酒の飲み方っていうのは、人それぞれ好みがある。
ワイワイガヤガヤと騒がしく大人数で飲んだり。
誰かと一緒のお洒落なディナーのお供に。
一人で静かに晩酌で堪能したり。
どの飲み方も素晴らしいとは思うのだが、共通して言える事として酔い潰れるほどに飲んで醜態を晒すのはよろしく無いということだ。
酒は飲んでも飲まれるな。
二日酔いで苦しむだけなら、まぁ本人がしんどいだけだからまだ良い。
駄目なのは周囲に迷惑をかけるレベルで泥酔する事だ。
「おぇぇええ……」
「ちょっ、お客さん困りますよ」
そう、隣の席で飲んだくれている女のように。
『酔っ払い女を拾った(仮)』
華の金曜日と言うこともあり、行きつけの居酒屋で飲んでいた。
繁華街にありながら、細い路地に入った所にあるために表の通りからは見えず、お世辞にも客が多いようには見えない個人経営。
しかしながら出されるつまみも旨く、何より珍しいことに故郷の地酒を取り扱っている事が良い。
騒がしく飲むよりも、一人静かにちびちびと旨い肴と一緒に飲むのが俺の好きな飲み方だ。
普段なら、店内はいつも通り静かに飲む客が俺以外にいても二人いるかどうかって所で、その客達も基本おひとり様で飲み方も俺と似たり寄ったりなため気軽なのだが、この日は男女の二人組が来店してから騒がしくなった。
時間は23時を過ぎたくらいだっただろうか……
入ってきたのは何となく軽薄そうな印象を受ける男女。
男の方はホスト崩れのようでバンドマンなのだろうか、左肩にギターケース、右肩を女に貸すようにしている。女の方は丈の長いワンピースの上からスカジャンを着ており足元は下駄という珍妙な格好。
最初は酔いの回ったカップルが二軒目にでも飲みにきたのかと思えたが、どうやら違うらしい。
盗み聞きするような趣味は無いのだが、小さな店の中でよく響く女の声は、その気がなくとも周囲の客には聞こえてしまっていた。
ましてやカウンターに座っていた俺の隣に座ってきたんだから、当然である。
酔いの回っている女に「よいしょ!」とばかりに煽てるような言葉を吐きながら更に酒を勧める男。
こちらはそんなに酔っているようには見えず、まぁなんというか下心満載の顔といったところか。
会話は正直あまり成立しているようには思えず、恋愛的な付き合いをしたいというより、酔いつぶしてお持ち帰りからのワンナイトラブを狙っているのだろう。
まぁ、自分も若いうちは性欲で動いていたと思える時期があったと言えなくもないからその行為はまぁ、目を瞑るとしてもだ。
正直そういう女を口説く飲みをするならもっとお洒落なバーとかにすりゃあいいのに。
雰囲気がどうこうだけでなく、値段的な意味でも飲み放題でもないから高くつくぞ。
景気良くパカパカとグラスを空にしていく女に、気前よく望むままに酒を追加しているが大丈夫なのだろうか?
「あっ」
大袈裟に腕を振るったせいで、女が男のグラスを倒した。
「うわっ⁉︎」
「わー、ごめーん」
「大丈夫ですか、お客さん」
あらま、バンドマン君のズボンがびしょびしょである。
しかも股間の中心が。これではあらぬ誤解を受けるから乾くまでは外出れないなぁ。
この時点で、元からいた俺以外の客が一人帰った。
「そんれれー、そおえぇぇ、ぅえ……」
「……う」
女が、この店で一番人気のだし巻き卵に吐瀉物をかけて台無しにした。
この時点で、元からいた俺以外の客が一人帰った。
店には俺と男女二人組以外の客がいなくなってしまった……どちらも何度も見たことのある常連で、普段ならもっとゆっくり飲んで行くのにな。
大将も笑顔であるが目が笑っていない。
「うぁー、たいじょーごべーん」
「お客さん大丈夫ですか? 拭くんでちょっと移動してもらえます?」
わちゃわちゃしてる隣の席で、いつも座る席とはいえカウンターの奥に座ってしまったことを後悔していた。
本当なら俺も帰りたかったが、出口側に二人がいるせいでなんだかあからさま過ぎて帰るタイミングを逃していた。
顔は確かに整っているが、決して肉付きが良いとは言えないシルエット。
だらしのないワンピースの胸元からチラチラと絶妙に見えそうで見えない苺は確かに魅力的かもしれないが、流石にここまでして抱きたいものかね、と男の方を見た。
店の出口を開けて外に出ようとしている男と目が合った。
「「あ」」
俺と男の声が重なる。
時が止まったかのように感じたが、きっと1秒にも満たない時間だっただろう。
「……スンマソ!」
男は可愛くないてへぺろをして脱兎の如く走り去った。
あいつ捨てやがった。
……ていうかギターケース置いてったってことは、バンドマンなのはこのお姉ちゃんの方かよ。
「あはは、そこれあたしが……」
すげぇ、何事も無かったかのように誰もいなくなった隣に向かって話しかけてやがる。
あれ、でもお会計大丈夫なんだろうか?
「お客さんお客さん」
「あーい、そうれすあたしがおきゃくさんれす!」
「お客さん、お連れの方帰っちゃったけどお勘定大丈夫なんですよね?」
大将が女に尋ねる。
「えー?……えー……あはは……おぇぇええ……」
「ちょっ、お客さん困りますよ」
また女が吐いた。
「げっ、スーツに着いた」
それが彼女の服だけでなく、俺のスーツにまでかかってしまった。
うへぇ、と顔を顰める。
不幸中の幸いというべきか、明日からは土日で仕事はない。
クリーニングに出せば翌日には仕上げてくれる店もある。
痛いというほどの出費ではないが、余計なものには変わりない。
イラっとしながら女を見ると「財布もない、スマホもない」とポケットを弄って顔を青ざめさせている。
「ツケなんて……」と大将にきいて食い気味に「できません」と断られている。
そこで初めて俺に気が付いたようにこちらを見て、「ね〜おに〜さん、奢ってくんらい?」と微妙に呂律の回っていない猫撫で声でそんな事を言ってきた。
つまりはお勘定のためのお金がないわけだ。
せめて媚を売るなら口元の吐瀉物を拭え。
というか、むしろこちらとしてはクリーニング代を出して欲しいくらいなのだが?
「さ、ささ、サービスするからぁ!」(※1)
「サービスねぇ?」(※2)
「あたし、けっこうテクにはじしんありらんよ〜?」(※3)
そう言って手を何やらプラプラと動かす彼女。
何だろう、ここまでやらかして自信満々にそういう態度にイラっと来た。
良いだろう、そこまでいうなら数々のソープ店を嬢を使い物にならなくして出禁になった俺を満足させてみるが良い。
ちなみにお勘定は、俺の物より桁が大きいものだった。
いつもは酔い覚ましに家まで徒歩で一時間程なので、夜の散歩と洒落込むのだが、この日は繁華街の中のホテルに入った。
ゲロ臭いまま長時間いたくないし。
最近のラブホって洗濯機やら乾燥機やら色々揃ってていいよな。
「ええ……ど。どうしよ……」
酔っ払い女こと、廣井きくりは困惑していた。
起きてみればムーディーな部屋のベッドで全裸で寝ていた。
色々な体液でシーツはグショグショで、身体中何かこびりついている気がする。
恐らくは自分の吐いた吐瀉物の匂いと、男女の匂いが混ざり合い、変に鼻を刺激してぞくぞくとさせる。
流石に酔いが冷めて、避妊していなかったことに心配し、でも凄かったと思うも、やっぱり避妊してないし……そうだ、お酒飲もうと思考が回る。
お酒は心配な事を全て忘れさせてくれる。
ダメ人間である。
ちなみに、男は彼女の服を乾燥機に取りに行っていた。
帰ってくると先程までシラフになっていたのに、きったない体のまま再び酒を飲み始めていた廣井に唖然とする。
せめてシャワーくらい浴びろよと。
勝手に冷蔵庫を開けて備え付けのビールを開けていた。
つまり、料金追加である。
続かない。
※1 タダで演奏聴かせてあげるよ!の意味
※2 性的サービスのこと?の意味
※3 ギターのテクニックのこと。勿論相手には長いものを手でこするようなテクニックと勘違いされている。