ピンポーン
長閑な住宅街の一角で呼び鈴が鳴った。
メモを片手にエーリヒが呼び鈴を押しながら周囲を胡乱下に見渡し、眉間に皺を寄せながらドアが開くのを待っている。
こんな所に本当に彼がいたのだろうか?
そんなに詳しい訳ではないが、本編に置いて逮捕歴の無かったはずの人間がこんな目立つ場所にいるとは考えづらい。
辛いが…やはり別人なのだろうか?
「ようこそいらっしゃいました。エーリヒ・ハルトマン様ですね?」
開いた扉から出てきた女性が満面の笑みを浮かべて俺に聞いてきた。
「はい、シェーン・キャクストンさんはいらっしゃいますか?」
「ええ、お父様は取引先と通信中ですので上がってお待ちください」
ごく普通の対応、が、彼も闇の書の被害者だったはず、いや、なくなったのは母親だったか?
いや、間違い云々は関係なく優秀な技術者である以上、その交渉に来たのだ。
何者であれ、それは関係ない話しで、仮にスカリエッティであれば是非とも繋がりを作っておきたい。
そんな事を考えながら家に上がるが怪しいものはない。
無論老化から見えるのは限界があり、他人の家をじろじろ見渡すほど不神経でもないし、下手に悪印象を与える可能性のある行動をとりたいとも思わない。
「では、こちらでお待ちください」
が、それは一般的な事であり、相手がスカリエッティで無ければでの話しだ。
「父上はもう少し掛かるそうなのでお茶でもお飲みになったお待ちください」
交渉の事を強く考えすぎて、頭が回らなくなっていたと、後悔したのは出されたお茶を飲んだ直後の事だった。
やっぱり、当たりなんだ―――
急激に襲われる眠気が自身の答えを示してる。
「では、案内します。お父様の元へ」
意識を失う寸前で、彼女の声がよく響いて聞こえ瞬間、確信に至った。
さて、原作を見ていたと言っても完璧ではない。
序に言えば知識に穴が開きつつある。
メモはとってあるが見られたときの危険性を考慮しキーワードだけにしてあるため、細かい場所のフォローまで効くものではない。
しかし、だ。
全裸にされて生体ポットとおぼしきものに入れられ、視線を走らせれば同様に似た様なものに入れられた少女達が数名見受けられる。
「気が付いたかね?乱暴な呼び方で申し訳ないね」
不健康そうな肌に目には隈を作りながらも、その瞳には覇気が漲りしっかりとした足取りで足音を響かせながら俺に問いかけてきたのは、『無限の欲望』その人である。
「いえ、貴方が貴方である以上、安全策は講じるべきだ。私は貴方に依頼を頼みに来た、それは今も変わらない。話ぐらいは聞いてもらえるんだろうか、ジェイル・スカリエッティ博士?」
本物なら、確かにこれぐらいするだろう。
伊達に一度も捕まっていないのだから酔狂だけで姿を現す訳がないのだからこれは予想してしかるべきだったのだろう。
少なくとも、交渉と言えるかどうかは別として話は聞いてくれるのだろう。
そう判断しての返事だが、彼は驚きの表情を僅かに浮かべ楽しげに笑い声をあげた。
「ククク、私は犯罪者だよ?エーリヒ・ハルトマン君、何が君を其処まで駆り立てるのかね?」
「復讐、他に何を求めろと?」
「そう、復讐だ。が、闇の書はもう無い。ならば何故、君は未だに牙を研ごうとする?意味はないのに」
待ってましたと言わんばかりに俺の生態ポットに近づきならが言葉を続ける。
「簡単だ。確信しているからだ。闇の書は存在すると。済まないが君に記憶をのぞかせて貰った。が、伝承も闇の書が存在すると確信する情報もない」
こちらの言葉を待たずに好奇心に満ちた子供の様な表情を浮かべ、その動きからは興奮が見て取れる。
「伝承は嘘か?いや、違う。あれはしっかりと考え出されたものだ、質量兵器を知り、その有用性を考え生み出された知恵の塊。妄想で闇の書の存在を確信した?それも違う、なぜなら寄合がなくなると話した時、君は既に闇の書の存在が名を変えて存在し、秘匿されていると確信している。興味深い、実に!そう、君は非常に興味深い!その力もその『記憶』も私の興味を刺激してやまない」
しかし、記憶を覗かれたのに前世が知られていない?
訳が分からない。
俺の記憶は、記憶ではない?
が、頭の中を覗くと言っても全て見れる訳ではないのだろう、言ってみれば前世の記憶は魂に刻まれた様なもので、現世の記憶は脳に記憶される可能性もある、尤も全てが妄想の可能性もあるし、記憶を覗かれ発見できなかった可能性が高い。
「さてね、これこそ、ハルトマン家のレアスキルかもしれないし違うかもしれない。けど、私はそれを覚えていて貴方に提供できる。どうあろうと私は貴方の協力が欲しい、必要なら駒になろう、作品に加われと言うなら喜んでこの身を差しだそう。だから…」
「ク、ククク、いいのかい?好きに弄くられゴミの様に捨てられるかもしれない、頭の中を弄くられ尊厳を踏みにじられるかもしれない、君の願いを聞き届けない可能性だってある」
こちらの言葉に打ち震え喜びの色を浮かべる。
明らかにこちらの反応を見て喜んでいる、想定と違う反応が楽しくてしょうがないのか何なのかは分からない。
が、悪い反応ではない筈だ。
「貴方は、自分の作品に愛情を注ぐのだろう?それに、作品になった者が願っていた夢を貴方は叶える事も出来ない存在ではないはずだ」
問には誠実に思っている事を返す。
「嬉しい事を言ってくれるね。しかし、君は思い違いをしている」
其処まで笑っていたスカリエッティは笑う事をやめ、あごに手を当てながら頷くと悪戯好きな子供の様な顔をしながら言葉を続けて見せた。
「確かに駒は欲しいが何もかも洗脳とは芸がないね、折角なんだ、もっと楽しみたいと思うのは人の常だよ」
何を当たり前の事を聞いているのだと拍子の抜けた表情でドクター俺の質問に返事を返した。
「でも、何故こんな面倒な手段を?」
「目だよ」
彼へ質問の答えは意外なものだった。
「君のその目に惹かれた。何より、君は周りの光景の異常性に気づいたろ?娘達は、ある事情から普通に生まれる事を許されなかった。が、君はそれを聞かずにひたすら、私に依頼を繰り返し頼んできた。なにより」
「なにより?」
「君のアイディアは面白そうだったからね、漸く面白そうな話が聞けそうなんだ楽しくやろうじゃないか」
「じゃあ!」
くすくすと笑いあい、大きく頷いて見せたスカリエッティを見て喜びを押さえきれずに拳を握ってしまう。
「君を歓迎しよう。無論、作品として手を加えさせて貰うが、構わないだろう」
「あ、ありがとう…ありがとうございます!」
ポットの中でなければ涙を流しているみっともない姿だったかもしれない。
でも、構うものか、漸く道が開けたのだから。
カタカタとコンソールを動かす音だけが響き、しばらくして検査が終わった事を告げられ今後についての検討が始まり、いつまでたっても上がってこない俺たちを不審に思い、迎えに来たウーノにより夕食に招待されることになった。