休暇の間、私の隠れ家に詰めデバイスと身体データを纏めながら手製の料理を振る舞い少々騒ぎになること少々、間もなくして休暇が終わろうと言うときリンディ・ハラオウンから呼び出しを受け、聊か速めに休暇は終わりを告げた。
呼び出された理由は簡単だった。
海から陸への転属願い、それも、受理条件は現在階級の一尉から三等空士に降格。
確かに、ミッドチルダに永続的な勤務を条件としているもののそれは普通の届け出ではない。
「アースラへの転属願いならすぐに受理できるわ、だから、せめて理由を聞かせてもらえないかしら」
リンディが混乱するのはある種当然だった。
彼は一度、陸の勧誘を断っている。
正確に言えば、陸が獲得するはずだった彼は海へ武装隊研修士になるのを承知で赴任した。
理由は、分かっている。
「闇の書がないのに海にいる必要がない。なら、地上を護る」
彼が無理にこちらにいる理由がすでに無いのだ。
「でも、他にも凶悪犯罪は起きているわ。地上が大変なのは分かるけど、こちらが大変なのは貴方も分かるでしょう?」
正直に言えば、彼の能力は魅力的でクロノと併せて運用できれば武装隊の負担も大幅に減らせるし成功確率も変わる。
立て続けに起きた高ランク犯罪を防止した事で周辺の部隊からは協力要請がひっきりなしに来ている。
また、高町なのはとフェイト・T・ハラオウンも嘱託魔導師であり、幼い二人はスカウトしたリンディの指揮からなのはは嘱託、フェイトは保護観察という名目上離れる事が出来ず、参加はまだアースラ以外に認められていない。
同時に八神はやてはリハビリ中で、同事件の中核を担ったヴォルケンリッター達は世間の沈静化を図ると共にはやての世話とリハビリに専念したいとの申し出を受け、リンディとしても遺族側の反応を考え管理局での行動を行動を禁止している。
しかし、はやてのそんな事情を公表できる訳もなく伝える事が出来ない為、協力要請は増える一方、そこで戦力の集中化ではないにせよ小規模な拠点としてアースラを機能させ戦力の増強を図る案が出され、エーリヒが居た部隊を優先的に援護する事を条件に成立した矢先の出来事だった。
確かになのはやフェイトを使う事は出来るが彼女たちには出来るだけ学業に支障を出す訳に行かず、はやてのそばにいて欲しいと考えるリンディにとっては頭の痛い事この上なかった。
「別に無理してここにいたい訳じゃない、管理局を辞めたって構わない。ヴォルケンリッター達は死んだんでしょ?ねぇリンディ艦長?」
彼が未来選択する可能性のあった選択と、YESと答えなければならない問を口にしながらも濁った瞳はリンディを睨み付けていた。
必ず、ヴォルケンリッター達を討ち取りたいんです。出来れば、アースラで―――
会う度に彼はこの言葉を口にして転属を願い、暴走の危険性を考慮した彼女は最後までこれを受け入れず闇の書事件を終わらせた。
思えば、彼はこの事件を予見していたのかもしれない。
そう、思えるぐらい彼の希望は強いもので、リンディ達に対して願うヴォルケンリッター達へ討ち取り希望も相当なものであった。
しかし、彼女はヴォルケンリッター達を一人として討ち取っておらず寧ろ、念入りに保護している。
これは、復讐や大小の差はあれど恨み辛みを抱え込んでいる遺族一同に対する裏切りと同じ。
時間をおいて生まれ変わり復元したとして、説明はするつもりだ。
そのために寄り合いを無くし感情の整理と風化させるよう促した、仮に今、彼にその説明しても逆効果だろう。と、リンディは考えており、風化しかけた頃に大凡の事情を説明すれば他の強い憎悪を抱く遺族同様に説得は十分の可能だろうと思っていた。
逆撫でするより、時間を置いてから一人一人を説得する案を採用する形をとる事にし、タイミングを計る事にしている。
「ええ、もちろんよ」
にこやかに彼の質問を肯定する。
これは最良ではないのは分かっているが他に選択肢はない。
何故ならこれは嘘ではない、確かにヴォルケンリッター達は全員、『討ち取られている』のだ。
「そうですか、なら良かった。安心して地上に行ける」
胸に手を当て嬉しそうに笑う彼が先日までディランダルを作った技術者に会おうとしていたのは知っている。
どのような人物だったのかは知らないが、グレアムから大凡の人物像を聞いていたリンディはそれがジェエル・スカリエッティとは分かるはずもない。
なにせ、グレアム自体がそれに気がついていないのだから。
ただ、技術者と会っただけの事実と彼女の勘が告げる。
彼は笑っているのではなく、嗤っている。
彼を放置しているのは危険だと。
ばれているはずはない、自信もある。
が、それが揺らぐ。
「何か思うところがあったなら相談に乗るし、ちょっと考えてみないかしら?」
視野狭窄とは言わないまでも、妙なところで頑固な部分があるも鍛錬に手を抜かず生き急いでいる感はある彼をリンディは放っておけなかった。
「考える必要があるのですか?もとより、個人的には地上の平穏を護りたい…あれ一つという訳ではないですが海にいる最大の要因が消え、異動希望も今更な感が拭い去れませんね」
だからこそ、気になった。
今まで向けられる事の無かった感情を込めて暗い光を湛えた瞳がリンディ自身に向けられている事に。
目で態度で言葉で言っているのだ。
あんた、意図的に外しておいて今更、俺を呼び出して何のつもり?―――
侮蔑とも敵意ともとれる視線が笑顔を浮かべるリンディには何より痛いのは間違いなかった。
「あの、エーリヒ君?」
彼が怒る理由も分からなく無い、ひたすらに今回の一戦に向けて鍛えてきたのだ。
有事の際は呼ぶとさえ、言っていたのに梨の礫として扱えば、どんな人間であれ起こるだろう。
彼の事件に遭ってからの時間の殆どを費やしていたのはリンディとて知っている。
それを無碍にして、『今更』なのだ。
「用もないなら、失礼を」
咄嗟にリンディが手を伸ばそうとするが周り右をして退室しようとするエーリヒに何を言うべきか言葉が回らず空を切ってしまう。
まずい、とリンディは焦る。
焦る事など無いのだが、彼の在り方は拙いと経験から警鐘が鳴っている以上呼び止めねばならないが、彼が纏う空気は剣呑なものとなりつつあり、迂闊な理由で止めるのは躊躇われた。
これで次の交渉を失敗してしまえば挽回する機会はない。
其処に救いの手が洗われた。
エーリヒに反応する前に扉がスライドし、其処には新しく家族になったばっかりの少女とその少女を見て固まっているエーリヒが居た。
「母さん、クロノが…あ、ごめんなさい」
フェイトが口を開こうとして来客に未だ対応中だった事に気がつくと頭を下げ、下がろうとする。
「いえ、問題ありません。私はこれで失礼するので…しかし」
頭を下げるフェイトに固さが多少残るものの柔らかく声をかける。
リンディに向けていた表情とは明らかな別物であるのは間違いない。
父方は誰一人残らず、母親の方も唯一残っていたはずの叔母が唯一『作った』忘れ形見を残し無くなったばかりだ。
これがPT事件において、要請可能であった彼という札を切らせなかった理由。
ニナ・ハルトマン、元の姓をテスタロッサ―――
プレシア・テスタロッサの甥であり、唯一の親族が裏切るもしくは妨害の危険性を考慮したからだ。
「フェイト嬢、叔母は、プレシアは君に何も告げなかったのだね」
すれ違いざまにフェイトの耳元で囁くとそれ以上何も言わずに転送ポートへと進むんで行く。
「えっ!?あ、ま、待って!待ってくださいっ!」
そのエーリヒをおうようにフェイトを追いかけていく。
それを見ていたリンディはできるなら、フェイトにも引き留めて欲しいと思う一方で本当の母親には未だにかなわない事を痛感してしまった。
「まだまだ、ね」
小さくつぶやき、彼とフェイトの後を追っていった。