『ハリー・ポッターとか読んだことのないわたしが曇らせて死ぬ話』   作:銀杏鹿

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47『空気力学入門』5

 

 ドラコがスニジェットを掴み、勝敗は決した。

 

 もう旋回は間に合わないだろう。

 

「さて、二人を止めるのには手が足りないので呪文を教えましょう」

 

「誰も残らなかったらどうするつもりだったのよ!」

 

 グレンジャーさんは呆れた顔で"あり得ない"質問をした。

 

「おや?ここで私を見捨てて怪我をさせるほど恩知らずだったのでしょうか?」

 

「……本当にいい性格してるわ」

 

 正反対の二人が認めるのだ、これからは自分のことを良い人だと思って過ごして良いかも知れない。

 

「ありがとうございます、では杖を」

 

「……」

 

 グレンジャーさんは無言で杖を構えた。

 

「今から使うのは、停止・減速させる呪文です、ご存知ですよね?」

 

「〈アレスト・モメンタム〉?」

 

「グリフィンドールに1点」

 

「冗談やめて」

 

「ジョークのない日なんて無駄な日はありません──さて、杖の振り方はアルファベットのMを描くように振ります」

 

 母親の形見の杖で空中に文字を描き、軽いお手本を見せる。

 

 正直、私には杖の振り方なんてどうでもいい。

 しかし杖が必要な人達は正しい振り方や肘の角度が整っていないと発動もままならないのだから仕方がない。

 

「……こう?」

 

 概ね正しい杖の振り方を一回で理解したらしいグレンジャーさん。

 

「違いますね、もっとこう、シュッとした感じです」

 

 そのまま認めるのは多少気に食わないので、的確……"そうな"杖の振り方の手本を見せた。

 

「全然分からないわ……」

 

「嘘ですもの」

 

「人のこと揶揄わずにはいられないの!?」

 

「人を揶揄わないと、呼吸できない病気なので」

 

 と言いつつ、私はグレンジャーさんの後ろに回って、後ろから腕を支えた。

 

「え、あっ、ちょっと、その……」

 

 なぜか赤面しているグレンジャーさん。どうしてなのか私には全く分からない。

 生物学的には彼女は女性のはずなので、少年に使う類の揶揄いは効果があると考え難いけれど……まさか。

 

 ──この間ドラコの心理が分かったのは、少年の心を持っているということ……!?

 

「こうしないと息が止まってしまうので」

 

「揶揄ってるってことじゃない!」

 

「では、続けましょう、腕はこう動かします」

 

 耳元で囁きつつ、グレンジャーさんの右腕を支えて動かす。

 

「も、もう分かったから!」

 

「では参りましょう、"ハリーを"減速させてください〈アレスト──」

 

 そして私はグレンジャーさんから離れ──自分の杖を仕舞った。

 

 どうなるかなんて分かり切っている。

 

 ハリーが彼女の呪文によって無事に減速していくのを見届けながら──

 

 

 

 

 私はドラコと衝突した。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 上空から加速し続けた箒の勢いとドラコの体重、それらが合わさった衝撃を貧弱な私に与えればどうなるだろうか、考えるまでもなく原型は留めないだろう。

 

 私が何もしていなければ。

 

 

「……ダフネ、何か言うことは?」

 

 疲れ切った様子で仰向けに寝転がったドラコ。

 

「私の時間は貴方のものって言ったほうがいい?」

 

 遥か頭上から差している陽光──"私達が"空けた穴から差しているそれ──は、広大な洞窟の周囲と私達を照らしていた。

 鍾乳石のような岩が壁面に伸びているのが見える。奥行きも相当あるようで先は暗くて全く見えない。

 

「何をしたらこうなるって話だ」

 

「私の周囲を地下まで衝撃に対して"脆く"して繋げただけ。"ここまで"届けば、減速できる距離は十分でしょう?」

 

 "脆い地面"に衝突しつつ減速させて、その先に旋回するための空間もあれば前提は全て解決する。

 

 でも、皆には私の無事を心配して欲しいし、"今からこの範囲に変身術を使って墜落しても問題ないようにする"なんて言って線を引き始めたたら、きっと拍子抜けだ。

 

 ドラコだって、周りの生徒たちが普通に残っていたら私が何かしてるんだろうって、すぐに分かって面白くないだろう。

 

「いや、そんな簡単そうに言うが……どうやった──」

 

「聞きたい?聞いたいよね?聞いて?先ず、人工物と違って大きな自然物に対する変身術を行使する際に重要なのは対象の指定、基本的な変身術の呪文が、特定の対象から特定の対象に変身させるっていう呪文が多いけど、そもそもその特定の対象はどこからどこまでがその対象?例えば、〈フェラベルト〉は動物をゴブレットに変えるわけだけれど、そもそも動物って何って話。それって認識でしかないんじゃないかって言うのが私の考え、で、呪文を使わない変身術でもそれは同じなんじゃないかって──」

 

「つまり?」

 

「……。私の周囲に円形の範囲に線を引いて、その直下から円筒形の地面を一つの物質と定義した。何?これだけじゃ説明にならないんだけど?」

 

「まさかとは思うが、お前がこの洞窟まで作ったわけじゃないよな?」

 

「レベリオで見えなかったら作ったかも」

 

 上空を見た時に、この空洞も見えたから私はこうした。

 この地下空間もホグワーツの一部なのだろうか。ダンブルドアの言っていた死の危険には洞窟は含まれていなかったような……いや、どこかしらから繋がってるかも知れない。夜に調査が必要だろう。

 

「……図書館の先か……?いや……」

 

 ドラコは周囲を検分している。私の説明よりも大事なことなんだろうか。

 

「まあいい、戻るぞ」

 

 起きがったドラコの箒の後ろに乗って、地上へ戻る。

 

 私達を迎えたのは生徒達の拍手──ではなく。

 

「……ミスター・マルフォイ、貴方にも来てもらいます」

 

 マクゴナガル教授と気まずそうな顔をしたハリーで。

 

 ドラコは彼女に有無を言わさず連行されてしまった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 午後の談話室は誰かが死んだみたいな空気だった。

 

 グリフィンドールは"ある事情"で愉快な状況になってるのに、彼らの醜態を笑う余裕すらないのだ。

 

 私の葬式が開かれる時は皆が笑顔になってくれるように工夫しようと私が決意した頃──扉が開いて"彼ら"はスネイプ教授に連れられて帰って来た。

 

「お帰り、マクゴナガル教授のお説教は終わった?無事?」

 

「これで本当に無事に見えるなら、答えはイエスだ。ダフネ、お前のお陰でな」

 

 私の歓迎に呆れたような表情のドラコ。

 

 側ではどう見ても年下に見える監督生のジェマ・ファーレイが深刻そうな顔をしていて、やたらと体格のいい上級生が何人か険しい表情で立っている。

 

 何故上級生がいるのだろう。これから彼を物理的に排除するための人員だろうか?

 

 当のドラコは一言で説明し難い表情で居心地悪そうにしている……いつも顔色は良くないけど、今の彼と比較したら魔法省のケンタウルス担当室の職員でさえもう少し健康そうな顔色に見えるかも知れない。

 

 ……やっぱり退学?

 

 私は何を間違えたのだろうか。講義というのは勉強するための場で、他の生徒や教員を玩具にして遊ぶ時間ではないのだろうか。そんな、まさか。

 

「──残念なことに、マルフォイとポッターの今後には非常に過酷な決定が下された。我輩とて寮監としてマクゴナガル先生の偏った裁定には抗議したが、校長まで賛成とあれば不本意ではあるが認めざるを得ない」

 

 教授は相変わらずの陰気な空気と無表情で淡々と告げ、スリザリンの一年生達は寮監の演出を見習ったのか、子供なりに重々しげな雰囲気で沈黙して返事も返さなかった。

 これがハリーだけの処罰であれば皮肉や一つや二つ、嘲笑の三つや四つは口にしただろうに。

 

 無視された教授が可哀想なので、私が代わりに何か言っておくとしよう。

 

「可哀想に。スネイプ教授の並外れた政治的手腕でも、決定は覆せないのですね」

 

「ああ、彼らは実に哀れだ。だが喜べグリーングラス、お前に対する処遇は我輩に一任された」

 

 喜べと言う割に全く嬉しくなさそうな顔。私を一任されて嬉しくないなんて、やっぱり私のことが嫌いなのだろう。

 

 ……彼は私がドラコやハリーを憐んでいるのだと誤解しているらしい。私が哀れんでいるのは、グリフィンドールの寮監と校長に権威で負けた彼の方なのに。

 

「至極光栄に存じますわ」

 

「……我輩としては退学を命じたいのは山々だが、保護者のいないお前を放校した結果、魔法界にどのようか被害が生じるのか見当もつかない。よってホグワーツで矯正する必要がある」

 

「矯正される前に寿命が来るかも知れませんよ?」

 

「寿命ならば我が寮の風評に影響はあるまい」

 

「さぞ立派なお葬式を開いていただけるんでしょうね」

 

 さて、私の小粋なトークで場も温まったこと──でもないな……?

 どうしたのだろう、みんな深刻そうな顔をして。

 

 私達は純血なのだから、教師の決定など理事会を通して抗議すれば良いではないか。ルシウス氏もいることだ。

 

「教授。今回の決定、ルシウス氏が聞いたらどう思うでしょう?」

 

「彼がこの件に関して反対することはあり得ない」

 

 ……確かにナルシッサ夫人に押し切られるまでは息子をダームストラングに入学させたがって揉めていたと言うのは事実だけれど……

 

「我々に味方はいない、と言うことですか?」

 

「諦めたまえ。校長の意向は覆らない」

 

 ……どうしたものか。こうなると私の完璧な自殺計画が──

 

「よく分かんないよ?わかるように説明して?」

 

 首を傾げるパンジーが純血的に正当な要求をした。

 

「申し訳ないが、個性的な頭脳を持って生まれた悲劇については、我輩に責任はない。ミスター・マルフォイ本人の口から聞きたまえ」

 

「うん!わかったよ!どうなったのマルフォイ!?」

 

 パンジーは皮肉に対する天敵は皮肉を理解できない存在だと言うことを身をもって示した。

 

 しかし酷い。退学という不名誉な結果を自分の口から語らせるなんて。

 あまりにも残酷な仕打ちではないか。

 

 せめて私がやりたかったのに!

 

「僕は……」

 

 スネイプの勿体ぶった口調が感染したのかも知れない。ああ言った症状は思春期に完治しないと一生治らないという。早く聖マンゴに連れて行こう。

 

「──スリザリンのクィディッチチームに入ることになった」

 

 何故か嫌そうなドラコの一言と同時に、上級生達が彼を担ぎ上げた。

 

「騙されたな一年共!退学はなしだ!今年のシーカーはマルフォイで決まりだ!」

 

 大柄な上級生がそう言った瞬間に、困惑しつつも一年生達は教授を見た。

 さも退学になったような口ぶりで生徒達の不安を煽った張本人を。

 

「……講義の進行を妨げ、あまつさえ事故まで起こしかけた者達には良い薬であろう。このような特例に二度目はない。以上だ」

 

 不機嫌そうなまま教授は去っていった。

 

 ……入学式のトロールの嘘には憤っていた割に、平然と同じようなことが出来るなんて。流石は寮監だ。

 スリザリンの狡猾さの見本としてこれ以上の教師は存在しないだろう。

 

 今回の件で一年生達はきっと学んだことだろう。

 

 "講義は真面目に受けるべき──

 

 

 ──ではなく"、発言力や権力を握れば思う通りの結果を導けるのだと。

 

 少なくとも、私はそう学んだ。

 

 やはり力こそ正義!暴力は全てを解決する!

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