ぼんやりとした時間の中で、ミストルティン・獣刻・ドリュアスはある出来事と遭遇する。それは些細な日常の一環ではあったものの、大切なひとときの時間であった。
※ミストルティン・獣刻・ドリュアスとミストルティンが同時に存在しているような独自の世界線になります。予めご了承ください。
「……お互い、ほどほどに生きていますね」
「なぁに、ほどほどって」
街から離れた場所にある一軒家。
森が近くにある静かな空間。そこに私とピサールの家があった。
……いや、厳密に言うと『ミストルティン・獣刻・ドリュアス』と『ピサール・聖縛・サマエル』の家と言った方がいいかもしれない。
間違いなく言えることは、この場所で生活している私とピサールは普通の彼女とは異なる存在ということだ。
「毎日が無事に過ごせている、と言い換えた方がいいですかね」
「どっちでも変わらないんじゃない? 気にしないでいいと思う~」
そう言いながらソファーで横になるピサール。私はその彼女の隣でお茶を飲みながら座る。
魔力によって気温を下げている部屋の中でも、彼女は下着姿のような露出の多い服装でくつろいでいた。
「……風邪になっても知りませんよ?」
呆れながらそう言葉にする。
「平気だってぇ、ミストルティンも脱げば~?」
「はしたないので、やめておきます」
そんな私の言葉に対して、ピサールはさらっと提案してきた。
家にいるとはいえ、羽目を外しすぎるのもよくないだろうし、私自身そういう恰好になるつもりはなかったので、きっぱりと断った。
「眼福だとは思わない?」
「……ピサールを見て、目の保養になるみたいな話ですか?」
「うん、スタイルもいいし、心の健康に繋がる気がするんじゃないかな~って」
「残念ながら、普段から生活を一緒にしている人に対して、そうそう反応することはないですよ」
「ん~それは寂しいかも~」
そう言いながら寝返りを打つように動く彼女。
彼女の体格は私よりも目立つ。まれにピサールと街に買い物に行くことになった時も、大抵の人がピサールの方を見る。理由は言うまでもない。暑がりな性質から発生する露出の高さと、独特な雰囲気に多くの人が関心を抱くのだ。
正直なところ、彼女と一緒に行動していると、多くの人の目線を集めてくれるのもあって、私自身は気が楽だったりする。変に目立って厄介ごとの種を生み出すことは避けたいのだ。
「プールとかいきた~い」
「……街にあるプールに行きたいと言って準備して、いざ外に出た時に暑さで断念したのはどこの誰でしたっけ?」
「え~あったっけ、そんなこと~、忘れちゃったぁ」
「……はぐらかしても、私は覚えてますからね?」
「ミストルティン、こわ~い」
これも夏にあった出来事だ。
ピサールが唐突に街のプールに行きたいといって、準備を始めた日があった。
どれほど気合が入っていたかというと、彼女自身の水着を用意するだけにとどまらず、私の水着までピサールが用意してきたくらいだ。
妙に律儀なことに、私の好みに合いそうな水着を、しっかりとしたサイズで用意していた。
結局外に出た瞬間、ピサールの表情が変わって「今日はやっぱり遠出するのはやめよう~」と言ってきた時のなんともいえなかった気持ちは今でも覚えている。
「でも、あの時は森の川で水浴びできたからよかったじゃない」
「……ピサールがわがままだったので、対応しただけですよ」
街まで行きたくないと言いながらも、涼しくなりたいと言ってきたピサールに対して、私はその時に出した答えが森の川による水浴びだった。
普段ひとりでいたいときは森林浴を行うことが多いので、近場に涼しい水場があるということは知っていたのだ。
夏の暑い日だったものの、その日の気分は悪いものではなかった気がする。
「あの時、ミストルティンのんびりしてたよね~」
「人が多いプールよりは、静かな空間の方が好みなので」
「でも、プールにやめとこうって言ってた時、ちょっと残念そうにしてなかった?」
「……たまには気分転換にいいかもしれないと思ってただけです」
人が多い場所が苦手なのは事実。
それはそれとして、興味がないわけではないのも事実。
自分のことながら、少しだけめんどくさい。
「ん~熱くない時間のプール……あっ、そうだ。ナイトプールとかどう?」
「ナイトプールですか……」
「なにか気がかり?」
「いえ、あまり知らないものだったので、考えてただけです」
ピサールはさらっと言っているものの、ナイトプールは少し斬新さを感じる。
夜のプール。静かな雰囲気はあるのかもしれない。
「写真とか撮ったらいい感じに映えるかもね」
「そういうことするタイプですか、ピサールは」
「う~ん、あんまりしないかな? でも、まぁ、ミストルティンの写真は撮っといても面白そうだなぁって」
「なんですか、その面白いって」
「いつもの真面目さがない時の表情がいいからね」
「……硬い雰囲気の人で悪かったですね?」
「笑顔が可愛いってことよ」
「……そうですか」
皮肉で返そうとしたものの、彼女がさらっと返答してきたので顔を背ける。
少しだけ、恥ずかしい。
「そう、その照れてる表情とか」
「あまり見ないでください」
「そう言われると意地悪したくなっちゃうのよねぇ~」
「……性格が悪いです」
座っていた私にピサールに顔を近づかれ、からかわれる状況。
どうにかならないかと思っていた時だった。
トントン、と扉を叩く音が鳴った。
「あの、ミストルティンです。今、お邪魔しても大丈夫でしょうか……」
普通の『私』……つまり、ミストルティンがやってきたのだ。
「わたしもいるよ~」
普通の『彼女』であるピサールもいるみたいだ。
特に断る理由もないから、態勢を整えてから案内しよう。
そう考えていた時だった。
「うんうん、入っていいよ~」
「ピサール?」
態勢を整えるまでもなく彼女は入ることを承認した。
こうなったらもうどうしようもない。
彼女に主導権を握られたまま、迎えることになるだろう。
「お、お邪魔します……!」
「はいるよ~って、わぁ」
ふたりが見た光景。
それは同じような自分自身たちが大胆な姿勢を取っているものだった。
「ぴぴ、ピサールさん、なにをしてるんですか……っ」
ミストルティンが指摘をする。
それに対して聖縛のピサールは小さく笑いながら答える。
「大胆なこと」
「あ、あわわ……」
「……ピサール」
どう誤解を解いたものか。
ミストルティンは顔を赤くしてしまった。
「つまり、そういうことしてたってこと?」
「まぁね~イチャイチャしてたんだ~」
「なるほどね」
「……はぁ」
ピサール同士は意気投合。納得といった表情。
それはそれで問題なので、そろそろ誤解を解くために行動するべきだ。
「ピサール、そろそろ離れてください」
そう言いながら彼女の身体を押す。
ぐぐっと押していったら、どうにか離れていった……と思いきや、突然彼女は力を抜いてきた。
「きゃん」
わざとらしい悲鳴。
気が付いたころには、私が聖縛のピサールに覆いかぶさる形の姿勢になっていた。
「だ、大胆です……っ」
「ミストルティン」
「……わざと力を抜きましたね?」
「すけべ」
「わかる、すけべ」
「はぁ……」
謎のトラブルが発生した空間。
独特な雰囲気を感じさせるこの瞬間は不思議なことに嫌いでなかった。
「ところで、なんでみんなやってきたの?」
気を取り直して、それぞれがソファーに座ったのち、聖縛のピサールが訪ねる。
机の上にはそれぞれの分のお茶がある。
「理由は単純かも?」
「はい、単純かもです」
そういいながらふたりで微笑むミストルティンとピサール。
それに対して、私たちの方はきょとんとする。
「イベント、なにかありました?」
「うーん、思い浮かばないかも」
少しの間、考える。
それでも思い浮かばなかったからか、ミストルティンとピサールは小さな小道具を用意した。
あれは……クラッカー?
「お誕生日おめでとう! ミストルティン」
「お誕生日、おめでとうございます……!」
パン、パンと音を鳴らしてクラッカーが弾ける。
そうだ。
今、思い出した。
今日は私の誕生日だったということを。
「あはは、完全に忘れてた」
「……同居してる人がそれだと世話ないですね?」
「でも、その様子だと、ミストルティンも忘れてたんじゃない?」
「……否定はしません」
「似た者同士~」
「そうかもしれませんね」
笑顔で誕生日を祝う二人を見つめて、私たちも小さく微笑む。
「ありがとうございます。素敵なサプライズです」
「祝ってくれたなら、こっちも祝っていかないとね~」
そう言いながら、クラッカー替わりに拍手を送りながら私たちも言葉にする。
「お誕生日おめでとうございます、ミストルティン。何事もない素敵な日々が続きますように」
「お誕生日おめでとう~、あっ、プレゼントに強いお酒とか呑まない? 美味しいよ~」
「あ、ありがとうございます。その、お酒はちょっと遠慮しておきます。酔っちゃったら、迷惑かけそうなので……」
「う~ん、それならノンアルコールなワインを用意しよっか。いいよね?」
「そうですね、特別な日なので、奮発するのはいいと思います」
祝い事の日は奮発するべきだろう。
私だけの誕生日ではないのだ。みんなで楽しむ日にしてあげたい。
「ねぇ、もうひとりのわたし」
「なに?」
「お菓子作りしない? ミストルティンの舌を唸らせるような料理作るの~」
「うん、賛成~。一緒に美味しいもの作ろっ」
「頑張ろう~」
おーっと意気投合するふたり。
調理場に向かっていったのを見送ったのち、私とミストルティンはふたりきりで会話する時間を得られた。
「……いつも思いますが、こうして話していると不思議な気持ちになります」
「そうですね、自分なのに自分じゃない、独特な感覚です」
「……その、今、幸せでしょうか」
「幸せ?」
「はい、一軒家でピサールさんと暮らしている日々。どんなものなのか、気になって……」
「そうですね……」
少し考えたのち、自分なりの答えを彼女にぶつける。
「普通の日常です」
「普通、ですか」
「はい。呆れたり、一緒に食事をしたり、時に買い物したり……なにげない日々が繰り返されてます」
「そうなんですね……」
「……ですが、そのひとつひとつの日々はとても大切なものではないかと、思ってもいます」
プールに行かなかった日のことも。
変な誤解を生みそうな出来事も。
そして、今日みたいな特別な日も。どれも大切なものだろう。
「少しずつ違う日々を過ごして、日常が形成されていって……穏やかな時間が流れる今の瞬間がきっと好きなのかもしれませんね、私は」
「……言葉として、適切かはわからないですが……」
考えたのち、ミストルティンが言葉にする。
「もしかしたらそれは、ひとつの『楽園』なのかもしれないなぁって思いました……」
楽園。時々そう言葉にする人が近くにいるから、思わず頬が緩んでしまった。
「そうですね、『楽園』という表現もあり得るかもしれません」
平和な日々。
穏やかな時間。
支え合って生きているという事実。
私と彼女の楽園。それもまた、悪くない。
「年月を重ねても、この楽園が続くことを願いたいですね」
「そうして何回も言い合いましょう……!」
「お誕生日、おめでとうという言葉を、ですね」
「はいっ……!」
ほどほどに生きる日々。
それもきっと繰り返せば大切な『楽園』を繋ぐ日常になるだろう。
これからも、私たちは生きていく。
私たちのペースで、ゆっくりと。
誕生日の日。
幸せなことが続く、そう思えるような素敵な時間だった。