よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
「………………」
俺、藤山 優太郎は、三人の仲間とともに、ファミレスへ来ていた。
海斗、直樹、そして谷口の三人だ。
俺たちの前にはそれぞれ飲み物が置かれており、俺と海斗がコーラ、直樹がオレンジジュース、谷口がコーヒーだった。
「やっぱ、どう考えても6分は無理だ」
俺がそうぼやくと、三人が頷いた。
「だってよ、ミノタウロスは二体いるんだぜ?あれをどーやって6分で撒くんだよ。ぜってーできねえって」
海斗はそう言いながら、コーラに口をつけた。その次に、直樹と谷口が言葉を繋いだ。
「ミノタウロスの攻略時間が、ほとんど含まれてないよね。テセウス組が生け贄組を迎えに行って、そのままグラウンドで連れ出すだけでも、おそらく5分はかかる。まるで一年三組のテストは、ミノタウロスがいなかったんじゃないかと思える記録だよ」
「そうなると、人間同士での揉め事もなかったのよね?それも変だと思うわ。私たちの時みたいに、テセウス組の誰かが『助けに行きたくない』って言い出すはずよ」
考えれば考えるほど、あり得ない記録だ。
しかも、単なるノーマルクリアじゃない。誰も死なないトゥルークリアを果たしたんだ。これがまずおかしい。
(……ミノタウロスを、短時間で倒した?いやいや、さすがにそれはないか)
あれだけでかい怪物を、しかも二体倒すなんて、人間離れし過ぎてる。それは絶対あり得ない。
或いは、何か裏技を使ったのか?俺たちが知らないような裏技を……。
(クラスの中に天使側の人間がいて、上手くクリアできる方法を聞いていた、とか?)
いっそそれくらいズルくあって欲しいと思うほどに、正攻法でのクリアはどうしても思い付かなかった。
「……しかたねえ」
俺はコーラの入ったコップを掴み、それを一気に飲み干した。
炭酸の弾ける刺激が、喉をバチバチと楽しませた。
「よしっ!聞くか!一年三組に!」
俺の言葉を聞いて、三人がこちらへ目を向けた。
「ここで俺たちがうんうんと唸ってても仕方ない。どうやってクリアしたのか、方法を聞いてみようぜ」
「うん、そうだね。僕も同じ意見だ」
「そーだな、それが早えべ」
「ええ、私も知りたいわ。どんな攻略をしたのかを」
そうして、俺たちは顔を見合わせて頷いた。
夕方の5時過ぎのことだった。
キーンコーンカーンコーン
翌日の、お昼休み。
俺と海斗、直樹、谷口の四人は、早々と弁当を食べ終えて、一年三組の教室へと向かった。
「あー、ごめん。ちょっといいか?」
そのクラスにいた女の子に、俺は声をかけた。
「このクラス、昨日のテストを6分でトゥルークリア達成したんだってな。凄いぜ本当に」
「いえ、そんな」
その子は照れ臭そうにはにかんでいた。
謙虚な子だなと思いながら、俺はさらに問いかけを続けた。
「もしよかったら、どうやってそんな短期間でトゥルークリアを達成したのか、教えてもらえないか?」
「あー、えーと……」
彼女は少し迷った素振りを見せて、「何年何組の方ですか?」と聞いてきた。
「ああ、ごめん。自己紹介が遅れて。俺は二年一組の藤山 優太郎っていうんだ」
「あ、二年一組の方ですね。分かりました」
彼女はそう言うと、「実はクリアしたのは、塩ケ崎ちゃんのお陰なんです」と答えた。
「塩ケ崎ちゃん?」
「はい、彼女がこのクラスをまとめているんです」
なるほど、この子が謙虚な態度だなと思ったのは、自分の手柄じゃないと思っていたからか。
「その塩ケ崎さんっていうのは、どこにいるのかな?」
俺がそう言うと、彼女は「あそこにいますよ」と言って、教室の隅の方を指差した。
俺は彼女に礼を言ってから、俺たちはその塩ケ崎さんの前へとやって来た。
「………………」
それは、小さな女の子だった。
身長は、おそらく140cm程度。まるで小学生が高校の校舎に迷い込んだような感じだった。
髪は雪のように白く、少年のように短かった。肌もそれに負けないくらい白く、透明感のある女の子だった。
机の上には何も置かれていないのに、彼女はそこをじっと凝視していた。
そして、なんとその子の点数は、「1点」だった。
(こ、この子が本当に6分でトゥルークリアを……?)
にわかには信じがたい俺たちは、互いに顔を見合わせた。
しかし、このままでは埒が明かないので、俺は「んんっ」と一度咳払いしてから、彼女へ話しかけてみた。
「や、やあ。こんにちは」
「………………」
彼女は、すっと俺へ目を向けた。
「あなた、誰?」
「あ、ああ、俺は二年一組の藤山 優太郎っていうんだ」
「他の人たちも、二年一組?」
「ああ、そうだよ」
そこまで言うと、彼女はぺこっと、無言で俺たちに頭を下げた。
「君が、塩ケ崎さんかい?」
「うん、塩ケ崎 昴(しおがさき すばる)」
彼女……塩ケ崎さんは、また何もない机の上へ顔を戻した。
「……えーと、何か考え中だったかな?」
俺が尋ねると、彼女は「将棋やってる」と答えた。
「将棋?でも、駒はないじゃないか」
「あるよ」
「え?ど、どこに?」
「ここに」
彼女は自分の頭を指さした。
「……ま、まさか、駒の位置を暗記してるのか?」
「そう、目隠し将棋」
「……た、対戦相手は誰?」
「ぼく対ぼく」
「………………」
「はい、詰め。ぼくの勝ちで、ぼくの負け」
俺たちは、四人とも唖然としていた。
俺も昔、少し将棋をやっていた時期があった。一時期はネット将棋なんかにもハマったりして、休みの日はよく没頭していた。
だからこそ分かる。頭の中で駒の位置を暗記する目隠し将棋が、どれほど驚異的なのかを。
「あ、あの、将棋中にごめんね?」
俺に代わって、直樹が彼女へ質問をした。
「前回の実力テストで、このクラスは6分でトゥルークリアを達成したんだってね?本当に凄い記録だと思う」
「………………」
「もしよかったら、教えてくれないかな?どうやってクリアしたのかを」
「いいよ」
彼女はまた、俺たちへ目を向けた。
「でも、他のクラスには言わないで」
「え?」
「同じトゥルークリアを達成した二年一組の人だから、教えるの」
「……わ、分かった。じゃあ内緒にしておくね」
「うん」
そうして、身体ごと俺たちへ向けて、両手をお行儀よく膝の上に置いてから、説明し始めた。
「最初の天使の説明で、生け贄組とテセウス組に分かれた。その時に、ぼくはミノタウロスの迷宮を模したテストなんだってピンときた。だって、テセウスは有名な英雄だから」
「!」
「そして、あのタブレットでの情報共有の仕方から、おそらくお互いに疑心暗鬼を産ませる設計にしてあるんだろうなと読んだ。だから、あのタブレットはほとんど使わなかった」
「つ、使わなかった?」
「そう、曖昧な情報は無駄だと思うから。生け贄組がどこにいるかを聞いてからは、タブレットは破棄した」
「………………」
もう、最初の説明とルールを確認したところで、そこまで読んでいたのか。
これが既に、俺たちとの違いをまざまざと見せつけられるようだった。
「ちょ、ちょっといいかしら?」
谷口が塩ケ崎さんへ尋ねた。
「ミノタウロスは、どうやって攻略したのよ?あれは二体もいるのよ?簡単には撒けないはずだわ」
「ミノタウロスの特徴、知ってる?」
「特徴?」
「ミノタウロスは、人間以外は認識できないでしょ?」
「え、ええ、そうね」
「だったら、ぼくたちも人間じゃなくなればいい」
「え?ど、どういうことよ?」
「ミノタウロスは、人の頭を見て、人間かどうかを認識してる」
彼女はブレザーの上着を脱ぎ、ターバンのように自分の顔を巻いた。
「だから、こうして頭を隠せば、ミノタウロスはぼくたちを認識できない」
「!」
「あ、ちゃんと後ろも隠さないとダメだよ?上手いこと隠さないと、追ってくるから」
「な、なるほど……」
「それでそのまま、みんなでミノタウロスの横を通って、クリアした」
「……ど、どうやってそれに、気がついたの?」
「ぼくがミノタウロスの前で、いろいろ試してみた。顔を隠したり、這いつくばってみたり。そして、この頭を隠すのが攻略法だと分かった」
「………………」
俺たちは、ただ彼女の言葉を黙って聞くしかなかった。
頭がいいのはもちろん、観察力が凄まじい。ミノタウロスの特徴を瞬時に理解して、それを応用する発想力もある。本来は、ミノタウロス同士を喧嘩させないように天使側が設定したものなのに、逆にその設定の穴を突いている。
そして何より恐ろしいのは、ミノタウロスの前で頭を覆うという、自殺行為にも近いことを平気でできるところだ。
(一歩間違えたら、あっさりミノタウロスに殺される……。そのリスクを平然とこなせるんだ)
ミノタウロスの横を難なく通っていけるのなら、確かに6分でカタがつく。もう、納得せざるを得ない。
「ねえ」
その時、彼女の目は真っ直ぐに俺へと向けられていた。
「二年一組のクリアも、お話しして?」
「お、俺たちの?」
「うん。気になってたんだ、どんなクリアをしたのか。今日ちょうど、聞きに行こうと思ってたの」
「い、いやあ、お恥ずかしながら、俺たちのは君ほどスマートじゃないよ」
「それでもいいの」
「そ、そう?じゃあ……話してみよう」
確かに、俺たちばかりが聞くのもフェアじゃない。そう思って、俺はありのままのクリアの順序を教えた。
人間同士の争いもあったし、上手くいかないこともたくさんあったし、改めて振り返るとほんと泥試合だったなあ。
「………………」
彼女は、やたらと真剣な顔で俺の話を聞いていた。時間が経つにつれて、その真剣味も増していき、目がキラキラと輝き始めた。
「えーと、それで、ミノタウロスを一階に集めることにして……」
「それで、それでどうなったの?」
「あー、えーと~」
さっきまでの彼女とは、まるで雲泥の差だった。まるで、絵本の読み聞かせをせがまれる親のような気持ちだった。
「……と、いう感じで、俺たちは制限時間を迎えて、無事にクリアできたんだ」
「すごい、おもしろい」
塩ケ崎さんはやけに興奮しており、鼻をふんふんと鳴らしていた。
「そ、そんなにおもしろかったかなあ?」
「おもしろい。だって、ユータローかっこいい」
「え?」
「ユータロー、主人公みたい。そういうのぼくもやりたい」
「そ、そうかなあ?」
「ぼくは、頭がいい。でも、人の心がわからない時ある」
「!」
「だから、みんなを惹き付けて、動かせるユータローは、すごい」
「ははは、そうかい?」
「もちろん、カイトもサヤカもナオキもかっこいい。みんなよかった」
俺はなんて答えたらいいのかわからないけど、彼女があまりも素直だったので、俺も思わずほころんでしまった。
「実はなあ、これには続きがあってよ」
その時、やけにニヤニヤした海斗が横やりを入れた。
「優太郎のやつ、天使に向かって暴言吐いたんだぜ?」
「え?どういうこと?」
海斗が事の顛末を話すと、またもや目をキラキラさせて、「やっぱりユータローすごい」と言った。
「ぼくも、今度は天使に悪口言ってみる」
「あ、あはは、あんまオススメしないけどなあ」
「だって、楽しいことしたいもん」
「そうなのかい?」
「うん。だからぼく、わざといつも1点にしてる」
そう言って、彼女は頭上の点数へ指をさした。
「あ、あなた、自分から点数を1点に減らしてるの?」
谷口が信じられないといった口調で尋ねると、塩ケ崎さんはさも当たり前のように「うん」と答えた。
「し、塩ケ崎さんはすげーな~……。いつも俺たちの斜め上を超えてくるぜ」
「ユータローも、ぼくの斜め上いくよ。正確には45度くらい」
「ははは、お茶目だな塩ケ崎さん」
俺がそう言うと、彼女は初めてにこっと笑った。
かわいらしい笑顔だった。知的な眼差しもあるけれど、やっぱりどこか子どものように無垢なところも含まれているような、そんな笑顔だった。
キーンコーンカーンコーン
いつの間にか、お昼休みが終わっていた。
「おっと、そろそろ教室へ帰らなきゃな」
「ユータロー、もう帰るの?」
「ああ、今日はいきなり来てごめんな。クリアのこと、教えてくれてありがとよ」
そうして、俺たちはその場を立ち去ろうとした。
すると、塩ケ崎さんは俺の制服の裾を掴んで、「待って」と言った。
「ユータロー、また来てくれる?」
「お?いいのか?」
「うん。また、遊びに来て?」
「ああ、分かったよ。またみんなで来る」
そうして、彼女との約束を交わし、一年三組を去った。
「いやー、すげーやつだったな!あんなのが一年にいたなんてよ」
海斗の言葉に、直樹が頷いた。
「頭のよさでは群を抜いてるよね。彼女がリーダーシップを発揮すれば、怖いものなしだ」
「将来有望だな~!羨ましい限りだぜ!」
俺たちは談笑しながら、長い廊下を歩いていた。
「………………」
ただその中で、一人谷口だけが不機嫌そうにしていた。
「どうしたんだよ、谷口?何をそんな機嫌悪くしてんだ?」
俺が尋ねると、彼女はむすっと唇を尖らせて答えた。
「だってあなた……やけにあの子に優しいんだもの」
「え?」
それだけを言うと、谷口は足の速度を早めて、つかつかと先に行ってしまった。
「お、おい!谷口!」
「………………」
「なんだよあいつ、何をイライラしてんだ?」
俺が一人ぼやいていると、海斗と直樹がニコニコしながら俺の横に立った。
「いやー、青春の味しねえ?直樹よお」
「そうだね、甘酸っぱいや」
「???なんだよ二人して」
俺にはさっぱり意味が分からず、三人で教室に戻るのだった。