ディストピア惑星管理シミュレーション【Humus《フムス》】   作:幕霧 映(マクギリス・バエル)

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番外編『管理コミュニティ住居施工計画:後編』-彩暦28年-

「……むうう……! 先生っ! この図面はさすがにナンセンスだっ!」

 

 管理コミュニティの住居建設を進めるために、私が引いた図面。

 それを、建築について一家言ありげな向上心の思徒に見せると、彼女はみるみる顔を険しくして、そう言い放った。

 

 なかなか入魂の出来だったので、それを跳ね除けられた私は、ショックを隠せずに聞き返す。

 

「な……なにがいけない……」

 

「天井の重さを分厚い外壁で支える建築様式は、すでに遥か時代遅れなのだ!

 いま、主流なのはっ……………こう!!!」

 

 首をかしげる私に、向上心の思徒は、『アダリン社汎用構造体』の細長い端材を筆代わりにして、地面にざっくりとした図面を描いた。

 

 それは、建物の外壁と、内部の──"骨格"とでも呼ぶべきものとで独立した、あまりに珍妙な図面だった。

 

 ……なるほど……? 

 一見理解しがたいが、たしかに、この内側に張り巡らされた骨組みで建物の自重を支える構造であれば……

 分厚い外壁を作る必要がなく、資材の運搬や建築の労力を、大きく減らすことができそうだ。

 

 図面を前に、顎に手を当てて考え込む私に、向上心の思徒はぷんすかと怒りながら言葉をつづける。

 

「まったく、先生はいつの時代のひとなのだっ!

 もうこの《フムス》は、"剣と魔法のふぁんたずぃ"な世界ではないのだぞ! 『"ろまねすく"様式』など、もってのほか!!!

 長命種は特にっ、新しい知識を学んでいかなければ、すぐ時代に置いていかれてしまうぞっ!!!」

 

「す、すまない……」

 

 ──"ろまねすく様式"。耳馴染みのない単語だった。

 

 おそらく向上心の思徒が語っているのは、《チキュウ》からやってきた"異彩"たちがもたらした知識だろう。

 

 長らく、この灰の荒野の中にある小さな集落で過ごしていた私と、基本的に各地を放浪している思徒である彼女とでは、そのへんの新しい知識に差があるのは仕方がない。

 仕方がない、のだが……

 いちおうは教師であり、『魔王』の時代はそれなりの知識層とされていた私からすると、面と向かって"お前の知識は時代おくれだ"と言われるのは、堪えるものがあった。

 

 私以上に長命の思徒である彼女からそう言われたのも、それに輪をかけている。

 言い訳ができない……

 

 しかし──向上心の思徒が描いたこの"骨組み式"とでも呼ぶべき建築様式には、ひとつの問題がある。

 

「……な、なんだ? この図面は……」

「こんな施工作業は、やったことがねぇぞ……」

 

 それは、地面に引かれた向上心の思徒の図面を見た犬亜人たちの漏らした言葉だった。

 

 管理コミュニティの中でも、建築・土木作業の経験がある住民たちは複数おり、今回の建築作業ではそういった者たちが重要となるのだが……

 彼らは、慣れ親しんだものとはちがうその図面に対して、困惑の声を漏らしていた。

 

「む、むむ……しかし……

 私が細かく指示しながら、作業をすれば、なんとか……こんとか……」

 

「だが、向上心の思徒……

 今回の住居建設のいちばんの目的は、『来たる冬に向けて、雨風をしのげる場所を作ること』だ。

 きみが細かく指示を飛ばしながらでは、余計に時間がかかってしまうだろうし……

 そもそも、不慣れな様式では、住居の完成そのものが難しい可能性もあるんじゃないか。」

 

「たしかに……そうだが……

 ……いや、だめだっ。ろまねすく建築では、資材も労働力も、あまりにかさんでしまう!!!

 すごくすごくもったいない!!!

 わたしの向上心は、それを拒否している!」

 

「うぅん……きみの言いたいことも、わかるがね……」

 

 額を突き合わせて唸る、私と向上心の思徒。

 

「……その図面を、わかりやすく他の奴らに共有すればいいのか?」

 

 その時、背後から、不機嫌そうな青年の声が聞こえた。

 振り向くとそこにいたのは、ジョグスィンで"商材ビジネス"とやらをやっていたという、新入りの青年だった。

 

「む……そうだが……それを聞いて、どうするつもりだ?」

 

「……」

 

 青年は、ごそごそとカバンから紙とペンを取り出すと。

 

「僕が、施工の計画書を仕立てるから……

 思徒。お前は、細かい部分の手順を教えろ。

 建築なんて泥臭い分野、僕は専門外だからな。」

 

 顔をそむけながらそう言った彼に対し、向上心の思徒はわなわなと震えながら、「す……すごいぞ……! 詐欺師から更正したのだなっ……!」と言った。

 

「ふんっ……お前が、僕の商材をビリビリに破りやがったせいだろ。

 ……それに……むかしは、デザイナーを目指してたんだ。

 カネにならないから、やめてしまったけどな。

 ここでなら……いちからやり直してみるのも、悪くない。」

 

 青年はちらりと私の顔を見て、わずかに唇をゆがめながらそう言った。

 

「ほら、早く教えろ。」

 

「まかせろ!!!」

 

 向上心の思徒が、紙にペンを走らせる彼の背中に張り付いて、あれこれと指示を飛ばし、少し時間が経ったころ……。

 ぜんぶで十部ほどの施工計画書が、住民たちのグループに行き渡り始めた。

 

 青年の書いた施工計画書は、手書きとは思えないほど完成度が高いものだった。

 向上心の思徒のいう建築技法の手順が分かりやすく図解で説明されていて、文字が読めなくてもこれを見ながらであれば、建築に取り掛かることができそうなほどだ。

 

「ふふ、すごいな。

 私なんかよりずっと、役に立っているじゃないか。」

 

 疲れた指先をストレッチしていた青年を労うように、私は座り込んだ彼の頭を撫でた。

 

 すると、彼は肩をはねさせ、顔をそむけた後。

 自分の髪をくしゃくしゃにしながら、立ち去ってしまった。

 

 ……気を、悪くさせてしまっただろうか?

 誰でも子ども扱いしてしまうのは、私の悪い癖だ。

 まあ実際、ここにいる者は向上心の思徒以外は、私の実年齢からすれば、子どものようなものなのだけども……

 

「さて……私も、少しは役に立たなければな……」

 

 知識では役に立てなかったぶん、労働力として、人一倍がんばらなければ。

 都市国家"ジョグスィン"からやってきた住民たちは比較的若いものが多いが、都市暮らしだったからか、現場仕事に慣れているものはそう多くない。

 集落に元からいた者も、子どもや老人が多い。

 

 私はいまは貧血とはいえ、かつての惑星フムスの覇権種族である龍種の末席だ。

 女だてらに、大の男より力がある。

 

 よし、と気合を入れ、私は建築作業に参加すべく、集落内の資材が積み上げられている場所へと向かった。

 

 

 

 

「──皆の衆! "へるめっとう"は被ったかっ!!!

 現場しごとをするものにおいて、この鉄帽は命づな!!!

 戦う者にとっての鎖かたびらであると心えよ!!!」

 

 『アダリン社汎用構造体』から削り出した、『安全第一!!!』と書かれた鉄帽を被った向上心の思徒が、張り裂けんばかりの声で叫んだ。

 

 私達もまた、彼女と同じ鉄帽を被っている。

 

 それを見た向上心の思徒は満足げに頷き、建築作業の音頭をとり始めた。

 

 『手順書』は10冊子ほどしかないので、一組7から8人ほどのグループに別れて、住居の建設に取り組む事となった。

 

 ……の、だが。

 

 

【──南西300メートル。レベルIV脅威存在が、管理コミュニティへ接近しています。】

【『アダリン社現地住民武装化用ライフル』を支給します。】

【応戦してください。】

 

 

 作業を始めてほどなくして──管理者様の『船』から、そのような声が響き渡った、

 

 ──なにかが、きている。

 そう理解した途端、集落全体を地響きが襲った。

 

「っ……! この、音は……!」

 

 この荒野で長らく暮らしている私には、その音の正体に心当たりがあった。

 砂塵のはるか向こう。荒野の地面がめりめりと隆起し、それが一直線にこちらへと向かってきている。

 

「──地竜だ!!!」

 

 私がそう叫ぶと同時、管理コミュニティの外の地面から、私の身の丈の5倍にも届こうかという巨体の怪物が出現した。

 岩のような鱗に体を覆わせた、四足歩行の獣。

 

 

 地竜。

 

 "竜"である。"龍"ではない。

 

 《フムス》における"龍"とは、魔力を統べる存在。高位のものになれば存在するだけで魔力粒子が共振し、想像しうるあらゆる現象を引き起こす。

 性質としては、生物よりもむしろ思徒(タルパズ)に近い。

 

 それに対する竜は、覇種たる龍の姿形に収斂したまったくの別物、言うなれば"ガワだけ"の存在である。

 だがそれでも、十分に脅威的な戦闘力はある。

 

 

 私は管理者様から支給された、"ライフル"を手に取った。

 

 この──ライフルという武器の性能は凄まじい。

 

 それなりに熟練された槍に相当するような攻撃を、遥か遠くの間合いから打ち込むことができる。

 

 強者ならば弾き落とすことはできるだろうが、それは一対一での話。

 この武器の真の脅威は、その量産性と、誰でも扱える取り回しにある。

 

『■■■■■■!!!』

 

「いや──ただの土竜じゃない! 

 この汚染荒野に適応した、異分子汚染獣(ペレグリウム・ミュータント)だ!

 通常種よりも遥かに頑強で、見境がないぞ!」

 

 荒事慣れした雰囲気の隻腕の熊亜人(ヴォーロス)の男が、『アダリン社汎用構造体』から削り出した槍を片手にそう言った。

 

 たしかに、より近づいたことで砂塵のベールからあらわになったその土竜は。

 私がよく知るものよりも、目が血走っており、数段凶暴なように見えた。

 

 この灰の荒野でも、異分子の汚染に適応した獣は存在する。

 

 私たちも、体が頑強な種族以外はすぐに体を病んで死んでしまうゆえに、生理的な耐性が強い種族しか残らないが、そのような自然淘汰とはまったく異なる、"変異"を遂げた獣たちがいる。

 

 あの土竜もその一種のようだ。

 

 閃光(マズル・フラッシュ)がまたたく。

 いくつもの爆発音が響き、管理コミュニティに突進してくる"地竜"に、向けて鉛玉が撃ち出された。

 

 土竜は悲鳴こそ上げたが、その巨体と石の如き鱗に対してライフルは相性が悪いようで、致命傷にはなっていないようだった。

 このままでは、拠点に進入されてしまう。

 

 その前にやつの懐に潜り込み、足を止めさせなければ。

 

「──戦闘経験のあるものは、こちらに集まってくれ!

 地竜に接近戦を仕掛ける!」

 

 私がそう叫ぶと、全部で6人ほどの住民たちが、槍やライフルを手にこちらに集まってきた。

 

 都市国家ジョグスィンからやってきた、場馴れした雰囲気の者が3人。

 ……そして──金髪の童女。向上心の思徒が、"でんっ"と胸を張って目の前に立っていた。

 

 

「……こ、向上心の思徒……

 きみは、その……戦える、のか?」

 

 私がおずおずと聞くと、向上心の思徒は、自信満々に槍の柄で地面を叩く。

 

「こう見えて、わたしはいくつもの戦争に、軍人として参加していたことがある!!!

 いちばん最近の従軍では、突撃兵として、小隊を預かっていたのだぞ!!!」

 

「す、すごいな……」

 

「──我々も、ジョグスィンの防衛で、汚染獣相手の戦闘には含蓄がある。

 奴らは知能が低く、炎を極端に恐れるから、足を止めさせたいのなら火炎瓶などをぶつけるのが得策だが……」

 

 それに対し、私は手を上げた。

 

 

「私は炎魔術が扱える。

 いまの私が扱えるのは、大した火力ではないが……

 牽制としては、十分に機能するだろう。」

 

「──魔術? 先生あんた、魔術が扱えるのか?

 今どき、珍しいな……

 "異彩"たちの戦争によって、あの技術体系はほとんど失伝してしまったと聞いていたが。」

 

「あいにく、見てくれよりずっと、古い人間なものでな。

 まあ私の場合、魔術が本職というわけではないのだが……

 目眩ましぐらいは、してみせるよ。」

 

 

 作戦が決まった。

 私が炎魔術──『龍の吐息(ブレス・オブ・ドラコニス)』で、地竜を足止めし。

 その隙に、他の者が地竜の脇に回って攻撃を加えて仕留める。

 

「ヴゥゥゥ……!」

 

 魔力粒子をかき集め、喉に火炎袋を生成する。

 

 そして、地竜めがけて、扇状に広がる火炎の吐息を浴びせかけた。

 

『■■■■■■!』

 

「今だ!」

 

 粘性のある炎が地竜の顔面にまとわりつき、悲鳴をあげる。

 身悶えするように全身をゆすり足を止めた地竜の両脇に、向上心の思徒たちが駆けていき──至近距離からの槍やライフルの集中砲火を、その巨体に浴びせた。

 

『■■………』

 

 ずしぃぃぃん……という重音とともに、地竜が地面に倒れ込んだ。

 

「ふう……けほっ、けほっ。」

 

 私は安心しつつも、咳き込んだ。

 自分のブレスにより焼け焦げた口腔が、なかなか治癒しない。

 血液不足だ。後でこっそり、あの地竜の血をもらうとしよう。

 

 大物を仕留めたぞ! と手を振ってくる向上心の思徒。

 そして、それに歓声をあげる他の住民たちを遠くから見つめながら、私は煤けた喉からこみ上げてくる吐き気を手でおさえた。

 

 

 

 

 

 

 

「お、おお……屋根があるぞ!」

「壁もだ……!」「あったかいぞー!」

 

 地竜の襲撃など、色々なトラブルはありつつも、ひとまず住居が完成した。

 

 まだ家具などはないが、これから作っていけばいい。

 子どもたちは久しぶりの屋内に喜びの声を上げながら、床にゴロゴロと寝転がったりしている。

 

 やはり、住居があるのとないのとでは、安心感がまったく違う。

 安全だとはわかっていても、野ざらしは心が休まらない。

 

 他の者たちは、住居の歓声を祝って、温かな湯気をあげるスープで乾杯しながら歓談し合っている。

 これからの生活のこと。

 都市国家"ジョグスィン"のこと。

 

 誰も彼もが、これまでの暗い人生について。

 そして、これからの人生に対する、理想について楽しげに語り合っていた。

 

 だが、私はその和の中ではなく──

 

「──んぐっ、んぐっ……」

 

 地竜の屍にむしゃぶりつき、顔を鮮血にまみれながら。

 一心不乱に、その血をすすっていた。

 

 栄養補給のため、最低限だけ接種するつもりだったのだが……

 歯止めが、効かなくなっていた。

 

 ──ああ、まずい。まずい。

 ──ひどい味だ。

 

 ああ、甘美な人間の生き血を、心ゆくまで飲むことが出来たら──。

 

 ()()()()()()()

 

「──ッ!」

 

 反射的に、頭を地竜の骨格に打ち付けて我に返る。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 すぐに立ち上がり、口もとにこびりついた血を必死に拭う。

 

 ……やってしまった。

 吸血衝動を、抑えることが出来なかった。

 

「……」

 

 二の腕をつねり上げ、自分を叱咤する。

 

 つくづく、自分という女の、肉欲への執着にうんざりする。

 

 かつて、私は……そのために、多くの人から大切なものを奪ってきた。

 

 だから、自分の欲と衝動のままに生きることは、ずっと前にやめようと決めたのに。

 教育者として、自分の持つ知識と生き様をもって、他者を正しく導くことができる人間になりたいと、ずっと願っているのに。

 

 そういう在り方に……憧れているのに。

 

 ……私は結局。むかしから変われていない。

 

 『先生』ではない名で呼ばれていたころから、本質的にはこれっぽっちも。

 

「…………」

 

 うなだれる私の脳裡によぎるのは、"魔王"の時代の記憶だった。

 

 戦火の中で、たくさんの人を殺したこと。

 自分は、そのために産み出されたのだからと。理由も考えずに、血と死を撒き散らしていたこと。

 

 血に酔いしれた記憶。

 私を変えた戦争。出会いと別れ。

 

『──他者のために生きるのは、良いものですよ。

 ひとは、残るものですから。』

 

「……()()……私は……」

  

 フラッシュバックした敬愛する人の声に、私は頭を振った。

 

 立ち上がり、管理コミュニティの中へと戻る。

 

 今はまだ、みんなの輪の中にいよう。

 

 だが……ゆめ、忘れてはならないだろう。

 

 ──自分が本来、人と共にあることができる存在などではないことを。

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