美少女だけどノンデリな空井さんと秘密箱   作:金木桂

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♯7 詰問したい俺と空気が読めない空井さん

 

 結局俺と空井さんはポイントカードのことは一旦保留として、柏木の生徒会が終わる完全下校時刻まで待機することにした。

 

 こうして学食で時間を潰している訳だが、空井さんと会話が生まれるはずもなく今は対面に座って各々でスマホを触っている。元々こういう珍妙な事態にならなければ空井さんとは一緒に話す機会も無かっただろう。ある種元の鞘に収まった状態が今の沈黙なのだと思う。

 ちゃんと暇になったため、暇つぶし代わりに妹へダル絡みチャットでも送ろうかと考えたが、『今暇?』と送った一通目に対して『今日は友達とカラオケだから送ってくるなし。後でね』と即レスされたので断念。偶然目についたから返しただけで、これ以上送ってもスルーされるだけだろう。べ、別に嫌われたとかうじうじ考えてるわけじゃないんだからね!

 

 2時間ほど足を組み替えながらスマホで時間を浪費して、完全下校時刻付近になった。

 俺は空井さんにそろそろ行くぞとばかりに視線を送って席を立つ。遺憾ながら相棒感も出てきたことだしアイコンタクトでも意志伝達が出来るかもしれない。

 空井さんは目を丸くして小首を傾げた。

 

「どうしたの? トイレ?」

「下校時刻だから柏木のところ行ってみようよ」

 

 やはり伝わっていなかったので言葉にすることにした。しかし少し安堵した。もしこれで本当に相棒みたいになっていたら高校三年間振り回される気がする。危ない、容姿に騙されるな俺。

 

「そっか、もうそんな時間か。じゃあ校門で見張る?」

「いや恐らく柏木はまだ仕事が残っているはず。職員室……いや良いことを思いついた」

「上貫くん悪い顔してる。あ、もしかしてだけど柏木先生をトイレに閉じ込めようとか考えてる? そういうのは流石に駄目だからね」

「俺ってそんな不良に見える?」

 

 確かに中学時代に教師を空き教室に閉じ込める不良とかはいたけど、でもそれとそこそこ上位の高校に進学した俺とを比べるのはちょびっと違うんじゃないかと思う今日この頃。

 

「見えないけど上貫くんって突拍子の無いことしそうで怖いんだよねー」

 

 ねーじゃないが、何処に同意求めてるんだこの人。あとその言葉丸々、空井さんに言われるのは違うと思う。

 

「別に大したことじゃないよ。生徒会室と職員室の廊下はそこそこ距離がある上に人気が無いだろ、そこで柏木とっ捕まえればこちらの勝ちだと思っただけだ」

「あーそういうこと」

 

 空井さんは間抜けにも口を栗みたいな形にしながら、俺がぴらぴらさせているポイントカードを見た。次に粗相をした飼い犬を見るような目で俺を見た。さしもの空井さんでも俺の行動を読めた様子だ。

 

「あんまり良くないと思うなぁ……モラル的に」

 

 これは流石に言われても仕方ないかもしれない。これからやるのは風俗店のポイントカードを使った強請りだ。でも貰うのは金ではなく情報と真実だけなので許してほしい。

 それに俺にだって譲れないものはあるのである。

 

「それって家族より大事なものなのかな」

「……そうだね」

 

 何故かさらに残念なものを見る目で見られた。控えめに「ああこの人ギリギリアウト一歩手前だと思ってたけど実際はもう手遅れなんだ」と言いたげな目をしていた。妹という単語を出したらキモがられると思ったから曖昧にぼかしたのに何でバレたんだろう。女の勘ってやつかもしれない。

 見当もつかなかったので俺は無言で食堂から離れることで誤魔化した。

 

 相も変わらずこの世に存在しない大和撫子ハラスメントを警戒しながら俺の背中に凍てついた視線を浴びせる空井さんを引き連れ、校内を歩く。窓から濃い橙色の光が影を落としており、校内を闊歩するのは部活帰りと思わしき生徒たちだ。この辺りは運動部の動線なのか、すれ違うたびに制汗剤の甘い匂いが露骨に漂ってくる。女子から柑橘系の香りがするのはいいんだけど、丸刈りにした野球部の男連中から桃とかマンゴーの香りが来るとつい解釈違いだなと思って極力息を堪えてしまう。野郎の汗の匂いよりかはフレグランスな香りの方が良いというセカンドオピニオンも世の中にはあるだろうが、俺はどちらかと言えば脳がバグるからあまり好きじゃない派閥の人間だ。女子やイケメンじゃないのに良い匂いが漂ってきても反応に困るだけである。もちろん野郎の香りが好きという訳じゃないからその辺は勘違いしないように。

 

 結局俺もルッキズムに囚われているのかなぁと少々自己嫌悪に浸っていると、ふと空井さんの匂いが気になった。俺の背後を付かず離れず着いてくるこの子も性別上女子であることは間違いない。でも不思議だ、空井さんは可愛いけど果実的な良い匂いはしなさそう。敢えて言うなら長年熟成させた醤油だれみたいな匂いが漂ってきそうだ。そういう飛び道具感のある匂いの方が空井さんらしいと言える。面と面向かっては言えないけど。

 

 クラスメイトの女子の体臭について考えるという我ながら気持ち悪い思考に耽っていると対面から柏木が歩いてくるのが見えた。幸か不幸か横には誰もおらず、1人で職員室に帰投する最中のようだった。

 それを見て指差す空井さん。

 

「いた。捕まえよう上貫くん」

 

 モラルとか説いてきた割には意外とノリノリですね空井さん。

 ともあれ俺としても異論はない。

 軽く頷いて、柏木に対して会釈した。

 

「こんばんわ」

「ああこんばんは。気を付けて帰れよ」

「単刀直入に言いますけど、これ、知ってますか」

 

 ピラリと例のポイントカードを見せびらかす。一瞬は何を見せられているのか分からなそうに瞬きを繰り返すが、すぐに理解すると柏木の顔から忽ち血の気が引いていく。そうだよな、生徒に拾われたら不味い部類の失せ物だもんなこれ。例えばPTA会長の目に触れたらこれ1つで大騒動間違いなしだろうし。加えて柏木には詮索されたらヤバイさらなる爆弾もある訳だ。導火線に火を付けてそっちにまで誘爆させてはいけないので、柏木からすればこの話は必ず片付けなければならない。

 何か言う前に俺は追い討ちをかけることにする。

 

「ちょっとお時間いいですか。お話があります」

「そ、そうか……俺も今日の生徒会が丁度終わったところだ。ちょっとゆっくり話が出来る場所に移動しようか」

 

 動揺しつつも柏木はチラリと空井さんを一瞥した。

 

「この子も知ってるのか?」

「柏木先生ってえっちなんですね」

「グッ………………………」

 

 その言葉に唇を噛み締めようとしてそれを何とか堪えたような、堪え難きを堪えといった形相をした。これに関しては事実なので俺からはノーコメント。

 

 柏木は俺と空井さんを率いて校舎の裏門から外に出た。まだ仕事は残っているらしいが普段のイメージからか、すれ違う生徒教員みんな柏木のことを全く怪しく思わず挨拶をしてきて、それに対して柏木も普段通りの爽やかな笑みで挨拶を返した。でもこの人風俗通いだし二股してるし教え子と恋愛してるんですよ〜。そう言い触らさなかったのは僅かに残った俺の善性によるものである。感謝してほしい。因みに俺は表情に出していないが空井さんも同じことを考えたようで時折生徒とすれ違ってはニヤニヤしていた。気持ちは分かるが表情筋が緩いのが大いに傷だ。

 

 柏木は学校から3分と掛からない距離にある古民家的な佇まいの喫茶店に足を踏み入れると、俺と空井さんを気不味そうに手招く。

 

「本来ならこの場所は生徒から秘密裏にプライベートな相談をされる時に使うんだがなぁ……こんなことになるとは」

「そうやって手駒にしてきたんですか?」

「はあ? 何の話だ?」

「いや、柏木先生のJK口説きスポットだと」

「するか! 俺は教員だぞ。それに知らない生徒からそんな風な物言いをされる覚えとかないんだが」

「でも私生徒ですよね。つまり学校というサービスを利用するお客様な訳でして、そんなお客様に対して教員がその物言いは良くないんじゃないですか?」

「空井さんストップストップ! 話が別次元に歪曲してきてるから」

 

 物言いがもうただのモンスタークレーマーだ。それ自体は空井さんらしいし別に良いけど話が進まない。

 

「……ともかく何か飲み物頼んでいいぞ。ここは俺が持つから財布は気にするな」

 

 ボックス席に座ると、対面に座った柏木はそう言ってメニューをこちらに差し向けた。数秒の俊巡の後に俺は無難にコーヒーを頼んだ。続いて柏木はアールグレイを頼んだ。喫茶店ながら紅茶のレパートリーもあるとは、正直素人が初めた古民家カフェと思っていたが思いのほか良店らしい。そしてオチ要員の空井さんは期待を裏切らずドリンクのココアは当然として、昼餉を抜いた訳でもないのにアラビアータとデザートにショートケーキまで頼んだ。別に食いしん坊とかではなく、タダだから食べねば損という精神で頼んでいるだけだろう。空井さんの行動原理が段々読めてきている自分が少し嫌だ。

 しかし、いつもなら呆れるところだが今回に関しては良くやったと言いたい。流石空井さんだ。遠慮の精神を1mmも持ち合わせていないその倫理観の欠如は決して見習うべき姿じゃないけど今回に関しては相手が柏木なので拍手喝采を浴びせたい。絶対に見習うべきではないけども。重要だから二度言いました。

 

「……上貫くん、何でそんな哀歓入り混じった微妙な目で私のことを見るのかな?」

「柏木先生、本題に入りましょう」

「また無視かこのこの」

 

 隣に座る空井さんから横蹴りが飛んできた。制服の替えはまだ一着しかないから汚さないで欲しい。

 ともかく蹴られながらも俺は先程拾ったカードを机に置いた。

 

「さて、まずは風俗店のポイントカードはお返しします」

「丁寧に無視されると普通に私凹むなあ」

「空井さん、もう一品頼んで良いから今は静かにしてて」

「え、いいの! すみませ~ん!」

 

 空井さんは店員を呼んで追加で季節のモンブランを頼んだ。流石空井さん、異議の声を挟む余地のない洗練された抜け目のない注文だった。がめついぜ。

 そんな一連の会話を聞いていた柏木は何で自然な流れで勝手に注文されたんだと言わんばかりにこちらを見た。目を逸らす。俺はただ頼んで良いと言っただけであって、頼んだのは空井さんだ。俺は悪くない。妹に手を出そうとした柏木が悪い。

 

「ポイントカード、どうぞ」

「お、おう……」

 

 喜怒哀楽を四等分したような中途半端な顔をしながら柏木は受け取って財布に素早くしまった。

 

「自己紹介がまだでしたね。俺は一年の上貫と言います。横にいるのは同じく空井さんです」

「ああ。上貫と空井な、覚えたぞ。ありがとう。それで、その……だな」

 

 柏木は周囲を警戒するように左右を一度見てから口を開く。

 

「多分これが何のカードか分かっているようだから言うが……このことは内密にしてくれないか?」

「良いですよ」

「……そうか。いや、これがもし保護者の方にバレたら100%悲惨なことになってしまっただろうな。本当に恩に着る」

「その代わりに一つ条件があります」

「言っておくが定期試験の点数の嵩上げとか評定の改竄とかは出来ないぞ。俺は一年の担当じゃないしそもそもそういうもんは機械的に処理しているからすぐにバレる」

「違いますよ。空井さんでもあるまいし」

 

 そう言うと横からまた蹴られた。痛い。でも空井さん、成績を上げる話になった瞬間少し目が輝いたじゃん。俺は見逃さなかったぞ。

 

「俺に出来ることなら構わないけど、ともかく聞こう。条件って何だ?」

「ちょっとお伺いしたい話がありまして……矢場先輩含め生徒に何股も掛けているという話は本当ですか?」

「待て待て待て待て誤解だ!」

 

 落した風俗店のポイントカードを見せられてもあまり動揺しなかった柏木の挙動が途端に忙しくなくなる。そうか、こっちの方が柏木的にはクリティカルな話題だったか。

 ふーんとばかりに空井さんが頬杖を付きながら意味深に柏木へ視線を送る。

 

「でも女子生徒を誑かしてましたよね柏木先生? 私見たんですよ、女子生徒と抱き合ってる姿」

「抱き合ってないぞ俺は!」

「いやでも抱擁してましたよね? ほら、昨日の昼とか矢場先輩と」

「……そっか、見てたのか」

「はい上貫くんと見てましたよ。そうやって何人も女子生徒を篭絡しているんでしょ。白状しなさいこのロリコン変態最悪教師!」

 

 取調室で刑事が犯人を尋問するみたいに空見さんは強い口調で言い切って、びしっと指を差した。それにしても言い過ぎな感も歪めないが、まあ柏木だからいいか。

 一旦空間から言葉が途絶える。こちらも出せるカードは出したし、今は柏木の反応を待つしかない。もしまだしらばっくれるのであればより直接的な脅迫をかけるのみだ。

 

 柏木の顔を見れば艱難辛苦に直面しているような難しい表情をしている。犯行現場を目撃されている以上は言い逃れが難しいとか考えているのだろうか。

 と、そんなやや重い空気感になっているこの場に店員さんがやってきた。

 

「こちらお飲み物とアラビアータです」

「美味しそう~ありがとうございます!」

 

 空井さんはパスタなのに蕎麦の如くずずずずと音を立てながら啜り始めた。食べ方が大分下品なのは空井さんだからしょうがないとして、隣に置かれているスプーンはどうやって使うんだろうとか一切疑問に思わないのが空井さんの凄いところだ。俺だったらスプーンの上にパスタを乗せてフォークでパスタを巻き取る。それがマナーだからだ。空井さんはきっとアンチマナー講師としての才能があるな。是非対偶の存在として、インチキマナー講師をこの世から駆逐してもらいたい。

 

「……分かった、情けない話になるけど全部話そう」

 

 覚悟を決めた顔をして手を組んで柏木がそう口にしたのは、空井さんが騒音を立て始めてから1分後くらいのことだった。





いまのところ普通の学園青春物ですね()
もしよろしければ感想ください。はねて喜びます。
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