絞首台の街、安楽死の少女   作:東雲佑

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6.ユータナシア(了)

「わたしを、この絞首台で殺してほしいの。あなたの手で」

 

 上目遣いの少女の瞳が、青年の瞳を覗き込んでいた。

 

 彼女が何を言っているのか、カッコーは即座に理解することが出来なかった。

 今度の土曜がもし晴れたらねと、弟がそう切り出した時と同じように。

 

「じ、冗談じゃない!」

 

 たっぷり十秒近くしたあとで言葉が口をついた。

 思考よりも先に舌が動いていた。

 

「どうして?」

 

 少女が問うた。小さく首をかしげて。

 

 どうもこうもあるか、とカッコーは思った。

「どうもこうもあるか!」、カッコーは怒鳴っていた。

 

 少女がまたも首を傾げた。カッコーの反応をまったくの不思議と感じているように。

 

「ねぇ、どうしてダメなの? ちょっとした人助け、ボランティアのようなものじゃない?」

 

 食い下がるというより、やはり純粋な疑問を口にする調子で少女は言った。

 どうして、どうして、どうしてだと? なら逆に教えてほしい。どうして君はそんなことを出会ったばかりの男に頼めるんだ?

 どうして君はそんなことを望むんだ。

 どうして、どうして俺にそんなことが出来ると思うんだ?

 

 カッコーはひどく重々しく首を振った。それから、盗み見るようにして少女を見た。

 彼女の瞳に邪気はなくて、あまりにも邪気がなさ過ぎて、カッコーはその無邪気さにこそたじろぐ。

 ほとんど恐れすら彼は抱く。

 

「ねぇ、それじゃあ、こういうのはどうかしら?」

 

 いつまでもカッコーが黙ったままでいると、少女のほうが、名案を思いついたというように口を開いた。

 

「あなたにお願いを聞いてもらう代わりに、わたしもあなたのお願いを一つ聞いてあげる。私に出来ることなら、なんでもしてあげる」

 

 ね、それならいいでしょ?

 やはり無邪気そのものの表情と口調で少女は言った。

 

「俺は君を……」

 

 君を殺してやるなんて、と言いかけて、カッコーは慌てて言い直した。

 

「……君の頼みを聞いてやるなんて、俺はそんなこと、一言も言ってないぞ」

「聞いてくれるわよ」

 

 自信ありげに少女は言って、続けた。

 

「だってあなたは、もう一度殺してるんだもの。そう、あなたは弟さんを殺してあげた。そしてわたしはその弟さんの亡霊。そうでしょう?」

 

 彼女はさらに少しだけカッコーに身を乗り出した。

 カッコーは返すべき言葉を見失い口ごもる。

 

 少女の瞳がまっすぐに彼を見ていた。

 綺麗な瞳、無邪気な瞳……雄弁な瞳が彼に理解を突きつける。

 

 俺が断ったところでこの娘が絞首台を使うことに変わりはない。

 俺が断ったところでこの娘は死ぬ。

 俺が拒んだら、この娘は一人で死んでいくのだ。

 

 あのとき見放さなかった弟を、今度は見放してしまうことになる。

 

「……卑怯だ。こんなのは、卑怯だ」

 

 魔術に絡め取られた心地でカッコーは相手を見つめ返した。

 少女の姿をした魔女はやはり無邪気な瞳で彼を見ている。

 

 柔らかな口角が少しだけ持ち上げられた気がした。

 もはやカッコーが断ることはないのだと、もう彼は断れないのだと、そう確信したかのように。

 

「ちょっとした人助け、ボランティアのようなものよ。ね?」

 

 もう一度、少女が同じ言葉をささやいた。

 カッコーの心に残った最後の抵抗を、やんわりと押しやるように。

 

 カッコーは諦めたようにもう一度だけ首を振った。それから言った。

 

「……わかった。君の頼みを聞くよ」

 

 少女の表情がぱっと輝いた。

 カッコーは毒づいてわめきちらしたくなった。

 そうした気分をどうにか押しとどめて、彼は言った。

 

「だけど、交換条件として君になにを頼めばいいのか、すぐすぐには思いつかない」

 

 だから、とカッコーは言う。

 

「だから、しばらく……そうだな、一冬だけ猶予をもらいたい。冬の間になにか考えるから」

 

「春までに?」と少女が言った。

「そう、春までに」とカッコーも応じた。

 

「そして、春になったら」

「……そうだ、春になったら」

 

 そこから先はどちらも言葉にしなかった。

 カッコーは言葉にすること忌避して。

 翻って少女は、あえて言葉にしないことでそこにある幻想的な憧憬を守ろうとするかのように。

 

「うん、それでいいわ」

 

 少女はうんうんと頷きながら言った。

 

「というか、大賛成。わたしとしても、よく知らない他人に殺されるよりも、ちゃんとわたしを知ってくれて、ちゃんとわたしと絆を築いてくれた相手に殺してほしいもの。たとえたった一冬でも、ずっと一緒にいたらあなたとわたしはもう他人じゃなくなるものね」

「……ずっと一緒にいたら?」

「そうよ。これから春まで、わたしはあなたの部屋で暮らすの。だってわたしにはこの街で他に行くところなんてないし、あなたの他には知り合いだっていないんだもん」

 

 突拍子もない言葉に当惑するカッコーに、当たり前じゃないという風に少女が言う。

 

 春になったら、わたしの死には一冬分の付加価値が加わるの。

 春になったら、あなたは一冬分の親密さを込めて私を殺してくれるの。

 

 十四歳の少女は、すべての十四歳の少女がそうするように夢見る声で言った。

 

「さぁ、そうと決まったら、早速あなたのお部屋に行きましょうよ」

 

 そう言って彼女は立ち上がると、座ったままのカッコーを急かすように手を引いた。

 

 

 ともかく成り行きはそのようになった。

 自分がどういう状況に置かれたのかいまいち実感を欠いたまま、カッコーは求められるままに少女を案内した。

 

「そういえば」

 

 アパートメントの階段を踊るような足取りで登りながら、少女が思い出したようにカッコーに向き直った。

 

「あなたのお名前はなんて言うの?」

 

 カッコーは自分の名前を告げた。

 少女は歌うように彼の名前を繰り返した。

 

 カッコー、カッコー……うん、いい名前ね。響きが気に入った。

 彼女はそう感想を述べた。

 

「おい」

「うん?」

「君の名前はなんていうんだ?」

 

 カッコーが問い返すと、少女はしばらく考えたあとで。

 

「ユータナシア」

 

 そう自分の名前を告げて、彼女はなぜだか嬉しそうに笑った。

 それからまたくるりと反転して、さっきよりも弾む足取りで再び階段を登りはじめた。

 

 ユータナシア。

 

 カッコーは教えられた名前を小さく呟いてみる。

 たぶん、いや、間違いなく偽名だろう。彼はそう思っていた。

 

 安楽死(ユータナシア)なんて名前を我が子につける親が、いったいどこにいるだろうか。

 

 

 

/了

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