「こりゃあ…だいぶ前に上っていた奴だな」
運命の壁の洞窟の中で、顔をしかめるハッサンは白骨化した旅人の遺体を見る。
ボロボロの服がそのまま残っており、それについている血痕から、休憩中に魔物に襲われたことがわかる。
その遺体のそばには黄金でできたつるはしが転がっていた。
「母なる神よ、どうか志半ばに倒れし彼の魂をあなたの元へ導き給え。そして、安らぎと来世の幸福があらんことを…」
チャモロは静かに旅人の冥福を祈り、アモスは黄金のつるはしを手に取る。
「これさえあれば、勇気の欠片を手に入れることができます」
「あとはこいつをどうするかだな。このままにしておくわけにはいかねえだろ」
魔物が活性化した昨今では、葬られなかった遺体は魔物化し、腐った死体などのゾンビ系の魔物に変貌してしまう。
だが、この旅人の宗教も故郷も分からないため、その場合は遺体の見つかった地域の風習で行われることになる。
「クリアベールでは土葬が行われますが、ほとんど風化していますね。袋に入れて粉骨し、山のふもとに埋葬しましょう」
アモスの言葉に頷いたレックは厚手の手袋をつけ、哀れな旅人の遺骨を袋に入れていく。
ずっと放置されていたせいか、少し力が加わるだけでひびが入ってしまう。
袋に入れ終えると、レックは道をふさぐ分厚い岩石に目を向ける。
「まずはこの岩を壊して、先へ進もう」
「ああ、任せときな」
ハッサンはアモスから黄金のつるはしを受け取り、それを振るって岩を壊していく。
ハリスが行っていた通り、少し力を入れて振るうだけで簡単に岩が砕けていく。
ほんの数分で道をふさいだ岩の大部分が砕け、その先への道が見えてきた。
「この道が通れるようになって良かったわ。これで一気に短縮できる」
ミレーユは運命の壁の地図を見て、ここから頂上までの道のりを調べる。
この先には長い上り坂の通路が続いていて、その先にある出口からは少し崖を上るだけで頂上にたどり着くことができる。
再び爆弾岩に気付かれることがないように、忍び足気味にゆっくりと歩き始める。
歩いていると、ところどころに変色した紙や放置されたままの壊れたトロッコやさびたつるはしが転がっていて、どれだけの年月ここに人が入っていなかったのかがよくわかる。
そのおかげか、魔物と遭遇することがないまま出口に到達した。
「よーし、ラストスパートだな。頂上も見えてきたぜ」
再びミレーユを背中に背負い、小型ピッケル2つを手に先頭で登り始めたハッサンは見えてきた頂上に終わりが見えてきたことを実感する。
だが、運命の壁に入ってから5日以上経過しており、かなりの高さまで登っているためか、空気が薄くなっているのを感じる。
「みんな、頭痛は起こしてないか?」
レックは高山病の症状を頭に浮かべる。
自分はライフコッドに暮らしていたため、山に慣れている。
運命の壁では些細な体調不良も命取りになりかねない。
ちょっとでも体調が悪くなったらすぐに休める場所を探さないといけない。
ここまでの高度になると下を向くなんてことはできないため、上を向いたまま下のハッサン達に問いかける。
「ああ、大丈夫だ。問題ないぜ!」
「あたしも!早く頂上へ行こう!」
「分かった…何かあったらすぐに言って!」
聞く限りでは別に問題はなさそうで、安心したレックはそのまま上へ登っていく。
雲の動きを見る限り、雨の心配は少なくとも頂上に到着するまでは問題なさそうだ。
「よし…これで!!」
頂上の足場にピッケルをひっかけ、そのまま足場に体を持ち上げる。
崖から少し離れたところでピッケルを置くと、縛っているバーバラを解放した。
「ふうう…やっとついたな」
登り終え、ミレーユを解放したハッサンはそっと下を見るが、吸い込まれそうな感覚が走ったため、すぐに崖から離れた。
「で…肝心の勇気の欠片のある鉱脈はどこだ?」
「あそこですね」
頂上の中央あたりにある小高い岩にアモスは指をさす。
ひび割れを見ると、そこには炎のようなオレンジ色の鉱石が見えた。
これがヒヒイロノカネ、勇気の欠片だ。
「よし、こいつを黄金のつるはしで掘れば…!」
「これでジョン君を…!?」
急に寒気と共に、嫌な気分を感じたレックは思わず周囲を見渡してしまう。
「どうしたの?レック」
「何か…何かが来るのを感じる…」
「何か?」
「匂いが近づいてきている…。魔物が来ます!」
チャモロは近づく匂いが死臭に近いものに思えた。
ここには葬り切れていない挑戦者の遺体が数多く残されている。
そのため、それらが怨念や魔物の魂によって魔物化してもおかしくない。
「おいおい、どこから来るんだよ!?」
「空から…崖から??」
「いえ…これは!!」
ボコボコと地面から音がするとともに、腐乱した腕が出てくる。
「キャーーー!!何よ、この腕!!」
「まさか、腐った死体!?」
地面から次々と腐った死体がウウゥとうめき声を上げながら出てくる。
1匹だけでなく、まるでレック達を包囲するように何十体も出てきており、装備からも旅人のものだということがわかる。
「死んでもなお勇気の欠片がほしいってのかよ!?」
「急ぎ倒して、成仏させなければ…!」
チャモロはゲントの僧侶として人々の治療をしていた際、何度もどうしても治療することができずに死んでしまう人を何度も見てきた。
ゲントの僧侶は治療だけでなく、こうして亡くなった人々を成仏させることも使命とされており、可能な限りその人々の宗教に即した形で葬る、もしくは遺族の元へ帰している。
そのため、こうした死んだ人々が元となっているゾンビ系の魔物はチャモロにとって、どうあっても救済しなければならない相手だ。
身構えるレック達だが、集まった腐った死体達が紫色の光を放ち始め、ゆっくりと上空に浮遊し始める。
「おいおい、何が起こるんだよ…?」
「何だ…すごく嫌な予感がする…」
「レック、すごい汗!大丈夫…??」
「な…?」
バーバラに指摘され、初めて自分がかきはじめていた気持ちの悪い汗を自覚する。
目の前の腐った死体達の異様な光景と自分の本能が訴えかける危機感がそうさせていた。
腐った死体の1匹に次々と腐った死体が抱き着くように集まっていき、次第にその肉体がスライムのように混ざり合っていく。
死体が混ざるグロテスクな光景にレックは思わず嘔吐しかけるが、必死に抑える。
次第に集まった腐った死体達は1匹の両手両足を持つ巨大で太った体のゾンビへと変貌する。
そして、レック達に目を向けると生きて頂上にたどり着いた彼らに嫉妬しているのか、激しく咆哮する。
「こうなりゃあ、無理やり倒して成仏させるぞ!!」
「こんなところで、彼らの仲間に入るつもりはありません!」
先制攻撃として、ハッサンとアモスが同時に突っ込んでいく。
ハッサンは炎を宿した炎の爪でそのゾンビの右腕を斬りつけ、アモスは大きく跳躍して頭部めがけてアモスエッジを振り下ろす。
炎の爪で肉体の表面を切り裂かれ、その部分から炎が起こり、アモスエッジの一撃で頭から腹に至るまで切り開かされいるが、やはりゾンビ系のためかまったく痛みを感じていない。
「痛みは感じなくても、ダメージは…!?」
これらの一撃でかなりのダメージを目視できるため、簡単に倒せるだろうと思ったアモスだが、そのゾンビについた炎は消え、大きく開くようにできた傷も徐々にふさがっていく。
10秒もすると、再び無事な姿に戻ってしまった。
「なんだよ!?腐った死体には再生能力でもあるっていうのかよ!?」
「ありえません!回復呪文を使った様子もないのに、どうやって…」
完全回復したゾンビが激しく咆哮し、周囲の地中から次々と腐った死体が現れる。
「また腐った死体が…!」
「もう!!いい加減に成仏してよぉ!!」
バーバラは襲ってくる腐った死体にベギラマを放ち、ミレーユもヒャドで攻撃する。
ベギラマの閃光で焼き尽くされた腐った死体は灰になり、ヒャドを受けた個体は氷漬けになるか、氷の刃で貫かれる。
だが、それでも腐った死体はどんどん現れていて、倒しても倒してもきりがない。
「クッソォ!わらわら出てきやがって!うお!?」
炎の爪で群がる腐った死体を切り捨てるハッサンだが、隙を突かれて左腕を噛みつかれてしまう。
まるで生きた人間の肉を求めているかのように、腐った死体は弱弱しい歯で噛み切ろうとしていた。
「この…クソ野郎が!!」
右手で腐った死体の頭をつかみ、無理やり離すと、それをそのままゾンビに向けて投げつける。
ゾンビは右拳で投げ飛ばされた腐った死体を殴ると、その個体は粉々に砕け散った。
「くっそ…やべえぜ、これは…」
噛まれたハッサンは顔色を青くしていき、その場で膝をついてしまう。
腐った死体は腐乱していることもあり、体内に毒ができており、放っておくと肉体を壊死させていく厄介なものだ。
「ハッサン!!」
その毒は急ぎ治療しなければならないもので、ミレーユは急いで彼の元へキアリーを唱えに向かう。
「はあはあ…ミレーユ、悪い…」
「しゃべらないで」
キアリーを唱え続けるミレーユだが、ハッサンの顔色が戻らないことから、腐った死体の持つ毒の強さを改めて感じていた。
治らないことはないが、それでも集中してキアリーを唱え続けて十数秒は必要になる。
「くっ…神よ、腐った死体となり、なおもこの世をさまよう哀れな魂に慈悲を…!」
バギマで数体の腐った死体をバラバラに切り裂いたチャモロはそれらの魂が神の元へ帰ることを願う。
そのバギマはゾンビの肉体を傷つけはしたものの、それでもハッサンとアモスの攻撃を凌いだように、異常なスピードで回復していく。
「ですが…これで!!」
チャモロは破邪の剣を握り、集中するレックに目を向ける。
レックは深呼吸して、じっとゾンビが回復していく様子を見ていた。
ゲントの村で、おのれの恐怖と対峙したことで目覚めた、魔力を見る能力。
仮にあのゾンビが魔力で肉体を回復しているとしたら、必ずその肉体のどこかに魔力を供給する核があるはずだ。
レックが見る限りでは、魔力による回復であるため、あとはどの魔力の流れを逆にたどればいいだけだ。
「見えた!!」
レックは呼吸を整え、握っている破邪の剣に闘気を宿す。
そして、ゾンビめがけて一直線に走っていく。
せまってくるレックを脅威とみなしたのか、ゾンビは咆哮し、腐った死体達を自分の元へ集める。
「レックの邪魔はさせない!!」
「援護します!」
バーバラはベギラマを唱え、時間差をつけてチャモロが放ったバギマが閃光を巻き込み、炎の竜巻へと変化する。
炎の竜巻は腐った死体達を炎上され、バラバラにしたうえに消し炭へと変えていく。
腐った死体程度では止められないとわかると、ゾンビは右手をレックに向けて伸ばし、彼を直接握りつぶそうとする。
だが、その上をアモスがアモスエッジで切り捨てた。
「はあああ!!」
切り捨てたゾンビの腕を踏み台にし、大きく跳躍したレックはゾンビの頭に飛びついた。
腕を斬られた上にいきなり頭に飛びつけれたことでバランスを崩したゾンビは体を後ろに倒す。
だが、頭にも人間レベルの腕が隠されていたようで、なおも抵抗しようとそれでレックの胴体をつかむ。
ハッサンが受けたものと同じ毒がその手にはついていて、もし精霊の鎧を装備していなかったら、体に当たってその毒を受けていたかもしれない。
レックは闘気を込めた破邪の剣をゾンビの頭に突き刺し、更に刀身を4分の1回転させて確実にとどめの一撃を加える。
鎧をつかむ腕の力が弱まり、フラリと離れたのを見ると、レックはゾンビから離れた。
「核は頭にあったんですね」
「うん。でも、これはいったい…?」
ピクリとも動かないのを見て、一安心するレックだが、なぜこのゾンビが現れたのかはわからない。
まだ生き残っている腐った死体達はゾンビの死と連動するかのように力尽きていた。
念のためにチャモロはゾンビの死体を確認する。
破邪の剣が刺さった個所を確認すると、核と思われる紫色の玉石が砕けているのが確認できた。
「この玉石…まがまがしい魔力。人為的な手段で死体を。何のために…?」
腐った死体達を合体させたうえ、異常な回復力として機能したその玉石はとても人間の手で作られたものとは思えなかった。
魔物の中でも高い魔力を持った個体でもなければできない。
破壊されたことで魔力を失っており、これでは誰が作ったのかを特定することはできない。
「どうにか倒せたけどよ、さっさと勇気の欠片を手に入れて引き上げようぜ。またあんなゾンビが出るのは御免だぜ」
回復を終えたハッサンは鉱脈近くに置きっぱなしにした黄金のつるはしを手に取り、ヒヒイロノカネを採掘する。
ジョンの願いをかなえることがこれでできるはずだが、今は喜ぶよりもあのゾンビを生み出した誰かへの恐れがレック達を支配していた。