Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
「……暴走か」
錠前に角を折られたあの瞬間から、俺の意識は混濁した。
その間に炎を纏った姿へと変身し、アリウススクワッドへと襲い掛かった……
「……」
手の平を見つめる。
アギトの力が自分の手を離れて暴れ出したのは今回が初めてだ。
しかし、なぜか恐怖は湧いてこない。
さっきの燃え滾るような力を自分の中に感じる……が、それが暴れ出すような感じはしない。
完全に制御できている感覚があるのだ。
「テツヤ、本当に大丈夫か…?」
「ああ……」
特にこれといった異常はない……それを一番恐れるべきなのだろう。
さて、俺の問題はもういい。
今重要なのは、あそこで銃を構えるアリウススクワッドだ。
「話し合う気はあるか?」
「あると思うのか?」
だよな。
錠前に至っては俺がかなり痛い目に遭わせたようだし。
他の連中も大なり小なり怪我をしているようだ。
「じゃあ、続きをやるのか? こっちは余力があるけどよ」
「……」
こっちとしては素直に撤退してくれると嬉しい。
説得するにしてはあっちの心象は最悪だろうし、こっちが提示できるメリットはベアトリーチェをブッ倒すことくらいだ。
あと余力があるとは言ったものの、正確に言えばホシノ先輩とアズサしか戦うことはできないだろう。
わかるのだ。
俺は変身できない。
力は感じるが、起動させるスイッチのための回路がショートしているといえばいいのか。
しばらくは変身することができないという確信があった。
「……フン」
錠前が銃を下すと、アリウススクワッドのメンバーも構えを解いた、
どうやら、これ以上の戦いは泥沼になるだけだと理解してくれたようだ。
「新条テツヤ。一つ聞く」
「ん?」
「お前の目的は何だ?」
「目的だと?」
「そうだ。お前はアビドスの生徒だろう。トリニティの生徒でもないお前は、言ってしまえばただの部外者。トリニティを守るために戦う義理など何一つないはずだ。なぜ、我々の前に立ち塞がる?」
実は留学生という形で籍を置いているのだが、そういうことを聞いているわけではないのだろう。
別に俺もそれが理由でこの状況に関わっているわけではないし。
俺は考えをまとめるとこちらを鋭い目で睨みつける錠前に向かって口を開いた。
「約束がある」
「……約束?」
アビドス生としてではない、俺個人の戦う理由。
『スバル先輩を、みんなを助けてください……!』
立木との約束は果たす。
俺は何が何でもベアトリーチェを潰す。
叩き潰す。
「ベアトリーチェを潰す」
「……なに?」
「ベアトリーチェを叩き潰して、アリウスを開放する」
アリウススクワッドは呆気に取られた表情を浮かべている。
錠前が片手で頭を押さえながら、
「……答えに、なっていない」
「あい?」
「答えになっていないと言っているんだ! マダムを叩き潰す? 部外者のお前がそんなことをする理由がない! ふざけて───」
「ふざけてるわけないだろ」
「──!」
「得体の知れない大人がキヴォトスには多すぎるんだよ。俺たちもそういう大人のせいで色々と苦しんだ……お前らほどじゃ、ないかもしれないけどな」
ここからはアビドス生としての戦う理由だ。
カイザー理事。
黒服。
自分の利益のためだけに生徒を使い潰そうとする大人たち。
ベアトリーチェも同じだ。
生徒を虐げ、洗脳し、自分の駒のように扱う大人。
そんなヤツがのさばっている現状を見過ごして、いつかアビドスに手を伸ばさない可能性が果たしてないと言い切れるか?
アビドスの砂漠には何かがある。
悪い大人が蠅のように集るほどの何かが。
それが超兵器なのか、本物のお宝なのかはわからないが。
ベアトリーチェの目的が何にしろ、悪い大人に干渉されやすい条件が整ったアビドスの生徒としては、今回の一件でヤツを片付ける必要がある。
加えて、ヤツが持っているという厄災の遺骸……こう改めて考えると、倒さない理由がないな。
「根城に乗り込んで、ベアトリーチェを潰す。俺の仲間のためにもなることだ」
「……本気なんだね」
俺の言葉に答えたのは錠前ではなかった。
顔を覆い隠すマスクと白いフード。
その合間から見える菫色の紙の少女が、ゆっくりと歩み出る。
「アツコ…!」
アズサがアツコと呼んだその少女はマスクを外しながら、俺に尋ねる。
「約束って、誰との?」
「アリウスの立木」
「そっか……」
「姫! 喋れば彼女が……」
「大丈夫だよ、サオリ。やっと、待ち望んだ時が来たんだ」
「ひ、姫ちゃん…?」
歩き出そうとするアツコを錠前が肩を掴んで制止した。
「待て、姫! 奴は救世主などではない! 私たちと同じ一生徒だ! 何もできはしない!」
「うん。わかってる。完全無欠の救世主ってわけじゃないみたい」
「なら───」
「でも、ここが私たちの生命線を確実に繋げられる場所。今なら、マダムが唯一恐れるアギトの庇護下に入れる」
「!」
「どのみち、今戻っても私たちは遠くないうちに使い潰される。それはサオリもわかってるよね?」
「……どうするというんだ。マダムに逆らっても、私たちに未来はないぞ」
ここだな。
「だが、ベアトリーチェが消えれば当面の問題は解決する。違うか?」
「お前にそんな真似が───」
「できる」
「!」
俺が手に入れた新たな力。
それにトリニティ・ゲヘナの連合軍が加わってくれさえすれば、間違いなく勝てる。
「ここで判断する必要はない。だが、考えてほしいんだ」
錠前は目を伏せると仲間たちへと視線を巡らせる。
「リーダー」
「ミサキ……」
「私は乗るべきだと思う」
「……本気か?」
「本気。リーダーもどっちを選ぶべきかわかってるんじゃないの?」
「……」
「私たちはマダムにとっては結局捨て駒なんだよ。今回の襲撃だって、相手の戦力把握もロクにできないうちに実行を迫られた……仮に戦力を把握できても、勝てたかどうかは怪しいけれどね」
なるほど、確かに襲撃にしてはあっさりとしたものだった。
ビルの倒壊に巻き込むのも、俺の頑強さを知っていれば時間稼ぎにしかならないとわかるはずだと疑問に思っていたのだ。
やっぱろくでもないなベアトリーチェ。
生徒を都合よく使う癖に万全の態勢を整えさせないのか……よくわからないな。
「なら、今のうちにあっちにつくべきだよ。調印式を襲撃してからじゃ、私たちの処遇も変わってくる……そうだよね?」
「ああ、今のお前らは何もしてないからな」
ミサキと呼ばれた少女の言葉に頷きながら答える。
そもそも、俺には捕まえる資格ないしな。
アビドス生で、ただの留学生だし。
「だってさ」
「……」
「リ、リーダー……」
緑髪の少女が怯えながら錠前の返答を待っている。
ていうか、ビビりすぎじゃないかあの子。
でかい狙撃銃を持ってる癖に肝っ玉はちっちゃいんだな。
「ひっ、わ、私は食べてもおいしくありません……」
「食わねーよ」
「そ、そうですよね。私は骨と筋肉ばかりで旨味なんてありませんし……」
なんだコイツ。
自分の発言に勝手に落ち込んでるぞ。
「筋肉って意外とうまいらしいぜ」
「うわぁぁぁん! やっぱり私はここまでなんです! アギトの胃にすっぽり収められて一生を終えるんですぅうう!!」
「わかった、わかった。俺が悪かったから落ち着け。俺にカニバリズムの気はない」
「……ほ、本当ですか!?」
「そうだっつってんだろ」
「そ、そうですよね。救世主が人肉食なんてするわけありませんし……」
なんだコイツ。
ネガティブな癖に立ち直りが以上に早い。
むしろ一周回ってポジティブなんじゃないか?
「……本当に助けてくれるのか?」
ーーーーーーーーーーーーーーー
サオリは銃をテツヤに向けた。
「サオリ!」
「リーダー!」
アツコやミサキの制止する声に反応せず、サオリはテツヤを見据えていた。
──アギト。
かつて厄災からキヴォトスを救った救世主。
サオリのイメージにあった光り輝く黄金の姿と対峙した平凡な少年の姿は一致しない。
ただの生徒。
恐ろしく強いだけの
しかし、その傍らには。
「……アズサ」
かつての仲間が立っている。
いや、今も裏切ったつもりなどないであろうアズサは、懇願するような視線を向けて沈黙していた。
何を言ってほしいかはわかっている。
それが正しい選択で、自分たちを救う唯一無二の手段であることもサオリは理解していた。
「お前を捕らえるのが私たちに与えられた任務だ……助けるというなら、その身を差し出してもらおう」
「……」
「全ては、虚しい」
「サオリ……」
「忘れたかアズサ。何度もお前に言って聞かせたはずだ。私たちに救いなどない。こいつは私たちを救いたいんじゃない。ただ都合のいい駒が欲しいだけだ」
だが、心に染みついたアリウスの教えがサオリの首を頷かせることはなかった。
なにか裏があるはずだ。
ただ救いたいからなどという理由で人を助ける人間なんていない。
提示された救いの手を払いのける言葉をサオリは口から吐き出した。
「テツヤはそんなことはしない」
「なぜそう言い切れる! そいつは他人だ! アリウスではない! いや、お前ももはやアリウスではなかったな。私たちを裏切っておいて何を今さら────」
「裏切ったんじゃない。気づいてしまったんだ……私たちが持つ憎しみは、私たち自身から生まれたものなんかじゃないと。だから逆らった。でも、サオリたちを裏切ったつもりなんかない」
「なに……?」
アズサはサオリに歩み寄る。
サオリは一歩後退った。
そのサオリの様子を気にもせずにアズサは右手をサオリに差し出した。
「迎えにきたんだ。サオリ」
「────」
「信じてくれとは言えない。裏切った形になったのはその通りだから。でも、私は────」
「止めろ……」
「みんなをあの場所に置いていくことはできない」
「止めろ!!」
サオリの中で何かが決壊した。
それにサオリは耐えきれなかった。
「新条テツヤァァ!!」
銃を構えたまま突進するサオリ、その前に立ち塞がるホシノ。
勝てない。
サオリの直感がそう告げていた。
「……」
そんな中、予定調和の戦闘が行われる直前にテツヤはホシノの前に躍り出た。
「テツヤくん!?」
「!?」
ホシノは突然の事態に声を漏らす。
しかし、一番動揺したのは突っ込んでいったサオリだった。
止まることのできなかったサオリは目の前に出てきたテツヤを押し倒し、無防備なその頭に銃を突きつけた。
「なんのつもりだ……」
「……」
言葉はなかった。
「なんのつもりだと言っている!!」
「……すべては、虚しいって?」
「……」
「本当にそう思ってんのか?」
問い。
テツヤの口から出たのは敵意の言葉でも、命乞いの言葉でもなかった。
「ふ、ふははは!! そうだ、その通りだ!」
サオリはその問いを笑って切り捨てようとする。
「vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas! それがこの世界の真理だ! 日の当たる場所をずっと歩いてきたお前たちには────」
「それ、お前の言葉じゃないだろ」
テツヤの問いにサオリの眉が僅かに動く。
「お前、本当に心の底からそう信じて生きてきたのか?」
「……何が言いたい」
「全ては虚しいって、一つの世界の真理だと思うよ。どれだけ積み上げたものだって崩れ去る時は一瞬だ。だったら期待しないで生きたほうが傷つかないってのも確かに正しいと思う。でも……」
「……なんだ」
「さっきアズサに話しかけてた時、お前震えてたよな」
サオリの喉が詰まった。
「本当に何もかも虚しいって思うのなら、あの震えはなんだ。なんでアズサの言葉に声を荒げた?」
「黙れ……」
「裏切者って言いながら、お前はアズサを気遣ったじゃないか。俺から仲間を守ろうとしているじゃないか……虚しいって言いながらも全部、お前が何かを大事に思ってる証拠だろ」
「……」
「俺にできるのは選択肢を出すことだけだ」
「選択肢だと?」
「俺をこのままベアトリーチェに引き渡すか、それとも……俺たちとベアトリーチェを潰すかだ」
「!」
テツヤの目は真っすぐにサオリを見つめていた。
恐怖など一切感じられない、熱の籠った瞳だった。
思わず目を背けようとしたサオリの頭をテツヤが掴み、無理やりに目を合わせる。
「お前の好きなものを選べ。何を選んだとしても、俺はお前に従ってやる」
「テツヤくん!? 何言ってるの!?」
「ごめんなさいね、ホシノ先輩。向こうに行くことになったら力づくでも行かせてもらいます」
「……冗談じゃないよ。まったくもう……」
「……正気か? お前にメリットなどないだろう?」
「何言ってんだ。あるにきまってんじゃねえか」
「なに?」
「引き渡してくれるんなら、俺は本拠地に乗り込めるだろ。そのままベアトリーチェの首をとってやる」
「───」
「お前は俺を信じなくていい。勝手に事態は解決する……それじゃ、だめか?」
困ったように笑うテツヤが手を差し伸べる。
そんな顔を見て、サオリは銃を下した。
嘘を言っていないことなどとっくにわかりきっていた。
この男は完全無欠の救世主ではない。
けれども、アズサが信じた救世主であった。
「……ああ、駄目だ」
「そうか……」
「貴様だけに任せるとアリウスそのものが滅びかねない」
それはただの憶測ではない。
先ほどの戦闘を見たサオリだから断言できる予言だった。
「新条テツヤ。貴様を信じはしない」
「ああ」
「……アズサの信じる、お前を信じる。それだけだ」
サオリはテツヤの手をとった。