超常開放前線との決戦から十年が経ち、日本社会は平穏を取り戻そうとしていた。社会は優しくなった。ヒーローは暇になった。
 だが、それでも、ヴィランがいなくならない。
 光ある所に闇がある様に、光から生まれる闇もいる。

※注意喚起
 この小説は原作最終話以降を描いた小説です。最終話付近のネタバレになる部分もあります。ネタバレされたく無い人は注意して下さい。

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 僕のヒーローアカデミア完結記念小説です。
 ネットで「仕事が無くなったヒーローが闇堕ちしてヴィランになるとかありそう」というコメントを見た結果、妄想が膨らんで書いたものです。

 この話は人によってはかなり暗いと感じる内容もあります。
 それを踏まえた上で、楽しんで読んで貰えるとありがたいです。


ヒーローが暇を持て余す社会

 

 超常開放戦線との最終決戦から十年が経った。

 AFOや死柄木弔などを中心とした巨悪と呼ばれる存在、その他にも所謂ネームドヴィランと呼ばれる凶悪ヴィランが消えた上に、デクという男の頑張りを見た世界は、ほんの少しだけ他人に優しい世界になった。

 

 決戦の直後にルミリオン、ネジレチャン、サンイーターなどが、更に二年後にはダイナマイト、ショートといった強力な力を持つヒーローが新たに台頭した。

 更に今から二年前、現場から退いていたデクが現場に電撃復帰した。

 

 総じて、ヴィランは減少傾向にあった。

 

 世界は少しづつ平和になっていく。

 ヒーローが暇な社会になっていく。

 

 俺の様な存在を置いて。

 

「ふぅーー」

 

 太陽が燦々と照らす公園のベンチに座り、煙草の煙を吐き出す。

 吐き出された灰色の煙が天に昇り、すぐに薄くなって掻き消える。

 その頼りない儚い姿に、今の自分の姿の様だと思いを馳せて–––また憂鬱な気持ちになった。

 

 夕方でも無いのに黄昏れている俺はヒーローだった。

 力はそこそこあるが、人気も知名度も、そして金も無い。

 そんなうだつの上がらないヒーローだった。

 

 もっとも、霞んだ灰色の髪と眠たげな半開きの目、無精髭を生やして、灰色の作業服を着ている俺を、こんな見るからにダメなオッサンをヒーローだと一眼で分かる人間はそうはいないだろうが。

 

「すぅー……はぁー」

 

 嫌な気分を忘れる様に、煙草の煙を深く吸い込み、吐き出す。

 その繰り返しに気持ちが落ち着く。

 

「おい!仕事の時間だぞ!!」

 

 俺に向けて叫ばれたその言葉に、落ち着いてきていた心がまた騒めく。

 

 声のした方に目を向けると、そこにはニタニタと人を–––いや、社会を小馬鹿にした様な、嫌な笑みを浮かべる男がいた。

 今日の俺の仕事相手だった。

 

「ふぅーやれやれ……よっこいしょ」

 

 大きな溜め息をついてベンチから立ち上がる。

 

「もう他の連中は集まってんだ!今日も頼むぜ『逃し屋』!」

 

 『逃し屋』とは俺の事だ。この男とその仲間の様な、ヒーローが本来ならとっ捕まえなきゃいけない様なクソみたいなヴィラン共を、社会秩序を守るヒーロー達から逃す者。

 

 そう、今の俺は元ヒーロー、現ヴィラン。

 

 その現実に、また俺は煙を吐き出した。今日も最悪な気分だった。

 

 

 


 

 

 

 今日の仕事は銀行強盗犯の逃亡幇助だった。

 狙いは大都会の大きな銀行–––では無く、地方の小さい銀行だ。

 

 ヴィランが減少傾向にある様に、ヒーローもまた減少傾向にある。ヒーロー活動の幅を広げた奴とか副業で金銭的に余裕のある奴もいるが、上手く適応出来ずに辞めてる奴もいる。

 だが、都会と呼ばれる様な場所にはビルボードチャートの上位に入る様なヒーローが必ずいるし、チャートには載ってなくても実力のあるヒーローがいる。

 

 だから、今回の仕事相手の様な、そこまで強く無いヴィランの狙う場所はそういう都会から離れた地方になる。

 

 そういう所にもヒーローはいるし、その実力も侮れるものじゃない。

 が、ヴィラン共も馬鹿じゃない。特に今回の仕事相手は小賢しかった。

 

 狙う地方のヒーローぐらい事前に調査する。その個性と実力も。

 そして、その上で俺の様な『逃し屋』を雇う慎重さも持ち合わせていた。

 ヒーロー目線からしたら、はっきり言ってクソ面倒な相手だが、今の俺はヴィランだから、仕事相手としてはまぁまぁだ。

 

 だから、まぁ今回の仕事も上手くいくと思っていた。実際に銀行強盗までは成功したのだ。

 俺に声をかけたヴィランの個性は『トンネル』で、あらゆる非生物に風穴を開けられる便利な個性だ。それにより下水道から穴を開けて侵入、その後に金庫の扉にも穴を開けて金品の強奪、そして再び地下から逃走する。

 地下には逃走用に途中で幾つかのトンネルを作っておき撹乱しておいた上で、地上に車を用意しておきそれに乗って逃げる。それが計画の全容だった。

 

 人数は四人。トンネル個性の男が主犯かつ立案者で、その他は俺の様に金で雇われた奴らだった。

 なかなか良く出来た計画だと思った。だからこそ『逃し屋』として活動している俺も参加したのだ。

 

 しかし、いつもの事ながら現実はそんなに上手くいかない。

 

「テメェら地上からなんて舐めた逃げ方してくれてんなぁ!!」

 

 地下での逃走は上手くいっていた。

 しかし、車を用意していた場所、人通りの少ない空き地に出て車に乗ろうとしたところで待ったが掛かった。

 ボンッボンッと、両手から爆発を起こして威嚇するヒーロー、大爆殺神ダイナマイトが逃走用の車の前に張っていたのだ。

 

「な、何で此処にいるんだよ……っ」

 

 主犯の男がそんなことを言っている間に素早く周りを見渡したが、ご丁寧に一般人の退避は完了していたようだった。

 ならば、周りも既に囲われていると考えた方がいいだろう。

 

 逃げるなら地下だ。

 

「おい、地下に戻って逃げろ!ここは俺が止めといてやる!」

「わ、分かった!行くぞお前ら!」

 

 ダイナマイトが目の前にいた事に驚愕していたヴィラン連中に喝を入れて動かす。

 何も考えずに頷いて返事した奴らは、再び地下に潜ろうと逃げ出そうとするが–––

 

「誰が逃すかよ!馬鹿かテメェら!」

 

 ボンッ!と先程までよりも大きな音と共にダイナマイトが高速で接近してくる。

 目で追うのも辛いスピードだが、まだ対処出来る範囲内だった。

 

 右手を大きく振りかぶりながら近づいてくるダイナマイトに向けて、フゥーと大量の煙を吐き出す。

 吹き出し方は普通だが、その量は尋常では無い。

 

 あっという間に俺達四人を包み込んで有り余る量を吐き出した。

 

「洒落せぇんだよっ!!」

 

 が、しかし。折角出した大量の煙はダイナマイトの右腕の一振りで散らされた。

 

「やれやれ……相変わらず凄い力だな」

 

 その埒外の破壊力に思わず呟いてしまう。

 俺の煙は特別製だ。並の風なら散らされないのだが、流石は戦闘力では現役トップと呼ばれるヒーローの爆発だった。

 

「あぁ!?何だこのうざってぇ煙はよぉ!」

 

 だが、ダイナマイトも困惑していたようだった。

 俺の煙をただの煙幕程度だと考えていたのだろう。ただの煙程度なら先程の一撃で全部吹き飛ばした上で、俺達ヴィラン四人を戦闘不能に出来ていた自信があったはずだ。

 しかし、現実には煙は散らしただけ、俺達四人はピンピンしている。

 そして俺を残して三人は悲鳴を上げて頭を抱えて逃亡に移っていた。

 

「逃す訳ねぇだろうがっ!」

「残念逃がさせてもらうよ……ふぅー」

 

 少しばかりしてやられた事にイラついた顔をしたダイナマイトが追撃に移る前に、新たに大量の煙を吐いた。

 

「ちっ!うざってぇんだよ煙野郎が!」

 

 ボボンッ!!と、片手では無く両手の爆破で今度こそ煙を完全に晴らそうとしたダイナマイトだが、そうは問屋が卸さない。

 先程は散らされた煙だったが、今度もまた散らされるだけだった。それも、先程よりも少量しか動いていない。

 

「何だとっ」

「ふぅー……やれやれ怖いなぁ」

 

 苦い顔をしているダイナマイトを目の前にして、また新たに煙を吐き出しながらそう呟く。

 俺の周りにはもう既にかなりの量の煙が地上スレスレを滞空している。既に俺の腰の高さにまでに来ている煙は、今は半径三十メートル程度の範囲を覆う程度だが、時期にこのあたり一帯を埋め尽くす。

 地下までの距離は殆どないから、これで一先ずは逃亡させられただろう。

 『逃し屋』としての仕事を完遂出来たと、安堵を感じていた俺だったが、ダイナマイトの次の言葉でそれは誤りだったと気付かされた。

 

「チッ!テメェが妨害するから俺の手柄にならなかったじゃねぇか」

「は?」

 

 ダイナマイトの不穏な言葉に思わず声が漏れた直後、煙の外側、ちょうど三人が逃亡した背中側から急に冷気が吹き込んできた。

 そして、パキパキと空気ごと凍らせる音がなり、その直後にゴゴゴッと地響きと共に地下から巨大な氷が突き上がってきた。

 

 煙の中を貫き地上十メートル程度まで伸びた氷塊。そこには地下に逃亡していたはずの三人が顔だけを出した状態で凍らされていた。

 

 間違い無い。こんな規模の氷塊を瞬時に出しながら死なない様な繊細な凍らせ方が出来るのは彼しかいない。

 

 地下から登ってきた氷塊の頂点に立つ男は炎と氷を自在に操るヒーロー、ショートだった。

 

「マジかよ……」

「テメェ横取りしてんじゃねぇぞショート!」

「逃げてきたから凍らせただけだ*1

「アアァッ!!」

 

 ショートの挑発とも取れる言葉を受けてダイナマイトが怖い顔をして唸った。

 俺と凍らされた三人を他所に言い争いを始める二人を見て、ようやく驚きから少しだけ立ち戻った。

 

「ふぅーやれやれ……トップクラスのヒーローが二人とは我ながら運が無いなぁ」

 

 新しいタバコを取り出して口に咥えながらボソっと言った言葉に、ショートが否定の言葉を発した。

 

「二人?まだ来て無いのか?」

「俺一人で充分だったのによ!」

 

 その二人の言葉に反応するより前に、新しい声が俺の耳に届いた。

 

「お待たせ二人とも!」

「オセェし待ってねぇよ!!」

 

 声の主はいつの間にか近くの電柱の上に立っていた。

 特徴的な緑色のもじゃもじゃした髪、機械的なヒーロースーツ。特徴的な装備をしたヒーローの名はデク。

 ダイナマイトやショートと同い年のヒーローであり、無個性ながらも超最新技術をこれでもかと盛り込んだヒーロースーツを着てヒーロー活動を行う男。

 

 同年代のヒーロー達の中で頭ひとつ抜きん出た戦闘力を誇る三人が一堂に会する。

 それも、俺というヴィランを捕まえる為に。

 

「ふぅー……やれやれだな」

 

 口癖となったその言葉と同時に煙を吐き出す。

 

「年貢の納め時だな。これ以上抵抗するな」

「テメェが指揮んじゃねぇ!!」

「まぁまぁかっちゃん落ち着いて」

 

 一対三。それもトップクラスのヒーロー達が相手。

 並のヴィランなら泣いて許しを乞う場面だろう。

 凍らされた三人は最早抵抗する気も起きないらしい。『トンネル』を使えば氷を退かすぐらいは容易いはずなんだが、ここに来て理性が勝ったらしい。

 この三人からは逃げられない。どうせ捕まるならこれ以上抵抗して罪を重くするよりも、大人しく捕まった方が良いという判断だろう。

 

 なら『逃し屋』としてこれ以上の義理立ては必要無いだろう。

 

「悪いが……そうはいかないね。逃げさせて貰おう」

「逃げられると本気で思ってんのか?」

 

 そう問いかけるショートは呆れ顔–––という訳でも無いな。単純な疑問が口に出ただけか。

 

「捕まりたくは無いからな。ふぅーやれやれだよまったく」

「とことん舐めてんなテメェ!!」

 

 ブチッと音が聞こえて来そうなほど顔に青筋を立てているのはダイナマイトだ。

 

「舐めては無いよ。けどほら……周りを見なよ」

「あ?」

 

 怖い顔で怖い声を出したダイナマイトは周りを見渡す。

 かなり広いはずの空き地の半分ぐらいを覆うぐらいにまで煙の量が増えていた。

 漂う範囲は半径五十メートル近くにまでなっている。

 

「煙が多くなってきているだろ?」

「何だそんな事かよ……ケッ、んなもんとっくに気付いてるに決まってるじゃねぇか。やっぱ舐めてんなテメェ」

 

 やはりダイナマイトは優秀らしい。会話の中でさり気なく煙を吐いて量を増やしていたつもりだったが、その程度の事は既に気付いていたらしい。

 

「ふぅーやれやれだよ。楽は出来そうにない」

「楽させてやるよ!牢屋の中でゆっくりしてな!!」

 

 ババンッと両手から爆発を起こしたダイナマイトが煙を抜け出して空を舞う。

 煙の中は俺の領域。そこから抜け出して空から俺を狙う気だろう。

 彼にはちょうどそれにピッタリな必殺技もある事だしな。

 

 まぁもっとも、本気で捕まえる気なら煙から抜け出す事はさせなかったが。

 

「ふぅー」

徹甲弾機関銃(A・P・ショット・オートカノン)!!」

 

 空を飛びながらババババッと両手から爆発を起こしたダイナマイト。

 正しく機関銃を連射した様な音と共に、細かく鋭い爆発が連続で俺を襲う。

 

 が、しかし。腐っても俺は元ヒーロー。

 同業の、それもトップクラスの実力者の技は基本的に知っている。

 

 彼が飛び上がったと同時に新たな煙を吹き出していた。

 勢い良く吹き出した煙は周りの煙と混ざり合い、溶け合い、大きな唸りとなり俺の周りを覆い尽くし、完全に隠した。

 

 ボボボッという音を立てながら俺を覆った煙にダイナマイトの爆発が着弾するが、俺に届く事は無い。

 表面の煙が赤くなり、多少揺れた程度だった。

 

「ふぅーやれやれ。君と俺の個性の相性は最悪だ……君と俺とじゃ勝負はつかないよ」

「んだとテメェ!!舐め腐りやがってクソ煙野郎が!」

 

 煙の中からの挑発に丁寧に反応してくれるダイナマイト。

 お互い顔は見えないが、恐らく凄い顔をしているだろう。それこそ、彼を生で始めた見た、彼が一年生の時の体育祭の表彰時の様な顔を。

 

 そんな事を考えていた時に音が聞こえてきた。

 ダイナマイトが滞空する為に行う細かい爆発音に紛れて聞こえてきたのは地面と何かが接触した音。

 聞こえてきたのは俺の背後、ちょうどショートがいた位置のすぐ近くだった。

 

 だから、すぐに地面を蹴って跳び上がり、俺の事を覆っていた煙の上に着地した。

 その直後、パキパキという音が新たに聞こえてきた。

 煙で見えてないが、俺の予想通りなら地面一帯が氷で埋め尽くされたはずだ。

 

「チッこの程度じゃダメか」

 

 勿論、そんな事をしたのはショートであり、彼はクールな顔を維持していたが若干だけ悔しそうにしていた。

 彼の右手からは冷気が上がっている。

 氷塊から氷を延長して地面を凍らせたのだろう。

 

「ふぅーやれやれ……本当に怖いね」

 

 ダイナマイトの空からの攻撃を見て地面全体を凍らせる判断をしたのだ。

 ダイナマイトにだけ注意していたらあっという間に凍らさせられていただろう。煙もあるから見えにくく、ダイナマイトの爆発で音も聞こえにくい。

 それに加えてダイナマイトもデクも地上にいないから巻き込む心配も無い。

 

 まったく怖い連携だ。先程まで口喧嘩していた二人とは思えない。

 

「テメェ!しくじってんじゃねぇよ!」

「悪りぃ次は決める」

 

 そんな事を考えている間にもまた二人は口喧嘩をしていた。

 

「こんなにシンドイのは十年前以来かな……ふぅーやれやれ」

「そんなに前からヴィランだったんかテメェ」

「いやいや、俺なんて新人も良いところだよ」

「んだとテメェ……俺の攻撃を何べんも防いだ実力があって何が新人だよ舐めんのも大概にしろや!」

 

 俺が新人ヴィランな事は本当なんだけど、ダイナマイトは信じてくれないらしい。

 まぁ、無理もないとは思う。

 俺の実力はヒーロー時代、対ヴィランで築いたもの。そんじょそこいらのヴィランよりも強い自信がある。

 

「いやー本当何だけどねぇ……ふぅーやれやれ。信じてもらえないかぁ」

「いや、本当の事を言っているよかっちゃん」

「大爆殺神ダイナマイトだ!デク!」

 

 イラついているダイナマイトに、ごめんごめんと平謝りしているデク。

 そうして俺を見る彼は何かあったのか辛そうな顔をしている。

 だが、その理由も続くデクの言葉で分かってしまった。

 

「だって僕は貴方の事を知っている。スモークヒーローのシガーマンですよね?」

「ふぅー………本当にやれやれだよ」

 

 デク。彼がヒーローオタクだとは有名な話だったが、まさか俺みたいな知名度の全く無いヒーローまで知っているとはな。

 

「人相が変わっていたので顔じゃ分かりませんでしたが、さっきの煙を見て気付きました。ヒーロービルボードチャートの上位には入ってませんでしたけどトップクラスにも劣らない実力者。デビューからインタビューが一つも無い筋金入りのメディア嫌いで露出が極端に無かった相澤先生とおんなじタイプのアングラなダーティヒーロー。けどヴィラン検挙率がかなり高かったこともさることながら真に凄いのは捕縛したヴィランの怪我率の極端な低さで、それはヴィランも無傷で捕まえるという高い実力と個性のなせる技だった。特にさっきのダイナマイトの攻撃を防いだのはヘビーロックですよね?貴方の個性『ヘビースモーカー』で作られた重くて粘っこい煙でヴィランを閉じ込め動きを封じ込めると共に内外からの攻撃を煙が吸収無効化する事で拘束以降一切の傷を付けさせずに捕縛する必殺技で………ブツブツ……」

「キモいんだよデク!いい加減その癖直せバカが!」

「相変わらずだな……」

 

 長文で早口でブツブツと唱えるデクを叱るダイナマイトと穏やかな目で見つめるショート。

 立ち位置が父親と母親みたいだなと、全くどうでも良い事を考える程度には現実逃避がしていた。

 

 が、しかし。いつまでも現実逃避し続ける訳には行かない。

 顔と名前を知られた以上。素早くこの場を逃げ切り、身を隠さなきゃいけない。

 着ている作業服の懐から新たなタバコを取り出し火を付けて一呼吸で全部吸う。

 

「すぅーーーーー……やれやれだよ全く」

 

 本当に最悪な日だ。それこそ平和が崩れ去った十年前のあの日–––超常開放戦線との二回の決戦の日と同レベルの悪さだ。

 俺の人生のワーストスリーには確実に入る。

 

 そんな嫌な気分になりながらも動きは澱みなく戦闘準備を整えていく。

 

「どうしてヴィランになんて……」

「なんて事は無いよ。こうじゃなきゃ生きていけないのさ……ふぅー」

 

 新たな煙を吐き出しながら適当に返す。

 もっとも、俺だけならこんな事しなくても生きていけるだろう。俺だけならな。

 

「君達に恨みは無いがきっかけは君達と敵連合との戦いだ。超常開放戦線との戦いが終わり、君達の代のヒーロー達が台頭してきたのも関係あるがね」

 

 騒つく心を落ち着ける様にまた新たな煙草を取り出して吸いながら語る俺。

 関係無いとばかりに俺を襲おうとしたダイナマイトは、デクとショートが手で抑えていた。

 

 俺が何を語るのかに興味があるのだろう。

 優しい事だ。俺の様なヴィランなど問答無用で捕まえれば良いだろうに。

 

 いや、そんな彼らの頑張りを見るからこそ、社会は優しくなっているのだろうな。

 逆にだからこそ、俺はヴィランになっているのだがな。

 

「俺は実力はそこそこあるけど知名度は全くなくてね。けどね、さっきデクは生粋のメディア嫌いなダーティヒーローと俺の事を言っていたがそれは違う」

「どういう事ですか?」

「俺はメディアから干されてたのさ。個性が個性だからね」

 

 ふぅー……本当にやれやれな話だった。煙草の量が増える。

 

「個性『ヘビースモーカー』でしたよね。煙草を吸って、吐き出した煙を自由自在に操る強力な個性だった」

「うん、そこそこ強いよ。煙草さえ吸えればね。

 俺が煙草を吸いながらヴィランと戦う姿を見た公安から何て言われたか分かるかい?

『子供に憧れられるはずのヒーローのくせに、未成年喫煙を促す悪いヒーローの見本。だからメディアには出るな、ヒーローの印象が悪くなる』だぜ?笑っちまうよな。

 おまけでメディアに出るどころか人目を気にせずに常に煙草を吸ってるダーティヒーロー扱いしやがった」

 

 そこで、俺のヒーローの原点(オリジン)ってやつは綺麗さっぱり折れちまった。

 俺の言葉にデクとショートは苦い顔をした。ダイナマイトも眉を潜めている。

 

「俺の個性は父親の煙草の煙を吸った事で分かってね。

 以来、学生時代はこの個性のせいで常に未成年喫煙を疑われて……ヴィラン予備軍扱いを受けて生きてきた。

 

 だから俺は正規の方法でヒーローになってアイツらを見返したかった。個性がヴィランっぽく見られてもヒーローになれるってな。

 それがどうだ?成人してから個性を使い出して必死こいてヒーローになった後に待っていたのはさっきの言葉だ。ホントにやってらんないよ」

「でも貴方はヒーローとして活動していた。それこそ超常開放戦線との戦いの時も、それ以降も」

「そりゃあそうさ。生きていくには金がいる。

 ヒーローになる為に生きてきた俺が今更他の仕事でそれ以上に稼げると思うかい?

 幸いにも俺にはそこそこの実力があった。メディアから干されて、ダーティ扱いされて、グッズ展開なんて何も無くても、それでも何とか生活出来る程度にはね」

 

 そこで一旦区切り、新しいタバコを取り出し火を付ける。

 そんな扱いされていたからヒーロー殺しにも狙われた事があった。個性を総動員して何とか自分の身は守ったが、拝金主義の贋作だの自分の身を守るだけならヒーロー失格など散々言われたさ。

 何も言い返せなかったよ。全部事実だからな。

 

 そして、正直ここから先は八つ当たりに等しい言葉になる。こんな心優しいヒーロー達には聞かせたくは無いが、ここまで来たら言うしかない。

 

「でも、超常解放戦線の戦い以降ヴィランはだんだんと減少していったし、君達みたいな強くて華のある……超常解放戦線との戦いで取り上げられたヒーロー達が増えたからね。

 それ以来、俺のヴィラン検挙数は減って、貰える金も減った。当たり前だよな、ヴィランが減ったんだから」

「俺達のせいにしてんじゃねぇよ転職しろザコが」

「ダイナマイト……」

「事実だろうが!!」

 

 俺の言葉に噛み付くダイナマイトをショートが諌めようとしたが、ダイナマイトの言う通り転職するのが筋だろう。実際にヒーローを引退して他の事を始めたヒーローも多い。

 だが、それは出来なかった。

 

「無理だよ。金が足りない。

 

 勘違いするなよ俺のじゃないさ……俺の両親の入院費だ」

「入院費?」

「うん、神野区でのオールマイトとAFOとの一騎打ちの時に巻き込まれて運悪く頭を打ってね。それ以来植物状態さ」

 

 その言葉に三人の中でも特にダイナマイトが大きく反応した。

 ダイナマイト、本名は爆豪勝己。雄英高校一年生の時に敵連合に捕まり、それを助ける為に神野区での戦いは起きた。

 俺の両親が植物状態になるほど大きな戦いが起きた原因とも言われた男。

 

「ふぅー……やれやれ、さっきも言ったが恨みはないよ。君が捕まらなかったら……何て考えた事もない。悪いのはヴィランさ。

 これはきっかけと言うだけの話だよ」

「……っ」

 

 俺の言葉に思うところがあったのだろう。イラついた顔を苦い顔に変えたダイナマイト。

 

「はっきり言ってしまえば超常開放戦線との戦いに参加したのも金を稼ぐ為さ。ネームドヴィランを一人でも多く捕まえて報奨金を貰うためだった。

 君達の同期も参加した群訝山荘の戦いにも参加したさ。目についたヴィラン共を片っ端からとっ捕まえて、けどまぁ、ギガントマキアは止められ無かったけどね。

 その後もヒーローに石を投げる民衆を守って戦ったさ。心折れて辞めてったヒーロー共の分も必死にな。

 

 けど結局、金は殆ど貰えなかった。

 君らも知ってるよな?あの戦いの時、ヒーロー達に金は殆ど払われなかった。復興の為に大量に使うからと言って」

「事情を説明すればホークスはきっと払ってくれました」

「あぁ、ヒーロー公安委員にはその時も行ったよ。事情を説明して何とか金が欲しいって。残念ながらホークスはかなり忙しいみたいで会えなかった。

 その時対応したのも質の悪いやつだった。そん時に言われた言葉も覚えてるよ。

 

『ヒーローなのに金が欲しいのか?アンタの家族と同じくらい困ってる人は沢山いるのに、人を助けるヒーローが』ってさ。

 

 ヴィラン検挙時の規則に則って少量だけでも払わせたが、あん時の顔は酷かったよ。まるで汚物を見るみたいな目で見やがった。

 

 ふぅー……あれは応えたよ。二度と行きたく無いと思ったね」

 

 黙り込むヒーロー達。彼らはあの戦いの時、学生という本来なら守られる立場にも関わらず最前線で戦った。本当に勇敢なヒーロー達だ。尊敬するよマジで。

 

「最近まではその時の金となけなしの貯蓄で何とかなってた。

 けど、だんだん金を稼げなくなった俺は、行きたくなかったがヒーロー公安委員にもう一度行ったよ。何とか仕事を融通して欲しい、何でもやるってさ。

 前の時よりも対応が良くてね。人の良さそうな人が話を聞いてくれたよ。

 けどな、その人が何て言ったと思う?

 

『委員長の口癖じゃないですけど、良かったじゃないですか、ヒーローが暇な社会が来たんですよ。メディア嫌いで世間の印象も悪いのが多いみたいですし転職したら如何ですか?』ってさ。

 

 ふぅー……俺は絶句しちまったよ。

 お前らがメディアに出るなって言って、挙句に印象操作までしたのにな」

 

 思い出しただけでもイラついて、つい煙草をへし折ってしまう。

 新しい煙草を出しながらデクの顔を見て、彼の同期であるシュガーマンの事を思い出した。

 

「知ってるかい?今更になってネットではシガーマンの名前が偶に出るんだ。君達の同期であるシュガーマンのお陰でね。

 その内容は『シガーマンって誰?シュガーマンの間違い?』だ。しかもシガーマンを調べて出てくるのは公安のした印象操作の結果、煙草を常に吸ってるダーティなニコチンヒーローっていうものだ。

 ネットでのシュガーマンのファンなんて、俺を名誉毀損で訴えてヒーロー名を変えさせるべき何て言ってるんだぜ……ふぅー、笑えるだろ?」

「笑えないです。そんな話」

 

 そう言うデクの表情は硬い。そらそうだろうな。

 

 最早俺の名前の印象は最悪だ。今更ヒーロー辞めたところで真面な所に就職なんて出来るわけない。

 

 社会は優しくなった。それは目の前にいる彼らの様な、ヒーロー殺しの言っていた本物のヒーローのお陰で。

 

 そして同時に、社会が優しくなった分、ダーティな印象のある俺の様なヒーローへの目は厳しい。

 こんな奴がヒーローをやっているのか。そういう目で見られる。

 

 前からそういう目はあったが、むしろ、超常開放戦線との戦いの前の時よりも厳しくなった。

 今の社会は一般人でも他人に優しく品行方正に生きているのだ。なのに、善人と聖人の集まりであるヒーローに悪い所があってはいけない。

 そういう思いが少なからず一般人にはあった。

 

「世間のシガーマンへの印象は最悪だ。けど、そんな俺を信じてくれたのが両親だ。

 俺がどんな思いでヒーローになったかを知っていて、公安に印象操作されても応援してくれたのは両親だ」

 

 だから金がいるんだよ。

 

「俺はもう、何処にも行けないのさ。ヴィランになる以外にはな。

 

 ふぅーやれやれ……話を聞いてくれて助かったよ。例え時間稼ぎと分かっていても、こんなオジサンの話を聞いてくれる君達は本当に優しいヒーローだよ」

 

 話をしながらも常に煙草を吸い煙を吐き出していた。

 お陰で過去最大規模、半径百メートル近くにまで煙は広がって、空き地全体を完全に埋め尽くしていた。

 

「貴方の話は分かりました。ヴィランになった理由も」

 

 デクが真っ直ぐに見つめてくる。本当に真っ直ぐな目だ。

 俺への同情もあるだろうが、それ以上にヴィランを放置はしないという覚悟がある。ヒーローとしては最高の目だろう。

 

 俺にはもう眩しすぎるが。

 

「だから、貴方を捕まえます。これ以上罪を重ねないうちに」

 

 最早言葉は要らない。

 ここから先は全力で抗うだけだ。

 

「逝けっ!!」

 

 広げた煙を一気に操る。地面を覆っていた煙が一気に唸り、大きな塊となってデク、ダイナマイト、ショートの三人を襲う。

 その灰色の海から高波が襲う様な様子からヘビーウェーブと名付けた俺の必殺技だ。

 

「二人とも絶対に捕まらないで!彼の煙に捕まったら深いプールに沈められるみたいに圧力で身動きとれなくされるよ!捕まったら出れないと思って!」

「さっきまでのは舐めプかよ!アァ!!」

 

 ロープで違う建物に移動して波打つ煙を避けながら叫ぶデクに対して、ダイナマイトは急に不機嫌になって爆発で一気に天高く飛んだ。

 ショートの方はと言うと、黙々と氷塊の頂点から横方向に氷を生み出して移動していた。

 

 煙から逃れる為だろう、空き地から少し離れたところにあった高い建物の上に陣取ったデクが俺の個性の特徴を早口で話し始める。

 

「彼の個性『ヘビースモーカー』が生み出す煙は重くて何にでも付着して色んなものを吸収出来るんだ!爆発の衝撃や熱なんかも多分それで受け止められた!」

「流石は同業者だ。やり難い」

「元だろうがテメェは!!」

「俺の個性はどうだ」

 

 ショートがそう言い大きな氷塊を瞬時に生み出していく。

 空き地に生み出された氷は、まるで小さなコロッセオみたいだった。

 

 俺の煙は彼の氷の様な大きな質量物を止める事は難しい。特に煙の攻撃力は単体ではかなり低くて、この分厚い氷を壊す、あるいは貫く事など出来そうにない。

 

 パキパキと音を立てながら更に厚みを増して俺を閉じ込める氷のコロッセオ。

 天井部分は空いているから逃げるならそこからだが、そこに待ち受けているのはダイナマイトだ。

 

「さっさと捕まれ!」

 

 バババンッと連続の爆破を行う事で俺の行動を制限してくる。

 仕方なく煙の中に体を沈めて爆破から身を守るが、これでは首と手足を引っ込めた亀と同じだ。

 それも氷のコロッセオという水槽の中に囚われたペットの亀。

 

 手も足も出ないとはこの事だった。

 

 だが、これでは埒が開かないと一番強く思ったのは俺では無くダイナマイトだった。

 

「ショートッ!氷の厚みもっと増やせ!」

「あぁ!分かった!」

 

 ダイナマイトがそう吐き捨てた直後、バンッ!と大きな音が一つ響いた。

 彼の言葉を聞いていたショートが了承したという事は、だ。

 

 見なくても分かる。次に来るのはダイナマイトの代名詞となる必殺技だろう。

 彼は亀の様に丸まって防御する俺にイラついたのだろう。デカい一撃で全部吹き飛ばす気だ。

 ショートへの要請は周囲への被害を考慮してのこと。

 

 その予想を裏切らないバババッと連続した爆発音と、その爆発の主の声が天高くから聞こえてくる。

 

「テメェは俺が捕まえてやるッ!行くぞ煙野郎ッ!!」

 

 そう吠えるダイナマイトに向けて、煙の中から俺も叫んだ。

 

「なら全力で来い!俺の防御を破ってみろッ!!」

「言われなくてもそのつまりだァ!!」

 

 徐々に爆発音が近づき、音が大きくなる。

 俺は全力で防御の姿勢を取った。彼の大技が来る。

 

「ビッグヘビーロックッ!!!」

徹甲砲着弾(ハウザーインパクト)!!!」

 

 俺の煙の防御に、彼の大技が着弾した。

 

 

 


 

 

 

 その爆発による音は最早衝撃波となり、音として認識できる範疇を超えて周囲に轟いていた。

 

 ショートが作った氷のコロッセオにはところどころヒビが入っているが、決定的に割れる事はなく、空いている天井部分からもうもうと茶色い煙が立ち昇っていた。

 その様子を耳を塞いで見ていたデクは思わず呟いてしまう。

 

「やり過ぎだよかっちゃん……」

 

 ダイナマイトに聞かれればすぐにヒーロー名で呼べと訂正がされる言葉だったが、幸いな事にダイナマイトは聞いていなかった。

 彼は今、氷のコロッセオの上に立ち、中の様子をじっと見ていた。

 

 デクはコスチュームからロープを伸ばして移動し、そんなダイナマイトの横に着地した。

 デクが横に並ぶと同じく、氷を出して滑ってきたショートも同じ場所に並んだ。

 

「野郎逃げやがった」

 

 チッ!と、ダイナマイトが苛立ちを隠せずに舌打ちした。

 彼は着弾の瞬間確かに見ていたのだ。シガーマンが何をしたのかを。

 

 徹甲砲着弾は直撃していなかった。当たる直前に煙は渦を巻きながら地面までの通り道を作り出しており、爆発の衝撃は地面に向けて放たれ、煙はその余波を吸い取っただけだった。

 

 その結果生まれたのが、この茶色い煙だ。

 これはただの砂埃では無い。明らかにこの場に留まるようにシガーマンの個性の力が働いていた。

 

 それについてダイナマイトに遅れながらデクとが気付き、言葉に纏める。

 

「そうか、『ヘビースモーカー』の煙は色んな物に付着する。砂埃を吸収して砂埃ごと操作したのか……」

「なるほどな。でも、逃げたとは限らねぇだろ」

 

 デクが言葉に纏めた通り、茶色い煙はただの砂埃では無く、『ヘビースモーカー』の煙と混ざり合い、操作された煙だった。

 それを理解して、その上で逃げた事を否定しようとしたショートだったが、その言葉は今度はダイナマイトに否定された。

 

「いや、逃げられた。元々、爆発を受けた奴の煙は赤くなっていた。

 ありゃあ爆発の熱を吸収して赤くなってたんだ。だが、この砂埃は真っ茶色で全く赤くねぇ」

「確かに、じゃああれだけの爆発の熱は一体何処に……」

 

 ダイナマイトの言葉を受けて考えるデクだったが、その答えもまたダイナマイトには予想がついていた。 

 

「氷の壁を溶かすのに使ったんだろ。煙で見えねぇがな」

「じゃあまだこの辺にあるだろ。手分けして探すぞ」

「逃げたのは多分地下の下水道だが……無理だ」

「は?」「へ?」

 

 ショートが逃げたシガーマンを探そうと提案したが、それを否定したのはまさかのダイナマイトだった。

 いつもなら怒り心頭で怒声を発しながらヴィランを追いかけるはずのダイナマイトのまさかの発言に、デクとショートの動きが止まる。

 

「この砂埃見て分かんだろ。あいつの煙は細かい粒子を捕えて離さねぇ。下水道なんて色んなもんがある。そんな所で火なんて使ってみろや……粉塵爆発起こして吹っ飛ぶのがオチだ、だから俺は行けねぇ。

 そもそも、下水道何て細い道で、文字通り煙に巻いて逃げるあいつを追いかけて捕まえれんのかお前ら」

 

 ダイナマイトの冷静な言葉に推し黙る二人。

 このまま逃すしか無いのか、そう考える二人だったが–––

 

「それに、あいつが行く場所なら分かるだろうがよ」

 

 そのダイナマイトの言葉にデクたショートの二人は顔を見合わせて、一瞬だけ考えて、答えを出した。

 

「「病院」か」

 

 シガーマンが行きたい場所が分かれば、先回り出来る。

 場所が場所だけに周囲に被害を出さずに捕える必要がある。

 それが出来る個性の持ち主は–––

 

 


 

 

 

 ダイナマイトの徹甲砲着弾を上手い事いなせた俺は、煙に吸着させた爆発の熱を使いショートの氷を溶かして地下へと逃げ込んだ。

 勿論、銀行強盗で奪った金を入れていたボストンバックを持ってだ。

 

 その後は、追跡されない様にかなり慎重に立ち回っていた。

 

 ヒーローの中には探知能力に秀でた者も多い。

 あの三人の同期でも何人かいる。例えばイヤホン=ジャックやテンタコルなんかだな。

 

 そういう個性への対策も含めて、音も匂いも全て煙に吸着させた上で、煙を下水道中に蔓延させて撹乱していた。

 そうやって慎重に立ち回りながらも俺は出来るだけ急いでいた。

 

 俺はもうすぐヴィランとして指名手配されるだろう。

 だから、早く俺の両親の眠る病院へ行かなければ行けなかった。何が出来るかは知らんが、とりあえず金だけでも主治医の先生に渡しておけば、あの人は善人だから何とか命だけは繋いでくれる–––かも知れない。

 

 最早それに縋り付く俺は、日が暮れた頃に両親の入院している病院に辿り着いた。

 

 焦る気持ちを抑えながら病院へと入ると、偶々入り口近くに俺の両親の主治医がいた。

 

「おお、灰煙(はいえん)さんじゃないですか久しぶりですね」

「お、お久しぶりです先生」

 

 俺の事を本名で、それも笑顔で呼ぶ先生の、そのいつも通りの姿に少しだけ安堵した。まだ、ここまではヒーローの手は届いてないらしい。

 

「灰煙さんに会ったら話したい事があったんです。ちょっと来て貰えますか?」

「ええ、俺もちょうど話があったんです」

 

 そう言って俺は先生の案内で病院の通路を歩いた。

 先生が案内してくれた部屋は休憩室のような所だった。

 

 ちょっと狭いが二人で静かに話すにはこれぐらいが部屋がちょうど良い。

 

「それで話って何ですか?」

 

 俺は部屋について早々に本題に入った。なるべく早く金を押し付けて逃げるべきだ。

 

「ええ、貴方のご両親の件なのですが、個性を用いた治療の打診があったのです。それもかなり貴重な個性の」

「それは……」

「ええ、成功したら、もしかしたら貴方のご両親が目を覚ますかも知れません」

 

 急な話に俺の心が浮つく。俺の両親が目を覚ましてくれる。

 

 目覚めたらヴィランになった俺の話を聞いてどう思うだろうか。薄汚い金で治療を受けた事に嫌悪感を抱くのか。

 いや、そもそもちゃんと目覚めてくれるのか。

 治療はどんな個性でやるんだ?まだ決まった訳ではない。起きないかも知れない。

 例え起きても俺の事は死ぬほど軽蔑するだろう。だが、起きて貰わなきゃ困る。

 

 唐突に言われた可能性に俺の頭の中はぐちゃぐちゃになった。

 

 だけど、そうだ治療には金がいる。今日奪った金を渡さなきゃいけない。

 

「先生!金なら、金ならあります。ほらっ!」

 

 そう言って肩から掛けていたボストンバックを外して、先生に渡そうとする。

 

「いえ、受け取れません。それは盗んだ金でしょう?」

「は……っ」

 

 だが、それはダメだった。もう手遅れだった。

 ヒーロー達の手は長くて早い。そんな事、俺が一番知っていたはずなのに。

 

「もうやめましょう灰煙さん。貴方は十分頑張りました」

「頑張ったっ!?頑張っただと!!

 まだだ、まだあの二人は目を覚ましちゃいない!俺はまだやれる。俺はまだ何も成し遂げてない!

 俺はまだやらなくちゃ–––」

 

 不意に眠気が訪れる。今日は疲れたが、こんなに急に眠気が来るなんておかしい。

 これは–––この個性は–––

 

「–––いけ、ないんだ–––」

「大丈夫です。目が覚めたらきっと……」

「俺は–––」

 

 もう先生の言葉に言い返す事すら出来ない。

 

 意識が–––遠くなる–––

 

 

 


 

 

 

 目を覚ましたら何処かの独房の中だった。

 詳しい時間の経過は知らないが、独房の中では二日は経過した。

 

 俺は、もう逃げる気は無かった。煙草が無いから個性は使えないが、この牢屋はそんなに堅牢じゃない。逃げようと思えば逃げられるかも知れない。

 

 だけど、逃げる必要が無い。

 俺は病院で捕まった。今頃、両親の周りはガッツリヒーローが固めているだろう。

 

 むしろそれが良い。今の社会の優しいヒーロー達なら、きっと植物状態の両親の面倒を見てくれるだろう。

 俺が逃げる事でむしろそれが無くなるかも知れない。なら、逃げる必要は無い。

 

 俺は失敗したんだ。後は野となれ山となれだ。

 

 そんな事を独房の中で考えている間に、看守から声を掛けられた。

 

「出ろ。面会だ」

 

 誰が会いに来たのか予想しながら看守に先導されて歩き、面会室の中に入った。

 

 中に居たのは俺の予想の範疇にいた女性だった。

 俺の事を捕まえたベテラン女ヒーローのミッドナイトだ。

 

「久しぶりねシガーマン……老けたわね」

「そう言うアンタはまだまだ若いな」

「でしょー♪そうでしょー♪」

 

 俺のお世辞に気分良く返事をする彼女はマジで若く見えた。

 十年前に群訝山荘で共に戦った時と同じぐらい、若くて綺麗に見える。

 

 変わらない彼女のその綺麗な姿は、ヴィランにまで落ちた俺とは大違いだった。

 

「それで……何の用だ?」

「用も無く来ちゃいけないの?」

「そんな仲じゃないだろ」

「いいえ、そんな仲よ。何せ私は貴方に命を救われたんだから」

 

 そう言って俺の事を尊い存在を見る様な目で見て微笑む彼女の顔を直視出来なくて顔を横に晒した。

 

「あれは……ヒーローとしては普通の行動だろう」

「そうだとしてもよ。私は貴方に救われた」

「ったく……」

 

 彼女とは群訝山荘で共に戦った。俺と彼女の個性の相性はすこぶる良かったから、協力してヴィランを捕まえていた。

 

 彼女の個性は『眠り香』で、彼女の肌から出る香りを嗅いだ人間は強制的に眠らされる。

 そして、俺の個性『ヘビースモーカー』の煙は匂いすら吸着させて離さない。

 このコンボは極悪だった。

 

 彼女の匂いを吸った煙を俺が操ってヴィランにぶつけて匂いを嗅がせれば、即座に眠気が来て動けなくなる。

 そして同時に彼女の個性の最大の弱点、他のヒーローを眠らせてしまう可能性もグッと下がる。

 

 俺達はあの戦場では良いコンビとして動けていた。年も近かったしな。

 確か一歳差で、俺がちょうど四十だから–––

 

「今何か変なこと考えたでしょう」

「い、いや何も……」

 

 年の事を考えたせいかキツく睨まれて釘を刺された。女の勘怖えよ、勘が良すぎる。

 

「そう。でも、感謝しているのは本当なのよ?

 ギガントマキアが動き出した時には死を覚悟したわ。私も含めて多くのヒーローが。実際に死にかけたヒーローも多かった……私とかマジェスティックとかね。

 けど、実際には死ななかった。貴方が助けたから」

「やれる事を必死にやってただけだ……酷い戦場だったからな」

 

 当時から必死過ぎて細かいところは覚えていない。今では殆ど朧気な記憶だが、覚えている事もある。

 

 十年前のあの時。ギガントマキアとかいうデカブツが動いてヒーロー達に深刻な被害が出ようとしていた時。

 俺は何も考えずにひたすら個性と体を駆使していた。目の前の命を少しでも助ける–––何て聖人みたいな考えなんかじゃない。

 ただのヒーローとして染みついた習性。目の前に怪我をしそうな人間がいたから、体が勝手に動いていた。

 ただ、それだけだった。

 

 そうやって動いているうちに、知らぬ間に助けていたのがミッドナイトやマジェスティックだった。

 

 彼女らがヴィランに弾き飛ばされ、地面に落ちる寸前に煙を挟み込んで衝撃をやわらげた–––様な気がする。その後は怪我をした彼女らをヴィランに襲われない様に遠ざけた–––らしい。

 

 必死になってたから誰を助けたなんて一々覚えちゃいない。

 彼女らが煙に助けられたと覚えていたらしく、それが本当のことかは俺は分からないが、なし崩し的に俺は彼女らの命の恩人という事になっていた。

 

「恩を着せようなんて思っちゃいない。これは十年前にも言ったよな?」

「ええ、覚えているわ」

「なら早く帰れ。俺はもうヴィランだ」

 

 面会室で向かい合う俺達。この状況が全てだった。

 透明なプラスチックの板を挟んで話し合う俺達。この区切りは物理的なものではなく、社会的な立場を明確にする為のものだ。

 

 馬鹿な事をして捕まったヴィランの俺と、そんな馬鹿な男を捕まえたヒーローの彼女。

 俺達の関係はそれ以上でもそれ以下でもない。

 

「いいえ帰らないわ。まだ話す事がいっぱいあるもの」

「……なら早く話してくれ」

 

 まだ全然話していないが正直既に疲れた。

 

「まずは貴方のご両親のことよ。二人とも目を覚ましたわ」

「は?」

「個性での治療が成功したの」

「あ、いや……は?」

 

 彼女の言葉に混乱する。確かに治せるかも知れない個性の持ち主が現れたとは聞いていたが、まさかこんな短期間で目が覚めるなんて思っていなかった。

 

 混乱している俺にどういう事情で治療したのかを説明してくれた。

 

「私の今の教え子の中にそういう個性の持ち主がいてね。話を聞いて力を貸してくれるって言ってね。未成年だから超法規的な個性使用になったけど、まぁホークスも協力してくれたわ」

「ホークス、公安の委員長が……?」

「ええ、デク達から話を聞いたホークスはすぐに許可をくれたわ。

彼は『公安委員会の福利厚生がしっかりしてなくてすみません。あと、群訝山荘の時は俺も助けられたので、そのお返しです』ですって。

 貴方、ホークスまで助けてたの?」

「……いや全く身に覚えがない」

 

 思い出そうとしてみたが、マジでカケラも記憶にない。

 作戦ではホークスは先に潜入して内部で動く予定だったはずで、俺はミッドナイト達と同様に外側の担当だった。

 俺は基本的に外で戦っていたから何かした覚えは無い。無いが、本当に助けてたとしたら、ホークスが内部から脱出する時に逃亡するのを煙で援護した、とかだと思う。

 

 けど、今はそんな事はどうでも良い。

 

「よかった……本当に……」

 

 嬉しくて涙が止まらない。

 両親が目覚めてくれた。それだけが本当に嬉しい。

 こんなダメになってしまった息子を見て何を思うかは知らないが、とにかく、生きていてくれるだけでいい。

 ただ、それだけでいい。

 

 

 

 

 暫くしてようやく涙は止まった。

 その間、ミッドナイトはずっと待っていてくれた。

 

「すまん……」

「いいのよ、まだ話す事もあるしね」

「まだあるのかよ」

「まだまだあるわよ」

 

 正直もうお腹いっぱいだ。

 彼女は自分のバックをゴソゴソと漁って手紙を二通差し出してきた。

 

「はい、このお手紙読んで」

「今か?」

「ええ、そう今よ」

 

 言われるがままに受け取った手紙を読み始める。

 

 一通目の手紙はシュガーマンからだった。

 

『はじめまして、シガーマン。シュガーマンです。

 貴方の話をデク達から聞きました。俺のファンのせいで貴方に不快な思いをさせてしまって申し訳ありません。ネットでの批判については俺の方で呼び掛けて対処させて貰います。

 さて、実は俺は貴方のヒーロー名を知っていました。ヒーロー名簿にシュガーマンと登録する時に似た名前のヒーローとして貴方の事を知ったのです。

 気になって貴方の活躍もデクに聞きました。ヴィランすらも傷付けずに捕縛する優しさと実力に、俺は感嘆しました。俺は不器用でヴィランも傷付けずになんて、なかなか上手くいきません。貴方の悪評についても知りましたが、そこまで悪いものだとは思いませんでした。貴方も会ったダイナマイトの方がよほど態度が悪い。俺はそう思ったからです。

 貴方は誰よりも優しいヒーローだと思います。罪を償って一緒に働ける様になる事を願っています。』

 

 全然関係の無い俺にわざわざ手紙を書いてくれるとは、彼こそ優しいヒーローだと俺は思う。

 

 そして続けて二通目。これは代表者がウラビディ、連名でインゲニウム、フロッピー、クリエティからだった。

 

『はじめましてシガーマンさん。私はウラビティです。

 デク達から貴方の現状と、そして貴方がヒーローを目指した理由を聞きました。貴方が罪を犯した事は無かった事に出来ません。してはいけません。

 その上で私達は考えました。貴方の為に何か出来る事はないだろうかと。

 単刀直入に書きます。貴方が罪を償い終わった後、よろしければ私達のしているヒーロー活動に協力しませんか?この提案は同情からだけではありません。

 私達は個性カウセリング活動に積極的に取り組んでいます。言いづらい事ですけど、貴方の様に社会から良い目で見られない個性の持ち主はヴィランになりやすいです。社会がそういう目で見てしまう事で、孤立し、我慢して、そしてヴィランになってしまう。そういう負の連鎖が確かにある。

 私はそういう社会を何とかしたいと思って、個性カウンセリングを始めました。少しでもそうやってヴィランになる人が減る様にと。

 貴方はそういう逆境にも負けずヒーローを目指した。ヒーローになった後も社会からの逆風を受けてもヒーローとしてあり続けた。

 そのあり方を私達は尊敬します。

 だから、罪を償ってもう一度ヒーローとして私達に協力して欲しいです。お返事待ってます』

 

 読んでいる途中でまた涙が出てきてしまった。

 ヒーローからヴィランに堕ちた。こんなどうしようもない馬鹿な男に、こんな手紙を書いてくれるなんて。

 

「何で俺みたいなヴィランのために……」

「ヒーローの貴方が知らないはず無いでしょう?

 余計なお世話はヒーローの本質だって、ね?」

 

 その日、俺は救われた。

 社会は、ヒーローは、俺が思っている以上に優しかった。

 

 

*1
挑発じゃなくて天然ボケ






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