どくどく SideB   作:扇町グロシア

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どくどく SideB

 創作は技術でなく感性だ、なんて人は言う。上手い下手ではなく、籠った意思が大事なのだと。

 しかしまあ、実際やってみれば分かる。その意思なり情熱なりをちゃんと出力するには、結局技術が必要になるのだと。技術がなければ道具も使えない、それでは話にもならないだろう。

 とは言え今の時代には、技術がそこまで高くなくてもマトモな出力は可能だ。生成AIは行きすぎにしても、使いやすく便利な道具が一通り手にはいるのだから。

 例えば筆記具のメインストリームが筆と墨だった時代、どれほどの人が自分の思いを文章に出来ただろうか。

 例えば色彩を表現する為に石や貝を削って膠に溶いていた時代、どれほどの人が目の前の美しい景色を描き残せただろうか。

 私みたいに才能に恵まれない人間でも、ある程度ならば芸術に関われる。良い時代だ、本当に。

 でもそれこそ生成AIが進歩し、創作から技術が一切不要になったとしても。多分変わること無く人は絵筆を取るのだろう、直観を遅滞無く吐き出す為に。

 朝も早くから昔ながらのカンバスに向かい、ただただ衝動を叩きつける。そうしなければ、()()()()()()

 胸の中で沸き上がる拍動を、燃えるような熱を、全て絵筆へと乗せていく。

 徹夜してダラダラ描いていた習作は、とりあえず忘れよう。今必要なのは、これだ。

「あー……面白い、なぁ……っ」

 思わずニヤケてしまいつつも走らせる筆は、止まろうとさえしない。

 まるで――世界の鼓動のように。

 

 

 一人暮らし、とは言えあまり寂しいと思った事はない。家賃が安いのと生活に便利だから決めたこのマンションは、どうも近隣の大学へ通う生徒ばかりで事実上の寮扱いのようだ。新しくできた友人も何人か住んでいる、でも話に聞く寮制のような規則なんかはない。町内会さえないくらいだ、都会は繋がりが希薄だと言うのは本当らしい。まあ、構わないけれど。

 ――と。

 隣の部屋から漂ってきたと思われる美味しそうな匂いに、ようやく私は空腹を思い出す。そうだ、ずっとカンバスに向かっていて昼から何も食べていない。この匂いはハンバーグか何かだな、食欲を刺激しすぎる。ちょうど雑念も混ざってきた所だし、一息吐いて晩御飯にするか。

 壁が薄いのか建材が安いのか、こういう事はちょこちょこある。隣にいる同じ大学の男子は、どうやら自炊派のようだ。

 私は彼の事を殆ど知らないし、知る必要もない。お隣さんだから、なんて理由で男性と仲良くなろうとは思えないし。

 きっと話すことも殆ど無いまま、卒業してここを出たら忘れてしまうんだ。そんなものさ、うん。

 私はあまり人と話すのが得意ではないし、社交性も低い。だからか私は、人が動かない時間帯が好きだ。

 実家の方はここよりずっと田舎で、丑三つ時を待たずとも外はすっかり静かになる。ここだって夜明け前くらいにはそうなるけど、やっぱり()()が全然違う気がする。

 何もかもが終わってしまったような濃密な()はここには無い、都会の夜はオレンジ色だ。理想なのは目を開けても閉じても変わらない、漆を流したような綺麗な夜。

 とは言えそれが終わる瀬戸際、朝日が昇る瞬間もまた良いと思う。次の夜へと向けて、全てが始まる時間だから。

 けれど――。

 

 

「世界が動き出してしまう、か」

 そんな風に嘆く人もいるのだと、私はついさっき知った。世界の鼓動、なんて徹夜明けのテンションで出た言葉なんだろう。まさか私みたいに、心臓が早鐘を打っていた訳でもあるまいし。理由なんかまだ分からない、確かなのは胸の奥にあるこの鼓動だけ。

 心を引っ掻き回して荒れ狂う感情に、名前は有るのだろうか。まあ有ろうが無かろうが、一度焼き付いた想いは消えはしないんだけれども。

 技術もへったくれもなく手に任せてカンバスを染めていくのは、抽象的で要領を得ない。ひたすら魂が命ずるままに振り回す絵筆から産み出される絵は、まるで今の私の心拍だ。

 ――そうだ、タイトルは心拍にしよう。意味なんか誰にもわからなくて良い、私さえ知ってれば良い。

 さあ、仕上げよう。私の絵を、私の想いを。

 

 

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