

「誰がママだぁ!!!!!」

 

「ふむ。はてさて。今のユウスケ君の様子は、と」

 

古部合説はスマートウォッチを見つめる。

 

そこにはユウスケの映像が送られていた。

 

「女の子とイチャイチャ遊んでいますねぇ。いやはや。ダンディ」

 

「ノットダンディィイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」

 

アレンが膝から崩れ落ちた。

 

「うわああああああああああユウスケの馬鹿あああああああああああああ僕というものがいるのにぃいいいいいいいいいいいいい!!!」

 

カス美が白い目で呟く。

 

「もう抱けばいいじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんもう帰えるねー」

「ばいばーい」

 

「おう。あばよ」

 

地下22階、公園エリア。

 

ユウスケはボランティア活動として公園の監視員をしていた。

 

妖怪が地下を襲うことなんて珍しく、なんやかんやと子どもたちと遊んで終わることが多い仕事だ。

 

ユウスケは懲罰部隊の人間で、定義上罪人とされている。

 

第八の懲罰部隊(ハナサキ)は、罪人だけで構成されている。

 

罪人の中でも力を持った人間を、管理するために特別に作った部隊なのだ。

 

彼の罪状は、……殺人罪である。

 

「おいおいユウスケ。ハーレムじゃねぇか」

 

「だる。もっと乳でかくしてくんなきゃテンションも上がんねぇって」

 

きちんと仕事をしていた監視員の一人がユウスケに話しかける。

 

ユウスケはボランティア活動なんてどうでもよかった。

 

「まぁぶっちゃけあれだよあれ。ここは地上と違って妖怪なんて出ない。いいとこだ。空を見たことが無いガキどもでも、幸せはある」

 

「はぁー。哲学的だねぇ。そんで? 今の地上の空ってどんな感じなんだ?」

 

「……。気持ち悪ぃ場所だ。空に穴が空いてやがる。へっ。出来るんならいつでも妖怪もろともファ〇ク決めてやるぜ」

 

「うひょー! ユウスケお前、馬鹿だな!」

 

「へっ! まぁ出来たらだけどな。……っと」

 

ユウスケの無線機から音が出る。

 

『こちら第零、風見権蔵。ユウスケ、すぐ戻れ。地上奪還作戦の準備をしてもらう。準備完了次第中央指令室へ』

 

「……こちら第八、風見ユウスケ。了解。現在22階で奉仕活動中。切り上げてそちらへ向かう。30分以内に到着予定」

 

『15分で来い』

 

「努力はします」

 

監視員の一人の肩を叩いて、ユウスケはエレベータに向かった。

 

「じゃ後頼んだ」

 

「おう。お勤めご苦労様」

 

「へっ。……皮肉かよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウスケが部屋に戻ると、部屋の中に一人の人間が待機していた。

 

「……なんでここにいんだよ、亜澄 翔子」

 

「あ? こっちぁ急ぎの中お前にメッセージ届けに来てんだよ。ぶっ飛ばすぞ」

 

「こっわ……」

 

【第五部隊(カグヤ)】 救助部隊 隊長 亜澄 翔子。

 

武闘派の医者である。

 

「ほれ。手紙とお守り」

 

亜澄がユウスケに放り投げた手紙とお守り。

 

それはユウスケの知っている、女の子とお酒が飲める店のキャストからだった。

 

「別にいいのに」

 

「……お前も、いつまでそうやってるつもりだ?」

 

「いやなに、酒飲めて乳もませてくれるなら誰でも良くてーー」

 

「その子の腕、戻してやったよ。手紙も利き手で書いてる。どっかの誰かから多額のチップを貰ったお陰だってさ」

 

ぴくり、と指先が震える。

 

ユウスケは「そうか」と安堵するように息を吐いて、また表情を戻した。

 

「んだよ。遊びがいがねぇ。はは。ミミズが張った字みてぇだ。筆圧も強すぎて必死かって。なんか文字も滲んでるし」

 

「……。恋する乙女みたいだったよその患者。どっかの誰かの言葉に、希望を持ってた。誰かさんが絶望から救ったみたいだったよ」

 

「……ま、俺いま金ないから当分この店行かねぇけどな」

 

「このクズ。半端に関わって人の心を踏み荒らすくらいなら、最初から関わってやるな」

 

「痛ってぇ!!? なにしやがる!?」

 

亜澄はユウスケの肩を殴って部屋を出る。廊下で立ち止まって、彼女は苛立ちながらユウスケに語った。

 

「正義の味方気取るなら、その罪悪感に満ちた目をやめろ。不愉快だ。私の旦那と息子がそんな目をしてたら5回ぶっ飛ばしてる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウスケが中央指令室に着くと、風見権蔵とアレン、空亡がいた。

 

「到着しました」

 

「遅い。30分経ったぞ」

 

「努力はしました」

 

ユウスケが風見権蔵に敬礼している中、アレンは首を傾げた。

 

「あれ?ユウスケ。そんなお守り持ってたっけ」

 

装備のカバンにお守りを結んでいたユウスケ。アレンは嫌な予感がした。

 

お守りからどことなく女性の気配を感じたからだ。

 

「あぁ。拾った」

 

「ふぅん。………………ねぇ今度お守りつくってあげても」

 

「いらない」

 

「ふぅーん?????」

 

風見権蔵が肩をすくめながら説明する。

 

「作戦の概要を説明する。本来の懲罰部隊は街の妖怪を誘導、物資回収を目的としているが、今回第一部隊(モモ)と合流し、妖怪空亡とともに巡回、戦闘活動を行ってもらう」

 

「死にます!」

 

「ダメだ、行け。懲罰部隊に拒否権はない」

 

アレンが胸を張って、ユウスケを説得する。

 

「大丈夫だよユウスケ! 僕強いから!」

 

「【よかったね】」

 

「……なぁんも良くねぇんだけど?」

 

こうして。

 

アレンとユウスケ、空亡は地上へ進む。

 

その先にあるものが、たとえ救えない地獄だとしても。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

Tips(√β)

 

地上奪還作戦

妖怪を駆除しながら、周辺施設の物資の回収を行う。妖怪門から妖怪が降り注ぐことがあるので、常に警戒を怠ることができない。数か月前までは地上の生活圏が形成可能という判断もあったが、餓者髑髏の花嫁という妖怪が登場したことで地上生活は困難とされる。現在、神奈川県が餓者髑髏の花嫁の行動範囲となっているが、餓者髑髏の花嫁が支配する骸骨が寄ってくることもあるので、注意が必要。

現在地上の生きた施設は皇居のみであり、皇族護衛隊と連携を取り、東京を守る任務に就き、情報交換を行うことがある。皇居からもたらされた情報によって、アレンは力を手にしている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

【天照裁判】事件

side by  アマテラス

 

 

 

 

 

 

「【須藤与一とは何者か】」

 

日輪様に憑りついたアマテラスが呟く。

 

ここは皇居。

 

現存する日本の神話を保存する聖域(サンクチュアリ)。

 

そこでは、アマテラスの命を受けて現存する日本の資料を広げる宮内庁の役人たちが集まっていた。

 

アマテラスの鶴の一声は、日本人であれば全てが彼女の為に動き続けるだろう。

 

時、既に三徹目である。

 

傍に付き添うのは、須藤与一の父親、須藤頼重その人である。

 

「……、流石に、ブラックでは?」

 

「【神(たいよう)にブラックとか言うな。しかし効率も悪くなっているのは事実か……。おかしい。日本人とは無限に働ける存在ではなかったのか? くっ、時代か。どうしようこの前よその神様に24時間妾の為に働けるって自慢したばっかりなのに】」

 

「意外と俗っぽいですね……」

 

「【休憩せよ!】」

 

「「「「「「ぐえ」」」」」」

 

「【返事が雑い!】」

 

「三徹目ですからね……」

 

「【貴様は問題なさそうではないか】」

 

「1日1分くらい寝たら回復するので……」

 

「【えなにそのショートスリーパーっぷり怖いんだけど】」

 

アマテラス、キャラが崩れる。

 

「【……。仕方あるまいか。出てきている情報以外の情報が現れない。4歳の頃にお酒を誤飲して予言の如く話す、か。御神酒を体内に含めることで何かしらの能力が出たとも言える。【ハナサキを探せ。この世界を終わらせろ】、という言葉が何処から出たのやら……。……。ふむ。須藤与一が知らないだけで、別の仕組みが働いた可能性を考えるか。此奴の顔写真はあるか?】」

 

「家族写真が……」

 

「【見せよ】」

 

頼重がそっと差し出したのは家族の集合写真だ。家の前で撮影しているようだ。

 

死んだ目の頼重。

 

死んだ目の母。

 

死んだ目の与一。

 

目隠しをして涎を垂らし顔を真っ赤にして犬のちんち〇の姿勢で息を荒くする銀子。

 

「【どんな状況でこれを家族写真と言い張るか!!!?】」

 

「す、すいません間違えて……」

 

アマテラスはぴくりと感づいた。

 

この男、自分の呪言をはねのけようと抵抗していると。

 

日本人であればだれでも効力を発揮するアマテラスの呪言すら無効化する、優秀な陰陽師だ。

 

ーー彼がいて、日輪がやられる国難。想像するだけでアマテラスは血の気を引かせていた。しかし決して悟らせない。彼女こそ国であり、国が揺らぐことは許されないのだから。

 

「【まともな写真を寄越すがよい】」

 

「は、はい。こちらに」

 

頼重がそっと差し出したのはトーナメント開始前のの集合写真だ。

 

【餓者髑髏の花嫁】小笠原ひとみが右脇を制し、

 

須藤いろはが左脇を制し、

 

銀子が背後から妬ましい瞳で黒い感情を向け、

 

幼馴染ちゃんこと、蘆屋緋恋が背中から抱き着き、

 

右端に真っ黒く染みができ、心霊写真のように写る賀茂モニカと、

 

死んだ目の与一がいた。

 

「【お前の息子はまともじゃない女にしか好かれんのか!!!?】」

 

「救いは……救いはあるはずなんです!」

 

「【ないわこんなもん!!!】」

 

「まだ、まだ舞えるんです!」

 

「【舞えんわ!! 妾が手を下さんでも死ぬわいつかってレベルじゃが! もういい! 次の写真を!】」

 

「はいっ! ……あっ」

 

「【まともな写真か?】」

 

「比較的……」

 

「【……ホントなんでこんなビックリ怪異に好かれとるんじゃこいつ。神様視点で怖すぎじゃて】」

 

「それはそうですね(信頼の表れ)」

 

「【父親にしてはたんぱくすぎる反応じゃろ!? もういい! 写真を寄越せ!】」」

 

「はいっ!」

 

頼重がそっと差し出したのは小さい頃の写真だ。

 

5歳の頃の写真だ。

 

初めて胴着に着替えたときのものだ。

 

笑顔がかわいらしい。

 

「【ほう。これは本当に比較的まともーーーーーー】」

 

がちゃん!!!

 

座っていた椅子から飛びのき、テーブルに置かれていた緑茶が倒れこぼれる。

 

アマテラスの表情は、完全に無となった。

 

「【ーー。魂が】」

 

「……アマテラス様?」

 

「【……なんだ、なんなのだっ。こやつは……】」

 

「一体、なにが」

 

 

 

 

 

 

「【須藤与一の魂は……女?】」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「【……】」

 

「……」

 

「【……】」

 

「どええええええええええええええええええええええ!?!?!?」

 

父、絶叫。

 

「な、なぁに言っちゃってるんですかこの神様!? 与一がおんっ、どえええええええええええええええええ!?!?!? うっそだぁ!!! お風呂に一緒に入った時ちゃんとちんち〇生えてて」

 

「【黙れ黙れ黙れ黙れ!!!! だって魂の形が!! だってそうだったんじゃもん!!! いやなんかこう厳密には違くて、こう、男の癖に女の気がごりごりに混ざっているって言うかぁ! 男と女どっちの要素もあるっちゃあるって言うかぁ!! 普通そんなことないのにさぁ!! 陰陽の気の流れが一人で完結してるって言うかぁ!! なんなら人間辞めてるっていうかぁ!! なんで誰も気付かなかったのこれぇ! やばぁ! 世が世なら中国とかで仙人って言われてるし西洋なら天使とかになってるっていうかぁ!! えーこわ! なにこいつこわ!!?】」

 

「どえええええええええええええええええええええええ!?!?!? こ、こうしちゃいられんねぇ!! アマテラス様ぁ!! 実家で奥さんに確認してきまぁす!!」

 

「【わ、分かった!】」

 

そう言って頼重が瞬時に姿を消す。

 

動揺に動揺を重ねたアマテラスだったので、許可をしたのだが。

 

「【……ん?】」

 

頼重がさっき、微妙に自分に抵抗していたことを思い出し、気付いた。

 

「【あ! 逃げたなアイツ!!! クソッタレぇ! 本当に優秀だなぶっ飛ばすぞこの野郎!】」

 

ぶちぎれまくるアマテラス。

 

ため息を吐いて、深々と椅子に座った。

 

「【おい貴様。宮にはまだ”皇特”は残っているのか?】」

 

近くにいた宮内庁の人間が叫ぶ。

 

「はっ! 現存します!!」

 

「【よろしい。”皇特”に須藤頼重を連れ戻させろ。それが終わり次第、あのものを捕らえる】」

 

「はっ!!! ……、あのもの、とは」

 

「【決まっている。裏世界でふてぶてしくトロピカルジュースを飲んでいると情報のある【餓者髑髏の花嫁】を捕まえ、須藤与一の情報を引っこ抜き、人質として活用する。天岩戸に72時間くらいつっこんどけば話すじゃろうて!】」

 

 

 

 

 

”皇特”

 

皇室特務機関。メンバーは日本最強と称される人間しかいない。

 

皇居、皇族を守り切るための部隊であり、皇室と宮内庁の命を受け、あらゆる任務をこなす存在である。

 

”皇特”が動けば、状況が変わる。そう称されるほどに、力を持つ集団なのだ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

√α

Side by 渡辺 捧

 

 

 

 

 

「にいちゃーん。もう時間だからしたっけねー」

 

「おうー。あばよー」

 

「……」

 

「おう捧ぅ。俺らも帰るぞ」

 

「……」

 

渡辺捧は驚愕した。

 

ここが妖怪のいない平和な世界だということは認知するに至ったが、まさか。

 

まさか。

 

まさか目の前の男が働いていない無職ニートであることに驚いた。

 

挙句の果てに、甥っ子と平日の午後から夕方まで公園で遊んでいる男など、見たことが無かった。

 

「……。なぁ伊織殿。その、働かないのか?」

 

「あ? おぉ、この後作品を書くぜ」

 

「……、仕事は?」

 

「創作が仕事だが?」

 

「お金はどうしている?」

 

「親父が口座に振り込んでくれる」

 

「う、うぐぅ!!」

 

責任感の塊、渡辺。

 

ここにきて目の前の男の無責任な生き方に、心を痛める。

 

「くっ……、働いた方がいいお思うぞ流石に! ……ん?」

 

渡辺は気付いた。

 

周囲に人影が無くなった。

 

まるで人除けの呪いがかけられたようだった。

 

「……伊織殿」

 

「ん? なんだよ説教は勘弁だぜ親父かよ」

 

「……。そこを、決して動かないで頂きたい」

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 

夕暮れの通学路。

 

影が伸びる交通標識。

 

道を塞ぐように、男が一人立っている。

 

いや、事実道を塞いでいるのだろう。

 

その道を通らなければ、花崎伊織の家には帰れない。

 

「--おぉ、お前か。んだよ面倒くせぇ。そんな……陰陽の気を練り上げたやつ見たことなかったぜ。なんだお前。おいゴラ。なんだお前。北海道旅行してただけなのにとんでもねぇ大物だ。なんだお前ゴルァ。潰すぞお前。なぁ。お前なんだよおい」

 

ぶつぶつと怒りをまき散らす、リーゼントの男。

 

特攻服を身にまとい、バットを一本持っている。

 

木製バットには釘が大量に刺さっている。

 

凶器にしては、あまりに露骨で武骨だった。

 

特攻服にはこう書かれている。

 

妖怪撲殺武契離(ようかいぼくさつぶっちぎり)、と。

 

「よぉくきけゴルァ!! お前らに選択肢は3つある。今ここで死ぬかぁ、べらべら喋って死ぬかぁ、……自分で死ぬかだゴルァ!!!!!!!!!」

 

「伊織殿、公園に逃げろ!!」

 

「あ、あぁ」

 

「おぉ良いねぇ。一般人を巻き込まねぇたぁ男だ。タイマンだな。こいつぁタイマンだよな。タイマンしかねぇよなぁ!!!」

 

釘バットを渡辺に向けた男が、声高々に名乗った。

 

「皇室特務機関。【鎧袖一触】五十三 五右衛門ッっ!!!! てめぇをぶち殺すモンだ夜露死苦ゥ!!!!!!!!!」

 

「--ふふ」

 

「なんだぁおい。テメェおい。何笑ってんだ? お?」

 

「いやなに。--いつの世も。どこの世界も」

 

ふわりと外套を脱ぎ捨て、普段着として使う学生服のみになる。

 

「気持ちの良い戦士はいるものだなと。俺を倒しに来たのにもかかわらず、奇襲もせず、一般人を巻き込まず、……こちらが整うのを待ってくれている。--戦士だな、五十三 五右衛門」

 

刀を抜く。

 

それと同時に、ばち、ばち、と空気を鳴らすほどの呪力を吐き出す渡辺。

 

五十三 五右衛門は、人生で初めて顔を青ざめた。

 

「【最強】渡辺 捧。当方、殺害の意思なし。しかして迎撃の準備アリ。貴様流に言葉を交わすならば」

 

その構えは、霞の構え。相手に切っ先を見せぬことで惑わせる剣術の基礎。

 

「夜露死苦である」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

霞の構えに相対するは、釘付きの木製バット。

 

構えはない。

 

当たり前だ。五十三 五右衛門は構えなんぞ学んだことが無い。

 

しかし、それで問題ない程の才を秘めている。

 

ーーその才を持った人間が、渡辺捧を脅威と認識していた。

 

だが臆することはない。

 

自信が臆する意味がないからだ。

 

近づく。殴る。勝つ。

 

これ以外に彼に選択肢はない。

 

 

「……行くぞゴルァっ!!!!!!!!!!」

 

「応ッッ!!!」

 

 

五十三の一歩。

 

それで離れていた30mを埋めた。

 

一瞬にしてバットを振りかざし、頭部を狙う。

 

バットには大量に釘が刺さっていることが、日本刀を無効化できることを直感で理解していた。

 

釘を断ち切ることはできない。

 

全て、呪具である。

 

刀は釘に絡まり、綺麗な切断なぞ不可能。

 

ーーしかし、例外は常につきものである。

 

「--破!!!!!!!」

 

渡辺の剣術は、ありとあらゆる妖怪を切り裂き続けたことにより、技術のみであらゆる呪いや術を強引に切断できる。

 

一本の釘の半分が刀を通した瞬間、五十三は切断されることを理解、手首を返し、半分切断された釘を捻り上げ、刃を殺すことを選択。

 

手首を返された瞬間に渡辺は意図を理解し、一気に刀を引く。

 

一瞬の間。

 

この間に、お互いがお互いの戦力を理解した。

 

強い。

 

「ーー盛り上がってきたじゃねぇかおい。おいおいおいおい!!楽しくなってきなぁおい!!!」

 

「そちらも中々のお点前!」

 

「舐めんなよゴルァ!」

 

フルスイングのバットを、紙一重で躱す渡辺。

 

水平に刃を構えた刀が、真っ直ぐと目を切断するように突かれ、背を逸らすように躱す五十三。

 

刀を返して袈裟に切りかかり、躱して裏拳の要領でバットを振りぬき、躱して腕を切断しようと下から切りかかり、躱してバットを刀に上から下に全力で当てる。

 

互いに弾かれ、渡辺が肩から体当たりをし、よろめいた五十三がその衝撃のままヤクザキックで腹部を押し当てた。

 

「がっ!?」

「ぐっ!?」

 

この時、五十三はまともな喧嘩を諦めた。

 

油断の一つでもすれば死ぬことが自覚できたからだ。これは人生で初めての事だった。

 

五十三の力はその暴力的なまでの体術、そして。

 

釘の突いたバットは、全てに意図がある。

 

釘を一本抜き、夕暮れに伸びる渡辺の影に刺そうとする。

 

ーーしかし、そこまで渡辺は読んでいた。

 

「疾ーーーっ」

 

地面を蛇のように滑り、一気に距離を詰める。

 

「んなっ!?」

 

釘を飛ばそうとした手を引っ込めて、急ぎバットを盾にしようとする。

 

「甘い」

 

地面から刀が伸びるように、それでいて軌道が蛇のように歪む。

 

バットが、切断される。

 

「御免」

 

刀を逆さに一気に持ち替え、刃の無い部分で全力で五十三のあばらに向けて刀が振りぬかれる

 

「ごっ-------------ふっ?!」

 

あばら3本。完全に折れた。

 

「ぐぎっ、だ、なめんなっ!」

 

切断されたバットは先端が尖っている。それをそのまま渡辺に突き刺そうとするが。

 

その手首を逆に捕まれ、気付けば五十三は宙を舞っていた。

 

「ーーあ?」

 

「秘儀。三日月投げ。本来なら頭から落とす技だが……」

 

掴んだ手首を、そのまま刀を振るように上下させ、そのまま上に引っ張り上げた。

 

痛みもなく、そのまま地面に座らされた。

 

「小手調べはこれでいいだろうか。五十三 五右衛門殿」

 

「……嘘だろ。人生で初めて完敗したぜ。あと名前を一発で覚える奴も初めて見た」

 

「人生色々ありまして……」

 

そのままアスファルトの上に綺麗な姿勢で正座した渡辺。

 

「一体何ゆえ攻撃なされたのか、お聞かせいただけるだろうか」

 

「……兄貴」

 

「えぇ……そういうタイプかぁ……」

 

渡辺、戦闘中に見せないグロッキーさを見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、俺の家なのか」

 

「すまない」

「うっす。失礼しやす」

 

 

花崎伊織の家に、座布団が3枚。

 

そこに3名がちょうど座っているのだが、部屋はニャルラトホテプが来た時よりもきれいになっている。

 

渡辺捧が必死になって掃除をしたのだ。

 

あまりにも汚かったから。

 

寝るときにカサカサと謎の音が聞こえるような気がするから。

 

北海道にGはいないはずなのに。

 

カサカサ、聞こえる気がするから。

 

五十三が声を張る。

 

「まず、襲った理由なんすけど。これはマジで偶然っすね。俺ぁ北海道旅行中だったんすよ兄貴。なんか無性に、直感で行きたくなったんすよね。でもまぁ俺ら皇特ってそんな感じのばっかりなんで。多分国の危機を感じてここ来たんすよ。んで、普通じゃあり得ない呪力を持ってる兄貴に喧嘩吹っ掛けたって流れっすね」

 

「ふむ。肋骨は無事か?」

 

「えぇ、集中して気合入れりゃ秒で治るんで」

 

「肋骨って気合で治らねぇんだわ!?」

 

花崎がデカい声でツッコミを入れる。

 

五十三は事実だと胸を張るしかない。

 

状況はカオスになっていた。

 

「はぁ。変な邪神を名乗る奴の次は皇室勤めのヤンキーときた。なんつーカオスだよ。……。おもしれぇな」

 

花崎が思案する顔になり、空想の世界に入った。

 

渡辺は、「またか」と呟き、五十三に向き合う。

 

「まず申し訳ないことをしました。実はかくかくしかじかというわけで……」

 

「なるほど。兄貴は別の世界から……」

 

「この世界にご厄介になってる身なのです。ご迷惑をおかけするつもりはなく」

 

「うっす。理解しやした。一旦その言葉、信じさせていただきやす。まぁ暴れられても止められそうにないのが難点っすけど」

 

「ありがとうございます……」

 

「しかし、兄貴。おそらくその邪神の影響かぁわかりやせんけど。今の日本……いや、世界も妙な話になってまして。お気をつけてくださいね」

 

「……妙?」

 

「えぇ。……そうっすね。……。なんて言やいいか。……。雑に話すんすけど、例えば普段から綺麗にしている真っ平らにきれいな砂場があるとするじゃないですか」

 

「砂場……。ふむ」

 

「その砂が、目を覚ましたら踏み荒らされているような。……そしてうまく隠されているんすけど、めっちゃ深い穴が掘られているような気がするような。そんな感じっすね」

 

 

 

 

 

五十三が帰った後、渡辺はどこか「穴」という言葉の共通点を探していた。

 

「よし、閃いた」

 

ぼそりと、花崎伊織が呟いて、PCの前に座った。

 

「伊織殿。食事は」

 

「ん、あぁ」

 

「……はぁ、またか」

 

 

 

 

渡辺が見た花崎の姿は、ずっと背中姿だった。

 

 

朝目を覚ましたら、書いている。

 

昼も書いている。

 

夜も気付いたら、書いている。

 

朝に書いている。

 

昼に書いている。

 

夜に書いている。

 

たまに外に出かけて、甥っ子と遊んでいる。

 

たまに散歩に出かける。

 

そして、気付いたらまた書いている。

 

唸りながら書いている。

 

奇妙な笑い声をあげて書いている。

 

イライラしながら書いている。

 

鼻歌を歌いながら書いている。

 

書いて、書いて、書いて。

 

消して、書いて、消して。

 

 

また、全部消していた。

 

 

 

「違うんだよっ……」

 

無理矢理、渡辺に食事を取らされている花崎が呟いた。

 

「……違うんだよ」

 

こめを一粒、箸で口に運んで、少し噛んで、泣いた。

 

「うう……俺の物語はこんなもんじゃない。こんなもんじゃないんだ。みんな褒めてくれないなんておかしいんだ。天才なんだ。俺天才なのに。くそ、畜生。何書いても結果が出ない。悔しい。悔しい。絶対、絶対面白いのに、なんで、畜生、つまらないはずないのに、くそ、ダメだダメだダメだ、これじゃ誰も評価してくれない、畜生、畜生」

 

「伊織殿。その、消したらそりゃそうなのでは?」

 

「うるさいうるさい、違う、違うんだ。もっと面白くできるんだ。もっと面白く……ぐぅ」

 

「食事中に寝る人がおりますか!!? 起きてください伊織殿!!」

 

「すやぁ……」

 

「くっ……作らせておいて!! 冷めてしまうじゃないか!! ……」

 

PCの置かれてる机に乱雑に置いてある印刷された紙を、一枚取り上げた。

 

「……、俺の、物語。……こんなものに、何故そのように力を……」

 

 

何故そこまで命を懸けるのか、理解できない。

 

何故そこまで苦しんで生み出そうとしているのか、理解できない。

 

ーー、どうして。

 

 

初めて、渡辺は彼の作る物語に関心を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「立て、捧っ!!」

 

 

「はぁ、はぁ。う、うわあああ!」

 

 

渡辺家は、先祖に渡辺綱と言う存在がいる。

 

かつて鬼を退治した家系で、エリート、だった。

 

しかしそれ見たことか。

 

現代における陰陽師というのは、五大屋敷によって完成されている。

 

かつての天才がいた血筋が、現在でも天才を生み出せるのかと言えば、そんなはずはない。

 

しかし、妄執は終わることが無い。

 

そこに人を救う意思はない。

 

ただ、天才を生み出すことが目的となる。

 

天才さえいれば、渡辺綱の再来を生み出せば。

 

報われるはずだ。報われるはずだという怨念が、血を重ねるごとに強くなる。

 

渡辺捧も、例外なくその被害者だった。

 

刀を振れば怒鳴られ、刀を構えれば殴られ、刀を仕舞えば水をかけられる。

 

刀を扱う以外に選択肢の無い家だった。

 

そこに子どもの意志はなく、信念はなかった。

 

妖怪を倒すだけなら、刀なんてものにこだわる必要なんてない。

 

だからこそ安部家に負ける。

 

蘆屋家に劣る。

 

賀茂家に譲る。

 

小笠原家に悖る。

 

土御門家に黙らされる。

 

刀こそが、渡辺家の強みであり、最大の弱みだった。

 

 

捧が生まれて3年後、あっさり母が死んだ。

 

それから父は、死を恐れるように剣を叩きこむ。

 

しかし捧が学んだことは、正しい構えの他に、頬が腫れたときの顔の動かし方や、腕が上がらなくなったときにごまかすように構えるやり方ばかりだった。

 

 

そして、そんなことが日常になったある日。

 

10歳の誕生日。

 

妖怪と戦った渡辺捧の父が死んだ。

 

 

 

墓の前で、喪服すらない少年が、死んだ目で雨に打たれる。

 

「……なんだったんだ」

 

怒りが、ふつふつと沸き上がった。

 

「何の為に、俺はこんな目に合ってるんだよ……! それで、教えてくれた剣でお前が死ぬなら、この鍛錬に何の意味があるっっっ……! ふざけるな……ふざけるなっ!! この生き方しか知らないのに!!! この生き方しか知らないのに、その生き方でお前が死ぬのかっ!? じゃあ……じゃあっ!!!! ……俺は、死ぬために生まれてきたのか……? 俺はどうすればいい? どうすればいいんだよ!! 何だよそれ……! 助けてくれよぉ!! 誰か俺を助けてくれよぉ!! ふざけるな、ふざけるなぁ!!! もう……俺に、何も……ないじゃないか……」

 

 

 

陰陽師遺族補償金を使い、10歳の一人暮らしが始まった。

 

剣以外の常識を知らない男は、陰陽の世界から追放され、外の世界……一般人として生きていくことになった。

 

「ねぇ、渡辺くん。なにしてるの?」

 

一般の小学校に入り、少女が声をかけてきた。

 

「……鍛錬だ」

 

「うん。体育の授業でグラウンド2周するだけなのに、なんで逆立ちで走ってるの? なんでそれでみんなに勝ってるの?」

 

「……みんなもそうすればいい」

 

「わけわかんないよ……」

 

 

 

 

「ねぇ渡辺くん。なにしてるの?」

 

「……鍛錬だ」

 

「なんで6年生の子たちみんなが倒れてるの?」

 

「……。勝てるというから」

 

「ふぅん。……手加減しなかったの?」

 

「……ちょっとみねうちにしただけだ」

 

「わけわかんないよ……」

 

 

「ねぇ、渡辺くん。なにしてるの?」

 

「……鍛錬だ」

 

「なんで深夜に全裸で川を泳いでるの?」

 

「……たまたまだ」

 

「変質者として通報されてるよ……」

 

「いかん。逃げるっ!!」

 

「え、水の上を走ってる。……。わけわかんないよ」

 

 

 

 

「ありがとう、渡辺くん」

 

「……鍛錬の一環だ」

 

「でもしつこく絡んでくる酔っぱらった人、私じゃ対処できなかったから……」

 

「弱くてよかったな」

 

「……早く逃げよ。警察来ちゃうよ」

 

「いかん。逃げるっ!!!」

 

「え、置いてかれたんだけど……。わけわかんないよ」

 

 

 

 

 

「ねえ、渡辺くん」

 

彼女は、しつこかった。

 

ひたすら好奇心が強かったのかもしれないと思った。

 

いや、違う。

 

ただただ、普通だった。

 

ただ単純に、教室で一人ぼっちだった渡辺に声をかけて。

 

どこか世界から切り離された渡辺に、小さく手を差し伸べていただけだ。

 

「……どうして話しかける?」

 

「え? 今更?」

 

「……益などないだろう」

 

「まぁ、うん。ないかな……。」

 

「ならなぜ……?」

 

「……。うーん。なんか。わかんないけど、最初はボッチそうだったから声かけて。めっちゃ変な人だなぁ。面白いなぁって見てて。……でも今は、良い人っぽそうだから、かな」

 

「? いい、人?」

 

「だって、助けてくれたじゃん」

 

初めて、彼は彼女という人間を認識した。

 

「……すまない、あの、名前は……」

 

「えー! 今更~~~~? まぁいいけど。どうせ覚えてないと思ったし」

 

彼女の笑顔を、初めて見た。

 

「私ね、如月 桐火っていうんだ。よろしくね」

 

 

 

 

 

渡辺と如月は、それから交流を深めるようになった。

 

そして、小学6年生にあがった時。

 

学校に、妖怪が現れた。

 

「うわあああああああああああ!!!」

「たすけて先生ぃ!」

「む、無理だぁ!! 助けてくれぇ!!」

「くそぉ! 俺が囮になるから先に行けぇ!」

 

「はぁ、はぁ」

 

如月は、友達をかばって逃げ遅れた。

 

そこで襲い掛かったのは、大蜘蛛の妖怪。

 

「……もう、ダメ……」

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!」

 

初めて渡辺は、妖怪と出会い、如月の元に走る。

 

そして、持参していた木刀を振りかざし、大蜘蛛の足を砕いた。

 

「ピギィイイイイイイイイイイ!」

 

「はぁ、はぁ、逃げるぞ!」

 

「渡辺くんっ」

 

必死に逃げる二人をしり目に、大蜘蛛は数を増し襲い掛かる。

 

そして体育館まで逃げても、大蜘蛛に囲まれ、二人は追い詰められる。

 

「……はぁ、……はぁ。ねぇ、渡辺くん……。私、死んじゃうのかなぁ」

 

「はぁ、はぁ……。くそ、くそ、くそ」

 

渡辺の頭の中に言葉が浮かぶ。

 

意味がない。

 

意味がない。

 

意味がない。

 

あれほど続けた鍛錬も。

 

悪夢を見るほどの折檻も。

 

父の暴力も、母の顔も。

 

何も思い出せない程度に。何も身についていなかった。

 

意味なんてない。

 

あとは死ぬだけだ。

 

妖怪と戦い、死ぬために、今まで生きてきたような錯覚。

 

その程度の、人生。12歳の、終わり。

 

抗うことに意味なんてない。

 

戦うことに何て意味なんてない。

 

意味なんて、何一つない。

 

「--いやだ」

 

踏ん張った。何故か、足に力が抜けない。

 

体が、滾る。力が、戻ってくる。

 

「いやだ、いやだ……」

 

「……渡辺くん……?」

 

「俺が死ぬのはいい……でも……、この子だけは、この子だけは死なせない……」

 

「……渡辺くん」

 

「っ、俺の人生は……、ここで終わってもいいっ。でも、目の前の友達を救えないなら、今すぐ死んでしまえ、渡辺捧……っ!!! 俺は、俺はっ!!!! 一人で戦って死ぬお父さんみたいにはならないっ!!!! 誰かを救うために、この力を振るえないなら、今すぐ死ね渡辺捧っ!!!! この力で守らせろ、全てをっ!!!!!!」

 

その日。

 

渡辺の悲願が達せられた。

 

命を賭した決意が、彼の才能を、歴史を再燃させた。

 

「生きて、救うんだ、全部っ……全部っ!!! そのために、俺は全てを捧げてきたんだ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「少年! 生きてるか!」

 

「……」

 

「渡辺くん……っ!渡辺くん!!」

 

陰陽師が駆け付けた時には、大蜘蛛たちは全滅していた。すべて木刀で切り刻まれていた。

 

「まも、るんだ……。全部……、……ぜんぶ……、ともだちの、ひとりくらい……まもれないなら……いきる……いみなんか……」

 

「……お前は守ったよ。少年。でもな」

 

名もなき陰陽師が、渡辺に語る。

 

「お前が生きてなきゃ、その子が泣くぞ。お前も生きろ。お前は、もう誰かにとっての大切な人なんだから」

 

「……」

 

「渡辺くん……」

 

「……? おれは、きさらぎの、たいせつなひとなのか……?」

 

「っ! 馬鹿! 友達じゃん!!!」

 

「……。…………。そうか。…………あぁ。そうだったのか」

 

 

 

 

 

 

それから、二人は陰陽師の世界に入る。

 

覚醒した天才、渡辺捧。

 

ただ巻き込まれただけの一般人、如月桐火。

 

そして本編の世界に呑まれていくのだった。

 

別に語るべき物語でもなく、語り継がれる話でもない。

 

渡辺捧にとっては、ただ一つのきっかけにすぎない。

 

 

そんな彼の人生に、娯楽は非常に少なかった。

 

遊ぶことはあまりなく、ほとんどを鍛錬に注いでいた。

 

それは、呪われたように、誰かを救うため。その一念のためだった。

 

娯楽に触れるときは、ヒロインとデートをするときだけ。

 

一時の心の余裕を手に入れる、わずかな瞬間、それだけだった。

 

「ねぇ渡辺くん。オススメの漫画読む?」

 

「いや。すまない。鍛錬に充てたいんだ」

 

物語に触れることも、あまりなかった。

 

だからだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……やっべ寝てた」

 

花崎 伊織が目を覚ますと、部屋は暗く、薄暗く光るPCの前に何故か座り込んで、PCの中に入れていた原稿を読み進める渡辺捧だけが存在した。

 

「おい……あんま勝手に触んなよ……データ飛んだらぶちぎれるぞ俺……。……。捧?」

 

「……」

 

様子がおかしい。

 

彼には自分の言葉が聞こえているはずなのに。

 

ただ、わずかに肩を震わせるばかりで、マウスをひたすら下げていく。

 

緊迫感はない。ただ平穏なオーラもない。

 

そして、伊織は無言で何が起こったか理解できた。

 

「おう。おもしれーだろ?」

 

「……。なんて、酷い物語だ。【厄モノガタリ】」

 

「あぁ!?」

 

「陰鬱で、悲しくて……死を弄んで」

 

「……」

 

「それでも、必死に……、抗って……、誰もが、必死に、生きようと……誰もが、全力で……」

 

「当たり前だろ。人間なんだから」

 

「……そうだろうか。人間だから、抗うのだろうか」

 

「あぁ。人間ってやつが必死に積み重ねたものが歴史だろ?」

 

「……これは、創作だ」

 

「あぁ。そして、生きたキャラの人生だよ」

 

「……。自分の名前が使われているからか、何故だろうな。自分のことのようだ」

 

「……」

 

「俺が体験したことのない話もある。俺が見たことのない戦いもある。……だけど……あぁ……なんだろうな」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、涙が止まらない」

 

 

 

 

 

 

 

「……俺の作品、すげぇべ?」

 

「……あぁ。……。あぁ」

 

初めての感情が、渡辺に次の言葉を吐き出させた。

 

「完成させてくれ」

 

「……」

 

「……、完成したこの作品を、読んでみたい」

 

「……。必死こいて書いてんだよこっちは」

 

「完成したら……」

 

渡辺の表情が、読めない。

 

PCの画面の光が逆行となって。

 

「俺はもう、この世界にいないかもしれない。でも、……伊織殿が書いた物語が良きものなら……。その道を歩んでみたい」

 

「おいおい、余計なこと言うなよ。お前を幸せにするための物語を書いてるわけじゃないんだからよ!?」

 

「いいんだ。……いいんだ」

 

初めて、彼は物語に触れた。

 

「……、伊織殿が書いた魂を、俺もそのまま受け継ぎたいのだ」

 

「……ならよ」

 

伊織は笑顔で、彼の肩を叩いた。

 

「お前も手伝ってくれ! 【厄モノガタリ】が完成して、世に出たら……。一緒に、喜んでくれねぇか?」

 

「あぁ……あぁ! 手伝わせてくれ」

 

 

 

 

 

完璧超人、無敵で最強の生徒会長。

 

人類を救うことに必死になっていただけの未成年。

 

そんな彼が、初めて、物語で心を動かした。

 

ただそれだけの変化。

 

その変化が何をもたらすかを、まだ誰も理解できない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺人事件が起こるまで、あと1年。

 

 

 




次はまぁ10月ごろに更新したいなぁっていう気持ちで頑張ります。

今回は珍しく、伏線バラマキがんばった回です。

4万文字書いたからもうさぁ! 切るしかないんだわここで話をさ!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」(作者:庫磨鳥)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

美少女が謎の生命体と戦うソシャゲみたいな世界で、『謎の生命体』として生きていくことになった主人公が色々と活躍するお話。▼【二・五章完結】▼※カクヨムにも投稿を始めました▼登場人物の短編を別枠で投稿しているものがありますので、よろしければこちらもご覧ください。▼[くるがい ストーリー集]https://syosetu.org/novel/306231/▼活動報…


総合評価:49087/評価:8.95/連載:101話/更新日時:2025年06月11日(水) 18:00 小説情報

和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件(作者:鉄鋼怪人)(オリジナルファンタジー/ホラー)

どうやら和風ファンタジーゲームの名無しモブに転生したらしい▼……尚、ゲームのジャンルはエログロ上等な鬱ゲーである▼・追記▼ファンアートへのリンク等がある話には●を付けました▼ ▼ またPIXIVに本作品の記事を作成頂けましたのでご紹介致します▼https://dic.pixiv.net/a/%E9%97%87%E5%A4%9C%E3%81%AE%E8%9B%…


総合評価:92045/評価:9.32/連載:262話/更新日時:2026年09月03日(木) 07:00 小説情報

恋愛要素ありの死にゲーに転生して鉈を振り回す転生者(作者:エヴォルヴ)(オリジナル現代/冒険・バトル)

エロゲーとギャルゲーの皮を被った死にゲーと名高いゲームの世界に転生した男。▼最大コンテンツたるハクスラ(最大コンテンツではない)とメインヒロイン(ヒロインではない)と導きのメインウェポンに脳を焼き尽くされた男は恋愛要素など知ったことではないと言わんばかりに突き進む。▼え?関わってきた人達の好感度ですか?(彼にとっては)知らない子ですね。子ではない?じゃあ、そ…


総合評価:17220/評価:8.31/連載:101話/更新日時:2026年03月12日(木) 23:36 小説情報

流石にもう死に戻りたくない(作者:Tena)(オリジナルファンタジー/恋愛)

城下町の兵士Bに覚醒イベントは用意されていない。▼もしも、始めからやり直せると言うのなら。▼人類のガバをひとつ補完するくらいしか、やれることないよねって話。▼もしも、始めからやり直せと言うのなら?


総合評価:62014/評価:9.37/完結:3話/更新日時:2020年10月31日(土) 19:00 小説情報

ディストピアゲーに転生したら行政側だった件について(作者:我等の優雅なりし様を見るや?)(オリジナル現代/冒険・バトル)

ディストピアゲーに転生したら圧政する側だった主人公の話。▼プロット、及び設定を修正する為に一時更新停止→更新再開▼小説家になろう、カクヨムでも連載中▼


総合評価:52559/評価:8.86/連載:45話/更新日時:2025年10月27日(月) 04:51 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>