いつか曇りの英雄譚   作:横に長いベンチ

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お待たせしました。


一章:後編『一人は星をみた』
罅割れた仮面


 「来い」

 

 端的に告げられた言葉にアイズ・ヴァレンシュタインは動けないでいた。

 ヒヤリとするほどの殺気は首元に刃を突き付けられたのかと錯覚するほど鋭い。

 無手で、かつ足元に引かれた円形の中から出てこられないはずの同い年の少年はしかし、レベル3という高みへ至った重圧を惜しげもなく発してくる。

 呼吸をする、心臓が動く、血管が収縮する……生きている実感をまざまざと感じさせるほど、その少年から発せられる死の気配は【人形姫】とまで揶揄された少女に生存欲求を想起させていた。

 

 「う……うあああぁああああ!」

 

 「───飛ぶな」

 

 とびかかり、斬りかかった。それだけ、なのに。

 その過程を思い出せない速度で、アイズは地にその四肢を横たえていた。

 遅れてアイズの目の前に刃が突き刺さる。空に打ち上げられた刃が今落ちてきたのだと、アイズは遅れながらに気が付いた。それは屈辱すら感じない絶対的な差だった。

 

 「……すげぇ」

 

 外野で見ていた孤児院の少年少女、その誰が言ったのだろう。

 しかし、誰もが同じことを思ったに違いなかった。アイズのレベル1とは思えない鋭い斬りこみを、しかし赤子をあやすように、抜き手すら見せずに地面に寝かせたのだから。

 それを見ていたリリルカ・アーデは手に持っていた槍をぎゅっと握りこんだ。

 遠目に眺めていたリヴェリアもまた大きな衝撃を受ける。

 魔術師と戦士を比較する意味はないが、それでも武の心得を持つレベル5のリヴェリアの観察眼を以てしてもその少年の用いた技術を理解し得なかったからだ。或るいは【勇者】であれば、【重傑】であれば理解し得たのだろうか。つくづく、世界の広さというものは思い知るたびに期待と好奇心を刺激する……それを楽しめるほど若ければ、良かったのだけど。

 

 アイズを見下ろしながら、冷徹な瞳を湛えその少年は告げた。

 

 「空中で動く術が無いのに飛び上がるのは「どうとでもしてください」と言っているようなものだ。背が低く骨格が幼いのは弱さだ、けれど小さくて地面に近いことはそれだけ被弾面積が少ないという意味でもある……同じことを三度も言わせる気か?」

 

 「……ごめん、なさい」

 

 「謝罪が聞きたいんじゃない。技術として昇華しろと言っている」

 

 ユート・アピスは円から足を出してアイズに近寄った。

 手を差し伸べ助け起こし、剣の握りから矯正を始める。

 

 「違う、力を入れ過ぎだ。剣を握るときは少し緩めて遊びを作るんだ。力む時にその空間を使って支えにするように……力だけで物が切れるならドワーフの戦士が最強の種族になっている。そうでないということはそれだけ技術が力に負けぬほど強いということだ」

 

 アイズだけでなく、周りにも通じるようにゆっくりとそれでいて力強い口調で教える。

 とても同年代と思えない落ち着きと説得力に皆が聞き入った。

 

 「アイズは無駄な力を使い過ぎだな。『恩恵に振り回されている』と言い換えてもいい。力に技術を乗せろ……そうだ、その脱力だ。脱力なくして技術は無い。そのまま剣を振ってみろ」

 

 「はい」

 

 素直に頷いてアイズは剣を振り下ろした。風圧がより鋭く変わる。

 信じられないというように眼を丸くしたアイズの視線を受けてユートもまた頷いた。

 

 彼には厳しさがある。

 彼には優しさがある。

 彼には悲しいほどの強さがある。

 そして、それを教えるに足る経験があった。

 

 ───ここはアピス孤児院。

 

 【英雄】として認知されつつあるユート・アピスの興した孤児院にして、今は未来の英雄たちが学び切磋琢磨する疑似的な「学区」としてその広大な土地を使っていた。

 

 どうしてこうなったのか。

 それは今から三週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 「アイズ・ヴァレンシュタインとリリルカ・アーデの両名を君のパーティに入れて欲しい」

 

 フィン・ディムナが俺の目の前でそんなことを言った。

 小奇麗な執務室は品が良い調度品によって華美過ぎない程度に飾られている。

 センスを感じさせる部屋の真ん中に立ちながら、椅子に座った子供を見た。

 否、子供ではない。同じほどの背丈であるがそれが見たままの内面でないことは痛いほどに知っている。何せ、この街に来て初めて尊敬した人間が《小人》である故に。

 【勇者(ブレイバー)】。俺にとっても馴染み深い『英雄』の称号。それを冠する人物とはどのような人間であるのか興味を持っていたが……なるほど、老獪だ。気づきにくいほど薄っすらと値踏みの視線を投げかけながら、俺の立ち振る舞いを見て腕前を図っている。

 俺はフィンの瞳を覗き込みながら、言われた言葉を反芻していた。

 

 アイズ、とは前に会ったあの少女のことだろう。

 リリは言わずもがな。かつて助けた少女だ。忘れるはずもない。

 「二人を俺の冒険に同行させろ」という頼みに対し、俺はどういえばいいものか困惑していた。

 いや、理屈は分かるのだ。アイズが俺の元で学びたいといったあの与太話が現実となって返ってきたということだろう。しかし態々それを外部のファミリアに、それもまだ未熟な俺に持ってくるというのが理解しがたい。

 それも、恩恵を授かってそれを殆ど磨いていないであろうリリも伴って。

 

 「どうやら納得がいっていないようだね」

 

 「まぁ、そりゃあ」

 

 だろうね、とにこやかに微笑んで彼は言った。

 

 「そもそも何で俺に?」

 

 「アイズが望んだからさ」

 

 「それは、どういう」

 

 「……彼女はモンスターに並々ならぬ憎悪を抱いていてね。恥ずかしながら僕らがどれほど接しても心を解きほぐしてあげることはできなかった。そんな彼女が初めて他者と繋がりを求めたのが君だったんだ」

 

 「なるほど。それで俺に……だがリリの方はどうして? 彼女は恩恵を受けているが冒険者ではなかったはずだ」

 

 「それは……」

 

 フィンが言葉を切る。その瞬間、後ろから気配を感じ取った。

 振り向き、肩に置かれようとしていた手を取って捩じる。

 とはいっても相手を怪我させないように細心の注意を払ってだ。

 ロキ・ファミリア内部で襲撃が発生するとは考えにくく、よってこれは悪ふざけの範疇なのだろうと判断。悪ふざけには悪ふざけで返すのも一興だろう。

 

 「いたたたたたた。痛いわボケェ!」

 

 「……力入れてないんだどなぁー」

 

 悪態をつかれげんなりする。

 細い腕、細い体、細目の赤みがかった頭髪。現実離れした美貌はそのままに、どこかコミカルな調子の美女が女神であるのだと判別するのはさほど難しいことではなかった。

 ……生憎と、神であるから無条件で尊敬するほど神に信頼を置いていないのだけど。

 

 「フィン! ウチは反対やで! こぉんな無礼なヤツにウチの愛しいアイズたんを預けられるかい!」

 

 「そもそも受けるって言ってないんだよなぁ」

 

 「ア゛ァ゛!? ウチのアイズたんが不満やって言っとるんか!?」

 

 ……アクが強ぇ。

 しかもこの漫才みたいなやり取りの間にこっちの人格見に来てるし油断ならねぇ。

 ロキ……ああ、北欧神話だっけ。神々を騙くらかしたトリックスター。

 細く閉じられた瞼から仄かに覗く金の瞳と目が合った。

 

 「……まぁ、根性だけはありそうやな」

 

 「そりゃどーも……それで、この件は主神の方からも説明してくれるんですかね」

 

 「フン! ……ソーマんとこが子供の面倒みてくれ言うから酒の誼で引き受けようとし取ったところにアンタが来たって話や、それにアイズたんとリリたん同い年やから同年代で組ませてみようって話になった」

 

 「……それだけか?」

 

 「それだけやな」

 

 涼しい顔をしてそう告げられる。

 ひどく本当か嘘かが判別しづらい。ユゴスで培った真贋の判別が通じないのは流石の神か。

 なんとなく、直感でそれ以外の部分もあるのだとは分かったがそれ以上は分からなかった。

 

 「……俺は借金をしているから稼がなきゃいけない。レベル1と組んでたら目標額まで稼ぐのは難しいだろう。その点はどうするんだ?」

 

 言外に報酬はあるのかと告げる。

 借金が無ければ引き受けてもよかったが、子供たちの命を預かっている以上はこういった金銭面を蔑ろにはできなかった……最後の手段としてフレイヤに頼る手もあるけれど、既に世話になり過ぎてこれ以上迷惑をかけたくないからな。

 俺の言葉に微笑を崩さずにいたフィンが頷いた。

 

 「当然、こちらで補填しよう。家庭教師のような形での給与形態を想定しているのだがどうだろうか。額は……このくらいでどうかな? ほかにも必要なものがあれば経費としてこちらで用意する」

 

 「いっせ……! あ、ああ。うん。まぁ? 俺もぜひ引き受けたいと思っていたところで」

 

 「嘘やな」

 

 「ははは、ロキ。分かりやすいから指摘しなくてもいいよ」

 

 「……まぁ、冗談はともかくとして、それなら引き受けるよ。焚きつけた責任もあるしな」

 

 「そう言ってもらえると有難い……個人的に、君と話してみたかったのもあるしね」

 

 「それはそれは、【勇者】サマに興味を持たれるとは恐悦至極」

 

 いささか慇懃無礼に礼をする。

 それを見ていたフィンは微笑を絶やさなかったが、ふと目の色を変えて俺を見た。

 

 「……君は、この世の地獄を見てきただろう。それでも決して闇に染まらず、光の中で生きている。憎くは、無かったのかい?」

 

 誰を、とも。何を、とも聞かなかった。

 けれど、その言葉の意味は知っていた。

 それは責任が伴った言葉だった。

 確かに、俺は、ステラはオラリオに希望を持っていた。持っていて、裏切られたと知った。

 闇派閥の台頭を許したのは自分たちなのだという悔恨があるのだろう。

 そうでなければ、恥を捨ててまで俺に聞くものか。

 

 だから。だけど。俺は言わなきゃいけないのだ。

 

 「そういうのは、全て闘技場に置いてきた」

 

 「持ってきたのはたった一つ……希望だけ」

 

 「だから、大丈夫だよフィン。俺は、もう救われたんだ」

 

 俺の言葉にフィンは「そうか」とだけ呟いた。

 たぶん、たくさんの言葉を飲み込んだ肯定だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ユート・アピスが去った部屋の中で、フィンは長く息を吐いた。

 

 「なんや、溜息か」

 

 らしくない、と言われ力なく笑みで返す。

 ()()()()()()()気分だった。

 何を? 自分たちの罪を。弱さを。それゆえに、勇者の仮面を剥がした。

 幸いにして、それを見せられる唯一の存在がロキだったから。

 

 「ロキ。彼をどう見た?」

 

 「……壊れとるな。壊れ切って、それでも動く魔道具みたいな子供や」

 

 「それだけでは、無かっただろう?」

 

 「……」

 

 返される返答は無言だ。

 けれど、それがすべてを物語っているのだと長い付き合いである故に察してしまう。

 ユート・アピスは壊れている。どれほど肉体が崩れようとも立ち向かう闘争心と、孤児院を設立し殺伐とした子供たちから慕われる優しさを内包している。いっそ悲しくなるほど献身的で、怒りを覚えるほど自棄的だ。

 タガが外れた英雄症候群。フィンもまた、己を偽って英雄を演じているからこそ分かる。

 あれは、ユート本来の姿ではない。託された願いを、約束を導にした子供だ。

 本来の彼はきっと優しく、それでいて穏やかなのだろう。

 でも、それを許すほど世界は優しくなかった。

 成り果てさせたのは世界で、その世界を形作ったのは自分たちだ。

 

 なまじ、世界の中心を動かす立場であるからこそのしかかる重圧。

 それそのものが人の形で追い縋ってきたようであった。

 

 「フレイヤが見初めただけある。素質だけは、たぶんゼウスかヘラんとこの子供たちと比べてもトップや。あの歳で、()()ユゴスで、あれだけの経験をして生き残ってるのが証明しとる……けどな、精神が凡人や。とても英雄になれる器やない」

 

 「ああ、きっと、平和な世界で生きるのが似合う少年なのだと思う。その可能性を摘み取ったのは僕だ」

 

 「違う、なんて気休めはいらんやろ。だから敢えて()()()と言ったるわ」

 

 ロキの厳しさが、今は有難かった。

 ユートの普段の行動は調査報告から伝え聞いている。

 フレイヤ・ファミリアで日夜アレン・フローメルと死に瀕するまで戦い、空いた時間は孤児院で子供たちの面倒を見ながら誰もが寝静まった夜にダンジョンに潜り金を稼いでいるそうだ。

 綱渡りも綱渡り。どこかで少し踏み外せば死んでしまう人生。

 生き急いでいるようにも見えるのに、誰かと過ごすときは穏やかだ。

 

 「眩しいな」

 

 眩むほどに。

 あれほど鮮烈な生き方は自分には出来ない。

 背負っているものの重さがそうさせてきた。

 所詮自分は人工の英雄なのだと自分自身がせせら笑っている。

 

 英雄を演じる子供。

 自分と通じるものがあるのに、その人生は正反対だ。

 人の勇気を、美しさを知ったあの日から恥じぬ人間になろうとしてきた。

 小人という種全体に、小人とは勇気ある種族なのだと誇りを持たせようとした。

 歩んできた道に後悔はないけれど。それでも思うところはある。

 

 あれほどに、自らの身を削ったことがあっただろうか。

 見ず知らずの人間に献身をささげたことがあったか。

 誰かの為に本気で戦ったことがあったか。

 

 ない、とは言わない。

 曲がりなりにも英雄として讃えられたがゆえに。

 

 けれど、そう。

 

 フィンは感じた劣等感を仮面で隠した。

 

 それを見たロキはもどかしそうな顔をして、けれど敢えて何も言わなかった。

 

 フィンであれば、自力で殻を破る。

 自らが見初めた英雄を信じて、ロキはただ見守る。

 

 かつて天界を恐れさせた道化師は、親になっていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 フィンとロキとの話し合いから二日ほどで二人が来た。

 付き添いはリヴェリアただ一人。

 

 「ようこそ、アピス孤児院へ」

 

 後ろから幼い子供に抱き着かれながら彼は言った。

 

 剣の姫、妖精の姫、灰被りの姫。

 

 三人の姫君を迎え入れ、少年は笑う。

 いびつな仮面を被って、誰にも気づかれないと高をくくって。

 




色々な要因で難産。
やっぱ社会人になると時間が消し飛びますね。

試験的に5000字程度で投稿してみました。
もしかしたら今後はこのくらいの文字数になると思います。
ただこれくらいの分量の方が書きやすかったので更新は早まるかも。

今日の一口情報
アピス孤児院の主なメンバー
年長組7人
ソナタ:13歳
空色の髪をした人族、とても賢い

シシリア:11歳
赤髪の狼人、活発だが人間不信ぎみ

タチアナ:11歳
金髪の半森人、家事育児が得意で育ちがいい

エリル:12歳
褐色肌紫髪の人族、背が高い肉体派

タオラン:10歳
眼鏡をかけた茶髪の人族、商才がある

ライカ:10歳
極東の血を引く少女、英雄譚が好き

セッカ:10歳
ライカの双子の弟、孤児院1の武才を持つ


年中組21人(内ソーマF出身8名)

年少組18人(内ソーマF出身2名)

赤ん坊3人

彼らにも将来的に出番があるかもしれません(プロットを見ながら)

文字数はどれくらいが丁度いいですか?

  • 3000~5000
  • 5000~8000
  • 8000~12000
  • 12000以上
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