美少女だけどノンデリな空井さんと秘密箱   作:金木桂

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タイトルをシンプルにするか悩み中…。


♯1 ノンデリ美少女と遭遇した

 

 

 誰にだって知られたくない過去や現在があるのは当然のことである。

 

 例えば俺の所属する1年3組で最もイケメンと称される泉川は、お化けが苦手でこの年になっても夜中トイレに一人で行くことが出来ない。普段は少々気取った雰囲気があるものの爽やかな好青年で、不良同士の揉め事にも積極的に平和の使者として介入して、和解を図る勇敢なその姿からは誰も想像が出来ないだろう。

 例えば生徒会長である桜沢音子(さくらざわねこ)(これでネコと読むので愛称はネコ会長である)は去年行われた生徒会選挙の際、水面下での裏取引を繰り返し行って自分以外の候補者を全員辞退させてから信任投票で当選している。普段はぽわぽわしているが、鉄火場に赴けば呑気な顔をしてシビアな指摘や理論武装された意思表明をするのが怖い先輩であるが、その側面は一部の極親しい人を除いて誰にもバレていない。

 

 これらは偶々、俺が知っている情報であって、更に言えば内容も可愛いものだ。泉川もネコ会長もギャップ萌えという属性で片付けられる程度の秘密でしかないので、仮に学校中に暴露されたところで特段今後の日常生活に大きな影響は及ぼさないだろう。隠し事の程度の問題である。

 

 仮に、日常生活に多大な影響を与える秘密といえば───そんな枕言葉に相応しい秘密を隠している人物こそ眼の前で女子生徒と談笑している教師だ。

 2年1組担任、柏木秀雄(かしわぎひでお)。担当教科は日本史。

 何と言っても特徴はジャニーズ顔のイケメンという点だ。大学時代にやっていたと語るサッカー部の名残か、薄く付いた筋肉にやや日に焼けた肌。身長は日本人としては高めの183cmで、容姿はまあ完璧に近く、性格も誰にでも優しく冗談も面白いときている。そんな内面的魅力と外面的魅力の二刀流を携えた柏木先生は言うまでもなく、生徒から大好評の男性教諭である。

 

 だが俺は見てしまった。

 先月、忘れもしない5月4日。世間はゴールデンウィーク真っ只中で、我が校もそんな社会の動きに逆行することなく一週間ばかりの長期休みの中盤だった。

 丁度その日書店に寄ったついでにその周辺をぶらぶらと散歩してれば、近所のラブホ街でホテルから女子生徒と出てくる柏木先生の姿を偶然捉えてしまったのだ。しかもその女子生徒は今柏木先生と会話している、2年4組の矢場薫先輩である。

 つまり、綺麗な言い方をするならば教師と女子生徒の禁断の恋、真っ当な表現に換言するならば未成年淫行だ。バレれば懲戒免職は確定していて、その追撃で前科とかも付いちゃうことだろう。柏木先生的には絶対にバレてはいけない秘密というわけだ。俺は偶々知っちゃってるけども。

 

 ……とまあ、このように往々にしてヤバい秘密というのは意外に世間の手短な場所に転がり落ちているわけでして。

 それを俺はどうしたいかと言えば、どうもする気はない。

 見ている限りだと矢場先輩は満更でもなさそうに表情を緩めて「今が人生の最盛期です♪」とばかりに楽しそうに話しているし、柏木先生もそれを穏やかな顔で大人の余裕を見せつけながら時折頷いたり軽く笑ってみせたりして、如何にもリア充の会話って雰囲気だ。

 

 好奇心からつい事件性を確認するべく探りを入れてしまった訳だが、二人の会話を盗み聞きする限りは互いの社会的立場を除けば純愛に見えるので、俺が何かをする必要性は一つもなさそうだ。率直に言うと、もし仮に事件性があった時、俺が然るべき手順を取って行動を起こしたかと問われれば非常に怪しかったので、その判断をする機会を失って少しホッとした自分がいる。

 

「……どーか末永くお幸せに爆発してください」

 

 自分の恋愛経験の皆無さを思い出してつい恨み言を零してしまいつつも、俺は人気の少ない美術室前の廊下を後にする。もうこの場所に用はない。どうか俺の知らない場所で幸せになってくれ。出来れば法律の範疇で。あーあ、また昼休みの貴重な時間を無駄にしたなあ。

 

 二人だけの空間から離れるべく早足になりたいが、昼休みの特別科目棟は沈黙を世界に落としたかのように静寂に包まれている。外から聞こえてくる音を除けばほぼ無音で、足音を立てれば二人に俺の存在がバレる。出羽亀してたと思われるのは御免だった。

 一階と二階の踊り場まで下りたところで、俺は視線を感じた。

 というか、降りた先の一階にその視線の主である女の子は立っていた。

 

 春なのに東旺高校規定の夏服用Yシャツを着用していて、袖から生える細腕にまず目が行った。白くて華奢で、ふとした衝撃で折れてしまいそうな、力仕事を知らないインドア系の骨格だ。

 顔を見ると、その女の子はクラスメイトだった。

 

「あのさ上貫(かみぬき)君、話があるんだけども」

 

 名前を呼ばれた。正確には苗字か。自分で言うのは何だけど俺ってクラスではかなり控え目な人間だから、関わったことないのに覚えられているとは思わなかった。

 それにしてもこんな昼休みになんでこんなところにいるんだろう。

 少なくとも青春風味な甘酸っぱいイベントでないのは間違いない。

 

「何の用だろう。俺、これから学食に行くんだけど話すなら学食で良い?」

「え、ダメだけど」

「ダメなんだ」

 

 女の子は「何でこの人そんなこと言うんだろう」という呆れを含ませつつ平坦な言葉を並べた。

 ついオウム返ししちゃったじゃん。なんで当然のように否定してくるんだこの人。

 女の子は周囲を気にするみたいに徐ろに左右を見渡した。

 

「出来れば人が居ない場所が良いな」

「ならここで良いんじゃない? 特別棟の部活は昼は大抵活動してないから誰も来ないけど」

「ううん違うよ。今は美術部がコンクールに提出する絵を仕上げてる最中だから、来てもおかしくないんだ」

「そっか、詳しいね」

「美術部には伝手があるからね」

 

 それは凄い。まだ一年生で、入学一カ月でそんな細やかな情報にまで精通しているのは素直に感心する。さながらミステリー物に出てくる探偵だ。

 人が居ない場所か……。

 

「なら特別棟裏とかどうだろう、それこそ誰一人として来ないと思うよ」

「うーん、それならいいかな」

「その前に購買寄っていい? 流石に昼飯抜きで会話したくない」

 

 昼が終われば5限と6限とある。昼抜きで午後の授業を終えられるほど、健全な男子高校生たる俺の胃は小さくない。

 

「君って私から告白される可能性とか考えないんだね」

「いやしないだろう。え、するの? 君が? 俺に?」

「その言葉、なんか失礼じゃない?」

 

 目の前の少女の目尻に皴が寄った。今気付いたが、この女の子はかなり端正な顔をしている。高校生にしては幼さが大幅に残りつつも目鼻立ちが左右対称に並んだ顔立ち。艶のある瑠璃色の髪は後ろ髪が肩までその毛先を下ろしており、一方で前髪は上瞼に掛かるか否やという位置で日本人形みたいにざっくりと切られている。背丈は俺の妹よりも小さく見えるから、多分同年代の平均より遥かに小さい。モデルは難しくとも、アイドルであれば素質がある。そう思わせるくらいには美少女も美少女、物大人しい表情もあって庇護欲すら湧く。

 ともかく改めて、俺の中ではその女の子の第一印象は文学少女である。

 でも本当の文学少女であれば昼休みは図書室に赴き、本を開いては空想に浸りながら時間を過ごすから多分違うんだろう。

 

「俺は現実主義なんだ。ほぼ話したこともない、名前も知らない女の子に突然告られると想像しちゃうほど頭お花畑じゃないの」 

「ふーん」

 

 何だか凄い胡乱な目をされている。信じてないのかもしかして。まあ俺の容姿は自分でもそこそこだけど、流石に一目惚れされるほど整ってないし、一度だって告白されたこともない実績から自称じゃ中の上だ。中の中では無いと思う。

 何処か拗ねるように口を尖らせて、女の子は言う。

 

「私の名前、覚えてないんだ。クラスメイトなのに」

「あ……大変申し訳ございません」

 

 やばい、完全無意識に口に出していた。

 俺は素直に謝罪した。

 

 

 

 

 

─── ─── ─── ───

 

 

 

 

 

「クラスメイトに興味ないんだね、上貫君って」

 

 購買に寄った後の特別棟裏。

 チューチューと、謝罪の気持ちで奢らせてもらったイチゴ牛乳を吸うのは空井(うつい)さんだ。空井朱火(うついあけび)、それが不服そうな顔をしながら名乗ってくれた彼女のフルネームだった。

 

「そんなことはないんだけどな」

「なに、じゃあ私だけ名前を覚えてなかったの? クラス40人いて私だけ? 何それもう私の事嫌いじゃない?」

「違う、違うから」

 

 入学一カ月で的確に一人だけ名前を覚えない方が難しいって。俺はクラスメイトの名前は平等に覚えてないぞ。勿論、一部目立っている生徒の名前は知ってるけど、合計すれば10人も行かない。

 空井さんは俺の言葉に胸を安堵させるように一呼吸置いた。

 

「なーんだ良かった。上貫君、クラスで誰とも話してないぼっちだから信じちゃいそうになったよ」

「ぼっちに対する宣戦布告と捉えるべきかそれ」

「え? だって普通に生きてたらぼっちなんかにならなくない? 何考えてんのか分かんないよねー」

 

 それをぼっちの前で言うのかこの人。ちょっとは配慮とか無いの?

 非常に物申したくなったが、目の前の当人は特に自分の発言を気にすることもなく腕を組みながら頷いた。

 

「上貫君、友達作った方がいいよ? これ心からのアドバイス」

「そんな噛みすぎて味が消えたガムみたいなアドバイス要らないよ」

「でも今一番上貫君に必要な言葉だと思うけど」

「はっきり言って余計なお世話様だ、憐れむなら他所でやってくれ」

「私なりの厚意なんだけどなぁ……」

 

 いや何目線なの空井さんは。

 早々に空井さんとの会話の重要性を心の中で下げると、その片手間で購買で買った焼きそばを食べる。本当なら学食のメニューを全てコンプリートした後に購買を攻めて行こうと思っていたのだが、予定が狂ってしまった。因みに校内で作られているという話の焼きそばパンのお味は、コンビニ惣菜パンと等号で結べる程度の味だった。可も不可も無く焼きそばパンとしては普通に食べれる。

 

 ズゾゾソゾというジュースを飲み干したシグナルである物凄い吸引音が空井さんの紙パックから発せられる。ふと見ると中身が無くなってしまったことに対する淋しげな表情を空井さんは一瞬浮かべて、次には握力で紙パックを握りつぶした。この人は今の下品な音を立ててしまって恥ずかしさとか感じないのか? ちょっと思っていたけど空井さん、結構デリカシーに欠けている。

 

 ハンカチとかティッシュが無かったのかポケットから出てきた小テストの解答用紙で口元を拭う空井さんを見て「やっぱりノンデリガール空井さんだ」などと若干失礼なことを考えながら、俺はその男子小学生みたいな行動から目を逸らした。

 

「それで二度目だけど、俺に何の用なの空井さん。ぼっち弄りが目的なら俺は教室帰るよ」

「あ、ぼっちだけどトイレじゃないんだ」

 

 意外そうに目を瞬かせる。おい。ぼっちが全員トイレ飯してると思うなよ。それはクラスで自席すら奪われ居場所が無くなった際の最終手段だ。本気の本気で帰るからな俺。

 流石に今の発言は悪いと思ったのか、ハッとした表情で手を振った。

 

「ううんごめんごめん、別に上貫君がトイレでご飯食べてると思ったわけじゃないからね。ただ一般論としてぼっちはトイレ飯をするって社会的固定概念が私の口を動かしちゃっただけで、実際に私は上貫君がそんなトイレ飯常連だとか一ミリも思ってないからね」

 

 どうしてだろう全然信用性が無い。

 てかトイレ飯なんて、ししし、してないし?

 人生で二度三度くらいしかやったことないし?

 皆誰しもがそのくらいの回数はトイレで飯を食う人生を送ってるはずで、つまり俺は別に平均的な人間である。証明完了。

 しかしこの短時間で空井さんの常識の無さについて十分理解した平和主義な俺は、無意味な反駁をして戦火を広げることはせず、スルーして先を促す。

 

「分かった分かった、それで態々人気の無い場所まで呼び止めた理由は?」

「うん。さっきの柏木先生見た?」

「……あー見た」

 

 思わず女子生徒と抱擁している姿を思い出した。この学校、結構生徒に対しては校則とか風紀とかで厳しく締め付ける方なのに、教師自ら率先して乱しに行くその姿勢には恐れ入る。クソ、爆発しろ。

 

「幸せそうだったよね」

「好き同士っぽいしね、まあ社会は許してくれないだろうけどな」

「上貫君、デリカシー無いよ?」

 

 空井さんは目で俺のことを刺してくる。

 何で空井さんにノンデリ呼ばわりされなきゃならないんだ。非常に遺憾だ。

 と、不服を募らせていると空井さんは顔を俯かせた。

 

「……って笑顔で言えれば良かったんだけどね」

「というと?」

「あの女子生徒、私の友達の友達なんだ」

 

 それはまたまた中途半端に遠い関係性である。

 真剣な眼差しをこちらに向けつつも、空井さんはイチゴミルクに付随していたストローをぐねぐねと曲げる。

 

「でね、どうもあの柏木先生、何人もの女子生徒にああやって唾を付けてるみたい」

「……そっか。大変なんだな」

「大変なんだよ?」

 

 そっくりそのまま疑問形で突き返してきた。

 本当に大変だ。

 柏木先生の教え子に見せていた穏やかな笑顔は決して純愛ではなく、性欲を満たすだけに嘯いている醜悪な仮面だったとするならば、それは全国ニュースとして朝の一面を飾る重大事件ということになる。しかも一人ならまだしも複数相手。恋とイケメンに打たれ弱い女子高生を騙くらかして、都合の良い手駒にしていたとなればメディアやインターネットは面白可笑しく騒ぎ立てるだろう。イケメンくたばれ。と、そんな俺の矮小な心は一度納屋の奥に仕舞い込んでおく。

 

 もしそんな柏木先生の悪虐が本当で、世間に暴露されたとなったらこの高校は大騒動間違いなしだ。

 でも一方で、俺に何の関わりがあるのかとも思う。ただの通りすがりの一般市民である俺には何も関係ない。

 何となく分かっていたけど、俺はやはり事件性があろうが事なかれ主義を貫き、不干渉でいたいみたいだ。

 

「全くとんだ教師だよ。全く可哀想な話でしょ」

「そうだな、矢場先輩ガチ惚れっぽいもんな」

 

 そう言うと驚いたように目を見開いて、空井さんはこちらに視線を送る。

 

「え、なんで上貫君が矢場先輩の名前知ってるの? もしかして同中だった?」

 

 言われてみれば俺が矢場先輩の名前を出すのは不自然だったかもしれない。

 

「いや、俺は南二中だから違う。矢場先輩は端野中だろ?」

「だから何で知ってんの? ストーカー?」

「勘違いだ。俺はただ偶然話しているのを聞いただけ」

「偶然で情報得すぎてない?」

 

 ぐうの音も出ない。でも偶然は偶然だ。調べる意思はあったとはいえど、トイレで用を足していれば隣で矢場先輩の話をする先輩に出くわしたり、下校中に前で矢場先輩とその友人が歩いてその会話を盗み聞いてしまったりと、それら全ては俺の意思ではなかった。だから偶然は偶然、そう言う他は無い。

 

「そんなことより、結局何の用なの空井さんは」

「え? 今の話題を出したなら理解できるよね?」

「さっぱり普通に分からない」

「頭悪いんじゃないの?」

 

 それはただの誹謗中傷だよ空井さん。社会的にはライン超えしてる。 

 空井さんは一度コホンと息を挟むと、少し媚びるようにこちらを見た。

 

「私と一緒に柏木先生の裏を調査しようよ。何股掛けてるか気にならない?」

 

 俺には空井さんが結構最低な誘い文句を言っているような気がする。まさかこの美少女然とした顔から言い放たれるような言葉じゃないし、うん、一旦聞かなかったことにしよう。

 どちらにせよ俺の返事はノーで決まっている。

 

「やらないし気にならない」

「即答で否定した……そういう男の子ってモテないよ?」

「今それは関係無いだろ」

 

 告白されたことは人生で一度も無いが、だからと言ってそれを知らない人間にモテないと言われるのは少々琴線に触れるものがある。俺にだって男としてのプライド、言い換えれば見栄ってものがあるのだ。易々と異性からモテないと断じられて情けなく首を垂れるほど従順な小動物ではない。

 

 まあ俺がモテないという情報ソースも明らかでない真相不可解な話はさて置いて、ともかくだ。

 

「俺が柏木先生の調査をする理由なんて無いし、そもそもそれが事実だとしたら然るべき機関に証拠を託して後は先生達なり司法なりに裁いてもらうべき問題じゃないか?」

「チッチッチッチ」

 

 空井さんは舌を鳴らしながら人差し指を左右に振った。幾ら美少女と言えどその仕草はちょっとウザイかもしれない。

 

「私はね上貫君、この件は柏木先生に反省してもらいたいと思ってるんだよ」

「はあ」

 

 どの口が、とは言わないで上げておいた。本当に「何股掛けてるか知りたい」と宣った奴と同じ人間の発言なのだろうか。

 俺が押し黙ると、空井さんは続けて喋る。

 

「確かに逮捕すればそれで万事解決。でも矢場先輩は捕まった柏木先生を見ても、何が何だか分からないままでハッピーじゃないでしょ? だから私は思うの。最もこの状況で最善策なのは、心の底から柏木先生に矢場先輩たちに謝ってもらって、乙女心を弄んだその迂闊な愚行を反省してもらうことなんだよ!」

 

 空井さんはびしっと俺に人差し指を突き指した。人に指を向けるなと子供の頃に教わらなかったんだろうかこの人。多分教わってても覚える気がなかったんだろうな。常識に欠けてるし。

 俺は空井さんを見ると、空井さんは期待する様な眼差しで俺を捉えた。

 その様子を見て確信したことが一つ。

 きっと空井さんからすれば、協力者なんて誰でも良かったんじゃないだろうか。

 柏木先生に不信感を覚えていて、かつ、幸薄くて自分でも従えそうな誰かを空井さんは求めていた。

 断り文句を並べようと口を開き、断る行為自体にストレスを感じて少々鬱屈とした気分になった俺は、代わりに溜息を吐いた。

 

「あのな、俺も暇じゃないんだ」

「帰宅部なのに?」

 

 空井さんが不思議そうにコクリと斜め30度に浅く首を傾げる。何で知ってるんだこの子。

 堂々と言った手前、少し恥ずかしくなったがともかく俺はそのまま言葉を押して、

 

「帰宅部でもだ。来月には高校初めての定期試験だから勉強はマストだし、それ以外も趣味に恋に大忙しのてんてこ舞いなんだ」

「絶対後半は嘘だよね?」

 

 気のせいか空井さんの視線が一気に冷えた。咄嗟に出た言葉が浅すぎて秒速で嘘がバレたようだ。

 まあバレたならしょうがない。

 

「本音を言っても怒らないか?」

「え? うん、怒らないと思う」

「純粋に空井さんと関わるの面倒臭そうだからやだ」

「怒るよ?」

 

 怒らないって言ったじゃん。

 

「ともかく俺は良いって、もう行くわ」

 

 焼きそばパンも食べ終えたことだし、これ以上話も無いみたいなのでもういいだろう。俺は一刻でも早く教室に帰って今朝買った新刊の『麻野さんは百合っぽい?』の続きを読みたいんだよ。

 背中を向けて去ろうとすると、空井さんは大きな声で俺の苗字を言った。

 

「え、ちょっと待ってよ上貫君! 折角クラスメイトで柏木先生の非行を一緒に見た仲じゃん! 共に真実を探ろうよ!」

「一つ、俺からも真実を教えてあげよう」

「……へ?」

 

 不意を突かれたように間抜けた声を上げる空井さん。

 

「柏木先生、GW中に矢場先輩とラブホデートしてたよ」

 

 そう言って俺は今度こそ歩を進める。間を置いて背後から「どういうこと!? え、上貫君どういうこと!?」と近づいてくる音源を察知した俺は、慌てて走ることにした。風になれ俺。ノンデリ少女に追いつかれたら痴情の縺れ(犯罪風味)に巻き込まれるぞ!

 

 そうして俺と空井さんは、貴重な昼休みの大半を鬼ごっこに費やすことになった。

 

 





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