よい子テスト~悪い子は死んでください~ 作:崖の上のジェントルメン
2026年10月26日、月曜日。お昼休みの時間。
俺は海斗、直樹、谷口の三人とともに、教室で教卓の前に立ち、クラスメイトたちを一望していた。
「よし、それじゃあ、改めてみんなに一覧を共有しよう。俺たち四人が体験した減点をそこへ反映させてるぜ」
そう言って、クラスメイト全員がいるLINEグループに、直樹がまとめてくれた減点対象一覧表を送信した。
みんな各々のスマホを見て、その一覧の内容を読んでいる。
「わあ、結構たくさんある……」
「今分かってるだけでもこれだけあんのか。やべえな……」
クラスメイトたちがざわつく中、直樹が一言付け加えた。
「もちろん、これはまだ現時点で分かる範囲だよ。みんなも、新たに減点の対象が分かったら、ぜひ共有して欲しい」
「どうやって共有したらいいの?」
「LINEグループに直接送信してくれればいいよ。そうしたら、僕がその一覧に随時書き込んでいくから」
「あの~、浅倉くん。私、追加したいのあるんだけど、いいかな?」
「ほんと?もちろんいいよ。今グループに送ってくれるかな?」
前回のミノタウロスのテストを経て、俺たち二年一組は前よりもまとまるようになった気がする。
みんなを見捨てずに、誰一人死ななかったという事実が、俺たちの精神を安定させているんだろう。
次回の実力テストに向けて、さらに仲間との連携を強めていきたい。そうしたらきっと、さらにみんなが生き残れる確率が上がるはずだ。
「優太郎くん、今時点での減点一覧は、こんな感じだよ」
直樹から新たに修正された一覧をもらい、その内容を読んでみた。
【減点対象一覧表(10月26日時点)】
【1点】
・悪口を言う(バカ、アホ、死ね、ブスなど)
・器物破損
・故意に嘘をつく
・感情的になる(怒鳴るとか)
※評価の基準がまだ曖昧なので、要確認
【2点】
・暴力(人を殴る、物をぶつけるなど)
・セクハラ(不同意で胸やお尻を触る、卑猥な言動をするなど)
【3点】
・集団での暴力(いじめ、リンチなど)
【4点以上】
・校外へ勝手に出る
※4点の人が亡くなったのを見たので、具体的な点数はまだ分からない。
・実力テストの無断欠席(10点)
※他クラスからの情報提供
「……なるほど、まだまだ掘ると出てくるな」
「だね、僕もさらに情報収集してみるよ」
「ああ、ありがとな直樹」
俺は改めて礼を述べ、またみんなの方へ顔を向けた。
「さてみんな、貴重な昼休みを使ってすまないが、今度の実力テストについて話し合わないか?」
俺がそう言うと、クラスメイトから「話し合うってどういうこと?」と質問が飛んだ。
「まだテストの内容、分かってないよね?どんな話し合いをするの?」
「そうだな、まあ話し合いというより、心構えの確認みたいなものだ」
俺はチョークを手に取って、黒板に「よい子テスト」と書いた。
「よい子テストの本質は、俺たちが善人であるかを試すものだ。つっても、あいつら天使が勝手に決めた善悪だが」
「………………」
「つまり今後のテストも、俺たちの人間性や善悪を測るようなテストを仕込んでくるはずだ。俺たちがどれだけ結束しようとしても、それをバラバラにされるような状況に追い込まれることになる」
「ミノタウロスのテストが、まさにそれだな」
海斗の付け加えに、俺は「ああ」と言って頷いた。
「生け贄組は助けないと死ぬのに、テセウス組には減点がなかったり、タブレットの情報が欠けているから、疑心暗鬼になったり……。とにかく、あの手この手で俺たちを試してくる」
「………………」
「だから、もし誰かのことが信じられなくなったり、怖くなったりしても、それで罪悪感を覚えることはない。それは、テストで無理やりそういう感情にさせられているだけだ」
「………………」
「信じていた人を疑ったり、憎んだりするのは、本当に辛いし、自己嫌悪になる。でも、必要以上に、自分を責めないで欲しい。本当に悪いのは、こんなテストを開催した天使どもなんだから」
「………………」
「俺たちに必要なのは、テストを俯瞰して見ることだ。天使側が俺たちに何を試そうとしているのか、それを客観的に見ることができれば、きっと仲間を信じられる」
俺は「よい子テスト」の文字の下に、二重線を引いた。
「テストは3月31日まであって、めちゃくちゃ長く感じるが、逆に言えばゴールが分かっているってことだ。だからみんな、それまで一緒に頑張ろう。きっと俺たちなら、なんとかなるさ」
そうして、俺はなるべく笑顔をつくって、みんなに見せていた。
ガララッ
その時、思いがけない来客が現れた。
それは、塩ケ崎さんだった。
「ユータロー、遊びに来たよ」
「あ、あれ?塩ケ崎さん?」
「ぼく、前に遊びに来てねって言ったけど、よくよく考えたら、ぼくから遊びに行けばいいやと思って」
そして彼女は、何の気負いもなく教室の中へてくてくと歩いてきた。
「だ、だめだよ塩ケ崎ちゃん、勝手に先輩の教室に入ったら!」
その後ろには、付き添いの女の子がいた。彼女はかつて、俺たちが一年三組に来た時に、塩ケ崎さんのことを紹介してくれた子だった。
「えー?でも、ユータローは友だちだよ?」
「そんな、先輩を軽々しく友だちだなんて……」
「ははは、塩ケ崎さんらしいや。いいよ、大丈夫。俺も友だちだって思ってるよ」
俺がそう言うと、塩ケ崎さんはぱあっ!と花が咲くように笑って、「よかった!」と言った。
「ねえユータロー、将棋しない?ぼく、もう“ぼく”と対戦するの飽きちゃった」
「お、おお。わかった。でも普通に駒は使いたいな。目隠し将棋はさすがにできないからさ」
「うん、わかった。じゃあ、スマホのアプリ使おう?」
そうして、あれよあれよという間に、彼女と遊ぶことになっていた。
「ふ、藤山、その子って誰だ?」
塩ケ崎さんのことを知らないクラスメイトたちから、質問を受けた。
「ああ、一年三組の塩ケ崎さんだよ。ほら、この前のテストを6分17秒でクリアした……」
「あ、あの一年三組の!?」
クラスが、一気にざわざわと騒ぎ始めた。
「みんな、昼休みにくどくど言ってごめんな。また何かあったら、いろいろ情報共有するぜ」
そうして、俺はクラスの会合を終えて教卓から離れ、自分の席に戻った。
「すみません、ほんと。塩ケ崎ちゃんが無理言ってしまって……」
付き添いの女の子は、俺たちへぺこぺこと頭を下げていた。それを見た直樹が「大丈夫大丈夫」とフォローを入れていた。
「ちょうど、話も終わるところだったから、気にしないで」
「あ、ありがとうございます、すみません」
俺は自分の椅子に座り、塩ケ崎さんは海斗の椅子を借りて、対面に座ってもらった。
「どうだい優太郎?勝つ自信はあるかよ?」
海斗が全部分かった上で、ニヤニヤした顔でそう尋ねてくる。
「ちぇ、相変わらず嫌なことを訊くな海斗。正直、自信なんてねーつっの」
「くくくっ、だろうなあ」
「ユータロー、どうしたの?」
「ん、いや、塩ケ崎さんに勝てる自信がないって話だよ」
「そう?」
「そうさ。君こそ、俺が相手でよかったのかい?俺なんかじゃ面白くないかも知れないけど」
「ううん、いいの。だって、ユータローと遊びたいから」
「ははは、そっか」
そう素直に言われたら、俺も断るわけにはいかない。
「藤山、あなた将棋指せるの?」
谷口は俺の脇に立って、両手を腰に当てていた。
「まあ、それなりにな」
「なら、あんまり簡単に負けないでね。先輩のメンツを保って欲しいわ」
「ちぇ、谷口まで意地悪を言いやがる」
「ユータロー、早くやろー?」
「おう、よしよし。始めよっか」
そうして、周りの友だちに見守られながら、俺と塩ケ崎さんの対局が始まった。
「……あ、あり、ありません」
そして、まあ当然と言えば当然なのだが、俺は塩ケ崎さんに完敗した。
三回中、三回ともこてんぱんに詰められた。
あまりに負けすぎて、もう灰になってしまった。真っ白な灰によ。
「つ、強すぎるよ、塩ケ崎さん……」
後ろで見ていた直樹の声が震えていた。海斗が「そんなつえーの?」と尋ねると、直樹は「うん」と言って答えた。
「僕も駒の動きくらいしか知らないけど、これは凄まじいよ。どんなに優太郎くんが攻めても、完封されてしまう……。まるで、プロの一手を見るようだった」
「かー!やっぱ塩ケ崎ってすげーんだな」
「す、すみません先輩、塩ケ崎ちゃん、遠慮がなくて……」
付き添いの女の子は申し訳ないなさそうに、何度も頭を下げていた。俺は打ちのめされながらも、掠れた声で「だ、大丈夫さ……」と答えた。
「ユータロー、もっかいやろ?」
「え、ええ!?ま、まだやるの……?」
「うん、ユータローとやるの、楽しい」
「そ、そう……?俺、全然君に敵わないんだけど……」
「そんなことない。ユータローは、いつも面白い手を指す」
「ええ?そうか?」
「うん」
塩ケ崎さんは、アプリで今の対局の履歴を遡って、俺にひとつ話をしてくれた。
「例えば、ここは普通、飛車を生かしたくなるところを、ユータローは敢えて捨ててる。でもそれで、ぼくも王が危なくなった」
「ま、まあ……。でも、簡単に君に返されたけどね」
「それはしょうがない。ぼくの方が強いし」
「な、なはは……」
「でも、それが面白い。ユータローは、自分が負けそうだと分かってても、戦いを諦めない。どんな時でも、必ず……一子報いようとする」
「………………」
「ユータローの一手一手がビリビリしてて、火が燃えているみたい。こんなに楽しい将棋、初めて」
「ははは、そっか。まあ、君が楽しんでくれたなら、それでいっか」
キーンコーンカーンコーン
その時、お昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。
「塩ケ崎ちゃん、もうさすがに行かないと」
付き添いの女の子にそう言われるが、彼女は「ええ?やだやだ」と不服そうに答えた。
「もっと、ユータローと将棋する」
「も、もう、だめだよ駄々こねちゃ」
困り果てる彼女へ、谷口が援護した。
「あなた、藤山に三回もやってもらったじゃないの。今日はもう終わりにしなさい」
「えー?サヤカの意地悪」
「意地悪とかどうとかじゃなくて、もう授業が始まるから、止めなさいって言ってんの!自分の教室に帰りなさい!」
「やだな、つまんないの」
塩ケ崎さんは唇を尖らせて、子どものようにブーたれていた。
「塩ケ崎さん、また今度やろうよ」
「ほんと?またぼくと将棋してくれる?」
「ああ、もちろん。いつでも待ってるよ」
「わかった、じゃあまた明日来る」
そうして、塩ケ崎さんは付き添いの子に連れられて、教室から出ていった。
「いやあ、嵐のような子だったな」
俺の言葉に、海斗と直樹が笑った。
「まあでも、可愛い後輩じゃねえか」
「うん。賢い子なんだけど、子どもっぽくもあって、不思議な子だよね」
「だな、いい友だちができたよ」
と、そんな雑談を交わしていた最中。
「ユータロー」
と、またもや塩ケ崎さんが入ってきた。
「お、おおっ、どうした塩ケ崎さん?」
「忘れものした」
「忘れもの?」
「うん」
彼女は真っ直ぐに、俺へ近づいてきた。
そして……。
ちゅっ。
と、俺の頬へキスをした。
「!?!?!?」
「なっ!?」
「おおっ!?」
「ええっ!?」
俺も谷口も海斗も直樹も、みんな度肝を抜かれた。
そんなことはお構い無しに、塩ケ崎さんはにっこりと笑って、俺に言った。
「ぼく、ユータローのこと、好き」
「え?え、え?」
「みんないつも、ぼくと将棋するの嫌がる。ぼくばっかり勝っちゃうから」
「………………」
「でも、ユータローはぼくが勝っても、一緒に遊んでくれる。ぼく、しあわせ」
「し、塩ケ崎さん……」
「これからもずっと、お友だちでいてね」
そうして、彼女はまた、足早に去って行った。
「ちょ、ちょっと待ちなさーい!」
谷口は決死の形相で、塩ケ崎さんを追いかけた。
「あなた!ふ、藤山になんてことを!こら!戻ってきなさい!」
「えー?でもサヤカ、さっきは帰れって言ったよ?」
廊下の方で、彼女たちの言い合う声が聞こえてくる。
「ぎゃははははは!!ひー!マジか!いやーおもれ!!ぬはははははは!!」
海斗はよほど面白いらしく、腹を抱えて笑っていた。
直樹は苦笑しながら、「凄いことする子だね」と呟いた。
俺もさすがにぽかんとして、「あ、ああ」と答えるしかなかった。
「塩ケ崎さん、前に『自分は人の心が分からないことある』って言ってたけど、こういうことなのかもな……」
「う、うん。気に入った人には、物凄く詰め寄っちゃうタイプなのかもね」
俺も直樹も、しばらく放心状態になっていた。
海斗の笑い声だけが、教室に反響していた。