「オタク君さぁ……ちょっと死んでみよっか」

いくじなしでオタクな僕と、僕を殺したオタクに優しそうなギャルのお話。

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短編です。
殺人。ダメ絶対。


オタクに優しいギャルとギャルに殺された僕

 オタク、ミーツ、ギャル。

 

 それは、電子の海で死ぬほど(こす)られてきた夢物語。

 

 それが現実にあえりるのかと勘違いした僕は。

 

「オタク君さぁ……ちょっと死んでみよっか」

 

「え」

 

 そんなオタクに優しそうなギャルに、

 殺された。

 

 

 § § §

 

 

 「僕」は間違いなくオタクと呼ばれる存在だ。

 

 ただし、オタクはオタクでも鼻息荒く語り散らかすような種別(タイプ)ではなく。

 日陰でもそもそと咀嚼(そしゃく)する、さながら芋虫みたいなオタクだ。

 

 可能なら誰とも関わりたくないし、

 出来るだけ誰にも干渉して欲しくない。

 あわよくば同好の士は欲しいけど、

 かといって共感を得たいとは思えない。

 

 願うのは。

 静かに、

 孤独に、

 怠惰に、

 趣味に没頭する事である。

 

 僕がヒキオタニートだって?

 いやいや、そんなのありえない。

 僕とて人並みの常識と社会観念は持ち合わせている。

 そしてその常識は、親のために備えた。

 

 バイトもせず、何不自由なくオタク趣味を楽しめているのは、ひとえに親のお陰。

 本当に感謝してもし足りない。

 だからこそ、親が後ろ指さされない程度の、最低限の社交努力をしているのだ。

 

 その結果が今の僕である。

 

 友達と呼べる存在はいないが、

 知り合いはいる。

 

 青春に興じるつもりはないが、

 部活動には参画している。

 

 どちらかというと陰気寄りではあるが、

 社会不適合者ではない男子。

 これが世間からの僕の評価だ……と信じている。

 

 そんな訳で。

 僕のライフスタイル、そのモットーは、目立たない事に終始している。

 

 朝は当たり障りなく挨拶をしておく。

 ウザすぎず、さりとて陰すぎないようにするのがコツだ。

 座学は卒なくこなす。

 昼寝はまめに実施する、真面目過ぎるのはNGだ。

 昼食は陽と陰の中間のグループに混ざって食べる。

 うっとうしい世間話は気合で乗り切る。

 部活は程々に練習。

 興味はないが、皆の足を引っ張らないようにする。

 

 出る杭にならないための、たゆまぬ努力をかかさない。

 その甲斐あって、校内カーストでは下寄りの真ん中をキープしていた。

 これにより、学校で小説(ライトノベル)を楽しんでも、過剰なオタクレッテルを張られずに済んでいた!

 

 端的に言って、僕の人生計画(ライフプラン)は、順風満帆(じゅんぷうまんぱん)だった。

 

 そう、()()()のだ。

 

 それがいかに無駄な努力だったのかを思い知ったのは、つい先ほどの話である。

 

 

「──いい角度で()ったね! 死んだ? ……死んだっしょコレ。どんなもんだい!」

 

 

 夕闇が校舎飲みこむ午後6時。

 3F、階段の踊り場で倒れた僕の前で、彼女は満足そうに(うなず)いていた。

 

 どうやら僕は死んだらしい。

 

 言われてみれば指一つも動かせないし、呼吸もできない。

 心臓は壊れたおもちゃのように出鱈目(デタラメ)に動いていて、痛いの一言も言えやしない。

 

 これは一体どうしたものか。

 不自然な程に冷静に考えていると、彼女が僕に近づいてくるではないか。

 そして、まあ無遠慮にも、その丈の短いスカートで目の前に立ったじゃないか。

 

 起こしてくれるのかな?

 ……というか、流石にクマさんプリントはダサくないか?

 そう毒づこうとした。

 

 

 途端、世界が(ゆが)んだ。

 

 

 世界が揺れる。

 揺れる。

 視界に入った、黒い棒。

 警棒?

 彼女がそれを振るうたびに、揺れる。

 揺れる。

 見せつけるような谷間も、揺れている。

 いや、僕が揺れてるのか?

 分からない。

 とにかく、揺れる。揺れる。

 揺れる。揺れる。

 揺れる。揺れている。

 両手両足の指の数。

 それじゃ足りないほど揺れて。

 ()()()()()()()()()()()、ようやく揺れは収まった。

 

「ふ~……よし! これで確実!」

 

 いい汗かいた~みたいな感じで汗を(ぬぐ)う彼女に。

 何がいいもんか、とツッこんでいた。

 

 ……そうそう伝え忘れていた。

 今僕を殺めた彼女は「ギャルさん」だ。

 名前は憶えていない。

 

 特徴は金髪。印象はコミュの鬼。パリピ。

 オタクには全く理解のなさそうな陽キャ中の陽キャ。

 間違いなく僕と完全なる対極に位置する存在である。

 

 実のところ2年間、ずーっと同じクラスだった。

 だけど、そんな彼女と面識ができたのは、ごく最近のことだった。

 今まで関係が希薄なのは、ひとえに彼女が僕に興味を持たなかったから。

 ()()()()、僕が彼女を忌避(きひ)していたからだろう。

 

 だって……そうだろう?

 端的にいって、彼女は(まぶ)しすぎる。

 

 容姿スタイル抜群で。

 思考は柔軟。偏見少なめ。

 時々おっちょこちょいだが、情も懐も深く。

 好悪(こうお)はっきり、

 誰にだって違うことは違うと言ってのける信念がある。

 まさに漫画の世界から飛び出してきた「ギャル」そのものだった。

 

 僕とはあまりにも違う。

 違いすぎる。

 彼女を見ると、自分がいかに欠陥品なのかが、よく分かってしまう。

 キミが太陽のようにギラギラと輝くから、

 僕は日陰で、ジトジトと這いつくばる毛虫になるしかないんだよ。

 

 そして、だからこそ解せない。

 そんな太陽が、

 僕という毛虫をわざわざ潰す理由が。

 

「ごめんね~、せっかくの情熱的なオタクプレゼンをぶったぎっちゃって」

 

 顔の前で両手を合せた彼女に、違うそうじゃない、と突っ込めたらどんなに良かったか。

 確かに、勇気を(ふる)った僕の弁舌を中断させたのは罪深いが、先に殺めたことを謝ってほしい。すでに謝って済む問題ではないんだけどさ。

 

「でもさ、キミも悪いんだよ? ()()()()()()()()()()()……っと、写メ写メ」

 

 あんなことだって?

 考え込む僕に、お構いなくスマホを取り出すギャル。

 よせばいいのに変なポーズの僕をパシャリ。

 悪趣味だなぁ。

 

「に・ん・む・しゅ・う・りょ・う。や・く・そ・く・わ・す・れ・ず・に……へへ~、これでおさらばだもんねー。もう二度とこんな仕事するか!」

 

 え……任務? 

 ……。

 ……キミって、ギャルの殺し屋なの?

 それは……ちょっとベタが過ぎるんじゃないか。

 オタク専門殺し屋? ニッチすぎでしょ。

 ホイホイつられたから黙るしかないけどさぁ。

 

 黙々と死に続ける僕が現状を見極めていると、

 彼女は、おもむろに僕の足を引きずり始めた。

 どうやら次は証拠隠滅のフェーズらしい。

 

「オタク~は~す~ぐ死ぬ~、へいへいほー♪ へいへいほー♪」

 

 ──ずるずる。ずるり。ごつん、ごつん。

 ──ごつん。ずるずる。ずる。ごき。

 

 死体()を引きずる陽気なギャルと。

 何度も頭をぶつける間抜けな(死体)

 人気のない2Fから、さらに人気のない3F隅へと絶賛運送中です。

 

 もうちょっと丁寧に運んでもよくないかな? 

 僕ってば、血を流してるはずだからさ。余計証拠も残るんじゃない?

 そんな寛大なアドバイスは当然のように無視するギャルさん。

 仕方がないので、先ほどから見えてしまう()()()()にガンをつけてやった。

 

「は~、んしょんしょ。どっこいしょ~……っと…………そーんな目でみるなよー。私だってやりたくてやってる訳じゃないんだよ?」

 

 おっと。

 僕だって殺されたくて殺されたんじゃないけど?

 ってか本当に何したんだよ僕。

 ひっそりとオタ活してたのは、そんなに悪い事だったのか?

 ほんと教えてくれよ。

 殺したことは今更怒らないから。

 冥途の土産だと思ってさ、頼むよ。

 

「まあ最後に楽しいオタトークもできたっしょ? 『なれ龍』、初めて読んだけど楽しかったよん。ちょいグロくて暗かったけど」

 

 オイ……今聞き捨てならなかったぞ。

 初めて読んだっていったな? 

 僕に会う口実でパラ読みしただけかよ?!

 クソ、僕の高揚を返せ。

 語ってやった情熱を返せ。

 そして無駄にどぎまぎさせられた、僕の純情を返せ。

 

 訴えども訴えども、まるで心に響かないギャルさんに、思わず心の中で中指を立ててしまうのは致し方のない話だと思う。

 やっぱり「オタクに優しいギャル」ってのは幻想だ。

 つくづくそう思うよ。

 

 

 ──こんな異星人(ギャル)とのファーストコンタクトは、つい3日前のことだ。

 

 

 教室で黙々とオタ活をしていた僕に、彼女が唐突に話しかけてきたっけか。

 

『あ! 「なれ竜」だ! ずいぶん古い本読んでんじゃん! それ面白いよね!』

 

『……!?』

 

 自分で言うのもなんだけど、僕はひねくれたオタクだった。

 流行りの作品には乗っかりたくなくて、『自分だけが知っている』モノを見つけたい。

 なんというか、みんなが右向いてると左を向きたくなるような、そんな反骨精神があったのだ。   

 そんな面倒な思想持ちだから、僕が好む作品は常に二世代くらい(ふる)い。

 読んでいた「なれど咎人(とがびと)は龍と(まつ)る」という作品も、偶然見つけた隠れた逸品だった。

 ダークな世界観。

 魅力的な登場人物。

 中二病あふれる言葉遣いに、重厚なストーリー。

 彼らの周りには常に絶望があって、

 だけど襲い来る不条理の数々に、決して屈さない。 

 特に主人公の不器用さ加減は、他人事ではないように思えて仕方がなく、何度となく自己投影して悦に浸ったものだった。

 

 そんな決して知名度の高くないコレを、知っている。

 そして聞いてもいないのに、僕相手に嬉々として語らい出す。

 率直に言って異常事態である。

 

 接点のない美人ギャルの第三種接近遭遇の時点で異常だ。

 嬉しさよりも、なぜ? どうして? が際立つ。

 特にギャルさんがこういったもの(オタク趣味)に理解があるとは聞いていなかったから、猶更(なおさら)だ。

 

 これが世に言う「オタクに優しいギャル」ってやつか?

 そして僕がその相手に選ばれたのか?

 一瞬、そう考えそうになった。

 けれど、こじらせ歴の長い僕である。

 これが一過性のものであると瞬時に見抜いていた。

 

 ラブロマンスは空想にのみ蔓延(はびこ)り、現実では起こりえない。

 そのことを僕は身をもって知っている。

 

 彼女は懐かしい本を見かけた。

 それを読んでいたのが偶然僕だった。

 そしてお互いに感想を語り合った。

 この話は、それで終わり。

 ギャルさんにとってこれは、翌日どころか数時間後には記憶から消している、取るに足らない出来事(イベント)。そういう類のものなのだ。

 

 はっはっは、残念だったな。

 僕お得意の当たり(さわ)りのなさがあれば、キミの侵略行為(思わせぶり)なんてどうという事はない。

 案の定、語りきって満足そうに去る彼女の背に、お前の社交性(コミュ力)が僕に通じるもんか、ざまみろ。と舌を出してやったもんだ。

 

 

 ──しかし、おかしなこともあるもので。

 

 

『いやー昨日語ったから懐かしくなってまた徹夜で読み直しちゃったよ! やっぱ「なれ龍」いいね~!』

 

 

 ──やっこさん、退治したはずなのに。

 ──パワーアップして翌日に現れたのだ。

 

 

 目をキラキラさせて語りたいオーラを出す彼女に、

 僕はまたも頭を悩ますことになったのだ。

 

『オタク君的には一番どこが好き? やっぱあたしは──』

 

 ……とはいえだ。

 「なれ龍」は僕の短い人生でトップ1の好きな作品。

 語りたいという気持ちは大いにあった。

 その代償として目立ってしまうのは、もっと嫌だったが。

 ……なら断ったかって?

 はっきりと断れるなら、僕はこんなひねくれた性格にはなってないさ。

 

 ……長くなったから結論から言おう。

 

 ギャルさんは僕の初めてのオタ友になるかもしれない相手だった。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 僕が彼女にした事といえば、本当にオタトーク程度。

 決して喧嘩になった記憶もない。

 

 なのに現実問題、僕は殺されている。

 僕は一体、何をしでかしたのだろうか?

 

「あーよいしょ……っと、ふー……案外オタク君って重いんだね、実は隠れ肥満?」

 

 僕の疑問にことどく無視を決め込むギャルさん。

 それどころか大人しいのをいい事に、よっこいせと僕をある所に詰めだした。

 壁のダストシュートだった。

 どうやら僕の終着点はゴミ箱らしい

 

「あーよいしょ……っとくらぁ……ちょ、大人しくしててよー。……うん、いい子いい子。後でカラっと焼いてあげるからね~」

 

 入れ方が雑だよギャルさん。

 なんで足から入れたのさ。詰まる。詰まってるって。

 あ。蹴らないでよ。いて。いて。いていて。

 入らないって、それじゃ入らないから!

 

「……ん、あ。何? あーボス。お疲れ見てくれた? うん。今から運びにいくところ……ん? 何? なんて?」

 

 しかも通話の片手間かよ。それじゃ余計入らないでしょ。

 もう少し体勢を考えて……いたいって!

 無駄に抵抗する僕の抜け殻に(ごう)を煮やして、より強くなっていく蹴り。

 

 そして、彼女の「……マジ?!」という声とともに

 

 あっ、という間もなくギャルさん、

 

 が、いる光の世界が、

 

 またたきの間に、

 

 遠ざかって、

 

 いって、

 

 ……、

 

 …、

 

 

 

 ごぎん。

 

 

 

 

 

 清々しい音がした。

 

 多分、というか間違いなく僕から出た音だった。

 なんか骨が飛び出てそうで、いやだなって思う。

 

 あぁそれにしても。

 ここはなんて暗くて。狭くて。臭いんだろう。

 すえた生ゴミの匂いが、全身を覆っていくのが分かる。

 

 出来ることなら出たいし、逃げたいと思うけど。

 案の定、僕の体はうんともすんとも言わない。

 いっそ笑ってやりたいくらい、どうしようもない状況だ。

 

 まあ……動けないけど幸いにも考えることはできるのだし。

 もう一度思考に(ふけ)るとしようか。

 

 直後、何かがすこん、と頭にあたった。

 僕の上履きだった。

 せっせと証拠隠滅にいそしんでいるようだね。

 何よりです。

 

 

 

 ギャルさんとの交友は、3日ほどしかなかった。

 

 1日目は彼女の気まぐれな声掛け。

 2日目は彼女とのほどほどのオタトークだ。

 3日目は彼女との濃密オタトーク。で、殺された。

 

 …………。

 スピード展開が過ぎる。

 オタクとギャルの組み合わせは、ハートフルラブコメって相場が決まってるだろ。

 なんで即殺されてるんだ僕。

 勿論期待なんてしてなかったけどさ。

 

 文句はいったん置いておこう。

 この事実から導き出されるのは一つ。

 「3日間で、僕が彼女の触れてはいけない何かに触れてしまった」という事。

 それが逆鱗なのか、それとも秘密なのかは知らない。

 けど、とにかく大事な何かに触れたのだ。

 

 僕、なんかしたっけか?

 2日目の邂逅(かいこう)を思い浮かべてみる。

 

 その時、図々しくも彼女は僕の隣で「なれ龍」を熱く語ってたっけか。

 当時の僕は、そんな彼女に嫌悪感を覚えていた。。

 いや、『なれ龍』を好きと言ってくれたことは嬉しい。

 けど、語る彼女の口があまりにも軽薄なのが嫌だった。

 口を開けば「ヤバい」「マブい」「超エモじゃね?」「これ私のことだ」とか……まぁボキャブラリーが貧困だし。何だかあらすじだけ見て語っているような、そんな軽さを覚えて仕方がなかった。

(実の所、深く読んでなかったのは事実だったようだが)

 

 同好の士ではない。

 故に本性を出す必要もない。

 

 この時点で僕は彼女を台風のようなものだと考え、

 いつもの処世術で、お茶を濁し続けていた。

 そしたら、ギャルさんの熱も段々冷めてくるのが感じ取れたんだよ。

 あと少しだ、そう思ったね。

 

 しかし、しかしだ。

 あの一言だけはいただけなかった。

 

『でもさー……主人公がヒロインを諦めたのは、本当に意味不だったんだけど。何で諦める必要があったの? ずーっと想ってたんでしょ? なんで、あんだけグジグジと粘着してたのに、ぽっと出の奴に譲るのさってなる。あそこだけは全然理解できないし、キモかったわ』

 

『…………』

 

 あのシーンを。

 彼の決断を。

 よりにもよって「キモい」だぁ???

 万死に値する失言だった。

 

 よく聞けよパリピ。

 あれが、不器用な主人公の愛情表現なんだよ。

 愛してるからこそ身を引く。

 愛してるから外から見守る。

 本人にとってもどれだけ辛い決断だったか、分からないのか?

 

 いいか。

 彼の覚悟を、気持ちを、

 上辺だけなぞって見下すんじゃない。

 それは、この作品、ひいては「彼」への冒涜(ぼうとく)だ。

 

 ……とまぁ、そんなような事を並び立て、

 彼女の解釈を完膚なきまでに否定した。

 否定せざるを得なかった。

 好きな作品が、たとえ他人の頭の中でも、

 「キモい」の一言で済まされたくなかったから。

 

 …………あ。

 もしかして……これが原因か?

 陰キャのつもりで何調子に乗ってんの? っていう?

 

 ……ギ、ギャルさんは、推測するに殺し屋だ。

 殺し屋なら依頼者がいると決まっている。

 彼女の意思は関係ないのかもしれない。

 うん、いや、そうに違いないさ。きっとね。

 

 じゃあ誰が僕に殺しを依頼したのか?

 動かせない頭でうんうんと考えていると、

 閉ざされた漆黒の世界に、不意に光がさした。

 

「……マジ?」

 

 光の先に、()()()()()()ギャルさんがいた。

 やぁ。さっきぶりだね。

 願わくば答え合わせをしてほしいんだけど。

 しかし彼女ときたら急に、僕の顔をじっと見つめるばかり。

 

 生きてきた中で、異性にここまで見つめられたのは母親以外で初めてだ。

 ……いや、結局生きてるうちに実現できなかったから違うか。

 ()()()()()が正しい。

 というか、ほんと顔いいなギャルさん。

 天は二物を与えずって言葉はやっぱ嘘だな。

 それでどうしたっていうのさ。僕の顔に何かついてる?

 

 睨めっこを続けていると、彼女の眉間に皺が寄ってゆく。

 更にスマホを何度も見返して、

 面白いほど百面相を繰り返した挙句、

 その場でへたりこんでしまった。

 ……え。い、一体何があったっていうのさ?

 

「ミ、ミスった……」 

 

 うん。

 ……今、ミスったって言った?

 

「うわ、うわー……マジ、マジかよ。キミ、〇×△君じゃなかったの……? え、ちょ、顔似すぎでしょ、もしかして双子? そんなのあり!?」

 

 ……ははーん。読めてきた。

 ギャルさん、標的を間違えたのか。

 どうりで覚えがないと思った。

 〇×△君って、隣クラスの僕よりもガチなオタクの彼か。

 

「え、う、ぁ……えぇ……ど、どうしよ。どうしよどうしよ……ヤバイヤバイ。い、生きてる? 生きてるオタク君? ねぇ、ねぇ!」

 

 あーこれねぇ、死んでます。

 死んでますねー多分。

 1ミクロンも動けてないし。

 なんだったらさっきから息してないし。

 頬叩いてもダメだと思うよ。めいびー。

 

 そしたらギャルさん、頭を抱えて悶絶し始めた。

 うーん、実に胸がすく光景だ。

 

「う、う、うあああぁぁあぁ! さ、最後のチャンスがー! 東京行きのチケットがー!!!」

 

 あっはっは。ご愁傷様です。ざまみろ。

 無辜(むこ)な一般市民に手をかけた罪は重いぞ。

 ってか旅費程度のお金で殺されたのかよ。

 流石に僕の命が安すぎないか?

 まあなんでもいいけどさ。

 それでこの責任をどうとってくれるのかな。ん? ん?

 

「ぼ、ボスに連絡……いやさっき自分で何とかしろって……と、とりあえず放置? いや救急車呼ぶ? じ、自首? 自首しかないの…? いや組織のことバレるしぃぃぃ~~~……! それって実質死じゃんかよぉぉぉ、うぅぅぅあーもおぉぉぉぉぉ殴らなきゃ良かったよぉ~~!」

 

 壊れた洗濯機みたいな(うな)り声だ。

 多分救急車は無駄だから自首が一番な気がするな。

 そしたらあれか、ギャルさんってばめでたく朝刊の一面を飾っちゃう(全国デビュー)

 『現役女子高生、同級生を撲殺。オタクを嫌悪しすぎたかゆえに犯行か?』みたいな。

 

 そして犠牲者の哀れな僕もまた、マスコミによってオタクバレして……的なところまで想像できた。

 ギャルさんが捕まるのは全然いいけど、オタバレするのは嫌だなぁ。

 さぁどうするギャルさん。

 

 悶絶し続ける彼女の動向を見守っていると、ぴた、と動きが止まる。

 どうやら何か思いついたようだ。

 

「……やっぱり焼くか」

 

 おい。

 

「いや。うん。それしかなくね。とりま焼いて灰にして海にバラ撒いちゃおう。いや、それだよそれ。それしかない」

 

 やめろ。せめて体だけは残してくれ。

 いくら日本が火葬文化とはいえ、ひっそりと灰になってるのは嫌だぞ。

 亡骸ぐらいは家族に残しておいてくれ。

 遺品(オタグッズ)だけ残るのは嫌だ!

 

「よし。そうと決まれば焼きますか! えーっと焼却炉、焼却炉……あ。すぐそこにあったね」 

 

 しかも学校でかよ。絶対火力足りないだろ。

 よせよせ、考え直せって。引きずるな。バレるぞ。

 いやバレていいんだけどさ、頼むから雑に消すな!

 

「げ……!?」

 

 ほーら言わんこっちゃない。人が来るぞ?

 

 裏庭に近づく、何者かの足音。

 組織とやらに所属しているギャルさんも、さすがに口封じをするつもりはないようで、みっともなく右往左往したと思ったら、おもむろに僕の胸倉をむんずと掴んだ。

 

 ……掴んだ? 

 え? え?

 え。うわ。すご。

 え。僕。空飛んで。

 

 

 ぐえ。

 

 

 茂みにぶん投げられた。

 

 片手で楽楽と投げ飛ばすなんて、どこのゴリラ・ゴリラ・ゴリラだよ。

 実は特殊能力持ちだったろしり?

 

 ヨガみたいな態勢のまま会話に耳をそばだていたが、

 用務員さん?に誤魔化す様はまごうことなき三文役者。

 でもバレないのかよ。

 まあうら若きギャルが同級生を殺害してるなんて、思うはずもないか。

 

 ただ用務員さんは用があるのか、焼却炉にを前に陣取り始めた

 プランは速攻で失敗したようだ。

 あっはっは。人生ってそういうもんだよね。

 同情するよ。あっはっは。

 失意の表情で退却するギャルさんも、また見ていて愉快だった。

 

 さーて、じゃあ次はどうするんだ?

 僕を放置して退却?

 恥も外聞もなく組織におねだり?

 それとも自首?

 

 ……お? こっち来た。

 また移動するの? でも今漁るのはバレないか? 

 うわっと。

 まるで米俵のように担がれる僕。

 大胆なのか、何も考えてないのか判断に困る。

 多分後者なのだろうけどさ。

 

 それで運転手さん、行き先はどこにお決まりで?

 のしのしと運ばれて、すぐにたどり着くのは駐輪場だった。

 取り残された自転車達が寂し気に佇んでいるそこは、夕闇に塗りつぶされて別世界のよう。

 ギャルさんはそんな人気のない異界をずんずんと突き進み、ひと際目立つピンク色のスクーター、その後部座席にどすん、と僕を乗せた。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 そして鬼気迫る表情のまま、風のようにその場を去った。

 

 ……え? どういうこと?

 

 これってギャルさんのスクーター……だよね?

 もしかしてこれで運ぶの? 

 よりによって死体()を、2ケツで? 

 ……もしかしてヤケクソになってたりする? 

 確かにキミが捕まるのは嬉しい事だけど、

 流石に捕まり方は考えて欲しいよ。

 キミに殺された僕が、バカみたいに思われるのはごめんだ。

 

 僕の亡骸もあまりの状況に逃げ出したいのか、段々と前のめりになっていく。

 そうだ。そのまま倒れてしまえ──そう願ったのもつかの間。

 体はギャルさんに支えられて失敗に終わる。

 どこぞの哲学者様の言う通り神は死んでるらしい。

 いや死んではないけど、手を伸ばすのは生者限定なのかもしれないね。

 

 不意に僕の世界がまた暗闇に包まれるた。

 どうやら何かを被らされたようだ。

 そして、あれよという間に僕の前に誰かが座り込み。

 僕の両手は、誰かさんの腕の間に回され、挙句ヒモで固定されてしまった。

 

 あぁ、彼女の狙いが分かった。

 確かにニケツは目立つ。

 ただしあえて被り物をさせることで更に目立たせ、

 乗ってるのは死体じゃないって事を強調させたいんだね?

 バカじゃないのかな?

 バカじゃないのかな?

 

「しっかり捕まってて!」

 

 頼む下ろしてくれ。

 お願いだからもう自首してくれ。

 マーガリンみたいにべったべたに恥を上塗りしないでくれよ。

 

 ──ぶるるるるん。

 

 僕の必死な訴えは軽めの排気音でかき消され、

 全身を揺らす振動とともに僕らは風と混ざり合っていく。

 あぁもう、どこに連れてくつもりなんだよ。

 

「えーっとこっそり焼ける場所って確か……うぅ、森の中……? いや、でもこの辺りって結構うるさいのよね……だからえーっと……」

 

 風切り音の中ではっきりと聞こえてくる彼女の呟き。

 知ってたけど見切り発車ですか。

 せめて事故らないでくれよ……もう。

 

「……オタク君の家の前に置いておくのはありか?」

 

 なしに決まってんだろ。

 愉快犯になってんじゃねーか。

 

「ダメだよねぇ……うぅ~…もぉ~~、なんでこんな目に~……!」

 

 はぁ……ギャルさん、キミおっちょこちょいが過ぎないか?

 よくぞまあ暗殺者になれたもんだ。

 それとも暗殺者見習いだったりする?

 いずれにせよ、任務は失敗だ。

 キミの未来は、僕と同じで真っ暗だろう。

 知ってたかい? 

 物語にハッピーエンドはあるかもしれないけど、

 現実にハッピーエンドはないんだぜ?

 

 今にもぐずりだしそうな声は、いっそ哀れを誘う。

 そんなすすり泣きをBGM代わりに、

 僕は彼女との最後の出会いを思い出していた。

 

『昨日のオタク君の熱弁、マジウケたわー。あ、怒ってる? ごめんってば! もうちょい「なれ龍」トークしようぜ!?』

 

 夕方。……今日の事だ。

 空き教室に資料を運びに行く用事があって、

 その途中でギャルさんと出会った。

 喧嘩腰トークの翌日に、

 すぐに接触してくるその図太さ! 流石は陽キャだ。

 僕だったら最低でも1年間は接触しない自信はあるのに。

 

 それにしても、なんでしつこく接触してくるんだ。

 僕に気でもあるのか? 僕は嫌だけどさ。

 ……なんて、てんで的外れな事を考えていたっけか。

(今だからこそ分かるけど、ターゲットから警戒心を取り除きたかったんだろう)

 

 気持ち不機嫌な僕に、

 彼女はまたも(たた)みかけてきたけっか。

 

『いやね、オタク君があのシーンが好きなのはマジでよく伝わったよ。そんな熱い所見せられて何か悔しいからさ、あたしももう一度読み直してみたの! ……そしたら、やっぱり理解できなかったの。主人公キモイわ!』

 

 でも、僕の解釈に寄り添うつもりはないようで、

 ただただ喧嘩しに来たようだった。

 

『いや無理無理。何で遠目で見てるだけなの。無理っしょ。好きな人の隣に自分以外がいる未来なんて、考えるだけで鳥肌立つ。キショイ。何か御大層な理由つけてるけど、全然響かないもん』

 

 解釈違いどころではない。

 根本的な読解力が足りてないと、疑わざるを得なかった。

 

 彼の過去、彼の苦悩、努力、政治的事情。

 それが分かってるなら絶対にそんな回答にはならないだろう。

 

 僕は懇切丁寧に理由を1つ1つ伝えてやったが、

 勿論ギャルさんときたら1ミリも納得しやがらなかった

 

『っていうかさぁ、仲間は自らの命を捨ててまで助けるのに、自分の命には無頓着だし。誰が何を言っても自分の本音に蓋をしっぱなしなのが、ホント意味わかんない。それも、いかにも仕方なくって感じで諦めてさ! カッコいいとでも思ってんのかね』

 

『──ほんといくじなしだよ。()()()()()!』

 

 後にも先にも、あれだけ熱弁をしたのは、今日が初めてだった。

 

 本は、誰か一人のために作られたものではない、

 読んでくれる、不特定多数のために作られたものだ。

 だからその解釈は人の数だけある。

 ギャルさんの考えを否定するのは、本来はおこがましいことなんだろう。

 けど、僕は主人公()の気持ちが痛くわかるからこそ、彼を擁護したかった。

 自分が世界の中心だと思い込んだ勘違い女に、

 日陰でもがくしかない主人公()の気持ちを、分からせてやりたかった。

 

「あーはいはいなるほど、なるほどねー。んで、話変わるけど……オタク君さぁ……ちょっと死んでみよっか?」

 

 そして更なる言葉の拳で反撃しようとした矢先、

 僕は階段からあっさりと突き落とされ、

 僕は一矢報いることなく死んだ。

 これが僕の情けない一生だ。

 どっとはらい。

 

 

 

「ぅ、うぅ、うぅぅぅ~~~……お母さん、おうち、かえりたいよぉ……!」

 

 

 

 ──弱弱しい呟きが、僕を現実に引き戻す。

 

 風で揺さぶられる被り物には、外がかろうじて見える穴2つ。

 肩越しにハンドルを握る、彼女の細い腕。

 夕焼けでギラりと光る長い爪に、

 腕のチャラチャラしたブレスレット。

 相変わらずどっかの部族みたいな装いだ。

 

 ……しかし、なんでこんなに独り言が聞こえるのだろう。

 そう考えて、それがギャルさんにもたれかかっているから、と気づいた。

 

 お腹に腕を回し、体と体を隙間なくくっつけたお陰で、

 彼女の呟きが、鼓動が、心情が、

 振動となって僕に伝わってるんだ。

 そう思うと……何だかむず痒い気持ちになってくる。

 ひょっとしなくても……僕らって、カップルみたいな事をしているのか?

 はは。皮肉にもほどがあるだろ。

 さんざ()()()()()()()()、胸躍る青春活劇を死後に実現できるなんてさ。

 しかも、その相手は解釈違いで僕を殺したギャルさん?

 まっぴらごめんだね。

 

 ……なのに。一度意識すると心はざわめき続け、

 信号待ちの静かなアイドリング音が、

 僕の緊張を表しているように聞こえて仕方がなかった。

 

 

 うんざりするほど赤い空は、徐々に黒が混ざり始めている。

 

 

「っ、そうだ! 山向こうのゴミ処理場! あそこなら……!」

 

 スクーターは唸りをあげて僕らを運んでいく。

 テールランプの波の中で、

 僕はこの気持ちをどう解釈するべきか迷っていた。

 非日常の訪れに高揚してる、それだけのはずだろう? 

 一体どうしちまったんだ僕は。

 雑音まみれの世界で、確かに聞こえる彼女の心音。

 それに乗せられてしまったのだろうか?

 

 不意に、強い光とけたたましい電子音が僕らを浮き彫りにする。

 警察だった。

 

【えーそこの被り物をしたスクーター止まりなさい。二人乗りは禁止です】

「ぅ゛えっ!?」

 

 あぁ……ギャルさんってば運がない。

 僕達の冒険はこれで終わりのようだ。

 

【左に寄せて停止ー。左に寄せて停止しなさいー】

 

 ガビついた警告を前に、スクーターは速度を落としていく。

 

 短い旅路だったね……まあ、仕方ないさ。

 罪を重くする前に捕まってよかったとも言える。

 せいぜい牢屋で反省しておいてくれ。

 あと俺の家族にもよろしくと伝えといて。

 

 ──ただ、ギャルさんはそうは思っていなかったようだ。

 

 いかめしい排気音が響き渡ったと思えば、

 僕の体は再び大きく引っ張られる形となった。

 

【あ──! おい止まれ! 止まれー!】

 

 局地的な強風が僕の全身を叩く。

 被り物はうるさいくらいベコベコと音をならし、今にも外れそうだ。

 

 こいつ……やりやがった!

 

「う、う、うぅっ、うぅぅぅ~~! う゛ぅ゛ぅ゛~~!」

 

 流石に無謀だよギャルさん、

 本気で警察から逃げられると思ってる?

 今ならまだ間に合うって!

 ゴメンナサイして自首しようよ!

 

【そこの馬の被り物ー! 今すぐ止まりなさい!】

 

 ……っていうかよりにもよって馬マスクかよ! 

 畜生。今の今まであんな間抜けマスクで晒し者になっていたのか。

 あーもう自首しなくていいです。

 その代わり警察さん、頑張って捕まえてください。

 間抜けな暗殺者ががここにいるぞー。

 

 しかして、僕らの逃走劇は激化の一途を辿るばかり。

 

 強い横向きのGが何度もかかり、右へ左へ、まるでジェットコースターのような気分。

 あまりに揺れるものだから結ばれていた腕の紐もほどけて、ぶらん。

 開放されるかと思いきや、離れた左腕はすぐに掴まれた。

 まだギャルさんは僕を解放する気はないようだ。

 

「……うえ、うええぇぇ、もうやだ、やだぁ……! ぐす、ぐす……もうやだよぉ……!」

 

 あーあー……とうとう泣いちゃったよ。

 泣くなよなぁ。

 ってか泣きたいのはこっちだぜ。

 キミが不憫(不憫)なのは認めるけどね。

 同情は全くできないよ。

 せめて僕が死んでなかったら、気まぐれに手助けしていたかもだけどさ。

 

「これでっ、よ、ようやく組織から抜けられる、抜けられると思ったのにぃ……! ごめ、ごめん……お母さん、ごめんね……もうお見舞いいけないかも……ごめんね……!」

 

 ……。

 自業自得だ。

 人を呪わば穴2つ。

 人を殺したら穴は2つどころの話じゃない。

 ギャルさんの事情は知らないけど、

 組織のために人を殺してきたんだろ?

 その罪を清算するときは必ず来る。

 それが偶然にも今日だった。

 それだけの話なんだ。

 

「キミも、まきこんで、ごめんなさい……! 殺して、っ、ごめんなさい……!」

 

 今更謝るなよなぁ。

 けど許すつもりはない。ないんだ。

 謝るなら僕の家族に謝ってくれ。

 そして犯した罪を、末永く背負ってくれ。

 僕はキミを擁護(ようご)できないし、しないけど、

 でも、キミを悪く思ったりはしない。

 それは誓ってやってもいい。

 

「……そうだよね、今更あやまったって、どうしようもない、よね……ごめんね……! あーもう……もう!」

 

 

 すう、大きく息を吸う音。

 

 

「『なれ龍』、もう一回読んでおけばよかったよー!」

 

 ギャルさんが叫んだ。

 スクーターを凌駕(りょうが)するその声に。

 はぁ? と、僕は首を傾げていた。

 

「キミは違うって言ってたけど、あたしから見たら主人公はただのいくじなしだった! いくじなしだったもん!」

 

 いきなり何を……ってかリベンジ戦やりたいのか?

 それなら何度でも説明してやるよ。

 キミの読解力がいかに浅くて、

 いかに自分勝手な解釈をしてるのか。

 懇切丁寧(こんせつていねい)ボコボコにしてやるからな。

 

「分オタク君は多分10個か20個くらい理由つけて反論してくるだろーけど! でも全部違うもん! 私は違ってないもん! 説明できないけど……! 違うって感じたもん!」

 

 何百回「なれ龍」を読んだと思ってるんだ?

 そんなよちよち読解力でよく挑もうと思ったな幼稚園児が。

 というか、意気地(いくじ)なしってなんだよ。ええ?

 どんだけ彼を浅くみたら気が済むんだよ!

 

「『なれ龍』の主人公はー! ヒロインに告白する自信がなくてヘタれたー! ただの臆病チキンの恰好つけたがりやー!」

 

 違うって言ってんだろ!

 主人公は! 

 ヒロインを愛するがゆえに、身を引いた!

 他人のために自分を犠牲にできる、崇高(すうこう)な人だ!

 

「主人公は天才ぶった馬鹿! 不幸自慢のしたい構ってちゃん! 本当にヒロインのことを愛してんだったら! すごい力あるんだったら! 真っ先にヒロインが幸せになる道を選んでやれよ! みんなが幸せになる道を探してみろよー!」

 

 力はあっても! 

 力だけじゃ幸せに出来ないと知っていた!

 世界は主人公とヒロインだけで完結してない!

 そしてヒロインが幸せになる道に、彼は一緒に歩めなかった!

 皆が仲良く手を繋いで解決するような傲慢なハッピーエンドなんて、どこにもなかったって何で分からないんだよ!

 

「あぁぁぁもぉぉぉぉうるさいうるさいうるさああぁぁぁぁぁぁい!」

 

 けたたましいサイレンが響き渡る中で、

 僕らは確かに言い合い、へし合い、ぶつかり合い。

 お互いの感想を武器に、殴り合っていた。

 

 それこそプロとアマチュアほどの力量の差はあったけど……なんだか悪くない気分だった。

 飽きるほど読んだ作品に、こんなバカな解釈があるなんて思いもしなかったから。

 

 ──つん、と潮の香が鼻をかすめる。

 ──どうやら海が近いらしい。

 ──目的地は山のはずだったが、進路が変わってしまったのだろうか?

 

 ねえギャルさん、このまま逃げられる? 

 多分逃げられない? だろうね。

 けど……僕は、何だかキミの逃亡が成功してほしいと思えてきたよ。

 殺されたのに何を、と言うかもだけど、

 不憫で、かえりみずで、おっちょこちょいなキミを見たら、

 暗殺のためとはいえ、「なれ龍」を読んでくれたキミだから、

 何だか応援したくなったんだよ。

 チョロい? そうだよ。

 オタクってのはチョロイ生き物なんだ。

 

【待てコラァ! 止まれ! 今すぐ止まれ止まれ止まれェ!】

 

「あははははは! 絶対やだよ、やだったらああぁぁあ──!」

 

 右に左に絶えず揺れ動く危険運転。

 汗ばんだ彼女の手が、僕の手を強く握る。

 僕もまた、決して離してくれるなよと願う。

 任せてくれよギャルさん。

 僕らの語らいを邪魔する警察には、

 空いた右腕で失せろと挑発してやるから。

 

 警察はやっきになって追いかけてきて、

 ギャルさんはヤケクソになって泣きながら笑う。

 なんて最低で、カオスで、痛快で、()()()()()()青春だろうか!

 

 「お、ら、あああぁあァアァ──ッ!」

 

 地軸が傾いたかと思うほどの方向転換!

 タイヤが僕らをどすんと上に押し上げ、振り落とされそうになる。

 風向きと、騒がしい音から分かるのは、僕らが狭めの路地を爆走しているってこと。

 大胆なショートカットだ! うまくいくのを祈って──あがっ!?

 

「うわ、すごい音したけど!? オタク君大丈夫!?」

 

 鉄のような固かった。室外機かな?

 大丈夫、ただの致命傷!

 ただでさえ狭い視界がより狭まっただけ、何も問題ないね!

 

「お、お、おお、ぉぉぉ……! 出られ、たっ!? どわ!? 待ち伏せ!?」

 

 折角肉を切ったのに!()()()()だよ全く!

 ギャルさん、次のプランはあるんだろうね?!

 

 「~~~……ッ、オタクくん、行くよ──!」

 

 おう! どんとこ──!

 

「──あばばばばばばば!?!?」

 ──あばばばばばば!?!?

 

 今までの比ではない強い縦揺れ!

 階段か何かを無理やり駆け下りたような衝撃だった。

 

 お陰で何度もギャルさんに頭突きをかましてしまった。

 マスクの中で充満する生臭い血の匂い。

 それとは別に、甘いバニラの香りも混ざった気がした。

 

 ほんと、危ない所だったよ!

 それで今度こそうまくいったかな……!?

 

「いだぁ──うぇ! 回り込んでるッ!?」

 

 クソ──!

 まさかの二台目の登場かよ!

 

 やかましいサイレンの音がサラウンドで僕らを包む。

 青と赤と黒でまだらに染まったギャルさんの腕が、心細そうに震えていたのが見えた。

 

 今度こそ僕達の旅路は、クライマックスを迎えるようだ。

 

 ……やっぱり言う通りだったろ? 

 物語にハッピーエンドはあっても、

 現実にハッピーエンドはないんだ。

 現実は、僕らの前に大きな壁となって立ち塞がり、

 僕らは壁に背中を向けて、座り込むしかできないんだ。

 

 投降か。

 逃走か。

 ギャルさん。

 キミはどっちをとる?

 

「……うぅ。ぁ、あ、うぅぅぅううぅぅう……!! ──~~~~っ!!」

 

 ……だよね。

 なら、しょうがないか。

 

「!?」

 

 僕は、()()()()()()()()()()()

 慣性に従って、飛んでいった。

 

 上下左右のなくなった世界で、

 ギャルさんが手を伸ばしてくれたのが見えた。

 単純な僕は、それだけで彼女の罪を許してしまう。

 

 どんどん遠くなっていくギャルさんを見て、ふと思う。

 

 いくじなし。

 なるほど、その解釈も正しいのかもしれない。

 彼は、如何にも他者に期待をしないようなふりをしていたが。

 本当の所は切望していたんだ。

 誰かに見て欲しくて。

 誰かに共感して欲しかった。

 誰かに助けて欲しくて。

 誰にも声をかけられなかった。

 

 ただただ、いくじなしだったんだ。

 

 もっと早く。

 もっといろんな人と本気で交われたら、

 全員がお手手をつないで笑いあう、

 ハッピーエンドを目指せたのかもしれないね。

 

 じゃあね、僕の初めてのオタ友。

 達者でくらせよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【──ZZ日未明、XX市公道で、スクーターを二人乗りした高校生を追跡したパトカーに、スクーターから落ちた男子生徒が衝突し、病院に運ばれた後死亡が確認されました。検死の結果、男子生徒は衝突前に死亡していた可能性が高いとみて、スクーターに乗っていた同高校の女子生徒を殺人容疑と過失運転致死傷罪の疑いで全国に指名手配し、防犯カメラの映像を公開しました。警察は容疑者の行方を捜査するとともに、居場所や事件前後の動向など情報の提供を求めています。】

 

 

 


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