美少女だけどノンデリな空井さんと秘密箱   作:金木桂

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♯8 これが教師というのが信じられない、社会の寛容性すら感じます

「俺……いや僕はね、恥ずかしながら元は教員になるつもりはなかったんだ」

「教員免許をお持ちなのにですか?」

「教員免許なんて取るのはそう難しくないんだ」

 

 まあ桜沢先輩曰く東大らしい。その優秀な頭脳があればその程度のことは些事として片付けられるだろう。

 にしても、柏木の一人称『僕』なのも驚いた。

 同時に自信ありげに見える様子もすっかり影を潜めて、どちらかと言えば柔和で頼りない理系青年の相貌に見えた。いつものスポーツマン風イケメンの顔はどうした柏木。まるで教師をやる上で仕方なく普段の爽やかさを取り繕ってように見えて、敵の苦労が透けて見えて嫌なんだ。早くお面被り直せ柏木。

 俺の願いは届かず、柏木はいつにもまして知的で穏やかな口調で言う。

 

「大学4年が転機だったんだ。当初は民間で考えてたけど思ったように就活が行かなくてね。今思えば超絶エリートって呼ばれるような外資系大手ばかり狙っていたから当然だったよ。高校生の君たちに話してもまだ先の話だからこの辺を理解するのは難しいだろうけど、とにかく就活に僕は失敗して、高校時代の担任に誘われて教師になったんだ」

ふぉふぉふぁかひながふぅなりはふ(そのはなしながくなります)?」

「空井さん。喋るか食べるかどちらかにしようか」

 

 すると食べることを選んだようだった。不快なASMRが隣から聞こえてくるが、何とか無視する。

 しかし柏木は放っておくことを選ばなかったようで空井さんへ視線を優しく注いだ。

 

「パスタは吸うもんじゃないよ。スプーンを使って巻いて食べるんだ」

ふぃってまふふぉ?でむ(知ってますよ?でも)ズズズズズ」

 

 あ、この子、面倒だからって途中で会話を諦めやがった。ガキか。

 戸惑いを宿した瞳で柏木が俺を見る。

 

「……上貫君通訳頼めるかな」

「はあ」

「え、溜息?」

 

 何で俺が空井さん翻訳機だと思われてるのか分からない。でもいいだろう、俺が空井さんの本心を慮ってみせようじゃないか。

 

「それくらいの用途は知ってますよn股ヤリチンロリコン教師、だそうです」

「んぶぅ!?」

 

 驚いたように目を見開いて、同時に空井さんが咽せたように呻き声を出した。よし、これで一本取れたな。

 言ってない言ってないですとモゴモゴしながら空井さんは手をぶんぶん振って、握られたままのフォークからパスタの汁が矢鱈と飛び散った。空井さんの制服の白シャツが縄張りバトルみたいに赤く染まってしまう。酷い光景だ。

 赤ん坊の食事みたいな惨状になっていることに気づいてないようで、空井さんは抗議するように大きくゴクリとパスタを飲み込んだ。

 

「上貫くんはいつからそんな意地の悪い遊びを覚えたの!?」

「ごめんごめん。つい出来心で」

「出来心でじゃないよ!? 事実をそのまま言ったら私の先生からの評価下がるじゃん!」

「そこなんだ」

 

 てっきり巫山戯たことに対して不満表明をされるかと思った。違ったようだ。

 口元を赤くベタベタとさせながら睨む空井さんに俺は安心させるように頷いた。

 

「大丈夫、柏木……先生は俺たちの学年の先生じゃないから不当な扱いを受ける可能性は無い」

「そっか。なら安心だね」

 

 息を抜いたように空井さんは肩の荷を下した。そんな空井さんと俺を柏木は微妙な表情を作って視線を送っている。

 

「私たち、柏木先生の身の上話には興味ないんです。どうして倫理観のない立ち回りをしているのかを聞いているんです」

「……分かった、じゃあある程度割愛しよう」

 

 柏木はそこで息を区切って、慎重に言葉を紡ぐ。

 

「僕はこれでも学生時代モテない人間でね、恥ずかしい話異性への免疫が無いんだよ」

 

 これでも、とか言っている辺りに自己評価の高さが隠し切れてなくて少々ムカつく。

 

「成人してからは僕の免疫の無さを見兼ねた先輩に風俗に連れてかれて、それ以来ずっと通ってるんだ。でも上手く行かずに毎回相手してくれる女の子には笑われる始末さ。免疫なんか全然付いてこないもんだから困ったもんだよね」

 

 困るのはアンタの赤裸々風俗話を聞かされる俺達の方だ。そう思って横を見たら何処かキラキラとした目で空井さんは柏木の話を聞いている。あー……下世話な話好きそうだもんなぁ、空井さん。

 

「そうしている内に就職を目前になって僕は考えた。このままじゃ学生から舐められて足元を見られる。だから多少マシにならないといけない。その一環で一人称を変えて、髪型も変えて、眼鏡もコンタクトにした。学生デビューを就職目前でやったんだ。元から顔が良かったおかげか、この高校に赴任してからは僕を慕う女子生徒も多くて楽しかった。僕は暇な休日にゲーセンに入り浸ることもあってね、偶然会ったウチの学生とプリクラを撮ったり内緒でご飯に行くこともあったね。空井さんは僕が何股もしていると言っていたけど、大抵の生徒とはそこまでしかしてない。真相はなんてそんなもんだよ」

 

 そこで柏木は一度言葉を置いた。

 噂は噂、ということだったのか。一応この話は信じても良いと俺は思う。なにせ今までも若干情報の出所が空井さんっていうのが気にはなっていたのだ。まあ、当然のように色んな女子生徒と酒池肉林をしているみたいな話は真っ赤な嘘だったわけである。

 

「分かりました柏木先生。ですが貴方は1つ私たちに隠し事をしているんじゃないでしょうか」

 

 空井さんは名探偵みたいな口ぶりでいった。

 

「隠し事?」

「ええ。ここにいる上貫くんは貴方が女子生徒をラブホテルに連れ込んだのを目撃しています。では詳しい状況を話してください上貫くん」

 

 本当に名探偵みたいな話の回し方でこっちに話のボールを投げつけてきたなおい。もしかして俺をワトソン扱いしてる? なんか腹立つな。

 機会があればやり返そうと思いつつも、俺は仕方なしと割り切ってその日を思い出す。

 

「柏木先生。GWの中日、矢場先輩……矢場薫先輩とラブホテルに入って行ったのを俺は目撃しています。午後1時頃でしたね。俺は横浜駅のエキニアの中にある書店で本を買って、その後に関内のラーメン屋で大量の麺を摂取したからそのカロリーを消化しようと散歩している途中でした。関内駅付近の名前は分かりませんが、明らかにそういうホテルに二人してご来店する影を俺は偶然見ました。間違いなく柏木先生と矢場先輩でしたねあれは」

「ありがとう上貫くん。と、言う訳です柏木先生」

「言っておきますが矢場先輩に裏取りもしていますから抵抗は無駄ですよ」

 

 ブラフでそう言えば空井さんが柏木の見えない位置でナイスアシストとでも言いたげに親指を立てた。

 対して柏木は眉間に幾つもの皴を屹立させて、溜息を吐いた。随分とお疲れのようである。

 内心めでたく思っていれば、ギロリと柏木からキツイ視線を向けられる。

 

「……もしかして前々から僕のことを付けていたんですか?」

「言ったじゃないですか。偶然ですよ偶然」

「偶然で学生が関内をブラつかないだろ?」

「みっともないですよ柏木先生。そもそも偶然かどうかなんて些事なんです。重要なのはラブホテルに女子生徒と二人っきりで入った事実です。話してくれますよね柏木先生?」

 

 そうだぞ、偶然なんて些事だ。そもそも柏木は関内やら伊勢佐木長者町あたりを夜の町と認識しているのかもしれないが、あそこには野球場もあれば二郎だってある。真っ昼間なら高校生だって普通に歩いていて浮かない町だ。この風俗脳め。

 柏木はやれやれとばかりに首を振ると、手を額に当てて視線を落とした。

 

「そうか……それを見られたなら事情を説明するのが難しいな」

「今更何を言ってるんですか、話してください」

「分かった。話そう。代わりにこれはここだけのオフレコにさせてくれ」

 

 俺と空井さんは一応頷いた。頷きはしたがオフレコにするかどうかは話の内容と柏木の態度次第である。

 果たしてその険しい顔で何を話すのか、気になった俺は少し前のめりになる。

 難しい顔をしたまま柏木は言った。

 

「正直言って情けない話、僕は矢場さんに脅されてるんだ」

 

 いや本当に情けないな。女子高生から脅されてるんだこの人。

 

「強請られているネタは正しくコレだよ」

 

 財布から抜き取ってみせたのは先程も持っていた風俗店のポイントカードだった。しかし柄とか記載されている店名が違う。また別店舗のようだった。本当にこの人風俗狂いなんだなこの人は。

 

「付き合わないとこのことをPTAに話して回るって言われてね、困ったよ。子供の脅しとして一蹴出来ない事情もある。矢場さんの母親、今年はPTA会長をやっていて発言力がかなりあるんだ。矢場さんは自分の親の立ち位置を理解していて僕を脅しているんだよ。風俗利用がバレても学校側の対応としては教師のプライベートとして対外的に厳重注意という名のお小言をもらう程度で済むだろうけど、保護者からすればとんでもない。辞職させろと学校側に大いなるクレームが飛ぶことが簡単に予想つく。多分最終的には配置転換とかさせられるんじゃないかと思うよ。風俗を恒常的に利用している教師に自分の子供を預けたいかと言われたらまあないだろう、特に女子学生を通わせている親御さんなんかは特にそう思うだろうからね。いやはや、学生に手を出すなんてしないっていうのに……ってまあ矢場さんとラブホ行ってるからダメなんだけどねこれも。……ここ、笑うとこだぜ?」

 

 いや笑えないだろ。笑える要素全くないから。

 自虐的に笑みを浮かべる柏木に、隣に座る空井さんも静かに黙っていた。場が白けていることに気付いて、柏木は溜息を吐きながらもまた言葉を重ねる。

 

「不注意だったんだ。どうも僕は物を無くしやすい質でね、子供の頃からそうだ。一番嫌なのは無くしたらマズイ失せ物が多いんだ僕は。クレジットカードとキャッシュカードは合わせてもう五回は再発行してるし、それに教員免許状も一回無くした。アレは困ったもんだった。個人的な紛失の再発行は認められないって言うんだ。その代わりに授与証明書って言う効力的には教員免許状と同じものをくれたから良かったものの、本当に人生トップクラスで心臓に悪かったよ。比べたら風俗の会員証とかポイントカードなんてどうでもいいもんだけど、こっちはこっちで拾われたらマズイ相手ばかりに拾われてるのさ。君たちもそうだけど、矢場さんが特にそうだった。まさか付き合う代わりに黙っててあげると言われると思うか?」

 

 俺は思わず空井さんを見た。空井さんは直接の知り合いでは無かったにせよ、中学時代の矢場さんと間接的に関わりがある。

 

「矢場先輩っていうのはそんな感じの人なの?」

「私も今日初めて話したから詳しくは知らないけど……少なくともスーコちゃんと関わる人間だから変人だったと思うよ。実際今日会った時もちょっと変わった人だったよね」

「ふーん」

 

 変わっていると他人を称する空井さんも十分変人の枠組みに入っていると思うけどなあ。柏木だって結果的にこんな感じの一風変わった中身をしているわけだし、空井さんだって十分、なんだろう。類は友を呼ぶって行為をしていると俺は思う。あ、でもそれを言うと俺まで変人みたいだな。じゃあ違うな。違う。

 

 ともかく話を整理しよう。

 

「じゃあ柏木先生はアレか、脅されて仕方なく矢場先輩の恋慕に応えているって認識でいいんですね?」

「言葉にすると最低だけど、その通りだよ」

「念のためにお聞きしますが他にはそういう相手はいないんですね? 例えば俺の妹とか」

「上貫君の妹……?」

 

 少し考えるように目を伏せて、首を振った。

 

「分からないな。誰だろう」

「そうですか。なら忘れてください」

「あ、ああ」

 

 認識すらしていないということは唾を付けられていた訳じゃなさそうだ。本当に何か用件があって話しかけただけで、俺の早とちりだったって訳か。恥ずかしい。空井さんじゃあるまいに。

 胸を撫で下ろしていれば、空井さんが更に詰問する。

 

「分かりました。つまり、柏木先生は矢場先輩と不貞こそあったものの、柏木先生は脅されて仕方なく付き合っているということですね」

「信じてもらえないかもしれないけど不貞も無い。僕は教師なんだ、最後の一線くらいは守る」

「どの口が教師名乗ってるんですか」

 

 空井さんの火の玉ストレートに柏木は今までで一番大きなダメージを受けた顔をした。ごもっとな正論である。

 

「……そうだな。確かに僕は最低だ。だから君たちにお願いしたいことがあるんだけどいいかな」

「何ですか急に」

「矢場さんと関係解消させるのを手伝って欲しいんだ」

「嫌ですよ。俺は少なくともやる理由がありません」

「頼むよ。二年になったら成績の便宜図るからさ」

 

 そう言って軽く頭を下げた。どう考えても真っ当なお願いじゃないな。それ以前に生徒にそんなことを頼むなという話である。こんなのでも高校教師が出来るのかと思うと、何だか社会に対して感じていた厳粛さのようなものが消えてくるから不思議だ。俺、将来社会人になれるか不安だったけどこれでも出来るのなら何とか務まりそう。

 

「成績……!」

「そう成績。テスト点の改竄は無理だけどレポート点なら幾らでも調整が出来るからね」

「あの……それって許されるものなんですか?」

 

 興味深そうに反応した空井さんだったが、流石に違和感を持ったようで疑問を口にした。

 

「レポートの裁量権は僕にあるから大丈夫さ」

「そうなんですね、考えておきます」

「頼むよ。僕もこのままじゃ不味いとは思ってるんだ。でも弱音を握られている以上自分から行動するのは難しくてね」

 

 軽いノリで言い放つ柏木を前に、アレと俺は思う。

 そもそも何でいま俺達は柏木のお願いを聞いているんだろうか。何か変じゃないか。

 

 俺は首を傾げつつ更に柏木の顔を見て続けて思った。

 ───この人、さっきから結構頭悪いこと言ってるけど本当に東大か?

 

 

 

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